【特集2】大阪湾を滑るように航行 水素を利用する次世代船舶


【岩谷産業】

大阪・関西万博のカーボンニュートラルの取り組みは会場内だけではない。岩谷産業の水素燃料電池船「まほろば」は新たな移動体験を提示している。

大阪・関西万博の開催に合わせて、岩谷産業は4月15日、水素燃料電池船「まほろば」の運航を開始した。同船は、岩谷産業が主導し関西電力などが技術協力する形で建造された。全長33m、幅8m、2階建てで定員は150人。駆動の主要部分となる燃料電池スタックと水素タンクは燃料電池自動車「ミライ」を手掛けるトヨタ自動車製を船向けに転用した。燃料電池で発電した電気と蓄電池のハイブリッド動力で航行する。

船舶に珍しいメタリックなデザイン


船のバンカリングのため、同社は関西電力の南港発電所(大阪市住之江区)に水素ステーションを整備した。旅客船向けとしては国内初となる。ここで水素充填と電気の充電を行う。1回のエネルギー供給で130㎞の航行が可能だ。
船体はアルミ合金製の双胴船で、自動車を中心に活動する山本卓身氏がデザインを担当した。金属に光る船体は従来の船とは一線を画すものだ。

大阪湾を滑るように航行 これまでにない移動体験

4月24日に開催された乗船会では、ユニバーサルシティポートを出航し、天保山や海遊館、工業港湾地帯を通り、万博会場のある夢洲まで大阪湾を巡るルートを遊覧した。大阪湾の出入り口となる灯台に差し掛かると万博会場の大屋根リングが確認できた。
乗船してまず驚くのはエンジン音が全くしないこと。エンジン船のような重低音の振動や排気のにおいは一切なく、代わりに航行で風と水を切って進んでいく音がとてもよく聞こえる。船内アナウンスの声も鮮明に聞こえるほどの静かさだ。加速も滑らかで、波が小さいポイントに差し掛かると、滑るように船が進んでいく。

万博仕様に装飾された船内


カーボンニュートラル実現に向けて、運航時にCO2を排出しない水素燃料電池船が誕生したことは大きな象徴となる。また、次世代エネルギーで稼働するというだけでなく、移動体験そのものの価値が変わる可能性も秘めている。こうしたさまざまな側面から、まほろばは大きなインパクトを残す存在となっていきそうだ。

【特集2】グリーン水素の供給網を構築 通信インフラを有効に活用


【NTTアノードエナジー/パナソニック】

NTTとパナソニックがパビリオン間でグリーン水素の供給網を構築した。
さらに、既存の通信網を活用し、供給時の安全対策にもつなげていく構えだ。

NTTとパナソニックが連携し、地産地消のグリーン水素の本格利用に向け、その可能性を探っている。
NTT側で主体的に動くのはNTTアノードエナジーだ。NTTパビリオンの屋根にペロブスカイトの太陽光パネルを敷き、再生可能エネルギーでグリーン水素を製造。併設した純水素型燃料電池を通じてパビリオン内で自家消費する。加えて200mほど離れたパナソニックのパビリオンにも供給する。NTT側が埋設した水素導管を通じ、パナソニックの純水素型燃料電池の燃料にも活用する。

グリーン水素を製造して貯める

光ファイバーで音響を検知 漏洩箇所を瞬時に特定

NTT側が水素利用や供給に取り組む理由には二つの意義がある。「NTTグループは全国で約1%相当の電力を消費しており、カーボンニュートラルに取り組む責務がある」。NTTアノードエナジーの担当者はこう話す。1%とは約82億kW時。この脱炭素化がグループとして喫緊の課題だという認識だ。
もう一つの意義が既存インフラの有効活用だ。「地下空間には全国60万㎞の光ファイバー網を整備している。この通信インフラを活用して水素供給網を構築することで脱炭素化に貢献できないか模索中だ」(同)
今回の会場内の水素管には光ファイバーが巻き付けられている。そしてこの仕掛けこそが、今後の水素供給の可能性を広げる鍵となる。水素はクリーンなエネルギーだが、一方で漏えい対策は重要課題だ。「例えば導管から水素が漏れ出すわずかな音でも、光ファイバーによって音響を検知して瞬時に漏えい箇所の特定が可能になる」(同)
現状の水素供給では、都市ガスのガス事業法にのっとって運用しているため、一般的にはガス漏れの臭いを確認するために保安の観点から付臭されている。事業者は水素の製造場所で付臭し、付臭された水素を導管で供給。需要機器側で付臭剤を取り除き燃料電池などの設備を動かす必要がある。
一方、今回のNTT方式では、付臭剤は不要だ。その分、コストを抑えられる。実際の運用コスト面で現状方式との比較をするのは難しいが、仮に安全性の評価や保全対策の効率向上の成果が得られれば、今後の展開に弾みを付けることになろう。
同社は、さまざまなデータを収集し、2028年までに運用の実現を目指す。

 【特集2】未来の「あたりまえ」を創造 大規模実証で実用化を検証


【関西電力】

関西電力は万博会場を舞台にさまざまな実証を行っている。
カーボンニュートラル実現に向けた交通分野と電力供給の取り組みに注目だ。

関西電力は「大阪・関西万博」で、「Beyond 2025」と題し、未来社会の「あたりまえ」をコンセプトに次世代エネルギーの取り組みを披露している。

EVバスの充電計画を検証 ピーク電力の最小化目指す

会場でまず目を引くのがEVバスの取り組みだ。会場内の移動手段として運行するEVバスは東ゲートと西ゲートの間を大屋根リングの下などを通過しながら移動していく。関電は大阪市高速電気軌道(OM)とダイヘン、大林組、東日本高速道路などとともに経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) が進めているグリーンイノベーション基金の助成を受け、EVバスの大規模実証を行っている。具体的には100台以上(会場内で運行するのは30台)のEVバスを導入し、①運行管理システム(FMS)と一体となったエネルギーマネジメントシステム(EMS)の実証、②道路の一部に充電用コイルを埋設した走行中給電システムに関する実証―の二つを実施中だ。

走行給電を行うEVバス


充電器を独立して運用すると、車両を接続した時点で充電が開始となる。複数台でタイミングが重なると電力消費のピークが立ってしまう。①の実証ではFMSとEMSを組み合わせ、運行計画に基づき、充電の優先度を考慮する。また、負荷平準化した充電計画を作成し制御することで、ピーク電力の最小化を目指している。目標は70%以上のピーク電力削減とのことだ。
②走行中給電では、バス停や会場西側の道路にコイルを埋設し、この上を停止・通過する際にワイヤレスで給電する。ソリューション本部eモビリティ事業グループの奥畑悠樹課長は「約50mの道路区間に給電用コイルを10セット設置した。この上を通過すると最大で30 kWの電力を送ることができる。実運用ではバス停や駅のロータリーなど、車両がしばらく停車する場所での活用が有望」と説明する。

ワイヤレス給電をスマホ充電で説明


EVバスに関する他の取り組みとしては、バス停を情報発信ステーションと位置付け、未来社会をイメージした映像を流すなど、演出を施したものを会場内3カ所に展開する。「東ゲート北停留所」は、近くに位置する電力館と同じボロノイ形状を採用しデザインの一体感を演出。バスの停車位置にはコイルが埋設され、乗降中に充電できるようになっている。同バス停には、この仕組みをトリックアートやスマートフォンのワイヤレス充電を用いて解説する仕掛けが工夫されている。
他のバス停では、木材を基調とした持続可能な未来社会を表現したものや、国内最大規模の「3Dホログラムサイネージ」を採用した未来的な演出を行うものがある。3カ所三様のデザインと演出が見ものだ。

空飛ぶクルマの急速充電 冷却装置で性能低下を防止

冷却しながら空飛ぶクルマを充電

万博の目玉となる展示の一つでもある空飛ぶクルマのデモフライトは、会場内のモビリティエクスペリエンスで行われている。関電は同プロジェクトに参画するSkyDriveに充電設備を提供している。両社は22年に資本業務提携を締結。25年には提携を拡充し、充電システムの開発などで協業する。会場には充電器と冷却装置で構成する関電の充電設備が設置された。同グループの古田将空課長は「空飛ぶクルマはEV充電器の2~3倍の高電圧・大電流で急速充電を行う。バッテリーの温度上昇は性能低下などの原因になるため、冷却装置でバッテリーの温度管理を行うことが望ましいとの考えからこの構成となった」と話す。SkyDriveの機体は現在テスト中で、7月頃に会場で飛行する予定だ。
このほか、水素発電の取り組みでは姫路第二発電所(兵庫県)のガスタービンコンバインドサイクル発電1基(約48・65万kW)を使い、最大30 vol%の混焼率を目標に水素混焼を実施中。信頼性・安全性などを確認しながら、万博会場まで発電した電気の一部を送り届けている。
水素燃料電池船「まほろば」の運航ではエネルギーマネジメントなどを担当。同船は燃料電池と蓄電池で稼働する。同社南港発電所(大阪市住之江区)に水素充填と電気充電の設備を設置してエネルギー供給を行い、最適な方法を検証中だ。

バス停で水素発電をアピール


このように、関電は次世代エネルギー実証やその情報発信を万博という檜舞台で繰り広げている。カーボンニュートラル実現に向けた機運の高まりと相まって、同社の先進的な取り組みはさらに加速していく。