【特集2】秦野市と包括連携協定 CNガスの供給で環境貢献


【秦野ガス】

秦野ガス(友添修吾社長)は2021年11月、神奈川県秦野市、東京ガスとともに、「カーボンニュートラルのまちづくりに向けた包括連携協定」を結んだ。その取り組みを具現化する第一歩が、カーボンニュートラル(CN)都市ガスの供給だ。

秦野ガスは昨年4月からCN都市ガスを取り扱っている。これは天然ガスの採掘から燃焼までの工程で発生する温室効果ガスを、CO2クレジットで相殺したLNGを活用したもの。同社は東京ガスから卸供給を受け、本社事務所で自家消費しているほか、秦野市役所建屋に供給を開始している。

「契約期間は5年間の長期契約だ。クレジット価格が上乗せされる分、どうしてもコスト高になるが、一方で5年間はクレジット価格の変動はなく、お客さまはリスクが少ない形でCNに向けて取り組むことが出来る」。佐野均企画部長はこう話す。

秦野市は秦野ガスの大口株主でもある。同社は市から社外取締役を受け入れ、取締役会などを通じて意見交換し、市のさまざまなニーズをヒアリングしてきた。

秦野市とは2年ほど前、電力の需給がひっ迫した際、こんなやり取りもあった。秦野ガスは電気の販売も手掛けていて、高圧向けはエネットの代理店、低圧向けは東京ガスの取次店として「秦野ガス電気」を販売している。電力がひっ迫した際には、市も他の需要家と同様に、苦境に立たされた。その窮状を聞きつけた秦野ガスは、エネットの協力を得て、グリーン電力の供給をサポートした。

一方で、CN都市ガスの採用は秦野市役所だけではない。地元の東海大学湘南キャンパスの一部の建屋では空調や厨房向けとして採用されている。「(東海大学向けに)CN都市ガスを導入することによって、学生の環境意識を高めたいという大学側のニーズに応えることができた」(佐野部長)

近隣には工業団地が存在 CNガスの潜在的なニーズ

同社供給エリアには、金属加工メーカー、電子部品メーカー、食品メーカーなど10社近くが集う大きな工業団地が存在している。「現状では重油を使っている工場もまだ残っていることから、CN都市ガスに対する潜在的なニーズはあると考えている」(飯田昌一常務取締役)。仮に新規に大口需要家向けに供給が始まったとしても、現状の供給力で対応できるとしている。だが、ニーズがあるからと言って、(中圧管の)導管整備の投資判断を下せるかどうかは別問題だという。

こうした業務・産業用の営業には二人の専門の社員が対応している。この二人が、工場内ではどういう仕組みでエネルギーを消費しているのかなどについてヒアリングを行っており、会社としてどのような提案が最適なソリューションなのか、考えるケースが増えているそうだ。

課題もある。「当社が扱うCN都市ガスは現状ではボランタリーなクレジットだ。将来的には、CO2削減分を国内法上で担保されたものを取り扱いたい」(飯田常務)としており、CN都市ガスの調達元である東京ガスに期待を寄せている。

5年間の長期契約で供給する

【特集2】CO2を有効利用するバイオ系技術 遠心分離技術活用のSAF燃料製造


【三菱化工機】

三菱化工機のカーボンニュートラル技術は水素製造だけにとどまらない。同社独自の技術を用いて、バイオ系や航空燃料向けのCN化を支える。

都市ガス業界と共に、水蒸気改質の技術を用いた、水素製造の技術を培ってきた三菱化工機。同社は、こうした技術を基にしてカーボンニュートラル(CN)の実現に向けて開発した、「HyGeia(ハイジェイア)」シリーズなどを工場向けに納入しているほか、水素ステーションなどの整備に力を注いできた。

そんな同社には水素製造の技術以外に、二つの特徴的なCN技術がある。一つはバイオ系向けにCO2を有効利用する設備である。

三菱化工機アドバンスの増田吉兼プラント環境営業部主事は、こう話す。「工場から排出されるCO2を回収してコストを掛けずに有効活用したいというニーズが年々増えている。化学プラントや培養プラント、排水処理プラントの設計から施工まで手掛けている当社の強みを生かして、CO2を植物の光合成を促進するために活用する可搬式の微細藻類培養装置『Algacube(アルガキューブ)』を開発した」

製品の仕組みはいたってシンプルだ。長さ3m×高さ2m×幅1.1mのユニットで、細長いガラス管の中に培養液を循環させ、太陽光やLEDといった光源を照射する。回収したCO2を加えて光合成を促す。

可搬式のため屋内外を問わず導入できる。培養した藻類は燃料であったり、健康食品向けの油脂を抽出することが考えられる。実際に「CO2を有効活用したいという大手製造業工場向けに導入したケースもある」(増田氏)という。

また三菱化工機の本社工場内(川崎市)に設置している水素ステーションと微細藻類培養装置を接続する実証を行っている。都市ガス改質由来の水素製造の宿命として、どうしてもCO2が発生する。このCO2を藻類の培養へ有効活用するユニークな実証である。

船舶燃料用の遠心分離技術 SAF燃料で空のCN支える

もう一つの技術が連続遠心分離機「ディスクセパレータ」だ。こちらは、CN燃料であるSAF(持続可能な航空燃料)の製造を支える設備である。

三菱化工機の中川将英舶用機械営業部次長は次のように話す。「もともと当社には舶用燃料をきれいにする遠心分離技術を保有していて、船舶向けに80年近くの販売実績を持っている。国内で舶用向けに遠心分離機を手掛ける企業は当社のみで、世界シェアでは1位の実績」。三菱化工機では、この技術をSAF向けに活用していく。

各地から集められた多様な廃食油を、遠心分離によって夾雑物を分離し、SAFを製造しやすい形に仕立てていく。実際に、石油元売りのコスモ石油が国内で建設するSAF製造工場へ納入することが決まっている。

「海」から始まった技術を「空」へと転用し、空・海で使われる乗り物燃料のCN化を支えていく。

アルガキューブ(左)と遠心分離設備がCNを支える

【特集2】世界最大級のメタン製造 国産と人工の二大生産へ


【INPEX】

国内に天然ガス田が点在する中、新潟県長岡市周辺のガス田は埋蔵量、生産量とも国内最大規模である。資源開発大手のINPEXは、ここでガスを採掘し都市ガス事業として生産・供給する。現在、同社が主体となり、同市の生産拠点の一つ、越路原プラント(日量420万?)の近隣で、世界最大級のe―メタン製造に向けた実証プラントの建設が進む。

「高圧ガス保安法に則って、実証エリアの造成を進め、1ha程の敷地に原料供給、ユーティリティ、メタネーションの三つのエリアを整備する。2025年度から実証し、1時間当たり400?のe―メタンを生産する予定だ」。水素・CCUS事業開発本部の若山樹プロジェクトジェネラルマネージャーはこう話す。

同社がこの地でe―メタン製造の準備を進めるのは、メタネーション反応に必要なCO2を大量調達できるからだ。天然ガスを産出する際に出る随伴のCO2をそのまま利用できるのである。1時間当たり400?のe―メタンを製造するには、同量のCO2が必要となるが、同サイトからはそれ以上のCO2が随伴で排出される。

まだ実証が始まっていない現在は、隣接する産業ガスメーカー向けに、液化炭酸・ドライアイス販売用の原料としてCO2を供給している。それ以上は、大気中に放散している状況だ。「実証が始まったとしても、CO2の供給余力は存分にある」(若山氏)。供給インフラは、越路原プラントから実証プラントまで、CO2パイプラインを地下に敷設して整備する。

e―メタン製造に必要なもう一つの重要な原料の水素は、液体水素タンク(78?)を新設し、岩谷産業から調達する。岩谷の液水製造拠点となる千葉・市原、大阪・堺、山口・周南の3拠点から、タンクローリー輸送によってデイリーで運んでくる計画だ。

発熱反応への対応 総合効率を向上させる工夫

実証はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からの助成を受けたもので、大阪ガス、名古屋大学とのコンソーシアムで行う。INPEXが商用スケールの適正化を検討し、大阪ガスが反応プロセスの技術開発、名古屋大学がシミュレーションの技術開発を担う。INPEXはこれまでも、1時間当たり8?程度の小規模実証を行っており、その知見を生かして今回の実証にトライする。

具体的な実証項目は次の三つだ。1点目は触媒技術に関わるもので、触媒を使ったメタネーション反応の挙動を把握すること(反応シミュレーション)。2点目がプロセスに関するもので、設備の基本性能や触媒の耐久性評価。3点目が商用スケールに向けた検討だ。

期待が高まるe―メタンだが、実用化にはハードルがある。

「特に課題となるのが、メタネーション特有の発熱反応への対応だ。発生する熱を再利用しメタネーション反応の総合効率を向上させるようなエンジニアリング上の工夫を施して対応していく。過去の小規模プラントからスケールアップすればよいと思われがちだが、そんなに単純な仕組みではない。しっかりとシミュレーションして、大型化に対応したい」(若山氏)とし、30年ごろを目途に1万?を目指す。

越路原プラントからの随伴CO2を使う

【特集2】輸送プラットフォームの水平展開 スマホ制御システムでCO2を大幅減


【ニチガス】

LPガス輸送のプラットフォームを他社へ貸し出すことで低炭素化を目指す。エネルギーマネジメントシステムの構築によってCO2を大幅に削減する。

都市ガス会社を含めたグループ企業全体で年間263万t程度のCO2を排出しているニチガス。その内訳は、LPガス配送・営業車両の走行などで1.4万t(スコープ1)、自社の電気使用で0.2万t(スコープ2)、エンドユーザーのガス利用で約260万t(スコープ3)だ。

ニチガスでは少量のスコープ2では、非化石証書の活用などによってゼロに近づけているが、その他はどうか。吉田恵一専務は「スコープ1では、当社1社ではわずかだが、当社のLPガス配送方式を他社へ水平展開することで、業界全体でCO2を削減できる」と説明する。

LPガスは、沿岸の元売りの輸入基地から内陸の充てん所を経てエンドユーザーに配送される。一方、ニチガス方式では、輸入基地からいったん「夢の絆・川崎」基地を経由しデポステーション(原則無人管理)を経てエンドユーザーに届く。夢の絆・川崎はLPガス容器を大規模集約し充てんした上で、各地のデポへトレーラーで輸送する同社独自の拠点だ。

容器にはバーコードが印字され、拠点の門を通過する度に、自動でスキャニングされ全容器のデータが集約される。「A地点にX個の容器を運べ」。高度なAIにより、リアルな指令が製造拠点や配送員に知らせる。さらにエンドユーザーの容器内の残ガスを遠隔で日々管理する端末「スペース蛍」とデータ連携することで、最適供給を導く。こうしたDX技術が搭載されたプラットフォームを他社が活用することで業界全体のCO2を削減する。スコープ1でエンドユーザー1件当たり50%のCO2を削減可能だと試算している。

一方、逆パターンもあるという。それはLPガス容器ではなく、あらかじめエンドユーザーにバルクを設置して供給するケースだ。「当社には一部の拠点しかバルク供給の払い出し設備がない。当社も他社拠点を活用し拠点の相乗りで互いの配送を合理化してCO2を削減する」(吉田氏)

蓄電池やヒーポン設備 件当たりCO2を70%削減

本丸のスコープ3はどうか。ニチガスは電気やガスを扱う総合エネルギー企業としてのアプローチを採用する。電気式ヒートポンプとガスボイラーを組み合わせたハイブリッド給湯設備をはじめとして、太陽光発電や蓄電池、電気自動車(EV)などのアイテムを組み合わせてスマートホームを構築する手法だ。

まずは年内に自社の3拠点にパワーエックス社のEV急速充電用蓄電池を導入し、社内からCO2を削減する。次のステップで家庭用蓄電池をエンドユーザーに導入し、太陽光、EVなどと連携して効率的にマネジメントする。現在、エストニアの企業と連携して、これらをスマホで制御するシステムを構築し、新たなサービスとして提供する予定だ。再エネ電気を効率的にヒートポンプや蓄電池、EVに活用しCO2を削減する。

「モデルケースでは1件当たりCO2を70%削減、スコープ3全体では30年にCO2を半減できる」(吉田氏)。エネルギー販売に加えて、エネルギーマネジメントを手掛けることで多くのCO2を削減する青写真を描いている。

設備群をスマホで制御する(提供:パワーエックス)

【特集2】一丁目一番地の「燃転」に注力 ガス体エネの優位性を訴求


【岩谷産業】

ガス体エネルギーへの燃料転換のポテンシャルは膨大とみられている。エネルギー販売のみならず設備販売なども行い、低炭素化を図る。

ガス業界のトランジション期に欠かせない取り組みの一つが、重油・灯油などの液体燃料からガス体エネルギー(燃料)利用への燃料転換だ。現実的にCO2を削減する燃転は、一丁目一番地の方策として各社が注力している。

LNG・LPガスに始まり究極のクリーンエネルギー、水素と多様なガスを商材として扱う岩谷産業にとっては主戦場である。

「ここ3年くらい、CO2削減に対するニーズが圧倒的に増えている。LPガスに関して言えば、中小企業の工場のお客さまを中心に年間で約50件の燃転を手掛けている」。総合エネルギー事業本部産業エネルギー部長の斉藤敦久執行役員はこう話す。

対象となるユーザーは、北は北海道、南は九州まで全国津々浦々だ。各地域の産業エネルギー部のメンバーがアンテナを張って、燃転ニーズを嗅ぎつける。燃転だけでなく、新工場や増設など、新たなLPガスの新規顧客の獲得も50件以上の実績を毎年重ねているという。

岩谷の特長はLPガスだけでなく、LNGも商材として扱っている点だ。天然ガスの燃焼段階でのCO2削減効果はLPガスよりも高い。旧一般電気事業者らと連携し、火力発電所のLNG基地を拠点に、ユーザーへローリーで出荷している。

燃転と新規の案件を合わせて毎年10件ほど、販売実績を伸ばしている状況だ。

補助金スキームを踏まえて 最適なメニューを提案

燃転にせよ、新規でLPガスを採用するにせよ、ユーザーにはそれなりの投資負担が発生することになる。補助金をどれだけ受けられるかは、重要だ。「われわれは補助金の活用スキームを知り尽くしているという自負がある。一般的にCO2対策では環境省から、省エネ対策では経産省から補助金がある。お客さまの設備構成によっても変わってくることから、どちらの補助金がお客さまのメリットにつながるか常に意識しながらお客さまと接している。さらにお客さまの負担を減らすために、煩雑な補助金申請業務までサポートしている」(同部の宮英之マネージャー)

宮氏は、こうした補助金ノウハウを情報共有すべく、定期的に社内向け相談会を実施するなどして営業力の底上げを図る。

そんな燃転強化にまい進する岩谷だが、そのポテンシャルはどれほどなのか―。宮氏によると、工業用途で重油や灯油の利用はLPガス換算で900万t、石炭を含めると2400万t分のポテンシャルがあるとした上で、今後は農林水産業界のCO2削減にも貢献していきたいという。

一方、最近では燃転ニーズだけではなく、太陽光発電設備の導入といった、エネルギー供給以外の取り組みも増えているそうだ。「今後は、省エネ性の高いヒートポンプ設備の導入も飛躍的に増えるだろう」(斉藤氏)。ガス体エネルギー販売だけでなく、設備を含めた多様な商材をそろえて低・脱炭素化に貢献していく構えだ。

LPガスへの燃転や新設が増えている

【特集2】エネルギー危機で再評価進む 再エネとの親和性が後押し


EUでは15年近く前からヒートポンプ(HP)で活用する空気熱を「再エネ」として定義してきた。温暖化に加えエネルギー安全保障も喫緊の課題となる中、欧州各国はHP普及政策を加速させている。

出席

小山師真/ダイキン工業東京支社渉外室CSR・地球環境センター担当部長(左)

矢田部 隆志/東京電力ホールディングス技術戦略ユニット技術統括室プロデューサー

―欧州では、15年近くも前からヒートポンプ(HP)で活用する空気熱を再エネとして定義し、普及を後押しする政策を進めています。まず欧州の状況を解説してもらえますか。

小山 2000年代、欧州委員会は、20年までに「CO220%削減」「エネルギー効率20%向上」「再エネ比率20%」を目標とする「202020欧州戦略」を打ち出していました。当社は欧州委員会や欧州議員に働きかけ、09年に成立したEU再生可能エネルギー指令において、HPで利用する「空気熱」なども再エネとして定義されました。

―その中で日本企業はどうビジネスを展開していましたか。

小山 当社は1972年にダイキンヨーロッパ社を設立して以降、冷房・暖房需要に対してHP式のエアコン(エア・トゥ・エア、ATA)を販売してきました。そして06年には、家庭用のHP式暖房・給湯機を欧州で開発・製造し販売しています。

 「ダイキンアルテルマ」という商品名で、空気の熱からお湯を作るエア・トゥ・ウォーター(ATW)と呼ばれる方式です。日本でいうエコキュートに相当します。

 ただ、湯温の差からCO2を冷媒とするエコキュートと異なり代替フロンを冷媒としています。今日では、当社を含めて欧州における日系HPメーカーの存在感は大きい状況だと思います。

ダイキンアルテルマ

―まさに日の丸技術の海外展開で、低炭素化に貢献しています。一方、国内に目を向けると当時の状況はどういうものでしたか。

矢田部 日本では09年にエネルギー供給構造高度化法が施行されました。この法律はHPを使う需要家側というよりは電力・ガス・石油事業者などのエネルギー供給事業者側の対策で、化石エネルギーを有効に利用するだけでなく、再エネや原子力などの非化石エネルギーの促進を目的としたものです。

 当時はまだ再エネの法的根拠がなかったことから、この法律で定義しました。HPが利用する空気熱や地中熱、河川・海水熱といった熱エネルギーも含まれています。ただ、この法律はあくまでも供給者側の話で、空気熱を使うのは需要家側が中心になります。再エネと定義されたものの、欧州と異なり、国内では空気熱などの利活用に向けた具体的な動きが起きていません。

【特集2】産官学連携でヒートポンプ普及 設計・製造に新しい発想必要


家庭用や産業用途にヒートポンプ(HP)普及の余地を残すと指摘する鹿園教授。水素普及のシナリオのようにさまざまな関係者が連携していくことが重要だと話す。

【インタビュー】鹿園直毅/東京大学生産技術研究所教授

―昨今のカーボンニュートラル(CN)の流れをどのように捉えていますか。

鹿園 今までは化石資源の価格が安かったために、化石燃料を前提とした体系が出来上がっていました。化石燃料を燃やしてボイラーをたけばよかったわけですが、CNの流れの中で、その体系がリセットされたとたん、右往左往している状況でしょう。

―国のGX推進会議に委員として参加し、ヒートポンプ(HP)に対して技術的な視点でコメントしていました。エネルギー政策の中でHPに対してどのような課題認識を持っていますか。

鹿園 国内の家庭用給湯や暖房用は非常に利用量が大きく、裏を返せば省エネの余地が非常に大きい。HPはその切り札になり、いかに普及させるかが大きな課題です。

冷房空調のHP、いわゆるルームエアコンは普及していますが、暖房用やエコキュートに代表される給湯用は、コスト低減、寒冷地対応、設置スペース改良といった改善に取り組めば、まだまだ普及の余地はあるでしょう。

―民生分野の利用もさることながら、産業用の熱分野も大きな課題です。

鹿園 この分野も大きな課題ですね。汎用製品となっている家庭用と異なり、産業用に導入されるHPは特殊設計です。どれくらいの容量でどのような温度帯で利用されているか分かりにくい。

 ユーザー自身が分かっていないケースもあるし、分かっていたとしても製品の品質に関わることなので企業秘密ということで公表していない。基本設計や基本ユニットが見通せると、メーカーとしても動きやすい。

 東日本大震災以前は、大手電力会社が音頭を取ってHP普及や電化に向けた効率的なシナリオを描いていました。しかし今は、システム改革の影響もあって、大手電力会社によるそういった取り組みが難しい。

―電力システム改革の弊害ということですか。

鹿園 システム改革には良い面と悪い面の両面がある。全てがうまくいく仕組みはないと思います。

―CNの達成には、大きなグランドデザインを描ける人が必要になります。

鹿園 その通りですが、誰が音頭を取るか。今後は誰かがイニシアチブを取るというよりも、ユーザー、メーカー、エネルギー事業者、われわれのような学識者が互いに歩み寄っていけるような仕組みがあるとベターです。

 その際、産業政策担当、エネルギー政策担当といった「縦割り組織」は弊害になります。われわれのような大学組織もそうです。機械、土木、建築、電気と明治時代から変わっていません。

―互いに連携するという発想は、現在の国が描く水素普及に向けたシナリオに似ています。

鹿園 そうですね。ただ、水素普及にコストをかけてCNを目指すよりも、HPの普及ははるかに割安だと思います。

燃焼系の設備も大切 欧州発のHPが逆輸入も

―HPで使う空気熱を欧州では再エネと位置付け、HP設備そのものを普及させようと動き始めています。

鹿園 大気熱とか地中熱といった環境熱はほとんど無尽蔵に存在します。HPを政策的に普及させようとするならば、そういった位置付けも有効な政策だと思います。欧州は寒冷地にもかかわらず「HPを普及させる」という政策を展開しています。将来的には、欧州でコストが低減されて製造されたHPが日本へ逆輸入される日が来るかもしれません。

―日本でHPを普及させるための有効策はありますか。

鹿園 他のエネルギーに比べて電気代をある程度安くできれば普及できると思います。FITによって今は電気料金が割高になっていますが、今後、カーボンプライシング政策によってほかのエネルギーに比べて電気が逆に安くなれば、自然とHPを使う人が増えると思います。かつて、大手電力会社が深夜電力割引メニューによってオール電化を普及させてきました。こんな仕組みがあれば自ずと普及すると思います。

―おひさまエコキュートのような取り組みをどう評価しますか。

鹿園 太陽光の発電量を自家消費するために電気でHPを動かす仕組みは確かに有効だと思います。ただ、太陽光発電パネルを所有していなくても、HPを使った方がメリットになるといった仕組みになれば、民生分野ではさらに普及していくと思います。

―燃焼系を規制するといった政策もあります。

鹿園 日本ではそこまで無理に進める必要はないでしょう。燃焼系には燃焼系の良い点もあり、コンパクトで馬力も出ます。ゆくゆくは合成燃料や水素のような燃料に転換されると思いますが、当面は天然ガスの利用が続くでしょう。

 HPで対応できる分野はHPで対応し、それ以外は合成燃料などを含めた燃焼系で対応してCNを進める方策がベターだと思います。その際、都市ガスの合成燃料は既存インフラをそのまま活用できるe―メタンが出来ていれば一層ベターでしょう。

ゼロベースで考え直す CO2冷媒を疑うことも

―今後のHP技術の展望を教えて下さい。

鹿園 熱分野の技術開発は歴史が長いにもかかわらず、電力技術に比べて思うように進まなかった。HP技術をこの際、ゼロベースで考え直してもいのではないか。

 例えばテスラは、電気自動車のボディをギガキャスト(鋳型)の方式で作ります。こうした新しいモノづくりの発想は、日本の既存の自動車メーカーからは生まれてきません。日本は、既存の枠組みの中で、「良いものを作る」「ブラッシュアップする」という取り組みは得意ですが、ゼロベースから何か新しいものを生み出すことは苦手としています。

 実はHPの領域も、そうした発想が必要なのではないかと思い始めています。給湯分野において日本では「エコキュートが当たり前」ですが、今後もCO2を冷媒とすることが本当に正しいのか、ゼロベースで考え直してもいいのではないかと思っています。

暖房・給湯用は改善の余地がある(研究室の実験装置)
しかぞの・なおき  1994年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。日立製作所機械研究所入所。2002年東大院工学系研究科助教授、07年准教授。10年から東大生産技術研究所教授。

【特集2】日系が仕掛ける欧州地殻変動 本格実装へ技術力で勝負


欧州ではヒートポンプで使う空気熱を再エネとして定義されている。脱炭素やエネルギー自給率を高める政策に対応しようと日系企業が動いている。

欧州のエネルギー政策において、脱炭素、セキュリティーがキーワードになる中、日系のヒートポンプメーカーが存在感を高めている。ダイキン工業、パナソニック、三菱電機はEU圏内で温水・暖房用のヒートポンプ(HP)機器の増産を進めているのだ。

日系各社「増産」を進行中 日欧で異なる「熱」用途

各社のプレスリリースによると、ダイキン工業はポーランドに新工場を設立し2024年の生産稼働を目指す。ドイツ、ベルギー、チェコに続く生産拠点とする。パナソニックは25年度までにチェコ工場の生産体制を強化する。空調機器の室内機の生産を手掛けていたが、室外機の生産も行い、体制を再構築する。三菱電機はトルコだ。暖房・給湯機とルームエアコンの生産拠点を新設する。

投資金額は100億円から400億円程度と濃淡はあるが、各社は大規模な投資で生産体制を構築する。各社の生産体制に共通するのは、空気の力で湯を作るエア・トゥ・ウオーター(ATW)方式の家庭用HP機器を増産することである。

この方式の原理は通常のルームエアコンのエア・トゥ・エア(ATA)方式と同じだ。圧縮機を回して、冷媒の特性を活用しながら熱交換して温度調整を図り、望みの温度帯の熱を作っていく。日本のオール電化住宅を支えるエコキュートと同じ仕組みである。ただ、エコキュートはCO2を冷媒としているが、欧州では代替フロンを冷媒として使う(もっとも自然冷媒を使うメーカーも現れている)。

寒冷地用も仕組みはエコキュートと同じだ

技術的には「作動圧力を高める必要があるCO2冷媒の方が遙かに難易度が高い」(メーカー関係者)。製造コスト削減に向けて冷媒の「日欧統一化」も考えられなくはないが、冷媒の特性上、現状では困難だ。前提条件として、欧州と日本とでは求める湯温が異なるからだ。

日本のエコキュートは、基本は風呂を中心とした給湯向けである。水から90℃くらいの熱湯へと一気に昇温して、タンクに貯湯する。入浴時に40℃程度の風呂の温度に落とす。この「一気に昇温」がCO2ならではの冷媒特性なのである。

片や欧州。こちらは住居やビルの暖房向けだ(ちなみに風呂ではなくシャワー文化だ)。特に寒冷地の住宅内は温水配管が張り巡らされている。60℃程度の湯を配管内に循環供給し、温度が下がった戻り温水を、再び60℃程度に少しだけ昇温する。こうした特性はCO2冷媒には向いていない。ただ、共通しているのがHP技術であるということだ。

現在、欧州では、脱炭素に向けた環境意識やロシア・ウクライナ戦争によるエネルギーセキュリティーに対する意識の高まりから、ロシアからの天然ガスの依存度を減らし、再生可能エネルギーによる電化を進め、エネルギー自給率を高める動きが活発だ。いわゆる「リパワーEU戦略」(22年)である。

そのキラーアイテムが、電気で動くHPというわけだ。ここで高い技術力を持つ日系メーカーが力を発揮する。従来は、ガスインフラが整備されていたこともあり、ガスボイラーを使って家庭用の熱需要を賄っていたが、日系を中心にHPの寒冷地向けの技術開発が進んでいる。そこで市場ニーズを満たそうと、日系各社が生産増強に動き出しているのだ。再エネの電気を使えばエネルギーの自給率もさらに高まっていく。

再エネを巡る政策について、欧州では太陽光発電や風力発電の導入を進めるだけでなく、独自の政策を施している。それはHPで活用する空気熱を再エネとして定義し、主に暖房用途の場合に、空気熱利用として、再エネの統計データに落とし込んで集計している。

日本でも「エネルギー供給構造高度化法」の法体系の中で、欧州にならって同様の定義がなされているが、公共の統計データに落とし込むようなステージには至っていない。

「空気熱」に注目を 冷熱ではなく暖房用途

国内のエネルギー政策を議論する場で次のようなひとコマがあった。6月末の電力・ガス基本政策小委員会である委員が「HPは大気熱という熱源を使ってる。太陽エネルギー利用の原点に立ち返ると、再エネとして位置付ける形が適当なのではないか」という主旨の発言をした。太陽からのエネルギーには「光」もあるし、「熱」のエネルギーもある。大気熱をもう少しフォーカスしても良いのではないか――。そんな趣旨だった。

この発言に対して、「HPで動く冷蔵庫は、再エネで賄うことになるのか」といった疑問を投げ掛け、「再エネとして定義づけるのはおかしいではないか」と指摘する委員もいた。このやり取りは、温熱と冷熱とを区分けせずに議論している。欧州での再エネ定義はあくまでも暖房用途(温熱)である。結局、審議会の議論は進展せず、誤解を生んだままとなってしまった。

しかし、事実として言えることは、「寒冷地では不向き」とされていたHPの弱点が、メーカー各社の技術開発によって改良されている点だ。「ボイラーが中心だったドイツなどの寒冷地でも、HPの導入が今後、間違いなく進む」(メーカー関係者)。これが、各社が増産に乗り出している背景でもある。

「さらなる技術開発によって、ゆくゆくは日欧統一の冷媒が生み出されるかもしれない。欧州で生産されたATW方式のHP機器が逆輸入される日を期待している。統一化による量産効果は計り知れず、そうなればさらなる普及につながっていく」と言う関係者もいる。

技術開発の進展と世界のエネルギー政策の中で、日系各社が生み出すHPのさらなる可能性が注目される。

パナソニックのヒートポンプ工場(チェコ)

【特集2】早期復旧にグループ総力で対応 「千葉」の教訓生かし対策深化


【東京電力グループ】

「分社化したことで災害対策に不備が生じたり、災害時の復旧が遅れがちになってしまう事態には絶対にしてはいけないと考えている」。東京電力ホールディングス(HD)経営企画ユニット総務・法務室防災グループマネージャーの光田毅部長はこう話す。

大規模地震などの有事には東電グループである東京電力パワーグリッド、東京電力エナジーパートナー、東京電力リニューアブルパワーが、それぞれ災害の規模に応じて対応する体制を構築し復旧に当たる。また、発電事業を手掛けるJERAも連携に加わる。その中で東電HDはグループを束ねる形で、各社に対して応援要員の調整などを中心に支援する。

東電HDでは、災害のレベルに応じて三つに体制を区分している。台風によって広範囲にわたり停電が予想されるケースや地震や火山噴火などによる限定的な被害の場合は、総務・法務室長を本部長とする「第1非常体制」、台風で複数事業所の支援が必要となった場合や突発的な電気事故で広範囲な停電が発生した場合は防災担当役員を本部長とする「第2非常体制」。震度6弱以上の地震が発生した場合は社長を本部長とする「第3非常体制」―。

防災の三つの基本方針 被災状況を迅速に公開

では、東電グループの防災対策の基本方針はどういうものか。まず社員の人身安全の確保を最優先にして、電力供給を可能な限り継続することを前提に次の3点を実施する。

1点目は、首都直下地震を含む自然災害などに起因した電力設備の被災による広範囲で長時間にわたる停電を防ぐこと。2点目は内閣府中央防災会議などが公表している被害想定に基づき災害の規模を軽減するための対策を行い、早期に健全な状態に復旧すること。3点目が停電や設備被害の状況や情報を迅速に公開することだ。

この基本方針を基に、平時からの取り組みと被災時における取り組みを分けて整理している。

平時では耐震設計や補強、的確な保守・点検をすることで、設備を被災しにくくしている。また、設備構成の多重化やバックアップ機能を強化するなど被災時の影響を軽減する取り組みを進めている。

例えば変電設備では、高重心設備から低重心設備へ取り替えている。送電インフラ面では碍子(ガイシ)を、割れにくいFRP(繊維強化プラスティック)製へと切り替えている。鉄塔の脚間にはコンクリートで舗装し補強するなどしている。さらに電力系統網の複数ルートの構築や2回線整備といった取り組みも進めている。「こうした対策の一部は従来からも行ってきたが、中央防災会議などによる被害想定の見直しの度に被災想定エリアや対策を再確認し、設備更新のタイミングを見極めながら対策の中身を再構築している」(同)状況だ。

一方、実際に被災した場合では、「いかに早く被災地の状況を把握できるかが早期復旧のカギを握る」。光田部長は2019年9月に千葉県を襲い、多くの家屋が停電しながら復旧が遅れた台風15号の反省を口にする。

体制としては本社、総支社、支社の役割を明確に分ける。本社は全社的な対外対応方針を決定し、全体にまたがる優先復旧の判断を下す。総支社は都県域内の対外対応と復旧支援、支社では事業所内の設備復旧に当たる。

現地の被害状況を把握するために巡視要員を組成し、立ち入り可能な場所に対しては、過去の災害対応を踏まえ配電線事故回線数の2倍の巡視要員を確保。東電グループ全体で、最大1600班の巡視班を組成できるようしている。ちなみに19年の台風15号では約590班、同年の19号では約1000班であった。

また、立ち入りが困難なエリアに対してはドローンチームが対応する。発災後、48時間以内を目安として被害状況を確認し、停電時間が72時間を超えそうなケースでは、発電車を配置する。

大規模な復旧工事が必要となる際には、他電力からの応援部隊との連携も欠かせない。そのため「各電力共通の仮復旧」という考え方を取り入れた。「現場を完全に復旧させようとすると工事の工程数が増え、特殊な工具も必要になる。結果的に作業の効率が悪くなる」(同)。各電力会社間共通の工具を開発し、復旧工事を加速させるための工夫を施した。

応急復旧用特殊車両や電柱・柱上変圧器・電線といった復旧用資機材の配備も改善する。停電の長期化をあらかじめ想定し、ヘリコプターを活用した資機材の輸送なども想定するほか、東電グループ自身が他エリアへ応援することも視野に入れて分散配備をしている。

DXの技術を積極活用 情報をリアルにデータ化

情報共有を迅速化するためのDX化も、「千葉の反省」として進めている。現場の作業員が被災現場の状況をリアルタイムにデータ化し、本社側とで情報共有できる環境を整備した。例えば設備被害数を現場で登録し、発電車の配備状況や稼働状況を登録して、リアルタイムに集計する。さまざまな情報を一元的に見える化することで、復旧に向けた進捗の確認と、その見通しを判断しやすくする。

こうした対策には完成形がなく、東電HDによると今後は三つの観点が必要になるとしている。一つは連携先の強化・拡大だ。これまでも他者との連携を進めてきたが、従来以上に国、自治体、他電力、他業種、その他のインフラ企業との連携によるオールジャパン体制で対策を進めたいとしている。

二つ目が停電復旧の多様化だ。電力供給の〝担い手〟は、送配電インフラだけではない。発電車、電気自動車など、多様な分散型電源が考えられる。マイクログリッドのような仕組みも有効かもしれない。「いろいろな手段を検討していきたい」(同)

三つ目が、現在進行形として取り組んでいるデジタル活用のさらなる拡大だ。スマートメーターやドローンといった新しいアイテムも活用できるだろう。光田部長は「災害時にデジタルの力で被災状況の把握をより一層早めていきたい」と話している。

停電復旧では分散型電源を活用する(発電車)

【特集2】都直下地震の被害者を半減へ 防災計画見直しで応急対策を強化


関東大震災から100年目を迎える中、都は地域防災計画を見直した。首都直下地震などによる人的・物的被害を2030年度までに半減する目標を掲げている。

【東京都】

関東大震災100年目を翌年に控えた2022年5月、東京都は都防災会議による新たな被害想定を公表した。マグニチュード7クラスの都心直下地震が発生し、強い揺れや火災によって最大死者数は約6100人、建築物の被害は最大約19.4万棟などと予想した。この被害想定を基に、今年5月には「地域防災計画・震災編」を見直している。

修正のポイントは3点ある。1点目は過去10年間の変化を踏まえた課題と解決に向けた基本認識の確認。2点目が減災目標の設定。3点目は目標年(30年度)に向けた取り組みだ。

少し解説しよう。まず1点目の基本認識。この10年間で町内会などの自主的な防災組織の活動数は年間0.87回から0.35回へと減ってしまった。一方、コロナ禍によってテレワーク(在宅勤務)の機会が増えたことで、家庭や地域における防災・減災対策、つまり自助・共助の備えの推進が重要となった。また、ライフラインの被害によって応急対策が遅延する恐れも増したことから、特定緊急輸送道路沿いの建築物の耐震化などによる応急体制の強化がより必要になった。

それらの基本認識を踏まえて、2点目では首都直下地震などによる人的・物的被害を30年度までにおおむね半減する目標を掲げることとした。

3点目では、30年に向けて具体的な取り組みを挙げる。「自助の備えを講じている都民の割合を100%に」「感震ブレーカーの設置(25%)」「全避難所の通信環境の確保」「都内全区市町村でのBCP策定」「緊急輸送道路沿道建築物の耐震化」「住宅の耐震化」「無電柱化の推進」「整備地域の不燃化」「マンション防災の展開」――などだ。

とりわけマンションについては、高層建築物も増えている中で、水害により非常用発電設備が水没した事例も記憶に新しい。近年の社会状況の変化を踏まえた対策を進めていく。

エネルギー業界と燃料連携 ランニングストックで確保

エネルギー業界との連携も強化する。停電情報やインフラ被災情報などを業界と都が共有することで、早期の復旧につなげる仕組みを構築する。

中でも石油業界とは「ランニングストックと呼ぶ対策を進めている」(総務局総合防災部)。都は、都内150以上のガソリンスタンドと協定を結び、平時から一定量のガソリンや軽油を確保。都側が、普段からガソリンや軽油を消費することを担保することで、有事の際の品不足を回避し、有事には緊急車両向けなどに優先的に供給する仕組みだ。

災害など有事の際の「燃料切れ」は過去に何度も発生している。ユーザー側もガソリン満タンを心がけるなど、日頃からそれほど大きなコストを掛けずにできる対応策は打っておきたいものだ。

東京都庁(中央左)と都心の街並み=7月31日、東京都内[時事通信ヘリより]

【特集2】強風下での地震発生を想定 グループ大で複合災害の訓練実施


【東京ガスグループ】

「災害時における他社への応援をこれまで何度も経験し、復旧活動のノウハウは蓄積されているが、自社が被災した際の初動対応の経験はほとんどない。今回の防災訓練を通じて課題をしっかり抽出し、災害対策を強化したい」。東京ガスグループは7月12日、今年度の防災訓練を実施した。冒頭、東京ガスの笹山晋一社長はこのように述べた。

東京ガスでは、マイコンメーターの安全機能が作動し、限られたエリアで部分的にガス供給が止まる事態はこれまで何度も経験している。しかし、関東大震災以来、都心部で大規模な面的供給停止のような事態には幸いなことに直面していない。

関東大震災100年目のタイミングで行われた今回の訓練は、当時の状況を模して進められた。

複合災害を初めて想定 スパーリングで事前演習

1923年9月1日、関東エリアでは能登半島付近に位置していた台風により全域で強風が吹く中、神奈川県西部を震源とするマグニチュード7・9の地震が起きた。関東大震災は、強風下での地震・火災発生という「複合災害」であった。そうした複合災害を想定した訓練は、東京ガスグループとしては今回が初めてのことだ。今回の訓練にはグループ全体、協力企業含めで約2万人の従業員が参加している。

訓練は地震発生を休日と想定。オンライン併用型の体制とした。まず、台風接近の予報に対応して東京ガスネットワーク(NW)の沢田聡社長が災害対策本部の本部長を務める「第一次非常事態体制」を敷いた。

その後、台風がそれ、大規模地震による発災を受け、よりシビアな状況に対応する笹山社長を本部長とした「第二次非常事態体制」へと移行した。

一次と二次の違いは供給エリア内における災害度合いで決まる。供給区域内で震度6弱以上の地震が発生した場合は、自動的に東京ガスの社長が本部長を務める体制を設置する。

訓練に先立ち、東京ガスグループでは、「スパーリング」と呼ぶ演習を実施している。想定された情報に基づきガス製造、導管、小売り、広報、人事などあらゆる部門が対応方針などを検討・整理し、訓練事務局がその対応方針などを確認。質問や確認を重ねることでより具体的な災害時の想像力や対応力を高めるものだ。東京ガスNW関係者は「徹底したスパーリングを実施してきた」と話す。

実際の訓練では、各班から、リアルな情報が矢継ぎ早に上がってきた。

「台風の接近に伴う公共交通機関の運休を想定し、合計〇〇名の人員を確保」「LNG船の配船調整を終了」「ホームページやツイッターで注意喚起を実施中」「被害が軽微なエリアでは供給指令センターから遠隔操作で復旧作業中」「通信障害が発生。通信の代替手段を案内済み」「〇〇ガス発電所では地震後も稼働を継続していたが、津波警報の発令を受けて緊急停止」「東京消防庁から面的な供給停止の要請を受けて、二次災害防止のために〇〇エリアでブロック停止」―。

これらの情報をグループ全体で共有。本部が最善の対策を検討し指示を出していく。

また、各班に対しては「他社による応援部隊のロジスティック面や、当社側の受け入れ体制に問題はないか」「情報発信について、日本ガス協会と連携しながら行っていくのか」「応援部隊の都市ガス会社が台風被害を受けている場合、復旧計画にどのように影響するのか」など、さまざまな「シナリオレス」な質問が投げかけられていた。こうした取り組みは「実戦力」を強化するために欠かせないものだ。

警視庁との連携強化 状況を共有し早期復旧

今回の訓練では警視庁が参加したことも大きな特徴である。「東京ガスNWからの地震情報を基に〇〇道路の状況を確認し、通行禁止にしました。また、緊急自動車専用路を走行する際は、赤色灯、サイレンを吹鳴して走行ください。緊急車両の指定がない車両は、現場の警察官の指示に従って走行ください」など、警視庁はウェブ上で参加した。

警視庁と東京ガスNWは今年2月、大規模な災害発生時に相互に連携し災害応急対策や復旧作業を円滑に行うことを目的に協定を結んでいた。

平時では定期的な情報交換を行うほか、災害時や復旧作業時では交通規制情報の共有、東京ガスNWの高密度リアルタイム地震防災システム「SUPREME」で把握した情報の共有を図っていく。今回はそれらの取り組みを踏まえた訓練だった。

訓練冒頭で笹山社長は物理学者の寺田寅彦の言葉を借りこうも述べている。「正しく恐れることが大事。過大に恐れることでもなく、過小に評価するでもなく、適切に課題を抽出し、対策を強化しましょう」

安全・安定的にエネルギーを供給する事業者としての使命を果たすべく、限りなくリアリティーを追求した防災訓練だった。

【特集2/座談会】合成燃料をGXの切り札に ガス・石油業界の果敢な挑戦


ガス・石油業界にとって合成燃料の開発は、自らの生き残りに関わる事柄だ。しかし技術面、コスト面で課題は多く、国の支援や協働での技術開発が欠かせなくなっている。

〈司会〉橘川武郎/国際大学 副学長

奥田真弥/石油連盟 専務理事

早川光毅/日本ガス協会 専務理事

橘川 国がGX(グリーントランスフォーメーション)政策を進める中、再エネや原子力発電が注目されています。しかし、石油、ガスは一次エネルギー消費の約6割を占め、同分野の脱炭素化を進めなければ、とてもカーボンニュートラル(CN)を達成できません。

ガス・石油業界はそれぞれe―メタン、e―フューエルといった合成燃料の開発を進めており、これらはGXの現実的な方策に欠かせないと思っています。

早川 先般のG7(主要7カ国首脳会議)で、CNには多様な道筋があると示されたことは意義深いことだと思っています。ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの安定供給や調達が危ぶまれた事例などからも、エネルギーを多様化することの重要性が増しています。

 また、価格のボラティリティーが増す中で、お客さまにとってもエネルギーを選択することでリスクを軽減できることからも多様化は欠かせない。さらに最近では、地震に加えて風水害など頻発化・激甚化する災害に対して、S+3Eの観点でもエネルギーの多様化が求められています。

 そうした中で合成燃料は環境性に優れ、既存のインフラをそのまま利用できる利点もある。お客さまに選択していただける多様なエネルギーを供給するという点で、大きな意味があると考えています。

業界としては、2030年までにe―メタンの都市ガス導管への注入1%以上の供給を目指しています。その目標に向けて技術開発を進め、サプライチェーンの構築にも取り組んでいます。

奥田 石油は今でもエネルギーの主役ですが、温暖化対策ではCO2排出削減が最も難しいといわれる運輸部門で大量に使われています。石油のCO2排出量は約4億t弱(19年度実績)で、製油所などで消費する分のスコープ1からの排出は約3千万tです。残りの約3・5億tがスコープ3、つまりガソリン、軽油、ジェット燃料などの石油製品からの使用排出です。ここを削減しないとCNは実現できません。しかし、これは非常に困難なことです。

困難なスコープ3の削減 まずSAFの供給から

橘川 大きな課題になりますね。

奥田 石油業界は昨年末にCNに向けたビジョンを改定し、スコープ3での実質ゼロにもチャレンジすることにしました。具体的な取り組みがe―フューエルであり、SAF(再生航空燃料)です。これらを開発して市場に提供しなければ、世の中は変わらない。そういう強い使命感で取り組んでいます。e―フューエルは30年代前半までの商用化を目標にし、SAFは25年頃からの国内製造・供給開始を目指して既に製造プラントへの投資が行われています。

 一方、早川さんが指摘されたように、エネルギー供給で多様な道筋を残すことも大切だと考えています。EV化の大きな流れは変わらないと思いますが、経産省の報告によると、50年の時点でも走行している車の約半分は内燃機関車です。われわれは、ガソリンや軽油を引き続き、できるだけCNな形で供給していかなければなりません。

橘川 CNというと、急速に電化が進んで、車が全てEVに置き換わるような印象が世間にはあります。しかし、決してそうはならないことが知られていません。

早川 供給側の論理で将来の姿を考えるべきではないと思っています。健全な競争環境の中でお客さまに選んでいただくことで、生き残っていくものと考えています。仮に選択肢を電気エネルギーだけに限定し、そのために全ての社会インフラを作り直したとすると、環境的には良いのかもしれないが、お客さまとしてはコスト増により経済活動が成り立たなくなり、ひいては産業がますます海外に流れていってしまうリスクもある。一番肝心な日本経済の活性化が成り立たなくなる。

橘川 奥田さんがスコープ3の排出削減に力を入れると言われましたが、たとえe―フューエル、e―メタンが普及しても、この部分でのCO2排出は残ります。

奥田 スコープ3を完全にゼロにすることは不可能です。そのことを前提にCCS(CO2回収・貯留)などを活用する、新しい技術を開発する、あるいはカウント(CO2排出量算定)ルールの制度を整えるなどの必要があります。

 e―フューエルの場合、非常に心強く思っているのは、各国で開発が進んで世界に仲間がいることです。ただ、米国やEU諸国との違いは、日本にはCO2フリー水素をつくるためのクリーンエネルギーの絶対量が足りないことです。

 では、どうするか。オーストラリアなどで太陽光発電を使って水素をつくることになる。すると、カウントルールが重要になります。本当は国際ルールにすべきですが、米国、EUは積極的ではないと思います。そうなると、国同士が話し合って、2国間でルールを決めていかなければならない。その戦略を国にきちんと考えていただき、ルールをつくっていただくことが大切になると思います。

橘川 日本にはクリーン開発メカニズム(CDM)という2国間クレジット制度があります。ただ、ほとんどが発展途上国向きで、合成燃料の製造とCCSの可能性も含めると米国、オーストラリア、マレーシアなどと2国間クレジット制度の仕組みを作らなければならなくなる。

早川 奥田さんが言われたように、いきなり国際ルールにするのは難しい。まずは、民間がプロジェクトを進めながら、それを通じて2国間で交渉し実績を積み上げていくことが現実的だと思います。

 例えば米国で進んでいるキャメロンLNG基地でのe―メタン製造のプロジェクトでは、米国で排出計上済みのCO2を使用するため、e―メタン利用時の排出をゼロカウントとすることは合理的と考えられます。

 まずは民間ベースでこれを合意した上で、それを基に国での二国間交渉に入るようにする。そういうことを積み上げていくことが必要でしょう。

奥田 同感です。いきなり国際ルールにするのはかなり難しい。まず民間で先方とプロジェクトを進め、その実績を積み上げていったうえで国に乗り出してもらう。そういうステップを踏んでいくことが現実的であると思います。

橘川 一方、合成燃料の製造では再エネでつくるグリーン水素が欠かせませんが、普及が進むと量が足りなくなる。化石燃料由来のブルー水素を使わざるを得なくなります。するとCCS、CCUS(CO2回収・利用・貯蔵)が普及の鍵を握ることになります。

 JX石油開発は米テキサス州で石炭火力から排出されるCO2を回収して、生産量が落ちた油田に圧入するCCUSのプロジェクトを進めています。これは世界最大規模のCCUSプロジェクトです。

【特集2】欧州事情に見る合成燃料の行方 投資を呼び込む仕組みが必要


脱炭素化に向けて議論をリードしてきた欧州のエネルギー施策が変わってきた。日本においてはこれらを検証し現実に即した方法を見極める必要がある。

橋﨑克雄/エネルギー総合工学研究所プロジェクト試験研究部 部長

2050年のカーボンニュートラル(CN)実現の議論を先導してきた欧州。エネルギー転換部門(発電)からの石炭撤廃、再生可能エネルギー電源の導入、水素主力のCO2フリー燃料の活用、EVの普及と、転換を進めてきた。ドイツが国家水素戦略を20年6月に発表して以来、欧州各所でグリーン水素へ燃料転換を進めようと液体水素などを利用した各種デモンストレーションも大々的に行われた。しかし、昨今のエネルギー転換策は、エネルギートランジション時期(移行期)に合致したより現実的な施策になってきた感がある。

これらのCO2削減対策の一つに21年7月に欧州委員会(EC)より乗用車や小型商用車の新車によるCO2排出量を35年までにゼロにする規制案の発表があった。欧州議会(EP)も22年10月に欧州自動車団体の猛反発にあいながらも26年に見直す旨を追記することでEU加盟国といったんは合意した。

内燃機関の販売継続 既存インフラとの融合政策

ところが今年2月に自動車を基幹産業とするドイツ、イタリアなどがCO2排出をゼロとみなせる合成燃料の一つ、e―フューエルの利用に限り販売を認めるべきだと主張し、35年の内燃機関車の新車販売を禁止する方針は事実上撤回された。

これには、ECが25年7月からの施行を目指している欧州での乗用車の次期自動車環境規制「Euro7」が、実質エンジン車を排除するような非常に厳しい法案であったことも少なからずとも影響したと思われる。

日本でも21年6月の「グリーン成長戦略」には、「35年までに新車販売でEV100%(ハイブリット車を含む)を実現する」旨が明記されているが、合成燃料はハイブリット車にも使えるため、その開発に対する意義は揺るぐものではないだろう。ハイブリット車の方が燃費の向上とともに、搭載燃料量が少なくなるため、高いといわれる合成燃料の受容性は高くなるとみられる。

同じような展開は、CO2排出削減の困難な船舶・航空分野にも見られる。昨今、船舶分野では農業残渣や都市ごみなどを原料としたバイオメタノール(グリーンメタノール)、航空分野でも同様の原料を用いて製造したSAF(再生航空燃料)が注目されている。いずれもCNな炭化水素系燃料で、現有インフラを活用可能であり、早期に社会実装が可能な燃料だ。

技術成熟度レベル(TRL)も高い。デンマークの海運大手マークスは、すでにCNなメタノール燃料を使う船を19隻発注し、40年には温室効果ガス排出量実質ゼロを目指している。航空分野でも多くの航空会社が、50年実質排出量ゼロを宣言しており、すでに国際認証機関であるATSMインターナショナルの規格「ASTMD7556」に適合したSAFをドロップイン(上限50%で混合した)した燃料で航空機の実飛行も行われている。

さらに、都市ガス代替ガスについてもe―メタンやバイオガス(バイオメタン)の導入が注目されており、現有インフラを活用できる点が社会実装する上で重要な判断要素になっていると思われる。

エネルギーセキュリティーの確保は、資源の無い日本にとって最も重要な生命線だ。このような移行期の場面で重要なのは、最終目標を目指した開発だけを行うのではなく、現在のインフラと目指すべきインフラとのギャップを埋め合わせる技術開発である。あわよくば、今ある技術、あるいはその延長線上の技術で、どこまで最終目標に近づけられるかを考えることこそが社会実装への近道ではないか。その意味で、前述した各種合成燃料製造に必要な技術は「古くて新しい技術」ばかりだ。

大量の再エネが必要 セキュリティー確保に向けて

合成燃料の製造方法フローを左の図に示す。発酵、ガス化、熱分解、水素化処理、メタネーション、FT(触媒反応)合成、メタノール合成、水電解などの技術は、多くの開発がすでに行われている。これら技術を社会実装する上での最大の課題は、代替エネルギーという観点から規模感(量)と経済性であろう。日本の一次エネルギー(化石燃料)消費量は約1万9000PJ(ペタジュール)である。CNな合成燃料にその一部を担わせるとしても、相当量の再エネとバイオ燃料源の確保が必要だ。その解決策の一つとして、日本では、都市ごみの積極的利用や安価な海外再エネの活用が望まれるところだ。

経済性を持たせるためには、既存エネルギーに対する環境価値をお金に換算し導入しやすくさせる施策、例えば、欧州で取り組みが進む炭素排出量取引(ETS)、炭素差額決済契約(CCfD)、さらには炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入、米国のインフレ削減法(IRCセクション45Q)による税制控除のような設備導入支援策が必要であろう。

その効果は多くのスタートアップ企業の出現や産業間連携プロジェクト数の増加に見ることができる。ESG投資も増えている。惜しむらくは、この類の海外投資家による国内投資はほぼ聞かれず、国内企業の海外投資ばかりだ。日本のエネルギーセキュリティー確保に向け、日本独自の移行期にマッチした必要技術を見極め、国内投資を促進するためにも欧米のような仕組み作りが早急に望まれる。

合成燃料の製造方法のフロー図

はしざき・かつお 九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学博士課程修了(工学博士)。2021年三菱重工業からエネルギー総合工学研究所に移籍。専門は、火力発電、CCUS、水素・水電解、リチウム二次電池、化学プロセス。

【特集2】SAFを新方式で大規模生産 30年に50万㎘を供給へ


出光興産

「2030年までに当社国内の事業拠点で年間50万㎘のSAF(再生航空燃料)の生産体制を整えておきたい」。出光興産CNX戦略室の大沼安志バイオ・合成燃料事業課長は話す。

出光がSAFを生産する手法は、原料となるエタノールからジェット燃料を作り出す「ATJ(アルコールtoジェット)」プロセスを利用するもの。グリーンイノベーション基金(GI基金)を活用し、千葉事業所で実証生産設備(1号基)を構築して26年4月からまずは年間10万㎘を生産する計画だ。その後、千葉以外も含めた国内事業所に2号基、3号基の生産設備を構築し、30年につなげる。

廃食油由来や油脂由来など、SAFを生産する仕組みはいくつか存在するが、出光ではまずATJ方式を採用する。ATJとは、エタノールを脱水・重合化して製品を生産する工程のことだ。事業所で培った石油化学原料重合のノウハウを活用して生産する。貯蔵・輸送時において製油所内のタンク、桟橋などの既存インフラを有効に活用できる利点がある。またフィードストック(原料確保)の面でもこの方式は優位だという。

「10万㎘のSAFを生産するためには約18万㎘のエタノールが必要になり、これをブラジルなどの海外から調達する予定だ。こうしたATJプロセスの大規模生産は世界初となる」(大沼さん)。2号基以降の生産方式についても、今後決定していく。

CNXセンター化構想 北海道で合成燃料生産に期待

一方、CO2や水素を活用して人工的に作る合成燃料の取り組みはどうか。出光では「CNXセンター化」構想を掲げている。自社の事業拠点である北海道(北海道製油所)、関東(千葉事業所、京浜製油所)、中部(愛知事業所、四日市製油所)、中国(徳山事業所、山口製油所)の各地の特性や需要を生かしたカーボンニュートラル戦略を実行する構想だ。

SAFに加えて中国ではアンモニア、中部や関東では水素のサプライチェーンの構築などを目指している。そうした中、北海道で生産の可能性が見出されているのがe―フューエルなどの合成燃料だ。

北海道では再エネ導入のポテンシャルが多分にあり、グリーン水素の生産・活用に期待がかかっている。なおかつ、道内の苫小牧はCCS(CO2回収・貯留)の拠点である。近くには北海道電力の苫東厚真石炭火力発電所も存在する。「CCSのようにCO2を海底に埋めるだけではなく、合成燃料向けのCO2を、他社と連携した利用を計画中。30年よりも早く生産し、CN燃料として供給したい」(同課の鹿野祐介さん)

ただ、北海道での自社生産に先駆けて、「製品燃料」として海外から調達する計画も立てている。出光は、主に南米・北米・豪州で合成燃料を製造するチリのHIF社と連携し、現在、「海外プロジェクトからの合成燃料調達と日本国内への供給」「国内外における合成燃料製造設備への共同出資」「日本国内で回収したCO2の国際輸送と活用」―を協議中だ。いずれにせよ、これまで身近に存在していた液体燃料を取り巻く環境が、2020年代後半以降には生産方式含め大きく変わる。

チリHIF社の合成燃料

【特集2】米国発の次世代エネルギーに挑む 全てがそろうキャメロン事業


三菱商事】

東日本大震災以降、シェールガス導入という、日本のLNG調達に大きな役割を果たした米国キャメロンプロジェクト。そんなプロジェクトを、今後の日本のカーボンニュートラル(CN)時代を支える「次世代型エネルギー資源」の供給源へ進化させようと、三菱商事が、東京ガス、大阪ガス、東邦ガスと連携しながら奔走している。挑む新資源は「e―メタン」だ。2030年に世界に先駆けて日本への導入を目指している。

なぜキャメロンか―。三菱商事次世代エネルギー部門水素事業開発室の嶋田大士統括マネージャーは次のように説明する。「ルイジアナ州・キャメロンの西に位置するテキサス州は再エネの発電量が全米一で、さらなる再エネ導入とともにクリーンな水素の製造が期待できる。加えて原油増進回収(EOR)向けにCO2導管が整備され、かつ両州はアメリカの工業地帯であり大気放散されているCO2を原料として活用できるポテンシャルもある。また、e―メタンをLNGとして出荷する既存設備も利用可能」。つまり、e―メタン開発に必要なピースが全てそろっている。一連の設備は比較的新しく、50年のCNを目指す上で、e―メタンのサプライチェーンを構築するには最適地なのだ。

かつ拡張性もある。都市ガス3社の供給量の1%相当の年間1億

8000万N㎥の生産を目指すが、さらに増やすことも可能だという。

一方、水素やCO2は、現状では多くのプレイヤーが自由に売買可能なマーケットが存在する商材ではないことから、多様なポートフォリオを考えて水素やCO2を調達し、e―メタンを生産する計画だ。「e―メタンが世界中に広がるためのモデルとなるよう、ポートフォリオを構築したい」(同)

キャメロンが1号案件へ まずは値差支援が必要

実際の運搬は、物理的に天然ガスとe―メタンを分別して運ぶわけではない。天然ガス・LNGの既存インフラに混入されるe―メタンの数量や環境価値を示す「証書」を発行し、LNGとともに受け渡す想定だ。ただ、証書作りには国内外の多様な関係者の協力が不可欠だ。まず現地で生産したe―メタンに米国で証書を発行し、さらに日本で利用する際にその証書を元にCO2排出量がゼロと認定される必要がある。こうした国際的な仕組みは未整備で、日本、および調達先の国々がウィンウィンとなるような環境整備に向け、今議論を深めているところだ。

当然ながら、一連のプロジェクトには多大な費用が掛かる。「e―メタンと現在の都市ガスの値差をカバーし製造者と最終ユーザーの双方を支援する仕組みが必要。いずれにせよ、国とわれわれ民間企業が連携して課題をクリアする必要がある。そうした取り組みを踏まえ、このキャメロンからのe―メタンを第1号案件として世界に先駆けて日本に導入し、合成燃料全体の普及に寄与したい」(同)

日本が世界で初めてアラスカからLNGを調達して本格的な商業利用が始まったのは1969年のこと。その際、黒子として支えたのは三菱商事だ。50年以上を経て、再び新しい資源の調達に同社は大きな役割を果たす。

キャメロンの出荷設備基地