2023年春に定年退職を迎え、筑波大学名誉教授の称号を頂いた。私の専門は大気科学で、主に天気予報や気候変動の基礎となる地球流体力学の研究をしてきた。そうした立場から、昨今の地球温暖化論争について思うところを、この定年の機に述べたいと思う。

1981年、地球科学研究科の大学院生の時に私は米国ミズリー大学に留学し、そこで博士(Ph.D)の学位を得て88年にアラスカ大学地球物理学研究所の助教として教鞭を取った。1991年に10年ぶりに帰国して筑波大学の地球科学系講師となり、それ以降は定年までに100人を超える卒論・修論・博論の研究指導を行い、15人の博士を世に送り出した。
私の最終講義の演題は、本稿のタイトルと同じ「間違いだらけの地球温暖化論争」だ。この温暖化懐疑論とも取れる演題を、聞いただけでピリピリする人が大勢いて大変だった。講演内容は、温暖化懐疑論には間違いがあるし温暖化危機論にも間違いはある、という中立的な趣旨でまとめることにした。温暖化の研究者が一度懐疑論者のレッテルを貼られると、その学者は国家プロジェクトから外され、論文が受理されなくなり、研究費が枯渇することになるからだ。しかし、最終講義では研究者人生の断末魔の叫びとしてこのタイトルを選んだ。最終講義の企画当初は、学内の少人数を相手に密室で開催される予定だったが、講義は直前にオープンとなった。すると、産経新聞の長辻象平記者が出席し、氏の計らいで最終講義の内容は写真入りで掲載され、全国に知れ渡ることとなった(産経新聞 ソロモンの頭巾 2023年3月22日)。
温暖化の半分は自然変動 CO2削減でも異常気象は起きる
米国では温暖化懐疑論(共和党)と温暖化危機論(民主党)が真っ二つに分断されて対峙している。トランプ前大統領は「地球温暖化はでっちあげ」と言い、当時は懐疑論が主流だった。それがバイデン大統領になり逆転したが、もしトランプ氏が大統領に復帰すれば、再び懐疑論が主流となり、主要研究機関のトップ人事が入れ替わると予想される。
ここでいう地球温暖化とは、人為起源のCO2などが原因で起こる温暖化と定義される。最近は地球温暖化とはいわずに気候変動という表現にすり替えられた。気候変動という用語なら人間活動と無関係な自然変動が含まれてもいいからだ。私は、異常気象をもたらすブロッキング高気圧や北極振動の研究をしてきたが、これらは力学的には自然変動だ。そのため私は気候変動として温暖化が起きていることには同意するが、その原因の90% 以上が人為起源であるとのIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の説明には反論してきた。長年の研究結果から、気候変動の半分は人為起源ではなく自然変動であると考えている。
ここでいう自然変動としては、大気・海洋・海氷や植生などからなる地球システムの内部変動や、雲量の増減によるアルベド(反射率)の変化、太陽活動の長期変化などが候補に挙がるが、未知の変動要因が将来発見されるかもしれない。つまり、人間がCO2の排出量を抑えたとしても、今まで通り異常気象は発生し、気候変動は起こると考えている。しかし、このような仮説には納得できる明確な根拠が必要だ。気候変動の数値モデルを走らせたらそうなったという根拠ではだめなのである。数値モデルの結果はあくまで仮説に過ぎず、真実の証明にはならない。これは懐疑論にも危機論にも言えることだ。
ヒートアイランドで気温上昇も 太陽定数は一定ではない
定年となった23年、現役最後の気候変動に関する論文が国際学術誌に掲載された (Soon et al. 2023)。世界中の研究者37人の共著論文で、私はその中の一人だ。この論文では温暖化の大半が自然変動で生じていることの根拠を提示している。論文の結論は二つあり、一つ目は、地上観測で集計される全球平均気温の上昇には都市のヒートアイランド効果が半分程度含まれているという点だ。世界平均の100年当たり0.89℃という観測される気温の長期トレンドからヒートアイランドの影響を差し引くと、そのトレンドは 同0.55℃に減少する。つまりヒートアイランドの影響で62%も長期トレンドが増えていると言える。

二つ目は、太陽放射強度(太陽定数)は一定ではなく長期的に変化するという点だ。太陽定数は定数であるかのように我々は教科書で教わったが、これは固定観念であり、一定とは限らない。教科書の数値は年々変化している。人工衛星活用以降のデータは、歴代の複数の衛星観測値に1㎡当たり10 Wもの平均バイアスがあるので、作業仮説としてこのバイアスを除去して長期データを結合する。すると太陽黒点の11年周期の変動が滑らかに表現される一方で、衛星観測データの長期トレンドはなくなる(図1)。平均バイアスがないと仮定したので当然ではあるが、これは真実ではない。具体的には太陽活動が極小値の時の太陽定数は一定と仮定している。人工衛星を活用する以前の時代の正確な太陽放射強度は分からないので、数値モデルでは将来予測でも過去再現実験でもこの値は一定と仮定してきた。太陽放射強度が一定というのは単なる仮説であり、変動する可能性があるからだ。

IPCC仮説は完全崩壊 自然変動で説明可能
IPCC報告の気候モデル予測では、太陽放射強度がほぼ一定のモデルA (図中のSolar #1) が一貫して使われてきた。よってモデルの1000年単位の年平均気温はほぼ一定となる。太陽放射強度は一定と仮定したのだから、近年温暖化しているという観測事実はCO2放射強制力のみで調整・説明されることになるが、これは仮定から導かれた当然の帰結である。数値モデルを走らせたらそうなった、では真実の証明とはならない。
一方で、太陽放射強度は長期的に大きく変動するというモデルB(図中のSolar #2)がある。18世紀ころの小氷期と呼ばれる寒冷期には黒点が長期間消滅した時期があり、この時の太陽放射強度は低下していたとの仮定から、太陽放射強度は大きく変動するという仮説だ。このモデルBも上述のモデルAも対等な仮説だが、残念ながらモデルBが気候モデル予測に使われることはない。この問題はすでに解決済みであると言われる。

本研究では、モデルBの結果として得られる気温変動が、上記のヒートアイランド効果を差し引いた気温変動とほぼ一致することから、モデルBが正しいと結論した。論文査読では、「IPCCではモデルAが採用されており、この論文の結果はIPCCの結果と整合的でないので不採用」との回答が一部にあった。IPCCが絶対視されている。絶対にこの論文は受理すべきでないという圧力の中で、一部の好意的な査読者により本論文は受理された。
今後さらなる検証が必要だが、もしモデルBが正しいという本論文の結論が正しければ、過去の温暖化も長周期変動も、太陽放射強度の変動という自然変動で説明可能となり、CO2放射強制による調整(チューニング)が不要となる。この場合はIPCC仮説の完全崩壊を意味し、CO2排出をネットゼロに削減しても、自然変動で起こる温暖化には何の影響もないことになる。コロナ禍のような厳しいCO2削減を30年続けても、温暖化とは無関係となる。CO2の排出が問題でないとなると、石炭火力が一番安全で安いエネルギー源となる。このあたりの詳細については「脱炭素は嘘だらけ」(杉山大志 2021)の主張をご一読いただきたい。
懐疑論者は業界から村八分に 脱炭素でボロ儲けの実態
「かけがえのない地球を守る」とか、「将来を担う子供たちに環境破壊のつけを残してはいけない」といった美しすぎる謳い文句で温暖化危機論が展開され、本質的なサイエンスの議論が棚上げされている。「地球の危機を救え」とばかりに海外では数百万人の子供たちが温暖化阻止のデモ行進に集った。まだ自我に目覚めてもいない小学生を含む子供たちが、温暖化阻止の大合唱を繰り広げていることに疑問を感じるのは私だけだろうか。
日本では温暖化危機論者が99%の優勢を占め、1%の懐疑論者は業界から村八分にされるのが現状だ。米国の分断の比率と異なる。私は米国で学位を得ているので、両国の国民性の違いをよく知っている。最終講義では本音を話し、最後の温暖化論文が受理・公開されたが、「懐疑論はフェイクだから見向きもするな。スルーしろ」とのお達しが温暖化村の村長からは聞こえてくる。トップが一般市民相手にこんなセリフを吐くのだから、温暖化のサイエンスはもう死んでいる。
間違いだらけの地球温暖化論争は棚上げにし、あたかも真実に立脚しているかのように見せ、「脱炭素を達成するため」とか、「気温上昇を1.5℃以下に抑えるために」といった温暖化対策が膨大な国費を費やして推進されている。しかし、今日の政府やマスコミ、環境NGOによる脱炭素の活動は、実は仮説に過ぎない不確かなサイエンスに基づいているのだ。温暖化研究が国家予算で推進され、NHKが恐怖心をあおる特集を組んで大衆を洗脳し、政治家は世論に基づいて地球温暖化対策推進法を制定して脱炭素を推進し、それに従わない懐疑論を弾圧するようになった。もはやサイエンスはポリティクスに凌駕されている。今後、間違った法律ができたら万事休すだ。

グリーン事業やエネルギー革命の名目で、今後10年で150兆円もの投資案が国会で議決された。今、ボールは国民に投げられている。脱炭素で石炭火力が廃止に追い込まれ、エネルギーが高騰し、再エネ賦課金で電気料金が値上げされ、それが根源の物価高で国民が苦しんでいる。これでは自業自得と言われても仕方がない。一方、脱炭素でぼろ儲けしている人たちがいる。何が正しくて何がフェイクなのか、他人の頭でなく自分の頭で考えて判断することが大切なのだ。
田中 博/筑波大学名誉教授
たなか・ひろし 1980年筑波大自然学類卒。88年米ミズリー大コロンビア校卒、Ph.D取得。専門は大気大循環研究。94年から22年間、日本気象学会常任理事を務める。2005年から23年3月まで筑波大計算科学研究センター教授。