【特集2】太陽光発電の戦略を深掘り グローバル企業の脱炭素化を支援


東京ガスエンジニアリングソリューションズ】

グループ全体で再生可能エネルギー導入量の拡大・運用を目指している東京ガス。とりわけ、ここ数年の太陽光発電を巡る動きは活発だ。「太陽光発電設備のAI活用」「メガソーラーの設計施工」「エネルギーサービスにおける再エネ運用」―の三つの取り組みを紹介する。

東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)は2022年9月、東京センチュリー、京セラコミュニケーションシステムと共に、太陽光発電事業に関わる新会社、A&Tm社を立ち上げた。FIT制度がなくなり、再エネの導入にブレーキが掛かる懸念がある。その中で、太陽光発電設備をいかに効率良く運用して、再エネ導入の拡大につなげていくか―。

そんな問題意識から、太陽光発電設備のアセットマネジメントや、テクニカルマネジメントの提供によって太陽光発電事業者の収益性を高めることを目的に新会社を立ち上げた。まずは各グループ会社の設備を中心に運用を担っている。

A&Tm社の澤井創一社長は「新会社発足から1年ほど経過したが、順調に成果を出している」と手応えを口にする。現在、同社が運用に関わっている太陽光発電の設備容量は約69万kW。毎日、発電量などの運用状況のデータを収集し、最近は異常検知にAIも活用して運用している。このAI活用は、通常のアラームでは発報されないエラーを見つけ出しており、その効果は早速現れている。

例えば同じ発電サイトであるにもかかわらず、パネルの発電量のパフォーマンスにわずかな差が生じるケースがあった。調べてみると、雑草の生え具合によって影の生じ方が異なっており、エリアにより10%程度の発電量のロスを検出したため、除草シートなどで対応することを提案した。

また、このAIではパワコンの人為的な設定ミスを回避できるという。定期検査で実際の現場で人が作業する際、ミスは起こり得ること。複数台のパワコンのうち1台でも挙動が異なれば、すぐにそれを自動検知する。

このAIのアルゴリズムは既に完成しているそうで、今後、さらに改良を進めて効率化を図った運用システムとして展開していく方針だ。「その際、新たな異常を検知するケースがあると思うので、改善してパフォーマンスを向上させたい。1件当たりの異常値はわずかな数値だが、積み重ねれば大きな効果につながっていくはずだ」(澤井社長)

グループ初の大型太陽光 地元との関係構築に注力

2023年6月、東京ガスグループが設計から建設まで携わった国内初の大規模ソーラーが稼働した。栃木県の市貝発電所(2・19万kW)だ。この発電所は東京ガス100%子会社であるプロミネットパワーが開発したもので、TGESが設計・エンジニアリング・施工管理を担った。

グループ初の挑戦には、さまざまな苦労があった。本件は、ゴルフ場跡地に太陽光発電所を建設するもので、ゴルフ場という性質上、起伏に富んでいる。例えば1ホール目と18ホール目では設計や工法は異なるし、一つのホール内でも中身は違うものだ。TGESでは、地形測量や日射量測定を徹底的に行った。造成による環境負荷を最小限に抑えつつ、土地の起伏に対応した太陽光発電パネルの配置検討を行うことで発電量最大化を追求した。

TGESが労力を割いたのは、設計や施工の面だけではない。TGESエンジニアリング本部副本部長の中島秀明・執行役員は「地元の住民の方々とのコミュニケーションも積極的に行った。地元の住民の方々からすれば『一体どんな工事をするのだろうか』と不安を抱くもの。施工管理を担う会社として、工事の内容について丁寧に説明してきた。そのかいがあったからなのか、住民の方々から新鮮野菜を頂戴することもしばしば(笑)」と振り返る。

最近、トラブルが多発する再エネ開発。オーナーの目線に立ったサービスで、地域に受け入れられる再エネビジネスに力を注ぐ。

TGESの事業展開は、巨大な熱源プラントを扱う地域冷暖房の運用に始まり、コージェネを軸にしたエネルギーサービスへと発展させてきた。脱炭素時代に向かう中、再エネ商材を扱うケースが増えている。岡本和久・取締役常務執行役員は「再エネ設備も加えながら、総合ユーティリティー事業として、あらゆる商材を扱いながらお客さまの脱炭素を支援していくステージに入ってきている」と話す。

ゴルフ場跡地に建設した市貝発電所

【特集2】大規模補助金で再エネ支援 自らも設備導入を加速


【東京都】

再エネ導入拡大に向けて事業者向けに手厚い支援策を打ち出す東京都。太陽光発電や蓄電池を中心に都内外での設置を支援し脱炭素を目指す。

2030年「カーボンハーフ」の実現に向け、都内の再エネによる電力の使用割合を50%にする目標を掲げている東京都。まずは徹底した省エネを進め、その上で必要なエネルギーを再エネでまかない、さらにエネルギーマネジメント技術を駆使しながら再エネ利用の最大化を目指している。

都では、事業者や都内区市町村が再エネや蓄電設備を導入するに当たって、年間100億円近くの予算を確保し、支援策を展開している。その枠組みは、「都内設置/都内消費・蓄電」「都内設置/都内蓄電」「都外設置/都外消費・蓄電」「都外設置/都内消費・蓄電」に区分しており、中でも注目されるのが「都外」(都外設置/都外消費・蓄電)を支援している点だ。

産業労働局産業・エネルギー政策部の遠藤洋明・事業者エネルギー推進課長はこう説明する。「都の再エネや蓄電設備の導入支援は、FITやFIP制度の認定を受けていない設備であることが前提で、都外といってもどこでもよいわけではない。あくまでも東京電力管内を対象としており、関東を中心としたエリア全体の再エネによる地産地消につなげていきたい」

ただ、都外で消費する場合は注意が必要だ。例えば都内に本社を置く事業者が、埼玉県内の自社工場の屋根に太陽光パネルを設置して都外消費する場合、都は導入コストの一部を補助するが、そのパネル発電分のCO2削減価値のうち補助相当分は証書として都内事業所に帰属させることが要件となっている。

都ではこうしたスキーム以外でも、大規模蓄電池に対して導入を支援している。東電管内の系統網に直接接続する「系統用蓄電池」向けだ。

「昨今、他エリアで電力の需給バランスを保つため、再エネ発電の出力抑制の回数が頻発している。都としても問題意識を持っており、蓄電池の導入を支援することによって電力の需給バランスを維持しながら、再エネ発電の機会損失を防ぎたい」(遠藤さん)

需要家としての対策進める 再エネ主体の電力調達

一方、東京都はエネルギーを消費する需要家としての顔を持つことから、都自らも再エネ設備を導入したり、再エネを中心とした環境価値の高い電気利用に積極的に取り組んでいる。環境局気候変動対策部の眞中賢二・率先行動担当課長は「設備導入については、都有施設の新築・改築時に加え、既存施設にも太陽光パネルの設置を進めている。その導入量は21年度に9320kWであり、30年までに設置可能な全施設に導入を目指す。施設の躯体・耐震性能の確認など膨大な作業が必要だが、目標に向けてまい進したい」と話す。

また再エネ電気の利用については事業者の入札などによって低炭素な電力を調達している。眞中氏は、「多様なプレイヤーが出てくる中、再エネを主体とした電力調達を牽引していきたい」と意気込みを見せている。

【特集2】北海道内の再エネ普及へ インフラを担い社会貢献


【トドック電力】

自社電源を保有し電力市場で存在感を発揮している伊藤忠エネクス。再生可能エネルギーの領域では、とりわけ北海道での取り組みが注目されている。

エネクスは2015年、王子グループと連携し「王子・伊藤忠エネクス電力販売」を設立。北海道を中心にFIT電源を含めた太陽光、水力、バイオマスなど全国7カ所の電源を整備・運用している。そのうち北海道には四つの発電所がある。

一方、北海道の生活協同組合、コープさっぽろとは15年に電力小売会社である「トドック電力」を設立した。エネクスはもともと既存事業である灯油・LPガス事業において、コープさっぽろグループでエネルギー事業を手掛けるエネコープ社と取引をしてきたこともあり、電力事業でも連携を深めることとなった。

トドック電力について、尾﨑信介社長は「再エネや環境価値の高い電気を道民に届けることを基本理念とし、設立当初はコープさっぽろの店舗向け高圧電力を中心に供給を開始した。16年の全面自由化とともに、家庭向け(低圧)電力を組合員向けに供給を拡大した」と話す。

道内人口510万人のうち、組合員は約200万人に上る。道内では約247万の世帯数であることをかんがみると、会員が占める世帯数割合は8割を超えており、トドックにとってこのマーケットは大きい。現状では世帯数の1割程度に、「再生可能エネルギー100%メニュー」として販売しているそうだ。中心となる再エネ電源は、江別市のバイオマス専焼電源である。道内の木材チップを中心に地産地消の電力を供給しており、さらに非化石証書を購入することで「再エネ電源」の提供を実現している。

道内の地産地消推進へ 生活インフラを支える

ただ、尾﨑社長は「われわれが目指す事業モデルは、地産地消によって環境価値の高い電気を地元に普及させ、道内の脱炭素化に貢献すること。単に非化石証書を購入するだけでは、地域における再エネ拡大に貢献するとは言い難い」と話す。

そうした中、伊藤忠エネクスとコープさっぽろは、新たな一手を打つことになった。道内の最大200地点にエネクス側が太陽光発電パネルを整備し、コープさっぽろが所有する。そして、自己託送制度を利用しながらコープさっぽろ店舗に電力を供給する。

その際、肝となる電力の需給調整システムはエネクスのノウハウを活用する。まさに、完全無欠となる地産地消型のCO2フリー電気である。

「北海道におけるコープさっぽろの役割は非常に大きい。食品の宅配などを通じて、生活インフラを担っているといっても過言ではない。過疎化が進む中、その存在感はますます高まっていくと思う。コープとエネクスの連携を通じて、インフラ企業としてさまざまな社会貢献を果たしていきたい」と尾﨑社長は強調する。

エネクスとコープさっぽろは自己託送を進める

【記者通信/12月5日】石狩洋上風力が本格稼働へ 事業主体GPIが投げ掛ける課題


北海道石狩港湾エリアで、大規模洋上風力が2024年1月から本格的に動き出す。NTTアノードエナジーとJERAの傘下に入ったグリーンパワーインベストメント(GPI)が主導するもので、出力は11万2000kW。秋田沖で今年運開した丸紅が主導する洋上風力に次ぐ出力規模を誇る。GPIはFIT制度を通じ、36円/kW時で20年間にわたって北海道電力に売電する。

全国各地で計画が進む洋上風力――。国内では適地がなくなりつつあるメガソーラーに代わる大規模再生可能エネルギーとして、今後の普及拡大に期待が高まっている。しかしながら、国内産業の振興という視点でとらえた場合、一抹の不安は隠せない。

「40年までに『洋上風力サプライチェーン』の6割を国産で」。こんな目標を、日本の産業界は掲げている。風力は太陽光パネルとは異なり、部品調達から設計施工・土木と産業のすそ野が広い。せっかく再エネでエネルギーを地産地消するならば、風力も国産設備・国産技術で対応し、国内の産業活性化にもつなげていこうとの狙いがある。

問題は、洋上風力設備の3割を占めるとされる「風車」だ。過去に三菱重工業、日立製作所、富士重工業(現スバル)などの国内メーカーが手掛けていたが、撤退や外資との連携などにより、純国産の道を閉ざしてしまった経緯がある。仮に国産6割を目指すのであれば、風車は海外製で対応するとしても、残る設備・部材を全て国産にしていくような仕組みでないと、目標には届かない公算が大きい。

ちなみに石狩では、風車は独シーメンスグループ製、それ以外は全て国産で対応したことにより、「何とか国の目標通りに進めることができた」(GPI関係者)。今後、洋上風力の建設ラッシュを迎える中、どこまで国内勢が活躍できるのか。太陽光発電がそうだったように、スタートダッシュの勢いが続かず、気付けば海外勢の独断場という事態に陥る危険はないのか。GPIの運開は、そんな課題を投げ掛けている。

【特集2】デジタル変電所で実績重ねる データ分析の高度化で改善へ


【東京電力パワーグリッド】

東電PGが「次世代の施設」と位置付けているのが南横須賀変電所だ。主要な設備にセンサーを備え付け、新時代の運用につなげようとしている。

広大な太平洋を望む神奈川県・三浦半島の先端エリア。ここに東京電力パワーグリッド(PG)が4年前に更新した「デジタル変電所」が立地する。東電PGが次世代インフラの先駆けと位置付けている南横須賀変電所だ。変電所の設備にセンサーを取り付け、さまざまなデータを常時取り込みながら遠隔で状態監視している。東電PGは運用実績を重ね、インフラ運用のDX戦略を実行に移す。これまでの運用・保全の概念を覆すことはもちろん、設備工事の工法まで大きな変革をもたらすものとして期待されている。

JERAの大型電源を受電 潮流安定化の重要拠点

変電所の隣には、JERAの大型石炭火力がある。ここで発電した電力を、南横須賀変電所(27万5000V/6万6000V)で一手に受け取り、三浦半島以北へと送電する。系統潮流の安定化を支える上でも重要な拠点だ。そんな役割を担うこの変電所では、一部の設備に経年劣化の課題を抱えていた。そこで、建屋に格納されていた全ての開閉設備と屋外に設置されていた4台の変圧設備のうち2台を解体。開閉設備はガス絶縁開閉装置に、変圧器は全体容量を変えずに新設の1台へと更新した。その際、全体の工事コストを鑑みて屋内設置ではなく全てを屋外設置とした。4年前のことだ。

更新の際には、次世代運用を志向すべく、デジタル変電所へと仕立てた。東電PG工務部変電技術担当の塚尾茂之部長は、南横須賀の取り組みを次のように説明する。「主要設備であるガス絶縁変圧器(GIT)とガス絶縁開閉装置(GIS)にセンサーを内蔵させた。抵抗値、油面位置、ガス圧力、密度、温度など、そこから取り出すデータを集約装置に集め、いったん下位系サーバーに伝送する。さらにそのデータを、上位系となる社内独自のネットワークに吸い上げる仕組みを構築した」

従来は、設備からの警報が上がったり、故障して初めて現地に出向くなど、突発的な対応に苦慮していたが、今回の取り組みで遠隔での状態監視が可能となった。4年近くにわたるデータ蓄積によって、今後は設備挙動のトレンドをAIで自動分析したり、予兆管理のアルゴリズムを開発する。そして設備の延命化や現場への出向回数削減などの業務改善につなげていく。こうした設備ごとの状態監視だけでなく、変電所全体をAIで異常診断する仕組みを東電PGではARAAM(アラーム)と呼んでいる。このシステムにドローンや、ウェブカメラ、集音マイクなどを組み合わせながら、多様なデータを集約していく方向だ。

工事面でもデジタル化 今は産みの苦しみ

東電PGは設備の設置工事でもデジタル化を進めている。建築業界では一般的な「ビルディング・インフォメーション・モデリング(BIM)」と呼ぶ技術を取り入れようと検討している。設置エリアや設備そのものを3Dデータに落とし込み、現場での搬入経路、設備同士や充電部との離隔距離、配置など、従来は現場に出向いて確認していた作業を、BIMの点群データを測量することで現場出向せずに3Dで正確に計測できる。

「工事期間を短縮できる。これは工事による電力供給の停止期間の削減を意味する。実際、南横須賀ではGISの据え付けに充電部接近への危険防止として、当初、23日間の送電線停止期間の予定だったが、BIMによって充電部への正確な離隔距離を把握し、危険防止停止を6日間に短縮した。また他地点の地下変電所ではGIS回線の増設工事でもBIMを活用した。従来であれば、現場合わせで加工していたガス配管を3D計測で正確に位置を把握。あらかじめ工場で加工のうえ現場工数を削減する『プレハブ化』で、現場での配管接続工数を60%削減した」(塚尾氏)

東電PGの変電設備は、都心部の敷地面積が狭い場所や地下に据え付けられているケースがとりわけ多い。今後、リプレースを控える設備も多くあり、BIMの活用は欠かせないものになるだろう。

「デジタル化の取り組みは待ったなしだが、今は産みの苦しみだと思っている。将来的には得られたノウハウを生かして事業領域の拡大につなげていきたい」と塚尾氏は力を込めた。

デジタルを実装する南横須賀変電所

【特集2】地域冷暖房で進むAI活用 人手を離れた運用で改善進む


【東京都市サービス/高砂熱学工業】

デジタル化の波は電力インフラだけにとどまらない。地域冷暖房でもAIを活用したデジタル運用が進む。

電力インフラにおけるAIを活用したデジタル化が進むのは火力発電所や電力系統の分野だけではない。地域冷暖房といった大規模なインフラ拠点でもその取り組みは進んでいる。

これまでの地冷の運用では、運転手が熱源設備の運転スケジュールを立案し、手動で計画値を入力。365日、24時間の対応で安定運転に努めてきた。自ずとベテラン運転員の「人の手」に頼ってしまうケースが多かった。

そうした中、運用の高度化を目指して東京都市サービスと高砂熱学工業は、地冷向けにAIを活用した熱源プラントの自動運転システムを開発した。国内最大級の地冷規模を誇る晴海アイランド地区で安定稼働や省力化を確認した。

システム開発の四つの特長 蓄熱運用の改善に期待

今回、両社が開発したシステムは、AIの一種である「ルールエンジン」を活用した熱源自動運転システムで、既存の中央監視盤に接続して運転する。高砂熱学がシステムを開発し、東京都市サービスが運転ノウハウと実証フィールドを提供した。

システムは四つの特長を備えている。一つ目は熱負荷予測機能と蓄熱目標量の算出機能だ。気象予報値と過去の熱負荷データを組み合わせて翌日の熱負荷を予測する。予測した熱負荷をもとに目標量を産出する。

二つ目は熱源の運転計画機能とスケジュール出力機能だ。熱源の保守計画や電力需要などの制約条件を考慮して、目標の蓄熱量を製造するための熱源の運転計画を演算する。計画をもとに、運転スケジュールを自動で中央監視盤に出力する。

三つ目が任意の電力デマンドの制御機能だ。運転計画の立案に際して、任意の目標電力デマンドに制御する。四つ目は既設の中央監視盤との連携機能だ。既設の自動制御機能を生かしたまま、このシステムからは熱源の起動・停止のみを制御する。

両社の実証によって三つの成果を得た。熱の負荷実績と差が生じた場合も1時間ごとの補正機能によって適正に運転したことを確認。省エネ性についても実証できた。「人手」のケースのシステムCOPは4.2だったが、AIによるデジタル制御では、4.3と同程度となった。さらに人手の業務負担はおよそ50%程度を低減した。

ヒートポンプと蓄熱槽を組み合わせた運用では、これまでは深夜の電気を活用して蓄熱槽に熱をため込み、昼間のピーク需要に合わせて放熱するような、割と単純な運用スタイルが一般的だった。

しかし最近では、電力の需給ひっ迫への対応(デマンドレスポンス)や、再生可能エネルギーの余剰電気を蓄熱槽にて吸収するような従来にはない複雑な運用スタイルを求められるケースも増えている。AIを活用した運用によって、さまざまな社会課題を解決していきそうだ。

AIを活用し熱源プラントの実証を進めた晴海地区

【特集2】秦野市と包括連携協定 CNガスの供給で環境貢献


【秦野ガス】

秦野ガス(友添修吾社長)は2021年11月、神奈川県秦野市、東京ガスとともに、「カーボンニュートラルのまちづくりに向けた包括連携協定」を結んだ。その取り組みを具現化する第一歩が、カーボンニュートラル(CN)都市ガスの供給だ。

秦野ガスは昨年4月からCN都市ガスを取り扱っている。これは天然ガスの採掘から燃焼までの工程で発生する温室効果ガスを、CO2クレジットで相殺したLNGを活用したもの。同社は東京ガスから卸供給を受け、本社事務所で自家消費しているほか、秦野市役所建屋に供給を開始している。

「契約期間は5年間の長期契約だ。クレジット価格が上乗せされる分、どうしてもコスト高になるが、一方で5年間はクレジット価格の変動はなく、お客さまはリスクが少ない形でCNに向けて取り組むことが出来る」。佐野均企画部長はこう話す。

秦野市は秦野ガスの大口株主でもある。同社は市から社外取締役を受け入れ、取締役会などを通じて意見交換し、市のさまざまなニーズをヒアリングしてきた。

秦野市とは2年ほど前、電力の需給がひっ迫した際、こんなやり取りもあった。秦野ガスは電気の販売も手掛けていて、高圧向けはエネットの代理店、低圧向けは東京ガスの取次店として「秦野ガス電気」を販売している。電力がひっ迫した際には、市も他の需要家と同様に、苦境に立たされた。その窮状を聞きつけた秦野ガスは、エネットの協力を得て、グリーン電力の供給をサポートした。

一方で、CN都市ガスの採用は秦野市役所だけではない。地元の東海大学湘南キャンパスの一部の建屋では空調や厨房向けとして採用されている。「(東海大学向けに)CN都市ガスを導入することによって、学生の環境意識を高めたいという大学側のニーズに応えることができた」(佐野部長)

近隣には工業団地が存在 CNガスの潜在的なニーズ

同社供給エリアには、金属加工メーカー、電子部品メーカー、食品メーカーなど10社近くが集う大きな工業団地が存在している。「現状では重油を使っている工場もまだ残っていることから、CN都市ガスに対する潜在的なニーズはあると考えている」(飯田昌一常務取締役)。仮に新規に大口需要家向けに供給が始まったとしても、現状の供給力で対応できるとしている。だが、ニーズがあるからと言って、(中圧管の)導管整備の投資判断を下せるかどうかは別問題だという。

こうした業務・産業用の営業には二人の専門の社員が対応している。この二人が、工場内ではどういう仕組みでエネルギーを消費しているのかなどについてヒアリングを行っており、会社としてどのような提案が最適なソリューションなのか、考えるケースが増えているそうだ。

課題もある。「当社が扱うCN都市ガスは現状ではボランタリーなクレジットだ。将来的には、CO2削減分を国内法上で担保されたものを取り扱いたい」(飯田常務)としており、CN都市ガスの調達元である東京ガスに期待を寄せている。

5年間の長期契約で供給する

【特集2】CO2を有効利用するバイオ系技術 遠心分離技術活用のSAF燃料製造


【三菱化工機】

三菱化工機のカーボンニュートラル技術は水素製造だけにとどまらない。同社独自の技術を用いて、バイオ系や航空燃料向けのCN化を支える。

都市ガス業界と共に、水蒸気改質の技術を用いた、水素製造の技術を培ってきた三菱化工機。同社は、こうした技術を基にしてカーボンニュートラル(CN)の実現に向けて開発した、「HyGeia(ハイジェイア)」シリーズなどを工場向けに納入しているほか、水素ステーションなどの整備に力を注いできた。

そんな同社には水素製造の技術以外に、二つの特徴的なCN技術がある。一つはバイオ系向けにCO2を有効利用する設備である。

三菱化工機アドバンスの増田吉兼プラント環境営業部主事は、こう話す。「工場から排出されるCO2を回収してコストを掛けずに有効活用したいというニーズが年々増えている。化学プラントや培養プラント、排水処理プラントの設計から施工まで手掛けている当社の強みを生かして、CO2を植物の光合成を促進するために活用する可搬式の微細藻類培養装置『Algacube(アルガキューブ)』を開発した」

製品の仕組みはいたってシンプルだ。長さ3m×高さ2m×幅1.1mのユニットで、細長いガラス管の中に培養液を循環させ、太陽光やLEDといった光源を照射する。回収したCO2を加えて光合成を促す。

可搬式のため屋内外を問わず導入できる。培養した藻類は燃料であったり、健康食品向けの油脂を抽出することが考えられる。実際に「CO2を有効活用したいという大手製造業工場向けに導入したケースもある」(増田氏)という。

また三菱化工機の本社工場内(川崎市)に設置している水素ステーションと微細藻類培養装置を接続する実証を行っている。都市ガス改質由来の水素製造の宿命として、どうしてもCO2が発生する。このCO2を藻類の培養へ有効活用するユニークな実証である。

船舶燃料用の遠心分離技術 SAF燃料で空のCN支える

もう一つの技術が連続遠心分離機「ディスクセパレータ」だ。こちらは、CN燃料であるSAF(持続可能な航空燃料)の製造を支える設備である。

三菱化工機の中川将英舶用機械営業部次長は次のように話す。「もともと当社には舶用燃料をきれいにする遠心分離技術を保有していて、船舶向けに80年近くの販売実績を持っている。国内で舶用向けに遠心分離機を手掛ける企業は当社のみで、世界シェアでは1位の実績」。三菱化工機では、この技術をSAF向けに活用していく。

各地から集められた多様な廃食油を、遠心分離によって夾雑物を分離し、SAFを製造しやすい形に仕立てていく。実際に、石油元売りのコスモ石油が国内で建設するSAF製造工場へ納入することが決まっている。

「海」から始まった技術を「空」へと転用し、空・海で使われる乗り物燃料のCN化を支えていく。

アルガキューブ(左)と遠心分離設備がCNを支える

【特集2】輸送プラットフォームの水平展開 スマホ制御システムでCO2を大幅減


【ニチガス】

LPガス輸送のプラットフォームを他社へ貸し出すことで低炭素化を目指す。エネルギーマネジメントシステムの構築によってCO2を大幅に削減する。

都市ガス会社を含めたグループ企業全体で年間263万t程度のCO2を排出しているニチガス。その内訳は、LPガス配送・営業車両の走行などで1.4万t(スコープ1)、自社の電気使用で0.2万t(スコープ2)、エンドユーザーのガス利用で約260万t(スコープ3)だ。

ニチガスでは少量のスコープ2では、非化石証書の活用などによってゼロに近づけているが、その他はどうか。吉田恵一専務は「スコープ1では、当社1社ではわずかだが、当社のLPガス配送方式を他社へ水平展開することで、業界全体でCO2を削減できる」と説明する。

LPガスは、沿岸の元売りの輸入基地から内陸の充てん所を経てエンドユーザーに配送される。一方、ニチガス方式では、輸入基地からいったん「夢の絆・川崎」基地を経由しデポステーション(原則無人管理)を経てエンドユーザーに届く。夢の絆・川崎はLPガス容器を大規模集約し充てんした上で、各地のデポへトレーラーで輸送する同社独自の拠点だ。

容器にはバーコードが印字され、拠点の門を通過する度に、自動でスキャニングされ全容器のデータが集約される。「A地点にX個の容器を運べ」。高度なAIにより、リアルな指令が製造拠点や配送員に知らせる。さらにエンドユーザーの容器内の残ガスを遠隔で日々管理する端末「スペース蛍」とデータ連携することで、最適供給を導く。こうしたDX技術が搭載されたプラットフォームを他社が活用することで業界全体のCO2を削減する。スコープ1でエンドユーザー1件当たり50%のCO2を削減可能だと試算している。

一方、逆パターンもあるという。それはLPガス容器ではなく、あらかじめエンドユーザーにバルクを設置して供給するケースだ。「当社には一部の拠点しかバルク供給の払い出し設備がない。当社も他社拠点を活用し拠点の相乗りで互いの配送を合理化してCO2を削減する」(吉田氏)

蓄電池やヒーポン設備 件当たりCO2を70%削減

本丸のスコープ3はどうか。ニチガスは電気やガスを扱う総合エネルギー企業としてのアプローチを採用する。電気式ヒートポンプとガスボイラーを組み合わせたハイブリッド給湯設備をはじめとして、太陽光発電や蓄電池、電気自動車(EV)などのアイテムを組み合わせてスマートホームを構築する手法だ。

まずは年内に自社の3拠点にパワーエックス社のEV急速充電用蓄電池を導入し、社内からCO2を削減する。次のステップで家庭用蓄電池をエンドユーザーに導入し、太陽光、EVなどと連携して効率的にマネジメントする。現在、エストニアの企業と連携して、これらをスマホで制御するシステムを構築し、新たなサービスとして提供する予定だ。再エネ電気を効率的にヒートポンプや蓄電池、EVに活用しCO2を削減する。

「モデルケースでは1件当たりCO2を70%削減、スコープ3全体では30年にCO2を半減できる」(吉田氏)。エネルギー販売に加えて、エネルギーマネジメントを手掛けることで多くのCO2を削減する青写真を描いている。

設備群をスマホで制御する(提供:パワーエックス)

【特集2】世界最大級のメタン製造 国産と人工の二大生産へ


【INPEX】

国内に天然ガス田が点在する中、新潟県長岡市周辺のガス田は埋蔵量、生産量とも国内最大規模である。資源開発大手のINPEXは、ここでガスを採掘し都市ガス事業として生産・供給する。現在、同社が主体となり、同市の生産拠点の一つ、越路原プラント(日量420万?)の近隣で、世界最大級のe―メタン製造に向けた実証プラントの建設が進む。

「高圧ガス保安法に則って、実証エリアの造成を進め、1ha程の敷地に原料供給、ユーティリティ、メタネーションの三つのエリアを整備する。2025年度から実証し、1時間当たり400?のe―メタンを生産する予定だ」。水素・CCUS事業開発本部の若山樹プロジェクトジェネラルマネージャーはこう話す。

同社がこの地でe―メタン製造の準備を進めるのは、メタネーション反応に必要なCO2を大量調達できるからだ。天然ガスを産出する際に出る随伴のCO2をそのまま利用できるのである。1時間当たり400?のe―メタンを製造するには、同量のCO2が必要となるが、同サイトからはそれ以上のCO2が随伴で排出される。

まだ実証が始まっていない現在は、隣接する産業ガスメーカー向けに、液化炭酸・ドライアイス販売用の原料としてCO2を供給している。それ以上は、大気中に放散している状況だ。「実証が始まったとしても、CO2の供給余力は存分にある」(若山氏)。供給インフラは、越路原プラントから実証プラントまで、CO2パイプラインを地下に敷設して整備する。

e―メタン製造に必要なもう一つの重要な原料の水素は、液体水素タンク(78?)を新設し、岩谷産業から調達する。岩谷の液水製造拠点となる千葉・市原、大阪・堺、山口・周南の3拠点から、タンクローリー輸送によってデイリーで運んでくる計画だ。

発熱反応への対応 総合効率を向上させる工夫

実証はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からの助成を受けたもので、大阪ガス、名古屋大学とのコンソーシアムで行う。INPEXが商用スケールの適正化を検討し、大阪ガスが反応プロセスの技術開発、名古屋大学がシミュレーションの技術開発を担う。INPEXはこれまでも、1時間当たり8?程度の小規模実証を行っており、その知見を生かして今回の実証にトライする。

具体的な実証項目は次の三つだ。1点目は触媒技術に関わるもので、触媒を使ったメタネーション反応の挙動を把握すること(反応シミュレーション)。2点目がプロセスに関するもので、設備の基本性能や触媒の耐久性評価。3点目が商用スケールに向けた検討だ。

期待が高まるe―メタンだが、実用化にはハードルがある。

「特に課題となるのが、メタネーション特有の発熱反応への対応だ。発生する熱を再利用しメタネーション反応の総合効率を向上させるようなエンジニアリング上の工夫を施して対応していく。過去の小規模プラントからスケールアップすればよいと思われがちだが、そんなに単純な仕組みではない。しっかりとシミュレーションして、大型化に対応したい」(若山氏)とし、30年ごろを目途に1万?を目指す。

越路原プラントからの随伴CO2を使う

【特集2】一丁目一番地の「燃転」に注力 ガス体エネの優位性を訴求


【岩谷産業】

ガス体エネルギーへの燃料転換のポテンシャルは膨大とみられている。エネルギー販売のみならず設備販売なども行い、低炭素化を図る。

ガス業界のトランジション期に欠かせない取り組みの一つが、重油・灯油などの液体燃料からガス体エネルギー(燃料)利用への燃料転換だ。現実的にCO2を削減する燃転は、一丁目一番地の方策として各社が注力している。

LNG・LPガスに始まり究極のクリーンエネルギー、水素と多様なガスを商材として扱う岩谷産業にとっては主戦場である。

「ここ3年くらい、CO2削減に対するニーズが圧倒的に増えている。LPガスに関して言えば、中小企業の工場のお客さまを中心に年間で約50件の燃転を手掛けている」。総合エネルギー事業本部産業エネルギー部長の斉藤敦久執行役員はこう話す。

対象となるユーザーは、北は北海道、南は九州まで全国津々浦々だ。各地域の産業エネルギー部のメンバーがアンテナを張って、燃転ニーズを嗅ぎつける。燃転だけでなく、新工場や増設など、新たなLPガスの新規顧客の獲得も50件以上の実績を毎年重ねているという。

岩谷の特長はLPガスだけでなく、LNGも商材として扱っている点だ。天然ガスの燃焼段階でのCO2削減効果はLPガスよりも高い。旧一般電気事業者らと連携し、火力発電所のLNG基地を拠点に、ユーザーへローリーで出荷している。

燃転と新規の案件を合わせて毎年10件ほど、販売実績を伸ばしている状況だ。

補助金スキームを踏まえて 最適なメニューを提案

燃転にせよ、新規でLPガスを採用するにせよ、ユーザーにはそれなりの投資負担が発生することになる。補助金をどれだけ受けられるかは、重要だ。「われわれは補助金の活用スキームを知り尽くしているという自負がある。一般的にCO2対策では環境省から、省エネ対策では経産省から補助金がある。お客さまの設備構成によっても変わってくることから、どちらの補助金がお客さまのメリットにつながるか常に意識しながらお客さまと接している。さらにお客さまの負担を減らすために、煩雑な補助金申請業務までサポートしている」(同部の宮英之マネージャー)

宮氏は、こうした補助金ノウハウを情報共有すべく、定期的に社内向け相談会を実施するなどして営業力の底上げを図る。

そんな燃転強化にまい進する岩谷だが、そのポテンシャルはどれほどなのか―。宮氏によると、工業用途で重油や灯油の利用はLPガス換算で900万t、石炭を含めると2400万t分のポテンシャルがあるとした上で、今後は農林水産業界のCO2削減にも貢献していきたいという。

一方、最近では燃転ニーズだけではなく、太陽光発電設備の導入といった、エネルギー供給以外の取り組みも増えているそうだ。「今後は、省エネ性の高いヒートポンプ設備の導入も飛躍的に増えるだろう」(斉藤氏)。ガス体エネルギー販売だけでなく、設備を含めた多様な商材をそろえて低・脱炭素化に貢献していく構えだ。

LPガスへの燃転や新設が増えている

【特集2】産官学連携でヒートポンプ普及 設計・製造に新しい発想必要


家庭用や産業用途にヒートポンプ(HP)普及の余地を残すと指摘する鹿園教授。水素普及のシナリオのようにさまざまな関係者が連携していくことが重要だと話す。

【インタビュー】鹿園直毅/東京大学生産技術研究所教授

―昨今のカーボンニュートラル(CN)の流れをどのように捉えていますか。

鹿園 今までは化石資源の価格が安かったために、化石燃料を前提とした体系が出来上がっていました。化石燃料を燃やしてボイラーをたけばよかったわけですが、CNの流れの中で、その体系がリセットされたとたん、右往左往している状況でしょう。

―国のGX推進会議に委員として参加し、ヒートポンプ(HP)に対して技術的な視点でコメントしていました。エネルギー政策の中でHPに対してどのような課題認識を持っていますか。

鹿園 国内の家庭用給湯や暖房用は非常に利用量が大きく、裏を返せば省エネの余地が非常に大きい。HPはその切り札になり、いかに普及させるかが大きな課題です。

冷房空調のHP、いわゆるルームエアコンは普及していますが、暖房用やエコキュートに代表される給湯用は、コスト低減、寒冷地対応、設置スペース改良といった改善に取り組めば、まだまだ普及の余地はあるでしょう。

―民生分野の利用もさることながら、産業用の熱分野も大きな課題です。

鹿園 この分野も大きな課題ですね。汎用製品となっている家庭用と異なり、産業用に導入されるHPは特殊設計です。どれくらいの容量でどのような温度帯で利用されているか分かりにくい。

 ユーザー自身が分かっていないケースもあるし、分かっていたとしても製品の品質に関わることなので企業秘密ということで公表していない。基本設計や基本ユニットが見通せると、メーカーとしても動きやすい。

 東日本大震災以前は、大手電力会社が音頭を取ってHP普及や電化に向けた効率的なシナリオを描いていました。しかし今は、システム改革の影響もあって、大手電力会社によるそういった取り組みが難しい。

―電力システム改革の弊害ということですか。

鹿園 システム改革には良い面と悪い面の両面がある。全てがうまくいく仕組みはないと思います。

―CNの達成には、大きなグランドデザインを描ける人が必要になります。

鹿園 その通りですが、誰が音頭を取るか。今後は誰かがイニシアチブを取るというよりも、ユーザー、メーカー、エネルギー事業者、われわれのような学識者が互いに歩み寄っていけるような仕組みがあるとベターです。

 その際、産業政策担当、エネルギー政策担当といった「縦割り組織」は弊害になります。われわれのような大学組織もそうです。機械、土木、建築、電気と明治時代から変わっていません。

―互いに連携するという発想は、現在の国が描く水素普及に向けたシナリオに似ています。

鹿園 そうですね。ただ、水素普及にコストをかけてCNを目指すよりも、HPの普及ははるかに割安だと思います。

燃焼系の設備も大切 欧州発のHPが逆輸入も

―HPで使う空気熱を欧州では再エネと位置付け、HP設備そのものを普及させようと動き始めています。

鹿園 大気熱とか地中熱といった環境熱はほとんど無尽蔵に存在します。HPを政策的に普及させようとするならば、そういった位置付けも有効な政策だと思います。欧州は寒冷地にもかかわらず「HPを普及させる」という政策を展開しています。将来的には、欧州でコストが低減されて製造されたHPが日本へ逆輸入される日が来るかもしれません。

―日本でHPを普及させるための有効策はありますか。

鹿園 他のエネルギーに比べて電気代をある程度安くできれば普及できると思います。FITによって今は電気料金が割高になっていますが、今後、カーボンプライシング政策によってほかのエネルギーに比べて電気が逆に安くなれば、自然とHPを使う人が増えると思います。かつて、大手電力会社が深夜電力割引メニューによってオール電化を普及させてきました。こんな仕組みがあれば自ずと普及すると思います。

―おひさまエコキュートのような取り組みをどう評価しますか。

鹿園 太陽光の発電量を自家消費するために電気でHPを動かす仕組みは確かに有効だと思います。ただ、太陽光発電パネルを所有していなくても、HPを使った方がメリットになるといった仕組みになれば、民生分野ではさらに普及していくと思います。

―燃焼系を規制するといった政策もあります。

鹿園 日本ではそこまで無理に進める必要はないでしょう。燃焼系には燃焼系の良い点もあり、コンパクトで馬力も出ます。ゆくゆくは合成燃料や水素のような燃料に転換されると思いますが、当面は天然ガスの利用が続くでしょう。

 HPで対応できる分野はHPで対応し、それ以外は合成燃料などを含めた燃焼系で対応してCNを進める方策がベターだと思います。その際、都市ガスの合成燃料は既存インフラをそのまま活用できるe―メタンが出来ていれば一層ベターでしょう。

ゼロベースで考え直す CO2冷媒を疑うことも

―今後のHP技術の展望を教えて下さい。

鹿園 熱分野の技術開発は歴史が長いにもかかわらず、電力技術に比べて思うように進まなかった。HP技術をこの際、ゼロベースで考え直してもいのではないか。

 例えばテスラは、電気自動車のボディをギガキャスト(鋳型)の方式で作ります。こうした新しいモノづくりの発想は、日本の既存の自動車メーカーからは生まれてきません。日本は、既存の枠組みの中で、「良いものを作る」「ブラッシュアップする」という取り組みは得意ですが、ゼロベースから何か新しいものを生み出すことは苦手としています。

 実はHPの領域も、そうした発想が必要なのではないかと思い始めています。給湯分野において日本では「エコキュートが当たり前」ですが、今後もCO2を冷媒とすることが本当に正しいのか、ゼロベースで考え直してもいいのではないかと思っています。

暖房・給湯用は改善の余地がある(研究室の実験装置)
しかぞの・なおき  1994年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。日立製作所機械研究所入所。2002年東大院工学系研究科助教授、07年准教授。10年から東大生産技術研究所教授。

【特集2】日系が仕掛ける欧州地殻変動 本格実装へ技術力で勝負


欧州ではヒートポンプで使う空気熱を再エネとして定義されている。脱炭素やエネルギー自給率を高める政策に対応しようと日系企業が動いている。

欧州のエネルギー政策において、脱炭素、セキュリティーがキーワードになる中、日系のヒートポンプメーカーが存在感を高めている。ダイキン工業、パナソニック、三菱電機はEU圏内で温水・暖房用のヒートポンプ(HP)機器の増産を進めているのだ。

日系各社「増産」を進行中 日欧で異なる「熱」用途

各社のプレスリリースによると、ダイキン工業はポーランドに新工場を設立し2024年の生産稼働を目指す。ドイツ、ベルギー、チェコに続く生産拠点とする。パナソニックは25年度までにチェコ工場の生産体制を強化する。空調機器の室内機の生産を手掛けていたが、室外機の生産も行い、体制を再構築する。三菱電機はトルコだ。暖房・給湯機とルームエアコンの生産拠点を新設する。

投資金額は100億円から400億円程度と濃淡はあるが、各社は大規模な投資で生産体制を構築する。各社の生産体制に共通するのは、空気の力で湯を作るエア・トゥ・ウオーター(ATW)方式の家庭用HP機器を増産することである。

この方式の原理は通常のルームエアコンのエア・トゥ・エア(ATA)方式と同じだ。圧縮機を回して、冷媒の特性を活用しながら熱交換して温度調整を図り、望みの温度帯の熱を作っていく。日本のオール電化住宅を支えるエコキュートと同じ仕組みである。ただ、エコキュートはCO2を冷媒としているが、欧州では代替フロンを冷媒として使う(もっとも自然冷媒を使うメーカーも現れている)。

寒冷地用も仕組みはエコキュートと同じだ

技術的には「作動圧力を高める必要があるCO2冷媒の方が遙かに難易度が高い」(メーカー関係者)。製造コスト削減に向けて冷媒の「日欧統一化」も考えられなくはないが、冷媒の特性上、現状では困難だ。前提条件として、欧州と日本とでは求める湯温が異なるからだ。

日本のエコキュートは、基本は風呂を中心とした給湯向けである。水から90℃くらいの熱湯へと一気に昇温して、タンクに貯湯する。入浴時に40℃程度の風呂の温度に落とす。この「一気に昇温」がCO2ならではの冷媒特性なのである。

片や欧州。こちらは住居やビルの暖房向けだ(ちなみに風呂ではなくシャワー文化だ)。特に寒冷地の住宅内は温水配管が張り巡らされている。60℃程度の湯を配管内に循環供給し、温度が下がった戻り温水を、再び60℃程度に少しだけ昇温する。こうした特性はCO2冷媒には向いていない。ただ、共通しているのがHP技術であるということだ。

現在、欧州では、脱炭素に向けた環境意識やロシア・ウクライナ戦争によるエネルギーセキュリティーに対する意識の高まりから、ロシアからの天然ガスの依存度を減らし、再生可能エネルギーによる電化を進め、エネルギー自給率を高める動きが活発だ。いわゆる「リパワーEU戦略」(22年)である。

そのキラーアイテムが、電気で動くHPというわけだ。ここで高い技術力を持つ日系メーカーが力を発揮する。従来は、ガスインフラが整備されていたこともあり、ガスボイラーを使って家庭用の熱需要を賄っていたが、日系を中心にHPの寒冷地向けの技術開発が進んでいる。そこで市場ニーズを満たそうと、日系各社が生産増強に動き出しているのだ。再エネの電気を使えばエネルギーの自給率もさらに高まっていく。

再エネを巡る政策について、欧州では太陽光発電や風力発電の導入を進めるだけでなく、独自の政策を施している。それはHPで活用する空気熱を再エネとして定義し、主に暖房用途の場合に、空気熱利用として、再エネの統計データに落とし込んで集計している。

日本でも「エネルギー供給構造高度化法」の法体系の中で、欧州にならって同様の定義がなされているが、公共の統計データに落とし込むようなステージには至っていない。

「空気熱」に注目を 冷熱ではなく暖房用途

国内のエネルギー政策を議論する場で次のようなひとコマがあった。6月末の電力・ガス基本政策小委員会である委員が「HPは大気熱という熱源を使ってる。太陽エネルギー利用の原点に立ち返ると、再エネとして位置付ける形が適当なのではないか」という主旨の発言をした。太陽からのエネルギーには「光」もあるし、「熱」のエネルギーもある。大気熱をもう少しフォーカスしても良いのではないか――。そんな趣旨だった。

この発言に対して、「HPで動く冷蔵庫は、再エネで賄うことになるのか」といった疑問を投げ掛け、「再エネとして定義づけるのはおかしいではないか」と指摘する委員もいた。このやり取りは、温熱と冷熱とを区分けせずに議論している。欧州での再エネ定義はあくまでも暖房用途(温熱)である。結局、審議会の議論は進展せず、誤解を生んだままとなってしまった。

しかし、事実として言えることは、「寒冷地では不向き」とされていたHPの弱点が、メーカー各社の技術開発によって改良されている点だ。「ボイラーが中心だったドイツなどの寒冷地でも、HPの導入が今後、間違いなく進む」(メーカー関係者)。これが、各社が増産に乗り出している背景でもある。

「さらなる技術開発によって、ゆくゆくは日欧統一の冷媒が生み出されるかもしれない。欧州で生産されたATW方式のHP機器が逆輸入される日を期待している。統一化による量産効果は計り知れず、そうなればさらなる普及につながっていく」と言う関係者もいる。

技術開発の進展と世界のエネルギー政策の中で、日系各社が生み出すHPのさらなる可能性が注目される。

パナソニックのヒートポンプ工場(チェコ)

【特集2/対談】エネルギー危機で再評価進む 再エネとの親和性が後押し


EUでは15年近く前からヒートポンプ(HP)で活用する空気熱を「再エネ」として定義してきた。温暖化に加えエネルギー安全保障も喫緊の課題となる中、欧州各国はHP普及政策を加速させている。

出席

小山師真/ダイキン工業東京支社渉外室CSR・地球環境センター担当部長(左)

矢田部 隆志/東京電力ホールディングス技術戦略ユニット技術統括室プロデューサー

―欧州では、15年近くも前からヒートポンプ(HP)で活用する空気熱を再エネとして定義し、普及を後押しする政策を進めています。まず欧州の状況を解説してもらえますか。

小山 2000年代、欧州委員会は、20年までに「CO220%削減」「エネルギー効率20%向上」「再エネ比率20%」を目標とする「202020欧州戦略」を打ち出していました。当社は欧州委員会や欧州議員に働きかけ、09年に成立したEU再生可能エネルギー指令において、HPで利用する「空気熱」なども再エネとして定義されました。

―その中で日本企業はどうビジネスを展開していましたか。

小山 当社は1972年にダイキンヨーロッパ社を設立して以降、冷房・暖房需要に対してHP式のエアコン(エア・トゥ・エア、ATA)を販売してきました。そして06年には、家庭用のHP式暖房・給湯機を欧州で開発・製造し販売しています。

 「ダイキンアルテルマ」という商品名で、空気の熱からお湯を作るエア・トゥ・ウォーター(ATW)と呼ばれる方式です。日本でいうエコキュートに相当します。

 ただ、湯温の差からCO2を冷媒とするエコキュートと異なり代替フロンを冷媒としています。今日では、当社を含めて欧州における日系HPメーカーの存在感は大きい状況だと思います。

ダイキンアルテルマ

―まさに日の丸技術の海外展開で、低炭素化に貢献しています。一方、国内に目を向けると当時の状況はどういうものでしたか。

矢田部 日本では09年にエネルギー供給構造高度化法が施行されました。この法律はHPを使う需要家側というよりは電力・ガス・石油事業者などのエネルギー供給事業者側の対策で、化石エネルギーを有効に利用するだけでなく、再エネや原子力などの非化石エネルギーの促進を目的としたものです。

 当時はまだ再エネの法的根拠がなかったことから、この法律で定義しました。HPが利用する空気熱や地中熱、河川・海水熱といった熱エネルギーも含まれています。ただ、この法律はあくまでも供給者側の話で、空気熱を使うのは需要家側が中心になります。再エネと定義されたものの、欧州と異なり、国内では空気熱などの利活用に向けた具体的な動きが起きていません。

【特集2】早期復旧にグループ総力で対応 「千葉」の教訓生かし対策深化


【東京電力グループ】

「分社化したことで災害対策に不備が生じたり、災害時の復旧が遅れがちになってしまう事態には絶対にしてはいけないと考えている」。東京電力ホールディングス(HD)経営企画ユニット総務・法務室防災グループマネージャーの光田毅部長はこう話す。

大規模地震などの有事には東電グループである東京電力パワーグリッド、東京電力エナジーパートナー、東京電力リニューアブルパワーが、それぞれ災害の規模に応じて対応する体制を構築し復旧に当たる。また、発電事業を手掛けるJERAも連携に加わる。その中で東電HDはグループを束ねる形で、各社に対して応援要員の調整などを中心に支援する。

東電HDでは、災害のレベルに応じて三つに体制を区分している。台風によって広範囲にわたり停電が予想されるケースや地震や火山噴火などによる限定的な被害の場合は、総務・法務室長を本部長とする「第1非常体制」、台風で複数事業所の支援が必要となった場合や突発的な電気事故で広範囲な停電が発生した場合は防災担当役員を本部長とする「第2非常体制」。震度6弱以上の地震が発生した場合は社長を本部長とする「第3非常体制」―。

防災の三つの基本方針 被災状況を迅速に公開

では、東電グループの防災対策の基本方針はどういうものか。まず社員の人身安全の確保を最優先にして、電力供給を可能な限り継続することを前提に次の3点を実施する。

1点目は、首都直下地震を含む自然災害などに起因した電力設備の被災による広範囲で長時間にわたる停電を防ぐこと。2点目は内閣府中央防災会議などが公表している被害想定に基づき災害の規模を軽減するための対策を行い、早期に健全な状態に復旧すること。3点目が停電や設備被害の状況や情報を迅速に公開することだ。

この基本方針を基に、平時からの取り組みと被災時における取り組みを分けて整理している。

平時では耐震設計や補強、的確な保守・点検をすることで、設備を被災しにくくしている。また、設備構成の多重化やバックアップ機能を強化するなど被災時の影響を軽減する取り組みを進めている。

例えば変電設備では、高重心設備から低重心設備へ取り替えている。送電インフラ面では碍子(ガイシ)を、割れにくいFRP(繊維強化プラスティック)製へと切り替えている。鉄塔の脚間にはコンクリートで舗装し補強するなどしている。さらに電力系統網の複数ルートの構築や2回線整備といった取り組みも進めている。「こうした対策の一部は従来からも行ってきたが、中央防災会議などによる被害想定の見直しの度に被災想定エリアや対策を再確認し、設備更新のタイミングを見極めながら対策の中身を再構築している」(同)状況だ。

一方、実際に被災した場合では、「いかに早く被災地の状況を把握できるかが早期復旧のカギを握る」。光田部長は2019年9月に千葉県を襲い、多くの家屋が停電しながら復旧が遅れた台風15号の反省を口にする。

体制としては本社、総支社、支社の役割を明確に分ける。本社は全社的な対外対応方針を決定し、全体にまたがる優先復旧の判断を下す。総支社は都県域内の対外対応と復旧支援、支社では事業所内の設備復旧に当たる。

現地の被害状況を把握するために巡視要員を組成し、立ち入り可能な場所に対しては、過去の災害対応を踏まえ配電線事故回線数の2倍の巡視要員を確保。東電グループ全体で、最大1600班の巡視班を組成できるようしている。ちなみに19年の台風15号では約590班、同年の19号では約1000班であった。

また、立ち入りが困難なエリアに対してはドローンチームが対応する。発災後、48時間以内を目安として被害状況を確認し、停電時間が72時間を超えそうなケースでは、発電車を配置する。

大規模な復旧工事が必要となる際には、他電力からの応援部隊との連携も欠かせない。そのため「各電力共通の仮復旧」という考え方を取り入れた。「現場を完全に復旧させようとすると工事の工程数が増え、特殊な工具も必要になる。結果的に作業の効率が悪くなる」(同)。各電力会社間共通の工具を開発し、復旧工事を加速させるための工夫を施した。

応急復旧用特殊車両や電柱・柱上変圧器・電線といった復旧用資機材の配備も改善する。停電の長期化をあらかじめ想定し、ヘリコプターを活用した資機材の輸送なども想定するほか、東電グループ自身が他エリアへ応援することも視野に入れて分散配備をしている。

DXの技術を積極活用 情報をリアルにデータ化

情報共有を迅速化するためのDX化も、「千葉の反省」として進めている。現場の作業員が被災現場の状況をリアルタイムにデータ化し、本社側とで情報共有できる環境を整備した。例えば設備被害数を現場で登録し、発電車の配備状況や稼働状況を登録して、リアルタイムに集計する。さまざまな情報を一元的に見える化することで、復旧に向けた進捗の確認と、その見通しを判断しやすくする。

こうした対策には完成形がなく、東電HDによると今後は三つの観点が必要になるとしている。一つは連携先の強化・拡大だ。これまでも他者との連携を進めてきたが、従来以上に国、自治体、他電力、他業種、その他のインフラ企業との連携によるオールジャパン体制で対策を進めたいとしている。

二つ目が停電復旧の多様化だ。電力供給の〝担い手〟は、送配電インフラだけではない。発電車、電気自動車など、多様な分散型電源が考えられる。マイクログリッドのような仕組みも有効かもしれない。「いろいろな手段を検討していきたい」(同)

三つ目が、現在進行形として取り組んでいるデジタル活用のさらなる拡大だ。スマートメーターやドローンといった新しいアイテムも活用できるだろう。光田部長は「災害時にデジタルの力で被災状況の把握をより一層早めていきたい」と話している。

停電復旧では分散型電源を活用する(発電車)