【目安箱/6月13日】政府文書から「原子力を低減」が消えたワケ

2022年6月13日

最近の政府のエネルギー政策を巡る要人発言や公文書を追うと気づくことがある。2011年3月の東京電力福島原発事故直後から昨年第六次エネルギー基本計画まで、政府のエネルギーを巡る公表文書に必ず盛り込まれてきた「原子力発電を可能な限り低減する」、もしくはその趣旨の言葉が消えている。政府は意図的に使っていない。そして政策変更を目指す政治の動きが背景にある。

◆「骨太」、自民公約から消えた「原子力低減」の主張

政府は6月3日、毎年出す経済財政運営と改革の基本方針(通称・骨太の方針)を与党に示した。原発については「厳正かつ効率的な審査を進める」とした上で、「最大限活用する」との文言も明記した。21年の骨太の方針は「安全最優先の原発再稼働を進める」との表現だったがそこから変わり、そこに記載された「(原子力を)可能な限り依存度を低減する」という表現は消える見通しだ。

萩生田光一経済産業相は3日の閣議後の記者会見で、政府としての原発活用の方針を転換したかを問われ「可能な限り依存度を低減する方針とはなんら矛盾しない」と話した。

しかし経産相の建前の発言と実情は違う。経産省筋によると「萩生田大臣、細田健一副大臣、そして自民党の意向で、『骨太』だけではなく、昨年から政府の公表文章から『原子力を低減』の言葉を消している。上からの指示だが、これは経産省内の総意でもある」という。

萩生田大臣、元経産官僚の細田副大臣も原子力活用派だ。そうした彼らでも、公職の地位があると、持論を展開できない。そこでこうした小さな変化を政治主導で行っているようだ。

自民党も言葉遣いを変えた。7月の参院選挙での同党選挙公約では「低減」の言葉は消え、「原子力を最大限活用」という表現になった。これは、これまでにない強い表現だ。「公約作成では、連立与党で原子力発電ゼロを目指す公明党への配慮の声もあったが、党内の大勢の意見を反映した」(自民党関係者)という。

◆世論の変化が、政府・自民党に影響

昨年からのエネルギー情勢の変化で、原子力を巡る風向きは変わった。エネルギー価格の上昇、そしてウクライナ戦争での天然ガス供給危機、さらには今夏、今冬の停電懸念を多くの国民は不安視している。一方で原子力発電の再稼動が遅れ「おかしい」という意見が各所で目立つ。こうした声に敏感な政治家が動き出しつつある。これまでエネルギー問題で積極的に動かなかった岸田文雄首相さえも、ここ1か月、「原子力を活用」と踏み込んだ発言をするようになった。「嶋田さん(隆、首相秘書官、元経産事務次官)が首相のエネルギー政策の考えに影響を与え始めた」(同関係者)。

原子力規制委員会の政策で、規制厳格化による審査の遅れ、それによる原子力発電所の長期停止が問題になっている。同委員会は2012年の設立時に、独立行政機関として権限を与えられて発足し、政治が口を出しづらい形になっている。また同委員会の発足に伴う法改正は、国会の全会一致があった。そのために規制を巡る法改正も野党が抵抗しそうで、なかなか難しい。

それでも自民党内では、議員の会合や勉強会レベルでは、「どうやって原子力発電所を再稼動するか、どうやって法改正をするかが、語られるようになっている」(同関係者)。自民党原子力規制特別委員会(委員長・鈴木淳司衆議院議員)は、5月に政府に提出した規制改革への提言で、「状況によっては法改正も視野」と明確に言及した。経済政策で首相の相談役とされる、甘利明衆議院議員も、原子力の活用を強く申し入れているもようだ。

「7月10日の参議院選挙で原子力の再稼動は争点の中心にできないが、選挙に勝って安定多数を得られたら再稼動、そしてリプレイスの議論がようやく政治の公の場で、可能になる」(同関係者)との期待もある。「原子力を低減」との言葉が消えた裏には、大きな政策変更のうねりが隠されている。