【論考/11月1日】原油市場の不安定性高まる 性急な脱炭素に多くの異論
COP26が始まり、ジョンソン英国首相をはじめ欧州首脳は各国に気候変動対策の強化を求めている。しかし産油国、また国際石油会社は、エネルギー移行の重要性を認識しながらも、性急な移行には違和感を感じている。わが国でも自動車工業会の豊田章男会長が欧州のEV一辺倒の政策に異論を唱えており、各国首脳はそれらの声に耳を傾ける必要がある。
ガソリン国内価格(レギュラー)は10月18日、7年ぶりに1リットル当たり162円を超えた。価格は6週続けて上昇、歯止めが掛かる様子は見られない。ガソリン価格の値上がりを受けて政府は18日、関係閣僚会議を開き、産油国に増産を働きかけることなどを決めた。
主要産油国で構成するOPEC(石油輸出国機構)プラスは、10月4日の会合で追加増産を見送っている。11月4日には12月の対応を決めるべく再度会合を持つが、OPECプラスの措置に日本政府の働きかけが効果を持つかは疑問だ。今日エネルギー産品で起きている価格高騰は、コロナ禍の収束に伴う需要増と2010年代後半以後の開発投資の大幅縮小に伴う供給能力増の未達によるところが大きく、産油国の短期対応の実効性は覚束ない。
価格対策の鍵は、あまりに性急に設定された脱炭素を実現するための時間軸の再設定にあるとすれば、当該議論はOPECプラスでなく、10月31日から英国グラスゴーで開催されたCOP26のアジェンダにふさわしい。
ジョンソン英国首相は9月22日、国連総会の一般討論演説でCOP26は、「人類にとっての転機になる」と語り、議長国として各国・地域に気候変動対策の強化を求めた。また10月19日、「2050年排出ネットゼロ」実現に向けて、368頁からなる新国家戦略を発表した。
英国は、昨年11月に30年までにハイブリッド車を含む内燃機関自動車の販売禁止を打ち出した。世界のEVシフトを巡る動きをみると、欧州と中国が先行している。欧州委員会は7月14日、電源構成に占める再エネの割合を30年に65%に引き上げる目標を打ち出し、同時に発表したガソリン車の販売禁止や電気自動車(EV)関連インフラ整備拡大、輸入車を対象とする炭素国境調整措置と合わせ、世界の温暖化政策の先導を目指す。

産業界から挙がる異論
9月9日の日本自動車工業会記者会見で、豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は、欧州などによる内燃機関車を禁止する方針に対して「敵は炭素であり、内燃機関ではない」と反論、「EV一辺倒の潮流にEV以外の選択肢を広げるべきである」と訴えた。会長の発言は、雇用確保の要素もあるが、本質的にはカーボンニュートラル実現にはあらゆる選択肢を残すことが重要であるという訴えである。
この議論は、産業界では広く共有されるように思う。表明されている産業各界の意見は、最大限の選択肢の確保とエネルギー移行に十分なリードタイムを置く必要があることに集約される。トヨタのフルラインナップ戦略は前者の例であるが、後者の例には、米国エネルギー専門誌が主催したエネルギーインテリジェンスフォーラム(10月4、5日)で表明されたリードタイムの設定に対する意見が挙げられる。
フォーラムで参加者は、投資不足リスクの増大を認識し、石油・ガス産業への投資継続の必要性を指摘した。参加者は、供給が需要に追い付いていないため、供給不足基調は継続し、市場の不安定性は高まるとの認識を共有した。足元の原油価格は上昇しているが、産油国には将来的に石油・ガスの需要が減少するという懸念があり開発投資を控えざるを得ない。
拙速な移行は投資不足を招く
フォーラムのパネ参加者は、産油国国営石油会社(NOC)の幹部であれ、国際石油会社(IOC)の幹部であれ、エネルギー産業の当業者である以上、総論としてはエネルギー移行の重要性を認識しつつも、エネルギー移行の速度にはさまざまな違和感を表明した。
その中で一番の違いは企業グループの幹部は、自社の保有資産の減耗に対応するには一定の開発投資が必要と考えていることである。株主対策からそれを声高に訴えることはできないとしてもだ。
産業の切り口では、NOCもその一翼を担う。NOCからの参加者の中で、サウジアラムコ最高経営責任者(CEO)のナセル氏は、石油需要が近々ピークを迎え、早晩減少するとの見方を否定し、27年までに同国の産油能力を日量1300万バレルに増強すると発言した。また、イラクは27年までに同800万バレルの生産を実現するとした。アジアのNOC幹部は移行期のエネルギーとして、石炭のガス化を含め、天然ガスとLNGの役割を重視し、現行投資計画を紹介した。
概して石油産業界の中でNOCはエネルギー移行に消極的で、IOCはより現実的に対応しようとしているという違いはある。だが、当業者がこうした声を挙げ続けることは重要である。
トヨタ会長が放った欧米自動車産業に対する宣戦布告は、化石燃料の座礁資産化の議論が始まった16年、サウジアラビアの元石油相が言明した「非難されるべきはCO2であり、化石燃料ではない」との言葉と反響し合う。仮に、こうした声を挙げた企業、あるいは産業界がCOP26で化石賞を授与されることがあるとしても、餅屋は餅屋、対応の可能性を当業者に委ねる選択肢は残されるべきである。
須藤繁
帝京平成大学 客員教授
1973年中央大学法学部法律学科卒。石油連盟、三菱総合研究所、国際開発センタ―を経て2011年から帝京平成大学教授。専門は石油産業論