【コラム/7月5日】経済財政運営基本方針と新しい資本主義を考える~まずエネ対策を、見識曖昧・看板塗り替えながら少しの光明か
飯倉 穣/エコノミスト
1,今年も「経済財政運営と改革の基本方針(以下基本方針22という)」の閣議決定があった(22年6月7日)。副題に「新しい資本主義へ ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」とある。理念と本質的な経済政策の中身はこれからで、効果薄き従来政策の看板塗り替えが多い。
報道は「新しい資本主義 変質 新自由主義の転換めざしたがー旧来型に回帰バラマキ色」(朝日6月1日)、「人への投資 世界水準遠く 3年で4000億円 骨太方針決定 成長へ生産性向上急務」(日経6月8日)等と伝えた。作成過程で自民内の注文報道も目についた。
岸田流で各界から様々な投げ入れがあったであろうか。基本方針22の経済政策を考える。
2,過去、小泉純一郎政権は6回の「骨太の方針(01~06年)」、安倍晋三・福田康夫・麻生太郎短命政権の骨太方針、民主党政権の経済対策中心の後、安倍政権は8回の基本方針(アベノミクスの展開:13~20年)、そして菅義偉政権「基本方針21」(21年)があった。それぞれ現状認識の誤謬と経済論軽視の対応で不適切だった。小泉劇場は、民営化、特区、分権、独法化、貯蓄から投資等で国民を沸かせた。アベノミクスは、三本の矢の旗印で、稼ぐ力、海外成長市場、600兆円経済、1億総活躍社会、Society5.0挑戦等を掲げた。放漫財政・金融の打上花火だった。いずれも金融バブル崩壊等で行き詰まる。
各基本方針は、負担の痛みを回避し「成長可能神話」で彩ったが、思い付きのアイデアだけで、経済健全化と無縁だった。この間国際競争力低下・貿易収支の赤字化、財政頼りの経済運営・国債残高積み上げで、内外不均衡拡大且つ国力消耗となった。繰り言だが、下村治博士が述べた現実直視、内外均衡重視の「節度ある経済運営」とは異なる。政府の失敗続きにもかかわらず、経済活動は、人々のうごめきの中で悲喜こもごも継続している。通常の景気変動では、マクロ政策で何もしない選択も重要ある。
3,基本方針22は、アベノミクスの蹉跌を述べず、引き続き大胆な金融政策・機動的財政政策・成長戦略の堅持で、民需主導自律的成長とデフレ脱却を謳う。そして2段階アプローチ(コロナ・ウクライナ絡み当面の緊急対策とその後の総合的な方策による成長と分配の好循環)を掲げる。
今回は「人への投資」というお題目で政策の再編成を試みている。新機軸は、資産所得倍増プラン、官民連携投資、社会的課題の民間力の活用であろう。中長期的に官民連携の計画的重点投資推進で成長力強化、成長分野への労働移動、省エネ・脱炭素で比較優位確保、産業構造変化で持続的成長を目指す。
現状の経済・社会状況から見て、塗り直し政策がどの程度必要で効果を収めているか。またエネルギー情勢の変化で一般論はあるものの、電力システム改革失敗に起因する電力の供給不安に触れていない。
基本方針22の認識と政策は、例えば経済変動、経済成長、現経済の不均衡にどんな影響を与え、経済の目的達成の一歩前進となるのであろうか。
4,二段階アプローチは適切か。経済の現状は、コロナの影響が残る中で、資源・エネルギー価格上昇に伴う輸入物価上昇を受け、縮小均衡調整となる。海外への所得流出に伴う経済水準低下はやむを得ない。選択肢は限られている。価格上昇の転嫁(縮小均衡)の受容である。エネルギー対策には限りがある。マクロ政策で総需要抑制の他、供給で原子力発電増、需要面で節約である。すでにコロナ対策で不要・十分な財政出動をしており、屋上屋の緊急対策(財政支出)は抑々余計である。
5,次に民需主導の自立的成長を狙う政策の誤謬が懸念される。現経済の成長力の見方である。過去2000年以降21年までの実質経済成長率は、年平均0.6%(コロナ前19年まで0.7%)である。01年以降の基本方針は、政治的プロパガンダで、思い違いの連続であった。成長力の源泉である民間企業設備投資の現実を見誤っている。当年度の設備投資で翌年度のGDPをどのくらい押し上げるかという比率の推移を見れば、一目瞭然である。現経済は、0.1未満である。80兆円投資して8兆円の実質GDP増加にもならない。民間企業資本ストックは、1000兆円を超えており、毎年の設備投資は、中身の変化はあろうが、ほとんど維持投資と推定される。残念ながら技術革新を体現する独立投資不足である。
1969年産業政策は、「模倣から創造へ」を掲げた。その課題が半世紀以上継続している。大学等基礎研究体制、企業の研究開発体制に問題があるのか、依然判然としない。米国物真似のベンチャーとベンチャーキャピタル期待一辺倒の政策は観念すべきであろう。
6,成長の本来の原動力は、企業である。過去の日本は、なぜ活力を有していたか。その後バブル経済を経て、米国要求の企業改革が進み、日本企業の多くは活気を低下させた。株主代表訴訟、独禁法、コーポレートガバナンス等投資家重視の改革が、企業経営・従業者に混迷を招いている。その反省と見直しが必要である。
7,経済運営では、内外均衡を重視した運営が基本である。とりわけ中長期的には財政均衡が重要である。00年以降成長期待で財政再建への挑戦が試みられたが、実現していない。唯一民主党野田政権で、野党自民党の見識で、税・社会保障一体改革の消費税増税合意が行われ、その後実施された。その精神も、ばらまき政治で消失した。現在は、財政破綻状況である。財政不均衡は、経済縮小というインフレか重税で、いずれ決着をつける方向になる。基本方針22は、財政健全化の旗を下ろさず「経済立て直し・財政健全化」を掲げた。財政均衡への道は未検討である。
8,繰り言になるが、経済の目的は、第一に雇用、第二に物価の安定、三四無く次が貿易の自由化であろう。経済政策の失敗の帰結であるバブル崩壊・企業リストラの下で、働く人は、早期退職、転職等を余儀なくされた。この結果安易な労働移動の勧めが横行した。それは生産性の低い分野への労働移動をもたらし、不安定な雇用が増大した。多くの働く人にとって重要なことは、生活の糧を確保し、日々安心して働くことである。それを企業経営でも第一とする企業理念とそれを支える制度見直しが必要である。
9,新しい資本主義の知恵はこれからである。現下の課題であるエネ価格高騰・輸入物価上昇への対応は、マクロ政策で金融引き締めという金融政策、財政支出圧縮という縮小均衡調整が妥当である。又エネルギー政策では、限られたエネルギーの選択肢を、情緒で判断せず、節電・再エネの限界も考慮して、過去の教訓を生かした原子力発電の活用以外に方策はない。更に電力の安定供給をより確実にするに電力システム改革(自由化)の見直しが重要である。
日本の科学技術開発力の低迷で、適度の成長は当面困難である。中長期的に基礎研究体制の見直し(大学改革の再考等)、企業活力を阻害する各種負担(コーポレートガバナンス改革等)の排除から手を付けていかざるを得ない。経済運営では、財政均衡を念頭に置いた運営が重要である。そして経済の目的は、雇用であることを再確認して政策を再構築すべきである。
岸田政権提唱の新しい資本主義は、官邸主導でなく、内容を各界が提案し、官僚の勉強と立案を基礎とする建付けである。構造改革の見直し、今後の施策の理論的精査を行い、妥当な政策を決めていくことが期待される。政治の思いでなく、官の知恵が問われている。
【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。