【記者通信/10月5日】高市総裁誕生の舞台裏 どうなる?人事と連立の行方


10月4日に投開票された自民党総裁選は、党員・党友票の大量得票を獲得した高市早苗元経済安全保障相が勝利した。自民党の総裁に女性が就任するのは結党以来初めてとなる。今月中旬にも召集される臨時国会で、憲政史上初の女性首相が誕生する見通しだ。国民的な人気は高いものの、自民党内では不人気という高市氏は当初、国会議員票で苦戦すると見られていた。だが予想以上の党員票の獲得に議員票がなだれ込み、勝利が濃厚とされていた小泉進次郎農水相に29票差をつけての圧勝劇となった。党員の減少や前3回の大型選挙で「自民党離れ」が加速する中、党員人気の底堅さが高市氏に勝利を呼び込んだ。

自民党初の女性総裁誕生を報じるANNニュース

ただ衆参ともに過半数割れしている少数与党の現状に変わりはなく、今後の国会運営や政策実現にはいくつもの難関が待ち受けている。石破茂前政権と同様、綱渡りの政権運営となりそうだ。野党との連立拡大を模索するとともに、党内では国民的な人気が続く間に早期の解散総選挙を期待する声も出ており、永田町では緊張が張り詰めている。

地道な「仲間づくり」で党員票4割

「これほどまでに党員票を獲得するとは想定外の出来事だ」

4日午後、党員・党友票の開票が始まってまもなく自民党内に衝撃が走った。党員・党友票の開票結果が各陣営に逐一報告されたが、そのほとんどが高市早苗票だったからだ。

総裁選には5人が立候補し、1回目投票は295人の国会議員票と、これと同じ数を割り振られた党員・党友票の合計590票で争われた。高市氏が獲得した党員・党友票は4割を超えた。報道各社の党員調査でも高市氏がトップではあったものの、2位の小泉氏とつばぜり合いを演じると予想されていた。蓋を開けてみると、小泉氏は3割未満にとどまり、高市氏とは大きな差を生んだ。

この党員・党友票の動向にいち早く反応したが麻生太郎元首相で、率いる麻生派の議員に「党員の声を反映した形でフルスペックの総裁選になった。党員の声を聞け」と決選投票になった際の投票先を暗に「高市」と指示したのだ。これにより、高市氏の勝利は決定的になった。

菅義偉元首相をはじめ、旧岸田派の一部が支援に回った小泉陣営にはかなりの動揺が見られたという。1回目はともかく決選投票は一体誰に入れたらいいのか。勝ち馬に乗らなくていいのか。そんな思惑が交錯した。その結果が決選投票での国会議員票が1回目と比べ85票も上積みした高市氏に対し、65票の上積みにとどまった小泉氏との差に表れた格好だ。

ある陣営関係者は「高市さんがこれだけ党員・党友票で支持を集めたのは、前回の総裁選に敗れてから地方や団体の会合に足しげく通い、選挙応援でも選り好みせずに駆けつけるという地道な活動を続けていたからだ。前回敗れた後に麻生元首相から『仲間を増やす努力をしなさい』と助言を受けていたが、高市氏は忠実に実行に移した結果だといえる」と話した。

【記者通信/10月2日】自民総裁選で小泉氏勝利濃厚か 経産省が気を揉む政務秘書官人事


自民党総裁選(10月4日投開票)は、党員票、議員票でまんべんなく支持を取り付けている小泉進次郎農林水産相の勝利が濃厚だ。晴れて新総裁に選出されれば自民党史上最年少(現在は安倍晋三氏の51歳が最年少)での総裁就任となる。5人の候補者で争われた今回の総裁選だが、党員票で有利に立つ高市早苗前経済安全保障相と、議員票で一定数支持を集めた林芳正官房長官との三つ巴の様相になった。4日当日は最終的に小泉氏と高市氏の決選投票になる公算が大きい。林氏は党員票が伸び悩んでいる上、出身母体の旧宏池会の全面支援が受けられないことが最後に響きそうだ。

人気の高かった父の小泉純一郎氏の再来を進次郎氏に期待する向きもあるが、父と違い支持基盤が安定的でなく、今回の総裁選でも菅義偉元首相、岸田文雄前首相、麻生太郎元首相の「長老」3人の影響力が行使された結果だ。新政権はこの3長老の顔色を見ながら運営していく形となりそうで、進次郎カラーが出せないまま形骸化した首相となる可能性が大きいだろう。

進次郎政権構想を巡る噂 幹事長にはあの名前も

進次郎陣営ではすでに政権構想の準備を進めているという。閣僚人事は岸田氏を副総理兼外相、林氏を財務相、選対本部長を務めている加藤勝信財務相を官房長官に起用するという憶測だ。党務は菅氏を副総裁に留任させて、神奈川つながりで幹事長に河野太郎氏を登用する可能性も取り沙汰されている。

一方で官邸人事だが、安倍政権以降重要な役割を果たしてきた政務秘書官には、進次郎氏が環境相時代に支えた中井徳太郎・元環境事務次官の名前が挙がっている。気候変動対策の急進派がタッグを組めば、何かと対立してきた経済産業省への当たりが強くなるのではないかと警戒する声も漏れる。

ある霞が関筋は「進次郎氏の首相就任よりも経産省は中井氏の政務秘書官就任の方に気を揉んでいる。財務省出身の中井氏が首相に最も近いところになれば、官邸の財務省支配もより強固なものになる」と分析する。官邸は父純一郎氏との関係からもより財務省色が強くなることが見込まれそうだ。

純一郎氏にも仕えた飯島勲氏も何らかの形で政権に関与することも見通せる。進次郎氏としては純一郎氏と同様、国民的な支持を受け続けることを念頭に置くはずだ。支持率の動向によってはあっと言わせる仕掛けを駆使することも考えられる。

【目安箱/10月1日】再エネ拡大巡り政治家沈黙?今こそ国民合意を作る好機


政治の場で、再生可能エネルギーが大きく取り上げられなくなっている。国民の反感が広がっているために、これまで支援してきた政治家が急に沈黙したように見える。ただし、広がる批判も「再エネをゼロに」など極論が目立つ。国民からの政策を巡る疑問が広がる今こそ、これまで行われてこなかった再エネの未来について議論をする好機ではないか。国民の意思の集約と支持がなければ、日本での再エネの成長は行き詰まるだろう。

大規模メガソーラーの乱開発で日本の自然は確実に破壊されている

◆選挙で示された再エネへの不信

7月に行われた参議院選挙で、自民党と公明党の連立政権は惨敗した。そして野党第一党の立憲民主党をはじめ、再エネ拡大や脱原発を主張して政府を「政策支援が足りない」と批判してきた左派政党はそれほど支持が増えなかった。勢力を伸長させた国民民主党、新興政党の参政党、日本保守党は、再エネや脱炭素政策をそろって批判している。そして与党も積極的に取り上げなかった。これは10月4日に行われる自民党総裁選でも同じで、エネルギー問題は積極的に議論されていない。

参院選の争点は生活苦と物価高だった。再エネについては、その賦課金への批判が多い。筆者の周囲の人の感想を聞くと、再エネ賦課金は一般家庭で月1500円程度だが「この負担が私になんの役に立っているのか」という感想ばかり。SNSではメガソーラーや、風力発電による環境破壊の映像が頻繁に流れる。この環境悪化に対しても不快感を持つ人が増えている。再エネのイメージは、エネルギー関係者のものと、一般社会のものはどうも分離している。普通の人の間で、再エネには悪いイメージが広がり始めているようだ。

2023年11月に、洋上風力の制度設計をめぐり自民党の秋本真利衆議院議員(当時)が受託収賄の疑いで逮捕され、現在東京地裁で公判中だ。この事件も影を落とす。7月にある自民党の再エネ問題に取り組んできた議員と懇談する機会があった。「秋元さんの逮捕は今でも影響している。再エネについて自民党の言うことに国民がそっぽを向いてしまい、今は話しづらい」と嘆いていた。

◆感情的な再エネ反対論の懸念

政治家が再エネに対して冷たくなったのは、世論の動き、世界の動きを反映したものだろう。保守政党、一部からは右派ポピュリズムと呼ばれる政党が、欧米で躍進している。そして揃って脱炭素の潮流に疑問を示している。米国ではトランプ大統領がその先頭に立っている。トランプ大統領は9月23日に行った国連総会での演説で気候変動問題を「世界史上最大の詐欺」、再エネを「利権と欺瞞」と切り捨てた。あまりにも過激な意見だ。しかし米国ではSNSや一部メディアの論調を見ると、トランプ氏に同調する意見がかなり多い。

そして、その反発の方向が日本でも世界でもややおかしくなっている気配もある。陰謀論めいたことを発信するSNSやのアカウントやウェブページがいくつもある。そこで「エネルギー利権で日本が外国に売り渡される」「再エネや脱炭素は米民主党政権やディープステートの謀略だ」などと、本気で語り合う例が散見される。もちろん一部だろうが、反再エネの中に、ゆがんだ意見が入り込んでいることを示唆している。

【記者通信/9月30日】水素等「値差支援」で初認定2件 多排出産業を優先


経済産業省は9月30日、低炭素水素などへの「値差(価格差)支援」の対象として、豊田通商のグリーン水素と、レゾナックの水素・アンモニア案件の2件を認定したと発表した。同制度の認定は今回が初。いずれも脱炭素化が困難な「ハード・トゥ・アベイト」産業で、2030年度をめどに供給を開始する。エネルギー企業のプロジェクトは含まれなかった。

値差支援は、昨年成立した水素社会推進法に基づき、低炭素水素・アンモニアなどの製造、輸送・貯蔵、利用に対し、化石燃料との値差を補てんする制度。具体的には、供給開始から15年間でプロジェクトコストを回収できる水準の「基準価格」から、切り替え前の化石燃料の「参照価格」を差し引いた分を政府が支援する。支援終了後10年間は供給を継続することが求められ、遅延などに伴うコストアップ分は民間が負担する。

認定された2件のうち、まずグリーン水素案件は、豊田通商やユーラスエナジーホールディングス、岩谷産業が参画する特別目的会社が供給者となる。利用者の愛知製鋼は、プレミアムを付与し、電炉業界初のグリーン鋼を製造する予定で、年間供給量は約1600t。系統を介して東北の陸上風力で発電された電気を供給し、愛知製鋼の工場(愛知県東海市)で電気分解し水素を製造する。地産地消型ではない。なお、水電解装置は別途「GXサプライチェーン構築支援事業」で採択されたトヨタ自動車・千代田化工製を採用する予定だ。

もう1件は、レゾナックが廃プラスチックや廃衣料をガス化し、得られた水素を原料に低炭素アンモニアを製造する事業。アンモニア換算で年間約2万t供給する。同社と日本触媒が利用者となり、繊維原料となるアンモニア誘導品の製造に活用し、資源循環に資するモデルだ。荏原製作所とUBEの廃プラガス化技術を用い、国内初となる廃プラ100%のプラント運転を予定する。

エネ関係から「期待薄」の声 総額3兆円の行方は

値差支援の申請は3月末までに27件あった。支援総額は3兆円を予定するが、27件の合計はこれを超える規模となる。同省は、外部有識者でつくる第三者委員会の意見を踏まえ、評価項目に照らして優先すべき案件を決め審査を行う方針で、今年度後半に向けて条件が整った案件から順次認定していく。

値差支援は当初、大規模発電向けなどでの活用も期待された。ただ、関係者からは「蓋を開ければハード・トゥ・アベイトが主な対象で、電力は二の次に。また公募内容があいまいで、海外の関係者の理解が得にくい」、「30年からの供給開始が条件だが、円安やインフレの影響がある中、特に海外案件で申請までにコミットすることは相当難しい」といった声が上がっていた。

JERAは4月上旬、値差支援を前提に、三井物産、米CFインダストリーズと、米ルイジアナ州で「ブルーアンモニア」を製造するプロジェクトの最終投資決定(FID)を行ったが、こうした動きは少数派。審査中の案件はあと20数件あることになるが、そのうちエネルギー案件は果たしていくつ選ばれるのだろうか。

【記者通信/9月24日】小売りの供給力確保義務 制度議論の落とし所は?


資源エネルギー庁の有識者会合で検討が進む、電力小売り事業者への供給力(kW時)確保義務を巡り賛否さまざまな声が上がっている。制度案は、実需給年度の3年前に需要想定の5割、1年前に7割の供給力を確保させるというもの。調達手段の一つとして、新たに中長期市場の整備も進められている。

エネ庁は急ピッチで検討を進めるが……

背景には、①中長期の取引量を増やし、電気料金の変動を抑制すること、②発電事業者の燃料調達や電源投資の予見性の向上させること――といった狙いがあるが、新たな負担を課される小売り事業者を中心に否定的な意見が噴出している。

特に②については、制度の実効性を疑問視する向きが多い。中長期市場の整備や相対契約の活性化に向けた動きが進んでも、燃料調達は10~20年単位の長期契約であるため、これらのタイムスパンの乖離が解消されないためだ。また、鉄道系新電力関係者は、「現行の制度において、需給はバランシンググループ内で調整される。その際には燃料費のかからない太陽光や風力などが優先されるため、仮に事業者が確保義務を履行しても、火力電源の維持や燃料調達に必要な資金が十分に確保されない」と指摘する。

業務負担の拡大への懸念も聞こえる。新電力関係者は、「低圧契約の多くは1年単位で、3〜5年先の需要を見通すのは難しい。あらかじめ想定需要を出しても、実績と大幅に乖離する可能性がある上に、その作成には実務上の負担も大きい」と憂慮する。

その一方で、「数年契約が制度によって習慣化されれば、発電側の収益は一定程度確保される。大局的に見れば意義のある取り組みなのではないか」(市場関係者)といった見方もある。この市場関係者は、義務化されれば売り手側が大きな交渉力を持つことになるため、「小売り・発電事業者の間のパワーバランスを調整する必要がある」と運用上の課題を指摘しながらも、「中期市場の新設を契機に、ベースロード市場や先物市場といった既存制度の機能を整理・統合してもらいたい」と期待を寄せる。

小規模事業者への配慮 一時的な経過措置は必要か

会合では、小規模事業者への配慮も焦点となっている。エネ庁は8月8日の会合で、制度導入から一定期間については、確保量を3年前で2.5割、1年前に5割とする負担軽減案を示した。これについて、「制度導入を円滑にするためにも一時的な緩和措置は必要だが、最終的には全ての事業者に一律の条件を課すべきだ」(前出の市場関係者)、「販売電力量に応じた確保義務が課されるべきで、対応できない事業者は淘汰されても仕方がないのでは」(前出の鉄道系新電力関係者)と、事業者間の公平性を重視する意見が多い。前出の新電力関係者も、「確保が難しい小規模事業者を緩和措置などで保護しても社会的な便益は乏しい」としつつ、「市場が機能しない段階で義務だけ課しても意味がない。その意味でも市場の有効性が確認されるまでの間の経過措置は不可欠だ」との見解を示す。

エネ庁は30年度の供給計画の策定に合わせて新制度を導入する方針で、その実現に向け、今秋に事業者などへのヒアリングを終え、供給計画の様式改正案を確定させる見通しだ。実効性の担保や事業者負担への配慮など、一層丁寧な議論が求められる。

【時流潮流/9月24日】中東核ドミノの足音が聞こえる 鍵握るサウジの動向


中東核ドミノの足音がにわかに高まり始めている。イランが核兵器保有を禁じる核拡散防止条約(NPT)から近く脱退し、核兵器開発に乗り出す可能性が出てきた。かねてからイランの核に対抗すると明言してきたサウジアラビアは、新たな事態に備えようと今月17日に核保有国のパキスタンと相互防衛条約を結び、パキスタンの「核の傘」を利用する準備を整えた。核を巡る状況が、一気に変わろうとしている。

イスラエルと米国は今年6月、イランの核兵器取得が近づいたとして、ウラン濃縮施設など多くの核施設を空爆した。一方、英仏独3カ国は、厳しい国連安保理制裁を復活させることで、イランに核開発断念を迫っている。

英仏独は、イランが核兵器製造にもつながる濃縮度60%の高濃縮ウラン製造を続けるなど、2015年に米中露と欧州3カ国が「イランが結んだ核合意を守っていない」と非難を続ける。

核合意成立に伴い停止されていた安保理制裁が近く再発動されれば、イランは経済的打撃を被る。さらに、国のプライドをかけて取り組んでいるウラン濃縮が法的に禁止される。イランは対抗措置としてNPT脱退の準備を進める。

ただイランには、最高指導者のハメネイ師が、核兵器の製造を禁じる宗教令(ファトワ)がある。北朝鮮は03年のNPT脱退後、一気に核武装へと走ったが、イランが同様の道を歩むかどうかは、現時点では見通せない。

【記者通信/9月21日】豪州が「35年目標」大幅引き上げ 輸入車に炭素課税案も


オーストラリア政府は、2035年までの温室効果ガス排出量を05年比62~70%削減すると発表した。豪州気候変動庁は従来、51%削減できるとしていたが、今回発表した削減目標はこれを大幅に引き上げた形だ。特徴的なのは脱炭素化と経済成長を両立させるために、巨額の財政出動を図ることだ。加えて自動車に対する新たな環境規制を課すことを掲げ、消費者の電気自動車(EV)購入を促すことを目的に、輸入車へ炭素税を課すことが検討されているという。アルバニージー首相は23日から始まる国連総会で、新たな削減目標を表明し、26年の気候変動枠組み条約締約国会議(COP31)の誘致を確実なものにしたい目論見だ。

首都キャンベラにある豪州連邦議事堂

秩序立った移行へ 7000億円の財政投入

「(新たな削減目標は)環境を守り、経済と雇用を守り発展させ、国益と現在そして未来の世代の利益のために行動するための正しい目標だ」。アルバニージー首相は18日に新たな削減目標を発表した際、自信に満ちた表情でこう語った。

今回の削減目標を設定する際、政府が細心の注意を払ったのが脱炭素化と経済成長の両立だ。これまで世界各国で野心的な気候変動対策が出るたびに「経済を縮小させる」との批判に常にさらされていた。そして具体的な両立策を示せなかったことも批判を助長させていた。

豪州政府はこの批判に応えるべく、財務省が主導して35年に65%削減との前提で経済効果をモデル化した。気候変動対策を施した「秩序立った移行」により、50年までに実質国内総生産(GDP)は2兆豪ドル増えるとし、1人当たりのGDPも2100豪ドル上がるとの結果を示した。この場合、実質賃金は現在より2.5%上昇すると試算した。チャーマーズ財務相は「気候変動対策をしない『無秩序な移行』の場合、賃金低下や電力価格の上昇を招き経済規模も縮小する」と警鐘を鳴らした。

両立策を実現するため、政府は総額70億豪ドル(約7000億円)の財政出動をする方針を示した。内訳はクリーンエネルギー金融公庫に20億豪ドル、新たに「ネットゼロ基金」を創設して脱炭素化と再生可能エネルギーの導入拡大を図るとした。新基金への財政投入は50億豪ドルになる。ちなみに目標の下限の62%削減の場合、風力発電を現在の4倍、メガソーラーを同3倍、屋根上の太陽光を同2倍にする必要があるという。

輸入車に炭素税? EVの普及拡大が狙い

削減目標を達成するために最も刺激的な施策は、自動車に対するものだ。政府は35年までに豪州内で販売される自動車の半数をEVにすることが必要だと述べている。国際エネルギー機関(IEA)によると、24年時点での豪州内のEV普及率(新車販売台数における比率)は13%だとしており、これを大幅に引き上げる計算だ。

政府はこれに対応するため、まず自動車の燃費基準を改変するという。燃費効率が悪いガソリン車やディーゼル車を排除するというわけだ。そして輸入車への国境炭素調整つまりは炭素税を課すことも視野に入れているという。もし導入されれば豪州内の化石燃料車は軒並み高くなることが予想される。価格に敏感な消費者はEVへの買い替えを加速させると思われる。

これは日本車メーカーには大きな痛手になる。豪州内ではトヨタやマツダが人気で、販売台数でも常にベスト3に入っている。その一方でテスラやBYDといったEVメーカーも伸長してきており、インセンティブがつけばEVメーカーが豪州市場を席巻するということが現実になることが予想される。EVの開発が遅れている日本車メーカーにとって豪州の販売戦略の練り直しが迫られそうだ。

とはいえ、豪州は国内に自動車メーカーがなく全量輸入に頼っている。個人消費者をはじめ、事業者からの反発は必至だろう。購入補助など政府はさらに巨額の財政出動が求められることになり、これには野党勢力も黙っていない。導入には紆余曲折が予想され、実現できるかは全く見通せない。

野党から批判相次ぐ 暗雲漂う目標達成

野心的な削減目標を掲げた現政権に対し、保守系の野党は当然のごとく反発を強めているが、緑の党など気候変動対策に積極的な勢力からも批判が出ている。

野党自由党のスーザン・レイ党首は「目標には国民にとってどれだけの費用や負担がかかるのか示されていない。到底受け入れられるものではない」と話した。経済成長との両立性についても「コストと信頼性の両面で不十分だ」とバッサリ切り捨てた。つまりは現政権のお手盛りのモデルは信頼できないというわけだ。

緑の党のラリッサ・ウォーターズ党首は「これは気候変動対策に期待して投票した国民に対する裏切りだ」と厳しく批判。「石炭やガスなど化石燃料の制限がないことは野心的とは言えない」と不十分さを指摘した。

一方の財界は「野心的だが達成はできるのではないか」と比較的好印象だ。ただ「巨額の資本投資と制度改変が必要で、官民の協力なしではできるものではない」と注文をつけた。強力な影響力がある労働組合側は労働者の追加が必要になると主張した。

アルバニージー首相は「民間の積極的関与が不可欠」と協力を呼びかけているが、今後起きるであろうさまざまな軋轢で民間側の支持が得られない可能性も否定できない。

豪州ではそもそもネットゼロという目標が「夢物語」と揶揄されている側面もある。地元紙はグリーン水素の開発案件が99%停滞していると報じ、洋上風力の開発も暗雲が漂い、政府が事業者の調査費用を軽減する策に乗り出すとの憶測も流れている。

現政権は今回の目標をかてにCOP31の誘致で政治的なアピール材料を増やしたい思惑もあるが、脱炭素が世界的な退潮傾向にある中、「看板倒れ」から3年後の総選挙での政権倒れにつながらないか心配する向きも与党内には少なからずある。

【ニュースの周辺/9月11日】各種資料から読み解く地域脱炭素事情


7月の参院選後、政局が注目される状況が続いている。一方、社会保障、財政、安全保障、そして世界の経済秩序が大きく変わる中での経済成長など、中長期の視野で議論を深めるべき課題は多い。エネルギー政策もその一つと言えよう。2月18日、「第7次エネルギー基本計画」「地球温暖化対策計画改定」「GX2040ビジョン」が閣議決定され、また、日本の「NDC(国が決定する貢献)」が国連気候変動枠組み条約事務局に提出された。そこでは多くの課題も提示されており、その中で「脱炭素と経済の両立」という困難な命題に対処しなければならない状況にある。

例)

・当面のデータセンターなどの電力需要増加に対する系統などのインフラ整備

・核燃料サイクルの進捗、安全対策の高度化などに伴うイニシャルコスト増などへの対応が求められる中での原発活用の促進(再稼働、新増設)

・コストアップ、地元との共生など、太陽光や洋上風力などにおいていろいろな課題が表面化した再生可能エネルギーの拡大

◆「地方創生」と「地域脱炭素」

1.「地方創生」と「再生可能エネルギーの導入による地域脱炭素の推進」

ところで、エネルギー問題への取り組みは本来、国全体の経済社会の安定を支えるとともに、石破政権が重要テーマとした「地方創生」とも密接にかかわり、後押しするものである6月に閣議決定された「地方創生2.0基本構想」では、「稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生」の一つとして「再生可能エネルギーの導入による地域脱炭素の推進」が掲げられている

参考= 「地方創生2.0基本構想」(6月13日閣議決定、概要より抜粋)

●政策の5本柱

(1)安心して働き、暮らせる地方の生活環境の創生

(2)稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生~地方イノベーション創生構想~

再生可能エネルギーの導入による地域脱炭素の推進⇔「地球温暖化対策計画改定」(2月18日閣議決定)2030年度までに脱炭素先行地域を少なくとも100地域で実現し、先行的な取組を普遍化

(3)人や企業の地方分散~産官学の地方移転、都市と地方の交流などによる創生~

(4)新時代のインフラ整備とAI・デジタルなどの新技術の徹底活用

(5)広域リージョン連携

→都道府県域や市町村域を超えて、地方公共団体と企業や大学、研究機関などの多様な主体が広域的に連携し、地域経済の成長につながる施策を面的に展開

2.「地域循環共生圏」「地域脱炭素ロードマップ」から「脱炭素先行地域」へ

◎「地域循環共生圏」第五次環境基本計画(18年4月17日閣議決定)で提唱

地域循環共生圏とは、「各地域がその地域資源を活かして自立・分散型の社会を形成、補完し、支え合う」(環境省資料)ことで地域を活性化させるというものである。第五次環境基本計画では、新たなバリューチェーンを生み出し、地域の活力を最大限に発揮する地域循環共生圏の考え方を展開するとした。

参考= かつて、ある環境省幹部は次のように述べていた。

地域循環共生圏では、まずは、エネルギー、文化・観光、食、自然、農林水産など、時に見過ごされがちだった各地域の地域資源を再認識し、価値を見出していくことが、地域における環境・経済・社会の統合的向上に向けた取り組みの第一歩となる。例えば、地域におけるバイオマスを活用した発電・熱利用は、化石資源の代替と長距離輸送の削減によって低炭素・省資源を実現しつつ、地域雇用の創出、災害時のエネルギー確保によるレジリエンスの強化といった経済・社会的な効用も生み出す。分散型エネルギーの収益を地域での再投資に向けるなど、地域資源で稼ぎながら課題解決をすることで、持続可能な形で地域循環共生圏の形成に取り組むことになる。地域循環共生圏の形成とは“地域の未来づくり”に他ならない」「分散型エネルギーシステムは、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの普及拡大、エネルギーシステムの強靭化に貢献する。それはまた、コンパクトシティや交通システムの構築など、まちづくりと一体として導入が進められることで、地域の活性化にも貢献し、“地域循環共生圏”の形成にも寄与するものである

◎「地域脱炭素ロードマップ」21年6月9日 国・地方脱炭素実現会議で決定

●キーメッセージ

地方から始まる、次の時代への移行戦略(概要より抜粋)

・わが国は、限られた国土を賢く活用し、面積当たりの太陽光発電を世界一まで拡大してきた。他方で、再エネをめぐる現下の情勢は、課題が山積(コスト・適地確保・環境共生など)。国を挙げてこの課題を乗り越え、地域の豊富な再エネポテンシャルを有効利用していく。

・一方、環境省の試算によると、約9割の市町村で、エネルギー代金の域内外収支は、域外支出が上回っている

・豊富な再エネポテンシャルを有効活用することで、地域内で経済を循環させることが重要。

今後の5年間に政策を総動員し、人材・技術・情報・資金を積極支援して、

・30年度までに少なくとも100か所の脱炭素先行地域を創出

・全国で重点対策(自家消費型太陽光、省エネ住宅、電動車など)を実行

◎脱炭素先行地域の創出

「地球温暖化対策計画改定」(2月18日閣議決定)においても、30年度までに100以上の脱炭素先行地域の創出を掲げている。 

【記者通信/9月10日】三菱商事の洋上風力撤退 村瀬エネ庁長官「非常に遺憾」


資源エネルギー庁の村瀬佳史長官は9月3日、専門紙記者団のグループインタビューに応じた。この中で、三菱商事が秋田・千葉両県沖の3海域で進めていた洋上風力発電事業から撤退を表明したことについて、「非常に遺憾で残念だ」と述べた。一方、「第7次エネルギー基本計画で示した方針は揺らぐことなく進めていきたい」と強調。3海域については速やかに再公募に取り組む意向を示した。

三菱商事と中部電力子会社のシーテックによるコンソーシアムは、2021年に実施された洋上風力公募の第1ラウンドで「秋田県能代市・三種町・男鹿市沖」「同県由利本荘市沖」「千葉県銚子市沖」の3海域を落札したが、インフレなどによる事業環境の急変を理由にこれら全てのプロジェクトから撤退を決めた。村瀬氏は、世界的な資材価格の高騰に加え、国内では円安や風力設備の調達を海外メーカーに依存せざるを得ない状況であることから、撤退に一定の理解を示した。

第1ラウンドの評価基準は、供給価格点と事業実現性の配点をそれぞれ120点と同じ割合にしていた。村瀬氏は、「当時は供給価格と事業実現性を半々で見ていたが、結果論で言えば事業実現性にウエイトを置いて考えておくことが妥当だった」と振り返った。同社が破格の価格で3海域を総取りしたことについては「大企業として能力も責任もあると見込み、やり切ってもらえるとの期待があったが、裏切られる結果になった」との見解を示した。

第7次エネ基では、発電電源に占める風力の割合を現在の約1%から40年度に4~8%に拡大する方針を掲げる。この方針に向けて、今後は入札参加者が公平・公正なルールの下で事業を成り立たせられるよう制度設計を進める考えだ。仮に、事業実現性を重視すればコストが上振れする可能性があるため、「社会的に許容される制度設計がポイントになる」(村瀬氏)。再公募の具体的な時期については言及を避けた。

【時流潮流/9月5日】米中印の微妙な三角関係 石油資源問題も背景に


インドのモディ首相が8月末、7年ぶりに中国を訪問した。上海協力機構(SCO)首脳会議に出席し、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領とも会談した。インドと中国は2020年にヒマラヤ国境付近で衝突して以後、関係が悪化した。一方、米国とは、事実上の中国包囲網である協力枠組み「クアッド」を日本、豪州とともに形成し良好な関係を築いてきた。

だが、トランプ氏の米大統領就任後、米印関係に亀裂が入る。きっかけは今年5月初旬にあったインドとパキスタンの4日間紛争だ。パキスタンが核兵器使用に踏み切る構えを見せたことで、米国などが止めに入った。幸い停戦に至ったが、ノーベル平和賞を本気で狙うトランプ氏は、自分の成果だと自慢した。

モディ氏はこの発言が気に障る。インドの圧力でパキスタンが停戦に応じたと考えているからだ。6月17日のトランプ氏との電話協議では「米国からの仲介を受けておらず、今後も受けるつもりはない」と言い放ち、両国の対立の根が意外と深いと世に知らしめた。

トランプ氏も黙っていない。手始めにモディ氏との電話協議の翌日、インドと対立するパキスタンの軍参謀総長をホワイトハウスに迎えた。米国は中国やイランと国境を接するパキスタンを、地政学的に重要な国として北大西洋条約機構(NATO)に準ずる同盟国と位置づけているが、軍参謀総長を単独でホワイトハウスに招いたのは初めてだ。

7月末には、パキスタンの油田開発支援を打ち出した。石油の海外依存度が高いパキスタンは、国内で探鉱を続けるが、米エクソンモービルが19年に撤退するなど失敗続きだ。

トランプ氏は「米国は膨大な石油埋蔵量の開発に協力する。多分、将来はインドに輸出することになる」と宣言した。ただ、具体的な計画は何も示さず、インドを意識したパフォーマンスにすぎないと受け止められている。

インドのしたたかな外交術

極めつきは8月だ。トランプ氏はロシア産原油を購入し、ロシアのウクライナ戦争の戦費を支える諸国に「二次制裁を課す」と脅した。インドは、中国に次いでロシア産の原油を多く輸入する国だが、米国の脅しを無視して輸入を継続する。

反発した米国はインドに50%の高関税を発動する。ただ、中国への二次制裁は見送った。レアアースの対米禁輸措置など報復を恐れたためだ。中国と違い「切り札」を持たないインドを狙い撃ちした形だ。トランプ氏は、今秋にインドで開催予定の「クアッド」首脳会合への出席も見送る意向で、米印関係の改善はしばらくは見込めそうもない。

そうした中、中国は王毅外相を8月中旬にインドに派遣し、今回の首脳会談実現に道筋をつけた。米国の「敵失」を利用し、反米感情を持ち始めたインドへの接近を図る構えだ。

とはいえ、インドは一筋縄ではいかない。訪中前の訪問先に日本を選び、日本の新幹線導入を決めた。プーチン氏なども参列した3日の中国戦勝パレードには参加せずに帰国した。欧州を含めバランスのとれた外交を目指しているからだ。トランプ劇場の行方もさることながら、世界最大の人口を武器にしたインドのしたたかな外交術にも注目だ。

【記者通信/9月4日】経産省の来年度概算要求 GX推進対策費で52%増


経済産業省は2026年度予算の概算要求で、今年度当初予算比18.8%増の総額2兆444億円を計上した。このうちエネルギー対策特別会計は同19.9%増の1兆4551億円。「GX推進対策費」が同52%増の7671億円に拡充され、歳出額を積み増した。GX関連には国庫債務負担行為を活用し複数年度にわたる事業があり、これらの設備投資が増えるステージに入った格好だ。

GX推進対策費で計7671億円を計上した

個別事業別では「強靭な経済基盤の構築」に向けた予算が大きく、1兆4243億円と今年度当初予算から4000億円ほど積み増した。不確実な国際環境と交易条件の悪化に対応する狙いがある。具体的には、エネルギー価格の変動に強いエネルギー需給構造への転換を促すため、徹底した省エネと非化石転換、DR(デマンドレスポンス)を促進していく。「省エネルギー投資促進・需給構造転換支援事業費」に同2.3倍の1810億円、「再生可能エネルギー導入拡大に向けた系統用蓄電池などの電力貯蔵システム導入支援事業」に同3.1倍の472億円などを計上した。また、脱炭素電源の最大限活用に向けて、事業環境の整備や次世代技術の社会実装を推進する。「洋上風力発電の導入促進に向けた採算性分析のための基礎調査事業」を同29億円ほど積み増し120億円を計上した。発電施設を排他的経済水域(EEZ)にも設置できるようにする改正再生可能エネルギー海域利用法の成立を受けて、調査対象区域を広げていく考えだ。高速炉や高温ガス炉の開発を後押しする「次世代革新炉の技術開発・産業基盤強化支援事業」には研究開発の進展を踏まえ、同43.1%増の1273億円を計上した。こうした事業強化を通じ不確実性が一層高まる国際環境に備える。

このほか同省は、①産業競争力強化・経済成長および排出削減の効果が高いGXの促進、②AI・半導体分野における量産投資や研究開発支援などの重点的投資支援、③米国関税・物価高高騰などによる影響を踏まえた中小企業・小規模事業者に対する機動的な金融支援や賃金向上、生産性向上および成長の強力な下支え――などの六つの重点分野について事項要求を行う考えだ。

【記者通信/9月3日】DC事業者が電力調達に危機感 自家発の可能性に言及も


企業のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)支援を手掛けるBooostが8月下旬、需要家向けに「エネルギーカンファレンス」を開催し、「不透明なエネルギー情勢を乗り越える、電力・再エネポートフォリオ戦略」をテーマにパネル討論を行った。登壇したソフトバンク執行役員グリーントランスフォーメーション推進本部長の中野明彦氏は、データセンター(DC)事業を拡大していく上で、長期の再エネ電気の確保はもとより、その他の電力も5~10年単位の契約を電力会社に求めていくことが重要だと指摘。さらに、さまざまな選択肢を検討する中、「最後は自家発という方法もあるが、ガスエンジンをただ並べるわけにはいかず、一工夫することなども含めていろいろ考えている」とコメントした。

エネルギーカンファレンスで行われたパネル討論会の模様

Booostの青井宏憲代表がモデレーターとなり、中野氏、そしてKPMG FAS執行役員パートナーの鵜飼成典氏が参加。第7次エネルギー基本計画などの政策面や、電力・再エネの調達リスクを踏まえつつ、ポートフォリオ構築の必要性について見解を交わした。

中野氏は、自社で300MW(1MW=1000kW)級のAI向け大型DCの建設を複数地点で計画する中、安定的に低廉な電源を長期で確保していくことは「極めて重要な経営課題」だと強調した。同社では、電力広域的運営推進機関が示した複数の将来の需給シナリオのうち、GX・DXが進展した場合に電源が20GW(1GW=100万kW)足りないといった想定と近い認識を持っているという。

また、20年間の再エネ調達契約を経営会議で決定したことを紹介。電力市場の変動の大きさから「長期で電力コストを固定するという概念」が重要だとの考えを示した。

KPMGの鵜飼氏は、複数シナリオを提示しバランス感を重視した第7次エネ基は「企業が今後の電力需要を考える上で頭に入れておくべき世界観だ」と説明した。

企業の電力調達戦略に関しては、「エネルギー価格がまた吹くかもしれず、市場全体が変わる中でリスクを取れるのかという分析が経営陣には欠かせない。電力は需給バランスが変わるタイミングが一気に来るという特性があり、このリスクが大きい」と強調。取れるリスクと取れないリスクを分けながら、全体の経営計画の中で電力調達をどう考えるのかがポイントになると指摘した。

【記者通信/9月3日】東ガスが重要課題を改定 DX軸に次期中計に反映へ


東京ガスは9月1日、グループの事業運営における「マテリアリティ(重要課題)」を改定したと発表した。経営理念を現場課題に落とし込む「羅針盤」と位置付け、「エネルギーの安定供給とカーボンニュートラル(CN)の実現」と「脱炭素・最適化・レジリエンスに資するソリューション提供」を、創出すべき2大価値と定めた。これを実現するため人材強化やデジタルトランスフォーメーション(DX)に注力し、2026年度以降の次期中期経営計画に反映させる方針だ。

改定の内容を説明する東ガスの南CFO

マテリアリティは15年に初めて策定され、2~3年ごとに見直されてきた。南琢常務執行役員兼CFO(最高財務責任者)はこの日の会見で、「前回(22年改定)は環境課題やサステナビリティを網羅したが、経営計画への落とし込みが不十分だった」と振り返り、「今回は価値創出に必要な取り組みを明確にし、社員が日々意識できる内容にした」と説明した。

具体的な行動指針として、人材強化、ステークホルダーとの共創推進、DXなど五つの変革テーマを設定。人材面ではジョブチャレンジ制度を拡充し、社員が主体的にキャリアを描ける環境を整える。ステークホルダーとの取り組みでは、自治体との協力やカーボンオフセット都市ガスの普及拡大を通じ、CN実現に向けた地域との連携を強化する。

中でもDXを最重要課題と位置付け、昨年独自に開発した生成AI活用アプリ「AIGNIS(アイグニス)」の本格導入や3000人超のDX人材育成を進める。南氏は、「各目標の実現には、現場でのDXの進展が欠かせない」と述べ、グループ各組織が自律的にDXを推進できる体制づくりを目指す方針を示した。

今回の改定は、CNの進め方や地政学リスクなど、事業環境の変化に対応する狙いがある。南氏は「2030年に向けた道筋を社内外のステークホルダーと共有することが重要」と述べ、グループ全体で持続的成長と社会課題の解決を追求する姿勢を強調した。

【記者通信/9月1日】東急PSが蓄電池1000台を無償配布 都市型VPP活用も視野に


東急パワーサプライ(東京都世田谷区)は8月28日、東京都内の戸建て世帯を対象に蓄電池1000台を無償で配布する「てるまるでんちプロジェクト」を始めたと発表した。都の助成金を活用し、蓄電池本体や工事、保守の費用はすべて同社が負担する。蓄電池は家庭の電気料金の抑制や防災に寄与し、需給がひっ迫した際には各蓄電池を束ねてVPP(仮想発電所)として運用することで、都市部のレジリエンス強化につなげる狙いがある。

蓄電池の大規模配布プロジェクトを発表した東急パワーサプライの村井社長(右)と冨山氏(同社提供)

利用者は、市場価格に応じて30分ごとに料金単価が変動する「ライフフィットプラン」への加入が必須で、ほかにも太陽光パネルやエネファームなどの発電設備を設置していないことなどが条件となる。蓄電池は同社が遠隔制御し、料金の安い時間帯に充電した電気を高い時間帯に使うことで、年間で約3万3千円の削減効果が見込めるという。また、常に3割以上の容量を残しながら運用するため、停電時でも電力を利用でき、利用者は行動変容や特別な操作なしで節約と防災を両立できる。

蓄電池で採用したのは、パワーコンディショナーの製造などを手掛けるオムロンソーシアルソリューションズ製の大容量型。1台あたり12.7kW時の容量を持ち、1000台で計1万2700kW時となる。これは系統用蓄電池2~3台分に相当する規模で、東急パワーサプライはこれをVPPとして活用し、都市部の電力安定化に貢献したい考えだ

「蓄電池を当たり前の生活インフラに」

1000台もの蓄電池を無償で配布するのは異例の取り組みだ。プロジェクト責任者の冨山晶大シニアアドバイザーは、「蓄電池の普及拡大はもちろん、将来的には需給調整市場や容量市場を通じた収益化を見込んでいる。1000台であれば市場参加の最低ラインを満たし、投資リスクとしても折り合いがつく」と述べ、大規模展開に踏み切った背景を明らかにした。

同社の村井健二社長は、「都には手厚い支援制度があるにもかかわらず、太陽光発電に不向きな住宅が多いことや費用負担への懸念から、導入は進んでいない現状がある。今回のプロジェクトを通じてこれらの課題をクリアにし、蓄電池を『当たり前の生活インフラ』として広げていきたい」と意気込みを見せている。

【表層深層/9月1日】東電「上場廃止」はあり得る? 著名アナリストが徹底解説


2025年度一四半期決算で巨額の特別損失を計上した東京電力ホールディングを巡り、一部関係者の間で上場廃止の可能性が取りざたされている。エネルギーフォーラム9月号(8月末発売)のレポート記事で取り上げているが、その際に著名アナリストの伊藤敏憲・伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー代表に見解を寄せてもらった。誌面では一部しか紹介できなかったが、この問題の深層を分かりやすく解説する興味深い内容だったため、オンライン限定で全文を掲載することにした。

◆第一四半期の純損益が8500億円超の赤字に

東京電力は2025年度第一四半期決算で、7月23日に開催された原子力損害賠償・廃炉等支援機構(原賠機構)の燃料デブリ取り出し工法評価小委員会において、燃料デブリ取り出しに関わる準備作業のあり方が示されたことを踏まえ、①新たに見込まれる取り出し準備の作業費用等9,030億円を災害特別損失に計上したこと、②出荷制限指示などによる損害、風評被害および間接損害などその他に関わる見積額が算定期間延長によって増加したこと――などで巨額の特別損失が発生したため、四半期純損益が8576億円の赤字となり、25年6月末の純資産が3月末比9248億円減の2兆8613億円に減少、自己資本比率も同5.8%ポイント減の19.3%に低下した。

◆債務超過に陥る可能性はあるのか

東電の燃料費の変動に伴う期ズレ影響を除いた実質的な経常収支は堅調に推移している。販売電力量の減少、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働の遅れ、同発電所の再稼働に向けた安全対策工事に関わる支出の拡大などの減益要因を着実に進捗しているコスト削減・効率化の効果や収益拡大に向けた取り組みの成果などによってカバーできているからだ。

原子力損害賠償支払額および要賠償額が対象の追加や見直しにより想定より積み上がっているが、原子力損害賠償のスキームが変更されない限り、賠償による収支への影響は限定される見通しである。

ただし、現時点では見積もられていない福島第一原子力発電所のデブリ取り出しに要する支出想定額が追加された場合、巨額の災害特別損失の計上を余儀なくされ、原賠機構による支援スキームが見直されない限り債務超過に陥る可能性が高い。

◆震災後に上場廃止が話題に

朝日新聞が11年6月4日付朝刊で、東京証券取引所グループの斉藤惇社長(当時、斉藤氏は産業再生機構の元社長)の談話として「東電も日本航空と同様の処理が望ましい」と報道、斉藤氏は具体案として、1990年代の金融システム危機を参考に特別法をつくり、東電の資産内容を厳しく調査したうえで、債務超過ならば一時国有化して銀行には債権放棄を求め、上場廃止し、数年後に発電会社として再上場するという案を披露したとのことだった。この報道を受けて、東京電力の株価は同月6日に急落したが、東京証券取引所が同日に「現時点で、東京電力が上場廃止基準に抵触すべき事実はないと認識している」とのコメントを発表したことで、騒動が沈静化したことがあった。

ちなみに、日本航空は、長年にわたる放漫経営による経営体質の悪化に、リーマンショックによる経営環境の悪化が追い打ちをかけて、業績が著しく悪化したため、10年1月に会社更生法の適用を申請し、2月に株式を100%減資して上場廃止。その後、経営の再建に成功し、12年5月に再上場を果たした。

東電のケースでも、11年3月に起きた東日本大震災によって被災し原子力事故を起こした福島第一原子力発電所の廃炉、除染、放射性廃棄物の貯蔵・処分などに関わる損失、被災者賠償などによって債務超過に陥る見通しとなった場合に、東電を破綻処理して株式を100%減資して上場を廃止し、送配電、燃料調達、発電、電力小売などの電気事業を継承する会社(いわゆるグッド東電)と、福島第一原発の廃炉や除染などの事故処理や被災者への賠償事業等を行う会社(バッド東電)に分離し、バッド東電は国の事業とすべきとの意見も見られた。しかしながら、結果的に東電を存続させたまま、現在の原賠機構による支援スキームを作ることで、東電をスケープゴートとしつつ、廃炉・賠償等の資金の捻出、財政支出の抑制、金融機関等が保有する債権の保全などが図られた。