気象×ビジネスフレームワーク 空間・時間スケールの一致とは


【気象データ活用術 Vol.6】加藤芳樹・史葉/WeatherDataScience合同会社共同代表

過日6月2日、気象業務150周年式典に参列し、気象データアナリスト人材育成に貢献した者として気象庁長官より表彰していただいた。気象データアナリストとは、2021年に新設された気象庁認定の職能で「企業におけるビジネス創出や課題解決ができるよう、気象データの知識とデータ分析の知識を兼ね備え、気象データとビジネスデータを分析できる人材」と定義されている。その気象データアナリストである私たちが、クライアントからお預かりした仕事を具体的にどのように進めているのかをお話ししたい。

気象に影響を受けるビジネスやサービスの未来の状況を予測したいというニーズは、予測結果に応じて準備万端で待ち受けたいという動機から生じる。電力需給管理の現場では、JEPXやOCCTOが定める各種手続きの締め切り時刻に従い“どのタイミングで何をやる”という時間軸が明確な上、インバランス最小化が目的としてハッキリしているので、予測モデル開発の大枠構造をデザインするのが比較的容易だ。

時間・空間スケールが大きいと解像度が低い

あとは、クライアントごとに異なる運営思想やオペレーションフローについて丁寧にヒアリングし、各種気象予測データのリリースタイミングとの見合いで、予測モデルの構造や稼働スケジュールを完全オーダーメイドで設計していく。電力業界のように作業工程や最終目的がガッチリ決まっているご依頼は、実はそれほど多くはない。

予測モデルの開発依頼を受けるとまず、現場にヒアリングさせていただく機会の設定をお願いする。お聞きすることは「どこを対象に、いつの時点で、何が分かっていればうれしいか」。これは、気象の世界の基本である【空間スケール】【時間スケール】を把握するためだ。

例えば特定の地域において毎年秋に需要が立ち上がり、その秋の天気や気温の推移次第で需要量が大きく変動する製品のメーカーは、過不足ない供給計画を立てて秋を迎えたいと考える。もし「高知県での需要をターゲットに7月末時点で晩秋までの日次製造量を計画したい」と言われた場合、空間も時間もスケールがそろっておらず、希望をかなえる予測モデル開発は難しい。よって、まずスケールの一致を試みた擦り合わせをする。

7月末時点で数カ月先を予見することを重視する場合、時間スケールが大きいため、活用できる気象予測データも四国地方という大きな空間スケールを対象にザックリした傾向を表現する解像度の低い季節予報であり、当然予測アウトプットも月次単位など低解像度にならざるを得ない。日次の製造計画を得ることを重視する場合、時間スケールが小さい=時間解像度が高いため、予測リードタイムを10〜数日前程度まで近づける=時間スケールを小さくできないか検討していただく。これがOKだと空間スケールも小さくできるので、数値予報を活用し高知県のどこかピンポイントを予測対象とすることも可能だ。

このようなヒアリングによりクライアントのビジネスに本当に役立つ予測をデザインしている。

かとう・よしき/ふみよ 気象データアナリスト。ウェザーニューズで気象予報業務や予測技術開発に従事。エナリスでの太陽光発電予測開発などの経験を生かし、2018年から「Weather Data Science」として活動。

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北海道・東北NWが託送料改定 需要減が収支に与える影響大きく


北海道電力ネットワーク(NW)と東北電力NWが10月から託送料金を引き上げる。北海道は全電圧、東北は高圧・特別高圧が対象。レベニューキャップ制度下の第1規制期間(2023~27年度)で、収入の前提となる需要見通しを実績が下回ったことが背景にある。

北海道では、低圧需要の落ち込みが目立つ。23年度は282億kW時(想定より7億kW時減)、昨年度は280億kW時(同8億kW時減)と、大きく下振れした。見通しを策定した21年度時点では、コロナ収束後の需要増を見込んでいたが、省エネの定着などで伸び悩んだ。

他の大手電力系8社でも託送料値上げはあるのか

今後は、次世代半導体工場やデータセンターの立地計画が相次ぎ、特別高圧の需要増が期待される。第1規制期間では低圧の減少幅が大きいが、第2規制期間(28~32年度)以降は特別高圧の伸びが低圧減少分を補い、全体需要が当初想定を上回る水準にまで伸びる見込みだ。

東北では、人口減少を踏まえて需要減を想定していたが、ロシアのウクライナ侵攻による燃料費高騰や物価高などが産業用需要を押し下げ、減少幅は想定を大きく上回った。23年度は778億kW時の想定に対し754億kW時、昨年度は同773億kW時に対し752億kW時と、大幅な落ち込みが続いた。

収入減と物価高に伴う費用増が収益基盤に与える影響は、両社に限らない。他地域の送配電事業者の中には、この2社よりも実績が想定を下回るケースがある。他8社は現状では料金改定を行わない方針を示しているが、今後値上げに踏み切る可能性も否定できない

美浜原発の建て替えが再始動 原子力産業復活へ人材の壁


「原子力新時代」に向けた大きな一歩だ。関西電力は7月22日、廃炉となっている美浜原発1号機の後継機設置に向けて、2011年の東日本大震災以降に見合わせていた自主的な現地調査の再開を発表した。震災後、建て替えに向けた動きが明るみに出たのは初めて。関電など電力4社と三菱重工業が共同開発する革新軽水炉「SRZ―1200」の建設が念頭にある。

美浜原発の建て替えに向けた調査再開を発表する関西電力の森望社長

建て替えに向けては、規制基準の明確化やファイナンス面での支援策が求められている。関電は使用済み燃料の県外搬出という難題もあるが、忘れてはならないのは、人手不足という現実だ。例えば、原発ではシビアアクシデントに備えて、常に一定数の人員を確保しなければならない。震災後は必要とされる人数も増え、関電の原発に余剰人員はいない。建て替えに人員が割かれると、現場の負担は一層増すことになる。若手運転員の教育機会が減る可能性も。

「会社側は人が足りないので、メーカー主体で進めることになるだろう。実際に作るのはメーカーだが、発注する側としては、運用面を考慮して技術的な要件などを伝える必要がある。その部分の人の手当てをどうするのか。もっと重厚な体制にしたいのだが……」(関電関係者)

とはいえ、国内の原子力技術・サプライチェーンを維持するには、一刻も早く新設・建て替えに動き出す必要があった。関電の発表が、すそ野の広い原子力産業に大きなインパクトを与えたのは間違いない。14年という「空白期間」を乗り越える戦いが始まった。

余剰太陽光消費にEV充電を活用 料金割引で行動変容を全国実証


【エネゲート】

関西電力グループのエネゲートは、EV充電の料金設定で余剰太陽光の消費拡大を目指す実証を行い、EVによる上げDR(デマンドレスポンス)の可能性について一定の成果を示した。実証参加者の反応もおおむね好評で、持続的な取り組みに昇華させることが求められている。

同社は電力会社向けの製品製造や電力以外へのエネルギー管理システムの提供を担い、さらにEVの普及黎明期から充電ビジネスに参入している。

割引適用充電回数

実証は余剰が発生しやすい大型連休を含む4月26日~5月6日の午前8時~午後5時、全国約3000台の充電器を対象に実施した。10のエリアごとに太陽光の発電予測に応じて50%までの割引率を設定し、前日午後に通知。同社のEV充電サービス「エコQ電」ユーザーのうち約3500人が参加した。

同社によると、こうした実証の全国規模での実施は日本初。全国の送配電会社と情報共有しつつ、環境省が進める脱炭素に向けた国民運動「デコ活」の一環で実施した。


9割が「また参加したい」 量的インパクトに課題

発電予測が外れ、割引実施と出力抑制実績が合致しない日が北海道と東北でそれぞれ4日、中部で1日、関西で1日あったものの、それ以外はほぼ適切に料金設定できた。また、地域ごとの充電実績をみると、割引率の低い日より高い日の充電回数が多かった。

参加者にアンケートを取り、期間中に充電した人のうちキャンペーンを知っていた人は約70%、その中で割引時間帯に充電した人は約90%に上った。今後も同様のキャンペーンに参加するかとの問いには98%が「はい」と回答した。

ただ、例えば5月5日の出力抑制量は10社合計で1366万kWに対し、充電電力量は7423kW時。量的なインパクトとしてはわずかだった。

課題はやはり電動車ユーザーのすそ野を広げることだ。全EVユーザー(約60万人)が参加すれば上げDR量は約200倍に、普及率が足元の1%から20%になればさらにその20倍の効果が期待できる、と同社はみる。貝原一弘理事は「当社の費用の持ち出しはあるものの、脱炭素社会の実現に向けた取り組みとして継続すべきと考え、秋も実施を予定する。来年度以降はビジネスベースで継続できないか検討を重ねていく」としている。

また生まれる新市場 10年間の改革の教訓生かせるか


【業界紙の目】木舟辰平/ガスエネルギー新聞 編集部記者

電力システム改革の次の一手で、小売りの量的確保義務化と中長期取引市場創設が検討されている。

電力システムの合理化が目的だと言うが、過去の改革の教訓は生かされているのか―。

中長期取引市場の創設は2028年の予定となっている。詳細設計はこれからだが、1年物などの定型商品を取り扱い、燃料費などの限界費用だけでなく電源の維持費用なども入札価格に加味することを認める方向だ。

資源エネルギー庁は「市場環境が厳しい環境の下では、新電力においても中長期的な供給力の確保を志向する傾向が見られた」などと小売事業者に一定のニーズがあるとの認識であり、同市場を通じて「適切かつ安定的な電力価格指標」を形成したいとしている。有識者からも、発電事業者と小売事業者の双方にとってメリットがある市場となることを期待する声が上がっている。

とはいえ、また新しい市場を作るのか、と思う人もいるだろう。東日本大震災の教訓を踏まえて推し進められてきた過去10年以上の電力システム改革とはその一面において、新たな市場を次々と生み出してきた歴史だったと言えるからだ。例えば、電源などの発電できる価値を取引する容量市場が20年度に取引を開始し、その機能を補完するものとして長期脱炭素電源オークションや予備電源制度が作られた。自ら電源を持たない一般送配電事業者が必要な調整力を確保する場として、需給調整市場も整備された。電力脱炭素化の社会的必要性が高まる中で非化石価値取引市場も創設され、ほどなく高度化法義務達成市場と再エネ価値取引市場に分割された。その他にも、ベースロード市場や間接送電権市場、先物市場などが生まれている。

議論は経産省の会議室で粛々と進む


過去の反省踏まえられるか セットで小売りを規制

問題なのは、これらの市場は基本的に個々の課題に対応するために整備されてきたため、電力システム全体の最適化に寄与するかどうかという問題意識が制度設計段階で十分に持たれていなかったことだ。こうした背景の下、お世辞にも順調に機能しているとは言い難い市場も少なくない。例えば、24年度から全商品の取引を開始した需給調整市場の当初の混乱ぶりは目を覆いたくなるものだった。混乱は今も収束したとは言えず、来年度には全商品の前日取引化という大幅な制度見直しも予定されている。

中長期取引市場は、このような過去の改革の反省を十分に踏まえた上で創設されるのだろうか。似たような失敗をまた繰り返しはしないだろうか。そう疑問を呈さずにはいられないのは、取扱商品が重複する日本卸電力取引所(JEPX)の先渡し市場やベースロード市場がうまくいっていないから、ではない。確かに両市場とも機能しているとは言えない状況にある。先渡し市場は前日スポット市場とともに発足した長い歴史を持つが、一貫して低調な取引が続いている。ベースロード市場も新電力の競争力強化を目的に鳴り物入りで創設されたものの、仕組みの複雑性が増す一方で、取引は盛り上がりに欠けている。

ついに泊3号機が正式合格 鍵握る鈴木知事の二つの判断


国の原子力規制委員会は7月30日、泊原発3号機の設置変更許可を正式決定した。同サイトは適合性審査の先頭集団を走っていたが、審査申請から12年を経ての合格となった。今後は防潮堤や燃料輸送のための新港建設、地元同意などのハードルが立ちはだかる。

北海道電力が「2027年のできるだけ早期」の再稼働を目指す中、国の動きは早かった。8月4日には資源エネルギー庁の幹部が北海道と泊村、周辺の共和町、岩内町、神恵内村を訪れ、理解を求めた。

村瀬佳史・エネ庁長官から再稼働に理解を求める文書を受け取る鈴木直道知事(右)

鍵を握るのは鈴木直道知事だ。北海道では最先端半導体の国産化を進める国策企業ラピダスが、27年をめどに量産を目指す。鈴木氏は7月30日の記者会見で、ラピダスの操業は再稼働を前提としないとの考えを示したが、「再稼働とセットだ」との声は多い。大型データセンターの稼働も見込まれており、脱炭素電源の安定供給に泊3号機の再稼働は欠かせない。柏崎刈羽原発再稼働の地元同意に時間を要する新潟県の二の舞を恐れる向きもある。

一方、使用済み燃料の最終処分地選定プロセスも重要な局面を迎えている。寿都町と神恵内村は文献調査を終えたが、次のステップである概要調査に進むには知事の同意が必要だ。鈴木氏は道議会の議論などを踏まえて判断する方針で、今年中にもそのタイミングが訪れる可能性がある。

原子力の活用に向けて、重要な二つの判断─。それを後押しするのは国の全面的な支援とバックエンドを巡る国民的な理解だ。

3年前に急騰した豪州一般炭 足元の上昇基調をどう見るか


【マーケットの潮流】大竹正巳/エネルギー・金属鉱物資源機構「JOGMEC」石炭開発部担当調査役

テーマ:豪州一般炭価格

一時異様な高騰を見せた豪州一般炭は今春100ドルを切る水準となったが、現在再び上昇基調に。

その背景として生産・需要側でそれぞれどのような動きがあるのか、専門家が解説する。

国際市場で取引される一般炭の指標価格は、2020年新型コロナ感染拡大による需要減少で大幅下落した後、21年以降は経済活動の再開で需要が回復する中、金融機関による石炭開発投資の縮小や労働者不足による生産量減退の影響で急騰した。さらに22年、ロシア炭禁輸制裁措置に伴う石炭需要増加が押し上げ要因となり、日本が主要ユーザーである豪州Newcastle港積み高品位一般炭(6000k㎈/㎏)のスポット価格は同年5~10月にかけて1t当たり400ドルを超えた。

その後は需給タイト感が緩和したが、24年1月の約120ドルから緩やかな上昇局面に転じ、同年後半には冷房用電力消費の増加や地政学的リスクによる天然ガス価格上昇の影響を受け、8~10月に一時145ドルを上回った。しかし、気温が平年より高めに推移したことで暖房需要に備えた電力会社の在庫取り崩しが鈍化し、日本では停止中原発の再稼働により冬期石炭需要が伸び悩むとの観測が広がりスポット取引が抑制され、10月下旬から下落基調に。今年に入りLNG価格の下落やショルダーシーズンでの暖房用電力消費量の減少を背景に続落し、4月末には21年5月と同水準の91ドル台に低下した。

長期化した石炭市況の軟化は、これまで一般炭市場全体を下支えしてきた中国やインドの国内需給が大幅に緩和し、余剰傾向となった一般炭の逃げ先がなくなったことが構造的背景にある。

それは、中国やインドが主要ユーザーである豪州Newcastle港積み低品位一般炭(同5500k㎈)が、高品位一般炭と同様に昨年10月下旬から下落基調にあることからもうかがえる。両国の貿易統計が示す一般炭輸入量は、インドでは昨年9月から、中国では今年2月から前年同月比マイナスに転じた。エネルギー安全保障の観点から国内炭生産を強化していることが背景にある。インドの24・25年度の国内炭生産量は前年比5%増の10億t超、中国では今年上半期の原炭生産量が前年同期比5・4%増の24億tと堅調に推移し、3月は4億4千万tで過去最高を記録した。両国ともに国内石炭需要に対する輸入依存度の低下が鮮明化している。


価格は回復基調に 豪州で大幅な出荷遅延

豪州高品位一般炭価格の下落基調に変化が見られたのは、今年5月になってからである。世界最大の一般炭輸出港であるNewcastle港において、4月末~5月初旬の悪天候、および5月下旬の豪雨や洪水による鉄道網の一時的閉鎖、船舶移動制限、港湾荷役の効率低下により大幅な出荷遅延が発生したのだ。5月初めの91ドル台が月末には2月以来となる100ドル超えとなり、1カ月間の上昇率が約10%に達した。同港の月次貿易データによれば5月の石炭積出量は前年同月比24%減、前月比21・7%減の894万tと大幅に縮小した。

豪州Newcastle港積み一般炭スポット価格の推移
出所:Argus Media Limitedのデータを基にJOGMEC作成

6月に入り滞船数が増える中、引き続く出荷遅延に加え、気温上昇が例年より早くかつ長期化する見通しから電力会社によるスポット取引が増加。さらにイスラエル・イラン軍事衝突に起因する世界的なLNG供給ひっ迫懸念とエネルギー価格高騰が押し上げ要因となり、2週続けて2ドル前後の値上がりで上昇幅が拡大した。その後も荒天による同港での一時的出荷制限、9月積みスポット炭不足による供給制限懸念などから続伸し、8月上旬時点で約112ドルまで上昇している。

一方、需要側である中国に目を移すと、7月の石炭輸入量(無煙炭および原料炭を含む)は前年よりも減少したが、輸入需要回復の兆しが見て取れる。事実、低品位一般炭価格は6月の65ドル台を底値として緩やかに改善する展開となり、8月上旬に約70ドルに上昇。中国国内では下落基調だった一般炭スポット価格(5500k㎈/㎏炭FOB渤海湾)が、6月半ば頃の約618元(約86ドル)で底を打ち、8月上旬には約670元(93ドル)に回復している。

臨海副都心エリアのCO2削減へ 地域熱供給に水素混焼ボイラー導入


【東京都港湾局ほか】

東京都港湾局は7月、地域熱供給用途で全国初となる都市ガスと水素の混焼ボイラーを稼働させた。この事業は都の「臨海副都心カーボンニュートラル戦略」の一環であり、東京臨海熱供給の青海南プラント(江東区)に同ボイラーを設置した。

臨海副都心・青海地区は、オフィスや商業施設、ホテル、病院などが混在するエリアだ。東京臨海熱供給はCO2削減に取り組み、2000年比で今年中に50%の削減を目指している。現時点で約40%削減を達成しており、今回の水素混焼ボイラー導入で、これを加速させたい狙いがある。

水素混焼ボイラーでCO2を半減


貯蔵タンクに新技術採用 着火を防ぎ安全性を高める

今回の水素混焼ボイラー設置において、港湾局は企画や用地提供、産業技術総合研究所(産総研)は技術開発とデータ分析、清水建設はタンク自動運転化システム開発、東京臨海熱供給は混焼ボイラー設置と運転、東京テレポートセンターは建物照明など施設の提供、ヒラカワはボイラーの運転と技術開発をそれぞれ担当する。

導入した水素混焼ボイラーは、水素を最大50%混焼した場合CO2排出量をほぼ半減できる。都市ガスのみでの運転も可能で、安定した稼働が確保できる設計となっている。

水素供給に利用するタンクは、産総研と清水建設が開発した水素吸蔵合金タンクを採用した。水素吸蔵合金は金属の微粒子状で、純水素を圧力下で吸着させると、スポンジが水を吸うように水素を取り込むことにより、常温常圧の保管よりも約1000倍の密度で水素を蓄えられる。

新素材を採用した水素タンク

ただ、従来の合金は吸収時に粉砕しやすく、粉末化した合金は着火性が高まるため危険物として扱われ、貯蔵量が制限されていた。そこで両者はより多くの水素を安全に貯蔵するため、割れにくい新合金を開発した。

燃料となる水素は山梨県甲府市米倉山のプロジェクトからグリーン水素を調達している。

東京都港湾局の水飼和典開発調整担当部長は「臨海副都心の脱炭素化をさらに推進するとともに、水素活用の新たなユースケースとして需要拡大と社会実装の加速につなげたい」と語った。次世代燃料の活用においても首都のリーダーシップを発揮していきたい構えだ。

巨額損失で袋小路に入った東電再建 囁かれる「上場廃止」の可能性


東京電力の経営再建を巡る行き詰まりを打破するため、大胆な再建案が取り沙汰されている。

上場廃止の可能性もささやかれる中でどのような道を選択し、苦境を乗り越えていくのか。

五里霧中に迷い込んだ東京電力は抜け出せるのか─。

7月31日、東電ホールディングスが東京・大手町の電気事業連合会で開いた2025年度第1四半期決算会見。狭い会議室に多くの記者が集まり、1時間以上にわたり山口裕之副社長らが厳しい質問に対応していた。

この日、東電は災害特別損失に燃料デブリ取り出しの作業費用など9549億円を計上した。毎年2600億円を積み立てている廃炉積立金から捻出するが、純利益は8576億円の赤字となり、自己資本比率は25・1%から19・3%に低下した。20%以下というのは、資金調達力や信用力の低下が意識される水準だ。ただ東電の場合は別の見方もある。「財務が毀損したことは間違いないが、デブリ取り出しの工法が決まり、廃炉費用の解像度が上がってきたという点で意味があった」(大手金融機関A氏)

9000億円超の災害特損を計上した(7月31日の決算会見)


KKの年内再稼働厳しく 完全国有化という奥の手

東電は原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じて国の資金援助を受け、廃炉等積立金のほかに原賠機構への特別・一般負担金として、年間数千億円を払い続けている。廃炉・賠償費用を工面した上で、その上澄みが実質的な利益となるのが東電の経営構造だ。将来的には原賠機構が保有する株式の売却益を除染費用に充てるため、企業価値の向上は他社以上にも増して至上命題となっている。

ところが、現実は甘くない。

自由化による競争環境の激化、柏崎刈羽原発の安全対策工事、送配電網の増強、インフレといった負担がのしかかり、「稼ぐ力」は戻っていない。頼みの綱であるKKについて、新潟県選出の与党議員は「冬の需要ピークをにらむなら、9月の県議会で結論を出したい」と意気込むが、自民党県連幹部は「国、東電、県民の意思確認、党内調整の全てが上手くいっても、年内の再稼働はない」と慎重姿勢を崩さない。データセンター需要は見込めるが、不確実な要素が多く、収益力向上にどれほど寄与するかは不透明だ。

この結果、自由に使える余剰資金であるフリーキャッシュフローは18年度から赤字が続き、金融機関からの融資に頼っているのが現状だ。原賠機構への〝借金返済〟のために借金を重ねる自転車操業が続いている。「今後、デブリ取り出しに必要な想定支出額が増えた場合、巨額の災害特損の計上を余儀なくされる。そうなれば、原賠機構の支援スキームを見直さない限り、債務超過に陥る可能性が高い」(伊藤敏憲・伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー代表)

露・ウ戦争終結への第一歩か 二次関税発動も燃料価格反応せず


8月中旬、米国がロシア、ウクライナとの首脳会談を矢継ぎ早に実施した。トランプ大統領の仲介で3年半に及ぶ戦争がようやく終結に動くのか。

トランプ氏は戦争の早期終結に意欲を見せてきたが、就任後も進展がみられないことにしびれを切らし、ロシア製品輸入国に二次関税を課す方針を表明。8月6日、ロシア産原油などを購入しているインドからの輸入品に25%の関税を上乗せし、21日後に発動するとの大統領令に署名した。

そのわずか2日後、トランプ氏はロシアのプーチン大統領と米アラスカ州で15日に会談するとSNSに投稿。予定通り、アンカレジの米軍基地にプーチン氏やトランプ氏らが一堂に会し、約3時間会談した。ただ、ここでは戦争終結への具体的合意には至らず。トランプ氏は「非常に生産的だった」などと強調したが、領土問題などデリケートな話題は次回以降に持ち越しとなった。

ウクライナ戦争開始以降初となる米露首脳会談は注目の的となった 提供:SPUTNIK /時事通信フォト

そして今度は18日にワシントンのホワイトハウスで、トランプ氏とウクライナのゼレンスキー大統領が会談。続けてフランスやドイツ、英国などの欧州5カ国と、EU(欧州連合)、NATO(北大西洋条約機構)の首脳らを交えた会合も開いた。トランプ氏は停戦後のウクライナへの安全の保証に関し、欧州主体で米国が支援する形になると説明。また、ゼレンスキー氏は「領土を含む問題について首脳レベルの3者会談で議論する」と言及した。

一連の動きを受けて石破茂首相は、「わが国に何ができるか、法制面・能力面も含めてよく検討し、しかるべき役割を果たしていく」との考えを示した。


原油が8月に入り下落 ガス価格も低調

こうしたイベントが相次ぐ中、エネルギー価格は下落基調となっている。

WTI原油先物は、7月28日にロシアへの制裁強化の可能性をトランプ氏が表明したことで、30日には1バレル当たり70ドル程度と6月20日以来の高水準となった。しかし8月に入り、IEA(国際エネルギー機関)の需給緩和が拡大するとの予測や、OPEC(石油輸出国機構)プラスと同盟国からの供給急増などにより、19日は終値が61.93ドルとなった。

一方、欧州の天然ガス価格指標であるTTFは8月8日の100万BTU(英国熱量単位)当たり11.1ドルから、15日には10.6ドルに下落。米露の停戦交渉への期待や、熱波緩和の予報を受けた形だ。北東アジアのLNG価格指標であるJKMも下落基調で、15日には11ドル前半に。スポット需要の低迷が続いている。豪州の石炭価格も20日現在111ドル台と、中国の生産拡大を背景に軟調だ。

停戦への道はまだ見通せないが、この戦争によりいびつな形に変化した世界のエネルギー市場が元に戻るきっかけとなるのか、動向が注目される。

【電源開発 菅野社長】トリレンマを直視し自社の最適解を探り 求められる役割発揮へ


カーボンニュートラルに向けさまざまな要請が突き付けられる中、火力のトランジションでは現実的な手法に狙いを定め、洋上風力への否定的見解は一蹴し真の価値を訴求する構えだ。

そして大間では一日でも早く地元の期待に応えることを目指す。求められる役割を見据え、自社や顧客にとっての最適解を追求する。

【インタビュー:菅野 等/電源開発社長】

かんの・ひとし 1984年筑波大学比較文化学類卒。同年電源開発入社。執行役員経営企画部長、取締役常務執行役員、代表取締役副社長執行役員などを経て、2023年6月から現職。

井関 今年は酷暑の割に予備率には比較的余裕がある印象です。火力の運用面はどうでしょうか。

菅野 昨年同時期に比べて火力の稼働率が相当上がっています。スポット市場はどのエリアもゼロ円のコマが減り、それだけ火力電源が動いており、逆に言えば当社を含む発電事業者がマーケットを見ながら適切に運用しているといえます。

全体の需要が底上げされており、昨年1年間で2%弱増えました。特に今年は6月から暑い日が多く、早い時期から需要が増加しています。需要が大きく予備率が厳しい時期に計画外停止が起こらないよう、火力の定期検査を端境期に偏らせないなど、どの事業者も工夫しているはずです。石炭火力も日常的にフルの出力から最低負荷まで変動させる運用が増えており、ボイラーの金属の熱収縮による影響を予見し、集中的にどこをチェックするべきなのか、精度を高めていかなければなりません。

それでもトラブルは起こり得るので、いざという時はなるべく早く戦列に復帰させることが必須となります。

井関 第1四半期(4~6月)は減収増益でした。

菅野 3月末に松島火力が全て停止し、また今年度は容量市場の単価が大幅に下がるなど、減収要因がいくつかあります。それに対し、再生可能エネルギーでは水力や風力の発電量が増え、火力ではLNGと石炭の価格差が保たれた状況にあるなどの増収要因である程度回復しました。加えて北米ガス火力権益の売却益を計上したことにより、想定をやや上回ったと捉えています。


3E全て達成は至難の業 事業者ごとに判断へ

井関 第7次エネルギー基本計画を踏まえ、分野ごとに具体的な政策の検討が進んでいます。特に注目している点は?

菅野 電力需要の伸びのスピード感が重要です。実際今年度にかけて少し伸び、そしてデータセンター(DC)の需要はこれからが本番との見方があります。他方、政府が掲げるS+3E(安全性+安定供給、経済効率性、環境適合)を三つとも満たすことは相当に難しいです。個々の事業者としては何を優先するのか、ある程度腹をくくる必要があると思います。事業者としての最適解は何か、判断を迫られ、具体的な行動となって現れる日が近いのではないでしょうか。

井関 ワット・ビット連携(電力系統と通信基盤の一体整備)の議論が進む中、日立製作所と社会インフラ事業者向けのAI用DCを共同検討しています。

菅野 印西市(千葉県)や京阪奈(京都府)などの系統接続容量は上限に近づきつつあり、電力供給と通信のインフラが整っている別の地方へのDC設置を目指すという議論が浮上していますね。DCの中でも即応性が求められるものや、AIの学習用などの役割分担があり、あるいは公共インフラではより高度なセキュリティーが求められています。われわれは、学習用かつ公共インフラに近いDCは地方設置が可能だと考え、ビジネスチャンスを狙っています。

当社には電源や通信インフラなどの情報はありますが、AI・需要に関する知見は少なく、具体的なDCのニーズを把握する上でパートナーが必要でした。今回、日本発で最も世界的なプレーヤーである日立製作所との連携に至りました。

井関 そこでも火力は重要な役割を果たすのでしょうか。

菅野 GAFAMなどのビックテックはCO2フリー電力で全て賄うと標榜しています。現実的には火力電源も非化石証書でオフセットし使う場面が出てくるでしょうが、当社としては水力や風力などのカーボンニュートラル(CN)な電気で供給するよう努力します。

【コラム/8月29日】敗戦後80年経済を考える~談話への期待は、節度ある経済運営


飯倉 穣/エコノミスト

1、経済水準を享受

敗戦後80年となる。政治・社会面を飾る恒例の行事があった。東京大空襲(3月)、沖縄戦終了(6月)、広島・長崎原子爆弾投下(8月6日、9日)、ポツダム宣言受諾(10日)、何故か敗戦でなく玉音放送の日の終戦記念日(15日)と続いた。そして降伏文書調印日(9月2日)がある。1945年、これらの日々を経て焦土の経済復興が始まった。 

政治の世界では、70年談話に続く80年談話を発出するか話題となっている。報道もあった。「首相、戦後80年見解に意欲 「無謀な開戦」検証にこだわり 準備不足党内外から批判」(日経25年8月14日)。国会答弁で首相は「二度と戦争を起こさないためにどうするのか。単なる思いの発出ではなく、何を誤ったのか。我が国が今年世界に向けて何を発出するかに強い思いがある」(毎日8月4日)と強調した。談話の意味は、時の政権・為政者の思いにすぎないのか。

経済面は、敗戦恒例の行事もなく、トランプ相互関税騒ぎで、敗戦後80年に係わる事象について目立つ紙面を見かけなかった。米国管理の平和の下で、国民が敗戦後の経済発展で歴史上最高の経済水準を享受している証である。先行きに懸念もある。財政出動・金融緩和の支えで、資産価格上昇・高水準の現経済を今後も持続出来るだろうか。経済の実態は、財政破綻状態・経済政策混迷で、不安定な状況に見える。実物経済の水準維持に必要なエネルギ―・資源確保の問題や地球環境(ゼロエミッション)の制約もある。それらの様々な課題を抱えながら、次の80年はどこに向かうだろうか。

敗戦後80年の経済を振り返り、高水準ながら借金まみれの経済運営を反省し、未来を展望しつつ、政治(80年談話)への期待を考える。


2、敗戦後80年間は、前半良好、後半閉塞感継続

敗戦後の経済は、大まかに2区分となる。第1期は、当初の40年間(1945~1985年)である。敗戦の苦しみから這い上がり、高度成長を経て、漸く先進国に辿り着いた。S20年代敗戦後の飢餓状態から配給制・食料増産で凌ぎ、S30年代以降家庭用品が高度化し、欧米技術導入で重厚長大産業、加工組立産業が伸長した。エネルギーは、石油(流体革命)が支えた。実質経済成長率は年平均7%程度だった。目標(キャッチアップ)が明快だった。衣食が充実し、住も漸く人並みになった。経済運営は、内外均衡重視(とりわけ国際収支・国内需給・財政均衡・雇用重視)だった。財政・金融政策に過度に依存せず健全を旨とした。企業経営も雇用第一だった。個人・企業は、政府に頼らず自助(働く)を基本とした。民は、官嫌・面従腹背の様相だった。昭和が懐かしがられる所以である。

第2期(1986~2025年)は、グローバル化と称する時期で、市場重視・自由競争が強調された。背景に米国圧力で消費者重視・規制緩和・内需拡大があった。第1期の成果を過信し、節度を失いバブル経済を形成した。その崩壊に対処する知恵を喪失し(89年下村治博士死去)、二進も三進もいかず、構造調整や構造改革という勘違い政策にまみれた。政策迷走・民間企業力低下の40年間だった。軽薄短小産業は匍匐(ほふく)前進せず、通信関係産業頼りながらGAFA的プラットフォーム産業の出現はなかった。

エネルギーは、再エネ高価買入、原子力発電縮小で、石油等化石エネ主力が継続している。実質成長率は、年1.1%だった。グローバルの意味がわからず、自己喪失で目標も明解でなかった。現実直視せず、成すべき目標を掲げる思考力が欠如していた。経済運営は、消費(時間消費)重視で、貧しき発想で余暇(リゾート)に走り、経済基盤となるインフラ、生活の堅実さを忘れた。そして財政・金融政策で節度を失う。政府は雇用を忘れ、企業は、人件費を変動費に変え、従業者を福祉政策(セーフテイネット)に追い込んだ。政治家万能、官嫌・忖度強要の時代となった。自立自営の言葉は空に飛んだ。この状況で今後の80年間が始まる。 

合金の組成と配合比を改良 水素運用の最適化に貢献


【技術革新の扉】水素吸蔵合金/清水建設

法規制が少なく、大量貯蔵が可能な水素吸蔵合金への関心が高まっている。

清水建設は合金の課題を克服し、独自システムで水素活用の裾野拡大を図る。

燃やしてもCO2を排出しない水素は、脱炭素社会を担う次世代エネルギーとして注目されている。すでに燃料電池車(FCV)や産業用ボイラー用途などで利用され始めているが、普及はまだ限定的で、本格的な社会実装には安全かつ効率的な貯蔵方法の確立が不可欠となる。こうした中で、建築物への再生可能エネルギーの導入に取り組んできた清水建設は、新たな貯蔵手段として、法規制が少なく、大量貯蔵が可能な「水素吸蔵合金」に着目。試行錯誤を重ね、再エネ由来の水素を「作り、貯めて、使う」ための一連の設備をパッケージ化した「Hydro Q-BiC」を開発し、実証を進めてきた。

「発火しない」水素吸蔵合金


発火しない独自合金を開発 構造見直しで充填を効率化

貯蔵方法として一般的なのは、高圧で気体として保つ「圧縮法」、もしくはマイナス253℃で液体にする「液化法」だ。しかし、これらはいずれも高圧設備を必要とするため、高圧ガス保安法などの規制が障壁となり、建物内での使用には適さないケースが多い。

そこで導入したのが、水素吸蔵合金を用いた貯蔵方式だ。合金に水素を吸蔵させることで、体積を気体の約1000分の1に圧縮でき、しかも10気圧未満の低圧下で貯蔵が可能となる。これにより、法的ハードルをクリアしやすくなるという利点がある。

ただ、水素吸蔵合金には発火性があり、危険物として扱われるという課題があった。そこで材料開発で実績のある産業技術総合研究所と連携し、合金の素材や配合比を最適化することで、発火の恐れがない新素材の開発に成功した。さらに、レアアースを用いない構成としたことで、大量導入時にはコスト低減も見込める。

Hydro Q-BiCは太陽光などを活用したオンサイトでの水素製造・貯蔵に加え、外部から運ばれた水素の充填にも対応する。ただし、充填作業は法規上、2時間以内に終えなければならず、車両の撤収などを考慮すれば、実際の作業時間は1時間程度に限られる。この短時間充填を成立させるには、高度な熱管理技術が欠かせない。

同社は産総研と共に水素タンクに空調用の熱交換器を応用することでこの課題に対応。熱媒流路を精緻に制御することで、高速かつ均質な温度管理を可能にした。また、水素の注入方式も刷新し、従来の多数のフィルター管を用いた手法から、タンク全体の〝面〟で水素を注入できる「水素拡散板」を導入し、設備の簡素化とコスト削減にもつなげた。

プロジェクトの主軸を担ってきた下田英介氏は、「2時間での高速充填を実現できるのは、独自構造のタンクを有する当社だけ」と自信をのぞかせる。

一連の水素製造・貯蔵設備は、同社が開発した制御システム「シミズ・スマートBEMS(ビル・エネルギー・マネジメント・システム)」で管理する。太陽光発電などの発電量や建物の電力需要、天候データをもとに、蓄電池と水素の使い分けを最適化する。下田氏は、「目的は建物の脱炭素化。やみくもに水素をつくるのではなく、最適なバランスを導き出す仕組みになっている」と強調する。

水素利用システムの全体構成


各施設への導入を加速 多様需要に応える柔軟展開

2017年に実証を開始し、21年にはHydro Q-BiCを同社北陸支店の新社屋に本格導入した。システム全体の性能やBEMS制御の有効性を確認したことに加え、換気設備や検知器を活用した安全対策も検証済みで、水素漏えい時の対応にも万全を期している。

現在は実証から〝実装〟フェーズに移行しており、実際に各地の工場や施設に導入されている。大阪・関西万博では、コンパクト版の「Hydro Q-BiC Lite」がNTTパビリオンに採用され、さらに今年3月には、大容量の貯蔵に対応する「Hydro Q-BiC Storage」が赤坂熱供給の地域熱供給プラント(赤坂5丁目エリア)に設置されることが決まるなど、用途や規模に応じた多様な展開が進んでいる。

同社のイノベーション拠点「NOVARE」に設置された水素関連技術の事業化推進チームを指揮する本間康雄氏は、「水素需要は今後さらに高まることが見込まれるが、用途や規模は顧客ごとに異なる。当社は柔軟なパッケージでその多様なニーズに応えていく」と意気込む。水素を建物、そして街全体で使えるエネルギーへ─。同社の挑戦は、一層熱を帯びていく。

議論の端緒に就いた電源併設負荷 実現へ整理すべき論点とは


【多事争論】話題:電源併設負荷

日本でも発電所とデータセンターを併設する電源併設負荷の検討が始まった。

制度の空白とも言えるこの問題を考える上で、押さえておくべきポイントは。

想定される送電系統への悪影響 自家発を含めた検討が筋

視点A:戸田直樹/東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所チーフエコノミスト

米国では大規模なデータセンター(DC)の立地計画が進む一方で、これらに電力を供給する送電系統の増強に時間がかかり、早期の供給を希望するDC側のニーズとマッチしにくいことが課題となっている。そのためDCの同一構内、または隣接地の発電所から直接供給することで、送電系統の増強を回避する「電源併設負荷」が計画されているが、この取り扱いも論争となっており、ペンシルベニア州サスケハナ原子力発電所から隣地のアマゾン・ウェブ・サービスのDCへ供給する計画を巡る論争が日本でも報じられている。

ここでは、送電系統とは接続するものの、バックアップ電源、保護リレーを確保して系統からのサービスを一切受けないこととし、したがって託送料金・アンシラリーサービス料金は支払わないと主張するDC・発電事業者と、系統に接続している以上支払うべきと主張する送配電事業者の意見の隔たりが大きく、規制当局は解決策を見出せていない。加えて、電源併設負荷に離脱する発電所が増加することによる送電系統側の安定供給への悪影響、電源併設負荷に離脱する需要家が増加することによる系統側に残る需要家の託送料金負担増も懸念されている。

日本でもDCなどが主導する電力需要の増加が想定されており、米国と同様に、長期間を要する系統増強がDC立地の制約になることを回避すべく電源併設負荷を志向する動きが想定される。しかし、日本で米国のような論争になるとは今のところ思えない。

すなわちこれは、以前から見られる、産業用需要家が自家発を設置することと変わらない。これらが今も行っているように、発電>需要のときは系統から不足を補い、発電<需要であれば余剰を外販する、余剰の量をコントロールできるなら卸電力取引所に応札するもよし、自家発脱落に備えたいなら補給電力を契約するもよし、と思える。米国で見られる、バックアップ電源や保護リレーまで準備して系統のサービスから遮断しようとする取り組みは、どうも極端すぎる。果たして先ごろ、東京ガスエンジニアリングソリューションズが都市ガスによるDC向け自家発の普及に取り組むと発表した。既に検討中の案件もある模様だが、多くは自家発の不足分を系統電力で補うことを想定し、それでも、自家発により系統増強を回避し、早期の供給を実現するメリットが期待できるのだろう。

もっとも、電源併設負荷が増加することによる、送電系統側の安定供給への悪影響、系統側に残る需要家の託送料金負担増といった懸念は、米国と同様に日本でも想定される。しかし、これらは従来からある産業用自家発の普及によっても起こり得る。電源併設負荷の急増を想定し何らかの歯止めが必要と判断するのであれば、既存の産業用自家発も含めて検討することが筋である。まずは、現在の自家発の取り扱いが、競合する系統電源に比べて過剰に優遇されていないか検証することが考えられよう。

以上から、論点を二つ提示する。第一に、自家発自家消費される電力量に対するアンシラリーサービス料金の取り扱いである。系統との間でエネルギーの授受がなくても、自家発は電気の品質が安定するメリットを得ているとして、アンシラリーサービス料金が課金されている。ただし、そのよりどころは、送配電事業者が自主的に作成した要綱であり、制度の裏付けがない。そのため、事業者が自家発設置需要家の理解を得るのに苦労するという話を聞く。系統電力の品質は、系統に接続すれば誰もが享受する、特定の需要だけ排除できない公共財である。制度で裏付けし、事業者を要らぬ負担から解放すべきである。


賦課金逃れを動機にしてはならない 普及度合は脱炭素オークション次第か

第二に、FIT(固定価格買い取り)賦課金の取り扱いである。現行法では自家発は賦課金負担を免れているが、負担しなくてよい理屈はない。偏った取り扱いのために、自己託送がそうであったように、賦課金逃れが電源併設負荷の動機となることは回避すべきだ。

そして、電源併設負荷が実際どの程度普及するかは、最近導入された長期脱炭素電源オークションとの関係で決まりそうだ。この制度の下で開発された電源は、系統側の全需要家により固定費回収が保証されるいわば公共財だ。たとえDCに近接して立地したとしても、特定の電源併設負荷のために活用することは道理に合わない。すなわち、投資家から見て、長期脱炭素電源オークションを利用するか特定の電源併設負荷と契約するかは二者択一であり、投資家はどちらが魅力的かを天秤にかけるのだろう。

とだ・なおき 1985年東京大学工学部卒、東京電力(現東京電力ホールディングス)入社。電力中央研究所上席研究員、経営戦略調査室長などを経て、2016年から現職。

【エネルギーのそこが知りたい】数々の疑問に専門家が回答(2025年8月号)


エネルギー分野での黄金株/需給ひっ迫に見る制度設計の死角

Q エネルギー分野での企業の黄金株発行には、どのような意味があるのでしょうか。

A 黄金株とは、株主総会決議事項や取締役会決議事項に対して拒否権を持つ株式で、どのような決議事項に対して拒否権を持つかを事前に定めることができます。わが国では、拒否権付種類株式(会社法108条1項8号)として位置付けられています。企業を好ましくない敵対的買収などから防衛する手段としつつ、外部からの収益目的の出資を集める上で有効ですが、株主平等原則の重大な例外となるため、例えば米国では原則として上場企業での黄金株発行は認められていないなど、慎重な扱いが求められています。

他方で、広義の安全保障の観点から外資による企業買収に対する規制が各国で実施されており、わが国でも外為法に基づく事前審査などの規制があります。しかし、こうした規制ではそもそも外資しか規制できず、また好ましくない買収などの回避と資本の調達の両立が困難です。黄金株が注目されるのは、そうした外資規制の限界を乗り越える手段となるからであり、日本製鉄のUSスチール買収に際して米国政府が黄金株を保有することが承認の決め手となったのは、その好例です。

エネルギー分野でも、エネルギー安全保障の観点から、広く資本を集めつつ外国による好ましくない影響力を排除するなどのために、黄金株が利用されることがあります。わが国では国内外で石油・天然ガスなどの鉱業資源の権益を持つ大手石油開発企業であるINPEXが上場企業として唯一黄金株を発行しています(経済産業大臣が保有)。同社がエネルギー安全保障上の重要な役割を担っていることを鑑みた措置であり、その趣旨から東京証券取引所が定める上場廃止基準「株主の権利の不当な制限」には該当しないとされています。

回答者:白石重明 /前 中曽根平和研究所経済安全保障研究センター長


Q 今年も6月の早い時期から電力需給ひっ迫が話題になりましたが、その原因や背景にはどんなことが考えられますか。

A 今年の夏は梅雨明け前からの異例の高温で6月からいきなり本番を迎え、当初7~9月で4%以上確保できるとしていた電力広域的運営推進機関の需給検証から一転して綱渡りの様相となりました。本来、近年の屋根載せ太陽光の伸びによる需要減少などを背景に夏需給は以前ほど深刻な課題ではない、という見方もありましたが、昨年以降の需要の伸び、あるいは頻発する火力発電所の停止を考えれば、やはり夏はいつ需給ひっ迫が起きてもおかしくありません。

特に十分な供給予備力のない中で、需給ひっ迫の発生は慢性化する傾向も出てきています。中心的な安定供給力を担う火力発電所は、端境期に必ず定期点検・補修する必要があり、それは春秋の非ピークに集中します。自動的に春秋の予備力も潤沢ではなくなるため、今年のような6月の高温時は点検中の火力は参加できず、いきなりピンチになるわけです。

需給ひっ迫時、各一般送配電事業者の地域でのピーク時供給力が不足すると、広域融通によって乗り切ることになりますが、問題は基礎になる各一般送配電管内の予備力が火力の閉鎖などによって弱くなっていることです。現在の供給力強化策の主力である長期脱炭素電源オークションには地域の概念がなく、地域の供給力は実は供給義務を持たないはずの旧一般電気事業者(発電部門)の奉仕(ボランティア)の精神に頼っている、という皮肉な実情があります。事業者が競争の中で電源を作っていくという自由化の枠組みと根本的に合わないこの点こそが、需給ひっ迫から見通せる現在の電力制度設計の死角と言えます。

回答者:西村 陽/大阪大学大学院招聘教授