【特集2】激動の歴史をたどった電力政策 戦後80年の変遷を振り返る


高い見地から日本の電力政策議論に深く関わってきた山地憲治氏。その変遷を振り返り、将来の電力の在るべき姿について提言を寄せた。

山地憲治/地球環境産業技術研究機構(RITE)理事長

エネルギーフォーラムと私の関わりは長い。私が「電力新報」(月刊エネルギーフォーラムの前身)に初めて寄稿したのは1978年8月号で、題目は「核燃料サイクルからみた炉型戦略:シミュレーション分析にみる長期展望」だった。

当時は原子力への期待が極めて大きく、シミュレーションで想定した2000年のわが国の原子力発電規模は7000万~1・5億kW、25年については1億~3・5億kWだった。炉型は軽水炉から高速増殖炉(FBR)への移行が基本で、21世紀はFBRの時代になると想定されていた。当時の炉型戦略の課題は軽水炉からFBRへつなぐ原子炉型の選択で、軽水炉でプルトニウムを使うプルサーマル、国産重水炉(沸騰軽水冷却)ATR、そして天然ウランを燃料とするカナダの重水炉CANDUが候補だった。私の年代の人には懐かしい話だが、結果を見届けた今では夢の痕跡である。

ところで、今年は昭和100年、戦後80年、そして私自身にとっても後期高齢者となる75歳を迎えた区切りの年である。私の誕生年は電気事業にとっては、発電から送配電・販売まで一貫して行う戦後体制が決まった年(発足は翌年5月)である。この機会に電力を中心に戦後80年のエネルギー政策を振り返ってみたい。

高度成長を支えた電気事業 原子力は独自政策で展開

戦後と言っても52年4月に独立するまでの日本は占領下にあり、電力体制整備は占領下で行われた。50年の電気事業再編成令と公益事業令(いずれも国会議決のない占領下におけるポツダム政令)によって、電気事業は地域独占を認められた公益事業となり、発送電と配電を一貫して行う9電力体制が51年に発足した。

その後、曲折はあったが、戦後のわが国の電気事業は軌道に乗り、高度経済成長を支えた。電気料金は原価に適正利潤を加えた規制の下で形成されたので電気事業経営は安定した。原子力発電の導入、大気汚染対策として始まった液化天然ガス(LNG)火力の導入などは、安定した電気事業制度が存在したからこそ可能であったと言える。

70年代には2度にわたって石油危機が発生し、第一次危機の時には石油火力に75%を依存していた電気事業は値上げを余儀なくされた。だが、原子力やLNG、そして輸入石炭によって石油代替を図り電力の安定供給は維持された。その後は、原子力、LNG、石炭が発電の主力を担うようになり、石油火力の比率は急減し、安定供給を担う電源の多様化が実現した。

電力に限らず、高度経済成長が本格的に始まるまでのエネルギー政策は産業政策の一部であった。エネルギー政策を担う審議会(総合エネルギー調査会)が設置されたのは65年である。総合エネルギー調査会(現在の総合資源エネルギー調査会)の起源は、産業構造調査会(現在の産業構造審議会)の下にあった総合エネルギー部会である。第一次石油危機を経てエネルギー政策の重要性は増大し、70年代からは長期エネルギー需給見通しが公表されるようになった。今世紀に入りエネルギー政策基本法が成立すると、エネルギー政策はエネルギー基本計画に集約され、今日に至っている。

なお、原子力については、基盤となる科学技術開発から始める必要があったことと核兵器との関係があったため、独自の政策が進められた。54年に最初の原子力予算が計上され、56年には原子力委員会と科学技術庁が設置された。原子力委員会は、ほぼ5年ごとに原子力開発利用長期計画を策定し、わが国の原子力開発の基本政策を定めた。総合資源エネルギー調査会によるエネルギー政策の策定においても、原子力開発利用長期計画が尊重された。05年には「原子力政策大綱」と名称を変えたが、福島事故発生時まで、基本的にはこの政策決定プロセスは維持された。

温暖化対策と自由化が加速 電力ビジネスモデルが変容

90年代に入ると地球温暖化対策がエネルギー政策の重要課題として浮上してきた。また、分散型電源の意義も強調されるようになり、英国から始まった電力自由化の動きも勢いを増してきた。戦後の電力再編成以来、長く安定していたわが国の電気事業制度にも見直しの機運が高まりつつあった。このような時代の変化に対して、電気事業者は保守的で機動性に欠いていたと言わざるを得ない。少なくとも社会との対話が乏しかったことは確かである。現実には、住宅の太陽電池の余剰電力を家庭料金の水準で買い取るなど、再生可能エネルギー導入推進にも対応していた。だが、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の事故対応や六ヶ所再処理推進など原子力の課題対応に追われ、受け身の対応が目立った。

21世紀に入ると、化石燃料を大量消費する電気事業への風当たりが強まった。一方、11年の福島事故によって原子力推進には急ブレーキがかかり、再エネによる発電に大きな期待が寄せられた。そのため固定価格買い取り制度(FIT)が導入され、今や再エネ発電が電力供給量の22%となり、水力以外の再エネ発電が水力を上回るようになった。太陽光や風力のような自然変動電源を電力系統に統合するために需給調整や電力貯蔵、電力系統整備に多大なコストがかかるようになってきた。

電力システム改革は電気事業のビジネスモデルに大きな変容を要求することになるが、この背景にはエネルギー関連技術の大きなイノベーションがある。太陽光発電や風力発電、燃料電池などは熱の動力への変換を実現した動力革命とは無縁である。熱機関では規模の経済が働くが、太陽光などの分散型電源は小規模・大量生産によって経済競争力を持ち始めている。ならば、需要を束ねて大規模中央発電所から供給する方式で成長してきた電気事業の形態も変わらざるを得ない。

ただし、太陽光や風力のエネルギー源は国産であるものの、需給調整に必要な蓄電池を含む電力設備は輸入に頼る部分が多く、特にリチウムやコバルトなどの重要鉱物は供給国が偏っている。電力の安定供給には、従来のような燃料確保だけではなく、視野を広げて対応する必要がある。

FIT の導入で再エネが急増した

【特集2まとめ】おかげさまで本誌創刊70年 松永安左エ門翁生誕150周年、昭和100年、戦後80年


国民の福祉の増進―。この理念の下、1955年5月に前身の「電力新報」が創刊した。

高度成長、公害問題、オイルショック、自由化、東日本大震災、脱炭素化と、戦後から現在までエネルギー産業を巡る課題は大きく変わってきた。

今号は創刊70年を迎えるに当たりエネルギーフォーラムの足跡を振り返ると同時に、

山地憲治・RITE理事長によるエネルギー政策の変遷と将来像についての寄稿、エネルギー業界6団体からのメッセージを掲載する特別編とした。

不偏不党の編集方針を堅持 「国益と福祉の増進」のため報道(志賀正利/エネルギーフォーラム取締役社長)

【寄稿】激動の歴史をたどった電力政策 戦後80年の変遷を振り返る(山地憲治/地球環境産業技術研究機構理事長)

【寄稿】正面からエネ問題に向き合う 国民一人ひとりの理解を醸成(林欣吾/電気事業連合会会長)

【寄稿】知見を基に公平・中立を維持 鋭い視点を合わせた誌面作成を(木藤俊一/石油連盟会長)

【寄稿】長期的視点での主張と問題提起 識見の高い編集姿勢を貫く(内田高史/日本ガス協会会長)

【寄稿】戦後から有益な情報提供に尽力 エネ・環境・経済の発展に貢献(田中惠次/日本LPガス協会会長)

【寄稿】総合専門誌として多角的に分析 今後も一層深い掘り下げに期待(山田耕司/全国LPガス協会会長)

【寄稿】国内外の情勢・動向発信に功績 さらに進化したオピニオン誌へ(森 洋/全国石油業共済協同組合連合会会長)

【特集2】国内外の情勢・動向発信に功績 さらに進化したオピニオン誌へ


森 洋/全国石油業共済協同組合連合会全国石油商業組合連合会会長

創刊70周年を心よりお祝い申し上げます。創刊の1955年は、戦後の復旧・復興からわが国が高度経済成長へと向かう過渡期であり、国民生活や経済活動に不可欠なエネルギーの需要の拡大期に差し掛かる先行き不透明な時期でした。そうした中、月刊電力新報として創刊され、以来70年の長きにわたり、電力・エネルギー業界の発展に向け、国内外のエネルギー情勢や業界動向を取材し情報発信してきた功績は、誠に顕著なものがございます。

当会は53年の創立以来、全国47都道府県の石油組合とともに、石油製品の安定供給という社会的使命を全うするため、石油製品販売業者の健全かつ持続的な発展に取り組んで参りました。50年代の戦後の荒廃した国土の復旧、そして産業経済の復興から、60年代の高度経済成長を支え、70年代の二度にわたるオイルショック、80年代から90年代にかけての規制緩和・自由化という激動の時代を乗り越えてきました。さらに、2000年代に入り、内需の減少・販売競争の激化、2011年3月の東日本大震災など相次ぐ大規模災害の発生、そして19年からの新型コロナウイルス感染拡大の中でも、エッセンシャルワーカーとして石油の安定供給に貢献してきました。

「最後の砦」の役割果たす 新たなビジネスモデル模索

しかし、石油製品販売業者は、少子高齢化の進展や人口減少といった社会構造の変化や50年カーボンニュートラル(CN)に向けた取り組みが進む中、引き続き、平時・災害時を問わずエネルギー供給の最後の砦としての社会的使命を果たさなければならないという、大きな課題に直面しています。一方、50年CNに向けたエネルギーのトランジション期でも、石油の重要性は変わりません。

当会では、石油販売業界の7割を占める小規模事業者の視点に立った組織活動を推進し、地域社会に根差した石油製品の安定供給拠点としてのサービス・ステーション(SS)としての役割に加え、CN時代に対応した事業再構築を図り、多様化する消費者ニーズに対応した多機能化、多角化などを積極的に後押ししていくなど、SSの新たなビジネスモデルの構築に引き続き取り組んでいきます。

エネルギー需給体制がぜい弱なわが国では、政策の要諦である、S+3Eの徹底を図りつつ、石油など化石燃料をはじめ原子力、再生可能エネルギーなどの多様な選択肢の追求が求められるなど、エネルギーを巡る国内外情勢は混沌としています。

今後とも、エネルギーの安定供給とエネルギー業界の発展を支えるオピニオン誌として、さらに進化されることを期待し、当会からのお祝いの言葉とさせていただきます。

【特集2】長期的視点での主張と問題提起 識見の高い編集姿勢を貫く


内田高史/日本ガス協会会長

このたび、「エネルギーフォーラム」が創刊70周年を迎えられましたことを、心からお祝い申し上げます。

貴誌は、70年の長きにわたり、総合エネルギー専門誌として、わが国のエネルギー産業の在り方について多面的に論じてこられました。長期的展望に立ち主張や問題提起を行う識見の高い編集姿勢を貫き、価値ある情報発信を継続されてきたことにより、今日までのエネルギー産業の健全な発展に多大なる貢献を果たされました。関係者の皆さまのたゆまぬご努力に深く敬意を表したいと存じます。

社会情勢に応じた燃料転換 産業・社会の発展に貢献

この70年を振り返りますと、わが国は社会構造の変革を繰り返し、成長・発展を遂げてきました。われわれ都市ガス業界も、都市ガス需要の急増、深刻化する公害問題、激甚化する自然災害などを背景に、当初原料としていた石炭・石油から熱量が高く大気汚染の少ない天然ガスへの転換という変革を進めてまいりました。

安全で安定した供給体制を構築するとともに、天然ガスの高度利用や省エネに資する技術を磨き商品を開発することを通じて、お客さまの暮らしやわが国の産業・社会の発展に貢献することができたと考えます。

本年2月には、「第7次エネルギー基本計画」が策定され、バランスのとれたS+3Eの実現を基本的視点に据えつつ、40年のNDC(温室効果ガス削減の国別目標)達成と50年のカーボンニュートラル社会実現を目指す方針が示されました。その中で天然ガスは、トランジション期だけではなくカーボンニュートラル実現後も重要なエネルギー源であり、脱炭素化された電源による電化と合わせて天然ガスへの燃料転換もカーボンニュートラル化の手段として位置づけられ、その重要性はこれまで以上に増すと考えます。

都市ガス業界では、まず足元の対策として、即効性があり確実なCO2削減につながる天然ガスへの燃料転換や高効率ガスシステムの導入促進などによりNDC達成に貢献するとともに、50年に向けては、社会コストを抑えたe―メタンへのシームレスな移行を中心に、多様な道筋でガスのカーボンニュートラル化の実現を目指す取り組みを、業界一丸となって加速してまいります。

貴誌には、こうした都市ガス業界の取り組みを広く社会に伝えていただくとともに、エネルギー産業を取り巻く情勢や課題について多角的に分析し卓越した提言を続けていただくことを期待したいと存じます。

最後に、「エネルギーフォーラム」の創刊70周年を機に、貴社のますますのご発展を心から祈念申し上げ、お祝いといたします。

【特集2】戦後から有益な情報提供に尽力 エネ・環境・経済の発展に貢献


田中惠次/日本LPガス協会会長

このたびは、「エネルギーフォーラム」が70周年を迎えられましたこと、心よりお慶び申し上げます。貴誌は戦後から今日まで70年間の長きにわたり、われわれエネルギー業界関係者に有益な情報提供に尽力されてきました。

創刊時の「電力新報」に始まり、今日では、電力、ガス、石油、石炭、火力、新エネ、デジタル、環境、政策までのエネルギー全般の幅広い分野まで網羅されております。わが国の経済成長とエネルギーの変革とともに進化されており、わが国のエネルギー・環境・経済全般の発展に大きく貢献されましたことに改めて敬意を表します。

過去70年を振り返りますと、高度経済成長期に入り急増する電力需要の中、エネルギーの主役は石炭から石油に交代し、二度の石油危機を経て脱石油に向かいました。その後、原子力、LPガスが普及。次に天然ガスが加わり、地球温暖化と電力自由化を迎えました。2011年には東日本大震災による電力の供給危機、再生可能エネルギーという選択肢が登場。エネルギーの転換期に入り社会構造が変化する中、エネルギー業界は技術の進歩、供給体制の変革などにより、わが国の産業、社会、国民生活向上に大きく寄与してきました。

3つの新政策が閣議決定 化石燃料のCN化進行へ

折しも環境問題でいえば、昨年は世界の平均気温15・1℃と観測史上最も高い1年となり、産業革命前の水準より1・6℃も高くなりました。初めて1・5℃を超過し、温暖化対策の一段の強化を求める声が国際的にも広がりつつあります。

そのような中、わが国は、今年2月に「GX2040ビジョン」と「第7次エネルギー基本計画」「地球温暖化対策計画」を閣議決定しました。

言い換えると、エネルギーの安定供給を行いながら、エネルギーと産業構造を脱炭素型に転換させ、経済成長を目指すものであります。当協会のLPガスを含めた化石燃料(石油・都市ガス・LPガス)のカーボンニュートラル(CN)化に向けた対応を一段のスピード感を持って進めることが喫緊の課題ともなっております。

エネルギー問題は、わが国内外の政治・経済・外交にも直接関係するものでもあります。こうした中、貴誌の長年の経験と蓄積に裏打ちされたさまざまなエネルギー全般に関する広範な報道は、今後さらにエネルギー業界の発展に欠くべからざるものになると思います。貴社におかれましては、今後とも国内外はもとより、エネルギー政策までも含めた誌面の充実を図られ、エネルギー業界全般の発展にますますご尽力いただきますようお願いして、日本LPガス協会の祝辞とさせていただきます。

【特集2】知見を基に公平・中立を維持 鋭い視点を合わせた誌面作成を


木藤俊一/石油連盟会長

このたび、「エネルギーフォーラム」が、創刊70周年を迎えられましたことを心よりお喜び申し上げます。

貴誌の前身である「電力新報」が、創刊25周年を機にエネルギーフォーラムに改題されてから半世紀近くが経ちます。この間、人々の生活に欠かせない石油を含めたエネルギー全般について的確に報じられたことに敬意を表します。

平時・有事問わず安定供給 変わらぬ液体燃料の重要性

奇しくも、私ども石油連盟も、貴誌とともに歩み続け、今年で創立70周年を迎えます。この間、平時・有事を問わず、一貫して消費者の皆様にとって必要とされるエネルギーの安定供給に努めてまいりました。可搬性・貯蔵性に優れ、エネルギー密度が高い液体燃料である石油の重要性・有用性は、今後も変わることはありません。石油業界は、エネルギー供給の担い手として、液体燃料が将来の長きにわたって消費者の皆様に選ばれるよう、既存の製油所を、カーボンニュートラル燃料を製造する拠点に転換していくことなどを目指しています。貴誌には、このような石油業界の取り組みについて繰り返し報道いただき、改めて深謝しております。

今年は、2月に「GX2040ビジョン」「地球温暖化対策計画」「第7次エネルギー基本計画」といったエネルギーの重要政策が閣議決定されました。

エネルギー基本計画にも記載されている通り、無資源国である日本にとっては「S+3E」がエネルギー政策の基本です。第7次計画の策定にあたり、エネルギーのベストミックスなど様々な議論が尽くされました。石油は一次エネルギー供給の3割以上を占めていますが、2040年度においても一定のシェアを維持する見通しが示されました。一方、50年カーボンニュートラル社会の実現に向けては、再生可能エネルギーの多様化、国際的な資源獲得競争、革新的な技術開発など、エネルギー分野に影響を及ぼすさまざまな不確定要素があり、事業者側の投資予見性を高めることや、国民理解を醸成することが必要です。国民にとっての関心も一段と高まることが想定される中、これらを調査・分析し、的確に情報発信する報道機関としての「エネルギーフォーラム」の役割は、より一層強まるものと拝察いたします。

引き続き、エネルギー全般の専門誌の先駆者として、70年にわたり築き上げられた知見を基に、メディアとして公平・中立な報道と、貴誌ならではの鋭い視点がベストミックスされた誌面作成を大いに期待しています。

今後の貴誌のますますのご発展を祈念申し上げますとともに、エネルギー産業のさらなる発展に向けて今後ともご尽力賜りますようお願い申し上げます。

【特集2】正面からエネ問題に向き合う 国民一人ひとりの理解を醸成


林 欣吾/電気事業連合会会長

このたび、エネルギーフォーラム社が本年5月をもって、創立70周年を迎えられたことに、心よりお慶び申し上げます。

これまで、貴誌はエネルギー産業のオピニオンリーダーとして、電力・ガス・石油をはじめとするエネルギー問題について、価値ある情報収集と深い分析に基づき、70年の長きにわたり、充実した報道を続けられてきたことに深く敬意を表します。

現在、わが国は国内投資が伸び悩み、世界における経済的地位も残念ながら後退しております。こうした状況を打破し、高い付加価値を生み出す産業構造を構築するためには、その基盤となる強靭なエネルギー供給の整備を、早期に実現していくことが必要です。

また、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、世界規模での資源争奪戦や燃料価格の高騰が起こり、エネルギーを取り巻く状況は一変しました。

資源に乏しいわが国において、エネルギーセキュリティーを確保しつつ、50年カーボンニュートラルを実現していくことが求められる中で、「S+3E」、すなわち、「エネルギーの安定供給」、「経済効率性」、「環境への適合」を同時に達成していくことが必要です。

50年は「すぐ先の未来」 実効性ある施策を速やかに

このような課題認識の下で、今年、「第7次エネルギー基本計画」が成立しました。安定供給が第一であることが示され、さらにエネルギー安全保障の概念が明確化されました。将来の脱炭素化も見据え、特定の電源や燃料に依存するのではなく、再生可能エネルギーと原子力を、共に最大限活用していく方向性が示された点は大変意義のあるものと考えております。

一方で、エネルギーインフラの更新に必要なリードタイムを考慮すると、50年は「すぐ先の未来」です。残された時間は極めて少ない状況にあり、今回の方針が実効あるものとなるよう、速やかに具体的な施策として落とし込んでいかなければなりません。

貴誌は、激変するエネルギーの問題に正面から向き合い、国民一人ひとりの理解醸成に向けて、長きにわたり取り組まれてこられました。これからの重要局面においても、国民の暮らしと産業を守るエネルギー政策の実現に向けて、貴誌の役割は、ますます重要さを増していくものと思います。

貴誌のさらなるご発展を祈念するとともに、大いなる期待を込めて、お祝いの言葉とさせていただきます。

【特集2】総合専門誌として多角的に分析 今後も一層深い掘り下げに期待


山田耕司/全国LPガス協会会長

創刊70周年を迎えられたことを心よりお喜び申し上げます。当協会も前身組織の設立から70周年で感慨深く思います。貴誌は日本のエネルギー・環境分野の総合専門誌としてエネルギーに関する最新情報、多角的な視点からの分析を提供し続け、業界の発展に大きく貢献されてきたことに心より敬意を表します。

分散性・可搬性のLPガスは家庭業務用のみならず産業用や自動車燃料用としても利用され、わが国の経済社会の発展と国民生活の向上に極めて重要な役割を果たしています。また、近年は自然災害が多発している中、災害にも強いLPガスの重要性は高まっており、エネルギー基本計画(2025年2月)では、LPガスはエネルギー供給の「最後の砦」と記述され、また、国土強靭化基本計画(23年7月)では、「各家庭や被災時に避難所となる公共施設、学校、災害拠点病院等の重要な施設における自家発電設備の導入、LPガス燃料の備蓄等を促進等する」と明記され、LPガスに対し大きな評価を頂いています。こうした中、当協会では以下の活動を重点的に展開しています。

液石法の省令改正に対応 選ばれるエネルギー目指す

需要拡大については、50年カーボンニュートラルの実現、S+3Eの達成の一環としてCO2削減に有効な高効率機器のエネファーム・エコジョーズ・ハイブリッド給湯器・GHPなどの販売を推進しています。

また、避難所となる公立小中学校の体育館などへ停電時にも稼働可能なLPガスによるGHPエアコン(冷暖房)の普及や公的避難所・医療施設・福祉施設といった防災拠点などに常設・常用を推進しています。

加えて取引の適正化については、国において液石法省令改正が実施され、昨年7月より過大な営業行為の制限と賃貸住宅への入居希望者に対するLPガス料金の事前情報提供制度が施行されました。今年4月には三部料金制の徹底とともに、賃貸住宅の料金には、消費設備料金の計上が禁止されました。こうした変化を踏まえ、取引適正化・料金透明化への取り組みをさらに推進し、選ばれるエネルギーとなるよう目指していきます。

保安に関しては全国目標の年平均で死亡事故1件未満及び人身事故25件未満の達成に向け、自主保安運動「LPガス安心サポート推進運動」を推進し、LPガスを安全・安心に使ってもらえるよう一層努めていきます。

貴誌は、これまでもLPガスに関するさまざまな情報を発信していますが、これからもLPガスの可能性、そしてエネルギーミックスにおける役割について、一層深く掘り下げた情報発信を期待しています。

最後に、貴社の今後ますますのご発展を祈念し、お祝いの言葉とさせていただきます。

【特集2】 不偏不党の編集方針を堅持 「国益と福祉の増進」のため報道


志賀正利/エネルギーフォーラム取締役社長編集人兼発行人

本誌「エネルギーフォーラム」の前身である「電力新報」の創刊は、9電力体制が発足して4年後の原子力基本法が公布された1955(昭和30)年です。今年で70周年を迎えますが、ちょうど今年は電気事業再編成を主導した電力の鬼・松永安左エ門翁の生誕150年であり、昭和100年、戦後80年という節目にも当たります。

「日本の復興は電力から」 議連の理念を引き継ぎ創刊

創業者・酒井節雄は、創刊に当たり著した電力新報創刊趣意書で「電力は国民生活や全ての産業活動に直結しており、その電力を供給する電気事業の健全な発展を通じて国民の福祉の増進に寄与することを目的とする」と述べています。

酒井は戦後、自由党所属の国会議員秘書となり、「日本の復興は電力から」をモットーとして発足した電源開発議員連盟の事務局を担いました。ところが、佐藤栄作自由党幹事長が会長を務める海運議員連盟に絡んだ造船疑獄事件が起き、同議連は解散となり、そのあおりで電源開発議員連盟も活動を停止しました。しかし、「日本の復興は電力から」という電源開発議員連盟の理念を引き継ぐ形の専門誌の発刊を強く勧められたことから、電力新報の発刊を決意したものです。

戦後間もない創業当初は経営難が続く中にあって、当時の東京電力常務の木川田一隆氏、関西電力副社長の芦原義重氏、中部電力副社長の横山通夫氏などからご支援をいただき、経営を軌道に乗せることができたと述懐しています。

創刊から25年を経た80年には誌名を電力新報から「エネルギーフォーラム」に改題し、電力のほか石油、ガスなどを包含したエネルギーベストミックス時代に相応しいわが国唯一の総合エネルギー専門誌として生まれ変わりましたが、創業以来の編集方針である「本誌の報道を通じて国益と国民の福祉の増進にいささかでも寄与したい」という思いは、今も変わりはありません。「フォーラム」の言葉に込めた思いは、エネルギー政策には国民的合意形成が欠かせないものであり、そのためには国民の情報の共有と総合的な論争の展開を図ることが必要というものです。従って本誌は創刊以来、不偏不党の編集方針を堅持しており、その姿勢が誌面での幅広い自由なエネルギー政策論議を可能にしているものと確信しております。

また、エネルギー政策論争の活性化のために創業25周年を記念してエネルギー政策の合意形成や積極的政策提言に資する著作を顕彰する目的で1980年には「エネルギーフォーラム賞」を創設し、今年で45回目を迎えております。歴代の受賞作は斯界の権威から新進気鋭の若手による優れた政策提言など充実したものとなっております。

さらに創立60周年記念として2015年にエネルギー政策の合意形成の一助を目的とした『エネルギー小説賞』を創設しました。これは「エネルギー・環境(エコ)・科学」に関わる未発表のフィクション・ノンフィクションの優れて面白い著作を顕彰・出版するものです。

創業者 酒井節雄

厳しさを増すエネ情勢 初心に帰り真剣な議論を

ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、エネルギーを巡る情勢は再び激動の時代に突入しました。国際燃料価格の乱高下を招く地政学リスクへの警戒感が高まる中、資源・燃料の全てを輸入に頼る日本としていかに安定供給を堅持するのか。データセンターや半導体といった様変わりの電力需要の拡大に対応する供給力の維持・確保の在り方も含めて、初心に帰り真剣に議論する時が来ています。本誌は「国民の福祉の増進」という編集方針を些かも変えることなく情報発信していく所存です。

戦後の激動のエネルギー政策につきましては、RITE理事長の山地憲治先生に寄稿いただいておりますのでご一読賜りますようお願い申し上げます。

最後にこうした本誌の70年の歩みは多くの読者の皆さまの支えがあって成し遂げられたものであり、ここに深甚よりお礼申し上げます。

【特集2】地の利を生かして大転換を図る 発電・熱・原料を先駆的に利用


【川崎市】

水素に取り組む先駆的な自治体の一つが川崎市だ。国の「水素基本戦略」より2年早く、2015年に「川崎水素戦略」を策定。菅元首相が「カーボンニュートラル宣言」を表明した20年には、ブルネイからメチルシクロヘキサンに変換した水素を運び、発電所使用で実証するなど確かな実績を築いてきた。

こうした経験を踏まえ22年、新たに「川崎市カーボンニュートラルコンビナート構想」を策定した。その背景にあるのが川崎ならではの産業構造だ。川崎臨海部には石油・化学コンビナートをはじめ、約2700もの事業所が立地する。製造品出荷額は政令指定都市の中でトップクラス。一方、臨海部立地企業の上位30社が市全体のCO2排出量の7割以上を占めている。臨海部国際戦略本部成長戦略推進部カーボンニュートラル推進担当の江﨑哲弘担当課長は「CO2を限りなくゼロにしつつ、高い産業競争力の維持・強化も図っていく」と話す。

同構想のポイントは、「地の利」を最大限に生かすこと。柱の一つが、コンビナートに近接する川崎港で海外からCO2フリー水素などを受け入れ、カーボンニュートラルエネルギーの供給拠点を作ることだ。川崎臨海部には800万kW以上の火力発電所が集積する。燃料を水素に置き換えるとともに、CO2フリーの電力供給で一般消費者など、脱炭素化も進めていく。

二つ目が、同じく臨海部に立地する素材・化学プラントや廃プラスチック工場などを活用した炭素循環型コンビナートの整備構築だ。将来、水素などへのエネルギー転換が進むと石油に代わる炭素資源が必要になる。そこで、首都圏からの廃プラスチック回収やCO2などの再資源化を進めることで、炭素資源から素材・製品などを製造する体制を構築する。三つ目の柱としては、臨海部の企業間連携・ネットワーク化により、水素をはじめとするカーボンニュートラルなエネルギーの地域最適化を進める方針だ。

企業や自治体との連携強化 協議会設立で93社が加盟

臨海部全体での取り組みにはさまざまな連携が必要だ。こうした中、川崎市は「川崎カーボンニュートラルコンビナート形成推進協議会」を設立。臨海部の企業をはじめ、技術面や資金面で連携が見込まれる企業を含む93社が加盟している。また、京浜工業地帯を構成する東京都や横浜市とは連携協定を結んだ。

商用化を見据えたプロジェクトも動く。川崎市が低未利用地の活用を進める中、市内の扇島におけるJFE東日本製鉄所の高炉休止後の跡地に、日本水素エネルギーが行う「液化水素サプライチェーン商用化実証」の液化水素国内基地の整備が決まった。30年度の商用運転に向けた実証事業の拠点とする。

市が民間企業と連携して実施した調査によると、川崎臨海部の水素需要は年間約42万t、近隣の羽田空港および周辺エリアの水素需要は年間約4~6・6万tと潜在需要がある。水素エネルギーの「商用化」という次なる目標に向け、川崎市の取り組みが注目される。

「市の特色を出したい」と江﨑さん

【特集2】クリーンエネ市場の開拓へ先手 広がりを見せる日本勢の挑戦


日本企業は水素のサプライチェーンに必要な要素技術を磨き上げてきた。政府は各社で培った強みを生かし、需要創出とコスト低減を促す構えだ。

次世代クリーンエネルギーの水素を巡る官民の挑戦の舞台が広がっている。技術開発や実証試験にとどまらず、商用化を見据えた取り組みも熱を帯び始めた。コスト低減と需要開拓を両輪に水素社会への道筋を切り開くことができるか。日本勢の力量が試されようとしている。

トライアル取引が始動 供給者は山梨県の企業に

製造時にCO2を排出しない再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」の利用拡大に向けた新たな取り組みが、2月に動き出した。東京都が日本取引所グループ傘下の東京商品取引所と共同で行う「グリーン水素トライアル取引」で、1月24日に都内で記念セレモニーを開催。出席した小池百合子知事は「水素取引所を立ち上げることで、売買が活発に行われ、身近で活用される社会を実現していきたい」と力を込めた。

セレモニーに参加した小池知事ら関係者 提供:東京都

取引には、グリーン水素の供給者が入札で販売し、利用者が入札で購入する方式を採用。最も低い販売価格と最も高い購入価格でそれぞれ落札され、その差分を都が支援する。今回の入札では、山梨県が50%出資するやまなしハイドロジェンカンパニー(甲府市)が供給者として落札。同県産のグリーン水素を供給することになった。

既に同県北杜市では、サントリーホールディングスや東レ、東京電力ホールディングスなどが国内最大規模となるグリーン水素製造施設の建設を進めており、今年中の稼働を予定。要となる設備は、再エネ由来の電力で水を電気分解し水素を作る「やまなしモデルP2Gシステム」。そこで取り出した水素をパイプライン経由で、サントリーの天然水工場などへ供給する。

各地で水素のサプライチェーン構築に向けた計画が動き出す中、政府は2023年に「水素基本戦略」を6年ぶりに改定。水素の導入量を40年までに年間1200万tに拡大する目標を掲げた。24年10月には、水素の社会実装を促す「水素社会推進法」が施行。2月に閣議決定した第7次エネルギー基本計画でも同法に触れ、既存燃料との価格差に着目した支援を講じて「将来の産業競争力につながる黎明期のユースケース作りをしたたかに進める」と明示した。

ただ、水素の普及に向けたコストの壁は高く、海外の一部地域で建設・人件費の上昇や物価の高騰を理由に計画を見直す動きが表面化している状況だ。

それでもEU(欧州連合)や英独などの25カ国・地域以上が野心的な水素戦略を表明し、その旗を降ろしていない。多様な資源で作れる水素の用途は幅広く、市場が広がる可能性を秘めているからだ。国際エネルギー機関(IEA)によると、50年のカーボンニュートラル実現に向けて世界の水素需要量は22年の約5倍に拡大する見通し。単位量当たりの水素を作る際に排出されるCO2の量「炭素集約度」を数値化し環境負荷を評価する動きも、市場拡大の追い風になりそうだ。

主な水素製造手法の例 出典:資源エネルギー庁

それだけに日本は、得意技術を生かさない手はない。水素基本戦略では、30年に日本企業が生産する水電解装置を国内外で15GW程度導入する目標を掲げるとともに、特許出願で先行する燃料電池などを生かす方針も盛り込んだ。資源エネルギー庁水素・アンモニア課の担当者は「日本企業は『水素を貯める・運ぶ・使う』という各段階で、世界に先駆けて要素技術を磨いてきた。そこで蓄積してきた知見や経験を生かせば、世界の脱炭素化に貢献しながら日本の産業競争力の強化にもつなげられる」と強調する。

本特集では、水素社会づくりに挑む官民の最新動向を追う。

【特集2】ゼロカーボン電力を万博会場に供給 エネルギーの未来像を映し出す


【関西電力】

関西電力は、4月13日~10月13日に大阪市夢洲地区で開催する「EXPO2025大阪・関西万博」で、「Beyond 2025」と題し、七つのエネルギープロジェクトに取り組む。

開催に先立ち関電は昨年9月、同博覧会向けにゼロカーボンの電力を供給する契約を2025年日本国際博覧会協会と締結した。契約電力は、4万5000kWで25年4月から26年3月末まで、パビリオンを含む会場全体に供給する。ゼロカーボンの電源としては、再生可能エネルギーや原子力発電に加えて、水素の活用も予定する。

万博・IRプロジェクトチームの前林ダニエル慎吾マネジャーは「1970年の大阪万博では、日本初の商用PWRである美浜発電所(福井県)で発電した原子力の電力を会場まで届けた。今回の万博ではゼロカーボンの各種発電方式を組み合わせて供給し、未来社会の『あたりまえ』を万博会場で先行して実現したい」と説明する。

水素関連プロジェクトの一つが水素発電実証。経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) が進めるグリーンイノベーション基金の助成を受けて、万博の期間中、水素混焼発電実証を行う。姫路第二発電所(兵庫県姫路市)のガスタービンコンバインドサイクル(GTCC)発電1基(約49万kW)を使い、最大30 vol%まで水素混焼を行い、信頼性・安全性などを確認する。この電気を万博会場まで送り届ける計画だ。水素事業戦略室技術開発グループの松下吉文チーフマネージャーは「水素は燃焼速度が速く、従来のGTCCをそのまま使うことはできない。GTCCの燃焼器などを改良し対応した。このほか、周辺設備も拡充した。この設備をゼロカーボン水素で稼働する」と話す。

さらに水素燃料電池船では、岩谷産業が船舶建造・運航と船舶用水素ステーションの設置を、関電はエネルギーマネジメントと船舶用充電設備の建設を担当する。水素燃料電池船「まほろば」は燃料電池と蓄電池で稼働するため、水素と電気の二つの制御が必要だ。そこで関電は、南港発電所(大阪市住之江区)に水素充填と電気充電の設備を設置。水素事業戦略室事業開発グループの辻慎太郎マネジャーは「水素はフル充填に2時間、電気はフル充電に7~8時間かかる。水素充填は相当のエネルギーが必要で、充電と同時に行うと系統に負荷がかかる。エネルギーの平準化、コスト、時間に制約がある中で、どう供給するかなどを実証する」と語る。

原子力由来も燃料の一部 プロジェクトの拠点へ供給

これらのプロジェクトでは、福井県おおい町と県、ふくい水素エネルギー協議会が供給する原子力由来の水素も燃料の一部として使用。水素製造では、関電の原子力発電所から電力供給を受けて、おおい町の水電解装置を用いる。製造した水素は、姫路第二発電所と南港発電所に陸路で運搬するという。関電は「未来社会の実験場」となる万博を舞台に、エネルギーの未来像を映し出したい考えだ。

水素混焼発電を行う姫路第二火力発電所

【特集2】国内初の旅客輸送する水素船 大阪中心部と万博会場を結ぶ計画


【岩谷産業】

岩谷産業が国内初の旅客船として造船会社と開発を進めていた水素燃料電池船「まほろば」が1月末、報道陣に公開された。4月の開幕へカウントダウンが始まっている2025年国際博覧会(大阪・関西万博)の一般向け移動手段の一つとなる。

運用は京阪グループの大阪水上バス社が担う。大阪・中之島からユニバーサルスタジオジャパンを経由して会場のある夢洲までをおよそ1時間で移動する。

同船は21年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業として採択され建造が始まった。水素を燃料とすることから、従来の内燃機関船と違い、走行時にCO2や環境負荷物質を排出しない移動手段となる。また臭いがなく、騒音・振動の少ない優れた快適性を実現する。

「水素を動力源にして商用として人を運ぶ船はこれまで存在しなかった。(万博では)この船を通じてエネルギー利用としての水素の可能性を多くの人に伝えていきたい」。水素本部の佐野雄一・水素バリューチーム部長は力を込める。

燃料電池車の部材を転用 民間の英知を結集し建造

全長33m、幅8mで150人の乗船が可能だ。駆動の主要部分となる燃料電池スタックと水素タンク(70MPa、130㎏)は燃料電池自動車ミライを手掛けるトヨタ自動車製を船用に転用している。日本勢の技術を組み合わせて建造したことにも大きな意義がある。

建造に合わせて同船専用の水素供給ステーションも整備された。岩谷産業は関西電力とも連携し、関電の南港発電所の敷地内を活用して、供給インフラを整えた。元になる水素は、岩谷産業の水素製造工場から運び込む計画だ。水素サプライチェーン全体を鑑みると、現時点では水素製造時にCO2を排出してしまう。そのため、CO2排出ゼロの移動手段とは言い切れない。しかし、ゼロに向けたトランジション期の技術開発として、同船が誕生した意義は大きい。

万博会場への移動を支える「まほろば」

【特集2】CNニーズに応える事業を拡大 供給基盤構築と需要創出を推進


【東邦ガス】

製造業が盛んな東海地域では、カーボンニュートラル(CN)への対応を検討する企業が増えている。同地域のエネルギー事業をけん引する東邦ガスの元には、そうした企業からの相談が数多く寄せられる。同社はこうした要望に応えるべく、都市ガスへの燃料転換、CCUS(CO2回収・利用・貯蔵)やe―メタンなどの技術開発を着々と進めてきた。需要家の低・脱炭素化に資する取り組みを継続しつつ、近年、同社が注力しているのが水素供給基盤の構築だ。

水素製造プラントを新設 幅広い水素需要に対応

同社は、その一環として知多緑浜工場(愛知県知多市)の「水素供給拠点化」を進めている。同工場敷地内に水素製造プラントを建設し、昨年6月に運転を開始した。これまでも、オンサイト型水素ステーションなどを通じて水素の製造・供給を行っており、同プラントの建設を足掛かりに、早期に水素サプライヤーとしての地位を確立する狙いだ。

知多緑浜工場に新設された水素プラント

カーボンニュートラル開発部カーボンニュートラル開発第二グループの青山高幸課長は「天然ガスと水蒸気を反応させて水素を製造する。製造能力は1日当たり1・7tで、これは燃料電池車(FCⅤ)約340台分に相当。FCⅤのほか、熱分野での代替エネルギーや工業用原料としての活用が可能で、幅広い水素需要に対応できる」と同プラントの意義を語った。

水素製造時に発生するCO2は、顧客のニーズに応じて当面はクレジットの活用で相殺しつつ、将来的にはCO2の回収・利用も検討する。具体的な例の一つとして大成建設、アイシンと共同で、コンクリートにCO2を固定化するプロジェクトを推進中だ。

さらに、水素供給をはじめとしたあらゆる産業ガスの供給に強みを持つ大陽日酸とアライアンスを構築。これにより、年に1度行われるプラントの点検期間の際にも滞りなく供給できるほか、有事の際にはバックアップ供給を受けることが可能となった。

同工場の敷地内には拡充用のスペースを確保しており、水素製造工程におけるCO2の回収・利用や、需要拡大に応じて製造能力の増強を検討する。

【特集2】東京五輪のレガシーを受け継ぐ 選手村跡地で先駆的なエネ事業


【東京ガス】

東京五輪・パラリンピックのレガシーを受け継ぐエネルギー事業が始まった。東京ガス100%子会社の晴海エコエネルギーは、昨春から選手村跡地の大規模複合街区「HARUMI FLAG」で、導管(PL)による水素供給を開始した。実証事例は、北九州市などであるが、民生向け事業では国内初だ。近隣の水素ステーション(ST)で製造し、低圧用に0・1MPaまで減圧した水素を供給する。

PLの総延長は約1㎞に及び、水素流量は1時間当たり150㎡ほど。4カ所の住居街区と1カ所の商業街区に供給し、屋外にある純水素型燃料電池を稼働させている。住居街区にはパナソニック製の5kWタイプ燃料電池を計24台、商業街区には東芝製の100kWタイプを1台設置。電気は共用部の照明など、熱は足湯向けなどだ。STでは高圧ガス保安法、水素の街区供給にはガス事業法、発電を伴う燃料電池の使用には電気事業法と、三つの法令に対応している。

中高圧対応の導管を敷設 付臭剤でガス漏れを検知

保安面では、二重三重の対策を施した。カスタマー&ビジネスソリューションカンパニーの清田修企画部エネルギー公共グループマネージャーは「未経験の取り組みだったが、都市ガス事業のノウハウを最大限に活用した」と話す。

PLの施工では、従来、0・1MPa未満の低圧供給に用いるPE管ではなく、中圧・高圧供給に対応した鉄管溶接仕様の導管を採用した。外部からの強い力で変形してもひび割れや破損しない耐久性があり、阪神・淡路大震災の強い揺れにも耐え抜いた実績がある。PLを埋め戻す作業では、上部に防護鉄板を敷設した。もし、工事などでショベルカーが触れても傷つかない仕様になっている。また、水素には付臭剤を添加して、微量漏えいでも発見できる。

マンション群のうち分譲の約4000戸にはエネファームが設置され、水素キャリアの活用も見据えた「水素Ready」の体制も構築済みだ。安全やコストを含めて水素の民間利用を広げる上で、今後の街の行く末に関係者は熱い視線を注ぐ。

水素の供給を受ける晴海地区