【目安箱/7月21日】安倍元首相の死去がエネルギー政策にも影響か

2022年7月21日

安倍晋三元首相が7月8日に銃撃され亡くなった。それを背景に自民党は7月10日の参議院選挙で大勝した。その死に心からのお悔やみを申し上げる。そして、この影響が注目されている。今後行われる人事で、岸田首相は、「安倍色」を薄めるとの観測が出ている。その結果、エネルギー政策に影響が出るかもしれない。以下の文章は憶測や伝聞の情報が多く、読者には恐縮ながら、政界に広がっている話題をまとめてみた。

安倍元首相逝去を受けて会見する岸田文雄首相(7月8日、首相官邸ウェブサイトより)

◆安倍氏、首相退任後に原子力活用に関心

安倍氏は人の好き嫌いを示すことや人物評を、政治家の間や人前であまりしなかったという。首相を長く務め影響力があることと、寛容な人柄のためであろう。それよりも政策の話が好きだったそうだ。安倍氏が亡くなる前まで、議員たちとの会話で話題にしたのは、第一に積極財政、第二に外交・安全保障問題、第三にエネルギー危機とその背景にある原子力の活用の3つだった。

首相在任中に安倍氏は、民主党政権で始まった電力システム改革、厳格な原子力規制をそのまま受け入れ、手をつけなかった。2011年の東電の福島原発事故の影響で、原子力や大手電力会社への批判が強かったためであろう。2020年の病気退任の後で、回復した安倍氏は政治活動を再開した。そこで安倍氏は原子力の活用に関心を寄せた。もともと現在の政治での重要なテーマである経済安全保障問題は、安倍氏が首相在任中に積極的に取り組んだ。その重要な要素であるエネルギー安全保障と、有効な手段である原子力の活用に、彼が動いたのは自然な流れだ。

ある自民党の議員会合で、安倍氏はエネルギー問題や原子力規制改革に首相在任中に積極的に動かなかったことを、「やり残した」と述べたそうだ。また安倍氏は新型原子炉に関心を寄せ、2021年4月に発足した自民党の「最新型原子力リプレース推進議員連盟」という議員連盟の顧問となった。この議連の会長は、安倍氏に近い稲田朋美衆議院議員(福井県選出)だ。

同議連の設立総会の挨拶で安倍氏は、リプレースと新型原子炉開発をこれから支援する意向を示し、「国力を維持しながら、国民あるいは産業界に低廉で安定的な電力を供給していくというエネルギー政策を考える上において、原子力にしっかりと向き合わねばいけないというのは厳然たる事実」と原子力を評価した。安倍氏は亡くなる直前まで精力的に参議院選挙の応援演説を行った。そこでは原子力に触らなかったものの、電力危機の克服に言及していた。

こうした一連の安倍氏の発言を受け、エネルギー問題のウオッチャーの間では、選挙後に安倍氏が自民党のエネルギー改革を巡る動きの中心、旗頭になると予想されていた。

21年10月に発足した岸田政権では、人事的に安倍氏と関係の深い議員が要職を占めている。発足時に与党自民党は甘利明衆議院議員(神奈川)を幹事長(のち退任)、政調会長に高市早苗衆議院議員(奈良)が就任した。2人は安倍氏に近く、いずれも原子力とエネルギーの安定供給を重視している。また経済再生担当の内閣府大臣に山際大志郎議員(神奈川)が就任した。山際氏は甘利氏に近い。

さらに甘利氏、高市氏は自民党人事を決めたが、原子力に関わる党の機関である経済産業部会長に石川昭政衆議院議員(茨城)、原子力規制に関する特別委員会の委員長に鈴木淳司衆議院議員(愛知)を選んだ。2人とも原発推進派だ。

◆選挙後に懸念されていた安倍、岸田両氏の対立

しかし選挙の前に「岸田首相と安倍元首相は対立するのではないか」(自民党中堅衆議院議員)との見方が自民党内でも、政界関係者の間でも噂されていた。長期的な財政の均衡を目指す岸田氏と、積極財政を唱える安倍−高市ラインの間で考え方の違いがあった。さらに、山際大臣が選挙中に「野党の言うことを政府は聞かない」と失言したことは、「岸田首相の不興を買った」(自民党関係者)という。

岸田首相は、自分の出身派閥である宏池会と、同派の財務省出身の2人の衆議院議員、木原誠二官房副長官(東京)、村井英樹首相補佐官(埼玉)らに経済政策の中心を移したがっていた。そして高市政務調査会長を、交代させる可能性も囁かれていた。

そこで安倍氏へのテロ事件があった。選挙の後は慣例的に、党と政府の人事異動がある。この後で、岸田首相が安倍色を薄める人事を実行するのか。それとも弔意を示すために、当面は人事を大きく動かさないのか。この記事を執筆している7月21日時点では、何も示されていない。しかし安倍氏がいなくなったことで、首相の求心力が高まり、動きやすくなったことは確かだろう。

岸田首相は、今の電力危機に陥るまで、エネルギー問題や原子力問題に、積極的に関心を示さなかったという。現在は首相秘書官である嶋田隆元経産事務次官も、今は失敗したと批判を集める電力自由化、東電への福島責任の全面押し付けの政策を、官僚として推進してきた人だ。

今回の選挙の結果を受けた7月14日の記者会見で、岸田首相は電力危機を前に原発再稼働と安定供給対策を推進する意向を示した。しかしエネルギーフォーラムの記事「【目安箱/7月19日】岸田首相「覚醒」せず 原発再稼働表明のごまかし」に書かれているように、その内容に目新しさはない。

岸田首相は、安倍氏のように「何をしたい」と、意思を示さない調整型の政治家だ。政治は官僚主導の色彩が強くなるだろう。そして安倍氏と政策が近い政治家の影響力は薄らぐし、その人々の勢力を削ぐ方向に岸田首相は動きそうだ。

電力の供給逼迫の問題に岸田首相は手をつける意欲を示している。しかし、この電力不足と電力システムの不安定化の原因はかなり根深い。政府が福島事故以来進めてきた電力・エネルギーシステム改革、再エネ過剰優遇策、原子力規制政策の問題が影響している。その問題点の是正の意欲を、岸田首相は示していない。

安倍氏の死はエネルギー政策の先行きにも、影を落とす可能性がある。その改革は一部にとどまり、問題が先送りされてしまうことがあり得る。