【特集2】都直下地震の被害者を半減へ 防災計画見直しで応急対策を強化


関東大震災から100年目を迎える中、都は地域防災計画を見直した。首都直下地震などによる人的・物的被害を2030年度までに半減する目標を掲げている。

【東京都】

関東大震災100年目を翌年に控えた2022年5月、東京都は都防災会議による新たな被害想定を公表した。マグニチュード7クラスの都心直下地震が発生し、強い揺れや火災によって最大死者数は約6100人、建築物の被害は最大約19.4万棟などと予想した。この被害想定を基に、今年5月には「地域防災計画・震災編」を見直している。

修正のポイントは3点ある。1点目は過去10年間の変化を踏まえた課題と解決に向けた基本認識の確認。2点目が減災目標の設定。3点目は目標年(30年度)に向けた取り組みだ。

少し解説しよう。まず1点目の基本認識。この10年間で町内会などの自主的な防災組織の活動数は年間0.87回から0.35回へと減ってしまった。一方、コロナ禍によってテレワーク(在宅勤務)の機会が増えたことで、家庭や地域における防災・減災対策、つまり自助・共助の備えの推進が重要となった。また、ライフラインの被害によって応急対策が遅延する恐れも増したことから、特定緊急輸送道路沿いの建築物の耐震化などによる応急体制の強化がより必要になった。

それらの基本認識を踏まえて、2点目では首都直下地震などによる人的・物的被害を30年度までにおおむね半減する目標を掲げることとした。

3点目では、30年に向けて具体的な取り組みを挙げる。「自助の備えを講じている都民の割合を100%に」「感震ブレーカーの設置(25%)」「全避難所の通信環境の確保」「都内全区市町村でのBCP策定」「緊急輸送道路沿道建築物の耐震化」「住宅の耐震化」「無電柱化の推進」「整備地域の不燃化」「マンション防災の展開」――などだ。

とりわけマンションについては、高層建築物も増えている中で、水害により非常用発電設備が水没した事例も記憶に新しい。近年の社会状況の変化を踏まえた対策を進めていく。

エネルギー業界と燃料連携 ランニングストックで確保

エネルギー業界との連携も強化する。停電情報やインフラ被災情報などを業界と都が共有することで、早期の復旧につなげる仕組みを構築する。

中でも石油業界とは「ランニングストックと呼ぶ対策を進めている」(総務局総合防災部)。都は、都内150以上のガソリンスタンドと協定を結び、平時から一定量のガソリンや軽油を確保。都側が、普段からガソリンや軽油を消費することを担保することで、有事の際の品不足を回避し、有事には緊急車両向けなどに優先的に供給する仕組みだ。

災害など有事の際の「燃料切れ」は過去に何度も発生している。ユーザー側もガソリン満タンを心がけるなど、日頃からそれほど大きなコストを掛けずにできる対応策は打っておきたいものだ。

東京都庁(中央左)と都心の街並み=7月31日、東京都内[時事通信ヘリより]

【特集2】強風下での地震発生を想定 グループ大で複合災害の訓練実施


【東京ガスグループ】

「災害時における他社への応援をこれまで何度も経験し、復旧活動のノウハウは蓄積されているが、自社が被災した際の初動対応の経験はほとんどない。今回の防災訓練を通じて課題をしっかり抽出し、災害対策を強化したい」。東京ガスグループは7月12日、今年度の防災訓練を実施した。冒頭、東京ガスの笹山晋一社長はこのように述べた。

東京ガスでは、マイコンメーターの安全機能が作動し、限られたエリアで部分的にガス供給が止まる事態はこれまで何度も経験している。しかし、関東大震災以来、都心部で大規模な面的供給停止のような事態には幸いなことに直面していない。

関東大震災100年目のタイミングで行われた今回の訓練は、当時の状況を模して進められた。

複合災害を初めて想定 スパーリングで事前演習

1923年9月1日、関東エリアでは能登半島付近に位置していた台風により全域で強風が吹く中、神奈川県西部を震源とするマグニチュード7・9の地震が起きた。関東大震災は、強風下での地震・火災発生という「複合災害」であった。そうした複合災害を想定した訓練は、東京ガスグループとしては今回が初めてのことだ。今回の訓練にはグループ全体、協力企業含めで約2万人の従業員が参加している。

訓練は地震発生を休日と想定。オンライン併用型の体制とした。まず、台風接近の予報に対応して東京ガスネットワーク(NW)の沢田聡社長が災害対策本部の本部長を務める「第一次非常事態体制」を敷いた。

その後、台風がそれ、大規模地震による発災を受け、よりシビアな状況に対応する笹山社長を本部長とした「第二次非常事態体制」へと移行した。

一次と二次の違いは供給エリア内における災害度合いで決まる。供給区域内で震度6弱以上の地震が発生した場合は、自動的に東京ガスの社長が本部長を務める体制を設置する。

訓練に先立ち、東京ガスグループでは、「スパーリング」と呼ぶ演習を実施している。想定された情報に基づきガス製造、導管、小売り、広報、人事などあらゆる部門が対応方針などを検討・整理し、訓練事務局がその対応方針などを確認。質問や確認を重ねることでより具体的な災害時の想像力や対応力を高めるものだ。東京ガスNW関係者は「徹底したスパーリングを実施してきた」と話す。

実際の訓練では、各班から、リアルな情報が矢継ぎ早に上がってきた。

「台風の接近に伴う公共交通機関の運休を想定し、合計〇〇名の人員を確保」「LNG船の配船調整を終了」「ホームページやツイッターで注意喚起を実施中」「被害が軽微なエリアでは供給指令センターから遠隔操作で復旧作業中」「通信障害が発生。通信の代替手段を案内済み」「〇〇ガス発電所では地震後も稼働を継続していたが、津波警報の発令を受けて緊急停止」「東京消防庁から面的な供給停止の要請を受けて、二次災害防止のために〇〇エリアでブロック停止」―。

これらの情報をグループ全体で共有。本部が最善の対策を検討し指示を出していく。

また、各班に対しては「他社による応援部隊のロジスティック面や、当社側の受け入れ体制に問題はないか」「情報発信について、日本ガス協会と連携しながら行っていくのか」「応援部隊の都市ガス会社が台風被害を受けている場合、復旧計画にどのように影響するのか」など、さまざまな「シナリオレス」な質問が投げかけられていた。こうした取り組みは「実戦力」を強化するために欠かせないものだ。

警視庁との連携強化 状況を共有し早期復旧

今回の訓練では警視庁が参加したことも大きな特徴である。「東京ガスNWからの地震情報を基に〇〇道路の状況を確認し、通行禁止にしました。また、緊急自動車専用路を走行する際は、赤色灯、サイレンを吹鳴して走行ください。緊急車両の指定がない車両は、現場の警察官の指示に従って走行ください」など、警視庁はウェブ上で参加した。

警視庁と東京ガスNWは今年2月、大規模な災害発生時に相互に連携し災害応急対策や復旧作業を円滑に行うことを目的に協定を結んでいた。

平時では定期的な情報交換を行うほか、災害時や復旧作業時では交通規制情報の共有、東京ガスNWの高密度リアルタイム地震防災システム「SUPREME」で把握した情報の共有を図っていく。今回はそれらの取り組みを踏まえた訓練だった。

訓練冒頭で笹山社長は物理学者の寺田寅彦の言葉を借りこうも述べている。「正しく恐れることが大事。過大に恐れることでもなく、過小に評価するでもなく、適切に課題を抽出し、対策を強化しましょう」

安全・安定的にエネルギーを供給する事業者としての使命を果たすべく、限りなくリアリティーを追求した防災訓練だった。

【特集2】SAFを新方式で大規模生産 30年に50万㎘を供給へ


出光興産

「2030年までに当社国内の事業拠点で年間50万㎘のSAF(再生航空燃料)の生産体制を整えておきたい」。出光興産CNX戦略室の大沼安志バイオ・合成燃料事業課長は話す。

出光がSAFを生産する手法は、原料となるエタノールからジェット燃料を作り出す「ATJ(アルコールtoジェット)」プロセスを利用するもの。グリーンイノベーション基金(GI基金)を活用し、千葉事業所で実証生産設備(1号基)を構築して26年4月からまずは年間10万㎘を生産する計画だ。その後、千葉以外も含めた国内事業所に2号基、3号基の生産設備を構築し、30年につなげる。

廃食油由来や油脂由来など、SAFを生産する仕組みはいくつか存在するが、出光ではまずATJ方式を採用する。ATJとは、エタノールを脱水・重合化して製品を生産する工程のことだ。事業所で培った石油化学原料重合のノウハウを活用して生産する。貯蔵・輸送時において製油所内のタンク、桟橋などの既存インフラを有効に活用できる利点がある。またフィードストック(原料確保)の面でもこの方式は優位だという。

「10万㎘のSAFを生産するためには約18万㎘のエタノールが必要になり、これをブラジルなどの海外から調達する予定だ。こうしたATJプロセスの大規模生産は世界初となる」(大沼さん)。2号基以降の生産方式についても、今後決定していく。

CNXセンター化構想 北海道で合成燃料生産に期待

一方、CO2や水素を活用して人工的に作る合成燃料の取り組みはどうか。出光では「CNXセンター化」構想を掲げている。自社の事業拠点である北海道(北海道製油所)、関東(千葉事業所、京浜製油所)、中部(愛知事業所、四日市製油所)、中国(徳山事業所、山口製油所)の各地の特性や需要を生かしたカーボンニュートラル戦略を実行する構想だ。

SAFに加えて中国ではアンモニア、中部や関東では水素のサプライチェーンの構築などを目指している。そうした中、北海道で生産の可能性が見出されているのがe―フューエルなどの合成燃料だ。

北海道では再エネ導入のポテンシャルが多分にあり、グリーン水素の生産・活用に期待がかかっている。なおかつ、道内の苫小牧はCCS(CO2回収・貯留)の拠点である。近くには北海道電力の苫東厚真石炭火力発電所も存在する。「CCSのようにCO2を海底に埋めるだけではなく、合成燃料向けのCO2を、他社と連携した利用を計画中。30年よりも早く生産し、CN燃料として供給したい」(同課の鹿野祐介さん)

ただ、北海道での自社生産に先駆けて、「製品燃料」として海外から調達する計画も立てている。出光は、主に南米・北米・豪州で合成燃料を製造するチリのHIF社と連携し、現在、「海外プロジェクトからの合成燃料調達と日本国内への供給」「国内外における合成燃料製造設備への共同出資」「日本国内で回収したCO2の国際輸送と活用」―を協議中だ。いずれにせよ、これまで身近に存在していた液体燃料を取り巻く環境が、2020年代後半以降には生産方式含め大きく変わる。

チリHIF社の合成燃料

【特集2】米国発の次世代エネルギーに挑む 全てがそろうキャメロン事業


三菱商事】

東日本大震災以降、シェールガス導入という、日本のLNG調達に大きな役割を果たした米国キャメロンプロジェクト。そんなプロジェクトを、今後の日本のカーボンニュートラル(CN)時代を支える「次世代型エネルギー資源」の供給源へ進化させようと、三菱商事が、東京ガス、大阪ガス、東邦ガスと連携しながら奔走している。挑む新資源は「e―メタン」だ。2030年に世界に先駆けて日本への導入を目指している。

なぜキャメロンか―。三菱商事次世代エネルギー部門水素事業開発室の嶋田大士統括マネージャーは次のように説明する。「ルイジアナ州・キャメロンの西に位置するテキサス州は再エネの発電量が全米一で、さらなる再エネ導入とともにクリーンな水素の製造が期待できる。加えて原油増進回収(EOR)向けにCO2導管が整備され、かつ両州はアメリカの工業地帯であり大気放散されているCO2を原料として活用できるポテンシャルもある。また、e―メタンをLNGとして出荷する既存設備も利用可能」。つまり、e―メタン開発に必要なピースが全てそろっている。一連の設備は比較的新しく、50年のCNを目指す上で、e―メタンのサプライチェーンを構築するには最適地なのだ。

かつ拡張性もある。都市ガス3社の供給量の1%相当の年間1億

8000万N㎥の生産を目指すが、さらに増やすことも可能だという。

一方、水素やCO2は、現状では多くのプレイヤーが自由に売買可能なマーケットが存在する商材ではないことから、多様なポートフォリオを考えて水素やCO2を調達し、e―メタンを生産する計画だ。「e―メタンが世界中に広がるためのモデルとなるよう、ポートフォリオを構築したい」(同)

キャメロンが1号案件へ まずは値差支援が必要

実際の運搬は、物理的に天然ガスとe―メタンを分別して運ぶわけではない。天然ガス・LNGの既存インフラに混入されるe―メタンの数量や環境価値を示す「証書」を発行し、LNGとともに受け渡す想定だ。ただ、証書作りには国内外の多様な関係者の協力が不可欠だ。まず現地で生産したe―メタンに米国で証書を発行し、さらに日本で利用する際にその証書を元にCO2排出量がゼロと認定される必要がある。こうした国際的な仕組みは未整備で、日本、および調達先の国々がウィンウィンとなるような環境整備に向け、今議論を深めているところだ。

当然ながら、一連のプロジェクトには多大な費用が掛かる。「e―メタンと現在の都市ガスの値差をカバーし製造者と最終ユーザーの双方を支援する仕組みが必要。いずれにせよ、国とわれわれ民間企業が連携して課題をクリアする必要がある。そうした取り組みを踏まえ、このキャメロンからのe―メタンを第1号案件として世界に先駆けて日本に導入し、合成燃料全体の普及に寄与したい」(同)

日本が世界で初めてアラスカからLNGを調達して本格的な商業利用が始まったのは1969年のこと。その際、黒子として支えたのは三菱商事だ。50年以上を経て、再び新しい資源の調達に同社は大きな役割を果たす。

キャメロンの出荷設備基地

【特集2】欧州事情に見る合成燃料の行方 投資を呼び込む仕組みが必要


脱炭素化に向けて議論をリードしてきた欧州のエネルギー施策が変わってきた。日本においてはこれらを検証し現実に即した方法を見極める必要がある。

橋﨑克雄/エネルギー総合工学研究所プロジェクト試験研究部 部長

2050年のカーボンニュートラル(CN)実現の議論を先導してきた欧州。エネルギー転換部門(発電)からの石炭撤廃、再生可能エネルギー電源の導入、水素主力のCO2フリー燃料の活用、EVの普及と、転換を進めてきた。ドイツが国家水素戦略を20年6月に発表して以来、欧州各所でグリーン水素へ燃料転換を進めようと液体水素などを利用した各種デモンストレーションも大々的に行われた。しかし、昨今のエネルギー転換策は、エネルギートランジション時期(移行期)に合致したより現実的な施策になってきた感がある。

これらのCO2削減対策の一つに21年7月に欧州委員会(EC)より乗用車や小型商用車の新車によるCO2排出量を35年までにゼロにする規制案の発表があった。欧州議会(EP)も22年10月に欧州自動車団体の猛反発にあいながらも26年に見直す旨を追記することでEU加盟国といったんは合意した。

内燃機関の販売継続 既存インフラとの融合政策

ところが今年2月に自動車を基幹産業とするドイツ、イタリアなどがCO2排出をゼロとみなせる合成燃料の一つ、e―フューエルの利用に限り販売を認めるべきだと主張し、35年の内燃機関車の新車販売を禁止する方針は事実上撤回された。

これには、ECが25年7月からの施行を目指している欧州での乗用車の次期自動車環境規制「Euro7」が、実質エンジン車を排除するような非常に厳しい法案であったことも少なからずとも影響したと思われる。

日本でも21年6月の「グリーン成長戦略」には、「35年までに新車販売でEV100%(ハイブリット車を含む)を実現する」旨が明記されているが、合成燃料はハイブリット車にも使えるため、その開発に対する意義は揺るぐものではないだろう。ハイブリット車の方が燃費の向上とともに、搭載燃料量が少なくなるため、高いといわれる合成燃料の受容性は高くなるとみられる。

同じような展開は、CO2排出削減の困難な船舶・航空分野にも見られる。昨今、船舶分野では農業残渣や都市ごみなどを原料としたバイオメタノール(グリーンメタノール)、航空分野でも同様の原料を用いて製造したSAF(再生航空燃料)が注目されている。いずれもCNな炭化水素系燃料で、現有インフラを活用可能であり、早期に社会実装が可能な燃料だ。

技術成熟度レベル(TRL)も高い。デンマークの海運大手マークスは、すでにCNなメタノール燃料を使う船を19隻発注し、40年には温室効果ガス排出量実質ゼロを目指している。航空分野でも多くの航空会社が、50年実質排出量ゼロを宣言しており、すでに国際認証機関であるATSMインターナショナルの規格「ASTMD7556」に適合したSAFをドロップイン(上限50%で混合した)した燃料で航空機の実飛行も行われている。

さらに、都市ガス代替ガスについてもe―メタンやバイオガス(バイオメタン)の導入が注目されており、現有インフラを活用できる点が社会実装する上で重要な判断要素になっていると思われる。

エネルギーセキュリティーの確保は、資源の無い日本にとって最も重要な生命線だ。このような移行期の場面で重要なのは、最終目標を目指した開発だけを行うのではなく、現在のインフラと目指すべきインフラとのギャップを埋め合わせる技術開発である。あわよくば、今ある技術、あるいはその延長線上の技術で、どこまで最終目標に近づけられるかを考えることこそが社会実装への近道ではないか。その意味で、前述した各種合成燃料製造に必要な技術は「古くて新しい技術」ばかりだ。

大量の再エネが必要 セキュリティー確保に向けて

合成燃料の製造方法フローを左の図に示す。発酵、ガス化、熱分解、水素化処理、メタネーション、FT(触媒反応)合成、メタノール合成、水電解などの技術は、多くの開発がすでに行われている。これら技術を社会実装する上での最大の課題は、代替エネルギーという観点から規模感(量)と経済性であろう。日本の一次エネルギー(化石燃料)消費量は約1万9000PJ(ペタジュール)である。CNな合成燃料にその一部を担わせるとしても、相当量の再エネとバイオ燃料源の確保が必要だ。その解決策の一つとして、日本では、都市ごみの積極的利用や安価な海外再エネの活用が望まれるところだ。

経済性を持たせるためには、既存エネルギーに対する環境価値をお金に換算し導入しやすくさせる施策、例えば、欧州で取り組みが進む炭素排出量取引(ETS)、炭素差額決済契約(CCfD)、さらには炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入、米国のインフレ削減法(IRCセクション45Q)による税制控除のような設備導入支援策が必要であろう。

その効果は多くのスタートアップ企業の出現や産業間連携プロジェクト数の増加に見ることができる。ESG投資も増えている。惜しむらくは、この類の海外投資家による国内投資はほぼ聞かれず、国内企業の海外投資ばかりだ。日本のエネルギーセキュリティー確保に向け、日本独自の移行期にマッチした必要技術を見極め、国内投資を促進するためにも欧米のような仕組み作りが早急に望まれる。

合成燃料の製造方法のフロー図

はしざき・かつお 九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学博士課程修了(工学博士)。2021年三菱重工業からエネルギー総合工学研究所に移籍。専門は、火力発電、CCUS、水素・水電解、リチウム二次電池、化学プロセス。

【特集2】ガス・石油業界が挑む新資源 カーボンリサイクルへ礎築く


化学的にエネルギー資源をつくり出す合成燃料の開発に注力するガス・石油業界。e―メタンやe―フューエルなど、炭素を循環活用する手法に期待がかかる。

2050年カーボンニュートラル(CN)時代を見据え、これまで化石資源を生業としてきたガス、石油の両業界が合成燃料という新しいエネルギーの開発に向けて動き出している。

都市ガス業界はe―メタン、石油業界はe―フューエルだ。ともに大量の水素とCO2を使い、人工的に化学反応を起こして製造する。CO2を循環させることから、CN時代の切り札の一つとされている。

「国内に水素インフラを整えて、水素を直接利用すればいいのではないか」。そんな声も聞こえてくるが、そのためには輸送船、受け入れ基地・タンク、パイプライン、そして利用機器など、これまで整備してきた都市ガスインフラを全て水素仕様へと大変換しなくてはならない。

ガス、石油の両業界が合成燃料に取り組む最大のメリットは、既存の設備を有効活用できる点にある。合成燃料の製造には、水素やCO2の調達含め多大なコストが掛かるが、それを差し引いても、既存の設備や社会システムをそのまま流用できることのメリットは大きい。

CO2削減ルール整備に課題 業界の垣根超えた協調を

そうした中で、都市ガス大手3社と三菱商事は、米ルイジアナ州・キャメロンでe―メタンを製造する計画を進めている。豊富な再エネ資源を背景に、グリーン水素の大量調達が可能になる。また、同じエリアには原油増進回収(EOR)向けのCO2パイプラインが整備されており、既存のLNG出荷設備も利用できる。30年の生産に向けて取り組んでいる。

水素やCO2の原料調達コスト、大量生産時代を見据えた生産設備の大型化などが大きな課題だが、制度的には、CO2削減に関するルールを整備することが大切だ。例えばアメリカで生産したe―メタンを日本で消費する場合、CO2排出をどのようにカウントするのか。こうしたルールがまだ整備されていないのだ。合成燃料を生産する国々を交えた環境整備の検討が不可欠となる。

いずれにせよ、合成燃料の商業生産に向けては、同じ原料を扱う都市ガスと石油業界が協調することが求められる。地球温暖化対策を背景に、石油から天然ガスへの燃料転換が加速し競合関係にある両業界だが、今後はCNという同じ目標に向け、呉越同舟で開発に取り組んでいくのだ。それこそが合成燃料の新時代を切り開く重要な一歩になる。

【特集2/座談会】合成燃料をGXの切り札に ガス・石油業界の果敢な挑戦


ガス・石油業界にとって合成燃料の開発は、自らの生き残りに関わる事柄だ。しかし技術面、コスト面で課題は多く、国の支援や協働での技術開発が欠かせなくなっている。

〈司会〉橘川武郎/国際大学 副学長

奥田真弥/石油連盟 専務理事

早川光毅/日本ガス協会 専務理事

橘川 国がGX(グリーントランスフォーメーション)政策を進める中、再エネや原子力発電が注目されています。しかし、石油、ガスは一次エネルギー消費の約6割を占め、同分野の脱炭素化を進めなければ、とてもカーボンニュートラル(CN)を達成できません。

ガス・石油業界はそれぞれe―メタン、e―フューエルといった合成燃料の開発を進めており、これらはGXの現実的な方策に欠かせないと思っています。

早川 先般のG7(主要7カ国首脳会議)で、CNには多様な道筋があると示されたことは意義深いことだと思っています。ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの安定供給や調達が危ぶまれた事例などからも、エネルギーを多様化することの重要性が増しています。

 また、価格のボラティリティーが増す中で、お客さまにとってもエネルギーを選択することでリスクを軽減できることからも多様化は欠かせない。さらに最近では、地震に加えて風水害など頻発化・激甚化する災害に対して、S+3Eの観点でもエネルギーの多様化が求められています。

 そうした中で合成燃料は環境性に優れ、既存のインフラをそのまま利用できる利点もある。お客さまに選択していただける多様なエネルギーを供給するという点で、大きな意味があると考えています。

業界としては、2030年までにe―メタンの都市ガス導管への注入1%以上の供給を目指しています。その目標に向けて技術開発を進め、サプライチェーンの構築にも取り組んでいます。

奥田 石油は今でもエネルギーの主役ですが、温暖化対策ではCO2排出削減が最も難しいといわれる運輸部門で大量に使われています。石油のCO2排出量は約4億t弱(19年度実績)で、製油所などで消費する分のスコープ1からの排出は約3千万tです。残りの約3・5億tがスコープ3、つまりガソリン、軽油、ジェット燃料などの石油製品からの使用排出です。ここを削減しないとCNは実現できません。しかし、これは非常に困難なことです。

困難なスコープ3の削減 まずSAFの供給から

橘川 大きな課題になりますね。

奥田 石油業界は昨年末にCNに向けたビジョンを改定し、スコープ3での実質ゼロにもチャレンジすることにしました。具体的な取り組みがe―フューエルであり、SAF(再生航空燃料)です。これらを開発して市場に提供しなければ、世の中は変わらない。そういう強い使命感で取り組んでいます。e―フューエルは30年代前半までの商用化を目標にし、SAFは25年頃からの国内製造・供給開始を目指して既に製造プラントへの投資が行われています。

 一方、早川さんが指摘されたように、エネルギー供給で多様な道筋を残すことも大切だと考えています。EV化の大きな流れは変わらないと思いますが、経産省の報告によると、50年の時点でも走行している車の約半分は内燃機関車です。われわれは、ガソリンや軽油を引き続き、できるだけCNな形で供給していかなければなりません。

橘川 CNというと、急速に電化が進んで、車が全てEVに置き換わるような印象が世間にはあります。しかし、決してそうはならないことが知られていません。

早川 供給側の論理で将来の姿を考えるべきではないと思っています。健全な競争環境の中でお客さまに選んでいただくことで、生き残っていくものと考えています。仮に選択肢を電気エネルギーだけに限定し、そのために全ての社会インフラを作り直したとすると、環境的には良いのかもしれないが、お客さまとしてはコスト増により経済活動が成り立たなくなり、ひいては産業がますます海外に流れていってしまうリスクもある。一番肝心な日本経済の活性化が成り立たなくなる。

橘川 奥田さんがスコープ3の排出削減に力を入れると言われましたが、たとえe―フューエル、e―メタンが普及しても、この部分でのCO2排出は残ります。

奥田 スコープ3を完全にゼロにすることは不可能です。そのことを前提にCCS(CO2回収・貯留)などを活用する、新しい技術を開発する、あるいはカウント(CO2排出量算定)ルールの制度を整えるなどの必要があります。

 e―フューエルの場合、非常に心強く思っているのは、各国で開発が進んで世界に仲間がいることです。ただ、米国やEU諸国との違いは、日本にはCO2フリー水素をつくるためのクリーンエネルギーの絶対量が足りないことです。

 では、どうするか。オーストラリアなどで太陽光発電を使って水素をつくることになる。すると、カウントルールが重要になります。本当は国際ルールにすべきですが、米国、EUは積極的ではないと思います。そうなると、国同士が話し合って、2国間でルールを決めていかなければならない。その戦略を国にきちんと考えていただき、ルールをつくっていただくことが大切になると思います。

橘川 日本にはクリーン開発メカニズム(CDM)という2国間クレジット制度があります。ただ、ほとんどが発展途上国向きで、合成燃料の製造とCCSの可能性も含めると米国、オーストラリア、マレーシアなどと2国間クレジット制度の仕組みを作らなければならなくなる。

早川 奥田さんが言われたように、いきなり国際ルールにするのは難しい。まずは、民間がプロジェクトを進めながら、それを通じて2国間で交渉し実績を積み上げていくことが現実的だと思います。

 例えば米国で進んでいるキャメロンLNG基地でのe―メタン製造のプロジェクトでは、米国で排出計上済みのCO2を使用するため、e―メタン利用時の排出をゼロカウントとすることは合理的と考えられます。

 まずは民間ベースでこれを合意した上で、それを基に国での二国間交渉に入るようにする。そういうことを積み上げていくことが必要でしょう。

奥田 同感です。いきなり国際ルールにするのはかなり難しい。まず民間で先方とプロジェクトを進め、その実績を積み上げていったうえで国に乗り出してもらう。そういうステップを踏んでいくことが現実的であると思います。

橘川 一方、合成燃料の製造では再エネでつくるグリーン水素が欠かせませんが、普及が進むと量が足りなくなる。化石燃料由来のブルー水素を使わざるを得なくなります。するとCCS、CCUS(CO2回収・利用・貯蔵)が普及の鍵を握ることになります。

 JX石油開発は米テキサス州で石炭火力から排出されるCO2を回収して、生産量が落ちた油田に圧入するCCUSのプロジェクトを進めています。これは世界最大規模のCCUSプロジェクトです。

【特集2】ニーズを捉え供給責任果たす 現在のLPガス産業の礎築く


【岩谷産業・マルヰ会】

全国2400万世帯ほどで使用されている家庭用LPガス。都市ガスのインフラが需要密度の高いエリアを中心に整備されてきた一方、LPガスは過疎地や離島などの都市ガス未整備エリアでのニーズに応えてきた。そうした日本の家庭用LPガス利用の礎を築いたのが、岩谷産業だ。同社の取り組みから、ユーザーがLPガスをどう利用し、供給者としてどう責任を果たしてきたか、歴史をひも解いていきたい。

岩谷産業が、イタリアから「ガスの缶詰」としてLPガスを取り入れようとしたのが、1952年のこと。当時、国内での家庭用熱源は薪・石炭・練炭などの固形燃料が主流だった。「家庭の主婦を、かまどのすすから解放へ」。そうした思いから、同社は秋田県内の国産油田の副生ガスに着目し、調達先を確保した。

LPガスの利用先として、業務用では、一度に大量の料理を作り、給湯需要も存在する温泉旅館をターゲットにした。兵庫・有馬温泉を皮切りに評判を呼び、大口需要が拡大していった。

家庭用では、需要をカバーするために、全国各地への販売網の構築が不可欠となる。そこで、まずは創業者の故郷、島根県から特約店を開拓し、LPガスの利点、将来性を訴えていった。こうして、後に全国1400社で組織される特約店会「マルヰ会」が誕生する。

業務用で大口のニーズをつかみ、その成功体験を小口の家庭用へと発展させた。まさにマーケティング戦略の勝利であったと言える。

一気通貫体制の構築 大量輸送で低コスト化へ

普及すればするほど、供給者としての責任は増す。家庭用商材ならなおさらのこと。同社が目指したのは、「産油国から台所まで」だ。さらなる供給元の確保、基地の整備、船舶を含めた輸送の確保―などサプライチェーンの構築に奔走する。カナダや中東からの調達、外洋船の開発・運用など、他社とも連携し一貫供給体制の確立を進めた。こうした取り組みは、①供給者責任を果たす、②大量輸送によるコスト削減で持続的にユーザーに受け入れられた―の意味で、今日の礎を築いたと言える。

マルヰ会北陸地区の設立60周年の記念式典の様子

【特集2】脱炭素移行期をサポート 燃料転換でCO2削減へ


【ENEOSグローブ】

2050年カーボンニュートラル実現に欠かせない取り組みがトランジションにおける徹底した省エネやCO2削減への取り組み強化だ。そうした中、石油からLPガスへの燃料転換でCO2削減や省エネ提案を、特約店向けに支援するのがENEOSグローブだ。

「北海道から沖縄まで、全国の特約店向けに要望があれば燃転や省エネ提案に関わる研修会をボランタリーで実施している。石油とLPガス販売の兼業特約店も存在する中、CO2削減の点で、自らの石油販売を減らしてLPガスへの転換ニーズがここ数年着実に増えている」。こう話すのは、リテール企画部の佐久間孝雄リテールサポートグループマネージャーだ。

特約店向け研修会の軸の一つが、ゴルフ場やクリーニング店、中小規模の工場などでの燃転を想定した燃転塾と呼ぶ同社独自のプログラムの提供だ。

独自の燃料転換塾を開催 必要なノウハウを伝授

複数回のパッケージ研修で、1回目はボイラー設備などについて、燃転の必要な知見を4時間程度かけて習得する。その一方で、特約店側からも、燃転対象となりそうなユーザー状況をヒアリングする。ユーザー側が使用している油種は何で、年間の消費量はどのくらいか、またどの季節にピーク需要が訪れるのか、熱源はどのような型式のボイラーか、空調はどのような仕組みかなどをヒアリングし、次回の研修会につなげる。

2回目は、同社の本店側で具体的な提案書のたたき台を作成する。燃転によるイニシャル費用やランニングコストの試算、設備更新によってどれくらい省エネやCO2削減に寄与するのか、LPガスを含めたいろいろなエネルギーや設備を使った場合の比較などを明らかにする。実際にユーザーに提案するのは特約店だが、その際に同社本店スタッフも同行を求められるケースもあるそうだ。

「似たような業態であったとしても、ユーザーによってエネルギーの使い方は千差万別。汎用的な提案は不可能で、提案する内容や訴求するポイントは異なる」(佐久間マネージャー)。こうした複数の研修会や同行を踏まえて、特約店の「独り立ち」を支えていく。

燃転現場では、エネルギー設備の受発注や燃転工事の工程管理など、同社が支援することはあっても、積極的に関わることはない。本業はあくまでもLPガス販売だからだ。逆に、こうした現場のマネジメントを特約店側自らが行うことで、各種ノウハウが積み上がり、結果的に特約店自身の提案力につながると同社では考えている。

「人口減に伴いLPガス利用世帯数も減っているが、こうした燃転はポジティブな営業になり、特に特約店の若い営業担当者は前向きに仕事に取り組めていると思う。実際に燃転が達成できたときは、感謝され、喜びを分かち合っている」。こうした地道な取り組みが、元売りと特約店の関係を強め、結果的に「LPガス」の認知度を高めていく。

産業用におけるLPガスの活用例

【特集2】顧客ニーズを探し出す秘訣 答えはユーザーが教えてくれる


エネルギーを巡る市場競争が激しさを増す中、LPガス事業者は顧客ニーズの掘り起こしに奔走している。小規模であるがユニークな取り組みをする事業者から、「ニーズ掘り起し」の真髄を聞き出した。

〈司会〉角田憲司エネルギー事業コンサルタント

津田維一富士瓦斯社長

市川博信北信ガス社長

左から市川博信北信ガス社長、角田憲司エネルギー事業コンサルタント、津田維一富士瓦斯社長

角田 今回、参加してもらった2社は、自社の事業規模や商圏としている地域の特性を考えながら、常に「ニーズは何であり、どこにあるのか」を突き詰めながらLPガスを供給している会社だと思います。両社のユニークな取り組みは、エネルギー業界全体にさまざまな示唆を与えるのではないでしょうか。まずは北信ガスさんの取り組みを聞かせて下さい。

市川 当社は長野県が商圏で、2万件のお客さまを持つ小規模な販売店です。オール電化や長野都市ガスの都市ガス、あるいは周辺には同業他社というライバルがいます。そうした中、どうやって需要を生み出すか、10年以上前から悩んでいました。このエリアは冬の期間が11月から4月までの6カ月間あり、こうした地域特性を踏まえ、各家庭にファンヒーターを設置して暖房需要の増加につなげようと考えました。

 一方、あえて言いますと一般家庭で使うエネルギーとしてはLPガスの価格は高い。ただ、LPガスは素晴らしいエネルギーで、適正な価格ならばこれほど便利なものはない。では、このエリアで適正な価格水準はどれほどか、調べようと思いました。答えは「全国平均30%安」でした。この商圏では、その水準にしないと他のエネルギーに対抗できない、切り替えられてしまうことがはっきりしました。これは10%安い料金、20%安い料金を試した結果、このエリアでたどり着いた結論です。

 そこで、ファンヒーターを設置してもらえば「3割安いガス料金にする」と決めました。暖房のプランは他社にもありますが、単価を下げるやり方はあまり見かけないかもしれません。ファンヒーター使用によってガスの年間消費量は180%くらい増えます。割安メニューと消費増によって、従来の料金メニューで得られていた利益とほとんど変わりません。他のエネルギー種の暖房費用をカットできるお客さまにとっても、総負担は変わらないわけです。

角田 同じ長野県には東洋計器という「分計メーター」のパイオニアの会社があります。暖房、給湯など用途に応じてガス消費量を分けて計量できるメーターで、ガス事業者はこのメーターを使うことで用途に応じた料金メニューを消費者に提示できます。ただ、北信ガスさんの取り組みは、分計とは違いますよね。

市川 分計とは違いますが、実はこのモデルは、現在の土田泰秀会長が東洋計器の社長だった時に分計の仕組みの話を聞き、「分計とは異なるやり方で訴求しよう」と思い付いたアイデアなのです。

津田 ファンヒーターを設置すれば自ずと割安メニューにしているということは、仮に使用しなかったとしても割安メニューになるわけですか。

【特集2】全国で導入広がるCNLPガス 特約店と連携図りニーズ満たす


アストモスエネルギー

ユーザーニーズや社会的責任を果たそうと、カーボンニュートラル(CN)LPガスの導入に向けて本格的に取り組むのがアストモスエネルギーだ。「石油メジャーのシェルから2021年に世界で初めて大型タンカーでCNLPガスを輸入した。CO2をクレジットで相殺したCNLPガスは、CN時代に向けた取り組みとして特約店からは好意的に受け止めてもらっている。最近では、地球温暖化対策推進法に対応したJクレジットの活用も開始した」と栗原好宏国内事業本部長は話す。

同社の350近くある特約店のうち、CNLPガスを導入しているのは50店以上。年々、取扱店舗数は増えているという。その一つに、瀬戸内海にある山口県周防大島の特約店がある。

自治体向け初のCNLPガス 工事不要で容易に導入

周防大島は瀬戸内海の島では淡路島、小豆島に次いで3番目の大きさで、人口は1万5000人ほどだ。島内には都市ガスインフラが整備されておらず、電気とLPガスがエネルギーの主体だ。地元自治体の周防大島町では、今、CNを目指す独自の取り組みが進んでいる。

24年度の地球温暖化対策実行計画では、14年度比で4%のCO2を削減する目標を掲げる中、庁舎や町営施設での節電活動はもちろん、太陽光発電設備やLED照明の導入を進めている。その一環として、島内で利用するLPガスについても対策が行われている。具体的にはCNLPガスの導入だ。きっかけは、アストモスエネルギーの特約店である、地元の小松物産からの提案だった。藤本浄孝町長は、当時の様子を振り返る。

「従来の取り組みだけではCO2削減には限界があると感じていた頃に小松物産から提案を受けた。同社の社長は大手石油元売り出身で世界のエネルギー事情に詳しく、大きな工事が不要なCNの仕組みを教えてもらった。願ってもないエネルギーだと思い、各部署に働きかけて年度途中からの導入を決断した」。22年9月に庁舎をはじめ給食センターなど島内7カ所の公共施設で導入し、年間で約20tのCO2削減効果を見込む。これはアストモスが取り扱うCNLPガスが、自治体に導入する初めてのケースとなった。

もともとLPガスは重油比でCO2排出量が少なくすすが出ないなど、環境性能に優れているが、認知度が必ずしも高くない。そこでアストモスでは自治体向けのウェビナーやウェブサイトの開設などで積極的に広報している。同町への導入も、こうしたこともきっかけの一つとなったという。

LPガス業界全体ではCNに向けてグリーンLPガスや合成LPガスの開発を進めているが、商用化には時間がかかる。移行期(トランジション)として、CNLPガスやJクレジットを活用したLPガスへの取り組みは意義があるとアストモスは考えている。

「CNの達成は業界全体で積極的に取り組む必要があり、各地域で事業を継続してきた特約店や各自治体との連携が欠かせません。しっかりとコミュニケーションを図り地域のニーズをくみ取ってCNへ対応したい」(栗原本部長)

周防大島町役場の外観

【特集2】鹿児島初のエネルギー面的供給 地方ガスの活性化に貢献


【東京ガスエンジニアリングソリューションズ】

九州・鹿児島市の中心部で地元の総合商社「南国殖産」が手掛ける大規模な再開発が完成した。救急医療対応を含む二つの病院が2020年から順次開業。最後の建物、ホテルがこのほど完成し、今年5月にフルオープンした。

鹿児島市交通局の跡地を利用した一連の再開発プロジェクトは「キラメキテラス」と呼ばれ、街区内の施設規模は10万㎡にも及ぶ。これは、県内で過去に例がないほど大規模の再開発だ。

南国殖産都市開発事業部の川崎誠課長代理は「周辺地域の皆さまが安心して利用いただけるような『30年後の未来の鹿児島』をコンセプトに設計を進めてきた。エネルギー設備面については省エネ性を高めながらイニシャルコストを削減し、かつ病院機能を備えていることから、エネルギーの安定供給を大前提にBCP(事業継続計画)機能を高めることに重きを置いた」と説明する。

病院2棟とホテルが立つ

【特集2】省エネの先にある取り組み 環境価値を創出するSXへ


省エネ法の改正でZEB化が求められる中、建築分野の対策は何か。山川教授は、第2・第3のエネルギーを活用することの重要性を説く。

【インタビュー】山川 智/東海大学・建築都市学部建築学科教授

やまかわ・さとし 1993年早稲田大学理工学部建築学科卒。1995年同修士課程修了、東京電力入社。2020年芝浦工業大学博士課程修了。2021年4月より現職。

―改正省エネ法が今年4月に施行されました。

山川 20年以上、省エネに取り組んできましたが、十分に浸透していません。省エネ法の強化は重要です。一方、将来を見据えると、エネルギーを減らす「省エネ」から「SX(サスティナブル・トランスフォーメーション)」への転換が必要と感じています。SXは持続可能を目指して環境価値を創出する取り組みで、DXの次のトレンドになると思います。

―省エネについての考え方も変わるのでしょうか。

山川 投資判断の際、光熱費削減による回収年数という損益計算だけではなく、SXによる企業価値の向上が重要になると思います。欧米の先進的な企業は、環境価値を創出する取り組みに積極的に投資しています。例えばカーボンオフセットへの投資にも、単価の高いクレジットを探して購入しています。創出する価値も高いからです。そうした企業が市場から評価され、顧客やESG投資が集まるようになります。

 今後は企業のSXのコンセプトづくりから、計画、実施、ステークホルダーへの広告・広報などを通じて企業価値を向上する、という一連の取り組みのプロデュースが求められるでしょう。

求められるZEB化と熱利用 エネルギー再利用の時代へ

―建築分野ではZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)化が求められてます。

山川 温室効果ガスはスコープ1~3により評価されます。建築分野のエネルギー利用も同様に三つの視点で捉えると取り組みやすいでしょう。一つ目は化石燃料です。これは削減を目指します。

 二つ目は再生可能エネルギーです。再エネには電気と熱がありますが、ZEBの創エネの定義は電気のみを対象とし、熱は対象外です。太陽光発電は創エネとしてカウントされますが、太陽熱給湯は省エネという評価です。日本は固定価格買い取り制度の導入で太陽光の発電量が17.8倍に増え、国土面積当たりの設備容量は世界一となりました。しかし、国内の一次エネルギー供給に占める割合はわずか3.9%。身近にある太陽熱や大気熱、河川水熱などの再エネ熱も活用する視点が必要です。

 三つ目がリサイクルエネルギーです。家庭やオフィスでは照明やパソコンなどが稼働しています。そのエネルギーは熱に変わり、機器が発熱します。熱は窓ガラスなどを通じて、また冷房により室外機や冷却塔を通じて建物外部に放熱されます。つまり、建物で使用したエネルギーの多くは、熱として大気に放熱・廃棄されています。これを再利用するものです。実際に北海道帯広市の病院ではその仕組みを導入し、効果が大きいことが分かりました。

 今後は、これら第2・第3のエネルギーを活用していくことが重要になります。

【特集2】庁舎で全国初のZEB認証取得 行政として率先垂範示す


【神奈川県・開成町】

神奈川県開成町は2019年に役場の新庁舎を建て替え、庁舎として全国で初めて建築物省エネルギー性能表示制度の「Nearly ZEB」を取得した。東日本大震災や福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、防災やBCP(事業継続計画)対策、エネルギーの地産地消に向けて11年以降から準備を進めてきた。

「計画当初は、国内には『ZEB』の概念がなかったが、神奈川県内の大手ゼネコンの研究施設などを見学し、『少ないエネルギーでも十分に空調などを賄えるのだ』と当時の町長の指示の下でトライした。初期投資は高いがランニング費は大幅に下がる見通しだったことから、議会や町民の理解を得て準備した」(開成町街づくり推進課の柏木克紀課長)

エネルギー面ではどうか。

都市ガス未整備エリア 創エネは太陽光で対応

「都市ガス導管が未整備のため、コージェネは諦めた。創エネは屋上に設置した159kWの太陽光パネルで対応している。熱源設備には高効率の空冷式ヒートポンプチラーや地中熱ヒートポンプを導入し、地下にはピーク電力削減用の水蓄熱槽も整備している。さらに、床・天井輻射冷暖房などの空調技術を採用し省エネを図っている。設備はビルエネルギー管理システムで制御している」(柏木課長)

また北側を全面ガラス貼りにし、南側は全面を壁で覆って太陽日射を抑えている。太陽光パネルは新電力から無償提供を受け、新庁舎で自家消費利用する一方、新庁舎を含む町内の大型公共施設への電力供給を同事業者に任せている。

こうした一連の設計は設計会社と二人三脚で取り組んだ。また柏木課長自身も建築分野で著名な大学教授の指導を仰ぎながら建築への知見を深めてきたそうだ。その努力の甲斐もあり、年間の基準一次エネルギー消費量が4594GJなのに対し、実際の消費量は20年度が662GJ、21年度が566GJ、22年度が469GJと大幅削減した。このような事例に対して、小泉進次郎元環境相をはじめ、多くの見学者が訪れているそうだ。人口2万人に満たない開成町が、行政として率先垂範した取り組みは、大いに注目される。

新庁舎の延床面積は約3900㎡だ

【特集2】「乾いた雑巾」にあらず 産業用改善策は熱利用にあり


省エネに関しては絞り切った雑巾と言われている日本の産業界。しかし、実際の現場に目を向けると改善の余地は多分にあるという。

【インタビュー】小林敬幸/名古屋大学大学院工学研究科准教授

こばやし・のりゆき  1989年名古屋大学工学部化学工学科卒業。92年名大高温エネルギー変換研究センター助手を経て現在に至る。省エネ技術や蓄熱研究開発などに従事。人材育成にも力を入れる。

―日本の産業分野における省エネは「乾いた雑巾を絞るようなものだ」と言われています。

小林 全国の名だたる企業の工場現場を数多く訪ね、感じることがあります。生産工程の最終段階となる組み立て工場などでは確かに省エネは進んでいます。インバーター導入やエアー制御によって電気利用の高効率化が進む一方、製造の前半から中段のプロセス工程で、とりわけ熱利用の分野では改善の余地はかなりあります。

―具体的には、どのような製造工程でしょうか。

小林 加熱炉分野では、20年以上前にリジェネバーナーが開発されたが、それ以降革新的な改善はありません。200℃以上の熱を捨てていることが多く、乾燥炉の工程でも排熱は多分にあります。

―熱対策となると、特殊なエンジニアリング作業が必要です。

小林 加熱炉分野では、断熱材の技術が進歩していますが、活用しきれていません。例えば1000℃の温度を必要とする炉があるとします。よく見かけるのは、燃焼し続けているケースです。必要なのは1000℃の温度であって、熱量ではありません。化石資源を使って燃焼し続ける必要はないのです。断熱材を上手く活用し燃焼を工夫することで、対策は比較的簡単にできるはずです。

省エネ改善が進まない理由 蓄熱技術や合成燃料の期待

―どうして改善が進まないのでしょうか。

小林 これまでは燃料コストが安かったため、改善する必要がありませんでした。同時に省エネによって製品の品質が下がってもいけない。現場はどうしても保守的にならざるを得ません。国家プロジェクトで主導し成功事例を積み上げ、モノづくりの現場で導入しやすくする必要があるでしょう。

今、注目しているのは輻射熱によるロスです。ある工場に消費電力70kWの電気加熱炉があり、ロスを計算したところ、輻射による熱ロスが約40kW分もあることが分かりました。恐らくこうした現場は数多くあるはず。空調分野でも同じことが見受けられます。

―待機消費電力の課題に似ていますね。

小林 非常に単純な課題です。単純過ぎるがゆえに現場では見過ごされているわけです。

―今後の省エネ技術やメタネーションなどの合成燃料に対する期待はありますか。

小林 ゴミ焼却場などの実証で有効性が確認されている蓄熱・熱輸送です。日本の技術力は諸外国に比べて高く実用レベルに達していますが、初期投資が課題となっています。ただエネルギーコストの高い状況が続けば、一気に導入される可能性はあると思います。

 合成燃料については、CO2削減分の帰属先をどうするか。権利配分の制度的な課題を解決して、事業者が取り組める環境が整うことを期待しています。