能登半島地震で、北陸電力志賀原子力発電所を巡るデマや、不安をあおる情報が流れている。果たして、実際のところはどうなのか。「今回の地震で、人体に影響のある、放射能漏れのような重大事故が、志賀原発で起こる可能性はまずない」
これが結論だ。大手メディアは被害が軽微だった志賀原発の問題ばかり報じているが、実際には、そこから25kmほど東にある北陸電力七尾大田火力発電所(石炭、総出力120万kW)ほうが揚炭機や払出機が損傷するなど被害は甚大で、現時点で復旧のめども立っていない。電力供給の観点で言えば、長期停止状態にある志賀原発よりも七尾大田火力の問題のほうがはるかに大きいのだ。事と次第によっては、被災地の復興にも影響してこよう。
しかし、メディアが七尾大田火力の話題をほとんど取り上げていないこともあり、世間的にはこの問題が知られていない。そうした中、とりわけ原発ばかりを問題視する朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の報道姿勢を巡っては、エネルギー業界のみならず、経済界や有識者からも疑問の声が噴出している。いたずらに不安をあおり立てるのではなく、被災地の実情や今後の復興に目を向けた報道姿勢が問われている。
◆確認すべき情報源
では、志賀原発の現状はどうなのか。北陸電力はウェブサイトのトップページ「令和6年能登半島地震について」や「志賀原子力発電所の現状について」、電気事業連合会は「特設サイト:能登半島地震による各原子力発電所への影響について」などで、志賀原発を巡る情報を積極的に公表している。これらのページを読んでいただきたい。
一方で、原子力規制庁は地震発生時の1月1日に2回の臨時ブリーフィングを実施。原子力規制委員会は10日の第57回会合で「能登半島地震における原子力施設等への影響及び対応」を公表したが、能登半島地震における原発関連の情報はそれ以外に発信していない。しかも、規制委ウェブサイト上の一発でたどり着けない場所にこれらの情報が置かれている。おそらくは人員不足などのためだろうが、国民に安全・安心を提供する国の機関としての機能を全く果たせていないと言わざるを得ない。
これらに書かれている情報を、より短く、読みやすいよう、ネットで見られる疑問に沿って整理してみた。
◆多い質問とその答え
Q:能登半島地震で志賀原発に何が起きたのか。放射能漏れは起きていないのか。
志賀原子力発電所は現在、新規制基準の審査などのため1号機、2号機ともに停止中。1号機は申請しているものの、発電能力の大きい2号機の審査が優先されている。いずれも核燃料は装填されていない。ちなみに2号機は2006年3月に運転開始したABWR(改良型沸騰水型原子炉)で当時は世界最新鋭だった。発電出力は135万kWと国内最大規模だ。
今回の地震では原子炉本体に異常はなく、外部への放射能漏れなどの事故は起きていない。
一方、発電所内の電流の電圧を変える変圧器が破損し、コンサベータ(油劣化防止装置)、冷却器配管、変圧器本体の3カ所から計1万9800ℓの油が漏れた。そこから取水溝を通じて「海に漏れた油」があった。それを騒いだメディアがあったが、海に漏れた油の量は推定で6ℓ前後とごくわずかだ。漏れた油は油膜フェンスでせき止められて、海上に広がっていない。ちなみに、変圧器は原発に限らず、どの発電所にも置かれている一般的な設備だ。
放射能が漏れているかどうかは、モニタリングポストで確認できる。「図1」で示された通り、放射能漏れは起きていない。自治体が設置したポストが破損しただけで、志賀原子力発電所構内のポスト7カ所は壊れずに、放射線の測定を続けている。
Q:地盤が崩壊していないか。
一部の地面が揺れ、舗装などに割れ目があった。しかし、いずれも数cmレベルの舗装道路の破損で、発電所の運営や交通や作業に支障はない。頑丈に作ってあり、大規模災害時に使う発電所内の基幹道路は破損していない。構内の道路の破損は図2の通りだ。
Q:津波が不安だ。福島第一原発事故は、津波で設備が壊れたことで発生した。
津波の高さは、気象庁によると志賀町付近では1月1日の地震で約3mだった。志賀原発では、外部から冷却のために取り入れる取水槽の水位が、それに連動したためか、3m上昇したことが観察されたが、そこからの水の構内設備への漏れ、浸水などはない。
志賀原発は、海面から高さ11mの場所に主要設備が作られ、その11mの場所に高さ4mの防潮堤が作られている。つまり海面から主要設備が水没するまで15mの高さの余裕がある。3mほどの津波で影響はない。
Q:火災が発生したと報じられている。
火災は発生していない。
Q:外部電源がなくなったとの情報がある。
なくなっていない。外部電源は5系統ある。そのうち、変圧器の破損で2系統が使えなくなったが、3系統は維持されている。非常用電源は1号機に3台、2号機に3台あり、いずれも使える。また、それとは別に大容量電源車が2台(1台点検中)、高圧電源車が8台あり、それらも使える。電源が喪失することはない。
Q:想定外の揺れの地震があった。
設計上は旧規制基準の600ガル(揺れの大きさを示す加速度)に耐えられる。新規制基準で1000ガルに耐えられるように工事を行う予定だ。原子力規制庁によれば、1、2号機の基礎部分の一部で揺れが想定を上回った(東西方向の0.47秒周期の揺れで、1号機では918ガルの想定に対し957ガル、2号機では846ガルの想定に対し871ガルだった)が、原子炉建屋などの重要施設が影響を受けやすい周期ではなく、重要施設に異常はないと説明している。原子炉の安全に関係する主要機器では想定以上の振動は観測されなかった。
Q:使用済み核燃料の保管プールが心配だ。水が漏れたと伝えられた。
どの原子力発電所でも使用済み核燃料を原子炉建屋内に保管している。水中に入れて冷却を維持している。志賀原子力発電所では1号機の冷却ポンプが地震直後に停止したが、すぐに復旧した。2号機では揺れによって推定57ℓの水がプールの周辺に漏れた。微量の放射線を発する水だが、すでに拭き取っている。外部への放射線漏れなどの影響はない。またいずれのプールでも破損はないし、冷却は維持されている。
1号機、2号機とも運転停止から10年以上が経過しているため、同燃料の温度は下がっている。水を冷却しなくても、加熱して水が蒸発する可能性はほとんどない。
Q:石川県に地震の可能性がある以上、原発を作るべきではない。
今回の能登半島地震のプロセスも解明されていない状況で乱暴な意見だ。日本の原子力発電所は、堅固な岩盤の上に原子炉が建てられ、活断層が重要施設下部にない条件で建設されている。「活断層でない」とは直近12万年動いた形跡がない断層のこと。もちろん今回の地震の分析は必要だが、今回のように安全が確保できるならプラントを潰す必要はない。
◆冷静に原子力情報に向き合う 規制委・規制庁に重要な役割
以上が主な疑問と、専門家の意見、各当事者の意見を参考に編集した答えである。あり得ない志賀原発の事故の不安を膨らませるのではなく、冷静に情報を受け止めてほしい。そして、今の災害の克服と次の災害の準備をするべきだ。
繰り返しになるが、こうした有事には流言なども含めさまざまな情報が錯そうする中で、北陸電や電事連がいくら正確な情報を発信しても、当事者の業界だけに信頼性、客観性のある情報として受け止められない可能性がある。だからこそ、いたずらに不安をあおるような流言飛語を打ち消すためにも、国の機関である規制委・規制庁が原子力の安全・安心に関する情報を、分かりやすく積極的に発信していくことは、重要な役割のはずだ。対応の改善が求められる。
◆「志賀原発の安全性が証明された」との考え方も
最後に、改めて強調しておきたいのは、志賀原発があれほどの強い揺れに見舞われながらも、「外部電源や必要な監視設備、冷却設備、非常用電源などの機能を確保しており、原子力施設の安全確保に問題は生じていない」「発電所に設置しているモニタリングポストの数値に変化はなく、外部への放射能の影響もない」ことだ。
一般的に考えて、原発に限らず、どのような施設であろうと、強い地震に見舞われたら、何らかの損傷が発生することは避けれられないだろう。もし、それを回避し、どんなに強い地震でも傷一つ負わない施設を構築しようとすれば、実に膨大なコストや労力、時間が必要になってしまうのは、誰の目にも明らかだ(現在の原発安全対策は、それに近いものがあるが)。
重要なのは、たとえ何らかの被害を受けたとしても、人の生命に関わるような重大事故の発生を防ぐことができる仕組み、対策をしっかりと講じておくことだ。分かりやすく例えるなら、津波の進入を100%を阻止する防潮堤の構築が必要なのではなく、万が一、津波が防潮堤を乗り越えてきたとしても、重大事故にいたらないような二重、三重の仕組みの構築が必要ということだ。そうした意味では、今回の地震によって志賀原発の安全性が逆に証明された、と考えることもできるのではないか。志賀原発を巡っては否定的、批判的な報道が目立つ中で、あえて課題として提起しておきたい。