【コラム/4月10日】ドイツのエネルギー転換が直面する課題

2026年4月10日

矢島正之/電力中央研究所名誉シニアアドバイザー

ドイツは2045年の気候中立達成を掲げているが、2025年9月15日、連邦経済・エネルギー省(BMWE)は連立政権合意に基づくエネルギー転換の進捗を評価したモニタリング報告書を公表した。同日、ライヒェ大臣は同報告書の指摘を踏まえ、今後政府が講じるべき対応策として10項目の施策案を提示した。本稿では、これら施策が示す課題と政策的含意を整理するとともに、それらが2045年気候中立目標の達成可能性に及ぼす影響について検討する。

提案された施策の10項目は以下の通りである。

1.誠実なニーズ評価と現実的な計画

将来の意思決定における基準は、発電・送配電・蓄電・供給安定性に要する費用を含む、システム全体のコストである。必要かつ経済合理性のある設備のみを整備し、非効率な過剰投資は避けるべきである。また、再生可能エネルギーや送配電網の拡張計画は、現実的な電力需要シナリオに基づいて策定されなければならない。2030年の電力需要は、複数の研究で600〜700TWhの範囲と見込まれており、その中でも下限に近い水準となる可能性が高い。したがって、洋上風力の導入量やその系統接続、さらに長距離送電を担う高圧直流送電についても、実際の需要に応じて調整する必要がある。2045年に向けた長期的なエネルギー計画においても、需要動向に合わせて柔軟に見直しながら進めるべきである。

2.再生可能エネルギーを市場やシステムに適合する形で支援する

固定価格による固定買取制度(Einspeisevergütung)を廃止し、ネガティブ価格時の補償も完全に終了する。これに代わり、EU 法で求められている二方向差額決済契約(CfD)やClawback(超過利益回収)など市場連動型の新たな支援スキームを導入する。さらに、PPA(長期電力購入契約)によって投資リスクを低減し、新規設備には直接販売(Direktvermarktung)を義務付けることで、再生可能エネルギー支援制度を固定買取方式から市場連動型へ全面的に移行する。

3.送配電網、再生可能エネルギー、分散型柔軟性を同期的に拡大する

2030年に再生可能エネルギー比率を80%に引き上げる目標は維持する。その達成に向けて、再生可能エネルギー設備や蓄電設備の立地を適切に誘導する仕組みを強化し、系統接続の迅速化、実際に利用可能な発電量の増加、そして必要に応じた効率的な送配電網整備を進める。再生可能エネルギーと蓄電の組み合わせにより、需要に応じた電力供給や出力変動の平準化が可能になる。さらに、送配電網に負荷をかけない立地を誘導する仕組みの導入、系統逼迫地域での発電側負担の増大、デジタル化による接続申請の効率化、そして可能な限り地中化を避けてコスト増を抑制することなどを通じて、再生可能エネルギー・送配電網・蓄電設備・分散型柔軟性の拡大を同期的に進め、効率的かつ安定的な電力システムを構築する。

4.技術中立的な容量市場を迅速に導入する

供給安定性を確保するため、再生可能エネルギーの変動を補完する柔軟な調整電源として将来的な水素転換を見据えたガス火力について入札制度を優先的に整備しつつ、特定技術に依存しない技術中立的な容量市場を2027年までに導入することにより、投資・計画の確実性を高める。また、EU近隣国の経験を踏まえて制度の複雑性を最小限に抑えるとともに、新規ガス火力の初回入札については年内に方針を明確化する必要がある。

5.電力システムの柔軟性とデジタル化を推進する

需要の柔軟性と電力システムのデジタル化は、効率性を高めるための構造的な鍵となる要素であり、送配電網、再生可能エネルギー、蓄電設備、電解槽の拡張を効率的に同期させるための前提条件である。消費者は市場価格に近い価格シグナルを受け取ることができるようにすべきであり、負荷管理、蓄電設備、その他の柔軟性手段は、変動料金制の電気料金および送配電網利用料の設計に適切に反映されるべきである。スマートメーターの導入は、リアルタイムの需要分析と家庭用エネルギー管理システムの操作を可能にするため、意欲的かつ迅速に進められ、少なくとも消費者のコスト負担は中立となるよう設計される必要がある。

6.統一的で流動性の高いエネルギー市場を維持・拡大する

統一的で流動性の高いエネルギー市場を維持・拡大するため、単一の電力入札ゾーンを堅持しつつ、電力・ガス・水素・CO₂の自由な市場を機能させる。また、過度な価格介入や市場分断を回避することで産業・投資家・消費者に安定的で予見可能な条件を提供するとともに、市場流動性と価格変動を柔軟性投資やリスクヘッジの促進に活かし、さらに送配電網の混雑管理の効率化策を短期的に開発・実施する。

7.支援制度を見直し、補助金を体系的に縮減する

支援制度を経済合理性の観点から全面的に見直し、補助金を必要最小限に縮減するとともに、電力価格が恒常的な補助ではなく市場メカニズムに基づいて形成されるようにし、支援はエネルギー多消費産業や研究・イノベーションに的を絞って期間限定で実施する。さらに、複雑な補助金体系を市場に近い成果志向の制度へと転換し、EU排出量取引制度(ETS)を効率的なエネルギー形態の選別を担う中心的な仕組みとして位置づけ、産業の国際競争力を維持するための現実的な解決策を講じる。

8.将来を見据えた研究を推進し、イノベーションを促進する

将来のエネルギーシステムを支える技術革新を戦略的に強化するため、研究開発を通じて技術進歩、コスト低減、スケールメリットの獲得を促進し、デジタル化やAI、産業部門やバリューチェーン全体の電化によって高まる電力システムへの要求に対応する。また、深部地熱、核融合、水素とその派生物、CCS/CCU などの新技術の潜在力を積極的に開拓し、分散型エネルギーシステムの最適化に不可欠となるAIの活用を進め、その前提となるデータセンターの容量確保と迅速な整備を図る。さらに、国際的な研究開発競争から取り残されない体制を構築する。

9.水素の普及を現実的に推進し、過度に複雑な規制を削減する

水素の普及を技術中立かつ柔軟に進めるため、過度に複雑な規制を撤廃して実務的な基準へ転換し、低炭素水素を含む多様な水素の利用を認めつつ、既存の需要がある分野や費用対効果の高い領域に立ち上げ期の重点を置く。さらに、需要側の進展と連動した形で水素コアネットワークや海外供給源の開拓や輸入回廊の整備を段階的に進めるとともに、電解装置の導入目標を需要に応じた柔軟なものへと改め、H₂バレーやプロジェクトクラスターなどのインフラ整備を必要に応じて迅速に開始する。

10.CCS/CCU を気候保護技術として確立する

CCS/CCU を不可欠な気候保護技術として制度的に確立し、産業の脱炭素化を確実に支えるため、セメント・化学など回避困難な排出を抱える産業や発電部門を対象に投資支援や CO₂ 輸送・貯留インフラの整備を進める。さらに、関連法制の改正を通じて計画・投資・許認可に関する明確で予見可能な規制枠組みを整え、国家戦略への透明な位置づけと情報提供を通じて社会的受容を高めながら、CCS/CCU の導入と市場形成を着実かつ加速的に推進する。

以上の検討から、未来のエネルギーシステムを構築するうえでは、市場原理、技術多様性、イノベーション、デジタル化、そして欧州協力が不可欠の基盤となることが示されている。これらを土台として10の施策を着実に実行することが、繁栄、安定供給、国際競争力を支える政策的要件となる。また、現実的かつ実行可能なエネルギー転換を進めることで、ドイツは産業にとって魅力的で、国民の支持を得ながら、気候保護にも貢献する国家としての地位を維持し得るとされている。

上記の施策は、エネルギー転換のアプローチがより現実的な方向へと移行しつつあることを示しており、これを必要な軌道修正と捉える向きもあれば、エネルギー転換そのものの終焉を示唆するものと見る向きもある。確かなのは、ライヒェ大臣が2045年カーボンニュートラル目標に加え、2030年までに総電力消費量に占める再生可能エネルギー比率80%という目標を依然として堅持している点である。しかし、これらの目標が実際に達成可能かどうか、前回コラムで書いたように、その道のりは依然として極めて険しいと言わざるを得ない。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。