【目安箱/4月24日】日本が直面するシーレーン問題 ホルムズ封鎖で危機感足りず!?
今年の4月、日本各地では例年の通り「お花見渋滞」が起こっている。平和な光景で、それを喜ぶべきだろう。しかし同じ時期にイランによるホルムズ海峡封鎖の影響で世界各国では原油が不足した。その結果、さまざまな国でガソリン価格の上昇による社会混乱、車利用の減少が起きている、と伝えられる。そして政府が車の使用自粛を呼びかけている。日本では何も行われていない。大丈夫だろうか。

この危機感のなさは当然かもしれない。ガソリン価格は日本で動いていない。日本政府が補助金により、無理に価格を抑制している。
全国平均でのレギュラーガソリン小売価格(税込)の推移は、ホルムズ海峡封鎖の発生する前である今年22月には、約158〜160円(1リットルあたり)で比較的安定していた。価格は円安のため上昇気味だったが、今年1月からの暫定税率廃止などの効果もあって上値は抑えられていた。
◆補助金が危機を見えなくした
米国やイスラエルが2月28日にイランを攻撃し、3月中旬ごろからイランがホルムズ海峡を通過する船舶へ無差別攻撃を行った。3月16日のレギュラーガソリン価格は1ℓ当たり190.8円で、日本国内での史上最高値圏までは跳ね上がった。しかし政府の補助金が3月19日から始まったことから、価格はその後下がり、全国平均170円前後で推移している。
政府は国家分を含め約8ヶ月分の石油備蓄を保有していたが、危機直後に国内需要約45日分を放出。紅海周りのルート、インドネシアとの交渉など、原油や天然ガスの代替調達を急いでいる。また石油製品の確保、増産、輸入に動いている。
日本は他国のようにガソリンや石油製品の消費抑制、規制などには踏み出していない。もちろん国民の不安をあおらないようにするという意図もあるのだろう。また備蓄など過去の準備が、今回の危機で効果があった面がある。しかし、熱心に政府が対策をしているようには見えない。国民に危険を強く訴えていない。楽観的すぎないだろうか。先行きは見えないのだ。
◆太平洋戦争が教えるもの
一つの印象的な画像がある。第二次世界大戦における日本海軍の軍艦の沈没地点をGoogleマップで記録し、可視化したものだ。米国の戦史マニアが作ったようだが、今はそのサイトは消えている。

この画像を見てわかるのは、軍艦の沈没場所は、当時の海上交通線と重なっている。当時は東南アジアの油田地帯や資源採掘地から、フィリピンやベトナム沖、そしてバシー海峡(台湾とフィリピンの間の海峡)を通って日本に原油や資源が運ばれていた。激戦地の南太平洋でも船は沈んでいるが、沈没数はその海上交通線周辺の方が多い。
日本海軍は海戦で敗れただけではなく、海上交通線防衛のために戦い、それに失敗して戦争に敗れた。そのことを、このマップは教えてくれる。海軍は補給、海上交通線の防御の重要性を、戦争前に深く考えず、艦隊決戦ばかりに関心を向けていた。
日本の置かれた状況は、第二次世界大戦から80年以上経過した今でも変わらない。日本は島国としての地理的特性と資源の大半、食料の多くを海上からの輸入に依存する経済・社会構造を持つ。現時点は原油の場合は、99%が海外に依存する。さらにその9割が中東に依存する。その7−8割がイランによる武力紛争前はホルムズ海峡を通過していた。
そして現代の日本の海上交通線は脆弱だ。ホルムズ海峡のような「チョークポイント」(要衝)は他にもある。マラッカ海峡(マレー半島とスマトラ島の間)、バシー海峡、南シナ海を日本向けの船舶が原油や資源を満載して通過し、日本の工業製品を運ぶ。それは80年前、日本の商船、軍艦が大量に沈んだ場所と重なっている。
◆ドローンの登場で武力攻撃が容易に
今回のホルムズ海峡の封鎖は、イランの海空軍が米軍によって制圧された後に起きた。ドローンと見られる物体により船舶が無差別攻撃された。3月下旬から攻撃はなくなり、この記事を執筆中の4月20日時点では米とイランは停戦中だ。しかし保険会社が海運への保険を拒否し、各国の船舶会社も運行を懸念し、海運が元に戻らない。
第二次世界大戦当時と今を比べると、人命や民間資産の価値は重くなっている。危険な海で民間商船を航行させられないのだ。日本の海上交通線を遮断しようという国は、脅威や不安を与えるだけで、それを混乱させられる。しかもドローンという簡便な兵器で海運を止められる。
台湾有事の可能性がある。中国が日本を締め上げる意図を持った場合に、ホルムズ危機の先例を考えれば、海上交通の封鎖は容易に行えそうだ。
◆過去の教訓を直視し、危機に誰もが備える
今は原油不足の問題で表面的に混乱は起きていないかもしれない。しかし日本の米国などとの太平洋戦争は、米国などによる石油や資源の禁輸というエネルギー危機によってそれを打開する資源確保の目的を一因に始まった。そして原油の輸送ルートを断たれて戦争に負けた。昭和天皇は、太平洋戦争を「油で始まり、油で終わった」と戦後振り返ったという。また1972年、79年に起きたオイルショックでは日本が混乱した。原油の遮断は日本の国家の存亡に関わる重要な問題だ。
海上交通線を米国などと協力し、安全を高める必要がある。しかし海上交通線を全部守り切るのは難しい。2度の石油ショックから、日本は「脱石油」「脱中東」「省エネ」「技術開発」というエネルギー政策を進めてきた。今回のエネルギー危機のショックが、他国より少なかったのはその努力の結果だろう。しかし、その成功ゆえに、緊張感が薄れているように思える。
今も出ている燃料油補助金、そして今後出そうな電力・ガス補助金は、経済の体質を変えず、石油やエネルギーの消費を促しかねない。危機が深刻になっていない今のうちに、国が実情を国が明らかにし、無限に続き書けない補助金政策をやめ、国民に危機への準備を呼びかけた方がよい。政治と政府は危機意識を持ってほしい。


