今年に入って、週刊のビジネス・経済誌である週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済、週刊エコノミストにおいてエネルギー関係の特集が続いた。
・週刊ダイヤモンド2月8・15日合併号「洋上風力クライシス」
・週刊東洋経済4月5日号「LPガス業界の闇」
・週刊エコノミスト4月15日号「トランプショック 化石燃料の逆襲」
福島第一原発事故とその後の電力需給危機が起こった頃には、エネルギーや原発への関心の高まりを受けて特集が組まれたこともあり、いくつかの労作も見られた。例=週刊ダイヤモンド16年6月11日号「司法と原発」
原発関連訴訟を扱いそうな地裁裁判長のキャリアなども調査。ただ、その後は長く、エネルギー関係の特集というのはあまり販売に貢献しないと言われてきた。しかし、本年2月18日、50年カーボンニュートラルに向けてのエネルギー政策や電源構成についての第7次エネルギー基本計画、温室効果ガス削減目標を13年度比で35年度60%、40年度73%とする地球温暖化対策計画等が閣議決定された。2月6日には、再生可能エネルギー開発で期待の大きかった洋上風力において、第1ラウンド公募で3案件を総取りした三菱商事が522億円の減損処理を発表した。また国際的にも、ロシアのウクライナ侵攻に伴い欧州は安いロシア産天然ガス依存からの脱却を求められ、米国ではトランプ政権誕生に伴う脱炭素政策の見直しや関税交渉の中でアラスカなどの天然ガスへの投資が話題になるなど、エネルギー情勢は変化している。こうした時期に上記3誌は、それぞれ違うテーマであるがエネルギー関係の特集を行った。
◆週刊ダイヤモンド2月8・15日合併号「洋上風力クライシス」
週刊ダイヤモンドは、2月8日・15日合併号の第2特集で、「洋上風力クライシス」と題して、“脱炭素の切り札として政府が期待を寄せる洋上風力が今、最大の危機を迎えている”状況を特集した。担当記者は、もともとエネルギー担当で、その関係で商社への取材網も持ち、更に近年はゼネコンを担当していた。地元への取材も含めて、培ってきた取材ネットワークを下に、洋上風力第1ラウンド公募3物件(秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖)を総取りした三菱商事が減損処理に至る同社の「誤算」、そして経産省の国民負担抑制に傾いたが故の制度設計・審査の問題を指摘している。
~三菱商事の記者会見(2月6日)での説明~
三菱商事の減損処理についての記者会見での説明は“リスクの見通しが甘かったというより、インフレを超えるコスト増加が押し寄せた”ことを強調したものであった。
参考=朝日新聞2月6日付(抜粋)〈三菱商事、洋上風力発電で減損522億円 社長ゼロから見直す〉〈……中西勝也社長は……記者会見で、減損処理をした理由について「3年間にわたり開発を進めてきたが、インフレの加速や円安の進行、サプライチェーンのひっ迫、金利上昇など、事業環境の変化が想定を大きく上回った」と語った。とくに、海外メーカーから調達する風車をはじめ、資材価格の高騰が響いたという。事業の入札の際は、他の入札者より低コストで建設・運用できると見込み、売電価格の安さで競り勝った経緯がある。中西氏は「欧州で洋上風力発電に取り組む子会社の知見を最大限生かし、リスクを十分に検討し、この値段(入札価格)を自信を持って出した」と話し、当初の計画自体は妥当だったと強調した。……〉
参考=日本経済新聞電子版2月7日付〈三菱商事中西勝也社長 減損に関する記者会見〉(抜粋)
Q:減損損失の内訳は何か。
A:調査、設計、許認可を取る関係の費用を資産として計上しており、計上済みの資産はすべて損失として処理した。キャッシュを拠出済みの資産に加えて、キャッシュアウトはしていないものの約束済みの費用との合計値となる。ゴー(やる)か、ノーゴー(やらない)か。どういう形で、再評価の結果が出るのかは予断を許さない。再評価をすることでゼロベースで検討し、結果を見極めたい。インフレや金利、為替など、毎日のように変わる状況を総合的に判断する必要がある。
Q:21年の入札時に、固定価格買い取り制度による売電価格で他社を圧倒する安い価格で入札した。無理をした面がなかったのか。
A:21年5月の公募に応札したとき、データに基づいてリスクを分析した。オランダやベルギー、ドイツなどで08年から洋上風力に取り組み、現在までに7案件の開発実績があるエネコを子会社に持っている。エネコの知見や経験を最大限に活用し、人的資本も投入しながら、リスクを十分検討した。日本側のパートナーと協議しながら、応札し、自信を持ってこの値段で出した。リスクの見通しが甘かったというより、インフレを超えるコスト増加が押し寄せた。
・メモ
当初は〈政府の試算より(平均で)半額以下のコストでプロジェクトを成り立たせると豪語した〉(ダイヤモンド誌)が、現在は〈リスクの見通しが甘かったというより、インフレを超えるコスト増加が押し寄せた〉ことを強調する三菱商事に対して、ダイヤモンド誌は同社の「誤算」について指摘する。
~「誤算」の指摘~
複数の関係者や秋田県関係者への取材をもとに編集部作成と注記した上で、「三つの誤算」として次の三点を挙げている。
・当初想定より軟弱であることが判明した海底地盤調査の問題←秋田県の2プロジェクト
・当初想定していた送変電ルートが利用できないことが判明、ルートの変更でコスト増加が不可避な陸上送変電工事の問題←秋田県由利本荘市沖プロジェクト
・(事前に準備したところで読み切れないものだったと言えるが)インフレや人手不足を背景に採算のとれるプロジェクトを選ぶ「選別受注」の中でのゼネコンやサブコンの消極的な動向
一方でダイヤモンド誌は、「日本の洋上風力クライシスを招いた真犯人とは、他ならぬ経産省」と断じる。複数のエネルギー業界関係者が指摘する政府・経産省の問題点として、当初にセントラル方式や、初期の工事品質の担保やダンピング対策としての最低制限価格などを入れなかったルール設計、そして審査体制の甘さを指摘する。伝統的な公益事業規制における審査ではベテランの担当官も多いが、新エネルギー分野では経験不足が出てこよう。ダイヤモンド誌は、洋上風力発電プロジェクトに詳しいエネルギー業界関係者の声として、「実現性に乏しいとして三菱商事のプランをDQ(失格)にできなかった審査側にも問題があった」、あるいは「審査においてプロジェクトのキャッシュフローをシビアに見ているとは思えなかった」といった指摘を紹介している。ダイヤモンド誌も指摘するように、経産省には、東日本大震災後の民主党政権下の太陽光発電の「破格」のFIT買い取り価格設定で、太陽光バブルと大きな国民負担をもたらした記憶があっただろう。同誌は、「洋上風力クライシスを招いたのは一義的には背負いきれないリスクを取った事業者にある。しかし、過度な競争をあおった政府・経産省側にも大きな責任がある」とする。
~識者の評価~
長年エネルギー事業・政策の動向を見てきた井伊重之・産経新聞客員論説委員(元論説副委員長)は次のように述べる。
◎井伊重之・産経新聞客員論説委員FACTA4月号〈経済断影 洋上風力に猛烈な逆風「バラ色の未来」は崩壊〉(抜粋)〈次世代の再生可能エネルギーとして期待が集まる洋上風力発電に対し、猛烈な逆風が吹きつけている。……三菱商事による総取りは洋上風力事業に大きな影響を与えた。だが、その衝撃的な落札結果が、今度は三菱商事自身を苦しめる事態となっている。入札を実施した経済産業省の幹部も「鳴り物入りで始まった洋上風力の第1弾入札が失敗に終われば、洋上風力の普及を進める政府の再生エネ政策にもマイナスとなりかねない」と危機感を示す。……洋上風力は海外でも逆風に襲われている。洋上風力最大手、デンマークのオーステッドは昨年、米国の洋上風力事業で約2600億円の損失を計上。英国石油大手のBPやノルウェーの石油大手エクイノールも一昨年に多額の減損計上を迫られた。また、風車大手のGEグループも「現在の入札価格では採算が取れない」として風車の受注活動を停止し、価格がさらに上がるまでは再開しない方針だ。業界関係者は「三菱商事が洋上風力で減損処理したのは、調査や設計、許認可関連などに過ぎない。まだ風車や発電機などの主要設備は発注しておらず、このまま本格的な設備発注が始まれば、減損額はもっと膨れ上がる」と試算する。……洋上風力の推進を掲げる政府は、事業者のコストと国民が負担する電気料金のバランスを見極めながら、現実的な再生エネ政策を示す必要がある。〉
また、経産省OBでエネルギー行政の経験も豊かな福島伸享衆議院議員(無所属・有志の会)は次のように語る。
◎福島伸享衆議院議員(無所属・有志の会、経産省ОB)〈エネルギーフォーラム5月号【永田町便り】〉〈今国会では国土交通委員会で基地港湾の混雑対応のための港湾法改正法案、内閣委員会で対象海域をEEZ(排他的経済水域)まで拡大するための再エネ海域利用法改正法案が審議されている。私は、国土交通委員会所属議員として、港湾法改正法案の審議に臨んだ。まず、この1~2年の間に世界の洋上風力を巡る事業環境が急速に悪化していることを指摘した。ウクライナでの戦争や世界的なインフレ傾向によって洋上風力のコストは世界的に増加し、最大手のデンマークのオーステッド社は800人の人員を削減し、ノルウェーなど3カ国から撤退するなど、昨年は世界中で大型洋上風力発電プロジェクトの撤退や延期が続いた。日本でも、国の洋上風力公募第1ラウンドの入札で3海域の権益を独占した三菱商事が、2月6日に中西勝也社長が「ゼロベースで今後の方針を検討する」と表明し、撤退の可能性もある状況となっている。そこに「(化石資源を)掘って、掘って、掘りまくれ」と叫ぶトランプ大統領が再登場。米国ひいては世界の洋上風力の将来は真っ暗の状況に陥っていると言えよう。こうした状況への見解を資源エネルギー庁に問うたところ、伊藤禎則省エネルギー・新エネルギー部長は「国内の洋上風力プロジェクトについて事業が完遂されるための環境整備を整えていくことが重要」と答弁した。行政というのは、一度始まるとなかなか変更したり中止したりすることはできないものだが、日支事変以降の泥沼の大東亜戦争のようになってはならない。また、再エネ事業は再エネ賦課金という国民の負担で支えられていることも忘れてはならない。日本風力発電協会も「複合的要因により風力発電の事業性が著しく低下しており、持続可能性について疑問符がついている」と危機感を表明している。もはや、洋上風力は、エネ基にある「今後コスト低減が見込まれる電源」でも「急速な案件形成が進展する海外」の状況でもない。当面は事業環境の整備に努めるにせよ、“切り札”としてきた洋上風力の在り方を根本から見直すべき時だ。〉
日本経済新聞社説(2月12日)は、洋上風力の現状について次のように整理している。
◎日本経済新聞社説2月12日付〈持続可能な洋上風力発電に〉〈脱炭素に不可欠な洋上風力発電が逆風にさらされている。建設コスト上昇で事業採算が悪化し、先行事業者の三菱商事は522億円もの損失計上に追い込まれた。四方を海に囲まれた日本は、再生可能エネルギーで洋上風力への期待が大きく、政府は電源全体の1%にとどまる風力の割合を今後15年で4〜8%へ高める目標を掲げる。それには事業の収益確保が大前提だ。……三菱商事は21年末の最初の入札で安い売電価格を提示し、秋田県や千葉県の3事業を総取りした。だがその後の物価高騰で部品調達費が跳ね上がり、収支見通しが狂った。28年秋以降とする稼働の遅れや追加損失も懸念される。洋上風力は海外で計画縮小が相次ぎ、トランプ米政権は風力への支援を停止した。国内でも入札参加を見送る企業が出始めた。開発を推進するため、政府は公募ルールを見直す。例えば事前の海域調査を政府機関が請け負い、企業に情報提供する。従来は事業者が個別に行い、入札で負ければ無駄になっていた。公募後に風車などの調達費が上昇した場合、一定程度を売電価格に反映できる仕組みも導入する。25年度中にも実施する次の入札から適用する。政府は次期エネルギー基本計画案で、再エネを40年度の電源構成の4〜5割を担う主力と位置づけた。洋上風力は3000万〜4500万キロワットの導入を目標とする。少なくとも原子力発電所30基分に相当する容量が必要で、実現は簡単でない。風車を海に浮かべる「浮体式」の実用化も急ぐが、難易度が上がる分、投資もかさむ。脱炭素と電力安定供給を両立するため、コスト削減や国民負担の最適解に向けて官民が知恵を絞ってほしい。〉
・メモ
第1ラウンド公募での政府と事業者の蹉跌は、洋上風力への厳しい認識を広げた。第2ラウンド、第3ラウンド落札事業者も厳しい状況にあり、経産省として制度の再整備に努めているところであるが、不透明な政治経済情勢の中で、より難度の増す浮体式洋上風力の展開に向けては、じっくりと諸課題の精査に取り組む必要がある。