【コラム/7月20日】EUにおけるガス供給のセキュリティに関する規制枠組み

2022年7月20日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

EUでは、域内で消費するガスの4割近くは、ロシア産であり、ガスのロシア依存度は他のエネルギー種より高い(2021年)。しかも、輸入のほとんどをロシアに依存する国も多い。さらに、過去にロシアからのガスの供給支障も経験していることから、EUのエネルギーセキュリティに関する文書を読むと、ガス供給のセキュリティに大きな重点が置かれていることが分かる。そこで、本コラムでは、EUにおけるガス供給のセキュリティに関する規制枠組みのポイントを紹介し、わが国の参考にしたい。

EUにおけるガスの供給確保に関しては、「ガスの供給保障を確保するための措置に関する規制」(2017年10月25日)で、EUの緊急事態への備えと供給途絶に対するレジリエンスのための枠組みが規定されている。同規制では、共通の供給リスクを評価し(コモンリスクアセスメント)、共同の予防・緊急対策を策定するための地域グループにおける加盟国間の協力などが定められている。また、加盟国が策定する予防行動計画や緊急時対応計画には、コモンリスクアセスメントと国別のアセスメントに基づき特定されたリスクの除去・軽減策や、ガス供給の途絶による影響の除去・軽減措置が含まれる。

加盟国は、極端な供給支障が生じた場合でも、「保護すべき消費者」に対して確保すべき消費量を保証する措置を講じることが求められている。そのため、極度の供給支障が生じた場合に機能するガス供給に関する連帯メカニズムについての協定を近隣加盟国との間で結び、最も弱い立場の消費者が、厳しい状況下でも引き続きガスを利用できるようにすることが義務づけられている。

また、欧州委員会は、ウクライナ危機を踏まえて2022年3月23日に発表した「供給の安定性と手頃なエネルギー価格に関するコミュニケーション」の中で、ガス市場における問題の根本原因に対処し、来冬以降も適正な価格での供給の安定を確保するための方策を提案した。この提案には、2022年11月1日までに最低80%のガスの貯蔵レベル確保の義務を課し、次年度以降はこれを90%に引き上ることが含まれている。

ガスの貯蔵設備、とくに地下貯蔵設備は、ガス供給の安全保障に不可欠である。欧州では、通常、冬季に消費されるガスの25〜30%が貯蔵ガスにより供給される。2021年には、ガス価格が高騰したが、その原因の一つとなったのは、貯蔵レベルが通常より低かったことである。さらに、2022年初頭のロシアのウクライナ侵攻以降、地政学的緊張が高まり、供給の不確実性が増した。これらの出来事が、来るべき冬に向けて十分なガス貯蔵を確保する必要性を高めた。

ガス貯蔵量の確保で重要なのは、負担分担の仕組みである。EU諸国には、自国の消費量を上回る貯蔵容量を有する施設を持つ国から、まったく貯蔵施設を持たない国まで存在する。後者は、前者の貯蔵設備に年間消費量の15%に相当する量を確保することが求められる。または、貯蔵設備を有する国々は、それを有さない国々と負担を公平に分担するメカニズムを共同で開発することが求められている。

EUでは、2006年と2009年におけるロシアとウクライナの間のガス料金を巡る紛争により、欧州向けのガス供給に支障が生じたことを契機に、ガスの供給保障、とくにガス輸送の中断への対応が、エネルギーセキュリティ政策の重大な関心事となった。そのため、EUでは、ガスの供給中断が及ぼす影響についてのスタディが何度も行われている。そこで重視されているのが、加盟国間の連帯である。EUにおいては、個々の国の置かれた立場の違いからエネルギーセキュリティ確保に関しては、統一的な行動をとることは必ずしも容易ではなかった。そのため、「団結」の必要性が、繰り返し強調されてきた。今回のウクライナ危機で、ガスの共同調達に関するタスクフォースを立ち上げ、需要をプーリングすることで購買力を強化することが決まったが、そこには、セキュリティ確保に関する加盟国間の団結が強まっていることを見て取れる。

EUにおけるエネルギーセキュリティ確保に関する規制枠組みは、わが国でも参考にすべきところが多い。わが国においても、特定の国からの供給遮断に関する様々なシナリオと、それが発生した場合の対応策を事前に策定しておく必要があるだろう。そのさい、わが国全体での協力関係を築いていくことが重要であり、保護すべき需要家に対しての必要最小限度のエネルギーの確保方策を策定することが求められるだろう。折しも、この原稿の作成中に、日本も出資する石油・ガス複合開発事業であるサハリン2をロシアが国有化するというニュースが報道された。このような事態に対して、わが国は、危機管理能力を高めていかなくてはならないだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。