外交の基本は言葉と行動 核エネ利用の手本示そう


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOKIA代表

まだ、こうした表現があるのかと思った。東京都知事選後の日経朝刊7月6日「百合子山強かった」である。負けた宇都宮健児氏は「『残念』と神妙な面持ちで語った」。山本太郎氏は「『百合子山。非常に高かった』と悔しさをあらわにした」とある。

分かったようで分からない。神妙な面持ち? 悔しさをあらわに? 紋切り型の新聞表現、「肩をがっくり落とした」が頭に浮かぶ。

米国のジョン・ボルトン前大統領補佐官の回顧録は対照的だ。トランプ米大統領ら登場人物の感情描写は拍子抜けするほど少ない。例えばベトナム・ハノイでの2019年2月の米朝首脳会談は山場の一つだが、ト書きなしの演劇台本を読んでいるかのようだ。

回顧録が出た日の読売朝刊6月24日「ボルトン氏回顧録」は、「北朝鮮側が北西部寧辺の核施設の廃棄と引き換えに全面的な経済制裁解除を要求し、物別れに終わった。(金)正恩氏は、寧辺の核施設がいかに重要かを繰り返し説明した」と内容を紹介する。

枝葉を削った記述みたいだが、トーンは書籍と変わらない。

周知の通り、「寧辺の核施設」は北の核のほんの一部だ。ウラン濃縮、貯蔵などの主要施設はほかにある。それを温存しての「非核化」とは虫が良すぎるが、回顧録は「正恩氏に、トランプ氏は『制裁の部分的な緩和』を打診した」と意外な事実も明かす。

ここが会談のハイライトだったと思う。ボルトン氏も「正恩氏が『イエス』と返答していたら、悲惨な合意」になったと回想する。北の核保有が既成事実になる、その寸前だったからだ。

外交は言葉と行動である。ドラマを連想させる書名「それが起きた部屋」とは裏腹に、抑制的な記述が言葉の重みを物語る。

思い出すのは18年11月に日本記者クラブであった会見だ。

核廃絶を謳うパグウォッシュ会議の評議員で韓国出身の政治学者マーク・スー氏が「文在寅大統領の登場で朝鮮半島の紛争は終わった」「核実験はもうしないと北朝鮮は約束した」と述べ、制裁の緩和が必要と指摘した。

「日本も北(朝鮮)に微笑めば関係は改善される」「北は拉致を小さな問題と言っている」との発言にはあきれたが、言った者勝ちは、外交の一面でもある。

パグウォッシュ会議は、北の核に同じ考えなのか。以前から日本の核燃料サイクル政策は核拡散につながる危険性があると手厳しいが、矛盾していないか。

安全審査書案が5月に了承された日本原燃の再処理工場(青森県六ケ所村)にメンバーが中止を求めたこともある。言葉は重い。

今、米国では、この工場が話題になる。放射性廃棄物問題を扱うネットニュース「RADWASTE MONITOR」は5月15日、「エネルギー省のリタ・バランウォル次官補が、(日本など)海外の再処理事業者との協力に改めて関心を表明」と報じた。

米国の原子力発電を維持し輸出につなげるには、廃棄物対策を合理的に進める必要がある。核燃料サイクルはその柱だが、日本などの事業者と協力すれば「自国に再処理工場を新設しなくていい」という。米議会では共和、民主両党に賛同者が増えているらしい。

日本の再処理工場は、プルトニウムを単体で持たずにウランと混合する。容易に兵器転用できず、核不拡散の対応済みだ。米国との協力も含め、行動で、核エネルギーの平和利用の手本を示そう。

いかわ・ようじろう デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

【覆面座談会】競争激化・需要減に揺れる ガス・石油の経営と人事


テーマ:都市ガス・石油会社の経営評価

新型コロナウイルスは都市ガス・石油業界の経営にも影を落としている。前回の電力に引き続き、エネルギー業界のウォッチャーたちが都市ガス、石油元売りの経営の先行きを語り合った。

〈出席者〉 A有識者  Bエネルギー業界人  Cジャーナリスト

市場に恵まれている首都圏はガス事業の「激戦地」となりつつある

―軒並み赤字となった石油業界とは対照的に、都市ガス業界の2020年3月期はまずまずの決算だった。各社の経営をどう評価しているだろうか。

A 確かに20年3月期度決算の数字は悪くなかった。しかし、今後については楽観できない。中でも東京ガス。本業のガス需要をかなり奪われている。離脱に歯止めを掛けて、どう攻勢に出る体制をつくるかが大きな課題になっている。

B 関西の場合、大手同士の一対一の激突になる。だけど、関東は市場規模が大きいだけに、東京電力だけでなく、エネオス、中部電力・大阪ガスグループなども顧客獲得に乗り出している。福島事故の賠償を抱えている東電は、なりふり構わない営業をやっている。そうなると、東ガスもどこかとアライアンスを組んで対抗しないとかなり厳しい。

C 本来ならば、JXTG(現エネオス)と組むべきだった。ところが逃げられてしまった。JXTG側は「東ガスとのキャッチボールがうまくいかなかったのが原因」と言っている。東北電力との連携は北関東の一部に限られるし、提携先の有力候補だった関西電力は金品授受問題で沈んでしまった。周辺の都市ガス会社との関係もいまは良好だが、もし入り込まれると思ったら、彼らも反旗を翻す。京葉ガスが良い例だ。

B 東ガスには、今まで恵まれすぎていたこともあって、「自分のエリアのガス・電力の供給は自分でやる」という考えが根強い。この方針を変えないと、どの会社とも良い関係を築けないかも。

C 東ガスは、4年ごとにトップ交代があり、過去を見ると中期経営計画をまとめた人が社長に就任しているケースが多いね。

B 現在の中期経営計画も評価は高いが、コロナ禍の影響で情勢が大きく変わっている。内田高史社長の次は大変かもしれない。

A 有力候補の一人は、日本ガス協会に出向している沢田聡・専務執行役員だと見ている。本流の企画畑で経験豊富。内田社長とは入社年次がちょうど4年離れていて、座りもいい。穴水孝・前副社長も有力候補だったが、今年、代表取締役から外れてしまった。

―大阪ガスは昨年度、経常利益860憶円(前年度比36・3%増)と好決算だった。関電との電力・ガス市場の争奪戦も、「がっぷり四つに組んだ」という感がある。本荘武宏社長は6年目を迎え、来年は交代が予想されている。

A 昨年社長交代があったら、おそらく藤原正隆副社長が昇格していただろう。しかしなかったので、藤原さんの就任はまずないだろう。すると、松井毅副社長か田坂隆之・常務執行役員。ただ、田坂さんを就かせるなら今年、副社長に就任させているはずだ。なかったので、やはり松井さんがトップの座に近づいていると見ている。

中部電が東邦ガスを配慮? ひびき天然ガス火力の行方は

―東邦ガス、西部ガスは、それぞれ中部電力、九州電力と経営規模がかなり上回る企業との争いになる。

B 売上高で、中部電力は東邦ガスの約6倍。まともに競争したら勝ち目はない。しかし、中部圏には、トヨタや中部電力などの中部経済を代表する企業が規模が小さい会社をいじめたら、「大人げない」と言われる風土がある。中部電力は当然、配慮しているだろうし、東邦ガスも、その中で着実にやるべきことをやっていると思う。

富成義郎社長の後を継ぐ経営者は。

A いまも佐伯卓相談役が力を持っていて、佐伯さんが了解しないと決まらない。児玉光裕・専務執行役員、山碕聡志・常務執行役員の名を聞くが、佐伯さんが社長の時、同期の安井香一会長が後任になったこともある。まだ、よく見えてこない。

―西部ガスは昨年、道永幸典社長体制が誕生した。ガス事業と新規事業に半分ずつ出資するなど、積極的に多角化を進める方針を打ち出している。

A 北九州市のひびきLNG基地をどうするかが、最大の経営課題と考えている。火力発電所の新設計画を継続すると言っているが、もう九州の電力需要は飽和状態。大阪ガスも出資を取りやめている。ロシアのノバテク社と連携して、LNG基地を活用していくプランがあるが、これも将来性を疑問視せざるを得ない。

C 九電が西部ガスのことを十分に配慮している。本来は自前のガスを供給できるのに、西部ガスから卸供給を受け、保守・保安業務も西部ガスに委託し、営業エリアも限定している。九電が本腰を入れて営業をしたら、西部ガスはひとたまりもないだろう。だけど、「この辺でやめておこう」としている。そういう事情を西部ガスも、よく分かっているはずなので、ひびきLNGのガスも、九電と一緒に需要を開拓していくのが一番の得策じゃないか。

B 西部ガスと九電は、かつてはトップ同士の仲がしっくりいっていなかったことがあった。ところが、道永さんと九電の池辺和弘社長は、お互い秘書を経験していることもあり、とてもいい関係にある。ライバル同士であり、競い合うところは競い合うべきだ。だけど、九州経済発展の視点に立って、二人三脚でやれるところはやっていけばいい。

情報発信の弱点 PDF依存から脱却を


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOKIA代表

パソコンでお馴染みの「PDFファイル」に、日本の政府や企業は依存し過ぎだと思う。

日経6月6日朝刊「IT競争力 コロナが試す」と「日本はデータ貧困国 コロナ情報収集・開示の手際悪く 迅速な対策の足かせに」が、警鐘を鳴らしている。

記事は「危機対応で各国政府のIT(情報技術)競争力が試されるなか、日本の出遅れは際立つ。接触確認アプリの開発は遅れ、給付金のネット申請では障害が頻発する」と憂える。さらに「対策に必要なデータが見劣りする。政策、経済活動、医療が場当たり的となり、民間の創意工夫も引き出せない」と手厳しい。

具体的には、「(感染者数などのデータを)コンピューターで加工しやすい形式にまとめている自治体がある一方、PDFファイルを載せるだけの自治体もある。これでは迅速な比較・分析はできない」と問題点を挙げる。

PDFは、印刷用のデータ形式だ。書籍や報告書の作成には便利だが、書かれた内容をネット経由で読み取ったり、加工・分析したりするのには向かない。

残念な例の一つは、感染最多の東京都の対応だ。感染データはPDF形式で都のサイトに公表されるため、市区町村ごとの感染者の増減などを追いにくい。

評論サイト「マスメディア報道のメソドロジー」は手動で市区町村データを分析した。その結果、感染は一貫して新宿、渋谷、港の3区に集中していたが、全域の自粛で甚大な経済損失が出た。こうした対策評価も手間がかかる。

既にPDF利用を抑制する国は多い。その理由を、例えば英国政府のサイトは「パソコン画面のサイズでは読みにくい」「どこに何が書いてあるか分からない」「データを活用しにくい」などと列挙する。日本は真逆だ。コロナ対策を含めて、PDFが政府サイトに溢れる。企業も変わらない。

PDF依存は、2011年の東日本大震災でも問題視された。例えば東京電力管内で計画停電が実施され、ネットでの情報提供が試みられたが、混乱した。記載方法がバラバラのPDFで公表されたうえ、変更が相次いだためだ。

東電の情報提供にボランティアで協力したグーグルの「クライシス・レスポンス」サイトには、「情報化というのは、紙で行っていた作業を単純にコンピュータに置き換えるだけでは不十分だ」との訴えが今も残る。以来10年近く、ほとんど進歩がない。

情報発信の弱点にはメディアもつけ込む。東京新聞18年8月20日「福島第一のトリチウム水 基準超す放射性物質検出」はその一例だ。政府がこの問題で公聴会を開く直前に出た。

トリチウム水の海洋放出は世界の原子力施設で珍しくない。東京電力福島第一原子力発電所でも有力な処分法だが、記事は「(トリチウム以外の)放射性物質が除去しきれないまま残留」と批判的に報じた。公聴会では、放出に反対する意見が相次いだ。

実は、この4年前の14年に公表済みの事実だった。原子力規制委員会が同年、被曝低減のため貯蔵タンクの水から出る放射線量を下げるよう指示し、東電は浄化装置をフル回転させた。時間をかければ排水基準まで除去できるが、スピードを優先し、残留物が少し残る「貯蔵水準」に留めた。排出時には当然、基準まで浄化する。経緯はPDF書類として、東電サイトに掲載されていた。

まずPDF依存を脱したい。

いかわ・ようじろう デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

【原子力】六ヶ所工場「合格」 将来に役立つ知見


【業界スクランブル/原子力】

資源小国日本は原発から出る使用済み核燃料を再処理し、再利用可能な資源を取り出して有効活用するとともに、有害なごみを高レベル廃棄物として処分する原子燃料サイクルを原子力政策の柱としている。その中核施設である六ケ所再処理工場が5月中旬に原子力規制委員会の安全審査に事実上合格した。原子燃料サイクル政策にとっては大きな一歩だ。

六ケ所工場の規制委への申請は2014年初頭だった。その規制委は地震や津波などを想定し、さまざまな角度から安全性を評価した。6年余りも費やしたのは、審査実績の多い軽水炉と違い、規制委にとって前例・経験のない、手探りの審査であった証拠ではなかろうか。そこで得た知見は将来役に立つに違いない。次のサイクル施設がわが国に必要であり、その具体化に今回の知見が必ずや役立つと考えるからだ。

例えば、六ケ所工場で取り出した有用資源を再利用することによってウラン資源は2割程度節約され、資源の有効利用・廃棄物の低減に役立つ。だが、原子燃料サイクルのエースは高速炉である。高速炉ではウラン資源の利用効率は飛躍的に高まり、核兵器の原料にもなり得るという懸念のつきまとうプルトニウムの有効利用・燃焼は思いのままであり、さらに核廃棄物の無害化もこなしてしまうという点でメリットは枚挙に暇がない。

ところが、わが国はこの高速炉について、原型炉「もんじゅ」が本質的技術の面ではなく、むしろ社会対応性の問題でつまずき、結局廃炉が決定した。政府は経済産業省を中心にフランスとの連携による高速炉開発を模索したが、結局、フランスの高速炉計画、アストリッドがついえた今、わが国は高速炉開発の駒を持っていない。ロシアがBNというタイプの高速炉開発で商業炉レベルまで達し世界のトップを走っている現在、技術立国の看板を掲げるわが国がいつまでも指をくわえていていいわけはない。いつまでも六ヶ所再処理合格に浮かれていないで、わが国は政府を中心としてさらなる高み、高速炉開発を目指すべきだ。(Q)

【石油】長引く需給緩和 油価二番底の懸念


【業界スクランブル/石油】

OPEC(石油輸出国機構)プラスの産油国は、6月6日テレビ会議で、現行の大幅減産を7月末まで1カ月間延長することを合意した。今回の合意も、7月からは当初予定の日量770万バレル減産に移行すべきとするロシアと、現行970万バレルの減産延長を主張するサウジが対立し、1カ月延長で妥協したものと思われる。

今回は、イラク、ナイジェリア、カザフスタンなどの減産合意違反が続出し問題になったほか、前回減産幅を例外的に10万バレルに圧縮されたメキシコが最終的に合意に参加せず、全体の減産幅は960万バレルに圧縮された。

新型コロナウイルスの世界的感染は、「第二波」が心配されつつも、収束に向かいつつあるように見える。「経済再開」とともに、5月初めから回復基調にある原油価格は、当面維持されるであろう。

だが、サウジ、ロシアともに大幅減産は今回が最後との姿勢を見せていることから、8月以降の原油需給・価格動向が懸念される。すなわち、コロナ感染による史上最大の一時的需要減少は、OPECプラスの史上最大の減産と米・加など先進産油国の生産停止により、最悪期を何とか乗り切った。しかし、すぐに需要は従来水準に回復するという性質のものではなく、当面、世界経済の減速は覚悟せざるを得ない。さらに、わが国を含む先進国では、在宅勤務の拡大など社会生活自体が変わってしまうかもしれない。

さらに、供給側でも、米国のシェールオイルへの対応を巡る協調減産におけるサウジとロシアの路線対立も、「コロナ休戦」を終え、再燃は必至だろう。2017年初からの協調減産も4年目となり、参加国には「減産疲れ」も見られる。メキシコ脱退に続く産油国もあろう。OPECプラス最大の危機となろう。

結局、国際石油市場は、コロナ終息後も需給緩和状況が相当、長期にわたって続くのは確実。「経済再開」後の価格回復が予想以上に順調なだけに、今後の動向が逆に懸念される。(H)

実装に進まない需要制御 最終ゴールは「3E+S」にあり


【オピニオン】岩船由美子/東京大学生産技術研究所特任教授

蓄電池、電気自動車(EV)などを含む分散エネルギーリソース(DER)の系統への活用を目指したVPP(バーチャルパワープラント)事業は実証という形で花盛りである。しかしなかなか実装のフェーズに移行できない。

私は、EVやヒートポンプ給湯機などの需要家側のリソースが、電力系統の運用にどう資するかについて研究してきた。分かったことはたくさんある。ポストFITの住宅太陽光発電の経済性が改善されるほど、電池は安くない。よほど高いレジリエンスをお望みのご家庭以外は時期尚早であり、電池を単なるアービトラージ(電力価格が安価な時間帯に充電し、高価な時間に放電すること)に使うのはもったいない。日本全体の車が電化しても、電力需要は1割も増えない。

日本の自家用乗用車は、止まっている時間が長いので、電気自動車化しても、充電時間を制御するだけでは、調整できる余地は小さい。充放電制御(V2H、V2G)もできれば価値は高いが、V2Gをするためのパワコンの値段が下がらないと、経済的にはペイしない。ヒートポンプ給湯機は、深夜ではなく、昼間にお湯を沸かすほうが、気温が高く効率がよく、かつタンクロスも減らせるため、大幅に省エネとなる上に、蓄電池2~3kW時と同等の調整価値がある。さらに、タンク容量も減らすことができ、設置の自由度が上がる可能性がある。再エネがたくさん余る将来には、省エネよりも柔軟性資源へのニーズが高い可能性がある。

すでにコロナ禍で今春、晴れた昼間の電気のスポット市場価格が0.01円になるケースが全国的に頻発している。そのような状況下では、今は省エネの敵とされている電気温水器は、導入費用がヒートポンプ給湯機に比べ安価で調整しやすいため、もっと普及していい機器になるかもしれない。家庭部門の需要シフトという意味でデマンドレスポンスの可能性のありそうな食器洗い乾燥機、洗濯乾燥機、浴室乾燥機などの熱物系電力需要のポテンシャルも検討したが、ヒートポンプ給湯機に比べれば一桁以上小さい。

どうにか研究の知見が活用されてほしいものだが、実際の動きはまだまだこれからである。わざわざ制御することの価値が一つ一つ小さいために制御コストに見合う経済性が得にくいこと、現実問題として直近で利用可能な需要機器が少ないことが理由である。EVの販売台数は伸び悩んでおり、ヒートポンプ給湯機のストックは600万台あるが、早朝沸き上げに最適化されており柔軟な制御ができない。蓄電池は、ある意味調整にしか使えない機器であり、レジリエンス向上という効用以外は期待できないので、家庭ごとに導入することがいいことなのかという疑念がある。 省エネも再エネ拡大もDERビジネスの隆盛も、ゴールではなく手段である。最終ゴールは、3E+Sである。最終目的に資する需要機器の活用のための制度設計と技術開発を一歩ずつ着実に、しかし迅速に進めていく必要がある。

いわふね・ゆみこ 東大大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了(工学博士)。三菱総合研究所、住環境計画研究所主任研究員を経て、2008年東大生産技術研究所講師、准教授、15年より現職。専門はエネルギーデマンド工学。

若手社員の発案で実現 在宅応援キャンペーンを展開


新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、外出自粛やテレワークで在宅時間が長くなり、家庭の電気・ガス使用量が増えている。電力・ガス比較サイトを運営するエネチェンジがメルマガ会員1855人に対してアンケートを行ったところ、58%が「電気代が上がったと感じる」と回答。光熱費の負担が増えているという厳しい状況が浮き彫りとなった。


一方、中部電力と大阪ガスの共同出資により設立されたCDエナジーダイレクトも同様に、電気契約者の使用量を昨年の同時期と比較したところ、約10%増加したことが判明した。「何かお手伝いはできることはないだろうか」―。社内でこうした声が上がる中、若手社員が「在宅応援キャンペーン」を発案。同社は、5月15日、31日、6月30日の計3回、期日を設けて実施した。
キャンペーンでは、電気またはガスの家庭用料金メニューに契約し、WEB会員サービス「カテエネ」に登録している契約者(ただし、取次事業者との契約者は除く)を対象に1000ポイント(1000円分相当)の付与を行った。

登録者全員に1000ポイントを付与した

電気・ガス両方で強み 多様なニーズに対応

ポイントは、対象となる電気料金メニューへの加入で、毎月の電気料金の支払い金額に応じて、自動的にためられる。そのほか、カテエネ経由でのネットショッピング、アンケート企画への参加などもポイント加算につながる。一方、たまったポイントは、「T-POINT」「nanaco」「WAON」といった提携先企業のポイントや商品券に交換して使うことができる。 同社の強みは、電気とガス両方の知見を活用できる点だ。

料金プランには、オール電化プラン「スマートでんき」やエネファームのある家庭向けの「はつでんガス」など、幅広いメニューが揃っている。エネルギーの使用量や家族構成、ライフスタイルに合わせたプランを選ぶことができる。 また、前出の「カテエネ」は、電気・ガスの使用量の「見える化」により、昨年の使用量や似た家庭の平均値との比較をはじめ、時間帯や曜日ごとの電気の使用量も分かる。家庭での省エネ行動につなげられる。

今後もテレワークの定着などで在宅時間は長くなる傾向が続くと考えられる。山東要社長は「お客さまの暮らしが一気に変わる中で、さまざまなニーズが生まれると考えています」と話す。同社は、現在の状況の変化をチャンスと捉え、個々の暮らし方に寄り添った「ライフスタイルメニュー」をさらに充実させていく方針だ。

発送電分離で公平な競争促す 料金低下と安定供給の両立を


【論説室の窓】佐々木達也読売新聞論説副委員長

電力制度改革の総仕上げとされる「発送電分離」が4月から始まった。
大手各社が分社化して「器」は整った。その恩恵を利用者に着実に届けてもらいたい。

大手電力会社の発電部門と送配電部門を別会社にする「発送電分離」が、4月から各社に義務付けられた。2016年に先行して分社した東京電力を含む大手電力9社と、電源開発(Jパワー)が分離を終えた。供給規模が小さく、地理的にも離れている沖縄電力は今回、対象外だ。

電力会社の送配電部門は、発電所で作った電気を家庭や企業に送る事業を担っている。これまでは、大手が地域独占の形で運営し、新規参入した電力小売り事業者には利用料を徴収して送電線を貸与していた。

そのため、新規参入事業者からは、「大手が自社内で有利に活用しているのではないか」との不満が出ていた。

大手の送配電部門を切り離すことで自社への特別扱いを防ぎ、新規参入事業者も公平に利用できるようにして競争環境を整える。そうすれば、新規参入が加速し、料金の低下やサービスの向上に貢献するとの期待がある。

電力は、長く各地の電力会社が「発電」「送配電」「小売り」を一貫して手がけ、地域独占を続けてきた。ところが、11年に起きた東日本大震災による福島第一原子力発電所事故後、首都圏で計画停電に追い込まれたことなどを受けて、大規模電源を中心とした地域独占の弊害が指摘されるようになった。

これを受け、安倍政権は電力制度改革に乗りだし、成長戦略の目玉と位置づけた。第1弾として、15年に緊急時に全国的な電力供給の調整を担う「電力広域的運営推進機関」を設立した。

16年には、家庭向けを含む電力小売りを全面自由化した。これにより、ガス会社や石油会社など他業種からの参入が相次いで、利用者の選択肢は増えた。電気料金も一定の低下は進んでいる。 だが、まだ消費者が自由化の恩恵を十分に実感できているとは言い難い。「総仕上げ」とされる今回の発送電分離によって、メリットが広く消費者に届くようになるのだろうか。

別会社でも100%子会社 独立性の確保に疑念の声も

改革の実効性を高めるために、解決しなければならない問題は山積している。発送電分離後、新たに発足した送配電会社は、親会社と別のロゴマークを使わなければならず、取締役の兼務やグループ内での情報共有なども禁じられた。ただ、現状はすべて大手の100%子会社だ。事務所は分けても、本社所在地は軒並み親会社と同じ場所にある。

本来、持ち株会社は、グループ一体の利益を求めるのが一般的であり、公平性が本当に保たれるのか、疑念は拭えない。各送配電会社の名称をみると、「電力ネットワーク」「パワーグリッド」「送配電」と似たものばかりで、電力業界の古い体質も垣間見える。独立性と公平性を確保していくためには、政府が監視を続ける必要があるだろう。各社が効率化を徹底し、企業向けよりも大幅に高い家庭向けの送電網使用料を引き下げることが欠かせない。

電力自由化の中でも、需給管理や送配電網の保守管理では一社が取り扱う方がスケールメリットによる効果が得られるとの理由で、送配電事業はなお地域独占が認められている。さらなる経営努力で、経費をカットしていくことが求められよう。 独立採算となることで、各送配電会社のコスト意識が高まるとみられている。各社は情報開示を徹底して、国民の期待に応えてもらいたい。

『トリプル・ディザスターズ』 ベストセラー作家の高嶋哲夫氏が特別書き下ろし


新型コロナウイルス感染の第二波が懸念されるわが国で、大規模地震、大型台風が同時多発的に発生する可能性がある。『首都感染』で話題沸騰のベストセラー作家、高嶋哲夫氏が「その時の日本」を短編小説仕立てで描き出す。

静岡沖の予兆

2020年10月。まだ暑さが残る日が続いていた。

東京都立総合病院、医局。医師と看護師が集まって、テレビを見ていた。

今年は、1月から新型コロナウイルスで明け暮れていた。

5月25日、残っていた首都圏で「緊急事態宣言」が約1か月半ぶりに解除された。その後、何度か第二波の感染が懸念されたが、なんとか踏み止まっていた。

しかし、ここ10日の間で100人の感染者が出た。その数は増えつつある。

政府は、新型コロナウイルスの第二波到来と位置付け、「緊急事態宣言」発令を検討している。

約4か月の間に、第一波の教訓を生かして、準備は進めていた。PCR検査は、ほぼ全員に行われる体制が整った。

感染者は、重症者、軽症者、無症状者の三組に分けられ、全員に隔離処置がとられている。感染者の約8割は軽症者、無症状者に入る。

重症者は、指定病院に収容され、24時間体制で治療が行われている。

軽症者と無症状者は、医師と看護師が常駐する自衛隊や警察など、政府の管理施設や、借り上げられたホテルに入るので、医療崩壊はなかった。

「大きな声では言えないが、前回は完全な初動ミスだな。陽性患者は全員病院に詰め込み、満杯になると家に帰した。これじゃ、感染が広まるわけだ」

山田医師は呟いた。

〈中心気圧932ヘクトパスカル、半径280キロ、最大風速55メートルの大型台風は、紀伊半島を北上しています。既に東京の一部も暴風圏内に入っています〉

テレビでは、ヘルメットの上にフード付きの雨合羽を着た女性アナウンサーが両手でマイクを握っている。

〈指定された避難所に、避難はお済みでしょうか。新型コロナウイルスの影響で、避難所が変わっている恐れが―〉

山田は視線を窓に移した。まだ夕方なのに暗い。窓には打ち付ける雨が風に押され、横に流れていく。外はかなりひどい状況だろう。

画面の上部にテロップが流れた。

〈静岡沖に地震が発生しました。名古屋震度3、静岡震度4。マグニチュード4、津波の心配はありません〉

医局内に異様な雰囲気が広がった。看護師たちが不安そうな顔をテレビに向けている。

「地震か。東京じゃ、感じなかったね」

「静岡県沖です。震度もさほど大きくありません。この病院は耐震化もできてますし」

「それにしても最近、地震が多い。不気味だな」

「南海トラフ地震が近いって、言ってる学者もいるらしい」

「コロナも下火になったと思ったら、第二波到来だし。今度は台風と地震のおまけ付きか。ホント、嫌になる」

若いドクターがコーヒーを飲み干すと、カップをデスクに置いた。

今年の台風は12個目だ。地球温暖化のせいで間違いなく増え、大型化している。コロナ騒ぎで埋もれていたが、春先から地震も回数を増している。

山田はスマホを見た。〈避難所到着。みんな無事〉2時間前のメールだ。妻の公子は娘二人と母親を連れて近くの避難所にいる。早めに避難するように言ってある。

第二波の到来へ

官邸閣議室。

総理は深く息を吐くと、閣僚たちを見回した。

「今回の新型コロナウイルスで救われたことは、地震や津波と違って、社会インフラと建物が無傷で残っていることだ。国民の気持ちが落ち着けば、経済はすぐに元に戻る」

最初はどうなるかと思ったが、世界から高い評価を受けた。感染者、死者ともに、欧米諸国より2桁、3桁少ない。これはPCR検査の遅れが幸いした。重傷者しか検査が受けられなかったので、陽性者が少なく、医療崩壊も起こらず乗り切ることができた。

「そう楽観的ではありません。自然災害と違うと言えば、日本全体が一様に落ち込んだことです。リーマンショックより何倍も激しい。おまけに、世界の経済が縮小しています。日本は貿易と観光で走ってきました。その両方が止まっています。そう簡単に復旧、復興と言うわけにはいきません」

「企業の存続と雇用確保のために、総額150兆円余りの予算を組んだ。既に半分以上は配られている。頑張って復旧してもらわないと日本がつぶれる」

「今回は日本だけが頑張っても、限界があります。グローバル社会も考え直さなきゃならない時期です」

確かにその通りだ。発生から10か月余りたった。何度か再流行の兆しはあったが、なんとか乗り越えてきた。しかし世界に目を向けると、南半球ではまだこれからという国もある。

「今後、秋が来て、冬来たるです。新型コロナウイルスが復活し、通常のインフルエンザも今年は流行すると言われています。よほどの注意を払わないと」

「分かっている。そのための準備はしている。各都道府県で病院と連携して、マスク、フェイスガード、消毒液は備蓄をしている。政府でも備蓄を進めている。感染防止マニュアルもできている」

「緊急事態宣言発令で自粛を求めると、倒産件数ははるかに増えます。同時に失業者も大量発生します」

それも分かっている、という言葉を総理はのみ込んだ。そうなれば、つぎ込んできた補助金はどうなる。消えてしまうということか。かといって、さらに金を出すと、どぶに捨てるようなモノだ。

居並ぶ閣僚たちは一様に深刻な顔をしている。

避難所に異変

区立中学校体育館に設置された避難所。

時折り職員が来て換気のためにドアを開け放った。そのたびに、横殴りの雨風がゴーオーという音を立てて吹き込む。

公子は二人の娘を抱き寄せた。横で義母が毛布をかぶっている。

東京を直撃する台風は今年になって3度目だ。7月と8月に来た台風の時は、自宅避難という方法を取った。まだコロナの影響が強く、人混みを避けたかったのだ。しかし今回は、今年最大の規模なので、医師である夫の山田に言われて、早めに避難している。

小学3年と5年の娘、加奈と有希は、デイパックに身の回り品を詰めて母親の言葉にしたがった。

「ママ、なんだか寂しいね。去年と違ってる」

加奈が辺りを見回しながら小声で言った。

去年の避難の時、体育館はかなり混んでいたのだ。

山田の言葉通り、新型コロナウイルスで、避難場所や避難方法が変わっている。

全員がマスクをしている。前のように空きスペースに雑然と座り込んでいるのではなく、間隔を取って並べられたブルーシートに、家族単位で座っている。プライバシー保護とコロナ対策を兼ねた、段ボールの仕切りは間に合わなかったようだ。

公子は有希の視線を追った。お婆さんが寂しそうに一人で座っている。

「新型コロナウイルスの影響で避難所が倍近くに増えた。感染防止のために、各避難所の定員が大幅に下げられたのだ」

山田の言葉通りだ。

「三密って覚えてるでしょ。学校でも机が離れてて、先生もフェイスガードを付けてる」

有希が加奈に説明している。

「パパに写真を送ったら。興味あると思うし、安心する」

公子の言葉に、有希がスマホのスイッチを入れた。

そして、その時は来た

山田は送られてきた写真を見た。

子どもたちの学校の体育館だ。かなり空間にゆとりがある。新型コロナウイルスの影響で、避難をためらっている住人も多いと聞いている。

救急車のサイレンが近づいてくる。

「交通事故のけが人が運ばれてきます。他で断られたので、受け入れてほしいそうです」

「病室は空いてる。急ぐように伝えてくれ」

廊下に出ようと立ち上がった時、壁の時計の文字盤が揺れた。

「身体を低くしろ」

山田は無意識のうちに叫んで、机の端を強く握った。

大きな横揺れが襲った。

壁際のロッカーが倒れ、音を立ててデスクにぶつかり通路をふさいだ。

「大丈夫か」

山田は床にしゃがんでいる看護師の腕を持って引き起こした。

「気を付けろ。次が来るぞ」

言葉と同時に電気が消えた。

「動くな、すぐに予備電源が働く」

闇の中に悲鳴のような声が響く。同時に金属がぶつかる音がして、何かが倒れた。

とっさに、スマホを出してライトをつけた。

「倒れたままでいろ。数を数えるんだ。20まで数えれば明かりがつく」

7つを数えたところで、明るくなった。

「患者の様子を調べろ。ガウンとフェイスガードを忘れるな」

山田は感染防護の用意をすると、病室に向かった。

「ママ、なんだかおかしい」

有希が公子の腕をつかんで天井を見た。身体が細かく震えている。

見上げるとライトが揺れている。揺れはすぐに激しくなった。

体育館のあちこちで人が立ち上がった。確かに、揺れている。

隣の区画にいた初老の男がラジオを持って立ち上がった。ボリュームをいっぱいに上げる。

「聞いてくれ。緊急地震速報だ」

〈地震速報です。震源は伊豆半島沖。東京の震度は6弱、マグニチュードは6.5です。またすぐに、余震が来る恐れがあります。気を付けてください。津波の情報は入り次第お知らせします〉

男はラジオを持つ手を挙げたが、大きくよろめいて倒れ込んだ。

悲鳴と泣き声が、いたるところで上がった。

「みなさん、座ってください。立つと危険です。この建物は耐震設計になっています。震度6でも、倒壊の危険はありません」

駆け込んできた職員が大声を上げた。泣き声はさらに激しさを増す。

総理は立ち上がった。

「地震だ。かなり大きい」

官邸がこれだけ揺れるとは、外の震度は6以上だ。

「東京直下型地震か、南海トラフ地震か。どっちだ」

「津波警報が出ました。南海トラフ地震です。津波が静岡に到着するのは5分後」

財務大臣がスマホを読み上げる。

落ち着け。マニュアルがあったはずだ。新型コロナウイルス対策に集中するため、地震は考えないようにしていたのだ。

総理は肘掛に両手をついて、勢いよく立ち上がった。

「直ちに国家非常事態宣言を発令する」

閣僚たちを見回しながら宣言した。


   *   *   *   *

新しい時代が始まる

今、世界は「新型コロナウイルス」に揺れている。6月9日現在、世界の感染者は約712万人、死者は41万人。日本の感染者は1万7210人、死者は916人と、かなり終息しているが、第二波、第三波が来るとも言われている。世界は「ウイズ・コロナ」の時代に入った。

しかし、個人的な意見だが、年内には落ち着くのではないか。

世界は、ワクチンや抗インフルエンザ薬の開発を懸命に行っている。近く実用化され、いかに効率よく、世界に普及させるかの段階に入るだろう。

問題は経済だが、戦争や自然災害と違い、社会インフラ、建物は無傷だ。また、リーマンショックのように、一部の人たちの不正でもない。世界は「コロナに打ち勝つ」という共通認識を持っている。復活は、さほど時間がかからないと思う。ただし、発展途上国をはじめ世界の人々の協力が得られればだが。

世界は、ほかの地球規模の危機も抱えている。地球温暖化や海洋・宇宙汚染、難民問題など、いずれも一国では対処できない。新型コロナウイルスもそうだ。いずれまた、同様な問題が必ず起こる。

われわれは今回、多くの教訓を得た。世界はつながっている、ということもその一つだ。この経験を生かし、うまく対処してほしい。

さて、日本の場合。地震や津波、台風、火山噴火と、直面する自然災害は多い。中でも深刻なのは、東京直下型地震と南海トラフ地震だ。近い将来、必ず起こる。決して預言ではなく、過去の事実と科学的考察の結果だ。

今から、真剣に考え、準備しておくべきだ。

2011年、東日本大震災の傷跡が残る宮城県気仙沼市にて(筆者撮影)
たかしま・てつお 1949年岡山県生まれ。慶応義塾大学工学部卒業、同大大学院修士課程修了。日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。1979年、日本原子力学会技術賞受賞。日本推理作家協会、日本文芸家協会、日本文芸家クラブ会員、エネルギーフォーラム小説賞選考委員。コロナ禍で『首都感染』(講談社文庫)が話題。

自由化よりも大きなインパクト 「新たな常識」でビジネス創出を


江田健二/エネルギー情報センター理事

突如として現れた新型コロナウイルスは、本来ならば5〜10年かけて取り組む規模の変化を、たった3カ月という短期間で私たちに強引にやり遂げさせた。あまりにも急速な変化に、当初はなかなか思考が追い付かなかった人もいたことだろう。かくいう筆者もそうだ。突然の外出自粛、手洗い消毒の徹底、オンラインのミーティング、全てに戸惑い、「以前は良かった」と感じた。しかし今はというと……すっかりなじんでしまった自分がいる。

半年前を懐かしむほどに、私たちは遠くまできてしまった。この先、感染拡大がどの程度になるのかは誰にも分からない。しかし、この変化が一過性ではないことは明確である。私たちはこれから、新しい時代を生きていくことになりそうだ。

今回の変化について、まず取り上げなければならないことは、コミュニケーションへのインパクトである。外出ができなくなった私たちは「直接会う」ことの代わりに、オンライン上のプラットフォームに集まり、コミュニケーションを取るようになってきた。

「直接会う」「現場に行く」といったアナログなコミュニケーションから、インターネットを介したデジタルでのリアルタイムコミュニケーションへの変化は、インターネットが普及を始めた時からゆっくりと起きていた。それがこのコロナ禍で、その変化は超高速となった。コミュニケーションのデジタル化はほぼ不可逆であり、今後その手段はより多様化し、洗練されていくことだろう。

それと同時に、私たちの顧客の考え方も大きく変わっていくことが予想される。これまでは「直接会う」ことが最も重要度が高いコミュニケーションとされていた。例えば、顧客へのおわびは、即日訪問することで誠意を表す、といったことだ。しかし今後は、これも変わるだろう。多様化するコミュニケーションの中で、どの手段が顧客を満足させるかは、顧客が「選ぶ」時代となる。顧客はコンシューマーとのコミュニケーションの接点を、自分でコントロールしたいと思うようになるのは当然だからだ。

商品説明一つにしても、ホームページに掲載された解説動画を好きなタイミングで視聴するのか、オンラインで対面の説明を望むのか、コールセンターに電話して直接話すのかは、顧客が決める(ひょっとすると自宅に訪問してもらい説明を受けたい、という人もいるかもしれない)。今後、顧客から多数の高い評価を得る企業とは、複数のコミュニケーション手段と接点を用意して対応できる企業といえるかもしれない。

地方・ネットが主要消費者へ エネデータに一層の価値

コミュニケーションにおける変化は、エネルギー消費の新たな主役台頭という大きなインパクトを与えていくことが予想される。

まず、インターネットを介したコミュニケーションが主流になることで、都市部で仕事をすることの重要性は薄まっていく。これまでももちろん、地方移住のメリットは認知されてきたが、「直接会う」ことの重要度が下がり、「オンラインで会う」ことが主流となることで、より地方回帰は進むだろう。これまで大量のエネルギーを消費してきた都心と、地方が肩を並べる時代が到来するかもしれない。

また、インターネットサーバーの消費エネルギー量も、これまで以上に激増していくだろう。これまで光や熱としてのエネルギーが優先されてきたが、インターネット環境を保持するためのエネルギーという観点も重要になってくる。今やインターネットはライフラインの一つになっている。

「地方」「インターネット」がエネルギーの主要消費者となるということは、これまでの集中型エネルギーから分散型エネルギーへのシステム転換が加速することを意味する。都市部と同じように、集落から離れた場所でも家電を動かし、インターネット環境をつくるためのエネルギーが必要になるからだ。今後、大型の集中発電に頼らない、各地方ならではの地産地消型のご当地発電に注目が集まることは必至だろう。

地方での再エネ事業は、2016年の電力自由化から多様に展開されてきたが、これまでのやり方は見直す必要性がある。コロナ禍の経済状況は、どうしても厳しい予測しかできない。リスクが低い投資方法が好まれる時代に合わせたビジネスプランの設定が必要だ。ブロックチェーンなどの最新のデジタルをうまく活用し、小さな需要に細やかに対応する柔軟性も必要となるかもしれない。

エネルギー事業は、エネルギーの生産・販売だけが利益につながるわけではない。デジタル化したエネルギーの利用データは、これまでになかった利益を生み出す金の卵として、より注目されていくだろう。

緊急事態宣言が出されていた期間には、スマートフォンの位置データを使って街の混雑具合を把握することが注目を集めていた。それと同様に、エネルギーの利用データを見ることで、その施設の混雑率や在宅率、外出率などを把握することができる。電気自動車モビリティデータなどと掛け合わせることで新しい生活スタイルに合わせ、人々を誘導できる新たなデータを生み出すことも可能ではないだろうか。

コミュニケーションの手法の変化が、他方面に波及する

デジタル技術基底が標準に 柔軟な発想力が必須の時代へ

これからの私たちは、デジタル化したコミュニケーションを基底に「新たな常識(ニュー・ニュートラル)」で行動することが求められる。「新たな常識」に慣れるまでには、大小さまざまな犠牲が出るだろう。しかし、ここで現状維持を望み、犠牲を恐れて何もしないというのが一番良くないのではないだろうか。

特に、デジタル化を後ろ向きに捉える人は、リーダーに向いていないと思ってよい。デジタル化によって可視化され、広く共有されることで、これまで聖域になっていたコストが大きく削減できることがある。こうしたメリットは、特にエネルギー業界においては多大であると思う。


筆者は、今回の事象は16年のエネルギー自由化よりもインパクトが大きいと感じている。柔軟に発想を転換し、エビデンスにこだわりすぎず、自分の頭で考えることができるリーダー、例えるなら、書かれている文章の行間が読める人間が求められる時代となったのである。

えだ・けんじ 2000年慶応大経済学部卒後、アクセンチュア入社。エネルギー・化学業界を担当する。15年から現職。RAUL(ラウル)代表取締役、CSRコミュニケーション協会理事なども務める。

基本は「備えあれば憂いなし」 身の危険感じたらまずは避難を


佐藤正久/参議院議員

新型コロナウイルスの感染拡大への対応は、国家安全保障レベルで考えるべきだと思っている。私は、元陸上自衛隊化学科隊員。化学・生物・核兵器から、いかに国民を守るかを専門にしていた。このため、細菌やウイルスについては敏感であり、中国・武漢市の感染状況を見て、そもそも厚生労働省だけで対応すべきレベルではないと考えていた。

これから台風シーズンを迎え、川の氾濫や土砂崩れなどで多くの人たちが避難を余儀なくされる恐れがある。避難所での新型コロナの感染という複合災害を抑えるには、内閣官房が対策を仕切る体制にしなければならない。全省庁にまたがることなので、司令塔を一つにして指示を出さないと、対応がバラバラになってしまう。

国民の皆さんには、自分の身は自分で守ることが基本だと考えていただきたい。危険を感じた場合は、まず自分の今いる場所が安全地帯か、危険地帯かを確かめていただきたい。そのため、日ごろからハザードマップをよく見て、自分がいるところを確認してほしい。もし安全なところにいながら無理に避難すれば、かえって危険なこともある。

また、事前に避難所を確認していただきたい。感染拡大防止のため、避難所での一人ひとりのスペースを広くするよう、自治体は多くの避難先を準備している。そのため、避難所が今までと変わっている可能性がある。避難所に行くときは、マスク、体温計、消毒薬などはある程度、各自で持参していただくことも必要だろう。

コロナ禍で災害対応が一変 ロジスティックがより困難に

国としても、コロナ禍の災害については今までとは異なった対応が必要になる。過去の自然災害では、発生した現場にほかの都道府県の警察、消防が応援に駆け付けていた。しかし、例えば東京都は感染者数が多いため、地方の自治体は東京からの応援は受け入れたくないかもしれない。

そのため、感染者が少ない自治体の応援には、同じように少ない自治体の警察、消防を優先的に派遣するなど、国が自治体と連携して調整しなければならない。

自然災害には、今までは発生した都道府県と隣接する自治体の警察、消防が合同で対応に当たることがあった。しかし、コロナ禍では一つの警察、消防が対応することが基本となる。都道府県によって指揮系統が違い、また装備品も違う。このため、クルーズ船対応のように防護基準が異なる可能性があるからだ。

災害対応を支援するロジスティックも難しくなる。今まで対応に当たる警察官、消防職員などは、公民館や学校、旅館で寝泊まりしていた。しかし、自治体が避難先として公民館などを使用するため、今までの施設が使えない。どう宿泊先を確保するかが課題になっている。

ボランティアに来られる人への対応も難しくなっている。被災者としては、来てほしいと思っている。しかし、感染の有無について検査ができず、感染者が訪れる可能性もある。どんな人が来るか分からず、今年になり、ボランティアを断った自治体もある。災害支援のためのPCR検査も大切になってくるだろう。

今、コロナ対策で医療関係者は皆多忙であり、災害現場にDMAT(災害派遣医療チーム)を派遣できない可能性もある。当然、自衛隊の医療チームも送られるが、どうコロナ対策と災害現場、避難所などの医療支援を並行して進めるかが課題になっている。今年は猛暑が予想され、救急隊員の熱中症対策も必要になる。

国民の皆さんに申し上げたいのは、感染を恐れて避難所に避難しないことはやめていただきたいことだ。三密を避けるため、行きたくない気持ちは理解できる。しかし、それで避難しないのは本末転倒。避難所では、被災者の占有スペースを広くし、段ボールで仕切るとか、カーテンやテントを準備している自治体もある。

受付も一般用、発熱用、要援護者、濃厚接触者用に分ける。発熱者用の施設も事前に造る。危険を感じたら、国、自治体を信頼して避難していただきたい。

三密の恐ろしさが漂う避難所ではあるが……

一方、これからの台風シーズンに向けて、まだ災害対応の準備は万全とはいえない。訓練を実施していないからだ。

今、自治体などには「防災訓練をしてください」とお願いしている。頭で考えたものと、実際に起こることは全く違う。訓練をやると、例えば「この資材が足りない」「障がい者への対応ができていない」など、課題が浮き彫りになる。実施しないと、問題点が明らかにならない。また、消防、警察、自衛隊の連携も、訓練を行わないとワークしない。できるだけ多くの自治体で、夏前に訓練を行っていただきたい。

災害・テロへの備え 国民・自治体・政府が一丸で

コロナ禍での台風などによる災害に加えて、さらに地震、テロなどが加わることもあり得る。すると、対応はレベルが違うものになる。自治体に任せるのではなく、国が前面に出てプッシュ型で主体的に取り組まなければならない。

そういう場合に備えて、予備力を保持することが大切になる。東日本大震災の時、自衛隊は応援に向かったが、違う地域でマグニチュード7クラスの地震が発生した場合に備え、一部の部隊を残していた。万一の地震発生やテロへの対応などのために、ある程度の予備力を警察、消防、自衛隊は持っておかないと、守れる命も守れなくなってしまう。

昨年の豪雨で、気象庁の担当者が記者会見で、「自分の命は自分で守ってください」と言っていた。国は数年前まで、「われわれが全員を守る」と言っていたが、実際、守ることは不可能。だから、まずは自分で自然災害に備えていただきたい。

東日本大震災を経験して、「備えあれば憂いなし」という言葉が身に染みた。今までは、どちらかというと、「憂いなければ備えなし」だった。東日本大震災でも、地震・津波が来るといわれていながら、備えは十分でなかった。

われわれ政治家、また政府の役人で一番良くない態度は、「憂いあれど備えなし」だ。憂いがあったら、備えなければならない。そうしなければ、国民に対して無責任になる。備えあれば憂いなしの国を、どれだけ、国民、自治体、政府が一体になってつくっていくか。それが災害対応の基本だと思っている。

さとう・まさひさ 1983年防衛大学校卒。96年国連PKOゴラン高原派遣輸送隊長、2004年イラク先遣隊長、07年参議院議員。防衛大臣政務官、外務副大臣を歴任。

真の不確実性を認識し戦略を 不可欠な社会と情報の関係整理


開沼博/立命館大学衣笠総合研究機構准教授

「想定外」という言葉が飛び交った3.11から10年とたたないタイミングで訪れたコロナ禍を、誰が想定できていただろうか。

今年2月、私は核実験博物館やフーバーダムの視察で米国ラスベガスを訪れた。既に中国からの観光客の姿は街中になかったが、米国内や欧州から訪れる観光客は穏やかに世界一の歓楽街を楽しんでいた。対岸の火事がまたたく間に自国に延焼することなど想像だにできなかったに違いない。

「地震・台風・感染症のトリプル災害発生に備えるエネルギーインフラ」を考えるに当たり、米国の経済学者、フランク・ナイトの「真の不確実性(true uncertainty)」の議論は重要だ。

ナイトは、人々が恐れる不確実性を個別に精査すれば、「経験や計算から予測できる不確実性」と「そうはできない不確実性」とに分けられると考えた。そして、前者=測定可能な不確実性を「リスク」、後者=測定不可能な不確実性を「真の不確実性」と呼んだ。

例えば、リスクに対して保険を用意することは可能だが、真の不確実性についてはできない。前例がなかったり、発生確率が小さすぎたりして、被害の全容が不明確。そんなリスクは計算式をたてられない。これが真の不確実性だ。

3.11でいえば、それ以前に作られていた原子力損害賠償制度が、いざ実際に必要となった時には用をなさないものであったことが大きな混乱を生んだ。まさにそこに真の不確実性があったわけだ。

事後的に「真の不確実性をもっと想定しておくべきだった」と批判・反省することは必要だ。一方で「想定外のものまで想定できるに違いない」という前提を安易に置き続けることが、かえって「自分たちはあらゆる危険性を排除した」という無謬性を強弁する態度、そうせざるを得ない空気、いわゆる「安全神話」を醸成した根本にあるという見方も、例えば私が関わっていた民間事故調(福島原発事故独立検証委員会)の中などであるわけで、議論は単純ではない。

私たちは神ではないのだから、いくら想定しようにも想定できない部分も残る、という謙虚さを伴った開き直りは必要だろう。

「想定外」に襲われるたび、うろたえ、後悔し、誰か・何かを責め立てることを繰り返すだけでは、何の進歩もない。まずは、真の不確実性の存在自体を認識しつつ、その具体的な内実は予測・想定不能だとしても、抽象的にでも大きな対応の戦略を描いておくべし、というのが、私たちがトリプル災害やそのほかの社会的危機とエネルギーインフラの関係性を考える上で不可欠な態度だろう。

福島で多数の震災関連死 欠かせない情報災害への備え

その前提の上で、技術・工学的対策と同時になされるべきなのは社会的な備えであり、社会と情報の交通整理だ。

コロナ禍の中で「インフォデミック」という概念を聞くようになった。「インフォメーション(情報)」と「エピデミック(感染症の流行)」「パンデミック(世界的大流行)」からきた語だ。

「情報感染」と直訳すると分かりにくいが、不確かな情報の伝播や、必要な情報の不行き届きが危害を大きくすることを指す。「情報災害」と言い換えれば分かりやすいだろうか。関東大震災の際のデマの流布などを想起する人もいるだろう。今後も、あらゆる災害・災厄は必然的に情報災害とセットで来るということを私たちはあらためて認識し直す必要がある。

例えば、3・11後の福島県では、地震・津波で直接亡くなった「直接死」が1605人。一方、避難の継続の中で心身に不調をきたして亡くなった「震災関連死」は2306人におよぶ(2020年4月までの累計)。つまり、福島における3・11の死者は、災害自体の直接的な影響よりも、そこで生存したのにもかかわらず、避難生活などその後のプロセスの中で命を落とした人の方が多い。

ここに情報災害がある。原発事故が横で起これば、被曝を避けようと避難をするのは当然だが、それによって外出機会の減少や人間関係からの切断が起これば、生活習慣病やうつ傾向を促す運動不足や孤立化を招き、高齢者を中心に簡単に人を死に至らしめる。

「情報災害」でトイレットペーパー類の買い占めも

これは専門家や現場の実務家からすれば十分に想定可能な知見であり、共有されるべきだった。だが、現実には被曝の恐怖をあおる情報ばかりが流布し、過剰に政治的な問題となった避難は一つの聖域となり、被害が拡大した。歴史を振り返れば、戦争や貧困の被害が情報災害としての要素をもっていたことは枚挙に暇がない。

例えば、クリミア戦争でフローレンス・ナイチンゲールは、戦死者が戦闘で受けた傷そのものよりも治療現場の不衛生を原因として死ぬことを統計的に明かし、医療者の手洗いなどを徹底し死者数を劇的に減らした。戦地の最前線は不確実性であふれているに違いない。しかし、情報の整理を通して想定外を想定内に転化し、被害を大幅に減らすことができた。

トリプル災害発生を想定するならば、昨年の台風15号による千葉県を中心とした災害の際に露呈したような被害を超える何かが、物理的・工学的なエネルギーインフラへの危害と、それが支える地域社会や企業、住民に情報災害をもたらすことを、過去の経験とさらにそれを超えた広い視野で考え続ける必要があるだろう。

デマの流布や、被災者の広域に及ぶ避難、営業停止の長期化などによるサプライチェーンの壊死、さらに感染症の流行や医療・福祉システムの崩壊といったことは、近年の災害の中からその被害とそれへの対応策を一定程度想定できるだろう。

「重要だがあいまい」で混乱 情報に優先順位付け整理を

情報災害への具体的な対策の大前提となるのが、正確な情報の共有だ。米国の心理学者、ゴードン・オルポートが、正確な情報の共有を阻む流言を定式化した議論が参考になる。オルポートは「R(Rumor:流言)=I(Importance:重要性)×A(Ambiguity:あいまいさ)」だと主張した。

つまり、「重要であるにもかかわらず、あいまいである」という状態が流言を増大させる。災害の混乱の中で「重要なこと」はあふれかえる。それに優先順位を付けて整理し、あいまいなままにされているものから、あいまいさの解除を行っていく。

それを誰がいかに行うのか、素早く、信頼を得ながらなされるのか、平時に整理しておくことこそが重要になるだろう。

かいぬま・ひろし 1984年福島県出身。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得満期退学。福島大学客員研究員などを経て2016年から現職。

空気浄化システムで感染症撲滅 原子力の安全対策技術の転用を


奈良林直/東京工業大学科学技術創成研究院特任教授

原子力発電所の安全性を高める上で、地震や津波などの自然災害に加え、新型コロナ肺炎の感染リスクへの留意も必要だ。意図的航空機衝突などの人的なテロに加え、ウイルスは百ナノサイズの無数のテロリストと言える。もちろん、発電所内ではインフルエンザなどを想定した感染症対策が実施されているが、早急な総点検が必要だ。

今年4月から、原子炉監督制度(ROP)の本格運用が始まった。一番のポイントは、原子力規制検査の検査官が随時立ち入りを行い、発電所所員へのインタビューなどによる現場確認と、「なぜですか」と事象の本質を深掘りする聞き取り調査などである。所員と検査官の直接面談により、万一感染が発生した場合、数百人の所員や協力会社社員の間に、クラスター感染が発生しかねない。

厚生労働省のウェブサイトには、次亜塩素酸水はウイルスを1分以内に不活性化させるというデータが掲載されている。次亜塩素酸ナトリウムとは別の化学物質だ。人体に影響はない。

改善処置活動(CAP)の実践として、プラントのリスクを下げる観点から各職場で議論することは、感染症対策の情報共有につながる。さらに筆者は、原子力規制庁に次亜塩素酸水を活用するべきだと提案し、規制庁はこの話は重要であるとした。

ROPの本格運用において、当面、検査官は本省から現場に行かないよう指示が出ており、事業者も、中操クルーと検査官とは直接面談させない方針だ。感染はプラント運転上のリスクになるので、全国の検査官事務所に、次亜塩素酸水を年度末予算で購入するよう指示を出すとのことであった。

次亜塩素酸水の有効性は NITEの中間発表で混乱

経済産業省の委託を受けた製品評価技術基盤機構(NITE)は5月29日、アルコール消毒剤の代替となる複数の界面活性剤や次亜塩素酸水の試験結果を公表した。中間結果としてまとめたファクトシートには、ころころ発言を変える世界保健機関(WHO)テドロス事務局長の「いかなる消毒薬も噴霧してはいけない」との発言を根拠に、「有人空間での噴霧は控えるように」などと記載された。これが引用され、文部科学省は学校に対し、児童生徒らがいる空間では次亜塩素酸水の噴霧器を使用しないよう通知した。

この通知が一斉に報じられた結果、自治体や商店、スーパー、タクシー業界まで、次亜塩素酸水と噴霧器を一斉に撤去した。あまりの混乱に、NITEや経産省に苦情が殺到する事態となった。拙速な通知とメディアが起こした風評被害と言わざるを得ない。

NITEのファクトシートには、厚労省からの注意として、社会福祉施設などでの「次亜塩素酸ナトリウム液」の噴霧は「吸引すると有害であり、効果が不確実なため行わないこと」としている。しかしこの点について「消毒薬として示されている次亜塩素酸ナトリウム液に関わる注意事項と考えてよいか」とNITEに質問したところ、回答には「貴見の通り。次亜塩素酸水を用いた市販の製品等の安全性等に言及するものではない」と明記されていた。

そうした中、急遽創設された「次亜塩素酸水溶液普及促進会議」が、6月11日に記者会見を行い、科学者として、北大の玉城名誉教授、三重大の福﨑教授と、筆者の3人が参加した。筆者は、「病院やオフィスビル、商業施設などの大容量除菌がわが国経済の早期復活に必要だ」などと訴え、米国疾病予防管理センター(CDC)は次亜塩素酸水が生物組織に無毒としていること、米環境保護庁(EPA)が新型コロナウイルスの適合消毒剤に次亜塩素酸水を追加したことなどを紹介した。

避難所の感染症対策 過酷事故対策が参考に

筆者は日本機械学会フィルターベントワーキンググループ主査として、フィルターベントの高性能化などをけん引してきた。フィルターベントは、原発が万が一過酷事故を起こした時に、原子炉内から放出された放射性物質を濾し取って、蒸気や水素を排気する装置である。プール水を微弱酸性の次亜塩素酸水に置き換えることで、スクラビングノズルを通過する際に発生する強力な遠心力によって、空気中のウイルス粒子を全て次亜塩素酸水の中に移行させ、殺菌を行うことができる。

同様の装置を室内に設置するためには小型化が必要で、現在試作機を開発中である。多くの企業のご協力を得て、東工大内でのプロジェクト開始まで漕ぎ着けた。空調が恐怖のウイルス拡散装置にならないように、原子力の安全対策として開発した技術を、全ての感染症撲滅に役立てたいと考えている。なお、本方式は装置本体内でウイルスを殺菌して正常な空気を供給するもので、噴霧装置には該当しない。

御前崎市体育館に設置されたエアシェルター

1月末、静岡県御前崎市で開催された原子力防災訓練を視察した。新規制基準に合格した原発が、過酷な事故を起こす確率は隕石の落下確率と同程度まで下がっているが、原発には、万万が一(10のマイナス8乗)の事故に備え、フィルターベントと、住民の被ばくを防ぐために、フィルターで浄化した空気を送り込むエアシェルターという避難設備が設置されている。実質的に地元の有意な汚染や被ばくは発生しないところまで安全対策が講じられている。

エアシェルターは、空気浄化装置から供給される空気でテントを膨らませ、目の細かいフィルターと活性炭で放射性物質やヨウ素を除去する。エアテントに要配慮者(寝たきりの高齢者ら)を搬入し、フィルターで濾した清浄な空気を送風して避難施設とするので、エアシェルターと言う。

防災訓練当日は、要配慮者に扮した人が担架で搬入され、仮設ベッドに寝かせて安全が確保されるまでの実働退避訓練が実施された。エアテントを収納庫から出し、二帳をファスナーで接続して膨らむまで、約30分の作業であった。

ここまで準備しておけば「予防保全」として被ばくのリスクを減らせる。原発立地地域にはこのような設備が既に準備されているので、東工大で開発中の空気浄化システムでウイルスを除去した空気を供給すれば、今年の夏の集中豪雨や台風、地震や火山噴火の際の避難所の感染対策にもなる。

国民の健康や生命を脅かす感染症についても、原発の安全対策を推進する工学者の立場から、リスクを下げる効果的な予防対策を提言したい。

ならばやし・ただし 1978年東京工業大大学院理工学研究科原子核工学修士課程修了。北海道大大学院工学研究院教授、日本保全学会会長などを歴任。2018年4月から現職。

【再エネ】分散型社会の到来 魅力ある街並み


【業界スクランブル/再エネ】

新たな日常への移行が進行し、コミュニケーションのウェブへの依存が大きくなっている。交通手段では大量輸送手段の乗車率が下がり、自転車通勤が増えている。在宅勤務が可能な社会へと変化し、暮らしやすい地方都市への人の移動が始まりつつある。このような動きを見ると、近い将来ネットワークでつながった分散型社会への移行が本格化するかもしれない。

エネルギーの分野では、東日本大震災を契機に大規模集中型から分散型に向かう流れができ、再生可能エネルギーが果たす役割が大きくなっている。分散型エネルギーについては、非常時におけるエネルギーの確保のみならず、エネルギーの効率的な利用、地域の活性化などの視点から論じられている。この分散型エネルギー(供給サイド)がコロナ禍の中で見えてきた分散型社会(需要サイド)と重なると、地域に再エネをベースにした持続可能な分散型社会が実現する。

建物に目を転じると、年間通してエネルギー収支ゼロを実現するZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)は、再エネを活用した先進事例が出てきているが、まだ普及が進んでいない。過密都市の建物では、その場所での再エネの活用に限界があるためだ。再エネはエネルギー密度が低いので、太陽光パネルはそれなりの集光面積、地中熱交換器はそれなりの採放熱面積を必要とする。建物がエネルギー的に自立するには、低層化と過密状態の緩和が必要となる。

建物のゼロエネルギー化が壁にぶつかりつつある中で、新たな日常への移行の流れは、この問題のブレークスルーになりそうだ。人の移動が進めば、まず地方で再エネを活用した本格的な分散型社会が実現するかもしれない。その街並みが低層のオフィスの並ぶ緑多い魅力ある環境になれば、それがフィードバックされて過密都市が見直され、脱炭素が目標となる2050年頃に、巨大な高層ビルがエネルギー的に持続可能な低層の建物群に変貌していく姿が見られるかもしれない。そのとき自立した分散型社会を支えるのは再エネと情報のネットワークである。(S)

浮かぶチェルノブイリ 船舶型原船が本格操業開始


ロシア国営原子力企業のロスアトムは5月、世界初の船舶型原子力船「アカデミク・ロモノソフ」が商業運転に入っていることを明らかにした。

出力3万5000kWの小型原子炉「KLT― 40S」を2基搭載。また、1時間当たり500万k㎈の熱供給を行える。ユーラシア大陸の最北東端に位置するチュクチ自治管区に設置され、既に19年12月から電力供給を開始。4730万kW時以上の電気を供給している。ロシア国内で11番目の公式な原発であり、世界で最も北に位置する原発でもある。

厳寒地で熱電供給を行う「アカデミク・ロスモノフ」

一方、津波や船舶との衝突など、海難事故の可能性から環境団体は「浮かぶチェルノブイリ」と原発船を危険視している。また、ロスアトムは当初、開発途上国へのレンタルを目論んでいたが、ロシア政府の意向次第で引き揚げられることもあり、どの国も導入に二の足を踏んだようだ。

厳寒のチャクチ自治管区では、1974年からビリビノ原発が稼働し電力・熱供給を担ってきた。ビリビノ原発は老朽化で閉鎖していき、アカデミク・ロモノソフが後を継ぎ地域の生活、産業を支える。その活躍ぶりによっては、酷寒地などの関係者の注目を集めるかもしれない。