「再エネ100%地域」の実現へ 脱炭素時代を見据えた新港工業団地

2022年3月4日

【石狩市のエネルギー基地を訪ねて〈前編〉】草野成郎(株式会社環境都市構想研究所代表)

全国に先駆けて「再生可能エネルギー100%地域」の実現を目指す石狩市。

工業団地における最先端の取り組みを、環境都市構想研究所の草野成郎代表が報告する。

 北海道の中心地・札幌から北西へ約15㎞、あの「石狩挽歌」に歌われたサケとニシンのふるさとでもある石狩市は今、まさしく「再生可能エネルギー100%地域」の誕生に向けた胎動の中にある。そして、これを側面から支えるのが石狩湾新港地域。総面積約3000haを擁し、進出企業数が北海道最多を誇るこの工業団地はここ数年の間に大きく変貌してきている。

同地域は、1970年に当時の北海道開発庁による開発計画が閣議決定されて以降、今日まで苦難な時期もあったものの、都市圏に位置する利便性もあって企業誘致が進み、現在では、750社超の企業が進出している。どのような企業誘致であっても難渋するのが一般的であるが、同団地における開発率は全国でも一定の評価を受ける水準になりつつあり、これは全市を挙げた石狩市の積極果敢な取り組みによるものであろう。

LNG基地に大型火力 道内の供給安定性を強化

工業団地の海岸側には、大規模なエネルギー供給基地がある。2012年には北海道ガスが道内初のLNG基地(年間受入量150万t)を運開させ、札幌市など都市圏に都市ガスを供給するとともに、今では電力小売り向けの約10万kWの発電所も併設している。次いでその隣接地に、18年には北海道電力が最終規模で約170万kW(56万kW×3基、現在はそのうち1基が稼働中)の大型LNG火力発電所を運開させており、このLNGの受入基地は効率的に北海道ガスとの共同利用となっている。

このLNG基地と北海道電力の発電所の完成によって、北海道のエネルギーは、従来の太平洋側の苫小牧周辺地域からの供給に加えて、日本海側の石狩地域からの供給の体制となり、エネルギーの供給安定性は構造的にも、量的にも一段と強化された。さらに、小規模ながら太陽光発電所の建設や陸上風力発電所の建設も着実に進んでいる。

一方、エネルギー需要側においては、電力多消費産業であるデータセンターが建設され、寒冷地の低気温を活用したいくつかの省エネルギー技術を世に提案し、データセンターのさらなる進出を容易ならしめている。さらに、最近、必要エネルギーをすべて再エネによって賄うという画期的な建物の建設が決定されるなど、石狩湾新港地域ではエネルギーの需給両面にわたる際立った動きが出現している。

北海道ガスの石狩LNG基地(上)と構内にあるガスエンジン発電所

注目の石狩湾新港地域 エネルギー施策の集大成

世界に目を転ずれば、20年4月、米国のバイデン大統領は、就任直後に地球温暖化防止戦略を180度転換させ、「カーボンニュートラル戦略」を打ち出した。わが国でも当時の菅政権が、①30年の温室効果ガス排出量を13年比で46%削減すること(21年4月)、②50年には排出量実質ゼロとするカーボンニュートラルを実現すること(20年10月)―を国内外に表明した。

そして昨年秋には、これらの温室効果ガス排出量削減計画を受けて、第六次エネルギー基本計画を閣議決定させ、その中で電源構成をはじめとするエネルギーの需給計画を組み込んだ。そこでは、従来からのエネルギー政策の命題である、「S+3E」(S=安全性+E=供給安定性+E=経済効率性+E=環境適合性)を遵守するとともに、とりわけ温室効果ガス削減を実現するための環境適合性の確保を前面に打ち出した。

なお、この計画については、筆者はいろいろただしたいことがあるが、これはさて置くとして、再エネの大幅な拡大を織り込んだ意欲的な目標数値が計上されている。

こうした情勢の中で、石狩湾新港地域に拠点を有する各企業が、安定的なエネルギーの確保と共に、いち早く温室効果ガス排出量の削減を目指したエネルギー使用に関心を寄せることになったのはごく当然の成り行きであって、石狩市も同工業団地を振興する地元の自治体として、これらの企業活動を支援する観点も含めて、カーボンニュートラルの実現に向けた諸施策の導入を検討中である。

これが、本稿の主題である「石狩市を再エネ100%地域へ」の実現につながっている。詳細は後述するが、これは決して最近の流れの中での思いつきや夢ではなく、これまでに石狩市が取り組んできたエネルギーに対する姿勢の集大成とみるべきであって、そういう意味において、それまでの経緯をひもといてみるのも重要な作業であろう。

30年・50年に大きな溝 両目標は異なった局面に

その前に論じておきたいことがある。それは、誰もがある程度は感じているように、「カーボンニュートラルの実現」は、極めて難しい課題であって、簡単に解決できるものではないということだ。特に明確にしておかねばならないことは、目標年次である30年と50年との間には確実に段差があり、しかもそれはいくら注意しても踏み外しそうな大きな溝だ。

もとより両者は時系列という観点からは延長線上にあるが、30年は「低炭素化時代」、50年は「脱炭素化時代」と位置付けられ、前者は、温室効果ガスを排出するエネルギーの使用量を極力抑制する時代、後者は、基本的には温室効果ガスを排出するエネルギーそのものを極力使用せず、仮に使用した場合でもそこから排出される温室効果ガスを森林吸収のレベルにとどめて実質排出量をゼロにしたいとする時代である。

つまり、30年と50年の目標年次は、実はかなり異なった局面にあることに留意しなければならない。従って、これらの目標の実現に資する諸施策も大きく異なることになる。

まずは、30年を目標年次とする「低炭素化時代」に向けた施策である。そこでは、温室効果ガスの排出量を可能な限り削減することが重要となる。そのためには、エネルギー使用量を可能な限り縮小することが必要であり、それが最も単純で、最も実現性の高い方法である。

ごく当たり前の表現で恐縮だが、省エネルギーをはじめとするエネルギーの効率的な利用が絶対的に必要であり、仮にエネルギーを利用するにしても、可能な限り温室効果ガス排出量が少ない燃料などへの転換が必要となる。

つまり、まずは無駄な使用の排除、節約、効率的な機器やシステムの開発と使用によって温室効果ガスの排出量を減少させ、加えて原子力や太陽光・風力利用など温室効果ガスを排出しないエネルギー源への転換を図ることが必要であり、一方では天然ガスなど、温室効果ガス排出量が比較的少ないエネルギーへの積極的な転換なども武器となる。

今日、石炭火力発電におけるアンモニアの注入など新しい技術の実用化が期待されているが、要するに、この時代は天然ガスも石炭も制限付きで使用しながら、「低炭素化」に向けた努力をする時代といえる。しかし、時間は今からわずか8年しかない。

次に、50年を目標年次とする「脱炭素化時代」に向けた施策はどのようなものか。基本的には温室効果ガスを排出するエネルギーは使用しないという時代を迎える。そこでは水素の利用が大きな課題となろうが、製造過程で温室効果ガスを排出する、いわゆる従来型のエネルギー由来の水素では駄目だというのだから、かなり厄介だ。

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