【コラム/11月29日】電力システム改革の陥穽を考える~安定供給喪失と弥縫策継続の情けなさ

2021年11月29日

飯倉 穣/エコノミスト

1,電力小売全面自由化の合言葉「あなたに合った電気を選べる時代」の登場で電力システム改革(電力自由化)は一段落した。自由化論者は、地域独占の安定供給義務に代わる市場機能で電力需給は安定すると心底思っていたであろうか。 

数年経ず、経済産業大臣が、今冬の電力需給に警告を発した(21年5月14日)。忘れた頃に「経産省 発電用燃料を追加調達 冬に備え電力会社に促す」(日経10月27日)、「経産省 厳冬なら電力「厳しい」供給余力 過去10年で最低」(朝日同)、「予備率 東京電力管内3.1% 全国10エリア中7エリア3%台 10年ぶり」と報道があった。

現在大震災もなく国際的なエネルギー危機も耳にしない。自由化成功勝手売込の中で、経産相の発言である。自由化で安定強化という経産省主張に疑問を抱く。これは電力市場に我が物顔で介入を画策する意図的発言と疑う。この国の改革は、電力の安定供給に不安を抱かせている。供給義務(責任)の再議論に陥っている電力の供給体制改革の陥穽を改めて考える。

2,電力自由化は、米国要求に阿ね、政官民の思惑が交差する「経済改革研究会中間報告(平岩レポート)」(1993年11月8日)の「経済的規制は原則自由・例外規制」の仕掛けから始まった。紆余曲折を経て卸電力市場の自由化(95年)、高圧部門の小売り自由化・卸電力取引所の創設(03年)となった。東日本大震災当時、民主党政府主因の需給不安を背景に、電力に市場機能を貫徹させ、市場失敗なら政府介入当然という考えで電力システム改革が論じられた。

市場競争で効率を上げ安い電力の安定供給をお題目に電力自由化は進められた。規模の経済を軽視・発送電一貫体制を弊害視した。大口需要者への需要価格弾力性の導入(電力料金で需給バランス決定)、ピーク抑制・過大施設不要(予備率引き下げ)、新規参入の推進(誰でも電源投資可能)、送電線開放、小売り自由化等が基本的発想であった。実現すれば需要家の選択が拡大し、また競争は、供給企業の効率化を促し、コスト削減で料金も低下すると喧伝された。(八田達夫「電力システム改革をどう進めるか」12年12月)。そして発送電分離、小売市場の自由化が完成する(20年)。

3,現在、経産省(20・21年度統計)は、新電力のシェア20%、大手電力の域外進出4%、小売り電気事業者の登録件数727者、電源構成大手電力シェア59%、新エネ(再エネ)導入比率21%、卸電力取引所の取引平均価格11.2~6.8円(乱高下無視)、卸取引市場シェア40%(経産省指導で)等の数値を挙げ、電力自由化成功を示す。

岡目八目なら、経産省の評価と異なり、現実は、再エネの導入負担、政府介入による電力取引所の運営の不適切さ等々の問題があり、また料金高止まりも目立つ。予備率の考えは、従来8%程度であったが、経産省主導で3%目標となり、その数値に近づいた結果、電力供給危機宣言である。この改革は、明らかに政治・経産省主導の間違いである。

4,思えば、電力システム改革の本質を問う議論もあった(南部鶴彦「エナジー・エコノミクス第2版」17年5月)。日本における9電力・地域独占廃止に対する根本的な困難を指摘している。

電磁気学の法則に沿えば、安定性で発送電一貫体制が合理的かつ自然あること。且つ発送電一体の相互連結が、限界費用に基づく発電の効率性を確保するうえで優位であること。

発送電分離の入札制度では、市場取引費用の最小化とならず、効率性喪失となること。限界費用料金は、ベース時間帯の赤字を招き投資回収が困難になるため、二部料金制(固定と変動の組合せ)が合理的であること。発送電分離なら、ホールドアップ問題(不確実性)が発生し、リスク回避で過少投資となり、予備力低下を招き、且つ供給義務の所在が不透明なため、安定供給が覚束なくなること。容量市場(予備力)を、市場メカニズムで確保することは、需要曲線と供給曲線が明確でないと価格付けが困難で、政府の恣意的な需要曲線では、発電増設のインセンテイブがわかないこと等を指摘した。垂直統合=独占=悪という単純発想は、垂直統合の相互連結と発送電のコンビネーションの合理性を無視していることを検証している。

電力という通常の商品と違う「電場(同時同量)」の供給に相応しい供給体制は、供給責任の明確化、地域独占、発送電一体の経営形態、第三者アクセス容認、2部料金制、総括原価、公的なコスト監視の仕組みがより適切であり、公益事業体制は合理的な解であると述べている。

新自由主義・市場重視というお題目で改革という美名の下実施された電力システム改革(電力自由化=小売り自由化+発送電分離+官支配電力広域的運営推進機関+官製日本卸電力取引所+取引への官の介入)は、もう一度範囲の経済・自然独占の原点に立ち返り、公益事業・地域独占・総括原価という電力体制の振り出しに戻り再考すべきである。

5,この30年間の政治経済社会改革(含む構造改革)の推移をみると、多くの政策で当初の狙いは良さそうに見え、マスコミ報道に煽られ、国民の一部不満が過大評価され、実施に移されたものが多い。長期的に見れば、見込み違いで、当初の思惑とは異なる結果となっている。

例えば、政治では選挙制度変更(小選挙区)、行政面の政治主導(忖度日常化)、成長期待の財政再建(成長なくして財政再建なしで財政破綻状態)、金融緩和による経済活性化(日銀B/S肥大化のみ)、経済成長狙いのモットー政策(改革なくして成長なし、三本の矢等の無理論・現実無視)、金融制度改革による金融機能低下、投資家重視の企業ガバナンス改革による企業活力の削弱等々枚挙に暇がない。

電力システム改革も、作られた市場(改革後電力システム)で競争による効率化コストダウン、自発的な電源投資は生起しなかった。安定供給義務の廃止で期待された市場機能は安定供給に寄与しなかった。リスク最小化、利潤追求の企業行動から見れば当然の結果である。商売上一定価格で販売が確実なFIT制度利用の再エネは活況を呈したが、不確実性の高い電源投資を抑制することは当然である。電場(同時同量)の提供という特殊性からくる供給の安定性を確保するには、地域独占・料金規制・供給義務を課すことの方が現実に適していたということであろう。

様々な構造改革は、本来必要か否かの理論的詰めが少なく(根拠の調査報告書稀有)、米国要求対応で進められてきた経緯がある。政治主導の実体無視で官僚の思惑と「ためにする議論」が好きな御用学者の空論が、歴史的かつ自然発生的な民間市場を荒廃・歪曲する構図を演出した。

このような構造改革に伴う負の連鎖の見直しも新しい資本主義を掲げる岸田政権の経済政策の課題であろう。それが経済の安定、そして成長の鍵となる。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。