【論説室の窓】井伊重之/産経新聞 論説委員
「新自由主義からの転換」を掲げる岸田文雄政権が始動した。
その象徴としてほしいのが、脱炭素と安定供給の両立のための電力自由化の再設計だ。
英グラスゴーで開かれた第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)では、議長国の英国が加盟各国に対し、石炭火力発電所の早期廃止を求めた。その結果、先進国は2030年代、途上国も40年代までに段階的に廃止することで合意し、世界46カ国がこれに賛同した。だが、米国や中国、インドなど主要な石炭消費国は参加を見送った。
英国は今回のCOPを開催するにあたり、自国の石炭火力の廃止時期を25年から1年前倒しすることを決めた。各国に石炭火力の廃止を求める以上、自らも廃止に向けて積極的に動くことで、世界的な廃止機運の高まりを狙ったのだろう。ただ、英国の電源構成のうち、石炭火力が占める比率は、わずか1%程度に過ぎない。今回の廃止賛同国の多くも石炭火力が占める割合が低い国ばかりだ。
英国が危機に直面 石炭火力の一時存続を検討
その英国はいま、深刻なエネルギー危機に直面している。主力燃料の液化天然ガス(LNG)の価格高騰で電力小売り会社が相次いで経営破綻に追い込まれ、原子力大国フランスからの電力系統も一時不調に陥った。
危機的な状況を打開するため、英国政府はバイオマス発電所への転換を決めていた国内最大の石炭火力発電所について、一時的に存続させることで電力供給の継続を検討中だ。脱炭素に向けて英国は石炭火力の廃止で主導権を発揮しようとしたが、やはり自国の安定的なエネルギー供給を賄うためには、目の敵にしている石炭火力にも頼らざるを得ないのが実情だ。
石炭火力の廃止についても世界で一律ではなく、CO2を回収・地下貯留や再利用する「CCUS」のほか、アンモニア混焼などの技術開発を含め、各国のエネルギー事情に応じて段階的に進める必要がある。
エネルギーは国を支える重要な基盤である。国際協調による脱炭素が問われる中でも、国家としてエネルギー供給を優先する判断は当然である。電力危機に見舞われて計画停電が頻発した中国も、国内炭の増産を進めている。その量は日本の年間消費量を上回るほどの大規模なものだ。各国とも脱炭素の取り組みの重要性は認識しているが、足元の安定供給に目を瞑ることはできない。
今回の世界的なエネルギー危機の一因として挙げられているのが、上流部門への投資縮小である。国際エネルギー機関(ⅠEA)の調査によると、原油・天然ガスの探鉱や開発、生産など「上流」事業に対する20年の投資額は3260億ドル(約36兆円)だった。世界的なコロナ禍の影響もあり、前年に比べて3割以上も減少した。既に石炭市場ではダイベストメント(投資引き揚げ)が本格化しているが、その波は天然ガスにも及びつつある。
また、米国が石油輸出国機構(OPEC)とロシアに高値水準の是正を目的にして追加増産を求めたが、先進国主導の脱炭素の動きをけん制し、OPEC側は増産要求に応じなかった。これまで産油国は石油価格の高騰が需要減少につながる事態を懸念し、市況に応じて生産量を調整することで価格メカニズムが形成されていた。だが、今回は脱炭素で将来的な需要減が避けられない中、産油国の姿勢にも変化が見られる。
一方、日本では来年2月に首都圏で深刻な電力不足が見込まれている。老朽化した石油火力の休廃止が進んでいるためだが、これが脱炭素の流れの中で、今後は石炭やLNGにも波及するのは確実だ。政府は当面の電力需給対策として、火力発電所の定期修繕の先送りや休廃止の延期などを求めている。新たなエネルギー基本計画では、脱炭素に向けて再生可能エネルギーを主力電源に位置付けたが、移行期に火力発電がショートすれば大きな混乱は避けられない。
ここで問われているのが電力自由化である。東京電力の福島第一原発事故を契機に始まった電力システム改革は、電力会社による地域独占を排し、総括原価方式を廃止することで利用者の選択肢を増やしながら、電気料金の引き下げを目指す取り組みだ。16年には家庭用を含めて小売りが全面自由化され、電力自由化は完成した。
だが、こうした自由化は現在の世界的な脱炭素や資源価格の高騰など、新たな事態は想定していない。電力会社は新規参入が相次ぐ電力市場の中で競争しながら、脱炭素と安定供給の両立を図る難しいかじ取りを迫られている。以前のようなコストを見込んだ電気料金は設定できず、各社の経営体力は消耗しつつあるのが実態だ。
もちろん電力会社の経営努力は欠かせないが、原発に対する政府の姿勢もあいまいな中で、脱炭素投資や安定供給のための設備投資が今後も確保できるかは不透明だ。

資金回収を認める制度に 総括原価の一部復活を
そこで提案したいのは電力自由化を再設計し、脱炭素と安定供給のための投資資金の回収を予見できるようにする新たなシステム整備である。
例えば低炭素や脱炭素につながるような高効率の火力発電の開発・建設や原発の新増設などに対し、一定の資金回収を認める制度の導入だ。いわば総括原価を一部認めることで、安定的な投資や技術開発の資金を確保してもらう仕組みといえる。経産省は容量市場で安定電源を確保する制度づくりを進めているが、その対象をもっと広げた形で脱炭素と安定供給の両立を図りたい。
岸田首相は「小泉純一郎内閣から続いた新自由主義的な政策からの転換を図る」と明言している。電力自由化は、電力市場の規制改革を通じて競争を促す新自由主義的な政策の典型といえる。だが、実際には電力市場の競争は進んだものの、電気料金は自由化前よりも上昇し、最も重要な安定供給さえも大きく揺らいでいる。これでは自由化の恩恵を国民は実感することなどできない。
こうした電力自由化の再設計は、新自由主義的な政策の転換の象徴ともなる。岸田首相には是非とも取り組んでもらいたい。












