【コラム/5月25日】電気事業のノンコアビジネスの可能性
矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
内外における電力市場の競争激化で、電力会社の電力販売による利益は減少している。そのような中で、電力会社は、新たな価値創造のために事業分野の拡大を重視している。地域に根差すドイツのユーティリティ企業であるシュタットヴェルケは、その強みを活かして、様々な事業分野への拡大を図っている。2021/11/22のコラム「電気事業のコアビジネスの拡大」では、蓄電池を含む分散型電源、スマートメータリング、エレクトロモビリティの事業分野での活動実態について紹介し、シュタットヴェルケはコアビジネスの延長線上にあるこれらのビジネスに最大のポテンシャルを見出していることを述べた。それでは、エネルギー供給以外のノンコアビジネスの可能性はどうだろうか。本コラムでは、この問題について、業界団体BDEWの調査結果を踏まえて考えてみたい。
シュタットヴェルケは、ノンコアビジネスとしては、電気通信、スマートホーム、スマートシティなどの分野に将来性を見出している。エネルギー供給以外とはいえ、本業への(ある程度の)近さや顧客との地域的近接性ゆえに、シュタットヴェルケは、将来的にはこれらの分野に従事することが自然な流れと受け止めている。しかし、コアとのリンクは小さいため、企業全体の利益に占めるシェアは依然小さく、セクターコンバージェンス(他産業との協調)による利益の増大が課題となっている。
1)電気通信
この分野では、多くのシュタットヴェルケは、現在、光ファイバーケーブルの敷設などインフラの拡充を行っており、その約1/4は、ブロードバンド、デジタルテレビ、インターネットサービスなどに従事している。電気通信サービスは、シュタットヴェルケにとって、長期的に一定の収益をもたらす有望なビジネスとみられている。さらに、同サービスは、スマートメータリング、スマートグリッド、スマートホーム、スマートシティなどの分野におけるさらなるデジタルビジネスの基礎となると考えられている。
電気通信分野におけるシュタットヴェルケの取り組みは、単独でのアプローチが多かったが、最近、Deutsche Telekomとの協調が増えている。電気通信市場のグローバルな特性と、エネルギー供給市場の地域密着的な特性に鑑みて、電気通信事業と電気事業のコンバージェンスは、追加的な収益を獲得できる新たなビジネスモデルを生みだす可能性があるだろう。
2)スマートホーム
スマートホーム事業では、エネルギーマネジメントやホームオートメーションなどのプロダクトが提供されているが、同事業に意義を見出し、これらのプロダクトを提供するシュタットヴェルケは、1割程度に過ぎない。現在、シュタットヴェルケが提供するスマートホームプロダクトは、主に顧客のロイヤルティを高めることを目的としており、企業の収益性に貢献するものではない。
スマートホームの分野では、これまでのところ、統一されたプラットフォームは市場に定着しておらず、多数の規格や技術があり、それらは、通常は互換性がなく相互運用ができない。この点で、スマートホームのプロダクトを総合的に提供するためのプラットフォームの構築を目指して、エコシステムを開発していく大きな可能性が存在しているといえる。
3)スマートシティ
この事業分野の開発は初期段階にあり、エネルギー業界は、現在のところ、他業界とのシナジー効果をほとんど見出していない。
スマートシティに関連して、シュタットヴェルケが提供しているプロダクトは、インテリジェント街路照明が最も多い。2020年時点で約2割の企業が、このプロダクトを提供している。このプロダクトは、エネルギー供給に近いため、最も多く提供されている。インテリジェント街路照明以外のプロダクトは従来のエネルギー供給から遠ざかっていくことになるが、インテリジェントな駐車場管理、リアルタイムデータを活用した環境監視、新しいモビリティコンセプトなど、将来的にシュタットヴェルケが従事すると思われる分野は多岐に亘る。しかし、それぞれの事業に関与している企業は、2020年時点で1割または1割未満である。企業の大部分は、スマートシティのアプローチは、様々なパートナーとの協力関係がなければ成功しないと考えている。
エネルギー供給事業者にとって、ビジネスのさらなる可能性を高めるためには、プラットフォームの開発とその上でのサービス提供が、異なるコンピテンシーを持つ多数のパートナーと共に推進されることが必要と考えられている。エネルギー供給事業者は、初期の段階からこのようなエコシステムプラットフォーム運営者の役割を担うことが多いと考えられるが、その際参加者全員にとってwin-winの状況を作ることが、成功のための必須条件となるだろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。