【目安箱/7月19日】岸田首相「覚醒」せず 原発再稼働表明のごまかし

2022年7月19日

「岸田覚醒」「原発再稼働」―。7月14日、岸田文雄首相は当面の政治課題をめぐる記者会見を行った。その後に、このような感想がネットで溢れた。会見で岸田首相は、次々に重要な発表を行った。そこで岸田首相はこの冬の電力危機を避けるために「萩生田経産相に対して、今年の冬に最大9基の原子力発電所の稼働を進めるよう指示した」と会見で表明した。この発言を受けての反響だ。しかし詳細を検証すると、官僚の入れ知恵による「ごまかし」と思われる発表をしている疑惑がある。

官邸で会見する岸田文雄首相(7月14日、首相官邸ウェブサイトより)

◆首相は政治決断で原発再稼働を指示したのか?

この日の会見では、8日にテロにより亡くなった安倍首相の葬儀を今秋に国葬で行う、再流行の兆しのある新型コロナウイルスの対策を強化し一部にワクチンの第4回接種を国費で行うなどの重要な決定を次々に表明した。岸田首相は、検討ばかりを繰り返し、「決断できない人」と批判されていた。10日の参議院選挙の大勝利後に、急に大きな決断を次々と表明したため、「岸田覚醒」という好意的な評価が広がった。その中で、首相から「原発再稼働」という言葉が出た。まじめに日本経済と、電力需給を考える人から、当然歓迎の声が広がった。

会見に出席したのは政治部記者などで、原子力問題はよくわからなかったのだろう。各主要メディアの第一報の見出しは「原発再稼働」の言葉を使い、内外の通信社もその言葉を速報した。会見を聞いていた自民党議員が何十人も、ツイッターやFacebookで「再稼働」に反応し、岸田首相への支持を表明した。

さらに岸田首相は、電力不足が懸念される今年の冬にかけて、「日本全体の電力消費量の約1割に相当する分を確保する」「火力発電の供給能力で、追加的に10基を目指して確保する」「ピーク時に余裕を持って安定供給を実現できる水準を目指す」ことも表明した。

このように情報を流したら、誰もが勘違いをするだろう。SNSを後から観察すると、この第一報を聞いて、事情をぼんやりとしか知らない多くの人は「新たに」原発を9基再稼働すると思ったようだ。自民党国会議員も間違えるぐらいだから、その勘違いは当然だろう。

筆者はエネルギー業界の関係者で問題を多少知っている。この会見で、いわゆる特別重要施設(特重)問題を首相が政治介入して棚上げさせ、この問題で停止している関西電力高浜1号機、2号機(福井県)、九州電力玄海発電所2号機(佐賀県)を動かすと、勘違いした。(詳細後述)

岸田首相の「萩生田経産相に命じた」という発言が、いかにも特別な仕事のように聞こえる。独立行政委員会、いわゆる「三条委員会」として強い独立性を持ち、原子力発電所の稼働権限を持つ原子力規制委員会に、首相も経産相も、制度の上で何も指示できない。それをやったと誤解されかねない記者会見での発表だった。

◆「予定された原子炉再稼働を早める」が実態

資源エネルギー庁によると原子力発電所の審査状況は6月末に以下のようになっている。(図)ここでいう「設置変更許可」とは、新規制基準の合格のための、原子炉の設置工事を行い、それが原子力規制庁、原子力規制委員会に認可されたということだ。これが再稼働の条件になる。

その認可の後に、法的な裏付けはないが、地元の同意が必要になる。立地自治体と知事が認めれば再稼働になる。事故時の避難計画の策定も法律で求められている。東日本の原発の再稼働は遅れ、この地域では電力不足と電力会社の経営不振が深刻になっている。

テロ対策を名目に作られる特別重要施設の完成を、原子力規制委員会は再稼働の条件にしている。工事認可から5年の建設猶予期間を設けた。しかし、それを超えて完成しない原発の再稼働を認めない、頑迷な態度を示している。工事が難航したため、上記3つの原発が止まっている。それを動かすという政治決断を示したと受け止めかねない表現だ。

政府関係者によると、岸田首相の発表を受けて稼働の対象となるのは、関西電力大飯3、4号機、同美浜3号機、同高浜3、4号機(以上、福井県)、四国電力伊方3号機(愛媛県)、九州電力川内1、2号機(鹿児島県)、同玄海3号機(佐賀県)。9基はいずれも原子力規制委員会の審査を通過し、一度は再稼働した原発だ。(図のオレンジの原子炉)。

九電玄海4号機は一度再稼働しているものの、平成29年(2017年)9月に工事認可が行われており、その5年後の期限にあたる今年9月までに、特重施設の完成が間に合うか不透明だ。そのために外したのだろう。

7月14日時点で動いているのは、関電大飯3号機、伊方3号機、九電川内1、2号機の4基。これに加えて、現在定期検査などで止まっている原子炉は5基でそれを合わせて上記の9基となる。原子炉は、原則として13月運転の後で、検査のために停止する仕組みだ。今年の冬の需給不足は夏より深刻と見込まれるので、冬の稼働に合わせるために少し運転時期を調整している。

その他に中国電力島根2号機で、島根県知事の運転同意がすみ、冬までに動く可能性がある。また高浜1、2は特重の工事を急いでいるが、来年春に完成の予定だ。それの前倒しがあるかもしれない。高浜1、2号、玄海4号は、この特重建設のために、一度動かしたのに規制員会が止めている。

◆首相の広報にごまかしはなかったか?

つまり、まとめると事実は次の通りだ。岸田首相の14日の会見では、原発再稼働が強調された。これは、制度上では首相にも経産大臣にもできない原子力規制政策への政治的介入で再稼働を行わせることではない。事前に想定される可能な原発9基の再稼働を急ぐという意味だ。「経済産業大臣に再稼働を指示する」という言葉で、勘違いが広がってしまった。つまり首相は嘘をついていないが、「ごまかし」と批判されかねない広報をしている。

首相の秘書官には、元経済産業省事務次官の嶋田隆氏が就任している。嶋田氏は「策士」と評される人だ。首相に原子力再稼働の権限がないことは十分承知しているはずで、このずるい発表の「振り付け」をした可能性がある。本来は野党やメディアが批判をするべきだが、「安倍国葬」に関心がむき、一夜明けても再稼働問題をめぐる批判は少ない。

電力需給ひっ迫問題に岸田首相が政治課題として真面目に向き合おうとしているのは事実だろうが、言葉でごまかすかのような態度は批判されるべきだろう。言葉を操っても、現実の問題として、電力の供給は増えない。それよりも、非合理な原子力規制政策の見直し、本当に原子力を活用し電力危機を回避する実際に効果のある政策を求めたい。言葉遊びをする政府に、重要なエネルギー問題を任せて大丈夫だろうか。