【記者通信/3月22日】柏崎刈羽「再稼働」へ動き加速 花角知事「容認」のタイミングとは


資源エネルギー庁の村瀬佳史長官は3月21日、新潟県庁を訪問し、花角英世知事に柏崎刈羽原発の再稼働を要請した。同日にはエネ庁の山田仁・政策統括調整官が柏崎市と刈羽村を訪れ、柏崎市の櫻井雅浩柏崎市長、刈羽村の品田宏夫村長に同様の要請を実施。再稼働に向けては、避難計画の実効性を高める国の支援が鍵となりそうだ。

立地自治体は容認の意向 避難道路整備への動き

「国からの返事、東電からの返事を経て、最終的には『ぜひ再稼働どうぞ』という返事をさせていただきたい」

櫻井市長は山田氏との面談でこう語り、再稼働を容認する姿勢をにじませた。すでに柏崎市議会と刈羽村議会は再稼働を求める請願を採択しており、櫻井市長と品田村長は再稼働を容認する見込みだ。

そこで、がぜん注目を集めるのが、花角知事が容認するかどうかだ。その判断に大きな影響を与えそうなのが、政府の支援で県や市町村が策定する避難計画の「実効性」である。

記憶に新しい2022年12月の大雪では、柏崎市などを通る国道8号線で22kmにわたって38時間に及ぶ車両滞留や通行止めが発生。除雪時の人員確保や避難道路の整備拡充、鉄道網の活用などの必要性が浮き彫りとなった。

そこで県と立地自治体は昨年7月、国道8号柏崎バイパスの早期全線供用や北陸自動車道への進入路を増やすためのスマートインターの導入などを、「地方負担を求めずに」実施するよう政府に要望。12月には県と長岡市など原発から5~30km圏内に立地する自治体が、安全対策の徹底や複合災害など防災対策の推進を求める要望書を提出した。これらの動きは、再稼働容認への「下準備」とも見て取れる。

村瀬長官は県庁訪問後の囲み取材で、昨年7月の要望について「できるだけ早いタイミングで答えを出したい」とし、関係省庁と具体的な調整を進めていることを明らかにした。県議会との調整など先行きは不透明だが、花角知事が再稼働容認を判断する一つのタイミングとしては、国から前向きな「答え」を得られた時が考えられる。

避難計画の位置付けとは 早期再稼働が最重要課題に

避難計画の実効性は「これまで、なあなあにされてきた部分」(エネルギー業界関係者)だ。過去の運転差し止め訴訟においても「避難計画の不備のみで差し止めはできない」との判断が示されている。原告側が、重大事故が発生する証明をできていないからだ。

避難計画は第1層~第5層からなる原発の安全確保の仕組み「深層防護」の第5層に分類されるが、深層防護は第5層を個別に扱うのではなく、全体の機能を考慮する必要がある。すなわち最も重要なのは、事業者が新規制基準への対応で「止める・冷やす・閉じ込める」やフィルタベントなど第1層~4層を格段に強化したことだ。しかし、能登半島地震では避難道路の寸断や家屋の倒壊などが発生し、これまで以上に第5層が注目を集めている。

重大事故を二度と起こさないように設計されたのが新規制基準だ。自民党の県議からは再稼働の要件として「避難道路の完成」を求める声もあるが、司法は深層防護の観点から運転の要件としてはそこまで求めていない。この点、櫻井市長の「いたずらに時間を積み重ねることだけが安全に資するとは考えていない」(21日の囲み取材)との発言は正鵠を射ている。

今年、総合特別事業計画の見直しを予定する東京電力にとって、柏崎刈羽原発の早期再稼働は最重要課題だ。全国各地のほかサイトの再稼働に向けても、速やかな再稼働に期待したい。

【メディア論評/3月22日】能登半島地震でのエネルギーインフラ巡る報道<上>


年明け早々に能登半島地震が起こり、これに関連してエネルギーインフラ関連を巡る報道が、主に下記のような点について行われてきた。

(1)今回の地震そのものの特異性、大きな被害を受けたインフラの復旧の問題

(2)北陸電力志賀原発の被害と対応

(3)改めて課題として浮き彫りになった屋内退避、避難計画の問題

(4)東京電力柏崎刈羽原発の今後

(1

(1) について今回「~復旧編~」として触れ、(2)(3)(4)については次回「~再稼働と屋内退避・避難計画編~」として、触れていく。

被災の状況を伝えるテレビメディア(関西テレビNEWSのウェブサイトから)

(1)能登半島地震そのものの特異性、大きな被害を受けたインフラの復旧の問題

◆能登半島地震そのものの特異性

今回の能登半島地震は、公的機関の発表、報道などによれば、下記のような特性を有する。

●複数の海底活断層が連動  M7.3相当の2つの地震が13秒差で発生

〈複数の断層の連動により、マグニチュード7.3相当の2つの地震が13秒差で発生、エネルギーが約2倍のマグニチュード7.6規模になった可能性がある。〉(京大防災研解析 産経新聞2月12日付)

〈能登半島の西方沖から北方沖、北東沖にかけて分布する複数の海底活断層が関連した可能性が高いと評価、長さ約150キロの震源断層が推定されており、その範囲は一連の地震活動の震源分布とほぼ重なる。〉(地震調査委員会 産経新聞2月5日付)

●地殻変動

〈輪島市西部で最大約4ⅿの隆起、最大約2ⅿの西向きの変動、珠洲市北部で最大2ⅿの隆起、最大約3ⅿの西向きの変動がみられる。〉(国土地理院)

〈「輪島市の海岸で最大4ⅿに及んだ地形の隆起は、明治以降の国内地震

では最大規模」といわれる〉(朝日新聞2月2日付)

●液状化

〈液状化も石川県内だけでなく、福井、富山、新潟の各県でも確認され、震源から約160キロ離れた福井県坂井市や新潟市も含まれる。「揺れる時間が長かったことが広範囲の液状化に影響した」とみられる。〉(防災科学研究所 日経新聞2月2日付)   

上記のような地震そのものの特性および半島エリアでの大きな被害という態様は、大都市部における大震災であった阪神・淡路大震災、東北から関東の太平洋岸への大津波で被害が甚大になった東日本大震災とは異なるものであったといえる。それはエネルギー行政をつかさどる経産省にとっても「今までにはなかった地震災害」(かつてエネルギー行政にも携わった元幹部)であった。

【目安箱/3月22日】民間有志が「第7次エネ基」のあるべき姿を提言


国の第7次エネルギー基本計画の策定に向けた議論が本格化するのを前に、エネルギー問題の研究者であり、エネルギーフォーラムにも寄稿する杉山大志氏(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)ら民間人有志が2月24日に「エネルギードミナンス:強く豊かな日本のためのエネルギー政策(非政府の有志による第 7次エネルギー基本計画)」を発表した。

筆者は現実に則し、今参考にするべき内容と思う。今年はエネルギー基本計画の年内の見直しが予定されている。見直しは第7次になる。それをめぐる議論で、この提言をぜひ取り入れてほしい。

日本の政策決定の問題は、政府が計画や提言、社会コンセプトづくりを主導し、民間や政党に対案がないことだ。こうした提言が出され、現実の政策に議論によって影響を与えることが必要である。政府だけに頼ってはいられない。

◆意欲的な11提言を評価

この提言ではエネルギー政策として、「エネルギードミナンス(優勢)」を提唱した。日本語で作った概念にしてもよかっただろう。

エネルギードミナンスとは、米国共和党で用いられている考えだ。豊富で、安定し、安価なエネルギーを供給することを指す。それによって、日本が経済発展をし、防衛力を高め、自由、民主といった普遍的価値を守り発展させることを目標にする。

提言ではエネルギードミナンスを確立するために、以下の11項目を掲げている。

1・光熱費を低減する。電気料金は東日本大震災前の水準を数値目標とする。エネルギーへの税や賦課金等は撤廃ないし削減する。

2・原子力を最大限活用する。全電源に占める比率50%を長期的な数値目標とする。

3・化石燃料の安定利用をCO2規制で阻害しない。

4・太陽光発電の大量導入を停止する。

5・拙速なEV推進により日本の自動車産業振興を妨げない。

6・再エネなどの化石燃料代替技術は、性急な導入拡大をせず、コスト低減を優先する。

7・過剰な省エネ規制を廃止する。

8・電気事業制度を垂直統合型に戻す。

9・エネルギーの備蓄およびインフラ防衛を強化する。

10・CO2排出総量の目標を置かず、部門別の排出量の割当てをしない。

11・パリ協定を代替するエネルギードミナンス協定を構築する。

◆混乱したこの10年のエネルギー政策

これらの提言を私は正論と思う。しかし、現状の日本では修正することが難しい点がある。東日本大震災による東京電力の福島第一原子力発電所事故以来、電力・エネルギー政策の見直しが行われた。政府・経産省が民意からの批判を避けるため、おかしな政策を受け入れ、迷走した。エネルギー業界も、特に電力は、原子力事故の悪影響で沈黙してしまった。

エネルギー政策では、自民党政権に変わって名目的になったが「脱原発」、「再エネ拡大」、「脱炭素」、そして「エネルギー自由化」が進んだ。エネ基は18年7月に第5次、20年10月に第6次の改訂が行われている。

いずれの目標でも、現実はうまくいっていない、それどころか弊害が出ていることはエネルギー関係者の共通の認識だ。エネルギードミナンスの目指す「豊富で、安定し、安価なエネルギーを供給する」という目標から真逆の、エネルギー不足、供給不安定化、価格上昇という現象が起きている。

成功だったと弁解しているのは、経産省の役人だけで、政治家でさえ修正を公言するようになった。これは外部環境の変化も影響しているが、制度設計、政策の面が大きい。

◆国際情勢はエネルギー安全保障強化へ

そして今や内外の情勢は、動き続けている。

安全保障状況は、ウクライナ、中東、台湾などを巡り切迫している。世界各国はエネルギーの安全保障の強化に舵を切っている。

低炭素・脱炭素政策の弊害を省みることなく、政府は合理的な根拠もエビデンスを示すこともない。それなのに、岸田政権は21年末に打ち出した、GX(グリーントランスフォーメーション)によって脱炭素政策をさらに強化しようとしている。

慣性のついてしまった行政府は、巨大な船のように方向転換が効かない。

それについて、対案となる考えが出た。世論も落ち着き、福島原発事故直後のような感情的な意見は減って、存在感がなくなっている。

◆当事者の参加する現実的なエネルギーシステムの議論を

電力自由化、再エネの発電設備の建設など、現実が動いてしまい、時間の針を戻すことは困難である問題もある。しかし、上記11の項目を軸に、政策と企業のあり方を議論したい。

現実に即さず、事業者、消費者の意見を取り入れない仕組みは弊害の方が大きくなる。残念ながら、この10年、エネルギー政策は、そうした弊害が大きくなってしまった。この提言だけではなく、民間、事業者、消費者それぞれが積極的にエネルギーのあり方を議論し、今のままではないより良いエネルギーシステムを作っていきたい。そのきっかけの一つになるこの提言を歓迎する。

【記者通信/3月8日】ビットコインマイニングを新たなDERに活用へ


ビットコイン(仮想通貨)のマイニング装置を新たな分散型エネルギーリソース(DER)に使う、というユニークな取り組みが各所で進行中だ。東京電力パワーグリッド(PG)傘下のエネルギーベンチャー、アジャイルエナジーX(AEX)が主導し、東電グループや自治体、スタートアップ他社などと連携し、実証に取り掛かっている。排熱利用やDAC(直接空気回収)を組み合わせ食料生産する循環経済システムとして、そして再生可能エネルギーの負荷追従型の上げDR(デマンド・レスポンス)として――。独自路線で持続可能なエネルギーシステムの確立に向けた挑戦を続けている。

マイニングは、暗号計算でビットコイン取引の検証・承認を行うこと。装置のスイッチを入れると自動で計算作業に入り、最速で正解を答えた装置に報酬が支払われる。電気代が安い海外では専業のマイニング事業者が存在するが、日本ではマイニング報酬だけでビジネスを成立させることは難しい。

そこでAEXが目を付けたのが、余剰再エネ発生時の「上げDR」としての価値だ。フレキシブルに需要を立ち上げるのに適し、設置が容易など、DERの中でも制約が少ない。全国大多数の地域で再エネの出力抑制が頻発する中、うまくエネルギーシステムに組み込めれば、さらなる再エネ導入の可能性が見えてくる。

埼玉県美里町が意欲 未利用エネで高付加価値の食料生産へ

このビジョンに賛同し、同社と共同実証を行う自治体の一つが、埼玉県美里町だ。水耕栽培と陸上養殖を組み合わせた「アクアポニックス」に未利用エネルギーを活用し、システムの一部にビットコインマイニングを組み込む。GX(グリーントランスフォーメーション)、DX、農業、さらに金融と、さまざまな要素を踏まえた斬新な循環経済モデルの確立を目指している。

美里町役場に設置したシステム。右から、アジャイルエナジーXの立岩健二社長、原田信次町長、シンクモフの堀彰宏副社長

アクアポニックスは、魚の排泄物を微生物が分解し、植物が栄養として吸収。浄化した水を水槽に循環させる。ここで必要な電気や熱、CO2を供給するため、マイニング装置を軸としたシステムを考案した。

仕組みはこうだ。まず、太陽光などの電気をアクアポニックスに供給するとともに、マイニング装置を稼働させる。装置が作動すると60℃程度の熱が発生するが、これをまずCO2のDACに活用する。

DAC装置は、名古屋大学発ベンチャーのSyncMOF(シンクモフ)が開発した。高機能多孔体でCO2を優先的に貯蔵・分離できるMOF(金属有機構造体)を活用した装置で、空気中のCO2を回収して野菜栽培に最適な濃度に濃縮し、アクアポニックスに供給する。ニーズに合わせ最適なMOFを選定、合成・成形して装置設計まで行えるノウハウを持つ企業は、同社のほかには見当たらないという。東邦ガスと低コストなCO2分離・回収技術の実証に取り組むなど、さまざまな企業との連携を拡大している。

また、別途マイニング装置と液浸冷却装置をつなぎ、排熱を冷やすとともに、マイニング中の騒音を抑えている。実は、装置が稼働する際に結構な音量を出し、数十台もつなげて動かすとなれば、場所によっては騒音対策が必要となる。さらに、液浸冷却後の熱は40℃程度となり、野菜栽培に活用するには最適な温度帯。これをアクアポニックスに供給するのだ。

同町では昨年11月から試験的にアクアポニックスにチョウザメを投入し、野菜も魚も生育は順調だという。チョウザメの卵はキャビアの材料であり、さらにマインング報酬も含め、高付加価値な食料生産を目指す考えだ。

上段に野菜、下段でチョウザメなどが順調に生育する

太陽光発電所で実証 追従型でマイニングを管理

AEXは、東電グループと連携し、再エネ出力抑制や系統混雑の回避を目指した実証も各地で進める。東電リニューアブルパワー(RP)の久呂保太陽光発電所(群馬県昭和村)敷地内では、再エネに追従しマイニングをコントロールするシステムを備えたコンテナ型データセンターを、昨年8月に構築した。系統混雑が発生しているエリアであり、東電RPとしても太陽光の自家消費拡大が望ましく、条件が一致した。

太陽光発電所に設置されたコンテナ型データセンター。曇天で一部しか動いていないためか、思ったほどの騒音ではなかった

出力1.4kWのマイニング装置50台強をコンテナ内に設置し、太陽光の発電量に追従しながらマイニングの稼働台数を自動制御している。逆潮はできず、昼間の負荷はスケジュール運転しているため、曇天だった視察当日は系統電力も使いつつ、発電量が乏しい太陽光に追従し、3分の1程度のマイング装置が稼働していた。

これらの取り組みはいずれも実証段階ではあるが、これまでにない新たなGXモデルとなる可能性を秘めている。各種実証で課題を洗い出すとともに、次のステップへの展開を待ちたい。

【論考/3月6日】フーシ派の紅海攻撃に見る国際石油秩序の行方


イエメン北西部を実効支配するフーシ派は、イスラエルのガザ地区侵攻に抗する数度の空爆が失敗に終わった後、昨年11月半ば以降、紅海南部・アデン湾航行中の商船を次々に襲う。イスラエルに関係する船舶が標的と言いながら、実態は無差別攻撃に近い。イエメン沖でミサイル攻撃を受け3月初めに沈没した貨物船も船主は英国企業ながらベリーズ船籍、ペルシャ湾岸で積んだ化学肥料をブルガリアに向けて輸送中だった。米国は12月に英国等の有志国連合の形で「繁栄の守護者作戦」を発動。今年1月からは米・英でイエメン領内のフーシ派拠点を空爆し、軍事的衝突が本格化している。

このため、紅海を回避する船舶が相次ぐ。国際通貨基金(IMF)によれば、昨年11月初めから今年2月末にかけて、バベルマンデブ海峡通過の総貨物量は6割減。スエズ運河経由も55%減っている。BP、シェルなどの石油メジャーも紅海ルートを避ける。

スエズ運河・紅海は欧州と中東・アジア太平洋を結ぶ海上輸送の動脈である。石油も例外ではない。国際エネルギー機関(IEA)によれば、昨年の世界石油海上輸送量の約1割、日量700万バレル強がこの水路を経由した。これは日本の石油消費量の2倍以上の規模だ。中東の石油生産能力自体は健在であり、またパイプラインとは異なり海上輸送では迂回の代替経路がある。しかし希望峰回りの航路では最大2週間の遅延が生じ、これが隘路となって石油供給を滞らせる。

ウクライナ危機後の分断を映す紅海

南下・北上分を併せてスエズ運河を通る日量700万バレル強のうち、アジア方面へ南下の分が日量400万バレル強。その約8割がロシア産で主にインドと中国に向かい、特にインドでは原油輸入総量の3割超をロシア産が占める。ロシアの対ウクライナ侵略開始後、それまで一体化していた欧露間の石油供給が遮断され、ロシア石油が中東産を押し除ける形でアジアに輸出されている。

一方、スエズ運河を欧州方面へ北上は日量約300万バレル。IEAは原油が約110万バレル、石油製品を約180万バレルとしている。原油はサウジアラビア、イラク等の中東産。石油製品も中東が主だがアジアからも運ばれ、特にインドは軽油・ジェット燃料の大手輸出元。また紅海から地中海への輸送経路としては、スエズ運河の他にエジプトのSUMEDパイプラインがあり、昨年は日量70万バレル以上の中東産原油がここを通ったと見られる。

欧州にとって、中東はアフリカ、北米と並ぶ原油供給の主柱だ。昨年1~10月実績を2021年と比べると、欧州のロシア原油輸入は日量200万バレル弱減少。中東は、北米、中南米、アフリカなどと共に、この失われたロシア産を代替する主要供給源である。

このように欧露分断を反映し、紅海は南下するロシア産石油と北上する欧州向け石油が活発に行き交う場となった。そこでの航行の安全は、石油供給者としてのロシアと中東、消費国・地域としての欧州、インドおよび中国、いずれにも共通の利益だ。この呉越同舟の現実は、1月10日フーシ派非難の安保理決議に対する、ロシアと中国の拒否権不行使にもよく現れている。

フーシ派はロシア、中国などの「イスラエルと無関係」な船舶は攻撃対象外と重ねて表明。実際、ロシア産石油積載タンカーは紅海経由での航行を継続している。ただし、アデン湾におけるロシア産石油積載船への誤爆も報じられ、また、紅海が大規模な戦域と化すのはロシアに不利だ。米英とフーシ派の対立が局地的に限定され、これを傍観して石油輸出を継続するのがロシアに有利だが、現状はおおむねその線に沿って動いている。即ち、石油の紅海南下ルートへの影響は今のところ少ない。

影響がより大きいのは、北上ルートだ。原油はサウジアラビアとイラク産が大半を占める。このうちサウジアラビア産は、同国を横断する東西パイプラインを経由すれば、危険な紅海南部を通らずに、その北方から直接に出荷できる。事実、サウジアラビア紅海岸からの原油輸出は既に日量数十万バレル増大と報じられており、ペルシャ湾岸からの輸送の遅れ・減少をある程度補うだろう。一方、石油製品、特に中間留分は状況が厳しい。昨年1~10月期に欧州(トルコ除く)は中間留分の約2割を輸入に依存していたが、その8割方が中東、アジア産。輸入元も中東ではサウジアラビアの他にUAE、オマーン、クウェートがあり、インドを大宗とするアジア産も輸入総量の3割を占めていた。この供給源の多様さにより、サウジアラビア・紅海岸製油所からの出荷を増しても、大半が希望峰回りとなるのは避けられない。

欧州の石油製品が焦点 案じられる力の空白 

すなわち、それは海上輸送中の数量の大幅な増加と、陸上商業在庫の取り崩しとなって現れる。IEAの暫定見積もりでは、昨年12月、海上分は日量200万バレル増加。一方、陸上在庫は日量130万バレル減り、特に第4四半期を通じた欧州中間留分在庫の落ち込みが著しいとしている。低在庫はさらなる不測の供給逼迫時に、市場が価格の押し上げ圧力に対してもろいことを意味する。

昨年10月のハマスによる対イスラエル・テロ攻撃は、おそらくは支援するイランの思惑を遥かに超えた過激さで行われた。対してイスラエルのガザ侵攻の酷薄さも、米バイデン政権の許容範囲から既に大きく逸脱している。両者の闘争がイラン、米国による制御能力を超えて凄惨化するに伴い、フーシ派がパレスチナ支援の象徴的な示威行為として行っているのが、その船舶攻撃であろう。これもやはり局地的暴発であり、いずれの外部勢力もイスラエル・ハマス戦争を停止できない中、暴力の連鎖が自己増殖する危険な過程にあることを示している。

潜在的には、共通利益に基づく諸大国による協調的対応が十分可能な問題だろうが、ロシアのウクライナ侵略およびイスラエルのガザ侵攻を巡る厳しい対立が、それを阻む。また直接的には米英によるフーシ派攻撃で最も利益を得るのはロシア(および、その買い手のインド・中国)であり、このような性格の作戦を米国民はいつまで支持するのだろうか。今年トランプ前大統領が再選されれば、「米国第一」の旗印の下、米軍が紅海での治安維持活動から手を引く事態も十分あり得る。その時には力の空白を埋める動きが、各国の試行錯誤の中で進まざるを得ない。それは有力国間の相互不信を助長する可能性が高い。

今は目先の国際石油価格の動きにとらわれるべき時ではない。国際石油供給秩序が、その基盤を日々崩されつつあるのだ。

石油アナリスト 小山正篤

【目安箱/2月22日】能登半島地震の報道で考える 的外れな電力会社批判


◆エネルギー問題を語る際には是々非々で

愚痴に聞こえるかもしれないが、私の関わるエネルギー業界は、2011年の東京電力の福島第一原発事故の後で、理不尽な批判に直面している。原子力発電の批判が繰り返され、現在も続く。日本は無資源国で化石燃料を使わざるを得ないのに、非合理な化石燃料批判が向けられることもある。既存の大手電力会社は真面目で堅実な社風の企業ばかりだ。安定的で、安全な電力供給のために日夜努力を続けている。そうした側面は、メディアにはなかなか取り上げられない。

今回の能登半島地震で北陸電力グループは、巨額の被害を出しながら、電力の復旧活動を行っている。地元紙の北國新聞は2月1日の記事「停電生活から解放―県内ほぼ解消、住民安堵」で同グループ社員が輪島市の停電復旧地域を周り、安全を確認するなど丁寧な対応をして、住民が「普通の生活に近づいた」と報じた。

しかし北陸電グループの努力がクローズアップされることは少ない。能登半島地震発生から2月10日までの期間で、朝日新聞のウェブサイトを「北陸電力」で検索すると、約60本の記事のうち50本ほどは、別に危険ではない同社グループの志賀原子力発電所についてのものだった。他のメディアでも同じように、志賀原発のことばかり伝える。報道するべきテーマがずれているように思える。是々非々で評価しなければ、各企業は萎縮する。それは企業の長所を消し、さらには日本経済全体の力も弱めてしまうだろう。

◆電力の復旧遅れ、誰のせいか

能登半島地震で、生活復旧のために重要な要素の一つが電気の復旧だ。1月1日に地震が発生してから2月17日時点で依然1100戸が停電していたが、北陸電グループの契約数は北陸3県を中心に同社の契約口数で218万8200件(23年9月末時点)あり、電力供給の大半は維持されている。そして世界の大災害を見ると、電力の復旧に数カ月かかる例も多い。同社の電力の維持の取り組みは、評価されるべきだ。

復旧に取り組む北陸電力送配電(同グループのXより)

一方、日本での大災害では被災後1週間程度で完全復旧した例が多く、この復旧スピードはやや遅い印象がある。北陸電力グループは能登半島の道路網が他地域に比べて充実しておらず、しかもその道路が被災していることが原因と説明している。にもかかわらず、それを批判する報道があった。日本経済新聞は、1月24日に「電力供給 進まぬ分散-大手寡占、災害時にリスク」という記事を掲載した。

記事の中では、〈能登半島地震の被害で長引く停電が電力供給のもろさを浮かび上がらせている。再生可能エネルギーを使って供給を分散できれば広範囲の停電リスクが下がるが、送電網の事業への新規参入は進んでいない。必要になる蓄電池のコストの重さなどが要因で、災害に強い電力網づくりは途上だ〉〈電力は小売りが自由化され、売り手は多様になってきた。一方で安定供給の責任が求められる発電や送配電は大手の寡占が続く状況だ。大手の大規模発電所と送配電網に頼る構図は災害時のリスクになりかねない〉などと指摘している。

◆地域独占時代の大地震では迅速な復旧

これは不思議な見方だ。1990年代から始まった電力自由化は、2020年の発送電事業の分離で現在、一段落した。発電事業、小売事業からの一般送配電事業を切り離したのは、送配電部門は自由化せず総括原価・地域独占を残しておいた方が、電柱や電線など送配電網の建設・保守のスケールメリット、一元的な管理による二重投資の防止など、電力インフラの運営面で効率的であるという理由からだ。

そもそも、全面自由化される前の発送電一貫体制時代に発生した大地震(1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟県中越地震、07年の新潟県中越沖地震、11年の東日本大震災、16年の熊本地震、18年の北海道胆振東部地震など)において、電力インフラについてはいずれも概ね1週間~10日間程度で9割以上の停電復旧が完了している。この経緯を見る限りでも、大手電力の独占が災害時のリスクになりかねないとの指摘は的外れであることが分かる。少なくとも、復旧までに数週間を要する都市ガスよりは災害時の復旧が迅速なエネルギーであるといえよう。

ちなみに、業界団体の電気事業連合会は日経報道の同日、この記事に対する見解をウェブサイトに掲載。〈一般送配電事業は、周波数を維持し安定供給を実現するとともに、電柱や電線など送配電網の建設・保守のスケールメリット、一元的な管理による二重投資の防止、などの観点から、規制領域とされている許可事業であり、大手の寡占との指摘はあたらない〉〈今回の能登半島地震においては、輪島市、珠洲市を中心に道路の寸断(土砂崩れ、道路の隆起・陥没・地割れ等)や住宅の倒壊等により立入困難な箇所が多数あることなどが思うように復旧作業が進まない要因だと承知しており、停電長期化の原因が「電力供給のもろさ」にあるという指摘はあたらない〉と反論している

◆危機の時ぐらい、おかしな批判はやめるべきでは

日本経済新聞は、近年の報道で、既存の大手電力に冷たく、原子力を批判し、電力・エネルギー自由化を過度に賛美する傾向があった。今回の報道もその流れの一つに見える。経済専門紙なのだから、経済の最前線にいる電力業界人を唸らせる記事を世に出してもらいたいものだ。

この日経の報道は一例だが、電力会社は理不尽な批判に直面し続けている。せめて、今回のような危機の時には、電力会社を応援するべきではないだろうか。批判ばかりでは、何ごとも作り出せないどころか、当事者の意欲を失わせてしまうだけだろう。

【目安箱/2月20日】原発稼動は高くつく? 女川原発を巡る奇妙な報道


既存の電力会社は報道と社会との関係で大変だと思う。福島事故以来、業界の真面目さ、電力システム維持の努力などの良い話はメディアに伝えられず、評価する声も目立たない。メディアは原子力を巡る粗探しばかり報じる。そして時には、嘘まで伝える。また一つ、がっかりする報道があった。

◆河北新報と専門家の奇妙な東北電力批判

宮城県を中心に発行されている地方紙の河北新報が、1月28日に「原発費用 電気料金底上げ 東北電女川2号機再稼働しても…引き下げ効果の約4倍に」との記事を掲載した。

内容は以下の通りだ。

▼東北電力の原発施設の維持費用は年間1617億円になる。維持・管理コスト、それに使われる電気代を合算した。2023年6月に同社は規制されている一般向け料金の値上げをしたが、その際の申請書類で示された23年初頭の数字だ。また同社は東京電力の柏崎刈羽原発と日本原電の東海第二発電所からこれまで電気を購入していたが、いずれも停止中で受電料がゼロなのに272億円支払っている。

▼東北電力は、現在準備中の女川原発の2号機の再稼働で、同社が主張する料金効果の引き下げ効果を372億円としている。維持費用の1617億円は、この引き下げ効果の4倍で原発を稼動させない方が良い。

▼標準家庭は、使用電力量が月260kW時である。これで試算すると、料金引き下げ効果は140円、原発を維持することによる費用は月額611円だ。

▼これは消費者庁の電力価格アドバイザーを務める龍谷大学の大島健一教授の試算によるものだ。

◆比較対象がおかしい

これはかなり変な意見だ。順番に指摘してみよう。

第一に、比較のおかしさだ。この原稿は、これから行う新たな企業活動による「料金原価の低減効果」と、現在の「料金原価そのもの」を比較している。金額の比較として適切ではない。比較するならば、新たな企業活動を行った場合とそうしなかった場合の料金原価の比較をするのが妥当だろう。

372億円の原子力発電所を動かす効果の数字の意味は、再稼働による燃料費の減少試算(いわゆる炊き減らし)の811億円から、新たな再稼働に必要な費用年439億円を引いた数字である。

それぞれ数字の解釈は、「原子力には23年初頭時点で1617億円の費用が、止まっても掛かっている。追加費用を439億円掛けて原子力発電所を動かすことで811億円の燃料費が減る。それでも372億円の削減効果がある」と解釈するべきだろう。

例えてみよう。発電単価10円の火力発電、発電単価6円の原子力発電があったとしよう。この原稿は、置き換えた場合に「4円が下がる」という事実と、「発電単価は6円」という数字を比較している。この場合は「10円」と「6円」を比較するべきだ。企業活動で、投資による固定資産、費用は、収入と利益を産むために必要だ。資産である原子力発電を使わないで置いておく損を、この記事では考えていない。

第2に、原子力の再稼働の経済性の評価がおかしい。この経費は、決して固定的ではない。記事は、止まっている他社の原子力発電所への経費負担を批判している。東電、日本原電ともに、東北電力に売電する原子力発電所の近日中の再稼働を予定している。すると、これまでの経費が生きて、原子力による安い大量の電気が使えることになる。さらに、火力の燃料費、東北電力の場合の LNGは、国際的に価格が大きく動く。上記経費は2023年初頭のままではない。すぐに変わる可能性が高い。

第3に、電源の評価は、安全保障、経済性、環境、安全(S+3Eと言われる)の観点から多角的に考える必要がある。原子力発電はCO2や大気汚染物質を出さない。これを動かすことで、カーボンニュートラルや大気汚染対策に役立つ。

以上の点から、この河北新報の記事はかなりおかしいものだ。河北新報の記者は企業活動も、エネルギー政策も理解していないらしい。

◆メディアは経済を考え、原子力に向き合ってほしい

そしてこのような記事は、原子力とエネルギー、経済に悪影響しかもたらさないだろう。東北電力の安定した経営、それに役立つ原子力発電の活用は、電気料金を引き下げる。これは東日本大震災の復興から次のステップに移行するために必須だ。

九州では、原子力発電の活用による電気料金の抑制が経済効果をもたらし、熊本での台湾企業TSMCの工場新設の一因にもなっている。

東北の未来を考えるなら、単純な反原発の意見に、不勉強のまま飛びつくべきではない。経済と社会効果の視点から、エネルギー問題、日本経済のことを真剣にメディアは考えてほしい。地域に根ざす地方メディアならなおさらだ。

【メディア論評/2月20日】COP28巡る論調〈下〉交渉結果の前段を読む


ところで、COP28の交渉結果を見るに際して、G7広島首脳コミュニケや議長国からのレターなど、その議論の前段階として参考となるいくつかの事項に触れておきたい。    

◆G7広島首脳コミュニケ(23年5月20日)~

今回、岸田首相は、G7議長国としてCOP28に出席することになった。その「G7広島首脳コミュニケ」で気候変動、環境、エネルギー分野で表明された内容はどのようなもので、COP28にどのようにつながったかという視点で見ておく。

<G7広島首脳コミュニケ 本文及び骨子より~> (抜粋)

◎気候〈我々の地球は、気候変動、生物多様性の損失及び汚染という3つの世界的危機、並びに進行中の世界的なエネルギー危機からの未曽有の課題に直面している。我々は、この勝負の10年に行動を拡大することにより世界の気温上昇を摂氏1.5度に抑えることを射程に入れ続け、2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させ、エネルギー安全保障を確保するとともに、これらの課題の相互依存性を認識し、シナジーを活用することで、パリ協定へのコミットメントを堅持する。我々は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)及びその第6次評価報告書(AR6)の最新の見解……を踏まえ、世界のGHG排出量を2019年比で2030年までに約43%、2035年までに約60%削減することの緊急性が高まっていることを強調する。我々は、国が決定する貢献(NDC)目標の達成に向けた国内の緩和策を早急に実施し、……我々の指導的役割、また、すべてのG7諸国において排出量が既にピークを迎えたことに留意し、……すべての主要経済国が果たすべき重要な役割を認識する。2030年の国が決定する貢献(NDC)目標または長期低温室効果ガ ス排出発展戦略(LTS)が、摂氏1.5度の道筋 及び 遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標に整合していないすべての締約国、特に主要経済国に対し、可及的速やかに……2030年NDC目標を再検討及び強化し、LTSを公表または更新し、遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標にコミットするよう求める。〉

 <参照1>電気新聞23年10月27日付〈橘川武郎 国際大学学長〉〈2035年 2019年比60%削減〉〈……日本はG7の開催国として、(上記の)新しい削減目標を事実上「国際公約」したことになる。日本のそれまでの国際公約は「2030年に温室効果ガスの排出を2013年比で46%削減する」というものであった。2013年度から2019年度にかけて、わが国の年間温室効果ガス排出量は……14%減少した。14%減少した年間温室効果ガス排出量をさらに60%削減するというのであるから、これは大事(おおごと)である。「2035年GHG2019年比60%削減 」という新しい国際公約は「2013年」比に換算すると、「66%削減」を意味する。期限が2030年から2035年へ5年間延びるとはいえ、削減比率は46%から66%へ20ポイントも上積みされるからである。日本の多くの企業や自治体は、政府のこれまでの「2030年GHG2013年比46%削減」目標に平仄を合わせるか、若干上積みするかして、……カーボンニュートラルを目指す中長期計画を策定してきた。……ところが、政府が「2035年GHG 2019年比60%削減」目標を新たに国際公約したことによって、状況は一変する。多くの企業や自治体は、カーボンニュートラルにかかわる中長期計画の目標値を大幅に引き上げざるをえなくなる。……〉  

(コミュニケ本文に戻る)◎気候 (続き)〈〇グローバル・ストックテイク……我々は、COP28における第1回グローバル・ストックテイク(GST)の最も野心的な成果物を確保するために積極的に貢献することにコミットし、その結果が、緩和、適応、実施手段と支援にまたがる、強化された、即時かつ野心的な行動につながるべきである。〇トランジション・ファイナンス 我々は各国の状況を考慮し、多様かつ現実的な道筋を通じた移行を支援するとともことを含め、排出削減を加速するために、開発途上国及び新興国に関与する。2020年から2025年にかけて年間1000億米ドルの気候資金を合同で動員するという先進締約国の目標に対する我々のコミットメントを再確認する。特にクリーン技術や活動の更なる実施及び開発に焦点を当てた民間資金を含む資金を動員することの重要性を強調する。我々は、カーボン・ロックインを回避し、効果的な排出削減に基づいているトランジション・ファイナンスが、経済全体の脱炭素化を推進する上で重要な役割を有することを強調する。〉

<参照2>トランジション・ファイナンス推進に向けた取組23年11月経産省事前レク資料〈・パリ協定実現のためには、再エネを中心とする「グリーン」のみならず、省エネやエネルギー転換など着実な低炭素化を実現する「移行(トランジション)」が重要。・トランジション・ファイナンスの市場環境整備のため、これまで基本指針及び分野別技術ロードマップの策定、モデル事業・補助事業を実施。結果として、累計調達額は1兆円を超える規模に市場が成長。〉

(コミュニケ本文に戻る)◎環境〈我々は、持続可能で包摂的な経済成長及び発展を確保し、経済の強靭性を高めつつ、経済及び社会システムをネット・ゼロで、循環型で、気候変動に強靭で、汚染のない、ネイチャーポジティブな(生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること)経済へ転換すること、及び2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させることを統合的に実現することにコミットする。〇生物多様性 我々は、人間の幸福、健全な地球及び経済の繁栄の基礎となる、生物多様性の損失を2030年までに止めて反転させるための歴史的な昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の採択を歓迎し、その迅速かつ完全な実施と各ゴール及びターゲットの達成にコミットする。すべての署名者に対し、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の下での彼らのコミットメントを迅速に実施し、途上国に対して支援を提供できるよう用意することを求める。我々は、自然に対する国内及び国際的な資金を2025年までに大幅に増加させるというコミットメントを改めて表明する。〉

<参照3>〈日経新聞23年8月15日付寄稿〉〈和田篤也 環境事務次官〉〈今年、G7広島サミット、G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合が開催されました。そこでは、ネット・ゼロ、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの統合的な実現の重要性が再認識されたところです。政府においても、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」や「新しい資本主義実行計画」に、この3つの課題に向けた取組みが位置づけられました。……特にネイチャーポジティブは生物多様性をネット・ゼロと一体的に取り組むべきビジネス課題と位置付けて事業活動に組み込んでいく動きが加速する中、国際的にも注目されています。生物多様性の損失や自然資本の劣化が事業継続性を損なうリスク、あるいは新たなビジネスを生み出す機会として認識されつつあるのです。 〉

(コミュニケ本文に戻る)◎エネルギー〈我々は、エネルギー安全保障、気候危機及び地政学的リスクに一体的に取り組むことにコミットする。ロシアのウクライナに対する侵略戦争による現在のエネルギー危機に対処し、遅くとも2050年までにネット・ゼロ排出という共通目標を達成し、同時に、エネルギー安全保障を高める手段の一つでもあるクリーン・エネルギー移行を加速することの現実的かつ緊急の必要性及び機会を強調する。我々は、各国のエネルギー事情、産業・社会構造及び地理的条件に応じた多様な道筋があることを認識しつつ、気温上昇を摂氏1.5度に抑えることを射程に入れ続けるために、これらの道筋が遅くとも2050年までにネット・ゼロという共通目標に繋がることを強調する。〉

<参照4>〈小山堅 日本エネルギー経済研究所専務理事・主席研究員〉〈G7広島サミットの成果と日本の課題〉〈「我々は、各国のエネルギー事情、産業・社会構造及び地理的条件に応じた 多様な道筋があることを認識しつつ」という部分は、今回の合意の最重要部分。G7気候・エネルギー・環境大臣会合(札幌)で提示された重要な原則「多様な道筋、共通のゴール」をそのまま引き継ぐ形で提示された。欧米からの「上から目線」の「一本の道筋」を押し付けるのでなく、各国の国情を踏まえた対応を認めることは、エネルギー転換のコストを抑制しつつ、グローバルサウスとの連携を強めるアプローチになる。 世界の分断という現実を踏まえ、地政学的に極めて重要な意味を持つことになる。〉

(コミュニケ本文に戻る)◎環境(続き)〈〇省エネ、再エネ 我々は、現在と過去のエネルギー危機への対処の経験を通じて、「第一の燃料」としての省エネルギー及びエネルギーの節減の強化並びに需要側のエネルギー政策の発展の重要性を強調する。我々はまた、再生可能エネルギーの実装や次世代技術の開発及び実装を大幅に加速させる必要がある。〇水素・アンモニア 我々は、低炭素及び再生可能エネルギー由来の水素並びにアンモニアのような派生物は、摂氏1.5度への道筋と整合する場合、産業及び運輸といった特に排出削減が困難なセクターにおいて、セクター及び産業全体の脱炭素化を進めるための効果的な排出削減ツールとして効果的な場合に、……開発及び使用されるべきであることを認識する。〇石炭火力、カーボンリサイクル 我々は、……国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズアウトを加速するという目標に向けた、具体的かつ適時の取組みを重点的に行なうというコミットメントを再確認し、他の国に対して我々に加わるよう要請する。……公正な方法でクリーン・エネルギー移行を加速するため、排出削減対策が講じられていない新規の石炭火力発電所のプロジェクトを世界全体で可及的速やかに終了することを他国に呼びかけ、協働する。……我々は、二酸化炭素回収・有効利用・貯蔵(CCUS)/カーボンリサイクル技術が、他の方法では回避できない産業由来の排出を削減するための脱炭素化解決策の幅広いポートフォリオの重要な要素となりうること、また、強固な社会及び環境面のセーフガードを備えた二酸化炭素除去(CDR)プロセスの導入が、完全な脱炭素化が困難なセクターにおける残余排出量を相殺する上で不可欠な役割を担っていることを認識する。〇LNG クリーン・エネルギー移行を加速させることの主要な必要性を認識しつつ、……ロシアのエネルギーへの依存からのフェーズアウトを加速すること、及びエネルギー供給、ガス価格及びインフレーション、並びに人々の生活へのロシアによる戦争の世界的な影響に対処することが必要である。この文脈において、我々は、液化天然ガス(LNG)の供給の増加が果たすことのできる重要な役割を強調するとともに、ガス部門への投資が、現下の危機及びこの危機により引き起こされ得る将来的なガス市場の不足に対応するために、適切であり得ることを認識する。〉

<参照5>〈小山堅 日本エネルギー経済研究所専務理事・主席研究員〉〈G7広島サミットの成果と日本の課題〉〈エネルギー安全保障問題のハイライトの一つはガス・LNG問題。グローバルサウスへの配慮や気候目標との整合性確保に言及しつつ、「我々は、液化天然ガス(LNG)の供給の増加が果たすことのできる重要な役割を強調するとともに、ガス部門への投資が、現下の危機及びこの危機により引き起こされ得る将来的なガス市場の不足に対応するために、適切であり得ることを認識する」との合意を取り付けた。〉

◆UAE ジャーベルCOP28議長から事前に各国に宛てたレター 2023年10月 (23年11月経産省事前レク資料)

〈〇グローバル・ストックテイク 今年は最初のグローバル・ストックテイク(GST)を行うパリ協定実施の重要な年。気候野心サミットは、グローバル・ストックテイクに関する成果物を検討するハイレベル・イベント開催のプラットフォームとして機能する。各国リーダーが、行動、支援、国際協力の強化に関する機会と課題を特定し、重要な政治的メッセージを提供することを期待。〇緩和 COP28の成果の中心であり、1.5度を射程に持ち続けるために重要。我々は明日のエネルギーシステムをどう構築するかを考えなければならない。そして、利用可能なあらゆるソリューションや技術の実装拡大などを通じて、今世紀半ばまでに排出削減対策の講じられていない化石燃料から脱却する未来のエネルギーシステムに向けて取り組まなければならない。〇ロス&ダメージ 優先事項の一つとして、新しい基金と資金アレンジメントが早期に創設・運用されることを確保する必要あり。〇議長国行動アジェンダ エネルギー移行の加速化 *すべての化石燃料の需要と供給のフェーズダウンは重要。今世紀半ばまでに実現する排出削減対策の講じられていない化石燃料から脱却したエネルギーシステムに向けて取り組む必要性があり、特に、石炭に関しては優先度を持って行動が必要。一方で、エネルギー安全保障、経済性、そしてアクセシビリティを確保しながら、実現する必要もある。*世界の再生可能エネルギー容量を3倍(2030年までに11TWに到達)とし、エネルギー効率を世界年平均で2倍(2030年までに4%に到達)とすることについて、すべての締約国に対し誓約(pledge)に参加することを求める。*再エネ3倍・エネルギー効率2倍の実現と、排出削減対策の講じられていない石炭火力の新規認可の終了は、化石燃料の需要のフェーズダウンを可能にし、1.5度を達成可能な範囲に留めるために不可欠。〉

〈参照〉環境省幹部の振返り23年12月談〈〇合意内容について〈グローバルストックテイク(GST)を議論するタイミングで、今回の内容に取り纏めることが出来たことは本当によかった。GSTは地球全体で考えないといけない話であり、「みんなでしないといけないけれど、どうする?」という話だ。そうであれば自ずと、ソリューションにハイライトがあたる。そうすると、まずは再エネをみんなでしましょう、その次は省エネをしましょう、となる。「エネルギー効率」という言葉も今回初めてでてきた。e-fuelや原子力、CCUSまで書いてある。日本が入れ込んだというよりも、結局はソリューションを示す国が日本しかなく、日本の取組み以外にネタがないから、日本の主張するソリューションが評価されて、全て書かれることになったというのが正しい理解だ。この頃はメディアに対しても、「1.5度目標なんて出来ないと思っていたけれど、最近は産業界がいろいろソリューションを出してくれるので、もしかしたら1.5度目標は一旦置くとしても、2050年カーボンニュートラルは出来るかもしれない。日本の技術が流布されるならば1.5度目標もありだな、と思っている」と言っている。メディアも最近では技術を勉強して、ソリューションについて書き始めている。今はペロブスカイト発電や洋上風力、蓄電池がハイライトされており、今後もっと多くの記事が出てくると思っている。〉

年が明けて、日経電子版で「温暖化対策、旗振るべきは経済産業省か環境省か」という記事が出た。あえて、ほぼ全文を引用する。                                                  

〇日経電子版24年1月14日付〈霞が関ノート〉〈霞が関での地球温暖化対策の旗振り役は、環境省なのだろうか。経済産業省なのだろうか。〉〈……COP28が開かれた。化石燃料や再生可能エネルギーなどが注目を浴びた「エネルギーCOP」での主役は経済産業省だ。象徴的だったのが成果文書に入った「transitioning away from fossil fuels」という文言の訳し方だ。メディアはawayの言葉に着目した。化石燃料から離れるなら「脱却」となる。伊藤 信太郎 環境相は記者団にこう話した。「化石燃料からの移行に言及する文書が公表されたことは大変重要だ」。移行なら脱却とはニュアンスが違う。見解を求めた記者団に経産省の官僚がこう答えた。「この10年間は非常に重要な期間でしっかり頑張るものとして定められた」。移行という訳が正しいというわけだ。日本は多くの原子力発電所が再稼働せず、再生エネの導入も遅れている。電源は石炭や天然ガスの火力発電に依存する。脱却ではなく移行を目指すというのは経産省の意見だ。世界各国が「脱却」の方策を競っても、日本は足元では対応しきれない。経産省はエネルギー業界の意見に配慮せざるを得ない。では、環境省は誰の意見を誰に発信するのか。立ち位置の曖昧さが垣間見えた場面もある。伊藤氏はCOP28で中国の解振華・気候変動問題担当特使とは会談する予定があったが、直前に相手が趙英民・生態環境部副部長に差し替わった。会場からはケリー米大統領特使(気候変動問題担当)が出てきたため、解氏と面会したのではないかとみられている。環境省幹部は「趙氏は代表団長なので伊藤氏と同格だ」と語る。出張したUAEは暑い国で、COPの会場は空調が効きすぎなほどひんやりしていた。霞が関にある中央省庁のビルは生真面目なほど温度管理を徹底している。環境省はもっと懸命に、日本の温暖化対策の努力を説明すべきではないか。もどかしさが募った。〉

ジャーナリスト 阿々渡細門

【メディア論評/2月12日】COP28巡る論調〈上〉「~ away from」どう解釈!?


◆COP28の交渉結果

COP28は昨年11月30日~12月13日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された。今回の会議ではいくつかの成果事項があった。パリ協定の目的達成に向けた世界全体の進捗を評価するグローバル・ストックテイク(GST)に関する決定、ロス&ダメージ(気候変動の悪影響に伴う損失と損害)に対応するための基金を含む新たな資金措置の制度大枠に関する決定などが採択された。(以下は環境省、外務省資料などから作成)

〇グローバル・ストックテイク(GST)に関する決定

参考=第1回グローバル・ストックテイ。2023年に第1回を開催。その後は5年に1度、世界全体のパリ協定の実施状況を評価。(パリ協定第14条)。先進国や島しょ国は、各国の定める「2030年目標(NDC)」や「長期目標」は、「1.5度目標」に整合的であるべきと主張。日本は既に「1.5度目標」に整合的。(23年11月経産省事前レク資料) ←環境省幹部(23年12月談)「日本はオントラック」という点をCOPで訴求しようと、経産省と一緒に官邸にもあげた。官邸の受けも良く、岸田首相はCOPにおいて「ジャパン・イズ・オントラック」と述べた。これはインパクトがあり、日本叩きがしづらい状況になった。

<決定事項>

●1.5度目標の達成に向けて25年までの排出量のピークアウト

●全ガス・全セクターを対象とした野心的な排出削減

●各国の判断、事情等を考慮して行われる世界的努力への貢献

・世界全体で再エネ発電容量3倍・省エネ改善率2倍

・排出削減対策が講じられていない石炭火力発電の逓減加速

・エネルギー部門の脱・低炭素燃料の使用加速

・化石燃料からの移行

・再エネ・原子力・CCUSなどの排出削減・炭素除去技術・低炭素水素等の加速

・メタンを含む非CO2ガスについて30年までの大幅な削減の加速

・交通分野のZEV・低排出車両の普及を含む多様な道筋を通じた排出削減

・非効率な化石燃料への補助のフェーズアウトなど 

 〇ロス&ダメージ

 COP27で設置が決定されたロス&ダメージに対応するための基金を含む新たな資金措置を運用化するための決定が採択。基金については、気候変動の影響に脆弱な途上国を支援の対象とすること、世界銀行の下に設置すること、先進国が立ち上げ経費の拠出を主導する一方、公的資金、民間資金等のあらゆる資金源から拠出を受けることなどを決定。

◆COP28閉幕後の記事掲載状況

これに対して、閉幕直後の全国紙は、会議の中で合意に至るまでに激しいやり取りがあった脱化石燃料についての議論を中心に記事掲載した。(一部を紹介)

〇日経新聞23年12月15日付〈COP28 「化石燃料脱却」初の明記〉〈大幅削減 道は見えず〉〈曖昧さ残す「歴史的合意」〉〈……COP28は「化石燃料からの脱却」を成果文書に盛り込む「歴史的な合意」(欧米メディア)を得て閉幕した。化石燃料の削減を促す方針を明記したのは初めてだが、大幅削減への道筋は曖昧でもある。実効性を持たせられるかが試される〉〈「化石燃料時代の終わりの始まり」。国連はCOP28の終幕時にこう総括した。これまでのCOPは石炭火力発電の段階的削減を打ち出したが、すべての化石燃料の扱いは言及していなかった。多くの欧米メディアは肯定的な見出しで報じた。……当初案にあった「化石燃料の段階的廃止」の明記は、サウジアラビアなど中東産油国からの猛反発で見送った。成果文書の前の案にあった「減らす」という文言からは表現は強まったが、廃止は実現できなかった。1.5度目標の達成には温暖化ガスを2030年までに10年比で45%減らし、今世紀半ばにゼロにする必要がある。今回の案では30年に具体的にどれだけ化石燃料を減らすか定かではない。……国連は化石燃料の使用削減を訴えるが、二酸化炭素など温暖化ガスは増え続けている。……1.5度の達成には不十分だが200カ国・地域が温暖化ガス削減目標を共有する意義は大きい。〉

〇毎日新聞 見出しのみ*23年12月14日 付1面〈脱化石燃料化、初の合意〉〈「温室ガス35年6割減」明記 COP成果文書〉22面〈化石燃料時代の終わり〉〈COP28合意 意義大きく〉*23年12月15日付「検証」コーナー〈脱化石燃料 薄氷の合意〉〈COP28産油国に配慮 実効性課題〉〈日本 交渉で薄い存在感〉*23年12月22日付「オピニオン 記者の目」コーナー〈COP28「化石燃料脱却」合意〉〈日本も実現への道筋示せ〉

こうした記事傾向について、経産省時代にはCOP交渉にも携わった有馬純・東京大学公共政策大学院特任教授は次のように評価、指摘する。

〇産経新聞24年度1月15日付「正論」コーナー〈ドバイで行われたCOP28に参加したが、元交渉官としての経験に照らし、評価できる点とできない点がある。報道の多くは「化石燃料からの移行」が初めて書き込まれたことを歴史的成果としている。しかし温室効果ガス削減のための世界的な取り組みとして列挙された8項目の1つであり、これだけを特筆大書するのはバランスを欠く〉〈それ以外にも2030年までに世界の再エネ設備容量3倍、エネルギー効率改善率2倍、ゼロ・低排出技術(再エネ、原子力、炭素回収・利用・貯蔵=CCUS=等)の導入加速、ゼロ・低排出自動車等を含む様々なやり方による道路部門の排出削減が含まれる。新聞は報道しないが、再エネと並んで原子力、CCUSが加速すべき技術として認定されたこと、エネルギー安全保障を確保しつつエネルギー転換するための移行燃料(天然ガス等)の役割が書き込まれたことも史上初めてだ。COP28の成果として特筆大書すべきなのは、これらの取り組みを「それぞれの国情、道筋、アプローチを考慮し、国ごとに決定された方法で行う」としたことだ。COPの世界では「再エネは推奨するが、原子力、CCUSは排除すべき」といった偏頗な議論が幅を利かせてきた。しかし脱炭素化という方向性を共有しつつも、経済発展段階、化石燃料生産国と輸入国など各国の置かれた状況は様々で排出削減の道筋も異なる。評価できない点は世界の気温上昇を「1.5度」に抑える目標の呪縛である。〉〈合意文書にはIPCC第6次評価報告書を踏まえ、1.5度目標を達成するためには世界の温室効果ガス排出量を2025年にピークアウトさせ、19年比で30年に43%削減、35年に60%削減が必要、といった数値が盛り込まれた。……しかし、そのためには23~30年で年率9%、30~35年で年率7.6%の削減が必要だ。……今後の排出削減のカギを握る中国、インド、ASEAN等の新興国・途上国がそれに見合った目標を出す可能性はゼロに等しい。……COP28では化石燃料フェーズアウト(段階的廃止)が最大の争点となった。低炭素化、脱炭素化に向けたエネルギー転換が進むことは間違いない。しかし1.5度目標、50年カーボンニュートラルから逆算して急速な排出削減経路から割り出し、化石燃料の新規投資を排除せよと主張するのは化石燃料が世界の8割を占める現実から乖離しており、……1.5度目標は死んでいるに等しい。……〉

【記者通信/2月7日】23年度新エネ大賞決定 応募・受賞数が過去最多


新エネルギーに関する機器開発、設備導入、普及啓発に貢献した取り組みを表彰する「新エネ大賞」(主催:新エネルギー財団)の受賞式が1月31日、東京・有明で開かれ、過去最多の応募数83件の中から25件が受賞した。受賞数も過去最多だ。最高位の経済産業大臣賞には、パナソニックホールディングス(HD)、パナソニックエナジー、FDの3社による新たな太陽光発電導入方式の取り組みが選ばれた。次点の資源エネルギー庁長官賞は、ビオクラシックス半田、にじまちの2社による「地域バイオマス資源を活用した脱炭素型地域内循環の創出」。このほか、新エネルギー財団会長賞が20件、審査委員長特別賞が3件という結果だった。

新エネ大賞の受賞者が勢ぞろい

経産大臣賞を獲得したパナソニックHDなど3社が開発したのは、特別高圧受電の大規模工場に太陽光発電を導入する際、工事費を大幅に抑制する新たな手法だ。一般的な方式では、地絡事故が発生した際、逆潮流が起きないように瞬時に発電停止の指令を出す「地絡過電圧継電器(OVGR)」を特高部に設置することが必要。これがない場合は、大掛かりな設備改造が求められる。

経産大臣賞を受賞したパナソニックHDなど3社(赤バラのリボン)

一方、本件は2MW級の太陽光発電を自社工場に導入するに当たり、高圧側に高速作動する「デジタル式逆電力継電器」を設置することで、変電所の大幅な改造工事を必要とせず、系統事故時に求められる3秒以内の発電停止を実現した。これにより、工事費の2億円削減、工期の約1年短縮という成果を生み出した。発電設備は昨年4月に稼働を開始。電力購入契約(PPA)によって年間約2000万円の電気代削減、年間1000tのCO2削減を見込んでいる。

今回の受賞では、工事費の大幅な削減や工期の短縮化を実現する先進性、独創性ある取り組みとして高い評価を受けた。ちなみに日本全体の特高受電契約件数は約1万1200件。同様のケースで今回実証したシステムを活用すれば、スピーディーな新エネ導入促進に寄与する可能性がある。3社は、パナソニックの他工場でも同様の効果が期待されるとして導入を検討中だ。

太陽光・バイオマスが7割超 脱FIT・FIP傾向も

今年度の応募傾向として、新エネ分野のうち、太陽光分野が38件と全体の4割以上を占めた。ただ、蓄電池や周辺機器の普及に向けたビジネスモデルが多く、独創性のある新技術の開発は少なかったという。次に応募が多かった分野は、バイオマス分野で、太陽光と合わせると全体応募数の約7割を占める。ここ数年、この2分野が過半数を占める傾向が続いている。

審査委員会委員長を務めた内山洋司氏(筑波大学名誉教授)は、FIT(固定価格買い取り制度)・FIP(市場連動価格買い取り制度)に依存しない新しいビジネスが展開されたことは望ましいとしつつも、「太陽光パネルの多くは輸入品で、これでは日本の産業が育たない。もっと力を入れて普及啓発に努めていく必要がある」と強調した。50年カーボンニュートラル実現に向け、新エネルギーに係る開発技術や知見が一堂に会する「新エネ大賞」からますます目が離せない。

【書評/1月31日】従来の芭蕉論を超えた新人物像を提示する力作


江戸時代前期、それまで言葉遊びに過ぎなかった俳諧を、人生観や哲学を十七音で表現する文学へと昇華させ、俳句の源流を確立した“俳聖”松尾芭蕉。日本各地を旅し多くの作品を残した。中でも、晩年に奥州、北陸道を巡り記した紀行文『おくのほそ道』はあまりにも有名だ。それだけに、各時代の研究者によって研究しつくされてきた同作だが、昨年11月、これまでの芭蕉研究に一石を投じる力作、「もう一人の芭蕉――句分百韻でたどる曾良本『おくのほそ道』」(平凡社)が出版された。

A5版、506頁、定価4950円(税込み)。全国の大手書店やネット書店で販売

上梓したのは、大阪ガスの副社長を務めるなどエネルギー業界に多大な貢献をした有本雄美氏。序文の「面八句を庵の柱に掛置」という言葉をヒントに、同作全編が連歌の伝統である(一巻が百句で成り立つ)「句文百韻」という形式を踏まえたものではないかとの仮説を提示。これを裏付けるために、原本の一つである「曾良本」に残された芭蕉自らの朱筆から推敲の形跡を丹念にたどりながら分析することで、従来の芭蕉論を超えた「もう一人」の芭蕉像を明らかにしている。

本書は大きく、①分析の手法を明示する「立証編」、②それぞれの分析内容を吟味する「内容編」、③さび、不易流行、しほり、かるみという芭蕉が到達した境地を考察する「俳論編」――という3篇で構成。あたかも推理小説をたどるような展開で、読者を惹き付ける。

〈『おくの細道』は百韻で構成されている。「表八句を柱にかけおく」とした序文の謎を、実証的に解き明かす意欲作。これまでの研究にはない、新しい芭蕉の姿が見えてくる。「面八句を庵の柱に懸置」。奥の細道への芭蕉の旅立ち、また著者の芭蕉への旅立ち、その端緒となるひと言です。「面八句」が百韻連句の冒頭であることに目をとめ、『奥の細道』全篇を百韻形式と見定めて、全作をこの定型に沿って読み解こうと構想された一書。この名作紀行文にどう向き合うか、読者が試される新たな刻がやってきた〉。国文学者の藤田真一・関西大学名誉教授は、平凡社のウェブサイトで、本書に対しこんなコメントを寄せている。

有本氏は、大阪ガス退社後の2007年に関西大学文学部に入学。12年に同大大学院文学研究科を修了し、大学院文学研究科修了。同著の執筆には6年の歳月をかけたという。同著を手に取り、著者とともに新しい芭蕉を探す旅に出てみては。

【目安箱/1月31日】トップが相次ぎ不祥事辞職 ENEOS社風の功罪


国内石油・エネルギー業界の雄、ENEOSホールディングス(HD)。資源高と多角化投資が当たり、業績は好調だが、斉藤猛社長(当時)が女性にセクハラ行為をしたとして、昨年12月に解任された。同社は昨年も杉森務会長(当時)がセクハラ行為を一因に辞任した。同社は活力ある社風が知られるが、その裏側に「有能で仕事さえできればいい」といった考えがなかったか。これを「他山の石」として、エネルギー業界は自らを見直すきっかけにしてはどうか。

◆連続不祥事もコンプライアンスは機能

その斉藤氏は、昨年末、泥酔状態で、懇親会の席で女性に抱きついた。それが内部通報で発覚し、取締役会に報告され、12月に解任に至った。そのセクハラ行為の詳細は公表されていない。女性の立場も分からない。社長解任の記者会見には斉藤氏本人、役員は出席せず、社外取締役や調査をした委員会の弁護士のみが出席し、斉藤氏の「女性に謝罪し、深く反省する」という趣旨の短いコメントがあるのみだった。

会長だった杉森氏は22年7月に沖縄での代理店を交えた酒席で、ホステスに絡み、暴行したとされる。その様子が、週刊誌で報道された。関係者によると、杉森氏は個人的な病気もあったが、同月辞職をした。この時、内部通報を通じて状況を知った斉藤社長が、杉森氏に辞任を迫ったという。

同じ過ちで首脳部が辞職するのは、前代未聞だ。しかも、女性に対するセクハラ、暴力も異常である。仮に接客業の女性に対して、また酔った状況としても絶対に許されない。

それでも、ENEOSはトップのセクハラ行為を発見し、コンプライアンスの仕組みが機能して、組織の問題を是正できた。人による管理ではなく、仕組みやルールによる管理を行った。問題を起こした経営層もそれに従った。同社の経営に、健全な面が残っているということだろう。

◆営業至上主義の組織文化、逆に古さが残る

淘汰の進むガソリンスタンド分野において、ENEOSは元売りトップで、その主導権を握る。米国の有名投資家のピーター・リンチは「負け組市場のチャンピオンの株を買うべきだ。彼らは、そうした市場で生き残るしたたかさを身につけ、残った市場も支配できる」との言葉を残している。

さらにいち早く多角化で向き合った金属分野、石油・LNGでの海外の採掘事業では利益を確保。水素燃料電池も世界のトップランナーにいる。いずれの分野でも業績は好調だ。

同社の強さの秘けつは、人材かもしれない。同社幹部は社外では「仕事ができ、社交的な明るい人ばかり出会う」(電力)と評価が高い人が多い。杉森氏も経団連副会長、そして気候変動問題では、行き過ぎた環境保護の動きに正論を述べて反対し、財界、政界の評判は高かった。

一方で、同社の長所は立場を変えると、別の姿にも見える。ある社員は、「外部には良い面ばかりが目立つが、内部から見ると営業成績至上主義、パワハラ・セクハラ気質のある『昭和の体育会的ノリ』の幹部が多い。典型的な人が退任した杉森会長で、彼の引き立てた首脳部は同じ雰囲気の人が少なくない。宴席などでは、そんな姿が出てしまう」(中堅幹部)という。

斉藤社長が辞職したため、旧東燃ゼネラル石油出身の宮田知秀副社長が暫定的に社長事務を代行し、4月までに社外取締役、外部委員などで社長と取締役を決める。しかし「人事を根底から変える必要がありそうだが、杉本派と斉藤社長が対立している噂が出ていた。彼らが一新されて、会社が生まれ変わる好機もしれない」(同)との声も出ている。

◆古いビジネス感覚一掃の契機に

組織の強みは、逆に弱点でもある。そして、うまくいっているためにその現状をなかなか変えられない。またかつては許されたことが、時代の変化に適合しなくなる。これは、どの会社、組織でも見られることだ。ENEOSのような巨大企業にとって、進路を急に変えることはなかなか難しかったのかもしれない。

しっかりした、真面目な人が多い、エネルギー業界でも、組織の病に見えるような、人の問題、おかしな意思決定は時々、見たり、聞いたりする。しかも、古い会社が多いので、昔のビジネスの価値観が残っている場合も多い。ENEOSの光と影を見つめて、『他山の石』として、エネルギー会社は自らの社業を見つめ直すきっかけにしてもいいだろう。

【論考/1月26日】燃料油補助を考える〈下〉「所得移転」が支援の本筋


ガソリン税・本則税率は60年前の制度

ガソリン税(揮発油税及び地方揮発油税)を特例税率1ℓ当たり53.8円から本則税率28.7円へ、軽油引取税も特例税率32.1円から本則税率15.0円へと、それぞれ25.1円 、17.1円引き下げるべきとの意見が、特に野党から強く出されている。連続3カ月でガソリン平均小売価格が160円を超えると本則税率が適用される、いわゆる「トリガー条項」の発動。あるいは、特例税率そのものを廃止。いずれの手法も、実質的な効果では変わりなかろう。一旦「トリガー」が引かれると、特例税率の再適用には、連続3カ月で(本則税率での)ガソリン平均小売価格が130円を下回らねばならない。直近でこの条件を満たしたのは2021年・第2四半期だが、当時の原油輸入単価は1バレル67ドル、為替レートは1ドル109円。いずれも今日の水準から遠い。

この本則税率は1964年に第3次池田内閣のもと、第4次道路整備5カ年計画の財源確保のため定められた。その後に暫定税率として3度引き上げられ、その最後は第二次石油危機が進行中の1979年6月、第1次大平内閣による、ガソリン税及び軽油引取税の25%(それぞれ10.7円、4.7円)引き上げである。過度な財政負担の回避と安定的な道路財源の確保が目的とされた。以来約45年間、2008年4月に一時的に本則税率が適用された以外は、税率は据え置かれてきた。

これに対し、例えばドイツの場合、ガソリン燃料税は1986年から2003年までに約3倍引き上げられて1ℓ当たり65.5ユーロセントとなり、現在も同率である(ただし、22年6〜8月は35.9ユーロセント)。これは21年平均で85円、2023年では99円に相当する。この燃料税を含んだガソリン価格に、付加価値税19%が掛かる。この、いわゆる「二重課税」は、欧州でも通例である。

すなわち、特例税率でも、既に日本のガソリン税は欧州に比べて顕著に低い。消費税率も、日本は(少なくとも現時点では)欧州のほぼ半分である。このガソリン税を60年前の本則税率に戻し22年2月以降に適用したとすると、日本のガソリン小売価格は22年平均・171円となる計算で、これは補助金投入後の実際値にほぼ一致する(注5)。23年では平均・163円で、実際値を10円、インドの価格を14円、それぞれ下回る。

1964年当時、日本経済の規模は現在の5分の1にも満たない。廉価豊富な中東原油を活用し、重化学工業主導の高度成長に弾みをつけていた。石油危機は予想もできず、まして地球温暖化対策となれば空想科学(SF)の領域であったろう。「どんどん石油を使う」のが時代の要請であった頃の「新興国・日本」の税率に復帰(ないしは同様の補助金を投入)して、国内ガソリン価格をインド以下に抑えることに、与野党挙げて賛成しているのが日本の現状である。ムーンウォークというべきか、「先手」の対策と称しながら、日本をいたずらに後退させている。

仮想現実から目を覚まし、前進せよ

「新たな激変緩和措置」の発表時には、2023年8月下旬にガソリン平均小売価格が「過去最高」の185円に達したことへの懸念が表明されていた。しかし、日本が実際に支払っている原油輸入単価は、その1年以上も前の22年7月に99.6円と過去最高値(名目)をつけている。

日本は「過去最高」の原油輸入価格を、既に22年に支払い済みなのだ。それを消費者と(将来の)納税者で負担を分けたとしても、支払った原油代金は変わらない。原油輸入額の抑制という本来の課題に対して、これは何ら解決策にならない。それどころか、原油高価格のシグナルが消費者に届かず、省・脱石油に向けた国民の努力・創意を阻害する。燃料価格補助金は、低燃費自動車をはじめ省・脱石油への取り組みに対して罰金を課すに等しいからだ。

小売物価指数を用いた実質価格(22年度)では、ガソリン平均小売価格は第一次石油危機後の1974〜76年度および第二次石油危機後の79〜82年度の計7年間、200円を超えている。185円が「過去最高」というのは名目価格に過ぎず、実質ではまだかなり安い。また2022年度の日本の原油輸入量は1974年度に比して4割以上少ない。現在の日本の経済規模は80年と比較しても2倍であり、原油単価の上昇に対する耐性は石油危機時を遥かに凌ぐ。185円程度で、萎縮する必要などない。

今、世界は深刻な分断の時代を迎え、エネルギーを含む安全保障強化が喫急の課題となり、また地球環境問題がとりわけ自動車輸送の革新を強く促している。政治に本来求められるのは、この大きな転換期に最も相応しいエネルギー、自動車技術、輸送網及び情報網を構想し、その大局の中であるべき燃料税を定めていく戦略的な姿勢である。60年前の税率を基準として、巨額の補助金投入や減税によって、盲目的に燃料油価格の引き下げを図る場合ではない。例えば、非石油燃料による自動運転車を中心とした新たな燃料、道路、情報網の一体的構築とその財源を考え、その結果としてガソリン増税という考えが出てきても一向不思議ではないのだ。

「トリガー」は消費税を対象に

一律の燃料価格引き下げは、その恩恵が燃料消費の多い高所得層により手厚く、したがって低所得層への支援策としても非効率である。いわゆる「アベノミクス」に基づく財政出動と金融緩和が持続し、その副作用として国際的な金利上昇局面での円安を誘発し、これが2022年第4四半期以降、原油輸入額押し上げの主因をなしている。とすれば、円安によって利益を得る企業・所得層から、円安による物価高に苦しむ低所得層への所得移転を図るのが、支援の本筋だろう。いずれにせよ、日本の原油高は「アベノミクス」が日本経済に与えた歪みの一環である点で特異であり、この歪みを是正する大本の努力なくして、その解を見出すことはできない。

また、ガソリン税は従量税だから原油価格が上昇するほどに税負担率は下がる。「トリガー」を設けるとするならば、むしろ従価税である消費税を対象とすべきだろう。例えば課税価格が180円を超えた段階で消費税を一定額(18円)とすれば、ガソリン価格で199円以上の分は、卸価格の上昇を忠実に反映するに止まり、また、小売価格が断絶して買い急ぎや買い控えを惹起することもない。

一旦政治が恣意的に価格を決めると、必要な値上げも政治のせいにされ、これを嫌がってぐずぐずと補助が続く「無責任体制」となりがちである。このような自縄自縛に陥ることなく、率直に国際石油価格を国内市場に反映させて国民に創造的対応を促し、これを統合して新たなエネルギー・輸送システムの構築につなげていく、前向きな政治的指導力が求められる。

W BC準決勝、吉田の同点スリーラン、遊撃手「源田の1ミリ」の守備、本塁打を狙える球をあえて犠牲フライにした山川、凡打の確率が最も高いコースに投げ込まれた球を短く持ったバットで弾き返した大谷、そして最後は主砲・村上の一振りで代走の俊足・周東がサヨナラのホームイン。そこには選手の技があり、試合運びの全てが理に叶っており、そして何より、逆境の中で最後まで勝利を目指す気迫があった。原油高価格に挑む、そのような本来の日本の姿が見たい。

石油アナリスト 小山正篤

(注5)資源エネルギー庁による「補助がない場合の」想定ガソリン価格から消費税分を引き、そこで特定税率を本則税率に置き換えた上で、消費税を掛け直して算出。

【目安箱/1月25日】能登半島地震で難航する電力復旧 システム改革の影響は?


電力システム改革の制度設計で活躍中の東京大学の松村敏弘教授は、2022年6月に「【論考】初の電力需給ひっ迫警報 大騒ぎしすぎではないか」という記事を、エネルギーフォーラムのウェブサイトに寄稿している。これはエネルギー関係者の間で騒ぎになった。

松村氏はこの論考で、政府がこの時点の電力不足への懸念から出した「電力需給ひっ迫警報」への反響を「騒ぎすぎ」という言葉を使って批判。停電のリスクをゼロにする必要はないと指摘し、電力自由化を止めてはならないと主張した。

自由化によって、電力供給に完璧を目指さなくてよいという考えもあろう。松村氏はその立場のようだ。しかし消費者の大半は、自分が認めてもいないのに電力の安定供給が損なわれることは容認できないはずだ。松村氏の割り切った考えは、消費者の希望から離れている。そして、その考えを採用して自由化を進めた結果、それを一因として供給設備が不足する事態になった。

消費者は、安定供給を何よりも重視する――。1月1日に発生した能登半島地震で、それが顕著に現れた。

◆能登半島沖地震、復旧完了まで約1カ月の見通し

この地震での1日も早い復旧と被災者の方の生活の回復を祈りたい。

電力インフラでは復旧が進んでいる。停電数は、地震直後に一時4万5000戸だった。1月24日午前時点で、石川県の能登半島地域の一部で約4300戸まで減った(北陸電力送配電・停電情報)。今月中には、復旧作業が概ね完了する見通しだ。

この北陸電力の電力システムの維持は、素晴らしい成果だ。北陸三県、石川、富山、福井に主に電力を供給する同社の契約口数は23年9月末時点で218万8200件ある。電力供給の大半は維持されている。その努力に感謝をしたい。

北陸電力の復旧作業(同社1月22日のXより)

停電が残っている主な理由は、能登半島の交通事情の悪さによるものだろう。今回の地震で被害を受けた石川県北部、能登半島は、道路の数が少ない。半島という一方向からしかアクセスができない地形の影響もあるはずだ。

日経新聞は1月24日付の朝刊で、「電力供給 進まぬ分散 大手寡占、災害時にリスク」と題する記事を掲載した。これに対し、電気事業連合会は同日、「一般送配電事業は、周波数を維持し安定供給を実現するとともに、電柱や電線など送配電網の建設・保守のスケールメリット、一元的な管理による二重投資の防止、などの観点から、規制領域とされている許可事業であり、大手の寡占との指摘はあたらない」「今回の能登半島地震においては、輪島市、珠洲(すず)市を中心に道路の寸断(土砂崩れ、道路の隆起・陥没・地割れ等)や住宅の倒壊等により立入困難な箇所が多数あることなどが思うように復旧作業が進まない要因だと承知しており、停電長期化の原因が『電力供給のもろさ』にあるという指摘はあたらない」などとする見解を公表した。そもそも、大手の寡占が災害時のリスクになるという指摘は、どう考えてもおかしい。そうだとすれば、地域独占時代は災害に弱い電力システムだったということになってしまう。それが事実ではないことは、歴史が証明している。

これまでの巨大地震では、復旧はもっと早かった。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では約260万戸の停電が発生し、6日後の23日に倒壊した家屋を除いて概ね復旧が完了した。2011年3月11日の東日本大震災では東北電力エリアで466万戸、東京電力エリアで405万戸の停電が発生。東電エリアでは7日後に停電が解消され、東北電エリアでも地震発生から8日以内に約94%の地域で停電が解消された。16年4月の熊本地震では約47万7000戸が停電し、1週間後にほぼ全戸で復旧した。18年9月の北海道胆振東部地震では北海道全域でブラックアウトが起きたが、やはり1週間後にはほぼ全戸で復旧した。

こうしてみると、1週間という期間が復旧完了の一つの目安だったことが分かる。いずれの地震でも、復旧に相応の時間を要した水道や都市ガスに比べると、「レジリエンス」に優れたエネルギーといえるのだ。しかし、こうした状況が今後も続くかは分からない。

◆発送電分離後初の巨大地震

政府は、1990年代から電力自由化に着手し、東日本大震災を機に「エネルギーシステム改革」の名で一段とその範囲を広げた。電力とガスではこれまで大口の産業用が自由化されていたが、それが家庭用も含めて全て自由化された。2022年までに電力会社の発電会社と送電会社を法的に分離することが目標にされ、実行された。北陸電も2019年に北陸電力配送電を設立し、分社化した。

それまで、災害対策は発送電一貫体制の大手電力会社が一手に担ってきたが、発送電分離後は事業会社ごとに対策が分かれてしまったのだ。今回の能登半島災害は、発送電分離後初めてとなる巨大地震である。北陸電グループが発送電を分離しても災害対策をおろそかにしているわけではないのは言うまでもないが、19年9月に台風15号の影響で発生した千葉大停電では、いち早く発送電分離されていた東京電力グループの体制が復旧現場を混乱させる一因になったとの指摘が、東電内部から聞こえていた。

実は、電力システム改革を巡る議論の中で、小売全面自由化、発送電分離、再エネ電源導入拡大の局面において、有事の安定供給体制をどのように維持していけばいいのか、問題を徹底的に詰めていなかった。システム改革は2011年3月の東京電力福島原発事故の後で、「事故を起こした東京電力はけしからん」という批判を背景に、当時の民主党政権において政治主導で始まった印象がある。経産省の「電力システム改革専門委員会報告書」(13年2月)を見ると、自由化後の災害での電力安定供給の維持について「期待したい」「電力会社の社内文化の維持を支える制度づくりが必要」といった指摘はあるが、具体策は書かれていなかった。

◆電力システム改革の影響の検証を

今回の能登半島地震では、インフラの復旧、特に停電地域で電気を求める声は切実だ。災害が今後も多発する日本で、電力の安定供給は重要な論点であるのに、それを確保する仕組みがまだ詰めきれていない。供給責任の所在も、曖昧なままだ。契約という個別の関係で解決されるというのが自由化の建前だ。しかし今回の災害では、地域の安定供給維持を大手電力が期待され、北陸電力もそれに応えようと頑張っている。一方で、あまたある新電力は今回どのような災害対応を行っているのか、全く表に出てこないことも気になる。全て北陸電力任せで、特に何の協力、応援も行っていないのだろうか。

いずれにしても、電力システム改革の後戻りはできない。経産省は、かつての発送電一貫体制時代の災害対応を評価した上で、今回の地震で電力システム改革の悪影響が出ていなかったかを何らかの場で検証してほしい。さもなければ、今回の能登半島地震が、「日本の電力復旧、最後の成功例」になってしまいかねない可能性は否定できない。

【論考/1月22日】燃料油補助問題を考える〈上〉 日本を弱体化させるワケ


昨年3月、「侍ジャパン」のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝に日本中が沸いた。フロリダ州マイアミで行われた準決勝、決勝とも先制点を許しながらの逆転劇。手に汗握る展開の中で、困難に立ち向かうチームの気迫、技、そして粘り強さは、多くの人々に感銘を与えた。

原油価格が高騰する時、日本に期待されるのは、あの「侍ジャパン」のような姿勢だ。現実が厳しくとも決して逃げず、これと格闘する中で技を磨き、自らを強靭化して局面を打開。最後は逆転サヨナラ勝ち、といった展開だ。これは決して言葉の遊びではない。事実、日本が経済大国として台頭したのは、1970年代の2次にわたる石油危機を潜り抜けてからだ。良質・低燃費の小型車を開発して世界の自動車市場を席巻し、また従来の資源・エネルギー集約的な素材・重化学工業から電機・電子工業を中心とする組み立て産業へ、さらにはサービス産業へと、石油危機を梃子に産業構造の転換までも遂げた。

70年度から80年度にかけて、日本の原油輸入単価は11倍、総額では実に14倍も上昇した(注1)。また80年度、原油は日本の総輸入の36%を占めていた(2022年度は11%)。これほどに強烈な衝撃を受けても、それを克服する突破口を切り拓き、その道筋を示してきたのが日本だ。2000年代半ば以降の油価上昇期にも、日本はハイブリッド車の普及を加速させ、資源高を消費側の技術革新によって積極的に克服する姿勢を見せた。

しかし今回はどうだ。2022年1月末以降続いている燃料油価格補助金は、いわばWBC準決勝でメキシコに3点先取されたところで、「負担に耐えられない」と白旗を上げ、不戦敗を宣言して退場してしまったようなものだ。「侍ジャパンはどこへ行った?」と観客(世界)は唖然とする他ない。

燃料油価格補助金は日本を弱体化させる。以下、考えてみよう。

◆対処すべき問題は何か?

「燃料油価格高騰」とは、日本が産油国に支払う原油代金の高さ、の問題である。原油代金は、ドル建ての原油価格と、円の対ドル為替レートに分解できる。図1は22年1月以降の原油輸入単価(円/ℓ)の上昇を円安とそれを除く(ドル建価格上昇)効果とに分けて示している。基準となる22年1月の輸入単価はバレル当たり約80ドル、為替は1ドル約115円。「円安効果」は、各月の為替レートがこの115円で一定であった場合と比べての増分である。すると22年10月以降、原油輸入価格上昇の半分以上は円安によることが分かる。特に23年1~11月では、円安の寄与度は平均75%となり、「原油高」の大半は円安の結果だった(注2)。

この問題に日本が取るべき対応は、原油高を梃子とする一層の省・脱石油の促進、換言すれば石油生産性(石油消費単位あたりの経済・社会活動)の向上であり、これによりドル建て原油価格に下方圧力を、円・ドル為替レートに上方圧力を加えることである。

補助金は、原油輸入額抑制への誘因を削ぎ、対処すべき問題をむしろ悪化させる。「脱炭素化への逆行」云々以前に、根本的に誤っているのは、問題自体から逃避する姿勢なのである。

◆ガソリン価格上限はインドの平均価格並み

燃料油価格の「激変緩和事業」は22年1月末から実施されている。当初はその名の通り、期間は同年3月末までと時限的、また支給単価上限も1ℓ当たり5円の緩和措置だった。しかし、ロシアの対ウクライナ侵略開始後、3月4日「原油価格高騰に対する緊急対策」さらに4月26日「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」により、基準価格は同168円で固定、支給上限は同35円に引き上げられる。以来、時限的緩和の性格は消え、小売価格を一定水準に抑え込む「継続的な価格操作事業」に変容した。このとき22年9月末まで延ばされた期限は、その後さらに4回延長され、今のところ24年4月末である。

表1は日本のガソリン小売価格をドイツ、米国及びインドと比較している。ウクライナ危機以前の22年1月を基準とすると、22年の平均価格はドイツ(ユーロ/ℓ)で11%、米国($/ℓ)で20%弱上昇。これが日本(補助金後)はわずか1%強である。価格変動が打ち消されたのが分かる。円換算すれば、同年の最高値(月間平均)はドイツ281円、米国174円(注3)。米国の場合、乗用車1台当たりのガソリン消費量は日本の2倍半以上だから、日本の感覚に直せば400円超と言っても大過無かろう。対して日本の最高値は175円。これはインドの平均価格177円をも下回っている。

22年10月「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」では補助を23年6月以降に25円から段階的に縮小して9月末に打ち切るとしていた。しかし8月にガソリン価格が180円台に乗った後、政府は「新たな激変緩和措置」を9月7日から開始、これを23年11月「デフレ完全脱却のための総合経済対策」で24年4月まで延長した。この「新たな」措置では、ガソリン価格の上限を175円程度とする明瞭な目標値が置かれ(基準価格168円+非補助限度5分2 (185-168)=175円)、これに沿って補助金が支給される。この上限は、やはりインドの23年平均価格 177円を下回る。ちなみにインドの1人当たり名目国民所得は日本の1割に満たない。

こうして22年2月以来、日本の国内燃料油価格は国際市場の変動から遮断され、「仮想現実」と化して下位安定した。実質的に公定となったその価格水準は、「物価高から国民生活を守る」を旗印に、漠然とした「国民の実感」に基づく政府の裁量に委ねられている。

◆原油代金の2割を納税者が立替え

燃料油価格補助金の予算計上総額は21年度以降約6.4兆円に上る。会計検査院・令和4年度決算検査報告によれば、激変緩和対策開始から23年3月までの補助金交付額は、計2.99兆円。一方、22年2月から23年3月までの期間、日本の原油輸入総額は計15.5兆円だった。すなわちこの期間、実質的に、政府は日本の輸入原油の約2割を産油国から国際価格で購入し、円安による値上がり分も含め、全て無料で国内石油会社に提供。これを石油会社が小売業者を通じて消費者に還元した形だ(注4)。

結局のところ、政府補助金の原資は税金だから、これは納税者から消費者への所得移転となる。消費者としての国民は、輸入原油2割相当分の無料化という、大安売りを享受した。しかし最終的にその無料化の費用を支払うのは、納税者としての国民である。それが将来の増税、あるいは納税の対価である公共サービスの劣化など、どのような形を取るにせよ、納税者が負担することに変わりない。

23年3月までに3兆円。24年4月までに、もし予算を使い切れば、計6兆円超。この巨額の国税を使って、1バレルの石油生産能力、1カ所の高速充電施設、1台の自動運転車も増えない。増えるのは、既に1200兆円を超える国の借金と、石油燃焼後の温暖化ガスくらいのものだ。そして課題である省・脱石油への動きは、むしろ低価格によって阻害される。財政負担を増しつつ、石油高価格への耐性を弱めるこの政策は、将来の日本を弱体化させる。

〈下〉に続く。

石油アナリスト 小山正篤

(注1)資源エネルギー庁「エネルギー白書2023」、図・第 213-1-8 (https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2023/html/2-1-3.html)。

(注2)石油連盟「統計資料リスト03. 原油・石油製品輸入金額」(https://www.paj.gr.jp/statis/statis)を参照。

(注3)表1ではレギュラー・ガソリン小売価格の月間平均値をまず求めた上で、その年間平均、最高値、最安値を示す。ドイツ、米国、インドの円貨表記の最高・最安値は、現地通貨での最高・最安値をそれぞれ当該月の為替レートで換算したもの。データの出所は以下の通り。

日本:資源エネルギー庁「燃料油価格激変緩和補助金」(https://nenryo-gekihenkanwa.jp/)。

ドイツ:European Commission, Weekly Oil Bulletin (https://energy.ec.europa.eu/data-and-analysis/weekly-oil-bulletin_en#price-developments).

米国:U. S. Energy Information Administration, Weekly Retail Gasoline and Diesel Prices (https://www.eia.gov/dnav/pet/pet_pri_gnd_dcus_nus_w.htm).

インド:International Energy Agency, OECD Energy Prices and Taxes.

為替レート:台湾中央銀行統計(https://www.cbc.gov.tw/tw/cp-520-36599-75987-1.html)など。

(注4)ただし会計検査院は2022年2月から2023年3月までの期間に、補助金交付額と実際のガソリン価格抑制額との間に101億余円の差があり、その分は消費者に還元されなかったと指摘している。会計検査院「令和4年度決算検査報告の本文」、633-658頁(https://www.jbaudit.go.jp/report/new/all/index.html)を参照。