【コラム/8月10日】賃借人向け太陽光発電供給

2021年8月10日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

内外で、再生可能エネルギー(再エネ)電源の促進策として、固定価格買取制度(Feed-in Tariff: FIT)やフィードインプレミアム制度(Feed-in Premium: FIP)などが導入されているが、これら支援制度による恩恵を、再エネ電源を設置する戸建て住宅所有者は受けることができるが、賃貸住宅住人は受けることはできない。しかし、再エネ賦課金は、全世帯にkWh当たり一律に課金されるため、後者から前者への所得再分配効果があるとの問題指摘が、再エネ電源支援策の導入当初からあった。さらに、最近では、環境意識の高まりから、再エネ電源からの電力を選好する電力需要家は戸建て住宅所有者のみにとどまらない。このような問題を解決するために、「賃借人電力」という制度をドイツでは導入している。本コラムでは、この制度について解説してみたい。

 ドイツでは、「賃借人電力」の導入以前でも、建物の所有者が太陽光パネルを設置して、発電した電力を賃借人に売ることは可能であった。しかし、同一建物の住人に売電する場合は、送配電料金、電気税、公道使用料の支払いは免除されるというメリットがあるものの、運転、計量、決済、電源開示義務の履行などにかなりの追加的なコストがかかり、建物所有者にとっては、発電した電力を固定価格買取制度のスキームの下で、電力会社に売るほうが、利益が大きかった。このため、2017年の再生可能エネルギー法の改正( Erneurbare- Energien-Gestz-2017: EEG 2017)で、賃借人向け電力にkWh当たり一定の補助金を付与し、その促進を図っていくことにした。

補助金は、EEG2017制定時には、出力10kWまでについては、3.7ct/kWhと設定され、その後低減し、2021年には終了するはずであったが、2021年1月に施行されたEEG2021で2021年1月から、3.79ct/kWhと設定された。現在、「賃借人電力」の供給を受ける住人は5万戸にとどまっており、補助金のレベルが低いことが、その拡大を妨げていると考えられたためである。ドイツでは、「賃借人電力」の対象となる戸数は、380万と見積もられており、その拡大ポテンシャルは大きい。

賃借人向けの再エネ電源は、建物当たり100kW以下の太陽光電源に限定されており、供給される電力には、再生可能エネルギー賦課金が課せられる。余剰電力は、電力会社に固定買取価格で売ることができる。またEEG2021では、近隣の建物(クオーター)にも「賃借人電力」を供給することが可能となった(現在のところ、クオーターの法的定義は存在していない)。さらに、EEG 2021により賃借人向け太陽光発電供給には営業税が免除されることになった。多くの場合、「賃借人電力」のシステムの建設や運営は、シュタットヴェルケなどの専門組織に委託されている。 わが国では、現在、「エネルギー基本計画」の改定に向けての議論の中で、政府は、2030年度の新たな電源構成について、再生可能エネルギー電源の割合を36~38%とする方向である。現在の目標は、総発電電力量に占める割合は、22~24%にするもので、大幅な引き上げとなり、2019年度の実績の約18%と比べると倍増となる。その際、再エネ拡大に伴う所得再分配効果の問題を解決し、多くの国民に再エネ電力を選択可能とするために、ドイツで採用されている「賃借人電力」のような新たな制度を検討してみたらどうだろうか。また、「賃借人電力」は、電力会社にとっても新たなビジネスチャンスを提供することになるだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。