【コラム/5月24日】福島事故の真相探索 第7話

2024年5月24日

石川迪夫

第7話 水素爆発を起こさないために

被覆管に好適なジルカロイ合金

ジルカロイ燃焼のすさまじさは分かった。だが、そんな危ないジルコニウム材料をなぜ原子炉燃料の材料に使っているのか、原子力関係者は安全意識に欠けるとお叱りを被るかもしれない。しかし、事故が起きたことはご容赦をこう以外にないが、ジルカロイほど実績があり、発電用原子炉に適した被覆管を僕は知らない。ロシアや中国でも燃料棒にジルコニウムの合金を使っている。ジルコニウムは中性子の吸収も少なく、好適な被覆管材料なのだ。

ソ連で火災爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子炉は、われわれが使っている軽水炉とは似ても似つかぬ黒鉛ガス炉であるが、燃料棒の被覆管にはジルコニウム・ニオブという名の、ジルカロイに似た合金を使っている。チェルノブイリの爆発も、これまで述べてきたジルカロイ・水反応による水素の発生が原因だ。事故で高温状態になった炉心に冷却水を注入したために、水素ガスが発生した。チェルノブイリでは炉心の中に大量の黒鉛を使っていたので、ジルカロイ燃焼が原因となって黒鉛の火災まで起した。6日間に渡る黒鉛火災がインテルサット衛星で撮影されてわれわれに届いたが、北半球全体が放射能で汚染された*。

ジルカロイ燃料を使う時の問題は、事故が起きることにあるのではなく、ジルカロイ燃焼を防ぐことにある。ジルカロイ・水反応を防ぐ手段はないが、ジルカロイ燃焼による事故は運転員の注意によって未然に防げる。ジルカロイ燃焼は防止出来るのだ。


高温の炉心を急冷してはいけない

ジルカロイ燃焼事故は、高温の燃料棒に冷たい水を浴びせることで起きる。炉心を冷却しようと思って水を入れた途端に、被覆管の酸化膜が破れて、高温のジルコニウムと水との反応が起きて事故が起きる。であれば、炉心に水を入れて急冷するのではなく、炉心温度をゆっくりと冷やして、燃料棒を徐冷すればどうなるか。

参考 ジルコニウムは被覆管材料に相応しい(ウィッキペディアより)

仮に、炉心の温度を600℃以下にまでゆっくりと冷やした後に、冷却水を注入して原子炉を150℃程度の長期冷却状態にすれば、被覆管のひび割れが燃料棒に生じても、中のジルコニウムは温度が低くなっているために、水と出合っても反応しないから、ジルカロイ・水反応は起きない。ジルコニウムが燃焼しなければ、事故は起きない。原子炉をゆっくりと徐冷した後に、燃料棒が冷えていることを確認して冷水を入れて原子炉を冷やす――。これで事故は防げるのだ。

こう書けば、事故状態にある原子炉を徐冷するなどとバカを言うな、そんな悠長な操作は実施できないと、お叱りを受けるかもしれない。だがご心配は無用、その悠長な操作が、何と福島事故の現場で実行されていて、徐冷は成功し、以降の数時間にジルカロイ燃焼は起きていないのだ。操作もまた単純で、後に述べるように簡単なのだ。

この事は、福島事故の事故報告書に書き残されているが、誰も気づいていないだけの話だ。

ジルカロイ・水反応の防止対策は、事故状態下においても実施は容易だ。しかもその方法は一つだけではなく、二つ行われた。いずれも2、3号機で別個に行われたものだが、崩壊熱によって原子炉温度が再上昇するまでの数時間の間、徐冷後の原子炉に何らの異常も発生していない。徐冷は成功していたのだ。

徐冷に成功しながら事故が起きたのは、冷水注入が遅れて炉心温度が再上昇したからだ。先ほど、冷却が確認されたら直ちに水を入れよと書いたのは、崩壊熱による炉心温度の再上昇を防ぐためだ。成功しながら失敗に終わったのは残念だが、その経緯を次に述べる。

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