【特集2】欧州のヒートポンプ事情を考察 英国視察から見えた普及策


欧州にはヒートポンプ(HP)暖房普及のポテンシャルがある。英大手小売り企業の独自戦略から日本での普及の道筋を展望した。

寄稿/矢田部 隆志東京電力リニューアブルパワー エグゼクティブプロデューサー

ドイツの暖房業界団体BDHは、2025年上半期のヒートポンプ(HP)の出荷台数が前年比55%の増加を記録したと公表した。欧州では再生可能エネルギーの増加とロシアのウクライナ侵攻を発端に、天然ガス依存率の低下へ、HPやバイオマスボイラーへの暖房機器の転換を促す補助金を創設。23年までは大幅な増加が続いていた。

しかし、ウクライナ侵攻が長引くとともに各国の補助金政策が弱まり、24年のHP出荷台数は前年比30%近く減少し、前年割れとなった。再び増加基調となったことはHPが欧州の暖房市場に根付きつつあると考えられる。欧州ヒートポンプ協会(EHPA)によると、ドイツに限らずスウェーデンやフィンランド、英国も25年の第1四半期は増加に転じたという。

EUでは09年の欧州再エネ指令発行時からHPによる環境熱(ambient heat)は統計上も再エネとして扱われてきた。とりわけロシアのウクライナ侵攻以降、EU主導の下、ボイラーからHPへの移行を一層加速させるなど、強弱はあるものの一貫した政策が継続されている。政策の安定性は、長期的に化石燃料を削減し、再エネへの転換を目指す日本の手本とすべき事項が多いものと考えられる。

こうした事情を調査しようとヒートポンプ・蓄熱センター、電力中央研究所など7団体・企業の有志により、4月に欧州を訪問。英国ではエネルギー事業者のHP普及に向けた取り組みを調べた。

小売り企業がHPを製造 最適制御とDRで低価格化

英エネルギー事業者団体であるエナジーUKによると、英国内では24年に約10万台のHPが販売されたが、暖房機器全体に占める割合は5%程度と他欧州諸国と比較して低い水準だ。英国政府は財政支援として「ボイラーアップグレードスキーム」(最大7500ポンドを補助)、「エネルギー効率化補助金」(低所得世帯向け)、HP設置訓練への補助金を提供している。また、規制強化策などを進めるとともに、27年以降にHPへのデジタルでのインターフェース導入と電力市場での価格変動に対して能動的に稼働させる機能の実装を目指すという。このために、政策コストのリバランス(電気料金がガス料金に対して熱量当たり3倍程度の価格差があることへの是正)、初期費用への財政支援強化、低所得者向け補助金(Energy Company Obligation)の改善、新規ガスボイラー設置禁止などを英国政府に提案している。

小売り会社では電力市場の時間ごとの卸売り単価がより安価な時間帯へ需要の誘導を図るべく、電気の契約にHP特約を設ける企業が増えてきた。

オクトパスエナジー社は、英国シェアトップの小売り事業者だ。HPシステムについては22年に参入した後、24年には同社独自のHPシステム「Cosy」の製造・販売を開始。同社の設備制御のプラットフォーム「クラーケン」に直接接続することでリアルタイムの遠隔測定データを通じて効率的な利用と柔軟性を提供している。2年後には現在のHP生産能力を10倍に拡大する予定だ。

オクトパスエナジーが展示するヒートポンプ

【特集2】次なる普及策へ業界の挑戦 利用者のDR参加をどう促すか


累積普及台数が大台を突破したエコキュート。次なる普及シナリオの確立を目指す業界の挑戦が始まっている。

「発売当初は携帯電話の初期のように毎年右肩上がりで出荷台数が増えていった。国の補助金や深夜の割安な電気料金メニューを組み合わせたことで、家庭用設備機器としては異例のヒットとなった」。累積出荷台数が節目の1000万台を突破したエコキュートのこれまでの軌跡を、日本冷凍空調工業会の関係者はこう振り返る。東日本大震災以降、一時的に出荷台数は落ち込んだものの、現在では再び震災前の水準となる年間70万台程度にまで持ち直している。エコキュートの普及は電力産業の発展に大きく貢献したが、その余波は他産業にも及んだ。

ガス業界は効率の低い旧式のガスボイラーを改め、省エネ性に優れたエコジョーズを業界標準として本格普及させる契機とした。また、ガス機器メーカーがルームエアコンの冷媒を使ったヒートポンプとガスボイラーを組み合わせたハイブリッド給湯器を市場投入するなど、熱利用を巡る技術進歩を促した意味で業界全体の活性化に貢献した。

更新需要に備え 自動運用へ規格化進む

「ニーズを把握するためにエンドユーザー向けに定期的にアンケートを実施しているが、毎回9割近くがその利用に満足している。今後はエコキュート同士への更新需要に備えていく必要がある」。前出の日冷工関係者はこう話す。ただ、ハイブリッドといった対抗設備が登場するなど、更新需要にあぐらをかいてはいられない。次なる普及策として、業界が進めているのがエコキュートのDR(デマンドレスポンス)活用への対応だ。

再生可能エネルギーの利用拡大に向け、昼間の太陽光発電(PV)の余剰電力の活用を促す上げDRのほか、下げDRなどエコキュートの蓄熱力を活用した電力系統の調整力に貢献させようとする取り組みだ。

実はこれまでも、ユーザー自らがキッチンのリモコンを使って、夜間に蓄熱していた時間帯を昼間に手動でシフトするDRの運用は可能だった。

また、一部の電力会社はエコキュートを使い再エネ推進に貢献するDRプランを提供してきた。例えば「おひさまエコキュート」プランだ。PVの自家消費を促すもので自ずとヒートポンプの稼働は昼間が中心となる。深夜から昼間へシフトさせる意味でDR運用の一種でもある。ユーザーにとって割安感を得られるが、PV設置住宅が前提で、天候の悪い日が続くと割安感が得られなくなる。

順調に普及している普及している

【特集2】DRreadyの本格普及へ 自立型の事業モデル確立を


住宅の新基準適用で太陽光発電(PV)の増加が見込まれる。エコキュートが果たす役割についての展望と課題を聞いた。

インタビュー/水谷 傑・住環境計画研究所 副主席研究員

―デマンドレスポンス(DR)へのエコキュートの活用についてどうお考えですか。

水谷 国の住宅トップランナー基準に設置目標が課された太陽光発電(PV)が今後増えます。そうした中、エコキュートはPVの余剰電力の活用や電力系統の安定化を支えると思います。DR活用には需給状況に応じた稼働が必要です。翌日の天気を予測し、DR機能を搭載したエコキュートの稼働時間を制御することで貢献できるでしょう。

 また、昼間のPVの余剰電力活用として発売されているおひさまエコキュートは、逆潮流が減るため系統の安定化に寄与します。ただ、新規購入の費用がかかります。そこで、例えばFIT(固定価格買い取り)期間を終えたPVを所有し、かつ既存のエコキュートのユーザー向けに「昼間沸き上げプラン」といった料金メニューを作るのも一案です。売電以外の選択肢が増えることで、自家消費の拡大につながります。

―電力需給に応じてガス給湯が使えるハイブリッド給湯器とDRの親和性は。

水谷 「上げDR」や「下げDR」にも活用できて親和性がありますし、省エネ性も高く注目しています。100Vコンセントで設置でき貯湯槽も小型で、これまでエコキュートが設置できなかった集合住宅に導入される可能性があり市場は拡大すると思います。

ZEH新基準で条件が厳格化 「ハイブリッド」が選択肢の一つに

―エネルギー会社の理解も鍵です。

水谷 2027年度から適用されるZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)新基準(GX ZEH)では、一次エネルギー消費量削減率が35%と厳しくなります。エコジョーズのみでの対応は難しく、ガス会社はハイブリッド給湯+床暖房といった提案が必要になります。電力会社も集合住宅に導入する際の選択肢になるでしょう。一方、経済産業省の公表資料では、新基準の条件を満たした初期投資が最も安いのはエコキュートです。設置場所や耐荷重などの制約がない戸建て住宅では、引き続き優位になると思います。

―現在、給湯器のDRready化に向け技術要件などの検討が行われています。

水谷 DRreadyスペックの設備が今後、本格的に市場に出ますが、DRに活用されなければ意味がありません。DRによるベネフィットが得られ、機器の価格上昇分がランニングコストで回収できるような「自立型のビジネスモデル」の確立が求められます。

水谷 傑(住環境計画研究所 副主席研究員)
みずたに・すぐる 専門は建築環境工学。家庭用エネルギーや自治体のGHG排出量に関する調査研究、住宅の省エネルギー基準の策定に係る支援業務などに従事。その他、NEDOの委員なども務める。

【特集2】本格普及を見据え増産対応 ハイブリッド市場を主導


リンナイ

「脱炭素を目指す中で、ガスと電気を使ったハイブリッド給湯は家庭用のトランジション製品だと考えている」。15年近く前に業界に先駆けてハイブリッドの「エコワン」を販売し、この市場開拓を主導するリンナイ営業本部営業企画部の柴田毅次長はこう話す。同社は現在、2種の貯湯タンクを用意している。狭小住宅に対応する70ℓ型と、設置スペースに余裕のある160ℓ型だ。特に太陽光発電(PV)を搭載する新築の戸建てメーカーは、160ℓタイプを採用するケースが増えているそうだ。再エネの自家消費と相性の良いヒートポンプを使うメリットが大きいからだ。

加えて同社では、昨今のエネルギー情勢などを踏まえて機能面を拡充している。近年頻発する自然災害に備え「気象警報湯はり機能」を搭載。気象警報の発令時に、同社のアプリを通じて浴槽への湯はりをユーザーに勧める。浴槽と貯湯タンクへの自動貯湯を含めて十分な湯量を確保することで停電や断水事態に対応する。

天気予報から発電量予測 PV活用モードに切り替え

また、「PV活用モードへの自動切換え機能」ではPVの自家消費を促す。気象予測会社から提供される天気予報のデータを活用し、PVの発電量を予測。PV活用モードへと遠隔で自動切り換えする。PVによる前倒し沸き上げ制御で、通常よりも高い温度で貯湯して夜のお風呂需要に備える。逆に日射量の少ないタイミングでは、低温沸き上げ制御で電力消費を抑制する。

ガスと電気を最適に制御してお湯を生み出す一連の機能は現在、国策で推し進めているDRや再エネ大量導入に寄与する機能そのものである。

「ガスとヒートポンプのそれぞれの利点を生かした高い省エネ性やランニング費抑制の点で補助金も整備されており、市場は年々拡大している。今後はエネルギーや住宅業界が取り組むZEHに向けて欠かせない機器になる」(同)。ハイブリッドの本格普及を見据え、同社はすでに増産できる生産体制を整備しているそうだ。

市場に初めて登場したエコワン

【特集2】潜在的な需給調整力に期待 DR価値向上の仕組みが重要


デマンドレスポンス(DR)活用が期待されるエコキュート。1000万台の需給調整力をどう生かすべきか、話を聞いた。

インタビュー/岩船 由美子・東京大学 生産技術研究所 教授

―エコキュートのDRに活用に向けた動きが始まっています。普及には何が必要ですか。

岩船 累計出荷台数分(1000万kW)は需給調整力として大きなポテンシャルです。「給湯」という基本的な需要とセットでDRに使える点も理想的な活用法だと思います。

 従来の深夜料金もDRの一種と考えると、太陽光発電(PV)の余剰電力に対する需要をつくるには、昼間に安くなる料金プランが欠かせません。さらに、一般消費者が意識せず需給調整をする上では、電力卸市場の取引価格に連動する「市場連動型料金」が最適です。日本で導入している小売り事業者は数社しかありませんが、米カリフォルニア州では、電力会社がこうした料金プランを必ず設定することになっています。今後はこうした柔軟な料金体系を構築するべきです。

―今後は、通信・遠隔制御機能を持つDRready対応機種が登場してきます。

岩船 それらの機種を料金プランに連携させることもDRには有効です。そのためにはアグリゲーターや小売り事業者とメーカーとの協力は必須です。また、メーカーが開発する上でのインセンティブとなるよう、新機種への補助金や優遇措置の整備も求められます。

 一方、今後導入される次世代スマートメーターには「IoTルート」が搭載され、新機能やサービスの追加が可能になります。この仕組みでエコキュートやEVなどを制御できる可能性があり、検討が始まりました。

―電力需要ひっ迫時にガスに切り替えられるハイブリッド給湯機器も有効ですか。

岩船 貯湯タンクが小さく集合住宅には導入しやすい。実は、「ヒートポンプ×電気温水器」のハイブリッドも有効だと思っています。電気温水器は省エネにはなりませんが、低価格で単身世帯にも普及を促せます。再エネが余り過ぎるのであれば、CO2削減を目指す上では電気温水器による需要創出・DRも視野に入れていくべきだと思います。

―直近の課題についてお聞かせください。

岩船 国際的には、GHG Protocol Scope 2 ガイダンスにおいて、「電力消費のタイミングにより近いタイミング、かつ電力消費がなされる地域によりふさわしい時刻別地域別CO2排出係数の利用を必須とする」といった改定案が提出されています。時刻別地域別CO2排出係数で需要の帰属するCO2排出量を算定すると、PVが発電する昼間の数値は低くなるので、DRのメリットが明確になります。今後は、こうしたDRの価値を高める仕組みづくりが重要になってくるでしょう。

岩船 由美子(東京大学 生産技術研究所 教授)
いわふね・ゆみこ 東大大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了(工学博士)。住環境計画研究所、東大生産技術研究所特任教授などを経て23年より現職。

【特集2】 家庭用給湯が四半世紀で一変 低・脱炭素化担うアイテムへ


家庭部門の低炭素・脱炭素化の鍵を握るヒートポンプ。新たな役割を担うための仕組みづくりなどが始まっている。

2001年に誕生したエコキュート。それまではガス給湯が当たり前だったが、CO2を冷媒とした新しいタイプのヒートポンプによって家庭用給湯器市場は激変した。オール電化住宅の普及とともに出荷台数は年々増加。四半世紀近くを経た今年春には、累積出荷台数が1000万台を突破した。現在では年間70万台程度の出荷数で推移している。

高い省エネ性に着目 ハイブリッド型も登場

ヒートポンプの省エネ性を生かし、ガスボイラーと組み合わせた新しい発想のアイテムも登場した。ガス機器メーカーが開発、製造を主導するハイブリッド給湯器だ。高い省エネ性やランニングコストを削減できる点で注目されている。LPガス大手のニチガスが積極的に採用するほか、東京ガスが取り扱いを開始するなど、ガス業界が普及の担い手となることが期待されている。

片や欧州のイギリスに目を向けると、家庭用ヒートポンプを新しい手法で普及させる動きが出てきた。ウクライナ危機によって、ガスから電気転換への見直しが進み、ヒートポンプ機器を自ら販売する電力小売り事業者が登場したのだ。機器メーカーと生産委託契約を締結し、家庭に電気を供給するだけでなくヒートポンプ機器普及拡大の役割を果たしている。

日本で主流の給湯ではなく、温水暖房用途が中心で、CO2を冷媒とするヒートポンプではないため、単純に日本にとっての参考事例とはならない。だが、こうした家庭用機器を巡る「ファブレス経営」の手法が編み出されている視点に注目するべきだろう。

洋の東西を問わず家庭用市場のビジネスが大きく変わる中、給湯器や暖房機器に新たな役割が求められようとしている。脱炭素社会を実現するため、そしてそれをけん引する再生可能エネルギーの最大限の活用を見据えた「DR(デマンドレスポンス)運用」だ。

エコキュートメーカーは機器にあらかじめDR機能を備えた規格作りに着手している。ハイブリッド機器も、電気とガスを自在に切り替えることでDRに対応できる。

CO2削減や省エネに資する家庭用ヒートポンプの普及には、どのような道筋や課題があるのか。業界の最新動向とともに考察する。

大台を突破した

【特集2】業界最小クラスのコンパクトモデル 時短施工、軽商用車に搭載可能


パロマ

9月1日、ガス機器メーカーのパロマがハイブリッド給湯器市場に参入した。ガス機器大手3社で最後発ながら、業界最小の23ℓタンクをヒートポンプユニットと一体化し、業界初のコンパクトかつ2ユニット構成を実現した。

これにより設置工事を約3時間に短縮。軽商用車に積載可能なサイズに収めるなど、施工現場の負担も軽減している。新商品「ハイブリッドプラス」の開発にあたり、パロマはなぜコンパクト設計にこだわったのか。背景には世帯人数の減少と、それに伴う温水使用量の減少があるそうだ。

同社によると、1995年に42%だった2人以下世帯は2025年に57%へ拡大した。「そうした現状を踏まえ、実使用に基づいたタンク容量のハイブリッド給湯器を開発した」と製品企画部温水製品企画室の坂口周室長は話す。

従来のハイブリッド給湯器のタンク容量は最低でも70ℓ。貯めたお湯の放熱ロスを抑えるためにも、よりエネルギーを無駄なく使うことのできるタンク容量を目指したという。

誕生から約15年を経たハイブリッド給湯器だが、普及拡大にはいくつかの課題があり、その一つにタンクサイズの問題があった。特に、都市部の住宅では物理的に設置できないところが多い。そこをクリアすることを重視し、23ℓのタンク容量がベストと判断した。

具体的には「ヒートポンプユニットとタンクユニットを一体化して熱源機との2ユニット構成にし、今までにないコンパクトなハイブリッド給湯器を実現した」(同)

ヒートポンプタンクユニットの設置面積はわずかA3用紙2枚分。集合住宅のバルコニーに設置することも可能だという。

電源工事も基礎工事も不要 3時間程度で設置できる

もう一つの特徴は、施工のしやすさだ。ヒートポンプユニットと熱源機をつなぐ配管は1本で済み、ヒートポンプ用の専用電源工事は不要である。基礎工事も必要ないため、通常の給湯器とほぼ同じ3時間程度で設置できる。

「工事の担い手不足、高齢化が進む中、設置に丸1日がかりで2〜3人必要といった提案は難しくなっている。ハイブリッドプラスなら午前中に設置を終え、午後にビルトインコンロや通常の給湯器の設置に行くといったスケジュールを組むことも可能になる」(同)

デマンドレスポンス(DR)に関しては、関連する技術開発動向を踏まえながら「DRと親和性が高いタンク容量を見極めつつ、将来的に対応していく」(同)考えだ。

小型で可搬性に優れる

【特集2/座談会】独自の販売戦略で難局乗り切る 地域密着で顧客満足を追求


長年の課題だった液石法の省令改正は、販売の現場をどう変えるのか。求められているのは、今まで以上にユーザーの視点に立った販売戦略だ。

古川剛士/古川社長

中岸真史/鳴門ガス社長

〈司会〉角田憲司/エネルギー事業コンサルタント

左から古川氏、中岸氏、角田氏

角田 液化石油ガス法(液石法)の省令改正など、LPガス業界は大きな転機を迎える一方、地域エネルギー供給の担い手としてLPガス会社の役割は高まると思います。まずは皆さまの簡単な自己紹介をお願いします。

中岸 徳島県鳴門市内のLPガス販売店が数社集まり1968年に創業し、以降、市内を中心に事業を展開しています。LPガスならではということで、地域密着型を志向しています。基本的にはガス配送、ガス機器の修理や取り替え工事を含めて全部自社で展開していこうという思いがすごく強い会社で、ガス屋らしいガス屋だと思っています。LPガスの供給件数は約1万件です。

古川 神奈川県小田原市で事業を手掛けています。創業は1911年と古く、当時は地元で魚の卸業をしたり、製氷事業を手掛けていました。その後、事業の形を変えて55年頃からLPガス販売に取り組みました。観光地の箱根が近く、ホテルなどの業務用のお客さまが多数います。LPガスの供給件数はおよそ9500件です。

「必ずしも違法ではない」 ブローカー問題に地域差

角田 商慣行の是正に向けて液石法の省令が改正されました。今後は過大な営業行為の制限や三部料金制の徹底などが求められます。どのように受け止めていますか。

中岸 徳島県は課題がそれほど深刻なエリアではありません。ブローカーによってこれまで強引にお客さまを「取った、取られた」ということは聞きませんし、今回の改正で特段の変化はありませんね。

 アパートの賃貸オーナーさんなどに改正の経緯や事情の説明、情報の共有化を図りましたが、結果的に供給元が変わった事例は1件もありませんでした。他社からも深刻な事態だとは聞いていないので、落ち着いている状況だと思います。

角田 「ブローカーが暗躍している」「改正省令を順守しない営業が続けられている」といった報道が見受けられます。そういう状況はあまりないということでしょうか。

中岸 四国圏内の他県の詳細は存じ上げません。少なくとも徳島には関西系が1社、関東からも2社がエリア外から販売していますが、現状ではそれほど話題にはなっていません。

古川 私どものエリアでは「(無償で設備を貸与しないのだったら)別の販売店へ切り替える」というケースが何度かありました。ただ、以前が大変な状況だったと考えるとかなり減ってきたと実感しています。一方、戸建ての場合でも、まだブローカーによる強引な切り替えは起きてはいますが、減ってきたように感じます。

角田 この問題は地域によって温度差があることは理解しておく必要がありますね。まだブローカーによる強引な切り替えが起きている神奈川県のような状況にどのように対処すべきか。特に戸建てでは画期的な対策はありませんが、地元の消費者センターなどと連携して相互監視を強めて取り締まる必要があります。あるいは「(ブローカーを通じて)ガス料金が安くなる」と勧誘しつつも時間の経過を見計らって値上げする「独占禁止法上の不実告知」に当たる事例に対して、しかるべき措置を取るなど、地道な活動を重ねるべきだと思います。ちなみに、賃貸集合住宅で切り替えられた時、残存設備の買い取りを大家さんにしていただきましたか。

古川 していただきました。

角田 それが以前とは違う点ですね。

古川 そうですね。

角田 ただし有償でオーナーが買い取るケースでも、その費用を切り替え先の事業者がサポートしている可能性があります。しかし、これは必ずしも違法とは言えないということには留意が必要です。さて、中岸さんの会社では「即湯サービス」というユニークなサービスを展開しているそうですが、詳しく教えてください。

【特集2】燃料油からの燃料転換に注力 販売特約店との連携深める


アストモスエネルギー

アストモスエネルギーは、LPガス販売特約店との連携強化や需要拡大に向け燃料油からLPガスへの転換に積極的だ。提案分野はBCP(事業継続計画)を重視する病院施設や介護老人保健(老健)施設、CO2削減対策が急務の工場向けだ。

病院や老健施設の取り組みに対して、事業開発二部の豊永誠さんは次のように話す。「燃料油を使った非常用発電設備は広く知られている。一方、燃料油に比べて腐敗しにくいのにLPガス式は十分認知されていない。そこで、当社の各支店では非発とGHP(ガス空調)などをパッケージにした提案活動を特約店さまと連携して進めている。分散型であるLPガスの優位性をさらに発揮できると考えている」

工場の場合はCO2削減や省エネ性を訴求する。燃料油使用の工場には設備更新のタイミングを見計らって、高効率なLPガス機器への転換を提案する。

このように「BCP対策型」や「CO2削減型」を使い分けており潜在需要はあるそうだ。

一方で課題もある。燃転にはLPガスタンクの新設が必要だ。敷地が限られるため駐車スペースを潰すケースも出る。「危険物との離隔距離や、最適な設置スペースの確保といった計画立案をしっかりと練り上げて提案している」(豊永さん)という。

ウェブマーケティング開始 三つのプランを直接提案

同社では4月から、新たにウェブマーケティングの手法を取り入れている。需要家が同社ホームページに直接訪問することを想定し、「既存設備更新プラン」「高効率燃料転換プラン」「レジリエントプラン」といった、燃転の指南を打ち出してダイレクトマーケティングにつなげる。同部の西谷栄師さんは「当社を通じた燃転のメリットを感じてもらいたい。LPガスを供給する特約店さまと、こうした手法によって連携を深めたい」と話している。

ウェブ上でも燃転を進める

【特集2】ブローカー対策に手応え 消費者への注意喚起に注力


液石法の省令改正によって事業に影響はあるのか。液石WGの委員で、テーエス瓦斯の髙橋社長に聞いた。

インタビュー/髙橋宏昌テーエス瓦斯社長

―商慣行上の一番の問題は何でしょうか。

髙橋 切り替え業者(ブローカー)を通じた販売活動が問題だと思います。LPガス販売・利用の肝は保安ですが、その知識が乏しいブローカーによる切り替えで、結果的に消費者に不利益が及ばないことが肝要です。

―ブローカー対策に向けた取り組みは。

髙橋 地元タウン誌に消費者へ注意喚起を促すチラシを出しています。それから神奈川県LPガス協会として街宣車を用意し、「強引な営業、強引な訪問販売に気を付けてください」と呼びかけながらエリア内を回っています。数年ほど前から私の発案で始め、私自身も街宣車に乗って対策活動をしています。

近江商人の精神で地域の人を支える 過度な競争は事業者の衰退招く

―街宣車の効果はありますか。

髙橋 消費者の方にどこまで届いているかは不明です。ただブローカーが嫌がっていると感じていて、伊勢原エリアから離れているような気がしています。街宣車には他の販売店の方とペアで同乗します。当然、ライバル店にもなり得るのですが、同乗中の雑談で契約数の話などを聞くと自分の販売店も頑張ろうと刺激をもらっています。

―LPWA(省電力広域無線通信)の通信インフラが整備されたことで残量管理や配送の合理化が進んでいます。

髙橋 7割くらいのお客さまにLPWA式の管理システムを導入しています。検針を含め効率的に業務を遂行できるのは利点ですが、お客さまとの接点機会が減っています。

 そうした中で、私は近江商人の言葉「町々の行灯に」を心がけています。夜道を照らすことで暗がりの中の人たちの道しるべとして支える。直接的な利益にはなりませんが、過度に目先の利益を追うのではなく、お客さま、あるいは地域住人のために何か役立てることはないか。地域の活動や行事に協力することで地域に貢献したいです。

―制度面での要望は。

髙橋 熱中症対策など教育環境の改善にもつながる学校施設への空調整備の一環として、災害にも強いLPガス式のGHP導入を継続的に要望しています。それから人口密度の高いエリアは都市ガス、それ以外はLPガスといった住み分けが必要だと思います。もちろん、対都市ガス、対電化といった競争は否定しませんが、過度な競争を押し付けるような制度だといずれ地域のエネルギー供給の担い手が存続しなくなることが危惧されます。

たかはし・まさひろ 神奈川県伊勢原市を基盤に米穀類の販売も手掛ける。神奈川県LPガス協会会長や伊勢原市商工会会長を務めている。

【特集2】 技術的な知見伝承を重要視 小規模ユーザーへの提案も積極化


【秦野ガス】

神奈川県秦野市を中心に、伊勢原市や平塚市の一部に供給する秦野ガス。東京ガスから卸供給を受け、需要家数は約1万5000件。これまで区域内の工業団地で、都市ガスの中圧導管から複数のユーザーに大規模な燃料転換を実施した。ブタン燃料や重油を使った、東証一部上場企業のグループ会社からの低炭素化ニーズに対応してきた。

CN都市ガスへの転換も実施した

「一例を言うとブタン燃料を使っていた金属加工系のお客さまからは、(ブタン)調達の煩雑さを理由に都市ガス供給へ切り替えていただいた。導管によって供給安定性は増したと思う。こうした取り組みは当社にとって大きな財産になった。お客さまがどのようなボイラーやバーナーを使い、生産プロセスでどのように熱を使っているのか把握する機会になったからだ」と飯田昌一常務取締役は振り返る。

エネルギー供給事業者としては、そうした技術的な知見を持ち合わせておくことで、スムーズな燃転を実現できる。このような技術を若い世代に伝承していく必要性を感じているそうだ。「お客さまの事情もあるので難しいが、理想を言えば技術伝承が途切れないように一定の期間ごとに燃転を実施していきたい」(飯田常務)

CN都市ガスへの燃転実施 工業団地誘致計画に注視

現在、エリア内の大口ユーザーの燃転は、都市ガス事業の新規参入者含めておおむね終了。残すは毎時1t未満のボイラーを活用している小規模ユーザーへの提案だ。飯田常務は「定期的にお客さまのところに顔を出し、ニーズを確認している。設備更新のタイミングに合わせて燃転を実現できればと思う」と話す。最近では東海大学などの大学キャンパスや地元の市役所へカーボンニュートラル都市ガスへの燃転も行っている。

一方、同社エリアでは燃転以外で大きな需要拡大が期待されている。それは、市が新東名高速の秦野丹沢スマートインターチェンジ付近に誘致を進める工業団地の新設計画だ。同社エリア内から2kmほどの距離だという。今後、秦野ガスによる供給が実現できるのかが注目される。

【特集2】 鍵握るバーナーの燃焼技術 供給拠点整備でガス・ガス転換


【東京ガスエンジニアリングソリューションズ

燃料転換を進める上で鍵を握るのがガスバーナーの燃焼技術だ。TGESは豊富な燃焼技術を使ってユーザーの燃転をサポートしている。

化石燃料の中でCO2排出量が最も少ない天然ガス。脱炭素化に向けた取り組みの一つとして、燃料を天然ガスに転換するニーズが高まっている。

こうした中、東京ガスグループの東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)は、モノづくりの現場での燃料転換を進めている。得意とするのが、プロパンやブタンを主成分とするLPガスから天然ガスへの燃料転換だ。

TGESでは燃焼技術を蓄積している

「油からガス体への燃料転換になると配管から燃焼機器まで大掛かりな設備交換が必要になるケースが多い。それよりもガス体同士の方がバーナーの調整だけで済むことが多いため、お客さまにとってコスト的に楽に転換できる」。産業エネルギー営業本部の家中進造産業技術部長はこう話す。

東京ガスは1969年、日本で初めてLNGを輸入し、都市ガスの原料として使用を開始した。以来、熱量の低いガスから、現在使用されている高カロリーの都市ガス「13A」へ転換してきた。その際、需要家先の多種多様な設備の切り替えに対応したことで、燃焼を含めた一連の技術を蓄積。TGESはこの受け継いできた技術をもとに、脱炭素化に向けた燃料転換に生かしているわけだ。

東北エリアの転換支援 安全性や品質維持に注力

TGESが手掛けた事例が、東北エリアの床材・壁紙などの建築内装材メーカーの工場だ。このほど、燃焼炉の燃料をLPガスから天然ガスに転換した。その際、主に三つのポイントが挙げられる。

一つ目が事前に行う調査だ。まずは、バーナーの特性の把握から開始した。LPガスと天然ガスでは燃焼特性に違いがある。そこで、「ウォッベ指数」と呼ばれる指標を使い、バーナー用に供給するガスの比重や熱量を確認。体積当たりのエネルギー量を踏まえ、ガス配管の口径もチェックした。

燃焼技術グループの鎌田裕也氏は「工場にある全てのガス配管を調べ、既存の配管のままで転用が可能か、新設が必要かを判断した」と振り返る。また、部品類に関しては、バナーノズルや電磁弁といった必要最低限のものだけを交換。これにより、工事の日数を短縮すると同時に、費用の削減にもつながった。

二つ目としては、生産現場の安全性配慮が挙げられる。天然ガスが燃焼するのに必要な空気が不足すると、一酸化炭素が発生し危険な状態になってしまう。燃焼効率だけではなく、混合する空気の比率を適正化することで、安全に使用できる環境整備にも腐心した。こうした安全性の配慮は、気体燃料の燃焼の特徴を知り尽くしたガス会社ならではの強みと言える。

最後は、製品の品質維持をサポートすることだ。バーナーの燃焼状態や昇温スピードなどは、ユーザーが手掛ける製品の品質に直結する。ユーザー側から求められた条件に即して転換工事を実施した。

タンクローリーで輸送する

欠かせない安定供給体制 日立基地の整備が契機

燃料転換では、安定したLNG供給体制が欠かせない。東北エリアへの供給には、2016年に運転を開始した東京ガスの日立LNG基地が大きな役割を果たしている。

今回の工場では、敷地内にLNGサテライトタンクを新設。高速道路などを使い、日立基地から陸路でタンクローリーによる輸送を行っている。福島県内では、「LNGサテライトタンクをつくり、密集した10件ほどの需要家に対して導管供給を行っている事例もある」(燃焼技術グループの小谷野将史係長)

供給インフラの整備も重要なポイントだ。LNGサテライトタンクを建設してLNGローリー車による供給を行うか、導管の延伸による都市ガス供給をするかは、それぞれの整備費用やLNG基地からの距離や供給先の需要量などを踏まえて判断している状況だ。

製造現場では、脱炭素化を視野に入れたモノづくりをしながら、品質や生産効率を向上させ、競争力を高めることが求められている。その一方で、これまでLNG供給ができなかったエリアを中心とする工場では、LPガスを燃料にした工業炉が多く存在する。重油燃料もしかりだ。燃料転換のニーズがあっても、当時の工業炉バーナーメーカーの廃業などで対応できないケースもあるという。TGESは、こうした現状を踏まえ、燃料供給で培った知見を最大限に活用しながら、今後も燃料転換を着々と実施していく構えだ。

左から小谷野氏、鎌田氏、家中氏

【特集2】 ガス体エネルギーの優位性発揮 CO2大幅削減へ各社が注力


低炭素化戦略の一丁目一番地は重油・石炭利用をガス化することだ。この燃料転換を巡る各社の取り組みが加速している。業界の動向を追った。

稼働率が上がっている出荷レーン

「手っ取り早く実現するには、重油や石炭といった環境負荷の高い化石燃料から天然ガスなどの環境に優しいガス体エネルギーへ燃料転換すること」。ガス各社は低炭素化に向けた戦略についてこう口をそろえる。

もちろん、電化への転換もオプションとして存在する。しかし、電化では対応が難しく、化石資源の燃焼によるバーナーやボイラー、コージェネレーションを必要とするケースではガス体への転換が最短ルートだ。

短期的にはこれまで通りガス利用を進め、長期的にはe―メタンによって既存のインフラを活用したコストミニマムな脱炭素戦略につなげていく。

こうした取り組みは、ガス業界に限った話ではない。茨城県の鹿島コンビナートに製造拠点を構え、穀物を加工する昭和産業は、これまで石炭燃料を活用していたが、近隣まで整備されていた都市ガスインフラを活用し、ガス転換を実施。7800kW級のガスエンジンを活用し、CO2削減につなげた。この提案を行ったのは、東京電力系の事業者だ。昭和産業はその後、第二弾の転換を実施。さらに大型のコージェネを導入しCO2を大幅に削減したことでコージェネレーション・エネルギー高度利用センター(柏木孝夫理事長)から優良事例として評価された取り組みでもある。

同社がe―メタン導入を視野に入れているかどうかはさておき、ガス転換は必ずしもガス会社の専売特許ではない。

東北電力グループの東北天然ガスは、自社のホームページで「クリーンエネルギーでサステナブルな社会に~クリーンエネルギーの輪を東北地方に拡げるために、天然ガスの供給を推し進めます」とうたっている。このように電力系各社は、親会社のガス火力に併設されるLNG基地を供給拠点に、タンクローリーによるLNG転換を進めている。

大規模転換でCO2削減 競争力のある燃料価格

前述の昭和産業のように、石炭からの切り替えは基本的には大規模転換となる。その分、CO2削減効果も高い。

こうした事例は九州・宮崎県でも実現している。太平洋に面する旭化成の工場では、LNG小型船の受け入れ設備からエネルギー利用設備までをエネルギー事業者が整備した。また、西日本の瀬戸内海沿岸では、愛媛県にある製紙・パルプ大手の大王製紙の工場がガス転換を実施している。

業界関係者は「低炭素化を目指す山口県や広島県の名だたる化学系企業の大口ユーザーが、自家発を含めた設備について石炭などからガスへの燃転を検討している。インフラ未整備エリアなので、投資決定の暁には、地元ガス会社が導管を延伸することになるだろう」と話す。これにより、広域での大幅なCO2削減が期待されている。

中規模事例に目を向けると、新たな環境変化も生まれているようだ。「LNGをローリーで調達してサテライトで利用する燃料転換を決断した。CO2削減効果だけでなく重油価格と遜色がなくなってきていることも転換を決断した要因だ」。こう話すのは、最近ガスへ転換した福井県の化学メーカー・田中化学研究所の関係者だ。いくらCO2を削減できるとしても燃料価格が高ければ難しい。

各社がLNG基地を整備してきた

価格競争力が生まれている背景には油価動向だけでなく、ここ10年近くにわたって、各地で供給拠点となるLNG基地インフラが増強、あるいは新設されてきた事情がある。そのエリアとしては、北海道石狩市(北海道電力、北海道ガス)、青森県八戸市(ENEOS)、宮城県仙台市(東北電力)、福島県新地町(石油資源開発、福島ガス発電)、茨城県日立市(東京ガス)、富山県射水市(北陸電力)、大阪府堺市(大阪ガス)、愛知県知多市(東邦ガス)、福岡県北九州市(ひびきエル・エヌ・ジー)が挙げられる。

既存の基地と併せて空白地帯が少なくなってきたことで、コストを押し上げる要因だったタンクローリーによる輸送距離が短縮された。「これまで不可能だったエリアへの展開が可能になった。裏を返せば競争も活発化している」(大手エネルギー事業者)

多様なプレイヤーによる、ガスVSガスや電力VSガスといったエネルギー間競争は、国が描く低炭素化と産業政策を両立するものでもあり、今後のさらなる燃転につながる可能性がある。

既存ガス管利用こそ最適 地方と大手の連携に注目

既存のガス本管からわずかな距離の枝管による燃転こそが最もリーズナブルである。ここで主役となるのはガス会社だ。こうした取り組みでは、大手と地方各社の連携が一つのポイントとなる。

「例えば、大手がエネルギーサービスを実施して設備運用を担う一方で、地元の地方ガス会社が都市ガスを供給するケースは多い」(地方ガス関係者)。燃転に伴う人員や技術を持ち合わせない地方ガス会社にとって、資本力のある大手からの協力は欠かせない。さらに、ガスの需要拡大にもつながることからウィンウィンな関係となる。こうしたスキームによる展開の行方が注目される。

一方、地方ガス会社独自で燃転を実施したケースもある。秦野ガス幹部は自らの経験を踏まえ、「どのようなガス設備によってどのように製品を作り出すのか、モノづくりの現場を知るきっかけとなった。そうしたノウハウや技術を大きな財産として、しっかりと若い世代に伝えていきたい」と話す。

さまざまな事情を抱えながら脱炭素をブームに終わらせない地道な取り組みが各地で進んでいる。それはモノづくりを含めた日本の産業を支える各社の挑戦でもある。

【特集2】 サテライトでLNG供給 重油比でCO2を3割削減へ


【岩谷産業】

日本海に面し近畿・中部エリア最大級の工業団地である「テクノポート福井」。北陸新幹線が開通し都内からのアクセスが容易になった福井駅から車で40分ほどの場所にある産業拠点だ。1957年に創業し、73年からは50年以上にわたって電池用材料の開発・製造を手掛ける老舗メーカーの田中化学研究所もその一角を占める。

同社は「三元系正極材」と呼ばれるニッケル・コバルト・マンガンの三元素の化合物から生産する二次電池向けの正極材を手掛けている住友化学グループの化学メーカーである。電気自動車やハイブリッド車向けの車載用を中心に、スマートフォン、コードレスタイプの一般家電、さらには緊急時用の蓄電池に至る、身近な生活品から産業インフラまでを素材メーカーとして支えている。

「10年前と現在とでは、求められる電池の品質が全く異なっている。モノづくりメーカーのノウハウを駆使しながら、各製品の特性に応じて正極材の品質を作り分けている」。環境安全部の平野孝部長はこう説明する。

新設した100㎥のLNGタンク(3基)

CO2削減対策に本腰 昨春からボイラー切り替え

そうした中、同社は今、CO2削減対策に本腰を入れている。従来利用していたエネルギーは、フォークリフトや非常用発電機向けの軽油燃料、厚生棟向けのLPガス、本社棟や工場向けの電力、工場内の生産工程における熱源用の重油だった。

まず、電力利用については、電力会社からグリーン電力を購入することで低炭素化に対応した。次に取り組んだのが生産工程で活用する重油ボイラーの対策だった。

「環境に優しいエネルギーといったらLNG。周辺の工場でも少しずつその利用が進んでいた。当社としても2020年ごろに導入の検討を始め、天然ガス式のボイラーを採用した。設備更新はバーナーだけの一部の交換で済ませることができた」(平野部長)。昨年の春から順次、設備を切り替えて運用している。

電力会社のグループ会社からの長期リースにより、100㎥のLNGサテライトタンクを敷地内に3基新設した。燃料となるLNGは、岩谷産業がタンクローリーで運んでいる。岩谷産業エネルギー本部産業エネルギー部の西浦駿将主任は「特に冬場のローリー輸送は毎日が緊張の連続だ。LNG基地を保有する電力会社とも連携しながら、万全の供給体制を敷いている」と話す。

平野部長によると重油と比べても遜色のない価格帯になっており、年間を通じてCO2排出量を約3割削減する見込みだという。

「電池素材メーカーは中国系の企業が台頭してきている。今回のボイラーは金属を溶かす工程や乾燥工程で活用している。溶解具合や乾燥具合などにおいて当社のノウハウを駆使しながら中国系企業に負けない品質の素材を作っていきたい」。平野部長は今後の抱負をこう語った。

【特集2】燃料品質で燃焼具合が代わるバイオマスボイラー独自設計で連続運転や高効率運転を可能に


【日本サーモエナー】

タクマの子会社である日本サーモエナーは5月、木質バイオマス蒸気ボイラー「BSU-1200N型」(換算蒸発量1.2t/時)の販売を開始した。バイオマスボイラーは再生可能エネルギーである木質チップなどを活用するため、CO2削減対策の観点で注目されている。だが、含水量やサイズなど燃料の品質によって燃焼具合が変わり制御や安定稼働が難しい。本製品はリサイクルした木質チップを燃料とする一方で、同社独自の設計によって連続運転や高効率運転を可能としている。また、簡易ボイラーと小型ボイラーを組み合わせることで85%の高い熱効率を実現している。

建設や運用に関係する費用削減にも貢献している。機器は屋外設置のため設備を格納するための建屋の建設が不要で、土木関係の工事では基礎工事のみだ。

また、燃料チップ(50㎥トラック2台分)の貯留も可能で、ストックした後は自動運転を行う。そのため運転に関わる人件費を削減できる。

ガス体エネルギーへの燃料転換によるCO2削減効果は大きいが、化石資源を燃焼している限り脱炭素にはなり得ない。バイオマス燃料への燃転により脱炭素が実現できるのか注目される。

木質バイオマスを使った蒸気ボイラー