【特集2】重要性増す天然ガス転換 地産地消型供給の動きが加速
第7次エネ基でCN実現“後”の天然ガスの重要性が強調された。
都市ガス業界はこの方針転換をどう生かすべきか。国際大学の橘川武郎学長に聞いた。

きっかわ・たけお 1975年東京大学経済学部卒、東大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。東京大学・一橋大学・東京理科大学教授、国際大学教授・副学長を経て、2023年9月から現職。
今年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では、「原子力の最大限活用」の文言が話題をさらった。だが、より注目すべきは、天然ガスを「カーボンニュートラル(CN)実現後も重要なエネルギー源」と位置付けた点である。これまで脱炭素化の文脈では、CN後の天然ガス利用は想定されていなかったことを考えれば、大きな方向転換と言える。ガス業界にとっては、かつてない追い風だ。
こうした流れの中で、足元で業界が取り組むべきは石炭や石油から天然ガスへの「燃料転換」だ。高い熱効率を維持したまま、転換した分だけCO2排出量を低減できる。燃転はこれまで大規模な供給エリアを中心に進められてきたが、今後は中小規模エリアや鉄鋼業などのハードトゥアベイト産業にも広げていく必要がある。e―メタンといった次世代技術の実用化に向けた取り組みも重要だが、当面は燃転を通じて着実に低炭素化を進めていくことを最優先すべきだ。
日本ガス協会は6月、新ビジョンと具体的なアクションプランを発表した。内田高史会長の下で策定された「内田ビジョン」は、第7次エネ基の方向転換を踏まえて、業界としての中長期戦略を再定義したものだ。
中長期の供給割合を再設定 大手の投資判断は不透明
旧ビジョンからの最大の変更点は、2050年時点におけるe―メタンとバイオガスの供給割合を、従来の「9割」から「5割~9割」へと幅をもたせたことにある。従来はe―メタンを主軸に、残りの1割を水素、バイオガスで補う想定だったが、内田ビジョンでは方針を転換し、天然ガスが1~5割を担う将来像を示したわけだ。
もっとも、東京、大阪、東邦の都市ガス大手3社にとっては、投資判断が難しくなるといった側面もある。e―メタン、バイオガス、カーボンニュートラルLNGといった原料構成の多様化は、複数の技術に分散投資した結果、利益を食い合う「カニバリゼーション」を起こしかねないためだ。
3社はこれまで、水素とCO2からメタンを生成する「サバティエ方式」を用いた大規模メタネーションの実証拠点として、キャメロンLNG基地を有する米ルイジアナ州や水素パイプライン網が発達するテキサス州などを候補地に検討を進めてきた。しかし、肝心の米国ではトランプ政権による方針転換で支援が縮小傾向にあり、投資環境は不透明さを増している。こうした状況下では、撤退を余儀なくされるケースも想定される。
ただ、明るい話題もある。サバティエ方式よりもエネルギー変換効率が高く、外部水素を必要としない「SOEC(固体酸化物形電解セル)」方式の実証が進みつつあるのだ。大阪ガスは大阪市内の酉島地区を拠点に、いち早くベンチスケールでの実証に着手した。SOECがオンサイト型のメタネーション技術として、サバティエ方式に先んじて普及する可能性もある。
大手にとっては懸念材料がある一方、準大手の目線では、新たなチャンスが広がったとも言える。旧ビジョンでは50年時点で「e―メタン9割」を想定していたが、これには大規模投資が必要で、参入の余地は限られていた。だが、新ビジョンでバイオガスやオフセットを活用した天然ガス利用が選択肢に加わったことで、中規模・地方事業者にも新たな事業展開の余地が生まれたわけだ。
その象徴的な取り組みを行っているのが日本ガス(鹿児島市)だ。同社は22年1月から、鹿児島市内の南部清掃工場内で生成するバイオガスを都市ガス原料として活用している。発電用途での使用が本格化するFIT(固定価格買い取り制度)の導入以前から準備を進め、今では地産地消型のエネルギー利用のモデルケースとなっている。

バイオガス以外では、西部ガスと北海道ガスが、北九州市のひびきLNG基地を拠点に、地域内の再生可能エネルギーを用いたe―メタン製造の実証を進めている。こうした準大手事業者による地産地消型のエネルギー供給に向けた動きは今後、一層加速していくと見られる。
次世代技術の活用が前提に エネ価格は高騰の見込み
第7次エネ基では天然ガスの重要性とともに、排出係数を低下させる野心的な目標を掲げている。「リスクシナリオ」では、40年時点の火力電源全体の排出係数を1kW時当たり0・31㎏とする試算を示した。火力の中で最も排出係数の低いLNGコンバインドサイクルで0・47(21年度時点)であることを考えれば、この設定水準がいかに低いかが分かる。これには相当量の水素やアンモニアの混焼が不可欠で、実際に活用する際にはCCS(CO2回収・貯留)やDAC(大気直接回収)などと組み合わせることが前提となる。これらの技術コストを加味すれば、カーボンプライシングの基準はCO21t当たり2万円程度が妥当となりそうだ。大半の国内事業者が1t当たり数千円台と想定するが、より高い水準を織り込まなければ現実的な事業モデルは描けない。
こうした背景を踏まえれば、今後エネルギー価格の上昇は避けられないことは自明だろう。従来のエネルギー価値に環境価値が付加される以上、価格への転換は必然であることを社会全体で共有する必要がある。
天然ガスの活用とCNは決して矛盾するものではない。排出量と吸収量がイコールになりさえすればいいのだ。まずは燃転を通じて低炭素化を進め、その上でe―メタンやバイオガスといった次世代技術導入への道を探っていくことが、都市ガス業界に求められる姿である。(談)


