【コラム/11月13日】金融界〝脱炭素教〟の教祖が変節 日本企業に迫る方針転換
杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
ビル・ゲイツが気候変動に関する主張を大きく転換したレポートを公開したことが話題になっている。
https://www.gatesnotes.com/home/home-page-topic/reader/three-tough-truths-about-climate
一応、気候変動は深刻な問題だとは言うものの、「破局が訪れて人類が滅亡するなどということは起きない。最も貧しい人たちが最も被害を受けるが、彼らにとっても、気候変動は最も深刻な問題ではないし、今後もそうではない」と言っている。
これだけで、いわゆる気候危機論者を怒らせるのには十分である。気温は過去はほぼ一定で、近年になって急激に上昇した、といういわくつきの「ホッケースティック曲線」を発表したことで有名なマイケル・マンも猛烈に批判をしているという。
https://tilakdoshi.substack.com/p/bill-gatess-climate-u-turn-real-epiphany
そして、ビル・ゲイツは、最も貧しい人のための人間開発、つまり衛生や医療の向上などを図ることに国際社会は投資すべきだとしている。
かつてはCO2削減のために、世界全体で炭素税が必要だなどと主張をしていたが、これは取り下げた。これに変えて、安価なグリーン技術、つまりは化石燃料よりも安くCO2を排出しない技術の開発に投資することが大事だ、という主張に転換した。(グリーン技術については楽観的すぎる印象を筆者は持つけれども)。
ビル・ゲイツも、気候危機説やネットゼロ目標といった行き過ぎに対して、現実を見据えた軌道修正を図ったということだろう。
注目されたカナダ首相の手腕 環境政策を大幅見直し
さて、このビル・ゲイツ以上に、日本の企業にとっては驚天動地の方針転換が実はあった。ウォールストリート・ジャーナルが報道しているが、日本ではほとんど報道されていないようだ。
マーク・カーニーは、かつてイングランド銀行総裁を務め、金融機関のネットゼロのためのネットワーク「GFANZ」を率いてきた中心人物であった。
このカーニーがカナダの首相になって、環境政策はどうなるのかと、筆者は固唾を呑んで見守っていた。
ところが起きたことは劇的な方針転換である。カーニーは、炭素税とEV義務化を廃止し、石油とガスの増産と輸出を積極的に進めているのだ。トランプ関税によって大きな打撃を受けているカナダ経済を、米国依存から多角化させることが大きな目的である。
GFANZとは、グラスゴー・ファイナンシャル・アライアンス・フォー・ネットゼロの略で、あらゆる金融機関を傘下に収めた、ネットゼロ達成のためのネットワークである。参加機関は、2050年ネットゼロを達成するよう、投資や融資などのポートフォリオを変更していく、というアライアンスであった。例えば銀行についてはネットゼロ・バンク・アライアンス(NZBA)などが結成されていた。
日本のメガバンクもこのアライアンスに属することになり、その影響で、ネットゼロ目標を達成する計画を無理やり作成し公表することになった日本企業も多かった。
ところがそのGFANZは、特にトランプが大統領に選出されて以来、反トラスト法に抵触するという批判が高まったこともあり、離脱する金融機関が相次ぎ、ほぼ活動停止状態になってしまっていた。
https://agora-web.jp/archives/251018061308.html
のみならず、このGFANZを率いていた教祖であるマーク・カーニー自身が大きく変節してしまっているのである(将来はCCS=CO2回収・貯留などによりCO2を出さないようにする、とは言っているが)。このような人物に率いられてきた教団に大きく影響を受けた日本の金融機関と企業は、これから一体どうするのだろうか? もとより、多くの企業にとってネットゼロは実現不可能であり、それを目指すというだけで膨大なコストがかかる。どのように方針転換を図るか考えるべきではなかろうか。
【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。近著に『データが語る気候変動問題のホントとウソ』(電気書院)。最近はYouTube「杉山大志_キヤノングローバル戦略研究所」での情報発信にも力を入れる。



