【エネルギービジネスのリーダー達】中村 肇/TGオクトパスエナジー社長
英国の電力小売り市場に革新を起こし急成長を遂げた英オクトパスエナジー社。
そのテクノロジーとノウハウを活用し、日本の電力市場で新たな価値の創出を目指す。
なかむら・はじめ 1991年東京大学工学部卒、東京ガス入社。2015年からリビング営業計画部デジタルマーケティンググループマネージャーとして電力販売事業立ち上げの陣頭指揮を執る。電力トレーディング部長、価値創造部長などを経て21年2月から現職。
東京ガスと英オクトパスエナジー社の共同出資により、2021年2月に誕生した電力小売り会社、TGオクトパスエナジー。約10カ月に及ぶ準備期間を終え、いよいよ今秋、サービス提供を開始することになった。
中村肇社長は、「エネルギー会社の印象を激変させるような、未来を感じてもらえるサービスを打ち出していきたい」と意気込む。
機動的に最良の選択 企業文化も取り込む
オクトパスエナジーは電力自由化で長い歴史を持つ英国において、16年に発足したばかりの新進気鋭の小売り会社だ。独自のデジタル技術(統合ITプラットフォーム)と効率的な顧客対応ノウハウを組み合わせた「新たな顧客体験の創出」を通じ、競争の激しい同市場で300万件以上の契約を獲得するなど、短期間で急成長を遂げた。現在、英国では電力卸価格の高騰で多くの小売り会社が事業停止に追い込まれているが、堅実に事業を継続している。
世界展開を狙うオクトパスが日本でサービスを開始するに当たり、パートナーとして白羽の矢を立てたのが、新電力として国内最大の契約件数を持つ東ガスだった。両社は、20年4月ごろに提携に向けた検討を開始し、同年12月に国内における合弁会社設立と、東ガスのオクトパスへの出資を決めた。21年2月にTGオクトパスエナジーが発足し、トップに就いたのが、東ガスの電力小売り事業立ち上げに携わった中村社長だ。
取材を行った10月上旬。この時点で既に社員宅を利用したオペレーションテストを開始しており、友人・知人を中心とした「Betaテスト」に着手するまで秒読み段階に入っていた。ところが、具体的な事業開始のスケジュールを問うと、中村社長から返ってきたのは、「言えない、というよりは、流動的に考えている」との答えだった。
それは、長期的な計画を綿密に詰めてから準備を進めていく日本のユーティリティ企業とは対照的に、短・中期のマイルストーンに向けて、都度、状況や結果に合わせた最良の選択と調整を行っていくというオクトパスの組織運営の在り方を取り入れているからだという。
オクトパスを日本の中に作り上げることが、これまで日本の電力小売り自由化でなし得なかった新たな価値の創出につながると考えている。
目標は「東京ガス超え」 競争のルール覆すか
東ガスでは、原料調達やウェブマーケティングなどの部門を歴任し、15年に電力小売り全面自由化に向け初めて電力事業に携わるようになった。
多くの新規事業者が参入し市場競争が過熱したが、「各社が提供するメニューは、既存の電力会社の料金に対し何%割安、ガスや通信などほかのサービスとのセット契約でお得になる、ポイントが付与されるなど、あくまでも付帯サービスによる付加価値提案であり、従来の公共料金の枠を超えるものではなかった」と、自由化のこれまでを振り返る。
中村社長自身も、顧客ニーズがあるとの確信があっても、さまざまな制約がある中で、それをサービスに反映できないという忸怩たる思いを持つことがあったという。オクトパスのテクノロジーと顧客対応のノウハウは、そうした制約を打ち破り、競争のルールを覆してしまうポテンシャルを秘める。
同社が提供しようとしている新たな価値の鍵を握るのが、再生可能エネルギーだ。「発電設備の導入拡大だけではなく、消費者が使いやすい形で再エネ由来の電気を供給していくことが表裏一体で進まなければ、再エネ主力電源化は達成できない」と中村社長。
消費者の電気自動車や蓄電池など機器の所有状況や、ライフスタイルに合わせたプランを最適なタイミングで提案する―。それを可能にするのが、オクトパスのテクノロジーなのだ。
長期計画に基づいた事業運営に縛られないとあって、TGオクトパスとしての具体的な事業目標はあえて設定しないという。だが、中村社長は「新しい価値観で世の中を変えるというのであれば、最低でも東ガスの契約数200万件を超えなければ」と、野心を燃やす。
当然、東ガスと顧客を取り合うことになるが、全国展開と東ガスがアプローチできなかった層を取り込むことができれば、グループ全体の電力事業を拡大できる効果の方が高い。
現在、東ガスと英オクトパスから参加するメンバーを中心に社員は40人ほど。新型コロナウイルス対策の移動制限に伴い英国のスタッフが来日できないなど、事業開始にこぎつけるには大変な苦労もあったという。
「社員には世の中を変えていくのだという思いを共有し、とにかくチャレンジすることを楽しんでもらいたい」と語る中村社長こそ、新たな挑戦への期待に目を輝かせていた。