【目安箱/9月14日】総裁選とエネルギー政策への影響を考える

2021年9月14日

9月3日、菅義偉首相が自民党の総裁選に立候補しない意向を表明し、自民党総裁選が行われることになった。総選挙前に与党自民党の党首が変わり、その総裁選の勝者がおそらく総選挙後に首相となるため、関心を集めている。自民党総裁選では3候補が9月13日時点で立候補を表明している。エネルギー業界の注目は、脱原発を主張し、電力を敵視する言動をしてきた河野太郎衆議院議員・内閣府大臣だ。「床屋政談」かもしれないが、公開情報をもとに総裁選の影響を考えてみよう。

◆岸田文雄氏の場合-原子力技術を堅持

岸田文雄氏は8日に経済政策を発表している。その政策案と記者会見で、以下の構想を示した。

▶︎「再生エネの最大限の導入は当然」だが、蓄電池、新型の小型原子炉等のへの投資を提唱した。(8日会見)

▶︎原発については「小型の核施設など様々な選択肢を用意する。原発の技術はしっかり維持していく。「新増設の前に既存の原発の再稼働を進めていくのが大事だ」とした。

▶︎「脱炭素目標を掲げる以上は、より丁寧に日本の産業に目配りをし、責任を持って考えていかなければならない」と語った。(日本経済新聞(9月2日))

岸田氏はエネルギーに関しては、今の自民党の考えを踏襲するという考えだ。彼は「新自由主義批判」もしているので、エネルギー産業でも過剰な競争を抑制するかもしれない。

◆高市早苗氏の場合―環境エネルギー省創設

高市早苗氏は、自分の政策が読める場所をネット上に設けてしていないが、著書や雑誌、会見などの発言を整理してみよう。

▶︎原子力の活用には肯定的だ。「太陽光や風力は変動電源で、選択肢として原子力の平和利用は必要だ」「小型モジュール炉(SMR)の地下立地も実現性が高い」(8日会見)

▶︎太陽光の乱開発については著書「美しく、強く、成長する国へ。私の『日本経済強靱(きょうじん)化計画』」(WAC BUNKO)で「雨天時に地面を削り取る原因となっている」と批判し、環境破壊のリスク軽減を図るとしている。

▶︎環境政策とエネルギー政策を一元的に担う「環境エネルギー省」の創設を主張。(8日会見)

▶︎福島の東電原発の処理水について「風評被害を広げてしまう可能性があるので、リスクがある限り私であれば放出の決断はしない」と発言。(8日の会見)

高市氏は保守的な発言が目立つ。国土破壊につながる政策、安全保障に関する関心が高く、その視点からエネルギー問題も向き合いそうだ。ただし高市氏は気候変動問題に対する言及が少なく、それほど重視していないように見える。

◆河野太郎氏の場合―脱原発と電力業界への敵視

河野氏は以前から放射性廃棄物の問題などを理由に「脱原発」を主張。11年の東電福島第一原発事故後には原子力政策を批判し、超党派で「原発ゼロの会」を立ち上げた。

その後は電力業界を敵視してきた。エネルギーフォーラム16年12月号のインタビュー記事によると「電気事業連合会は反社会的勢力だ」と、過激な発言をした。

さらに同インタビューでは核燃料サイクルの廃止を目指し、「筋を通せ、政策は合理的に、議論の機会を設け、情報を公開しろと、私は当たり前のことを言っている」と河野議員は強調し、(彼の見方だが)経済性と合理性のない核燃料サイクルと原子力発電はやめるべきとしていた。ところが、大臣についている間は、そうした過激な原子力をめぐる発言は封印してしまった。

10日の出馬会見で河野氏は、原発について「安全が確認されたものを再稼働するのは、カーボンニュートラルを目指す上で、ある程度必要だ」として再稼働を容認。「再生可能エネルギーを最優先にして広く採り入れていくのがエネルギー政策の基本」と述べ、「原発は将来的になくなっていくだろうが、別に明日、来年やめろと言うつもりはない」と、かなり穏やかなものに発言を転換している。

河野氏は核燃料サイクルの中止の主張は下ろしていないが、それは今回の出馬で訴える政策の中心にしていない。またカーボンニュートラルについては、その政策の継続を強調した。他の2人よりも強い思い入れがあるようだ。

◆「君子豹変の人」の河野氏を警戒

河野氏は聡明であり、行政の活動のためのボタンの押し方、さらには人気と政治家としての実力がある。これまでの反原発運動は、声が大きいもの、実務能力等が乏しい人々が活動し、選挙や政治運動のためのスローガンで唱える人が多かったように思う。そうした人々と河野氏は違い、やり手で実力がある。エネルギー関係者が、河野氏を警戒するのも当然だろう。

ただし河野氏は、原子力や核燃料政策をすぐに止める等の過激な政策は取れないだろう。日本の原子力政策は、長い積み重ねと、作ってしまった制度や設備があり、それをいきなり潰すことはできない。

また核燃料サイクルと原子力の平和利用は、国際的な交渉の結果、政策となったものだ。核兵器の原料となりかねないプルトニウムを、燃料として再利用して減らすことを目標にした政策だ。それを止めることは諸外国との約束を破りかねず、それで核燃料を減らすとしてきた青森県との約束をひっくり返すことになる。河野氏は、日本の核物質の管理を決めた日米原子力協定の2018年の更新時の外務大臣であったが、その協定を変更しなかった。

河野氏と共に働いた議員は、「彼は『君子豹変す』(賢人は正解を求め態度を急に変える)の人で、状況によって最善策を選ぶ」と評していた。彼は、過激さばかりの人ではなく現実的な回答を求める人である。その彼が、難しく複雑なエネルギー問題で、いきなり過激な解決を押し付ける可能性は少ないだろう。

◆「問題の先送り」は変わらないか?

筆者は、今のエネルギー政策では「問題が山積しているのに解決が先送りされている」という状況が、一番の問題だと思う。複数の政策が同時に行われ、相互に影響して問題がこんがらがっており、政治・行政が難しさゆえに根本解決の手をつけていない。

福島原発事故以降、エネルギー自由化、脱原発、再エネ支援、東電解体、原発事故での原則東電負担の巨額賠償という政策が同時に行われた。その政策にはプラス面もあったが、電力政策の目指すべき根本である「価格の抑制」「安定供給」「エネルギー安全保障」、そして「安全」の4つの目標、いわゆる「3E+S」を脅かしている。

自民党・公明党の連立政権が2012年に成立しても、問題の是正の動きは限定的だった。複雑で混乱し、しかも原子力に触るために人気の出ないエネルギーの諸問題を、安倍政権は先送りし、退陣する菅政権も触ったのは一部にすぎなかった。新しい首相が誰になったとしても、それを大きく変えられなさそうだし、今の日本では、目先には新型コロナウイルス感染症への対応が重大な問題だ。エネルギーをめぐる問題への対応は、後回しにされそうな気配がある。

筆者の勝手な予想で、外れた場合は申し訳ないが、自民党総裁選がどのような結果になっても、エネルギー政策の「先送り」が続き、既存の事業者、新規事業者、消費者が不満を抱える状況は、大きく変わらないように思える。2012年から今まで、選挙ごとに「エネルギー政策が変わる」と期待が出て、自民党が選挙に勝っても、大きく変わらないという状況が繰り返された。今回も同じことが起きると予想している。

「悲観的に準備をし、楽観的に対処する」ことが、ビジネスや世の出来事に向き合う基本だ。政治の動向に過度に右往左往するのではなく、また過度に期待するのでもなく、エネルギーをめぐりどの立場の人も準備を重ねるべきであろう。機会をとらえて問題の解決を政治・行政に働きかけるべきだが、早急な変化を促すのは難しいかもしれない。

河野氏を警戒すべきだが、過度に恐れる必要もない。