激動する国際エネルギー情勢を踏まえた日本の戦略とは

2022年8月5日

未曽有のコロナ禍において、ロシアによるウクライナ侵略、世界的な脱炭素化の機運の高まりなどエネルギーを取り巻く情勢は激変しています。足元では原油や天然ガスの価格が高騰し、エネルギー安全保障が重要課題となっています。日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員の小山堅氏が著書『激震走る国際エネルギー情勢』で以下のとおり提案しています。

第6次エネルギー基本計画に定められた日本のエネルギー政策目標の実現に向けて、さまざまな課題が山積する中、これから日本では、まさに官民を挙げた総力戦の遂行が必要になっていく。その際には、日本を取り巻く国際情勢を踏まえた総合的・包括的な取り組みが求められていくことになろう。2020年以降、コロナ禍による劇的なエネルギー市場の変化、カーボンニュートラルの潮流の加速化、バイデン政権の発足とその影響、同時多発的エネルギー価格の高騰、ウクライナ危機の深刻化とエネルギー地政学の重要性拡大などの極めて大きな変化と影響要因の下で、世界のエネルギー情勢が劇的な展開を遂げてきた。こうした足下で次々に発生する国際情勢の展開を踏まえ、以下では、日本のエネルギー戦略推進に際した基本概念を示したい。

その1 エネルギー安定供給確保の重要性を再認識せよ

エネルギー輸入依存度が極めて高い日本にとって、今後もエネルギー安定供給確保、エネルギー安全保障強化は、エネルギー政策における「一丁目一番地」の最重要課題であり続ける。現下のエネルギー価格高騰とウクライナ危機の深刻化という地政学情勢で、奇しくもこの問題の重要性が大きくクローズアップされた。日本のエネルギー政策において「S+3E」同時達成を目指していく方向性は今後も変わらない。その時、常に最重要基本要素としてのエネルギー安全保障にしっかり重点を置いた政策が不可欠になる。エネルギーは、空気や水と同様、普段はその重要性や有難みは意識されにくいものである。しかし、日本が国家として今後も生存・繁栄を続けていく上で、決してこの問題の重要性を忘れてはならない。これからのエネルギー政策の議論において、ウクライナ危機を踏まえた、そして、より厳しさを増す地政学環境を意識したエネルギー政策が必要になる。

その2 脱炭素化への移行を着実に、安定的に進めよ

エネルギー安全保障の重要性を再認識するからといって、脱炭素化の取り組みを緩めることはできない。長期的な最重要課題として、日本は責任ある国家として国際社会の中で脱炭素化を進めていく必要がある。その中で、長期にわたる移行期間の存在を前提にして、いかに安定的にカーボンニュートラルの将来像にまで日本が、そして世界全体がエネルギー転換を果たしていくかという視点が重要になる。不安定で途中段階での大きなコストを伴うような移行過程は、結果的にはカーボンニュートラルの実現にとって妨げになる可能性がある。高い理想を掲げ、その実現にまい進していく際にも、その過程を安定的なものにしていく努力を忘れるべきではない。そのためには、日本の、そして世界の現実に目配りをしたプラグマティックでインクルーシブな(排他的でない)政策を着実に進めていくことが求められる。

その3 日本の政策推進を支える国際エネルギー戦略を強化せよ

日本の国内エネルギー政策を進めていく上でも、世界を意識した政策が不可欠となる。例えば、2022年のドイツG7や2023年の日本G7、今後のG20やCOPにおける議論において、いかに日本の考えを発信し世界に訴求、影響力を維持・強化するかは、日本の国内エネルギー政策に重要な意味を持つからである。その意味において、米国とのエネルギー戦略面における連携強化はますます重要になる。米国自身が激動する国際エネルギー情勢の中で自らの立ち位置をどうすべきかの岐路に立つ中、米国を支える重要な同盟国として、米国が今後も国際エネルギーガバナンスの中心国であり続けるべく、日本として連携強化を図る必要がある。もちろん、エネルギー安全保障及び気候変動対策の両面において、欧州とのエネルギー協力も重要である。同時に、日本にとってアジアや産油国・資源国とのエネルギー面における協力はかつてないほど重要になっている。米欧との議論・対話の中でも、日本がアジアを代表する意見を表明することで日本のプレゼンスは強化される。エネルギー安全保障や化石燃料の脱炭素化を通した気候変動への取り組みなどの面で、資源国との連携強化も日本にとって欠かせない国際エネルギー戦略となる。

その4 危機・挑戦をバネに、日本のプレゼンス拡大を目指せ

現下のエネルギー価格高騰とエネルギー地政学リスクの深刻化といった危機的状況や、2050年のカーボンニュートラル実現といった極めて野心的な挑戦は、日本にとって乗り越えるべき大きな課題である。しかし、克服すべき課題が大きいのは日本だけでなく、これは世界共通であり、克服を通して日本のプレゼンス拡大が可能となるチャンスと見ることもできる。1970年代の石油危機の際には、日本経済はこれで限界を迎えるとの悲観論も内外で見られた。しかし、むしろ、その危機をバネにし、官民挙げての努力で日本経済は生き残りを果たし、成長・発展を続けた。現在の危機・挑戦は決して容易なものでなく、どのように克服できるのか、まだ見通しは定かでない。しかし、これが世界共通課題であることを考えれば、その克服を通して、日本の将来を新たに切り開くことは、決して不可能ではない。イノベーションを巡る競争が激化し、技術覇権が争われる世界において、例えば、現時点では、日本は水素・アンモニアの国際供給チェーンづくりで世界をけん引しようとしている。こうした取り組みを進め、世界のエネルギー転換に貢献していくことを推進するエネルギー政策が極めて重要である。

その5 国際的ルールづくりの世界で積極的な役割・貢献を果たせ

ウクライナ危機下で不安定化する国際エネルギー市場に秩序をもたらすためには、新情勢に対応したGlobal Energy Governanceの機能強化が必要になる。そのためには、秩序維持・強化の国際ルールが必要不可欠になる。また、気候変動対策のためのさまざまな具体的な対応や対策オプションに関しては、個別に国際ルールの策定が必要になる。世界的に適用されるルールなくして、気候変動対策の新しい技術オプションの世界的な推進はうまくいかない。この状況下、前述の世界的なルールづくりにおいて、日本は積極的に発信・参加し、効果的ルールづくりに貢献することが求められる。ルールづくりにおいて、日本の立場やアジアの実情を反映する重要な貢献を行うことは、日本やアジアにとって重要なだけでなく、世界のルールづくりをより公平で透明性の高いものとしていく効用も持つことが期待される。

その6 日本にとってのエネルギーベストミックスを追求し続けよ

エネルギー安全保障を強化し、脱炭素化を進めていく上で、それぞれに国において国情・エネルギー資源賦存、技術・産業力などの差異や特徴がある。それに応じたベストミックス政策を推進していくことが基本的に重要である。日本にとっては、長き期間にわたる移行期間を支える化石燃料の安定供給確保と、長期を見据えた化石燃料の脱炭素化は、今後も重要であり続ける。再生可能エネルギーの新しい可能性も踏まえつつ、主力電源化を着実に進めることは今後の最大の課題であり、過去の努力で世界のトップランナーと位置付けられたものの、まだ深掘り可能な分野を残す省エネルギーをどう進めるかが今後問われる課題である。また、世界で大きく変化しつつある原子力の問題を今後の政策議論でしっかりと位置付け、再稼働問題だけでなく、より長期を見据えた政策課題を本格的に真正面から議論しなくてはならない。また、水素・アンモニア、そしてネガティブエミッション技術などのイノベーションを進め、国際供給チェーンの構築で世界をリードする取り組みを強化する必要がある。

その7 柔軟な複眼思考を基にした戦略を追求せよ

エネルギー転換には、長期を見据えた戦略と、その遂行が重要になる。他方で、世界のエネルギー情勢にはさまざまな不確実性が存在し、将来を正確に読み切ることは誰にとっても困難である。長期的な理想を掲げて、それを目指して進むことは、エネルギーの将来を考える上で重要な役割を果たすが、それと同時に、変転する現実世界を冷徹に分析し、柔軟で複眼的な思考を働かせた戦略対応を行っていくことも必要である。バックキャストも、フォアキャストも使いこなし、シナリオ分析も十全に活用するなど、あらゆる叡智を最大限活用する戦略が日本の将来のためにどうしても必要である。

小山 堅(こやま けん)

1959年、長野県生まれ。1986年、早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、日本エネルギー経済研究所入所。2001年、英国ダンディ大学博士号(PhD)取得。日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員、現職。東京大学公共政策大学院客員教授、東京工業大学科学技術創成研究院特任教授を兼務。その他、国際経済研究所客員シニアフェロー、日本卸電力取引所理事などを務める。経済産業省をはじめ政府審議会・委員会などの委員を多数歴任。