【特集2】求められる情報災害への備え


福島に生まれ、この地と縁の深い開沼博准教授は、震災後の被災地の姿を見続けている。これまでの10年を振り返りながら、今後の「東北」について寄稿した。

【特別寄稿】開沼 博 /立命館大学准教授

この10年を振り返れば、後悔することは無数にある。とはいえ、10年前のあの当時には全く見通せなかった未来の姿が、いまそれなりに見えてきているのも事実であり、その点では達成感が全くないわけではない。

3・11直後は、とにかく目の前で起こっていることを書き残すことに注力していた。被災地を回っては、そこで知ったことを雑誌や書籍に手当たり次第に記述していた。その後3年、4年と時間が経つと、何が起こっているのか、状況がだいぶ見えてきた。統計資料を集め、現場でのフィールドワークを改めて行い、全体像を俯瞰的に捉える作業を行うようになった。拙著『はじめての福島学』(15年)、『福島第一原発廃炉図鑑』(16年)はその一つの成果物だった。その頃には既に3・11の多くの問題が明確になった。当初は「何が分からないかが分からない」状態だったところから「何が分からないかは分かる」状態に変化していった。これは大きな前進だった。

未来を探る活動が活発化 得られた重要な教訓

住民の多くも、単なる受動的な被災者ではなく、日常に戻っていた。自ら能動的に未来を探る活動に関与する動きが活発になってきた。そこからは、旧避難地域で開催され続けている最大規模の住民参加型イベント「福島第一廃炉国際フォーラム」のプロデュースをはじめ、住民との対話や事実共有の機会の創出に関わり、また大学教育の中での被災地訪問、地元高校での学びの機会の提供なども継続的に行ってきた。災害科学科ができた宮城県多賀城高等学校、休校になった避難地域内の高校の伝統を受け継ぎ新設された福島県立ふたば未来学園高等学校などには何度も訪問する機会をもらうようになり、行くたびに生徒の変化と教員の熱心さを感じた。

昨夏、青森から、東北と関東をわける勿来の関を超えるところまで、車で沿岸部を走った。いまも復興工事が続く部分もある一方、新たな街や道路、防潮堤などが整備され、よくここまできたなと思わされる。三陸道や常磐道の一部はこの10年に復興の文脈の中で開通した。道路に限らず、10年前にはなかった人の交流の基盤が整えられてきているのを感じる。

10年の「節目」がいかなる意味を持つかとの問いには、私は個々の「記憶・記録が一塊の歴史に変わっていくタイミングだ」と言ってきた。あの時の経験は、そこに関わった人、あるいは遠くからそれを眺めていた人にとっても衝撃的で、多くの教訓を残せたはずだ。しかし、その教訓が広く共有されているとは言えないのではないか。

例えば、福島県では地震・津波で亡くなった人が1600人ほどであるのに対して、避難の過程・長期化の中で亡くなった人=震災関連死は2300人を超える。つまり、「災害から身を守るためには避難が必要だ」という常識的感覚に反する現実が立ち現れている。

これは重要な教訓だ。例えば、数十年内に高確率で起こると言われている首都直下地震、南海トラフ地震の際には、3・11よりも大量の避難者が発生することが想定される。人が集住する地域の被害が大きければ、避難の完了までに大きな混乱が生じ、十分な住居の確保にも時間がかかって避難期間が長期化する可能性もある。その時に、単に「みんなで避難所に行きましょう」と備えるだけでは解決されないさまざまな問題が生じるだろう。

だが、人命に関わるこの単純で、最も重要な教訓がどれだけ広く共有されているのだろうか。実際に身の回りに震災関連死をした人がいるような個々人の経験を超えて、この事実を歴史に残すことを私たちは10年のうちにはできてこなかった。達成してきたことを振り返り、何を歴史に残していくべきか、いま改めて考える必要がある。

高まる利便性と高まるリスク 冷静な議論で対「情報災害」

これは当然、エネルギーの問題についても当てはまることだろう。電力自由化、FIT(固定価格買い取り制度)の導入による再生可能エネルギーの拡大、北海道胆振東部地震や一昨年の台風19号をはじめとする災害による大規模停電。激動の10年間の中での経験をどれだけ業界内、あるいは広くエネルギー消費者の中で共有すべき歴史として残すことができてきたのか。それぞれが顧みるべきことは少なからずあるだろう。

そんな東北の10年を振り返りながら、これからの10年を迎えるにあたり何が必要か。これもまた多様な答えがあり得るが「情報災害」への対応力は意識されるべきだ。現代の災害・社会的危機は、物理的な災害そのもののみならず、災害に付随する情報の混乱への対応も、私たちに負担を掛けてくる。後者は情報災害と呼べる。ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックは、自然が生み出すリスクとは別に、科学技術など人間自身が作り出したものが生み出すリスクが存在すること、そして、後者が人類を脅かすようになっていることを論じた。例えば、原発事故、薬害、金融危機などはその代表例だ。

ここで重要なのは、人類の生活が便利になるにしたがい、そのリスクも高まるということだ。コロナ禍はもちろん自然のリスクたる感染症であるが、これがグローバル化の進展による人の移動や情報化の中でのニセ科学・陰謀論などの流布と結びつくことでより制御しにくくなっていることは、まさにいま起こっていることだろう。

そもそも、東北は情報の受発信に弱い地域だった。それを最も象徴するのがインバウンドの実績だ。コロナ禍の前までだが、日本を訪れたインバウンド観光客のうち、東北地方に訪問・宿泊する人はどのくらいいたか。観光庁発表の東北6県の外国人延べ宿泊者数によれば、その割合は1・5%だ。日本地図の中で占める東北の面積と見比べればあまりにも小さな数値だ。もちろん努力をしてこなかったわけでも、魅力がないわけでもない。でも、その努力・魅力はほかの地域でも各々積み重ねてきたものでもあった。その情報の受発信の競争の中で東北は圧倒的に負けてきたという事実は重い。そして、当然、3・11による国際的なイメージの悪化がこの数字の伸び悩みの一因となっていることも改めて言うまでもない。 3・11により、風評被害の問題にとどまらない情報の混乱はいまも続き、本来なされるべき客観的かつ冷静な議論が進まず、いまに至っている側面がある。エネルギーを巡る国民的議論もそこに含まれる。いくら被災地で表面的に建物、インフラが整備されたとしても、情報災害の爪痕はまだまだ残っている。自然災害への対応力を高めるべくエネルギーの安定供給の体制はさまざまに整えられてきただろうが、情報災害への対応力を高める取り組みに見えるものは少ない。いまに至る3・11後の情報災害の爪痕を、情報受発信の力に劣る東北が跳ね返す拠点になれば、それは大きな成果なのではないだろうか。




かいぬま・ひろし 福島県生まれ。 東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。 現在、立命館大学准教授。著書に『日本の盲点』『福島第一原発廃炉図鑑』『はじめての福島学』『漂白される社会』ほか。

【特集2】7年越しの相馬プロジェクト 電気とガスの一大拠点に


石油資源開発と福島ガス発電が参画する相馬プロジェクト。LNG基地からは仙台広域圏へ天然ガスを供給。発電所は独自のトーリング方式で営業運転を始めている。

東日本大震災発生時、石油資源開発(JAPEX)が操業する新潟―仙台間(総延長約260㎞)のガスパイプラインが供給停止に追い込まれるような被害は受けなかった。だが、日本海側のガス田やLNG受入基地に加え、太平洋側にLNG基地を構えることで、天然ガスの供給安定性向上、特に仙台広域圏を中心とする太平洋側のパイプライン沿線の需要増などに対応できる強靭なインフラ構築が必要と考えたという。

基地を建設した相馬港は津波の影響を大きく受けた地点。ここに新たなエネルギー拠点を築き復興の起爆剤にしたいと期待する国や県の支援を受け、計画は始まった。

建設過程を振り返り、石井美孝電力事業本部長はこう話す。「LNGタンクは基地全体の工期短縮を図るため、LNGタンクでは従来工法に比べ、工期を10カ月短縮できるジャッキクライミングメソッド(JCM)工法を採用。発電設備では、実績がある形式に最新の要素技術を加えて高い発電効率を実現しました。いずれも経験のない当社なりの最短で確実な建設を意図したもので、結果として、いずれも当初の計画通りに完成し運用を開始できました」

新パイプラインが開通 仙台圏や沿線の地域活性へ

ガス供給面では、既存のパイプラインと接続する相馬・岩間間パイプライン(総延長約40㎞)が開通。仙台圏への安定供給を実現するとともに、沿線にある工場などへの供給が始まった。

発電所は運用会社の福島ガス発電(FGP)を15年に設立。JAPEXを含む5社が事業パートナーとして参画した。同社がユニークなのは、独自のトーリング方式というスキームを採用した点だ。出資各社が必要な電力量に応じたLNGをFGPに引き渡し、FGPはLNGに相当する電力に変換し引き渡す。複雑な運用と思われるが、「立ち上げ前にさまざまなルール設計をしっかり実施した結果、トラブルもなく運用できている」(石井本部長)。 発電所は営業運転開始から半年が経過する。注力しているのはコロナ禍においても安定的に稼働させること。これまで作業員から新型コロナウイルスの感染者は一人も出ていない。今後も細心の注意を払っていく構えだ。

【特集2】LNGインフラと連携 災害に強い街づくり


災害に強い街づくりが進む福島県新地町。近隣のLNGインフラと連携したスマートシティが実現している。

福島県の浜通り北端に位置する新地町は、津波で町面積の5分の1が浸水するなど大きな被害を受けた。復興事業は、住まいの再建事業から始められ、その後、津波で消失後に移設する新地駅周辺の市街地整備事業を軸とした「環境と暮らしの未来(希望)が見えるまち」づくりを目指してきた。その中核が、エネルギーの地産地消と災害に強い持続可能な街づくりを目指す「新地町スマートコミュニティ事業」だ。

新地町は、震災後に国の「環境未来都市」に選定され国立環境研究所と協定を結ぶなど、環境に配慮した新たな街づくりについて検討してきた。その過程で、相馬港からのガスパイプラインが近接する立地を生かしたエネルギー事業について、民間を含めた産官学連携で検討。それに基づき、高台移転したJR新地駅の再開とホテル・温浴施設などを含む駅周辺の街づくりに合わせて、経済産業省の「スマートコミュニティ事業」を活用し、地域のエネルギー拠点となる新地エネルギーセンターが整備された。

2019年春から地域に熱と電気を供給するエネルギー事業が開始し、20年夏には新地町文化交流センターがオープン。新地駅周辺の環境共生型の復興街づくりが実現している。

相馬基地のインフラ活用 災害に強いエネルギー設備

この事業は、石油資源開発(JAPEX)の相馬LNG基地のインフラを活用し、ガスコージェネレーションや太陽光発電を組み合わせて、電気と熱を対象施設に供給している。また、耐震性に優れるパイプラインやコージェネ、太陽光発電・蓄電池などの自立電源化で災害に強い地域づくりに貢献している。

事業の具体化に際しては、町と民間企業が連携し、18年に新地町と12の民間企業・団体が出資する形で現在エネルギー事業の運営母体でもある「新地スマートエナジー」を設立した。事業の計画から設計・出資に関わっている日本環境技研の安達健一・環境計画部長が言う。

「環境未来都市にふさわしい街づくりを推進する新地町、それからJAPEXなど民間の知見とノウハウ・実行力を加えた体制で進めてきました。この規模の地方都市では見られない、面的エネルギー利用の高効率で自立分散型のシステムによるスマートシティが実現しています」 今後も新たに進出予定である施設園芸農業と連携し、コージェネシステムの排気ガスのCO2回収・植物への育成利用など、エネルギーを軸とした復興街づくりを推進していく計画だ。

【特集2】石炭火力の概念を覆す技術 世界へ東北復興をアピール


高効率石炭火力「IGCC」が営業運転への最終段階だ。福島県内に2カ所新設する発電所から東京に電気を送り、その技術力の高さと東北復興をアピールする。

石炭をガス化して効率的な発電を行う最新鋭のIGCC(石炭ガス化複合発電、54万kW)。東日本大震災や原子力事故からの産業の復興を目的とした福島イノベーション・コースト構想の一つとして、福島県いわき市の勿来IGCCパワーと同広野町の広野IGCCパワーの2カ所で稼働に向けた試運転が進んでいる。

IGCCは、微粉炭を1800℃の高温で熱することで石炭ガスを生成し、そのガスを燃焼してガスタービンで発電する。さらに、その際にできた600℃の排熱を排熱回収ボイラーに送り蒸気を発生させ、蒸気タービンで発電する。二つのタービンを組み合わせたコンバインドサイクル発電によって48%という高い発電効率が実現する︒2基の発電所は石炭をガス化する際のガス化剤として空気を使用する空気吹きIGCCを採用。開発はパイロットプラント、実証プラント、商用機に至るまで、一貫して福島県内で進められてきた。

脱炭素で必要性高まる 再エネ導入促進に寄与

一方、昨年10月の菅義偉首相のカーボンニュートラル宣言以降、脱炭素に関する取り組みが注目されている。そうした中にあって、勿来IGCCパワーの遠藤聰之副所長はこう強調する。

「今後、再生可能エネルギーの導入を進めていくためにも、バルクでコンスタントに発電できる石炭火力は必要です。国内のエネルギー事情から見て、安定的かつ安価に燃料を調達できる石炭火力の存在は不可欠であり、従来型の石炭火力発電と比較してCO2を削減し、石炭を賢く使い続けることが可能なIGCCは温暖化対策に配慮した発電技術です」

二つの発電所が特徴的なのは、規模や設備、レイアウトなどを同一にすることで設計を共通化している点だ。これにより、「大幅なコスト削減を図っただけでなく、計画で先行する勿来の知見やデータを広野の建設に生かすなど、さまざまな面で効率化を実現しています」(遠藤副所長) 20年7月に定格出力での試運転を実現した勿来のIGCC発電所は現在、営業運転に向けて最終段階を迎えている。3月中旬時点で、東京五輪・パラリンピックは今夏の開催が有力。もし実現すれば、IGCCで作られた福島産の電気が首都圏各地の競技場へも送られる、日本の技術力をアピールする絶好の機会となりそうだ。

建設中の広野IGCCパワー

【特集2】発電所の燃料需要増に対応 東日本を支える供給拠点


国際バルク戦略港湾に指定された福島・小名浜港。広野・勿来両火力で進むIGCCへの燃料供給、さらには次世代エネルギーの拠点として整備が進む。

東日本大震災で福島県の小名浜港は、震度6強の地震と高さ5・4mの津波に襲われた。その結果、大型クレーンの倒壊や、地盤の沈下、コンテナの流出、漁船が陸地に乗り上げるなど、計137の港湾設備が被害を受けたという。こうした背景もあり、小名浜港では「災害に強い港づくり」に向けた取り組みを行っている。

福島県小名浜港湾建設事務所の箱﨑寿文次長は、「災害対応に向けた取り組みは震災以前から行ってきました。特に、石炭などの荷揚げを行う5号ふ頭では、揺れや液状化に強い耐震強化岸壁を採用したことで、震災時も港湾機能を維持することができました。現在整備を進めている東港地区のふ頭も耐震岸壁を採用するなど、ハード・ソフトの両面で災害対策を進めています」と説明する。

IGCCの需要増に対応 供用しながらの難工事

小名浜港では震災からの復旧という難題に加え、港の南北に位置する広野発電所と勿来発電所の稼働率が高まったことで、港湾で取り扱う石炭の量が増加。世界的に船舶が大型化したことで接岸できる岸壁が足りず、接岸を待つ貨物船舶が沖合に停泊する問題が慢性的に生じていた。

このため小名浜港は13年に大型船による大量輸入を行える特定貨物輸入拠点港湾に指定され、かねて進められていた港内の人工島・東港地区の整備が本格化、この工事に際しては多くの苦労があった。

東港地区が急ピッチで進む中、広野・勿来の両火力で次世代型石炭火力、石炭ガス化複合発電(IGCC)建設が決定。石炭需要の大幅増に対応するためにも、東港地区全体の整備が完了する前にヤードを供用させる必要があった。箱崎次長は「勿来IGCCの試運転に合わせて一部設備を供用するため、発電事業者とも調整をしながら工事を進めました。設備を前倒しして運用することを前提に工程を考えるなど、通常と比べて特殊な工事でした」と話す。

19年12月には供用設備が完成し、20年3月には石炭船の受け入れと野積場の使用、勿来発電所へのトラック輸送が始まった。現在は、広野IGCCに向けて内航船が着岸できるようヤードの整備を行っており、22年3月には東港地区の整備が完了する予定だ。こうした設備ができることで、石炭取扱量は約1000万t(19年実績)から、約1500万~1600万tまで増強できるという。

また国土交通省はアンモニアや水素を取り扱う「カーボンニュートラルポート」の検討港に小名浜港を指定している。港の今後について箱崎次長は「中長期的には石炭のみではなく、水素やアンモニアなどの新しい燃料にも取り組みたい」と語った。 これまでもこれからも、小名浜港が果たす役割は大きそうだ。

【特集2】独自にインフラ強化推進 LPガス式非発を開発・販売


災害の度に存在が注目される分散型エネルギー、LPガス。震災後、岩谷産業ではインフラ機能の強化を推進。独自基準に基づく「基幹センター」整備に取り組んだ。

現在、国が定める「LPガス中核充填基地」の原点になったといえるのが、岩谷産業によるLPガスの三次基地『LPG基幹センター』の設計思想だ。岩谷は震災を契機に、災害にも強い充填基地について、全国に先駆けて独自に整備。非常用発電設備(非発)の導入、衛星電話の設置、タンク類の耐震強化など独自基準で充填基地の強靭化を進めてきた。現在、同社が保有する全国のLPGセンターのうち53カ所を基幹センターとして整備を完了した。

この整備の端緒ともなった充填基地が被災の地、仙台市にある。当時、仙台支店でマルヰガス・石油部の職にあった伊藤友一さん(現・マルヰガス部担当部長)は当時をこう振り返る。「仙台センターには運良く重油式の非発が設置されていて、震災時でも稼働しました。これで安定的にLPガスを供給できると思いました。日頃から非発をしっかりと管理しておいて本当に良かった」

輸入基地からのLPガス調達に多少の時間はかかったものの、それでも震災2日後にはLPガスの供給を再開。充填基地にタクシーが列を成した光景は今でも覚えているそうだ。そんな仙台で得られた経験を基に、社内で生まれた発想が「基幹センター化」だった。

もう一つの教訓 燃料多様化の非発

教訓はもう一つある。それは「非発の多燃料化」だった。それまで「非発燃料=石油」が一般的だったが、災害に強いLPガスも燃料に加えよう―。そんなアイデアから生まれたのがLPガス式の非発だった。メーカーのデンヨー社と共同開発に着手し、2012年には販売を開始した。岩谷の「マルヰ会」などを含めた販売組織によって、19年度までに1000台以上を販売した。医療や介護施設を中心に導入提案しており、施設運用のBCP(事業継続計画)を支えるアイテムとして活躍中だ。

そんな岩谷では基幹センターのレジリエンス強化を推進中だ。19年秋に東日本を襲った台風被害では、河川の氾濫で水害を受けた基地もあった。「自治体公開のハザードマップを見比べながら浸水が想定されるセンターを割り出し、非発のかさ上げを進めました。加えて高性能のカメラを設置して遠隔監視する『次世代保安システム』を21年度より全センターに導入を計画しています」(同) さまざまな災害を教訓に、継続的なレジリエンス対策によってLPガスの安定供給を支えていく。

震災後開発したLPガス式の非常用発電設備の画像

【特集2】写真で振り返る 被災設備の復旧と復興


東北エリアの太平洋岸全域を襲った巨大津波。震災からの早期復旧と復興がエネルギー事業者に課せられた使命だった。原子力、火力、再エネなど被災地に点在するエネルギー施設・設備の模様を写真で振り返る。

【原子力】安全性を維持した東北電力の女川原子力発電所。大きな被害を受けたものの「正常停止」を果たし、「避難所」として機能した。




【上】女川原子力発電所は津波の被害を受けたが、原子炉を「止める」「冷やす」、そして放射性物質を「閉じ込める」機能は正常に機能した。
【左下】火災によって被害を受けた原子力発電所内の高圧電源盤。所内の機器に電気を送る設備だ。自衛消防隊を組織して消火した。
【右下】地域の人々を避難所として活用した原子力発電所内の体育館。

【火力】災害乗り越え早期復旧を果たす――。大型火力が立ち並ぶ電源銀座、福島県では、東北電力や東京電力は安定供給を果たすべく、災害からの早期復旧に注力した。


【上】広野火力は夏場の供給力確保に間に合わせるべく、驚異的なスピードで復旧を成し遂げた。この広野と常磐共同火力では、現在、次世代型石炭火力「IGCC」の本格運転が始まろうとしている。
【左下】広野火力の発電所内は津波で車が押し流された。
【右下】中央奥は常磐共同火力。一面が津波も被害を受けた。

再エネとエコキュートの親和性 LPガス事業者との摩擦超えて


【私の経営論(2)】比嘉直人/ネクステムズ社長

「不退転の覚悟で取り組みます」。事業の成り行きを見守り心配する方々に当時幾度も使った言葉。不安がる表現には良薬だった。

ベンチャー企業の小さな舟は5人のメンバーでこぎ出していた。制度としての担保がない事業に私の未来構想を信じ、協力してくれる仲間。仕事きっちりGさん、知識量豊富なうっかりT氏、緻密作業のインテリK氏、体力抜群パソコン苦手のN氏、こんなチーム力が試される抜群に頼もしい面々だ。

折しも国内では電力自由化が始まり、ERAB(エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス)に注目が集まり、VPP(仮想発電所)実証事業が次々と開始されていた。まさに社会変革の大きな荒波に思えた。

余剰再エネの有効利用 CM効果ゼロの悪夢

沖縄地域では電力需要の約7割が民生用電力需要であり、産業用は発達していない。需給一体で監視制御を望むのであれば住宅家電を対象機器とするほかない。しかしERABやVPPが目指す着地点とは別ものになると感じていた。一方、これだけ壮大な予算で大企業が連なる大きな事業。家電の監視制御や制度くらい誰か、明確な解を持っているのではと考えた。

そこで各省庁や大学、企業などを次々に訪問して宮古島の構想を話して、どのような着地点が得られるかを模索した。だが現実は甘くない。訪問先では各々が抱える課題を地域特性や技術水準、あるいは立場などで、必死に考えている姿がそこにあったが、われわれと同様な構想を抱く方にはやすやすとたどり着けなかった。

制度的な担保を欲しがる私に、信頼する大学の先生は「実証予算があるので一番良いと思うものを実現する方が早い。実現したものは否定できないから」。的確な助言を頂き「そうか、議論するより証明してみせよう」。決心した。

住宅家電負荷の中で遠隔から直接的な監視制御を行う対象機器の選定に入った。宮古島でも太陽光発電はFIT制度で導入が進んでいて、既に出力変動問題が顕在化していた。そのため、まずは余剰電力の吸収として、廉価なエコキュートのみを普及することが最も望ましいと考えた。

宮古島実証事業は沖縄県が市に委託した事業であるため取得した知財を県に帰属させることが契約要件になっていた。普及モデルを確立するためには持続的な機器調達が必須であり、特殊仕様の機器では耐えられない。そのためほかの事業者も容易に取り組めることが必要と考えた。そこで県や市に同意を得て、知財を押さえず事業成果の全容を公開することにした。

VPP事業者連絡会議(みゃーく会議)という会合も主催して積極的に成果を共有した。全てをさらけ出して裸同然であったため、当初、不完全な普及モデルは、応援する方々から矢のように鋭い指摘を浴びることになった。

VPP事業者連絡会議の様子

【特集3】座談会 エネルギー大転換時代の息吹 需要拡大で水素化の道開く


エネファーム、燃料電池自動車などから始まった水素利用。最近では火力発電利用、電力系統への需給調整、再エネ由来の水素製造などあらゆるドメインで本格利用・製造する動きが進む。各界のキーマンが展望を語り合った。

【司会】山根一眞/ノンフィクション作家

【出席者】

古谷博秀/産業技術総合研究所・福島再生可能エネルギー研究所 研究センター長

矢田部隆志/東京電力ホールディングス 技術戦略ユニット技術統括室・プロデューサー

山根史之/東芝エネルギーシステムズ 水素エネルギー事業統括部・事業開発部P2G事業開発グループ マネジャー

司会 私は1990年代から水素、水素と広言してきて、2005年の愛知万博では、プロデューサーを務めた愛知県館で水素時代を訴える出展をしているんです。あれから15年。やっと水素時代の形が見えてきたなと感じています。まず、皆さんがいま取り組んでいる水素について紹介してください。

山根一眞・ノンフィクション作家

古谷 福島県郡山市に福島再生可能エネルギー研究所というのがありまして、そこで研究センター長をしています。ご承知の通り、再エネは出力が変動しますので、有効に使うにはエネルギーのストレージ技術が鍵を握ります。蓄電技術については各社皆さんが開発を進めていますが、われわれはその先の利用形態となるストレージ技術としての水素、キャリアとしての水素、あるいはどうやって再エネから水素へと変換していくか。そんな研究を進めています。水素だけですとどうしてもかさばってしまいます。ですので有機系の触媒(MCH=メチルシクロヘキサン)を利用するなど、いろいろと工夫する必要があります。

 最近では、MCHを使ったエンジンであったり、純水素型のエンジンなどの開発や、世界であまり例がありませんが再エネ由来の水素から有効にアンモニアを製造するプラントなども作っています。

山根 当社ではNEDOの委託事業として、福島県浪江町で太陽光発電(2万kW)を使った水素製造を昨年から実証しています。再エネ由来の水素製造、パワー・ツー・ガスプラントとしては世界最大級の規模です。この実証設備を電力系統に接続。ある時は電力系統への電力需給の調整力(DR)を提供、ある時は水素の製造・供給と、水素のいろいろな活用方法を探っています。

 当社や東北電力さん、東北電力ネットワークさんに加え、再エネから電気を作る電解装置(1万kW規模)を手掛ける旭化成さん、作った水素を貯蔵し輸送する岩谷産業さんなど、日本の水素銘柄としてはトップクラスの陣営で実証を進めています。私はこの実証の取りまとめ役をしています。

司会 その実証は、単に電力設備を作るといった取り組みとは全く異なりますよね。全体をまとめる総合的なエンジニアリング技術が必要になり、苦労が多いでしょう。

山根 おっしゃる通りです。例えば旭化成さんは化学メーカーですが、当社東芝は電機メーカーです。設備を設計するに当たっての共通言語や設計思想が大きく異なるのです。

矢田部 その辺の苦労は分かりますね。東芝さんも電力会社も交流で送電する、つまり電流をいかに減らし、いかに電圧を高くして電気を送るビジネスです。電流を増やすとその分抵抗が増えますので。 一方、電力会社の感覚からすると想像できませんが、化学メーカーさんは、電圧は1ボルト、電流は1000アンペアと、大容量の電流で、電解膜一枚一枚の触媒がどう反応し、反応効率を高めるか。視点が全然違うのです。

司会 水素の時代が来るといわれていますが、なるほど、異分野の断絶があるわけですね。新しいビジネスを生み出すにはそうした異なる世界を結ぶ円滑なコミュニティーを早く作ることが大事ですね。さて、東電さんは、水素に対してはどう取り組んでいますか。

矢田部 東芝さんは浪江町ですが、当社は山梨県甲府市で実証しています。われわれは県内に1万kWのメガソーラーを保有しているので再エネの出力変動分を水素で吸収できるかどうか、地の利を生かして甲府で実証しています。実は、電力会社が水素を手がけるかどうか、昔から議論がありましたが、ここ5年くらいで様変わりしました。以前は化石燃料由来の水素が一般的でした。ところが、再エネ発電が進展し再エネ価格が下落している中、再エネ由来のCO2フリー水素の実用化の可能性が生まれてきました。再エネの電気からガス体エネルギーである水素を作る。われわれはこれを間接電化と呼んでいます。このような再エネ電気の広がりが水素の普及の可能性も広げると考えています。

【特集3】グリーン水素で豪州企業と連携 大規模サプライチェーンを構築へ


岩谷産業は、豪州企業との連携で「グリーン水素」の事業化に向けた検討を開始する。大規模サプライチェーン構築により、水素利活用の社会実装を目指していく構えだ。

岩谷産業が、再生可能エネルギーによる電力で製造する「グリーン水素」の大規模サプライチェーン構築に向けて動き出した。海外で製造したグリーン水素を液化製造プラントで液化し、大型の液化水素船で日本に輸入する事業を確立させる。

同社は今後、豪クイーンズランド州政府直営の電力会社スタンウェルとのグリーン水素製造・液化・輸入事業化に向けた検討を進めていく。グリーン水素の製造は、豪州の太陽光発電や風力発電所などを活用する計画だ。

スタンウェルは、電力の送配電事業を行っており、電力会社としては同州最大の規模を誇る。そのノウハウや既存リソースを生かすことで、将来の商用化を目指していく。

さらに、川崎重工業、豪鉄鉱石生産会社のフォーテスキュー・メタルズ・グループ(FMG)とも、グリーン水素サプライチェーンの事業化に向けた検討を開始する。川崎重工はこれまで、水素を「つくる(水素液化機)」「はこぶ(液化水素運搬船)」「ためる(液化水素貯蔵タンク)「つかう(水素ガスタービン発電設備)」という全てのフェーズにおける技術を所有している。一方、FMGは、世界規模のインフラや鉱業資産の拡充におけるバリューチェーン構築やプロジェクト開発の知見を持っている。加えて、FMGは2040年までにCO2などの温室効果ガス排出量の実質ゼロを目標としており、グリーン水素を含む新規事業への進出を図っている。

3社は、世界最大の水素に関するグローバルイニシアチブ「ハイドロジェン・カウンシル(水素協議会)」に参画している。今後は、将来の商用化を見据えたコンソーシアム組成の検討も行っていく。

水素供給体制を構築 国内70%のシェアに

岩谷産業は、水素の可能性にいち早く着目し、1941年に水素販売を開始して以来、製造から輸送・貯蔵・供給・保安まで一貫した全国ネットワークを築いてきた。国内3拠点・6プラントの液化水素製造工場を建設し、その製造能力は年間1億2000万㎥に上る。また、全国10カ所に圧縮水素工場を保有しており、国内の水素市場において70%のシェアを持つ。

岩谷産業と川崎重工は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業において、豪州から日本に液化水素を輸送する国際水素エネルギーサプライチェーンの実証事業にも参画している。日本政府のカーボンニュートラル宣言や脱炭素社会の実現に向け、クリーンエネルギーとしての水素の普及拡大が求められる。こうした中、生成時のCO2排出のないグリーン水素の利活用に向け、社会実装の具現化を目指していく。

川崎重工業は、液化水素運搬船を運用している(写真提供:川崎重工業)

【特集3】自治体イベント通じFCVのポテンシャル探る


レポート/日本環境技研

環境・エネルギー、都市インフラ分野のコンサルタント・設計事務所として50年以上の実績がある日本環境技研。近年では将来の脱炭素社会実現に向けて水素を新たなエネルギーの選択肢とすることに取り組んでいる。現在の課題は、水素の利用を広く地域社会に広げていくことと捉えている。

日本環境技研が関東経済産業局より受託している「広域関東圏における水素利活用促進に係る普及啓発事業」では、水素が利用できることや水素の付加価値を一般に伝える広報活動に取り組んでいる。

昨年末に長野県で開催されたイベントでは、県産のCO2フリー水素を用いた最新燃料電池自動車(FCV)車両の展示やキッチンカーへの外部給電が行われた。近年の自然災害や停電などの多発で災害対応の整備が求められており、災害時でのFCV利用が注目されている。また、外部給電ではFCVの静粛性という価値を十分に生かしている。

同事業では、広域関東圏の自治体と専門家が集まり、ポテンシャルや課題など、地域の特徴を生かした水素利活用アイデアを活発に議論している。社会実装に向けて、地域で多様な水素需要を取りまとめて需給を成り立たせること、地域ならではの付加価値を付けて取り組みを進めていくことが望まれる。「水素を広く社会で使うため、ポテンシャルの高いエリアで実装モデルを作ることが重要です。地域と事業者をつなげながら、最適解を提案すること、水素の良さを定量的に示すことにより水素社会の実現に貢献したい」(環境計画部)

始まった島田市との公民連携 独自スキームで支えるSDGs


【静岡ガスグループ】

静岡ガスがグループ会社の島田ガス(新家博之社長)と連携し、地元の自治体とともに地域に根差したエネルギー事業の展開に注力している。きっかけは、島田市が、市庁舎を含めた公共施設で自ら使用する電気調達の在り方を見直す作業に着手したことだった。

「(島田市は)従来の供給元は大手電力会社でしたが、電力コストの削減や地産地消にかなうような電力調達を求めて市はプロポーザル入札を実施しました。そこで親会社である静岡ガスと共同企業体を組成し、島田市のニーズに沿うような提案をしました」。日ごろから島田市とはさまざまなセクションで接点を持つ島田ガスの新家社長はそう振り返る。

提案内容の立案に当たっては、エネルギー設備の設計やエンジニアリング業務に知見の深い静岡ガス側がその役割を担った。「公共施設に太陽光発電や蓄電池、EV向けの給電インフラを整備することで、地産地消に加え災害にも強く、SDGsに資する市政運営をお手伝いできるような提案内容としました」。実務を担った静岡ガス営業本部都市エネルギー部の加藤力弥部長は話す。

とはいえ、蓄電池や発電出力の不安定な太陽光発電(PV)だけでは、電力の安定供給を果たすことはできない。そこで、出番となるのが、静岡ガスがこれまで整備してきた多様な電源(電力調達)のポートフォリオだ。自らが所有する大型ガスエンジンを用いた10万kW級の発電設備に加え、エリア内のコージェネ設置者から電力の相対調達、卸電力取引市場からの調達など、これまで構築してきたさまざまな調達スキームを駆使しながら、再エネ利用の最大化を図る。そして、余剰の再エネ分は、引き取っていく。

こうして自ら構築してきた電力需給調整機能によって安定供給を担保しながら、なおかつ島田市のニーズを満たす。そんな提案が評価され、共同企業体が見事落札。島田市とは、昨年7月に「SDGsを先導し持続可能なまちづくりを推進する電力供給等業務に関する協定」を締結。公民連携の取り組みが本格的にスタートした。

異例の長期「15年」供給 持続可能な契約で相互利益

「落札後は平坦な道のりではなかったですね」と加藤部長は振り返る。気を使ったのがPVの導入だ。屋根の材質やPVの荷重にどれだけ耐えられるか施設ごとに躯体強度を確認。加えて電力配電系統への接続容量を地点ごとに評価し電力会社(中部電力側)と連系協議する必要があった。また各施設を所管する島田市側の窓口はそれぞれ異なる。そんな地道な作業を踏まえ、現在、7地点でPV(計300kW程度)を設置し、3月ごろから本格的な運用が始まる予定だ。残りの施設についても引き続き市と調整していく計画だという。

今回、島田市との契約で最大の特徴は15年という長い期間の電力供給だ。1年契約が一般的である中、異例だ。「このスキームはPVなどの設備を共同企業体側で負担した運用です。このスキームで大きな利益を出すことが目的ではありませんが、さすがに『1年』では、運用は困難です。SDGsの趣旨である『持続可能』な事業モデルとして島田市さんにも理解をいただきました。それでこそ行政、市民、事業者が互いにWin―Winになるのだと理解しています」(加藤さん)

実は島田市との契約関係は、電力供給だけにとどまらない。市とは「公共施設の利活用」でも連携する。新家社長は言う。「公共施設の運用もお手伝いします。例えば照明や空調設備の高効率な機器への更新をサポートしたり、公共施設で遊休のスペースが生じた場合、地元に開放してイベントを企画しながら交流の場として臨時運用するなど、民間ならではの知恵で無駄のない運用をお手伝いしたいですね」。エネルギー事業者の範疇を越える地域密着型の取り組みを進めている。そんな島田市は2023年に耐震強化を目的に新庁舎への建て替えを計画中だ。静岡ガス・島田ガス共同企業体として、エネルギー設備提案を既に進めているそうだ。

島田市側との連携を図る静岡ガスは同時に、同じ県内の富士市との関係構築にも力を入れ始めている。富士市は昨年、SDGs未来都市に選ばれるなど環境意識の高い都市だ。そんな富士市でこのほど稼働した「新環境クリーンセンター」と呼ぶごみ処理施設に対して、静岡ガスは余剰電力の買取契約を結んだ。「施設から発電される電気はごみの分別に応じて『FIT電気』と『非FIT電気』に分けられますが、当社では非FIT電気を預かり、富士市の公共施設にお届けします」(加藤部長) エネルギーの地産地消を図りたいとする富士市のニーズを見事にかなえる取り組みである。

地域貢献果たしてインフラ支える 賢い水素ディスペンサーでコスト減


【トキコシステムソリューションズ】

石油製油所、LNG基地などの大型インフラから街のガソリンスタンドに至るまでの計量機、あるいはガス導管におけるガバナやガスメーターなど、産業・エネルギーインフラの一翼を担うトキコシステムソリューションズ(創業1937年)。同社が神奈川県川崎市から静岡県掛川市へ、製造・開発拠点の完全移転を果たしたのは98年のことだ。90年代から掛川市が企業誘致を進めており、それに伴い掛川市内の工業団地エコポリスへ、「静岡事業所」として順次移転を進めてきた。当地に拠点を構えた第一号の企業が同社だ。

この拠点は東京ドーム2個分、全就業人員数約700人のうち220人(20年3月末現在)が働く。「当社は石油に代表される危険物燃料の流体計測に強みを持ちますが、この静岡事業所には計量機や流量計および水素ディスペンサーなど、機器の設計から製造、調達、保守、品質管理、財務部門が備わっていて、モノづくりに関わる全ての機能が集まる事業所です」と執行役員の高橋太・静岡事業所所長は説明する。

エコポリス移転のファースト企業として、日頃から地域に密着した取り組みを行っている。地元の学校からの工場見学の受け入れ、さらには掛川茶として有名な地元の「お茶生産」に対して、ボランティアで農作業に参加するなど地元への貢献を果たしている。周辺エリアへの貢献という意味では、同社のとあるアイテムが社会貢献を果たした。それは「タンクローリー直結型計量機」と呼ぶ、いわば移動式ガソリンスタンドだ。隣接する浜松市が市内の過疎化に問題意識を持ち、社会問題化しつつあるガソリンスタンド過疎化対策の実証を実施。その際、場所を選ばず給油できるこの計量機が貢献した。この製品は19年秋に千葉県を襲った台風被害に対しても、千葉エリアの給油を支えたそうだ。

水島好彦・取締役兼執行役員は次のように話す。「従来は計量機などの機器を開発して販売してきましたが、最近は災害対策や過疎化問題、BCP対策など、当社が手掛ける機器を切り口にしたソリューションを提供するスタイルへと変わりつつあります。幸い当社には営業・サポート拠点が全国各地にまんべんなく散らばっていて、8支店41営業所のネットワークがあります。営業員が各地でお客さまに丁寧にヒアリングしながらきめ細やかなニーズを掘り起こしてソリューションを提供していきたいと考えています」

注力する水素関連事業 「水素法」整備に備えて

そんなトキコが、いま注力するのが水素関連事業だ。トキコはFCVに水素を供給するディスペンサーを手掛けている。「90年代から圧縮天然ガス自動車向けのディスペンサーを手掛けてきた実績を基に、2000年代からNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)さんの委託開発の実証実験事業の下、水素ディスペンサーの要素技術の段階から開発してきました」と榧根尚之・水素事業推進本部担当本部長は振り返る。当初、35MPa程度だった初号機は、最近では70MPa対応機へ技術開発が進んでいる。

「現在、ダブル充填制御の技術開発を進めていますよ」と榧根さん。従来は一つのディスペンサーから1本のシングルホースによって自動車1台への水素供給を行っていたが、2本のホースで2台同時に供給する仕組みだ。車両2台の充填時に、開始のタイミングや車両ごとの量の違いなど、さまざまな条件に対して最適に充填する制御が可能だ。「タンク内の残ガス量などを考慮しながら、ディスペンサーを制御して供給する仕組みです」(榧根さん)。現状はディスペンサー側と自動車の燃料タンク内の差圧を利用して供給しているが、仮に2台同時に供給すると、残ガス量に関係なく、供給を終えるタイミングは一緒になってしまう弊害がある。それを解消する「賢いディスペンサー」である。こうした開発により、「課題とされている供給効率は一気に上がりますし、ステーション全体のコスト低減にも貢献します」(榧根さん)。最近ではディスペンサー機器単体の開発だけでなく、水素ステーション全体のエンジニアリング業務から保守メンテナンス・サポート業務まで一気通貫で手掛けるようになった。 最後に、「今後、水素関連の計量法規が整備されるようになれば、それに対応する『水素ディスペンサー』も新たに必要になります。そうした製品も手掛けられるようにいま準備を進めていますよ」。水素事業推進本部長として水島さんはそう締めくくる。水素、都市ガス、石油。あらゆる燃料のエネルギーインフラを支えるさまざまなソリューションがこの事業所から生まれていくに違いない。

【特集2】求められる「急がば回れ」の議論 火力本来の機能で脱炭素化に対応


ゼロエミ議論の中で、「再エネvs火力」がフォーカスされがちだ。脱炭素への近道は何か。それは火力本来の機能にもっと注目すること。今こそ「急がば回れ」の議論が必要なのである。

※この座談会は撮影時以外はマスクを着用して行いました。

金子祥三/東京大学生産技術研究所 研究顧問

大場紀章/日本データサイエンス研究所 フェロー

中澤治久/火力原子力発電技術協会 専務理事

―ゼロエミッションに対する見解は。

金子 CO2排出量を下げていく目標の中で、再エネを増やすということは理解できます。その際、直流ではなく交流の電力系統網の世界において、需要と供給のバランスを常に維持しておかないといけません。再エネのように変動する電源が入り込むならば、当然それをカバーする調整機能を果たす電源、つまり火力を中心とした電源が常に稼働していないといけません。

ベストな方策は発電側の効率を上げて、エネルギー消費量を少なくしてCO2を削減することです。よく極端な議論があります。「発電設備の効率を上げたとしても、わずか数ポイントしか上がらないではないか。だから全てを再エネや蓄電池にすべきだ」と。だけど、効率を1ポイント上げるだけで、圧倒的にCO2を削減できます。地道な作業ですが、こうした努力が一番のポイントになるかと考えています。

大場 私はもともと自動車業界からエネルギーの世界に入ってきました。その観点から言うと、日本のエネルギー最終消費の約7割は熱需要。自動車の電動化も話題になっていますが、熱需要をいかに化石燃料から転換するかが重要です。そうでないと、仮に火力電源がゼロエミになったとしても、2050年にゼロエミは不可能です。需要側の電化と電源側のゼロエミ化の両輪で進めないといけません。「50年ゼロ」にこだわりすぎるあまり、安定供給やエネルギーの安全保障がないがしろにされては身も蓋もありませんが、多少無理な目標を置くことで、業界全体の変革を加速させる意味があると認識しています。

中澤 8割削減だったら何とかなると思いますが、完全ゼロエミ化となると、ハードルは一気に上がります。日本は7割が化石燃料の火力発電で、発電分野でゼロエミ化を進めないといけないわけですが、そうした中で、再エネを増やせばよいという単調な議論があります。金子先生もおっしゃるように、再エネを増やすためには、電力系統を安定化させるための予備力や調整力が必要になります。火力がその役割を果たしていかないと、再エネを増やすことさえできません。このことを共通認識として持っておかないといけません。

それから熱利用の話がありました。ただ、勘違いされることがある。日本は暑いので冷熱需要が多く、民生用では既に電気のエアコンで動いています。この分野での熱利用による追加効果は限定的です。産業分野では、蒸気を使う領域がありますので、大きな技術革新が必要になるかと思います。

混焼・専焼の課題はコスト マーケットを破壊する懸念

―JERAが50年のゼロエミ化に向けたロードマップを打ち出しました。新燃料となるアンモニアについて触れています。

中澤 アンモニアは刺激臭を伴う劇物です。火力発電所では、NOx対策として脱硝の工程で既にアンモニアを使っていて、かなり安全に配慮して使っています。ですからアンモニアを扱う素養はある。ただ発電燃料となると規模が一気に高まります。さらに混焼と専焼では扱い方がかなり違います。混焼については早期の実現が可能だと思いますが、専焼は技術的には、まだ確立されていません。これからの取り組みでしょう。同時に、発電用を想定したアンモニア調達にまだ当てがありません。技術的な課題と調達面の課題との両輪で取り組む必要があると思います。

金子 50年の目標ということで意気込みを示す意味では大切なことです。NOxの問題や着火の問題など、現在の技術を詰めていけば、いずれ専焼の課題はクリアできるでしょう。ただ問題は燃料コスト。私も、新燃料の技術開発をこれまでさんざんやってきました。石炭を流体化する「石炭水スラリー」や「石炭油スラリー」。あるいはメタノール燃料を商用機のボイラーで試したこともありました。けれど実際の商業規模でやるとなると、燃料コストが課題になります。その負担を誰が担うかが最大のポイントでしょう。事業者だけの負担では、難しいのではと感じています。

大場 アンモニアを発電用燃料として具体的に検討しているのは日本だけで、最初に燃料用のアンモニアを大量に輸入する国は日本になると思います。アンモニアの利点について言えば、主に農業の肥料用として、世界で年間1億8000万tの供給力があります。重量当たりの熱量は、LNGと比べると劣りますが、低品位炭に相当する1㎏当たり16メガジュール程度と、燃料として必ずしも悪くない。運搬も8・5気圧で液化でき、液体水素より低コストで流通できます。

ただ、60万kWのコンベンショナルな火力発電に必要な専焼アンモニア量は年間120万tで、仮に日本の全火力をアンモニアに替えてしまえば、世界の供給量の何割かを日本で一気に使い切ってしまう。この辺は課題だと思います。

中澤 その通りです。大量消費による購買力の向上は一般的な経済原理ですが、カーボンニュートラルを前面に打ち出しすぎてアンモニア一辺倒になってしまうと、うっかりすると高騰する懸念もあります。日本が世界のマーケットを破壊する可能性があるわけで、その辺はしっかりと調達国と手を組む必要があると思います。

―水素はガスタービン、アンモニアは石炭混焼というすみ分けなのですか。

中澤 混焼なら、石炭火力にアンモニアが良いと思います。専焼ならば、アンモニアでもガスタービンを回せますので、発電効率を鑑みると、コンバインドサイクルが良いかなと思います。

金子 問題はコストです。例えば、水素は何から作るか。一番安いのが化石燃料。水素は天然ガスから改質して作るのが一番安いわけです。ただ、炭素のエネルギーを捨てて、水素だけにするわけですから、理論的に7割しかエネルギーに変換できません。発電効率を考えると、さらに落ちる。その際の経済負担をどうするのか。

大場 おっしゃるように、天然ガスを変換して持ってくるので、それよりもコストが安くなることはありえません。そうした中でアンモニアには二つの利点があると考えています。日本のLNG供給は液化天然ガスです。現地で液化して、日本で気化して発電する。そこで10%くらいのロスが生じます。その液化コストと受け入れ基地の設備コストがかかります。アンモニアにはその辺のコストを抑えるメリットがあると思います。

それからCO2排出の処理です。日本国内でCCS(CO2回収・貯留)の適地がなかなか見つからない中、調達現地で変換時に出たCO2をその場に埋めることができる。日本はサウジアラビアからの調達を検討しているようですが、サウジという国は油田の国。石油増進回収法(EOR)を進めながら、CCSを実現させる。まさに適地なのです。環境価値を加味すれば、計算上は、既存の火力に匹敵するぐらいのコストパフォーマンスに持っていけると国は試算しているわけです。

LPガス「調達地多様化」で安定供給支える/アストモスエネルギー


インタビュー:小笠原 剛/アストモスエネルギー社長

元売りとして日本のLPガスの安定供給を支えているアストモスエネルギー。デジタル化や脱炭素への取り組みなど、小笠原剛社長に多岐にわたって話を聞いた。

1962年3月生まれ。北海道大学法学部卒。85年三菱商事入社、2008年石油原料ユニットマネージャー、14年石油製品部長、17年石油・炭素事業本部本部長を経て19年アストモスエネルギー代表取締役副社長、20年代表取締役社長

―2021年から始まる新たな中期経営計画のメインテーマは。

小笠原 時代の変化やお客さまのニーズの変化に沿うサービスの提供を通じて、企業価値をさらに高めることを目的に据えた計画にしていきます。

 国内では少子高齢化、デジタルトランスフォーメーション(DX)革命など、市場環境を大きく変化させる事象が起きています。変化に対応しながら成長を遂げるには、特約店サポートのさらなる充実化が重要です。具体的には、特約店社員を対象としたオンライン研修の充実、需要減および人手不足の解決に向けた物流統合、AI、低消費電力広域無線(LPWA)を活用した配送最適化、顧客維持・拡大に向けた各種施策提供を行っています。

 また高度な安全性を維持するために、グループ会社および社有充塡所の運営で培った保安業務のノウハウを特約店に提供する取り組みも始めました。社会の変化に適切に対応して、お客さまに最適なサービスを提供していきます。

―物流合理化策や業務提携に向けた足元の取り組みと、実感する課題を教えてください。

小笠原 現在、LPWAを活用した残量管理、AIを用いた配送ルートの最適化やシステム連携の検証を進めています。

 また、昨年は東北、中国、九州エリアで業務提携し、合理化を実施しました。しかし、LPガス業界は需要減や人手不足にさらされており、今後も安定供給を維持していくためには、系列を超えた物流統合が必要です。今後も効率化と安定供給を両立すべく、取り組んでまいります。

リモートツールを積極活用 時代に合う業態を模索

―昨今のコロナ禍では、どのような対策を行いましたか。

小笠原 取引先や協力会社の皆さまからの応援もあり、感染拡大前から関係会社へのマスクや消毒液などの感染予防品の供給を行いました。さらに配送先の担当者との配送伝票の授受時に対面しないなどの対策を講ずることで、感染者なく安定供給を継続できています。

 これまで取引先とは顔を合わせてコミュニケーションを取ってきましたが、コロナ禍によって取引先と直接会うことが難しくなりました。そのため、ウェブツールを積極的に活用しながら面談や販売施策の提供などを実施しています。

 世の中の働き方改革や営業手法が変わっていく中で、当社として取引先と一緒にどう取り組んでいけるか、社員がどんな働き方や役割をするべきかを検討しています。取引先、協力会社とは、今まで以上に強固な関係構築をしていけるようにしたいと考えています。

―海外事業において、コロナ禍の影響はありましたか。

小笠原 海外では、コロナ禍により世界各地で外航船乗組員の乗り降りが制限されており、船員の交代が難しくなっています。安全運行のためにも外航船乗組員の労働環境の改善は大切な課題で、できる限り船主に協力したいと考えています。また輸入に際しては、通関書類などを関係省庁に持ち込まなければなりません。感染拡大防止と関連業務従事者の安全確保の観点から、手続きのペーパーレス化を推進するよう、業界団体と連携して働き掛けていきます。