人間は間違える。それを無くすことは難しい。製造業の管理で、「ヒューマンエラー」という考えがある。生産や作業過程で起きる人間の間違いの中で、「人間が起こした行動によって起こるミスやトラブルのこと」だ。具体的には、誤入力や誤操作、認知ミスなどが要因となり、意図しない結果、最悪の場合に事故となることを指す。
東京電力の柏崎刈羽原子力発電所を視察する機会があった。同原発の設備面での対策は、エネルギーフォーラムの記事「【記者通信/10月1日】柏崎刈羽原発の最新事情 ここまで進化した安全対策の全容」
に詳しく書かれている。それに加えて、私は自分の見た「ヒューマンエラーをなくす」という東電のソフト面の取り組みを紹介してみたい。今、東電の同発電所の再稼働が問題になっている。参考にしていただきたい。
◆コミュニケーションが悪いとミスは起こりやすい
筆者は文系業務の人間だがエネルギー業界の末席にいて、事故防止の講習を受けたことがある。その講師によると、ヒューマンエラーの姿はさまざま千差万別だが、起きる現場には共通点があるという。それは、「意思疎通(コミュニケーション)が悪いこと」だ。
ヒューマンエラーの主な原因は3つだ。第1に「確認不足」。思い込み、チェックを行ったなどだ。第2に「伝達ミス」。つまり情報が共有されず、組織の中で人々の行動が混乱すると、事故につながりやすい。第3に判断「判断ミス」。確認不足や伝達ミスと重なることが多いが、思い込みや間違った情報で、誤った判断とそれによる行動をしてしまう。
作業の機械化・自動化はヒューマンエラーを減らす有効な手段だ。マニュアルや手順の整備も必要になる。しかし人間の関与を作業でなくすことは難しい。作業のアウトプットを受け取るのも人だ。自動化の手順を決め、運用するのも人だ。その機械が壊れて事故や緊急時の対応ができない、もしくはヒューマンエラーを誘発する場合もある。
コミュニケーションが不足すると、この三つのミスは発生する可能性は当然高くなる。「ギスギスした職場は、取り繕っても見えてきます」と、その講師はコンサルの経験を話していた。
ある家電メーカーの工場は、その会社にあった「叱る文化」がおかしな方向に展開し、現場の作業員が萎縮して何も言わなくなっていた。それを工場の幹部は「安全管理が行き届いている」と勘違いしていた。大事故は起こしていないが、「ヒヤリ、ハット」と呼ばれる危険な状況や小さな事故は多発していた。それに気づいて直したという。
「安全対策には、終わりはない。検証し、問題があれば工程を直す行為を繰り返していかなければならない。そのためにコミュニケーションがよく、現場の人々が高め合う、現場の雰囲気が、安全性向上の大前提になる」とその講師は持論を述べていた。
2011年の東京電力福島第一原発事故の後に原子力規制が強化された。そのために、どの原子力発電所も過剰な装備だらけになっている。原子力規制委員会による規制は装備を増やせば「合格」という、かなりおかしな姿だ。ヒューマンエラーは起きやすくなるし、人間のミスに配慮した安全対策をしているとは思えない。
◆安全のために人間関係まで配慮を重ねる東電
東京電力の柏崎刈羽原発では、安全対策でさまざまな設備が作られていた。それに対応する操作や行動が複雑になったと私は心配した。当然東電側もそれは分かっていた。私を案内してくれた林勝彦副所長は「設備を取り付けて終わりではない。災害や運用の訓練を重ね、さらに安全性を高めて進化するためにどうすればいいか、発電所全体で考え努力をしていく」と話していた。
そして職場の雰囲気も変えようと工夫があった。人の集まる場所では所長のブログ、お知らせ、また発電所側の注意喚起事項がモニターで共有されるようになっていた。イントラネットで、関連会社、社員は、それらを閲覧できる。また発電所内では、関連会社や東電社員が顔を出し、抱負を述べたポスターが貼られていた。
構内で働く人は約6000人、東電社員は約1200人いる。さまざまな企業が集まり、発電所の工事、運営を行っている。その中で、一体感を作ろうと努力を重ねていた。2022年秋に赴任した稲垣武之所長は昨年4月から毎日、出張以外では必ず早朝から正門に立ち、入構するすべての人に「おはようございます」と挨拶し、毎日、発電所の問題などを取り上げたブログを書く。また発電所に役立つことをした人に、会社を問わず、所長自筆のメッセージカードを届けている。カードの数は5000通以上になった。
筆者が構内を見学するとみんながあいさつを交わし、訪問者である私も「明るさ」を感じられた。
「写真や映像で顔を出して抱負を語るのは恥ずかしいとか、幹部が一生懸命挨拶やカードを出してもヤラセっぽく見えるなどの意見もあった。それでも実行を続けると、ためらいの声が消えて、コミュニケーションが良くなるプラスの面が出てきた」(東電社員)
それでも問題は起きてしまう。柏崎刈羽原発では、運転員が2020年9月、他人のIDカードを使って原発の中枢である中央制御室に不正入室した事件が原子力規制庁の査察で発覚した。東電はその反省から、顔や指紋認証など一段と厳重な管理システムを導入した。さらに、従業員の行動チェック、再発防止を呼びかけ、意識改革の啓発を続けている。
◆ヒューマンエラーを減らすための努力
コミュニケーションを高める。改善の努力を続ける。短い訪問であったが、東電の柏崎刈羽原発では、設備面の安全対策だけではなく、ヒューマンエラーを減らすための努力をしていることを知ることができた。
「東電は信用できない」。そんな声が再稼働反対の人々から聞こえる。東電は一度、福島第一原発事故で大きな事故を起こし、また不正IDの問題などを起こした。不信があることは理解できる。しかし、こうした人間によるミスまで配慮をした取り組みを重ねている。
東電は柏崎刈羽原発の安全対策工事を終えた。後は、地元の新潟県民、そして新潟県知事と議会の同意を求めるだけになっている。東電の「ヒューマンエラー」まで配慮した対策を多くの人に知ってほしいと思う。再稼働をめぐる考えの参考になるのではないか。
私個人ではここまでの対策を見て、もう一度、東電に原子力の運用の機会を国民が与えてもいいのではないかと思った。国民の皆さん、そして新潟県民の皆さんはどのように思うだろうか。