【羅針盤】大場紀章/エネルギーアナリスト
今年に入って、大手自動車会社がエンジン搭載車の販売を打ち切ると相次いで発表した。
ただ、EVへの切り替えが進むのは欧州の一部と中国のみ。果たして加速的に普及していくのだろうか。
ドイツの大手自動車会社フォルクスワーゲン(VW)は今年6月、2033年から35年までの間にエンジンを搭載した車の欧州での新車販売を打ち切ると発表した。アウディとMINI(BMWブランド)は26年までに、ボルボとフィアットは30年までに全ての新車販売をEV(電気自動車)にすると発表。国内では、ホンダが4月、40年までに新車販売をEVあるいはFCV(燃料電池車)にすると発表した。このように、各国の大手自動車会社による「脱エンジン」の発表が相次いでいる。
自動車会社による「脱エンジン」につながるトレンドは以前からあった。4年前の17年7月、イギリスとフランスが相次いでガソリン・ディーゼル車販売を40年までに禁止すると発表し、その後各国政府が競うように同様の目標を策定した。ただ、この時と現在の動きとで異なる点が三つある。一つ目は、発表しているのが政府ではなく自動車会社であること。二つ目は、明確にハイブリッド車とプラグインハイブリッド車を排除していること。三つ目は、目標年次が前倒しされていることである。
この4年間で何が大きく変わったかといえば、パリ協定以降で加速した、いわゆる「50年脱炭素」という世界的潮流である。19年6月、イギリスはG7で初めて50年までの脱炭素を法制化した。その後、同様の目標に日本を含む世界132カ国以上がコミットした。
産業界が政府より先手打つ 金融業界はエンジン車を冷遇
世界の気候変動政策が急激に変わることになったのは、意思決定の向きが変容してきたことが大きい。従来の気候変動政策は、政府が国内の産業界にお伺いを立てながら、国際交渉で公約した目標に従って国内に規制をかけるというものだった。しかし、最近では逆に産業界が政策より行動で先行しており、むしろ政府に対し目標の前倒しを要求するようになっている。こうしたことが、各国の急激な政策変更を後押ししたと考えられる。
この背景にあるのは、欧州を中心とする金融業界の変化だ。環境や持続可能性に配慮した経営を求める「ESG投資」、気候変動関連の財務情報を開示する「TCFD」、環境にプラスの影響をもたらす金融商品「グリーンボンド」の流行などである。
最近では、今年4月、環境や持続可能性の観点から妥当な経済活動を分類する「EUタクソノミー」の技術スクリーニング基準草案が発表され、「サステナブル投資」からエンジン搭載車が全て除外されることとなった。今や、50年脱炭素にコミットしない事業者は投資や融資を受けることが難しくなっている。
50年に完全な脱炭素を行うとすれば、自動車の平均的寿命が10年以上あることから、ガソリンを使用する車(ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車を含む)は遅くとも35年ごろに新車販売をやめなければ、ストックの入れ替えに間に合わない。イギリスはこのような逆算から、40年としていたガソリン車販売禁止の年次を、昨年11月に30年と10年前倒しした。
そのような中、昨年はコロナ禍の「グリーンリカバリー」という財政出動によるEV補助金の積み増しと、欧州メーカーによる比較的安価なEVの発売、罰金が発生するEUの自動車排ガス規制が20年から厳しくなったことが重なり、20年後半から欧州でのEV販売が一気に伸びた(図左)。欧州の主要な自動車市場であるドイツで6.0%、フランス5.2%、イギリス5.5%となり、欧州全体では5.6%のEV販売シェアとなった(図右)。これは前年の2.0%の3倍近くになる。
確かにEVの販売台数は急激に伸びたが、成長しているのは手厚い補助金がある世界でも限られた地域である。まず、世界のEV販売のうち、中・欧・米の三つの地域で全体の95%が占められている(図左)。この三つの地域の20年EV販売シェアは平均3.5%だったが、それ以外の地域では0.4%と(図右)、およそ9倍の違いがある。日本は0.3%とその他の中でも低い。
欧州のEV販売台数はドイツ、フランス、イギリス、ノルウェー、オランダの上位5カ国で75%を占めており、一方で補助金のない数カ国ではほとんど販売されておらず、欧州内での地域格差は大きい。また、米国のEV販売のうちおよそ45%はカリフォルニア州によるもので、非常に偏っている。
EV普及国は補助金頼み 先行き見えない電池コスト
つまり、現在のEV販売の伸びは、ごく一部の国の補助金頼みというのが実態である。しかも売れ筋はテスラなどの高級車か、セカンドカー用の短い航続距離の安価モデルで、まだ庶民の主な足としてはハードルが高い。実際に欧米でEV販売が多いのは所得の高い地域である。現状では世界の自動車市場をEVが席巻するというにはほど遠い。
欧州では今年も依然として、昨年後半並みのEV販売シェアを維持しているが、さらに伸びているということはない。今後10年足らずで消費者の負担なくEV販売シェアを100%にするには、補助金を拡大するか、数年以内にEVのコストパフォーマンスがエンジン搭載車を上回る必要がある。しかし、EVの価格を決定付けるバッテリーのコストは、この10年で大幅に下落したものの、価格の7割を材料コストが占めており、技術開発で下げることは難しい。むしろ、EV需要が急激に高まれば、レアメタルなどの希少材料の需給がひっ迫し、逆に高コスト化する懸念もある。
気候変動やエネルギー安全保障の観点からEVにシフトする重要性は理解できるものの、高い目標を出し合うイメージ競争になりがちな金融主導の変革は、一部の投資家を利するだけで現実から乖離している。未来の気候を守るため、犠牲になるのは現代の弱者なのかも知れない。
おおば・のりあき 2002年に京都大学理学部を卒業、08年同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。技術系シンクタンクを経て現職。



