【特集2】液体水素の大量輸送時代が到来 供給網を構築した日本の技術力

2022年3月17日

石炭をガス化し、液体水素に仕上げて豪州から輸送する世界初の取り組みが始まった。ガス化技術や大量水素の船舶輸送技術などは、まさに日本の技術の英知である。

【司会】柏木孝夫/東京工業大学特命教授

【出席者】笹津浩司/電源開発取締役常務執行役員原田英一/川崎重工業常務執行役員水素戦略本部長

柏木孝夫東工大特命教授(左)、笹津浩司電源開発取締役常務(中)、原田英一川崎重工業常務(右)

柏木 第六次エネルギー基本計画に発電用燃料として、水素・アンモニアを1%利用と明記され、また国の2兆円のグリーンイノベーション基金で3700億円が水素向けとなりました。水素を取り巻く環境は重要な局面を迎えています。水素を切り口にした取り組み、加えて両社が協力した豪州からの液体水素調達について、その経緯などを教えてください。

笹津 当社は「J-POWER ”BLUE MISSION 2050”」を昨年2月に発表しました。CO2フリー発電の水力、風力、地熱、原子力を従来以上に加速度的に開発し、加えて水素をキーワードにCO2フリー水素発電の取り組みを打ち出しました。水素は単体では自然界にほとんど存在しません。そのため水電解、あるいはCO2の安定的な処理・利用を前提とした化石資源を改質して作る必要があります。

そのトランジション期では、まずは既設火力へ、長年培ってきた当社技術を導入します。「GENESISコア技術」と呼んでいますが、石炭のガス化・ガス精製、CCUS(CO2の回収・有効利用・貯留)を適用し、将来はCO2フリー水素発電を成し遂げる計画です。

原田 当社も「グループビジョン2030」を発表し、環境エネルギー分野では水素やカーボンニュートラル(CN)を推進していきます。振り返ると2009年、政府は、50年に90年比で温暖化ガス80%削減を打ち出しました。当時、当社はLNG船や基地、中小型のガスタービン(GT)などLNGが中心でしたが、今後もこの製品群のままか議論した時、生まれた構想が水素チェーンでした。

水素は液体時にはLNG同様に極低温で、既存のLNG技術やインフラの一部を活用できます。ただ、大量の海上輸送技術がなかったため、この領域に挑戦しました。

LNG発電設備の経験から発電費に占める発電設備アセットはわずかで、大部分が産ガス国に渡る燃料費です。仮に水素に取り組むならばチェーン全域に関わろうと考えました。

まず全体のコンセプトを描き、技術を開発していきました。その際、自前技術にこだわることなく、例えば「石炭をガス化」する工程は、IGCC(石炭ガス化複合発電)実証で技術力のあるJパワーさんに協力をいただきました。また、水素は最終的にサスティナブルな資源になり得るわけですが、その水素源を考えたときに、非常に安価に調達できる豪州の褐炭に注目し、これならば液化して日本へ運べると考えたわけです。

豪州の安価な褐炭に注目 石炭をガス化し液化する

笹津 当社は豪州と親和性があります。日本にとって初めて海外炭となる豪州炭を導入したのは当社でして、もう40年近い歴史になります。また豪州大手オリジン・エナジーと組んでタスマニアでグリーン水素製造の検討を始めるなど、なじみのあるエリアです。そうした中で、褐炭資源を重要な水素源と位置付け、埋蔵量の多いビクトリア州で取り組みました。同州に、褐炭をガス化して水素製造する設備を作りました。小型ですが十分な性能を確認できました。また、バイオマスを約30%混ぜた水素製造も確認しました。

褐炭からガス化する豪州のプラント(「HySTRA, J-POWER / J-POWER Latrobe Valley)

原田 その水素を少し離れた場所まで運び、そこに当社と岩谷産業さんが液化・荷揚げ装置を作りました。1月末に水素をチャージし、液化した水素を船に積んで日本へ運んだわけです。これは液体水素でチェーンをつなぐという世界初の取り組みです。

また、10年以上も前に、ゼロからのスタートで豪州政府との交渉にあたり、長い時間をかけて政府との信頼関係を築いてきました。また本件は、日本、豪州に加えて、ビクトリア州から資金的な援助をいただいており、本当に感謝しています。

笹津 水素製造面でもレギュレーションなどが未整備だったため、政府支援があって進められました。ただ今後は製造した水素を活用するために、われわれの取り組みが国際的に認証されないと、事業化の見通しは立てられません。われわれは「死の谷」は越えたと思っていて、次は「ダーウィンの海」、つまり本格商用化の難しさの局面に来ていると感じています。

柏木 目指す供給価格は。

原田 今回の船体は小さく、船長は100mちょっとです。目指すは300mですので、現状は124分の1の大きさです。これだと運ぶだけで1N?当たり80円から90円で、経済性を確保できません。ところが124倍だと、船価は10倍にもなりません。また天然ガス価格のように大きく変動しませんので、30年にフルスケールを開発し、輸送費を2・5円、トータルの供給費30円を目指します。

専用船によって大量の液体水素を運搬する

笹津 大崎クールジェンのプラントは日量1200tの石炭を使ってIGCCを実証運用しています。これを水素製造として換算すると年間5万t。一方、政府目標は30年で300万tです。そのうち200万tはいわゆる副生水素などと言われているので、真水では100万tです。言い換えれば、大崎クールジェンのユニット20基分で充分達成できてしまいます。

さて話を豪州に移しますと、今後の事業化する場合には国内水素利用だけでなく、豪州域内での利用先もセットで考えていくことが必要です。その際のアイデアがあります。ビクトリア州は面白い場所で、褐炭だけでなく海側に天然ガス田が存在します。実はここからガスパイプ動脈が走っていまして、ここに10~20%の水素を混ぜることができるのです。商用化フェーズを見据えるにあたり、ある程度の事業性を見通すことができます。

動き出すCCSでネガエミ 航空・船舶と広がる用途先

原田 豪州に関して一つ重要なポイントがあります。それはCO2ストレージです。褐炭という安価な資源が存在するだけでなく、CCS(CO2の回収・貯留)ができる非常に恵まれた土地があって、政府はカーボンネットとなるCCSのプロジェクトを推進しています。これは一つの発電所からだけでなく、各エリアから運んだCO2を埋める。加えて最近、日本の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が本件への参画を決めるなど、豪州のCCSを巡る動きが活発化しています。

柏木 CCSについてはレギュレーションが決まっていません。米国や豪州、インドなどと連携しASEAN10ヵ国を取り込み、日本主導の制度整備が必要です。さて今後の展望や描いているシナリオを聞かせください。

笹津 「GENESIS松島」計画を進めています。稼働から約40年の松島火力にガス化システムを追設します。発電効率が上がり、さらに負荷変化率は1分間で10数%と、非常に機動性に優れたプラントになります。これは何を意味するか。再エネ大量時代では、需給調整の機能が極めて重要ですが、その調整電源としての役割を果たすわけです。

次に、既設ボイラにはアンモニア混焼など、また追設ガス化炉にはバイオマス混合ガス化を適用し、低CO2化を目指します。最後に小規模CCSを敷設すればほぼゼロエミッションできますし、大規模CCSになれば、ネガティブエミッションも実現します。

さて、ゼロエミに向け電力部門では厳しい道のりですが、取り組むターゲットが明確になりつつあります。一方、産業・輸送、民生分野の非電力部門では、電化が困難な分野もあり、完全なゼロエミは難しい状況です。そこで、ネガティブにする技術が必要です。その意味で当社技術が貢献できると思っています。

海外では化石資源を水素転換し、運んで発電燃料などに使う。石炭とバイオマス混合ガス化+CCUSによるネガエミ技術を環太平洋圏で展開するシナリオを考えています。

原田 水素の消費先を確保することが重要で、例えば小規模ですが神戸のポートアイランドで水素専焼のGTコージェネを18年から運転しています。水素は燃焼スピードが速いですが、その辺の技術については問題なく運転しています。これを例にすると、当社では多様な熱需要向けに小型から数万kW級の機種を数多く納めています。これらは、燃焼器を変えるだけで水素転換できます。ですので、まず天然ガスで運転し、安価な水素になればGTはそのまま、燃焼器のみを交換し水素発電できます。

さらに、CN宣言後は用途先の候補は広がっています。航空機や舶用、発電用エンジン、最近ではモーターサイクル向けの話が出ていて、大量の水素が必要になります。当社1社だけでは対応できませんので、今仲間づくりを進めているところです。

また、当社の事業活動で排出されるCO2対策は当社自らが先行して水素発電を導入したり、あるいは再エネと省エネを組み合わせたり、それでも排出するCO2は回収・利用する。30年までにそんなモデルケースを実現し提案したいです。

水素版FITと引き取り保証 予見性高めた制度導入を

柏木 専門企業の立場で、政策的な要望などをお話しください。

笹津 3点あります。当社が関与する水素製造パイロットプラントは成功裏に終わりましたが、事業開発はこれからで、ダーウィンの海を越えるためにどうしても支援が必要です。

 二つ目がCCSです。当社の再エネ設備からのグリーン水素製造はもちろんできますが、大量・安定的に、かつ安価に供給するにはブルー水素が重要です。そうなるとCCUSがマストですが、Uに大きく頼れないので、Sを進めないといけません。ですので国内外を含めたCCS推進に関する事業環境を政策的に整備していただく必要があります。これは民間企業だけでは不可能です。

 それから三つ目です。黎明期のLNG同様、サプライチェーンが発展途上で脆弱な間は、各パートで十分な効率性が担保されないので、結局、水素価格は高いわけです。それを使うための何らかの予見性がないと、事業化は難しい。価格緩和するような制度設計がポイントです。

原田 「エンジンが悪いのではない。悪いのはCO2」というトヨタさんの言葉を借ると、悪いのは石炭ではなくてCO2です。内燃エンジンに携わる方々、化石資源の方々。こうした産業界が、順を追ってトランジションできる仕組みが必要です。どうしても欧州の制度設計の動きは速く、最近では貿易時に、製品製造時のCO2をカウントする国境炭素税を言い出しています。こうした主張に押し切られるのではなく、日本は自国の事情を踏まえた独自の主張を世界へ発信すべきです。

 それから、昨今の国内エネルギー情勢を見渡したとき、太陽光パネルや風力発電設備は中国や欧米勢が中心です。一方、水素は日本が主導できる技術領域です。例えば極低温の液体水素を運ぶ断熱技術。これは100℃のお湯を入れ1ヵ月後も1℃しか下がりません。これはLNGタンクの10倍の性能で、こうした技術をリーズナブルに提供できます。機器の多くを日本企業が提供すれば、自ずと国内に資金が還流します。

 そして今後CNを進める際の負担です。大量のCO2を排出する産業だけが背負うべき負担なのでしょうか。やはり国全体で広く薄く負担する仕組みを作っていただきたいと思います。日本には資源がなく、貿易で外貨を稼ぎ、それで資源を獲得している国ですので、輸出競争力を失わないように進めるべきです。

柏木 CO2フリー水素発電費を市場連動価格買い取り制度(FIP)にする発想もあります。

笹津 発電事業者の電気に限ればそうですね。また妥当性のある燃料価格にするには引き取り保証が良い方策で、自ずと上流投資は進みます。

原田 そうした仕組みは予見性を高め、リスクの高い初期には導入を進め価格を下げられます。期待収益率が低くても事業に着手できるからです。日本の技術投資も進みます。

柏木 いざという時、再エネは力になりませんが、長期間貯蔵できる水素は万が一の時でも発電用にも使えます。これはセキュリティ対策にもなり、広く薄く負担する総括原価で水素を支える仕組みがあってもいいと思います。国情に応じたエネルギーミックスをどう考えるかが国の英知です。本日はありがとうございました。

かしわぎ・たかお  1970年東京工業大工学部卒。79年博士号取得。東京農工大大学院教授、東工大総合研究院教授などを経て、12年から同大特命教授・名誉教授。政府のエネルギー関係の審議会委員。

ささつ・ひろし  1986年筑波大大学院環境科学研究科修了、電源開発入社。2003年技術開発センター水素・エネルギー供給グループリーダー、16年執行役員技術開発部長などを経て20年取締役常務執行役員。

はらだ・えいいち  1981年慶応大工学部卒、川崎重工業入社。2004年技術開発本部技術研究所熱技術研究部長、15年執行役員技術開発本部副本部長などを経て21年常務執行役員水素戦略本部長。