【目安箱/8月6日】ごまかしのエネ基に見る政府・経産省の危うさ

2021年8月6日

「私はしばしば数字に惑わされる。自分自身に当てはめる場合はなおさらだ。ディズレイリの言葉「嘘には三種類ある。嘘、まっかな嘘、そして統計」が正当性と説得力をもって通用してしまうんだ」

これは19世紀の米作家マーク・トウェインの言葉という。「統計」と「数字」を悪用すれば人を騙せることを示す際に、今でもよく引用される。

この言葉を、21世紀の日本のエネルギー政策を見ながらで思い出してしまった。政府が、おかしな気候変動・エネルギー政策を、数字や統計を羅列することで、実現可能であるかのようにごまかし、世論を誘導しようとしている点についてだ。

◆政府発表の奇妙な数字の山

エネルギーを巡っては、最近、政府から数値目標や試算が続けて示されている。検証すると、どれも実現可能かどうか、怪しいものばかりだ。

▼菅義偉首相が昨年10月の首相就任演説で、「2050年に二酸化炭素の排出を実質ゼロにする」という「カーボンニュートラル宣言」を行った。

▼経済産業省は昨年12月、産業14分野で目標を定め、「10年間で約1.7兆円の民間投資創出効果を目指す」とする「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表した。

▼今年4月に開催された気候変動サミットで、菅義偉首相は30年までに13年度比で温室効果ガスを46%削減すると表明した。

▼第6次エネルギー基本計画の素案を経産省が7月に公表した。30年度の電源構成として再生可能エネルギーの割合を「36%から38%」とし、3年前に策定された第5次計画の「22%から24%」より10ポイント以上引き上げた。原子力では、現行計画の「20%から22%」と、同じ水準にした。

▼温暖化対策法に基づく地球温暖化対策計画の5年ぶりの改正を政府が検討中。今年7月に公表された改正原案では、30年度の温室効果ガスの排出量を家庭部門で66%、業務部門で50%、産業部門で37%、13年度比でそれぞれ減らす目標を出した。

▼経産省は今年8月2日、各電源の30年時点の電源別発電コストの試算を発表した。それによると、原子力キロワットアワー(kW時)の発電コストを、原子力は11.7円、事業用太陽光を8.2~11.8円とし、原子力と太陽光の発電コストが並ぶとの予想を示した。

こうして数字を並べると、脱炭素化が進み、その手段は再生可能エネルギーのように見える。それによる経済成長も可能に思える。

◆数字を検証すると実現不可能 再エネコストは安いのか?

ところが、これらの数字の試算を、原典の資料にあたってチェックすると、算出根拠はどれも曖昧で、正確さが怪しい。例として、発電コストの試算を示してみよう。(経産省資料「発電コスト検証に関する取りまとめ(案)」

エネルギーの知識を持つ人は、前述の試算結果をおかしいと思うはずだ。再エネ発電は、必然的にバックアップ電源を必要とする。それもコストとして考える必要がある。

経産省が出したのは、その電源への投資と売電だけを考えた場合のコストだ。経産省は「どの電源を追加しても、電力システム全体にコストが生じることを考慮する必要がある」とわざわざ注釈し、それを考えると再エネのコストが膨らむことを、試算の説明で小さく書いている。(上記資料4ページ)。それによると㎾時あたり、原子力は14.4円、事業用太陽光で18.9円と原子力の方が安い。また20年の段階では原子力(11.5円~)の方が、事業用太陽光(12.9円)より安いとも書いてある。(上記資料5ページ)

こうした一連の流れを見ると、経産官僚たちは、数字と統計を駆使して事実を捻じ曲げ、世論操作を試みていると、批判されても仕方がない。

◆エネ基に影響を与えた小泉、河野両大臣

他の数字でも、政治主導で上乗せが繰り返され、経産省は数字を操作して取り繕う。そもそも全ての動きの始まりになった菅首相主導の「カーボンニュートラル宣言」が、実現不可能な目標だ。数字の上乗せには、エネルギー問題を深く考えている気配のない小泉進次郎環境相、原子力と既存電力を敵視して再エネを応援する河野太郎規制改革担当相の二人が影響を与えているとされ、菅首相もなぜか派手な二人がお気に入りのようだ。

梶山弘志経産大臣は、実務能力に優れた現実的な政治家と評価されるが、表向きは原子力には冷たい。そして経産省内部も、政治家やその背景にある民意に振り回される反面、その政治におもねり、権限や影響力を増やすという自らの省益を拡大するような動きをしている面がある。数字を使って政治家の誤りを説得することが、プロフェッショナルとしての官僚の責務であろう。ところが、逆に専門知識を悪用し、数字を使って誤った政策を取り繕い、国民を騙しているように見えなくもない。

こうした取り繕いのいきつく先は何か。世論に影響され、負の側面の顕在化しつつあるエネルギー政策の現状を見ればよい。

11年3月の東京電力福島原発事故の後で、エネルギー政策は大きく変化し、その産業の姿は変わった。世論と、政治の批判が変化を主導した。

その変化の評価は立場によってさまざまだろう。自由化と補助金により、電力を中心に新しい企業が生まれた等のプラスの変化があった。一方で、エネルギー政策の根本であるべき、3E(経済性、環境、安全保障)が危うくなり、原子力発電と関連産業は停滞してロシア、中国に抜かれてしまった。エネルギー制度改革の背景には、「原発ゼロ」(小池百合子都知事の17年に掲げた選挙公約)のように、数字を使った怪しげなスローガンが使われた。

◆ごまかしの行き着く先は「亡国」

経産省は、こうした世論や政治の暴走に逆らわず、逆におもねった。これに加えて、今年になって、菅政権のエネルギー・環境政策での新たな政治からの提案を無批判に受け止め、政策化して、エネルギー業界と国民を巻き込もうとしている。このコラムをサイトに掲載していただく『エネルギーフォーラム』21年8月号の特集タイトルは「亡国のエネルギー基本計画~政治事情に揺れる戦略なき審議」。真面目な同誌には珍しい過激な強い言葉を使ったタイトルだが、エネルギー業界では「その通り」と賛意が広がっていた。

「安倍政権で経産省はいろいろ策謀を巡らせた。緊縮財政嫌いの安倍前首相に、財務省を叩くことで取り入った。そして世論に嫌われないように原子力発電の批判、電力会社叩きを放置し、業界に負担を負わせた。その結果、電力システムはおかしくなりつつある。今度は菅首相に、カーボンゼロを切り口に、数字の嘘を使って取り入ろうとしている。省益の維持としか思えないし、今の政策を進めれば、まさに『亡国』だ。付き合いきれないよ」

ある電力会社の中堅社員は、最近の政府・経産省から打ち出され続ける数字の山を追いかけながら、こう吐き捨てた。数字いじりの嘘は、その場を取り繕うことはできても、後になって現実の出来事に、清算を突き付けられる。エネルギー政策をめぐる経産省の行動は、その未来を予想できる人の間で、不信感を高めているだけに思うのだ。

なぜ賢いとされる政治家や経産省等の政府の人たち、政府を批判する野党支持者に多い再エネ派の人は、ごまかしの数字を信じ、それに踊っているのだろうか。皮肉屋で知られるマーク・トゥエインが生きていたら、数字の嘘を作って結局は自らの首を絞めている日本政府・経産省の役人とその再エネ政策を冷笑する、寸鉄人を刺すようなキツイ警句を放っていそうだ。

しかし、冷笑しても、問題は解決しない。エネルギー政策の失敗の影響を被るのは結局、われわれ国民なのである。