【記者通信/8月22日】独で脱原発政策を転換か 日本が学ぶべきこと

2022年8月22日

◆ロシア産天然ガスに依存するドイツ

ドイツでは現在、運用中の3基の原子炉の稼働について、22年末に止めると設定した期限を延長するかどうかが、政治的な問題になっている。

原子力発電所の稼働が延長される可能性は高いようだ。社会民主党(SPD)を中心とした左派政党連立政権のショルツ首相は、8月に入り「稼働させ続けることが理にかなっている」と何度か述べ、延期の可能性を示唆し始めた。

【写真】水素発電プラントを視察するドイツのショルツ首相(8月10日、同首相Twitterより)

これは過去20年間ほど続いたドイツのエネルギーと脱原発政策を転換する大きな意味を持つ決定だ。欧州の大国であるドイツの動きはE Uや各国の政策に影響を与えるだろう。ドイツは1986年のチェルノブイリ事故をきっかけに、再エネシフトによる脱原発が主張された。ただし再エネは増えたものの原発の代わりにすることは難しく、ロシアの天然ガスと国産の石炭を使っていた。

状況は変わった。今年2月のロシアのウクライナ侵略によって、ドイツはロシアからの天然ガスの供給を抑制すると自ら発表。ところが2020年には、石油34%、天然ガス55%、石炭45%がロシアからの輸入だった。その輸入量は今年に半減すると見込まれ、今冬にエネルギー不足が発生しそうだ。ドイツ政府は公共の建物内の温度を下げる、公的な活動でのエネルギー消費を削減するなどの対策を発表しているが、それでも冬の電力不足はほぼ確実だ。ドイツの冬は厳しく、エネルギー不足は寒さによる一般市民の健康被害の危険を高める。そのために今後数週間以内に再稼働を決め、冬に備えようとしている。

◆20年比10倍の価格高騰が市民生活に悪影響

さらに電力料金の高騰も凄まじい。2020年、ドイツの卸電力価格の平均値は、1MW/h あたり30.47ユーロ(現在約4184円)だった。ところが今年の7月の平均値は315ユーロ(同43265円)と10倍に跳ね上がっている。ロシアからのガスが減り、天然ガスの調達を他国から行っているためだ。日本の卸売市場価格は現在同20000円前後で、直近では高くなっているが、ドイツはそれよりもさらに高い。この急騰はドイツの市民生活を直撃し、家計への 負担で不満が広がっている。また電力料金の高さと供給不足で産業が停滞して、景気後退の大きな要因になり始めた。

世論も変化した。ドイツ誌シュピーゲルが8月に母数5000人のネットアンケートをしたところ、78%が原発稼働の継続に賛成した。ドイツにおいては、この政策をめぐる政府の方針は曖昧なままだった。供給不足とエネルギー価格上昇という現実の変化が早く、政府の無策が混乱を広げてしまった。

ただし仮に原発が延命されても、いろいろな問題が生じそうだ。各電力会社、メーカーは原子力関係の人員を削減し、それに関連する部品も燃料も作れない。21年発足の連立政権に参加している「緑の党」は、反核・反戦・環境保護の左派系市民運動から出発し、脱原発が存在の思想的基盤になっている。雰囲気が変わった今でも「脱原発」を主張しており、連立政権の崩壊もあるかもしれない。

◆非現実的政策のドイツに何を学ぶべきか

振り返って日本の現状を見てみよう。「ドイツに学べ」という言葉が、東京電力の福島第1原発事故以来、日本で繰り返された。特に再エネの振興策と、脱原発政策を評価した人が多かった。日本で採用された固定価格買い取り制度(FIT)を1990年代から大規模に採用したのはドイツだった。現在はこの形の再エネ支援をドイツはほぼやめている。

ドイツのエネルギー政策は、根本の戦略が非現実的だった。再エネは原子力に代替にならなかったし、政策の矛盾を解決するためにロシアのガスに依存する体質を生んだ。それが今の国際情勢によって大きな弊害になっている。それを一部真似した日本でも、電力料金の高騰と供給不足、さらに原発の稼働の遅れというよく似た現象が起きている。日本はエネルギーを中東からの石油とガスに依存しており、戦争などで供給が止まれば、経済も社会も成り立たない。ドイツのように「原発ゼロ」を決めていないのが救いだが、原子力規制政策の混乱で稼働はなかなか進んでいない。

日本の政府、民間企業にとって「ドイツに学べ」というのは、「ドイツの失敗を学ぶ」という意味で役立つ状況になっている。ドイツの政策の転換と、またその産業と社会への影響を見ていくべきだろう。それを反面教師にすると、エネルギー源の種類と地域の多様化、原子力の活用を行うべきという、日本の進むべき道が見えてくる。