【目安箱/5月3日】原発は戦争では壊れない 報じられない攻撃リスクの実情

2022年5月3日

ウクライナ戦争で、日本では「原子力発電所は戦争で大丈夫なのか」という不安が出ている。そして危険を強調する人たちがいる。本当にそうなのだろうか。筆者は安全であるとは断言しないが、仮に日本が戦争に巻き込まれても、原子炉が破壊され、放射性物質が拡散する可能性は極端に低いと思う。それより目の前にある停電やエネルギー価格高騰に備えた方がよい。

◆ウクライナ戦争で原子力発電所は壊れなかった

ウクライナ戦争で、原子力発電所はどうなったのか。ウクライナは電力供給の約6割が原子力だ。同国はエネルギー資源に恵まれず、ロシアがエネルギーで締め上げたため、原子力発電への依存が高まった。同国には4ヶ所の原子力発電所がある。また1984年のソ連時代に大事故を起こしたチョルノービル(チェルノブイリ)原子力発電所は廃炉作業中だ。

この戦争では南部のサポリージャ原子力発電所を3月4日にロシア軍が占領した。ここは100万kWの原子炉6基があり、欧州最大の発電能力だ。占領の際に戦闘が起こり、火災が発生した。しかし原子炉の破損はなかった。国際原子力機関(IAEA)によると、現時点(4月24日)ではロシア軍が占領しているが2基の原子炉が動いており、構内の原子炉に電気を供給して、さらに一部を外部に送電しているという。またチェルノブイリ原子力発電所は、2月24日にロシア軍が占領し、3月31日に撤退した。その際に、放射性物質の一部を持ち去ったというが、施設の破壊はなかった。

その他3つの原子力発電所へは攻撃の報告はない。IAEAによると、原子炉は4月24日時点で、4原発の17基の原発のうち7基が稼働している。稼働率は低下しているようだ。

これらの報告を見ると、ロシアはウクライナの原子力施設の組織的な破壊をしていない。ロシアはチェルノブイリ原発事故で、大変な苦しみと混乱を受けた。それを破壊し、戦争に用いると言う発想はなさそうだ。国際法を調べると、1977年の「ジュネーブ条約に追加される国際武力紛争の犠牲者の保護に関する議定書」によって、攻撃は軍事目標と敵の戦闘員に限定され、原発の攻撃禁止も明示されている。もちろん戦時に守られる保障はないものの、攻撃抑止の理由の一つになっているだろう。

◆原子炉の構造と日本の事前対策

原発の重要部分の圧力容器の大きさは、事故を起こした東京電力福島第一原発第1号炉(1971年運転開始)で、高さ約15m、直径4.7mだ。大きいものではない。中国とロシアは保有している。その圧力容器が格納容器で覆われ、さらに建屋の中にある。圧力容器は厚さ2m程度の鉄筋コンクリートで作られている。外部からの攻撃でこれらの何重にも作られた壁を壊すことは難しい。大型飛行機の突入や単発のミサイル、砲撃程度なら、破損の可能性は少ない。

日本の原子力規制委員会は2013年に定めた新規制基準で、航空機が突入した場合の対応を求めている。またテロリストが突入した場合に、それの侵入を阻止して運転員が逃げこめて、原子力発電所を制御できる「特別重要施設」の建設を求めている。現在、特重施設は、各原発で建設中だ。

日本の行政も対策をしている。海上保安庁が原子力発電所を海から巡視船で警戒している。原発の立地する自治体警察には機動隊の中に小隊規模(数十名)の原子力関連施設警戒隊が置かれ、隊員は短機関銃MP5を持つ重武装をしている。日本には、自衛隊の中央即応集団、また警察のSAT、海上保安庁SSTなど、重武装の犯罪者、テロなどに対応する特殊部隊がある。各原発はそれと連携している。

核兵器で日本攻撃を狙う侵略国もあるかもしれない。しかし日本では都市から離れた場所に原発は立地する。核兵器は大量殺戮を狙いとする兵器であるために、大都市を狙うだろう。

こうした状況を見ると、ロシアがそうであったように、日本を侵略する国も、積極的に原子炉を破壊しないと思われる。

◆広報とリスク認識 繰り返される原子力の問題

それよりも、原子力発電所が戦争で危険と強調する人の姿を見て、日本のエネルギー談義で必ず現れる2つの問題がまた出てきたことを、筆者は残念に思う。政府広報とリスク認識の問題だ。

原子力は今、その実行の責任が曖昧になっている。安倍政権以来、「安全の確認された原子力発電所を再稼動する」という発言を、政府は繰り返すのみだ。政治家も政府も積極的に原子力の必要性を広報しないし、その活用には消極的だ。いわば原子力の政府関係者は、原子力の安全の確認を担当する原子力規制委員会に、責任を丸投げし自らは逃げている。

そして、責任を委ねられた規制委員会も広報下手だ。更田豊志規制委員長は、国会答弁や会見で、戦争でのリスクを問われ「規制では戦争は想定していない」と、繰り返し答えた。事実の上では間違いではないが、広報の点では落第点だ。この発言は、国民の不安を煽り、原子力反対派に言質を取られるだけだ。

原発問題をPRしづらい現状は理解できるが、「安全対策はしており、原子力発電所の安全性は高まっている。戦争で壊れる可能性は少ない」と、政府は明確にメッセージを示すべきであろう。残念ながら、それは行われていない。

もう一つの問題はリスク認識の問題だ。リスクとは、「事象の発生確率」と「災害の程度」で認識される。(「環境リスク学−不安の海の羅針盤」(中西準子著、日本評論社))その数値化は難しいが、「日本が戦争に巻き込まれ、原子力発電所が破壊されて放射性物質が撒き散らされる」という事象が起こる確率は、現時点では極端に小さい。一方で、今の日本では「電力不足による供給の不安定化」が常態化しており、それによる停電の可能性が高まっている。またウクライナ戦争などの影響によって化石燃料の価格が上昇している。

前者と後者の確率の大きな差は明らかだ。戦争を考えるより、目先の停電とエネルギー価格抑制のリスクの差を考え、後者の対応をするのが合理的だ。原子力を活用すれば、後者は解決する。

しかし反対派は戦争リスクを過剰に騒ぎ、分かっている人も批判を恐れて沈黙してしまう。反原発を唱える政治団体や政党は、エネルギー問題で「原発再稼働」の機運が高まっているために、意図的に「戦争と原発」を強調しているように思える。

原子力の戦争リスクを考えるよりも、今の日本は、「原子力を使わないリスク」を考えるべきではないか。