次代を創る学識者/稲垣有弥 山梨大学水素・燃料電池技術支援室特任助教


水素・燃料電池分野で山梨大学と県、民間が連携し、産業集積に力を注ぐ。

山梨大では産官学連携の専門部署をつくり、地域振興への貢献を目指す。

水素活用に注力する自治体の中で、山梨県は一歩抜きん出た存在だ。パワーtoガス(P2G)でのグリーン水素製造の共同実証など、先駆的な取り組みが進む。その背景として、山梨大学が1960年代から燃料電池研究にいそしみ、世界的パイオニアとして知見を蓄積してきたことが寄与する。

そんな実績ある山梨大で特任助教を務める稲垣有弥氏は、山梨の「水素・燃料電池バレー」を目指し、大学のシーズを生かした地域活性化の研究に取り組む。経済産業省が昨年末、2050年カーボンニュートラル(CN)に向けた政策議論をけん引するメンバー発掘のために立ち上げた「若手有識者研究会」委員にも名を連ねる。

研究者としては、やや異色の経歴を持つ。大学時代、美しい山並みに代表される山梨の地域資源に惹かれたことがきっかけで県庁に入庁。産業振興に携わりたいと考え、特に分散型エネルギーでの地域活性化に興味を抱いた。そうした中、資源エネルギー庁水素・燃料電池戦略室への出向を打診され、2年間国策に従事するように。予算づくりや水素基本戦略の策定、水素閣僚会議を立ち上げから担当するなど、中身の濃い期間を過ごした。稲垣氏は「エネ庁時代に予算折衝に備えて水素・燃料電池の技術的知識を深めることができ、かつ公的資金の仕組みや政策の勘所を押さえられるようになった。この経験が今のキャリアに役立っている」と振り返る。

研究成果の実装を重視 国と地方目線のギャップも

現在所属する山梨大の水素・燃料電池技術支援室は、関連産業の集積と育成を目指し15年に発足した産官学の「水素・燃料電池ネットワーク協議会」の中で大学側の窓口を担う部署だ。研究成果を実装までつなげることがテーマで、県内企業と新技術のマッチングや、新規事業立ち上げ支援などを行う。21年度までは文部科学省事業で、大学のシーズを活用して県内3企業が関連製品を製造。その後は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)事業で引き続き技術開発を進めている。「ネットワーク協議会内では、県企業局がP2Gでの水素燃料製造を行うのと同時に、大学と県内企業で水素を使うデバイスを開発している。地域で水素を身近な存在にするためのインフラ整備をどう進めるかがポイントになる」(稲垣氏)

ただ、政府と地方の目線は異なる。国策では大規模かつ効率的なインフラ整備を志向するが、地域レベルでは小型ボンベなどを使ったサプライチェーンの必要性も感じている。「小型インフラでも各地に広まればCO2削減効果などがチリツモ的に大きくなる。こうした意義を広く説明して官民の協力を得ながら、地方目線の取り組みを産業振興にうまくつなげていきたい」(同)

GX(グリーントランスフォーメーション)戦略も動き始める中、政府と地方、そして地域内のステークホルダーをつなぐ要諦を、今後も担う考えだ。

いながき・ゆうや 2013年青山学院大学経済学部卒、山梨県庁入庁。17年経済産業省の水素・燃料電池戦略室に出向。19年山梨県庁新事業・経営革新支援課、20年同庁成長産業推進課、21年4月から現職。経産省「50年カーボンニュートラルに向けた若手有識者研究会」委員も務める。

【メディア放談】電力不祥事の余波 エネルギー問題「一斉開花」


<出席者>電力・ガス・石油・マスコミ/4名

大手電力の不正閲覧で、内閣府の再エネタスクフォースが所有権分離を主張している。

ところが、エネルギー業界には他にも課題が山積し、分離の議論どころではなさそうだ。

―カルテル、不正閲覧と電力会社の不祥事が続いたが、新聞各紙を見ると報道は落ち着いている感がある。「嵐の前の静けさ」かもしれないが。

ガス 一連の電力不祥事については東京で新聞を読んでいるだけだと、ことの重大さを見間違う。不正閲覧を営業に使っていた関電は、関西地方ではメディアの強烈なバッシングを受けている。特に読売と産経は厳しい。

―読売、産経は原発には理解がある。志賀原発の「活断層疑惑」が晴れた時は、大きく紙面を割いて内容を伝えていた。

ガス ところがカルテル問題では、1面と社会面の両方で関電を批判している。不正閲覧では、大阪ガスの藤原正隆社長の記者会見での発言から「大ガス社長、重大な事案と批判」と報じた。それはこの2紙だけだ。

マスコミ 大ガスも導管部門を法的分離している。それで重大事案とは言ったが、批判はしていない。大ガスにも過去に不祥事があった。普通に考えて、ガス会社の社長が関電を批判するわけがない。

経産省は立腹だが…… 再エネTFは強硬意見

―各社が電力料金の値上げを申請した時だったから、タイミングも悪かった。

電力 不正閲覧には経産省もかなり立腹していたが、さすがに所有権分離まで発展するのはまずいと考えたようだ。だが、内閣府の再エネ規制タスクフォース(TF)がこの問題に首を突っ込んできて、所有権分離を提言した。それでややこしくなった。

TFの委員には電力ガス取引等監視委の委員長だった八田達夫さんや、エネ庁公益事業部の業務課長だった川本明さんがいる。彼らは電気事業をよく分かっているだけに、TFの会合では痛いところを突かれた。

ガス 会合に経産省からは課長補佐クラスが出ていたが、明らかに準備不足。経産省はTFを甘く見ていたね。

石油 東京新聞デジタル版がTF委員の高橋洋さんの取材記事を掲載して、「所有権分離が絶対必要」と主張していた。しかし、他にこの問題でパンチのある主張はあまり見当たらなかった。

―国会でも議論されているはずだが、あまり伝わってこない。 

ガス 電力会社は放送法の解釈を巡る問題に救われている。テレビ局は自分たちのことだから、ワイドショーもこの問題を優先して取り上げている。

マスコミ 放送法といえば、安倍晋三元首相の国葬での「電通が演出」発言で謹慎したテレビ朝日の玉川徹さんを久しぶりに見た。朝のワイドショーで電気料金の高騰に絡めてこの問題を熱っぽく話していた。

―電力の問題は玉川さんの「十八番」だから。どんなことを言っていた?

マスコミ まともに聞くとイライラするから、あくまで番組を盛り上げる「ショー」の一環だと思って聞いていた。けれど、テレ朝やTBSの番組に疑問を抱いた元首相補佐官の礒崎陽輔さんの肩を持つわけではないが、報道の自由とか言う前に、この人は電力については明らかに「色眼鏡」を通した発言しかしない。「電力会社がバラバラだから、東日本で困っても西日本から電気を送れない」と平気な顔をして言っている。

―東と西とで周波数が違うことを知らないのか。知っていてとぼけているのか。

電力 知らないわけはない。自分たちに都合の悪いことは無視する。それが玉川さんとテレ朝のやり口なんだよ。

統一地方選で政治の季節到来  日経が台湾記事でチョンボ

―4月に統一地方選があり、これから「政治の季節」に入っていく。エネルギー政策も影響を受けそうだ。

マスコミ 日刊ゲンダイに辛口の記事があった。電力・都市ガス料金の負担軽減策は「総合経済対策」として行われる。だが、LPGは地方創生交付金での自治体による支援だけにしていた。

ところが3月に入り、公明党が「2200万世帯が利用しているのにおかしい。負担を軽減すべきだ」と言い出した。統一地方選対策は明らか。日刊ゲンダイは「選挙でようやく重い腰を上げた。公明党はLPG支援を主導したと訴えるはずだ」とやゆしている。

石油 実は、記事の背景には、自治体の多くが地方創生交付金を使ってしまって、LPG支援に回すお金がなくなったという事情がある。それで業界が与党に泣きついて、公明党が「渡りに船」と選挙対策に使いだしたようだ。

電力 そうやってまた、バラマキをするわけだ。

―ところで、日経新聞(3月7日)の「お知らせ」を見て「何のことか」と思った。2月28日からの連載「迫真」で、台湾軍の腐敗を伝えた記事のことだった。

マスコミ 軍OBの話として「軍幹部の9割ほどは退役後、中国に渡る。軍の情報提供を見返りに金稼ぎし、腐敗が常態化している」「いまだに中国に協力するスパイが軍に多いことが台湾最大の問題」などと伝えている。台湾では激怒した人が日経の台北支局に放尿している。

ガス 自民党の親台派の関係者が怒り心頭だったようだ。日経は国際報道でチョンボが多い。ギリシャでタンカーが原油を移し替えている写真でも、「ロシア産」とする誤報があった。

マスコミ 明らかに知識・取材不足。お知らせでは「混乱を招いて遺憾」と述べているが、それで済む話かな。外交関係もないからと、記者もデスクもたかをくくったんじゃないか。

―クオリティペーパーなんだから、しっかりしてくれよ。

【コラム/4月27日】赤字国債麻痺の膨張予算を考える~歳出は大胆、負担先送り、公債残高増の行く末


飯倉 穣/エコノミスト

1,予算成立ながら、尾を引く本質的な問題

国会の予算審議が終了した。23年度は巨額予算である。そして予備費使用の決定もあった。報道は伝える。「過去最大114兆円予算成立 防衛費、破格の1.4兆円増」「物価高対策2.2兆円 予備費の支出決定」(朝日23年3月29日)、「最大の114兆円予算成立 23年度 首相人への投資、経済再生」(日経同日)。

少し経済知識や家計をかじっていれば、財源に首を傾げ財政事情を心配するが、その声は大きくならない。電力会社の料金値上げにも通じる。事業会社が赤字でも存続すると警戒感を持たない政治、国民、報道がある。同じ日に少子化対策のたたき台の公表もあった。児童手当、出産費等の経済支援に冷めた目は少なく、財源の議論も始まる。
現在の財政事情と公債残高の行方を、古書の指摘を思い出しながら考える。

2,23年度予算の姿は引き続き諦観と不安混じり

23年度予算は、全体予算114兆円(前年度比6%強増)である。増加科目は、防衛費10兆円(同89%増:除強化資金繰入26%増)、国債費25兆円(同4%増)、社会保障費37兆円(同2%増)、そして予備費5兆円強(同額)である。 
歳入内訳は、強気の経済見通しで租税69兆円(6%増)、特会等のやり繰りでその他収入9兆円(71%増)と大幅増を見込みながら、公債は36兆円(3%減、うち建設国債7兆円、特例公債29兆円)と桁外れが続く。

本年度予算の姿を整理すれば、公債依存度31%、名目GDP比公債比率6%(同赤字国債比率5%)である。96年度以降28年間連続公債依存度20%超(99年度以降25年間30%超)である。また28年連続赤字国債発行(22年連続赤字国債発行20兆円超)となる。公的債務残高は23年度末1068兆円(名目GDP比187%)を見積もる。
毎年借金で30兆円を経済に投入する状況が継続している。長期にわたる公債依存度は、緊急対策、不況対策の位置づけを越える。

3,その経緯を振り返れば

97・8年の金融危機対応、2001年以降の小泉政権の増税忌避、08年リーマンショック対策、11年東日本大震災対策があった。13年以降意味薄弱なアベノミクスの機動的な財政出動(毎年補正予算措置)、20年以降コロナ対応、23年度のエネ価格高騰・物価対策・防衛費増となる。
10年代に消費税増税(税率5%引上げ)もあったが、財政均衡軽視、歳出膨張・国債日銀買取りで、公債依存引下げの展望も見えない。借金による花見酒経済の浮かれが続く。

4,何故こうなるのか 

財政運営では、経済論は方便で政治的思惑が優先する。経済論的には、景気変動を緩和する視点で、循環的な景気後退期でも財政出動を是とする経済思想の蔓延、財政支出で需要牽引・経済成長可能という強弁等がある。政権好みの論である。経済の流れを考えれば適切か否か疑念がある。経済は、経済均衡に至る方向に(需給と価格調整で)動くと考えれば、大きな流れを財政・金融政策で変えるには限界がある。

又財政の切回しは、経済論より政治事情が優先する。その意味で財政学は政治学である。時に経済の実態と関係なく、政治サイドの事情が財政均衡を破壊する。情緒的な国民世論や選挙が背景にある。各政党の主張や国会の議論を見聞すると歳出増に熱心だが、何時も国民負担は先送りである。この国では、中選挙区制と小選挙区制で政治家の対応が異なる印象を持つ。万人向けの主張が必要な小選挙区制度は、正論より投票である。官邸主導の選挙向け政策、金融・国債頼りで国民負担先送りの経済対策、そして近時のMMT論(現代貨幣理論)への傾斜等に馴染み易い。

原価はいくらですか? 市場価格はいくらですか?


【リレーコラム】和泉 高宏/東北電力エナジートレーディング電力・燃料トレーディング部長

当社のHPには「From Rate To Price」を会社の目指す姿として記載させていただいている。これまでの総括原価に基づいた「料金」という考え方から、市場で取引される「価格」へと電力価格の決定プロセスを変化させていくことを目標としている。

2021年の暮れに電力相場見通しを他社に聞かれた際に、22年度に小売り低圧規制料金と市場価格が逆転するリスクもしくは特高・高圧自由料金メニューが売り切れるリスクがあるのではないか? と個人としての見通しをお話しさせていただいていた。

当時は、そんなことは起こり得ない、すなわち燃調上限を超えることや標準小売りメニューが提供されないなんてことはあり得ないでしょうという反応が大半であったように記憶している。

近代経済学においては、財の価格を決定するのは需要曲線と供給曲線であり、原価は供給曲線上の一要素にしかすぎない。だが、日本の電力業界で最も注目を集めているのは残念ながらJEPX(日本卸電力取引所)価格でも先物価格でもなく、原価で構成された小売り標準メニューがいくらなのか? である。

暴挙でさらされた原価モデルの弱点

しかしながら、今回のロシアによる暴挙によって原価モデルの弱点がさらされてしまった。旧一般電気事業者による特高・高圧標準メニューの戻り需要受入停止とそれに伴う最終保障供給契約の急増である。市場経済が需給の変化に合わせてその交点を柔軟に変え、価格の変化が供給増加や需要減を促していく一方で、計画経済は柔軟性を欠き、リスクイベントへの対応が遅れ、需給ギャップを生み出していく。

今回の世界的ガス供給不安に対して欧州のガス先物市場はとてつもない高値に高騰したわけであるが、結果としてこの高値が世界中からLNGを欧州に向かわせ、ノルウェーなどのガス供給国は生産をフルに増強し、意思決定にいつも最低3年はかかるといわれたドイツに、わずか数週間でFSRU(浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備)4隻の導入を決定させた。また節電、節ガスも大幅に進み、暖冬の恩恵もあるにせよ、1年足らずでロシアの侵攻前のレベルまでガス価格を押し戻すという結果につながっている。

われわれは今、大きなエネルギー移行期間の真っただ中にいる上、デフレからインフレへと世界経済も転換しつつある。そんな中、電力の安定供給のために求められるのは、自由市場取引がもたらす価格の柔軟性とタイムリーな価格発見機能であると確信している。

いずみ・たかひろ 大阪大学経済学部卒。住友商事、欧州住友商事、BASFを経て、2017年5月東北電力入社。同年12月より東北電力エナジートレーディングにてトレーディング事業に従事。

※次回はRWEサプライ&トレーディングのフランク・クレプツィヒさんです。

【穂坂 泰 自民党 衆議院議員】「地域課題解決に脱炭素を」


ほさか・やすし 1974年生まれ。埼玉県志木市出身。青山学院大学理工学部卒業後、会計事務所入社。特別養護老人ホーム、リハビリ病院、専門学校などに勤務。2016年志木市議会議員。17年10月衆議院初当選(埼玉4区)。21年環境大臣政務官兼内閣府大臣政務官を経て現職。

障がい者や高齢者が幸せに生きる地域づくりを目指し福祉事業から政治の世界へ。

脱炭素戦略は福祉政策や環境問題の解決に大きく貢献すると語る。

父は埼玉県志木市長を務めた穂坂邦夫氏。政治が身近にある環境だったが、幼少時は政治に興味はなく「幼い自分から見た父は、いつも不在で普段何をしているのか、よく分からない人だった」という。大学卒業後は会計事務所に勤務。医療法人の老人保健施設や医療系予備校などの立ち上げにも携わった。障がいのある人や高齢者が生きる幸せを感じられる社会のために奔走し、社会の仕組みを変えるには政治の力が必要だと実感する。父の偉大さを知ったのはその時だ。「福祉の行き届いた地域づくりを進める中で『君の親父さんには助けてもらった、世話になった』と感謝する人の声を多く聞いた」。人々の苦しみの声に答え、幸福のために動く父に、改めて尊敬の念を覚えた。政治家が身近にいる以上、理念を引き継ぐ社会的使命があると政治家を志し、2016年に志木市議会選挙でトップ当選を果たした。

市議会議員として地域に根差した活動をしていた矢先、自民党埼玉県連から17年の衆院選への出馬を打診された。当初は「ここで国政に転身すれば、地域の民意をないがしろにしてしまうのではないか」と固辞。後援会や地元支持者からの推薦を受けて出馬を決意するものの、選挙区には無所属で出馬した元自民党所属の候補がいて、党内からの積極的な支援は難しい。その中で、いの一番に応援演説に駆け付けたのが、菅義偉前首相だったという。「安倍政権下の官房長官として多忙の中でも来てくれた。一本筋の通った方で、本当にありがたかった」。衆院初当選後、20年に菅氏が総理大臣に就任してからも交流は続き、今も薫陶を受ける。

21年には岸田文雄首相の下で環境大臣政務官兼内閣府大臣政務官に就任。第208回通常国会内での環境省関係法案の成立に貢献した。福祉事業での経験を生かして、障がいの有無にかかわらず多様性が尊重された環境で学ぶ「インクルーシブ教育システム」の活用や障がい者雇用対策を進めている。政府のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進には「DXが進めば、障がいがある人の労働や勉学の可能性が広がる」と期待を寄せる。

エネルギー地産地消方針を支持  省エネ住宅支援策にも注目

エネルギー政策については需要側の整備に力を入れる。環境大臣政務官時代から、政府の脱炭素政策によるエネルギーの地産地消の方針を支持。持続可能な街づくりを目指す自治体の電気自動車(EV)カーシェアが、高齢者の移動問題にも貢献する考えを示すなど、地域の課題解決には脱炭素戦略が重要だと話す。「環境大臣政務官として各地の再生可能エネルギー戦略を視察してきた。地域に合った地産地消エネルギーの活用を推進するべきだ」と訴える。

また、注目しているエネルギー施策に「省エネ住宅支援」を挙げる。国土交通省、経済産業省、環境省の3省連携で補助金を導入し、住宅の断熱性の向上や高効率給湯器の導入など、住宅省エネ化を支援する制度で、断熱性や気密性の高い家は、電気代の節約だけでなく、子供のぜんそく率減少や入浴事故リスク、といった健康面、経済面で良い影響を与えるという。「この政策は脱炭素だけでなく福祉の充実につながる。住宅リフォームで地元産業にも大きな経済効果も期待できる」として、制度の活用を呼び掛けている。

脱炭素戦略の今後の課題については「気候変動対策における適応策への予算、資金が足りていない」と指摘する。50年カーボンニュートラル(CN)実現には、温室効果ガスを減らす緩和策と、気候変動影響に備える適応策の両輪で進める必要がある。緩和策はCO2排出量削減に向けた取り組みがスタートしているが、適応策は議論の途上だと話す。「この課題解決には、NECの森田隆之社長らが提案する『潜在カーボンクレジット』が新しいアプローチになる」。防災、災害軽減による将来のCO2抑制量を予想・算出してクレジット(金融商品)化することで民間の資金調達を促す手法で、脱炭素に向けたESG(環境・社会・統治)投資と防災・減災対策を目的とした投資活性化につながるという。一方で、CN社会の実現には民間投資だけでなく国民意識の問題も挙げる。「環境問題を解決するには脱炭素のほか、資源循環と自然再生という三つの軸が重要。リサイクル推進など国民の意識を高める活動を行いたい」と展望を語った。

現在は国会での質疑だけでなく、地元埼玉県で子供たちに向けた啓発にも積極的に取り組み、若者の政治参加の架け橋も担う。座右の銘は「まず、やってみる」。議論で作り上げた政策は、実行してこそ意味があると話す。政界の恩師である菅前首相の、迅速に政策を決断する実行力を手本にして、党内で汗を流し、現場を走り続ける。

【需要家】EV化法案に待った 行き詰まるEUの政策


【業界スクランブル/需要家】

EUの急進的な気候変動対策の中でも物議をかもしているのが、2035年までに内燃機関を持つ自動車の販売を禁止するという法律案である。昨年来、欧州議会、欧州委員会の承認を経て最終的な法案が成立する寸前なのだが、ここにきて異論が噴出している。

2月27日にスウェーデン・ストックホルムで開かれたEUエネルギー運輸大臣会合の場でドイツのトイラー運輸大臣が、内燃機関の禁止は行き過ぎで、e―フューエルを使うエンジン車も認められるべきだとして、EVしか認められない法案に反旗を翻した。続いてイタリアのサルビーニ運輸大臣も、ガソリン車の禁止はEUの経済的な自殺行為で、中国に利益をもたらし、欧州の自動車産業に損害を与える「イデオロギー的原理主義」だと批判した。イタリアはドイツ、ポーランドなどと共闘してこの法律のペースを遅らせるよう働きかけるとしている。

これに先立つ2月16日、ドイツではショルツ首相が国内最大の自動車会社・フォルクスワーゲンのウォルフスバーグ本社工場を訪問し、経営陣、労働組合幹部と数時間にわたって懇談している。何が話し合われたかは明らかにされていないが、EUが新法で行おうとしているエンジン搭載車の禁止により、エンジン関連の部品企業を含めて多くの従業員が職を失い、自動車大国ドイツの地位が、今や世界一になっている中国のEV産業に奪われる懸念について議論されたことは想像に難くない。

この内燃機関車の禁止法は、EUの「Fit for 55(30年CO2 55%削減)」政策の目玉の一つだが、そうした野心的な取り組みが、域内産業界の反発によって土壇場で暗礁に乗り上げている。EUの気候変動対策も一筋縄ではいかない現実に直面している。(T)

【マーケット情報/4月21日】原油反落、景気低迷の懸念が重荷


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み反落。景気低迷の懸念を受けて、需要減の見方が広がった。米国原油を代表するWTI先物、北海原油の指標となるブレント先物はそれぞれ4.65ドルの急落、ドバイ現物も4.88ドルの大幅下落となった。

米連邦準備理事会が5月に、0.25%の追加的な利上げを行うとの見通しから、同国経済の後退観測が強まった。また、国際通貨基金(IMF)は、今年の世界経済の成長見通しを下方修正。金融セクターの脆弱性から、追加的な修正にも言及した。これらにより、原油需要が弱まるとの見方が台頭した。

供給面では、米エネルギー情報局が、同国シェールガス生産が5月に、過去最高の日量933万バレルまで拡大するとの予想を発表した。

一方で、米国の週間在庫は減少。また、中国では、1~3月の経済成長率が市場予測を上回った。ただ、油価の上方圧力にはならなかった。

【4月21日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=77.87ドル(前週比4.65ドル安)、ブレント先物(ICE)=81.66ドル(前週比4.65ドル安)、オマーン先物(DME)=81.01ドル(前週5.01ドル安)、ドバイ現物(Argus)=80.90ドル(前週比4.88ドル安)

【再エネ】検討進む「前日同時市場」 蓄電池普及と両立は


【業界スクランブル/再エネ】

再生可能エネルギーの市場統合に向け、調整力確保の重要性が増しており、手段の一つとして蓄電池への期待が高まりつつある。第六次エネルギー基本計画では、再エネ併設型に加え、系統用蓄電池の導入促進にスポットライトが当たった。またGX基本方針では、経済安保や産業政策の観点から蓄電池の国内製造基盤の強化を掲げ、政策面からも大きな期待が寄せられている。

こうした流れに呼応するように昨年度、オリックス、SBエナジー、ユーラスなどが相次いで系統用蓄電池事業に参入した。一方、蓄電池活用の動きに水を差しかねないのが、「前日同時市場」創設の議論だ。

目下検討が進むこの新たな市場は、現行のJEPX(日本卸電力取引所)と需給調整市場を統廃合し、供給力と調整力を同時取引するというものである。脱炭素の実現に向けて再エネの導入拡大は不可避であり、前日同時市場の創設は、変化への対応方法として一定の合理性がある。しかし再エネ導入を後押しする蓄電池活用の観点からは、気掛かりな点もある。

例えば、調整力提供の手段となる系統用電池事業は、JEPXや需給調整市場といった、いくつかの市場取引を前提として、収益の安定化・最大化を図るビジネスモデルである。しかし、前日同時市場が導入されると、そうした収益獲得の選択肢が減ることで収益基盤が硬直的になり、収益確保の不透明性が増す懸念がある。

再エネの市場統合に向けて、制度面の手当が必要なことは論を待たない。しかしながら、現下の議論は電力市場の個別最適に寄った側面が強く、産業政策との連動に関しては心もとない。調整力を適切に確保していく観点からも、きめ細かに目配せした議論が不可欠だ。(C)

電力不祥事問題で公平性への信頼失墜 「所有権分離」議論の火種にも


【多事争論】話題:大手電力の不祥事問題

大手電力によるカルテルや顧客情報不正閲覧は、電力システム改革の根幹を揺るがした。

再発を防止し、公平・公正な競争環境を確保するためにはどのような措置が必要か。

〈  健全な競争環境確保へ 監視の在り方も問い直すべきだ

視点A:草薙真一/兵庫県立大学副学長

電力・ガス取引監視等委員会から、大手電力会社における送配電部門の顧客情報を小売り部門の職員が不正に閲覧していたという非常に残念な事案の報告が多数なされた。全ての需要家に低廉・安定な電気をもたらすために、全ての事業者に公平・多様な事業機会を与えようとする電力システム改革の根幹が大きく揺らいでいると感じたのは筆者だけではあるまい。今回の不正閲覧問題は大手電力1社の個別的な問題ではなく、全国的な送配電事業における情報の扱い方という非常に根の深い問題であることを広く国民に認識させた。

報道によれば、不正閲覧している本人はあまり悪気がなかった場合も多いことが理解された。ある大手電力は、閲覧していた社員中、電気事業法上問題になり得ると認識していたのは半分以下であるという調査結果を明らかにした。小売り部門の社員として、どんな様子で競争が生じているか眺めてみたかったのであろうか。そして、気になる顧客がスイッチングをしたか否かを知りたかったのであろうか。あるいは、新規参入者の動向を客観的に見てみたかったのであろうか。

また、別の大手電力は、コンプライアンスよりもスピードを優先したと記者会見で述べた。スイッチングをスムーズに行うには閲覧が最も早いという思いがあったということであろう。しかし、これらの思いから出る閲覧行為は、全て競争を歪める行為である。取り戻し営業の局面を考えた場合に、それは容易に理解される。大手電力が自社の小売り部門の正当な営業努力により新規参入者の顧客を奪い返した場合に、新規参入者はそのことをどう捉えるかという観点から考えたい。新規参入者からすれば、送配電部門から営業部隊が不正閲覧により情報を得て、大手電力ならではの集中力を発揮し、狙い撃ちをして奪い返したのではないかと常に疑うこととなり、その事実があろうとなかろうと、健全な競争環境を確保する上で大変不幸な状況に陥る。そのような疑念が絶対に発生しないように措置しておくことが極めて重要である。

悪質な故意の不正閲覧  一発アウトにできないか

電取委が調査した結果分かってきた事案で、明確に小売り部門の社員が閲覧した情報を直接的に営業に用いていた例や、小売り部門の社員が他の送配電部門の社員のIDとパスワードを使って新電力の顧客情報を閲覧した例があった。ここまで悪質なことをする者が出るとは、制度設計の当初は想定していなかったはずであり、これらに限れば、問題は制度の問題というよりは行為者の問題にほかならない。よって、そのような行為者を適切に罰することができるよう、電事法を改正することも制度改正の選択肢に入れるべきかもしれない。

業務改善命令を経ないで一発アウトにする「直罰方式」の導入もその一つである。そのくらい不正閲覧問題は危機的状況にあると見た方がよい。このまま社内処分に委ねてしまっては、上述のように、不正閲覧をした社員にも「勉強のため」「業務のため」など何らかの言い分が生じ、外部から見れば許しがたい行為であるにも関わらず、企業内部では甘さがその処分に出るかも知れないと考えるのは杞憂であろうか。

そのような厳しい認識を共有した上で、今すぐなすべきことは何か。まずは、全ての一般送配電事業者による、研修の実施である。その対象は全社員に及び、その内容は多岐にわたるべきであろう。大手電力の小売り部門の人が閲覧不可能なはずの送配電部門の情報を閲覧できることが分かったら閲覧せず、すぐさま送配電部門に通知せよ、という社員研修は有効であろう。災害時には閲覧可能にすることになっているので、システム上こういったことは平時にも絶対にあり得ないとは言えない。そして、新規参入者にも同様の研修を受講してもらうことに大きな意義があろう。

この種の情報漏洩は、発送電分離による競争促進の大原則を否定するものであることを銘記すべきである。そのことを受け、大手電力の内部組織として存在する一般送配電事業者は「法的分離」の現状から資本関係を切り離す「所有権分離」に進むべしとの意見もある。先述の電事法の改正による「直罰方式」の導入も、「所有権分離」との親和性が高い。仮にそこまで進まなくても、大手電力は早急に送配電部門とそれ以外の部門との情報遮断のレベルを上げる必要があるし、電取委は一般送配電事業者のコンピューターサーバーへのアクセスログ解析の徹底を試みるべきである。そのようなことを手はじめに、送配電事業の在り方のみならず、当局の監視の在り方を改善できないか、問い直すべきであろう。

くさなぎ・しんいち 慶応大学法学部卒、同大学院法学研究科単位取得。1996年神戸商科大学(当時)に就職。兵庫県立大学経済学部長兼経済学研究科長などを経て、現職。博士(法学)。

【火力】マスタープランに異議 電源と系統は車の両輪


【業界スクランブル/火力】

冬も終わり、電力需給も燃料価格も落ち着きを取り戻してきているが、物価上昇による家計への圧迫は続いており、電力会社の規制料金の扱いにも大きな関心が集まっている。

規制料金改定の審査に当たっては、経営の効率化が十分かとの観点で厳しい眼が向けられているが、「自由化されているのに規制料金が一番安い」「その規制料金で電気を売ると赤字が拡大するばかり」という状況こそが異常であり、旧一般電気事業者だけが世間からの批判にさらされるのは気の毒と言わざるを得ない。

電気は公共財なので無駄がないのに越したことはないが、別の場面の議論では、国などの方針が本当にベストの選択肢なのかと思うことがしばしばある。

例えば、先般まとめられた広域連系系統のマスタープラン案では、再エネの最大限の拡大を念頭に約7兆円をかけて送電線を増強するプランとなっている。言うまでもないが、この莫大な費用は最終的に消費者が負担することになるものだ。

本検討の基本的考え方として、系統増強の内容は需要と電源の立地などのアンバランスの度合いによると明記されている。これに基づき需要や再エネの配置については三つのシナリオで検討されているものの、主要電源かつ調整力でもある火力発電については、政府が2050年に向けて仮置きした電源構成1ケースのみで、系統側との整合を考慮した電源の最適配置や性能の向上などについては一切考慮されていないもようだ。

電力系統の安定運用は、電源・系統・需要の絶妙な連携でようやく実現されるものである。系統のマスタープランではあるが、電源側の在り方も併せて検討しなければ、S+3E実現に向けた最適な組み合わせを見出すことはできないだろう。(N)

【原子力】ALPS処理水放出 問われる「胆力」


【業界スクランブル/原子力】

原子力規制委員会の山中伸介委員長は3月10日、福島第一原発の事故から12年となるのを前に、原子力規制庁の職員を前にこう訓示した。

「規制委員会の行う安全規制は科学的な知見に基づき、技術をあるべき姿に近づけていくための仕事だ。福島第一原発のような事故を二度と起こさないために、原子力に100%の安全はないことを肝に銘じながら、常に科学技術に基づいた判断をしてください」

ただ、やみくもに安全性追求だけを訴えても、今日の複雑な問題の解決には役立たない。むしろこの12年間を踏まえ、どういう環境変化があり、それを踏まえて何を反省材料とするかをつまびらかにすべきだったのではないか。近年の原子力を取り巻く環境変化と課題、また3条機関として独立した形で規制を強化するために発足したことの反省点こそを、山中委員長は内外に示すべきだろう。

一方、福島第一原発の廃炉作業の状況はどうか。メルトダウンで溶け落ちて総量880tにも上るとされる核燃料デブリの取り出しが廃炉での最大の難関とされ、今年10月以降に2号機で計画されている。今、それに向けて調査や準備が進められている。

まず必要不可欠なのは、いまも1日100tのペースで増え続け、サイト内にたまり続けるALPS処理水への対応だ。政府は基準の40分の1まで薄めた処理水を今春から夏ごろにかけて海への放出を始める方針。放出に使う海底トンネルの工事は6月には完了する見通しで、工事の完了が近づいている。

しかし、放出には漁業者などを中心に反対の声が根強くある。海洋放出が迫る中で政府や東京電力は関係者からの理解を得られるか―。まさに「胆力」が試される。(S)

AIで社会基盤を最適化 「暗黙知」継承で生産性向上も


【エネルギービジネスのリーダー達】永田 健太郎/ALGO ARTIS社長

社会基盤を支える大企業向けに、AIによる運用計画の最適化ソリューションを提供している。

「人」に依存する技能やノウハウをシステム化し、社会全体の生産性向上にも貢献したい考えだ。

ながた・けんたろう 2008年3月大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士後期課程修了、インクス入社。09年8月、ディー・エヌ・エー入社し、携帯電話向けのコンテンツ開発などに携わる。21年7月にALGO ARTISを創業、社長に就任。

極めて複雑な運用計画に特化し、デジタル技術による最適化ソリューションを提供するALGO ARTIS(アルゴアーティス)。2017年にディー・エヌ・エー(DeNA)のAI(アルゴリズム)を活用した新規事業を手掛ける一部門として事業をスタートし、21年7月に独立・創業した。

AIが導き出す運用の最適解  計画策定の属人化も解消

同社のシステムの強みは、これまでのソリューションでは考慮しきれていなかったあらゆる運用上の要件を織り込んだ上で、より高い収益と低リスクの計画を短時間で自動出力し、収益向上を図ることにある。エネルギー業界では、関西電力が舞鶴発電所の燃料運用に、東北電力が石炭船の配船の最適化に同社のシステムを活用しており、年間数千万~数億円のコスト削減効果をもたらしている。

導入する企業の規模が大きいほど費用面のメリットが大きいこともあり、現在はエネルギー業界に加え、石油化学や物流商社など、重厚長大産業の計画の最適化に力を入れて取り組んでいるが、永田健太郎社長は、「当社のソリューションの効果は単にコスト削減だけではない」と強調する。

数十、数百とある運用計画上の要素を同時に考慮し、全体最適化を図ることは人間の能力をはるかに超えている。発電所や製造の現場でこれを担っているのが、限られた熟練技術者たち。同社のソリューションは、熟練技術者の経験やノウハウ、さらには現場の複雑な運用ルールをAIに落とし込むとともに、非熟練者でも直感的に操作可能なシステムを構築することで、計画策定業務の「属人化」を解消できるというのだ。

労働人口が減少していく中で、属人化したノウハウを失ってしまえば、将来の日本の生産性低下は避けられない。永田社長は、「ノウハウが存在しているうちにシステム化することで、生産性の低下に歯止めをかけるにとどまらず、むしろ現在よりも高度な運用を可能にし、社会全体の生産性向上に貢献していきたい」と意気込む。

同社のシステムは、企業側が求める要件に従って開発し納品すれば完了というものではない。実際に運用している人の「暗黙知」を含めてロジックを組み、それをベースにシステムのプロトタイプを作り、実際に使ってもらいながらエンジニアと現場が双方向にやり取りし、改善を繰り返していく。このため、プロジェクトとして成立するまでには、少なくとも半年から1年を要することになる。 

さらには導入後、継続的に活用し続けることで価値を発揮することにも重点を置く。昨今、燃料調達における地政学上の要件が目まぐるしく変化しているように、今後、さまざまな外的要因で運用が変わっていくことが予想される中で、システムがその変化に追従し常に価値を発揮するように変更していく必要がある。

そして、こうした同社の高度なソリューション提供を支えているのが、さまざまな分野での経験を持つ20人の社員たちだ。特に、半数を占めるアルゴリズムエンジニアは、国内でもトップクラスの技術者が顔をそろえている。国内外でも例のない、より複雑な課題解決のためのシステム構築に携われることが魅力となり、優秀な人材を集めることができているという。

こうしたエンジニアのトップ集団を率いる永田社長自身は、大阪大学大学院で宇宙物理学の博士号を取得したという意外な経歴の持ち主だ。「自然の真理を追究する研究分野ではトップ集団に入れないだろう」と研究者の道は早々に断念し、最初に入社したのが「金型産業の革命児」と呼ばれたインクスだった。

09年に同社が経営破綻したことをきっかけにDeNAに入社。以降、携帯電話向けのエンターテイメントサービスの開発などに携わっていたが、徐々に製造業やリアルな産業の課題解決に携わりたいという気持ちが強くなっていったという。

転機が訪れたのは17年のことだ。AIを活用した新規事業を模索し、100社以上の企業と面談し課題を探る中で、電力会社が抱える課題を解決することが社会的な意義が大きく、事業として収益モデルを描けると考え、現在のアルゴアーティスにつながるAIを活用した最適化に関するプロジェクトに着手した。

持続的な投資へ独立を決断  海外展開も視野に

DeNAから独立したのは、新しい取り組みを社会に浸透させるためには、人や資金といったリソースを適切に集中投資することが不可欠との判断から。積極的、継続的な投資による事業の成長につなげるため、外部から資金調達しつつステークホルダーとしてDeNAの支援も得て独立を果たした。

「グローバルでつながるサプライチェーン全体を最適化することができれば、さらに大きなインパクトをもたらすことができる」と語る永田社長。その視線は既に海外にも向いている。

【石油】OPEC増産か 価格動向は不透明


【業界スクランブル/石油】

今年に入り、原油価格は方向感覚を欠く不安定な動きを示している。年明けは堅調に推移したが、2月には弱含んだ。3月上旬時点では、WTI先物70ドル台後半、ブレント・ドバイ80ドル台前半で動いている。最近の上昇要因は、ロシアの経済制裁への対抗減産懸念、中国のコロナからの経済回復期待。低下要因は米欧の利上げ継続・長期化観測に基づく景気後退懸念。問題は先行きである。

最近新しい要素として挙がっているのは、次回6月のOPECプラス閣僚会合(ONOMM)における増産合意観測である。先行きの需給ひっ迫懸念に対応して、現行の日量200万バレル減産維持方針を増産に転換するのではないかとの見通しだ。

ただ、OPECプラスの期待原油価格が問題である。特に、戦費確保が必要で減産によって先進国に脅しをかけるロシアと脱炭素に向けて高めの価格誘導を図るサウジアラビアが、意図に反する増産に賛成するかは疑問だ。

また一部の専門家は、経済制裁によるロシアの中長期的な減産影響を指摘する。「ハリバートン」や「シュルンベルジュ」といった上流専業の欧米先進国企業のロシア撤退で、開発や生産の維持管理の停滞により、生産の先細り必至との見方だ。戦争長期化で、その影響が出始める時期との観測もある。脱炭素政策による投資不足、増産余力不足と相まって、中長期的懸念事項である。

国内では、6月から燃料油補助金の本格的削減が始まり、9月末には終了の予定である。国内製品価格は、補助金効果で安定的に推移し、ウクライナ戦争や円安の影響がほとんどなかった昨年とは異なり、原油価格への連動が回復することになる。その意味からも価格の先行きが心配だ。(H)

軍事侵攻開始から1年超 サプライチェーンの激変を振り返る


【論点】露・ウクライナ戦争下のエネルギー情勢/藤 和彦 ・大場紀章 ・栗田抄苗

ロシア・ウクライナ戦争が1年以上続き、世界情勢のあらゆる場面に影響を及ぼし続けている。

昨年2月下旬以降に様変わりしたエネルギー事情を、専門家がそれぞれの視点で振り返る。

「ロシア・ファクター」は一服へ  中長期の原油高騰リスクは健在

(藤 和彦 経済産業研究所コンサルティングフェロー)

ロシアのウクライナ侵攻から1年が経った。米WTI原油先物価格(原油価格)はこのところ開戦前の水準(1バレル65~75ドル)で推移している。

昨年の原油市場はロシア情勢に振り回されたと言っても過言ではない。「欧米がロシア産原油を禁輸する」との懸念から、原油価格は開戦当初、130ドルを超えたが、年半ばから下落傾向が顕著になった。インドがロシア産原油を安値で爆買いする一方、欧州は米国や中東産でその穴を埋めるという「市場の調整メカニズム」が働いたからだ。

その後、ロシア産原油に上限価格を設定する制度を導入するG7(主要7カ国)などに対し、ロシア側が報復措置を取ると反発したことから、再び供給不安が懸念されたが、制度導入後に大きな混乱は生じていない。今年1月のロシア産原油が50ドル以下に落ち込む中、タンカー運賃の低下や旺盛な需要などのおかげで、G7などが設定した上限60ドルに向けて価格が上昇している。

世界の原油市場に大きな影響を与えてきた「ロシア・ファクター」だが、筆者はようやく一段落したのではないかと考えている。

足元は各国の中央銀行の利上げによる需要減の懸念があるものの、ゼロコロナ政策を解除した中国の需要が急回復するとの期待が高まるばかりだ。サウジアラビアの国営石油会社・サウジアラムコのナセルCEOは3月初旬、「中国の原油需要は非常に強い」と語った。同様の見方を有する米金融大手ゴールドマン・サックスも「今年下半期まで世界の原油市場は供給不足に陥り、原油価格は再び100ドル超えになる」と予測する。

だが、果たしてそうだろうか。

ゼロコロナ政策が解除されても、中国人の財布のひもは堅く、住宅や耐久消費財の購入需要の戻りが鈍い。持続的な消費回復のためには雇用状況の改善が欠かせないが、さらに悪化しているとの指摘もある。製造業は回復基調にあるとされているが、経済の屋台骨である不動産市場が回復する兆しはほとんど見えていない。中国経済は構造的な課題に直面しており、ゼロコロナ政策の解除程度で経済が急速に回復するとは思えない。

世界経済も今年後半から景気後退(リセッション)入りする可能性が高まっており、「今年の原油価格は高騰するよりもむしろ下落する」と筆者は予測している。

だが、中長期的に原油価格が高騰するリスクは高いと言わざるを得ない。石油輸出国機構とロシアなどで構成するOPECプラスは、昨年11月から日量200万バレルの減産を実施しているが、実際の生産量が目標に達しない状態が続いている。

OPEC第3位の産油国であるアラブ首長国連邦(UAE)のマズルーイ・エネルギー相は2月中旬、「一部の産油国が生産や投資に苦戦している。来年の世界の原油市場は需要よりも供給がより大きな問題になる」と警告を発している。

米国の原油生産量も日量1200万バレル強で頭打ちとなっている。シェール革命やコロナのパンデミック、脱炭素のせいで、世界の原油開発部門の投資が慢性的に不足していることがその要因だ。世界の原油生産量(日量約1億バレル)は今後減少する可能性があり、そうなれば原油価格の高騰は必至だろう。

日本の原油輸入の中東依存度が98%と過去最高レベルになっている点も気掛かりだ。米国が関与を弱めつつある中東の地政学リスクをこれまで以上に警戒しなければならない。

G7 は情勢変化に翻弄され、ロシアも厳しい状況が続く

ふじ・かずひこ 1984年早稲田大学法学部卒、通商産業省(現経済産業省)入省。エネルギー分野で多数経験を重ねる。2003年~11年まで内閣官房に出向(内閣情報分析官)。21年1月から現職。

【ガス】都市ガス会社の好決算 手放しで喜べず


【業界スクランブル/ガス】

1月下旬に発表された第3四半期決算を見ると、東京ガスが3250億円と史上最高益を見通すなど、総じてLNGを輸入している都市ガス事業者は対前年で大幅に利益を伸ばしている。一方、電力会社は東京電力が5020億円の赤字を見通しているように、一様に財務状況は厳しい。電力・ガスで明暗がはっきり分かれた形だ。

ただ共通して言えるのは、高いスポットLNGを購入しなくて済んでいることだ。ウクライナ侵攻後、天然ガス不足の欧州で市場価格高騰に引っ張られる形で、北東アジア向けのスポットLNG価格も値上がりし、長期契約LNG価格の2〜3倍する状況が継続。これに伴い、日本に入着するLNGの平均価格(JLC)が引き上がっており、長期契約で需要量を確保している都市ガス事業者は、JLCよりも安価な価格でLNGを調達できており、その差分が収支上のメリットになっている。

量のリスク回避を優先して長期契約で需要量を固めてきたことが、今の環境下では経営を助ける方に効いている。現在の状況が続けば、「結果オーライ」的に高収益は継続するだろう。しかし、このメリットは他力本願で得られているものだ。

例えば、サハリン2からのLNG供給がストップした瞬間にこのメリットは消えてしまう。不足分を高価なスポットLNGで充てるからだ。欧州の天然ガス価格が下落すると、連動して北東アジアのスポットが長期契約を下回る価格に急落して、今度は安いスポットを購入できず、デメリットに変わる。

今回の高収益は決して手放しで喜べないものだ。このタイミングを好機と捉えて、中長期的なスポットLNG価格のボラティリティを前提とした、リスク管理体制をきちんと構築していくべきだろう。(G)