【業界紙の目】中村直樹/科学新聞 編集長
今年のノーベル化学賞は、MOF研究で成果を残した日本人を含む3人が受賞した。
多様な場面で社会課題解決に資する可能性を秘めるが、現状に至るまでは苦労もあった。
スウェーデン王立科学アカデミーは10月8日、今年のノーベル化学賞を、京都大学の北川進・特別教授、リチャード・ロブソン・メルボルン大学教授、オマール・ヤギ・カリフォルニア大学バークレー校教授に贈ると発表した。受賞理由は金属有機構造体(MOF)の創出だ。北川博士は世界に先駆けてMOFの合成とコンセプトの確立に成功した。ガスの分離・吸着・貯蔵、触媒反応の場、環境汚染物質の除去などさまざまな応用が期待できる。
ロブソン氏は1989年、溶液中で有機分子(有機ニトリル化合物)と金属イオン(銅イオン)が結合した3次元ダイヤモンド型構造を持ち、内部に大きな空洞が存在する物質を合成することに成功した。固体内部の空間には、分子やイオンが出入りできることを実験的に示した。MOFの原型となるものだが、この物質は空洞内が溶媒で満たされていないとすぐに壊れてしまう。つまり溶液から取り出すことはできなかった。

受賞までの秘話 苦節の時期も経験
北川氏は、京大大学院工学研究科で博士号取得後、近畿大学で助手、講師、助教授とキャリアアップしていく中、多孔性材料に関する研究を始めた。近畿大で92年、細孔に有機物を含んだ多孔性配位高分子の合成に成功。物質の構造を解析するため、京大大型計算機センターを利用した。研究のターニングポイントを次のように振り返る。
「非常に巨大なデータを入力して、それを計算してということを何回か繰り返して構造を計算します。朝8時前に来たときはガラガラで仕事がはかどったのですが、昼ぐらいになると京大の研究者がどんどん出てきてやりだす。当時は手作業でデータを入力していたので時間がかかります。データを入れたら1~2時間以上待つ。時間があるので途中の構造を見たら、きれいに無限の穴が空いていて、中に有機分子が入っていたのです。それまでは穴が空いていない密度の高いものを作る努力をしていたのですが、その構造を見た時に、これは面白いとピーンときて非常に興奮しました」
その後、東京都立大学の教授になり、97年には多孔性配位高分子の弱点であった脆さを解決するため、金属イオンと有機配位子が噛み合う構造にするという新しい発想で、気体分子を大量に吸蔵できる多孔性配位高分子を世界で初めて合成した。気体を吸着・放出できる固体という新しい概念が確立された。
ただし、この成果は最初なかなか受け入れられなかった。北川氏は「97年にガスが可逆的に吸着し、壊れないという論文を出して、アメリカでのサマータイムに権威者が集まる会で発表したら、『そんなの本当か』という感じで非常に叩かれました。そういう学会に参加したのは初めてだったので部屋も予約しておらず、ようやく取れた部屋が一番上の狭い部屋で、蒸し暑い温室の中にいるような気持ちの中で、涙か汗か分からないものが出ました。それでも、この研究成果は実験してしっかり見つけたことなので、一切揺らがず、さらに進めていこうという気持ちでいました」と話す。

























