【コラム/10月30日】物価上昇見合い賃上げの胡散臭さ~逆転の発想の限界
6、物価見合い賃上げの疑問
所信表明の内容は、物価・賃金、個人消費、高圧経済、労働移動、資産運用立国、エネルギー、スタートアップ、地方創生など継続的テーマが多い。それぞれに首を傾げるが、その中で物価見合い賃上げを見よう。物価を上回る賃上げでデフレ脱却は、適正な政策だろうか。
現在物価上昇がある。この物価上昇は、当初輸入物価上昇(前年度比21年度31.3%、23年度39.1%、23年度△4.7%)に起因した。企業物価上昇(同21年度7.1%、22年度9.5%、23年度2.4%)は、輸入物価低下により24年に入り落ち着きを見せたが、第二四半期に入り上昇がみられる。コストプッシュ的な要素や便乗的な動きも推測される。消費者物価上昇3%程度(同21年度0.1%、22年度3.2%、23年度3.0%)は、当初価格転嫁が遅れたが、政府の誘導で価格転嫁が進み上昇した。そして24年度も2%台後半で推移している。とりわけサービス産業への影響が見られる。この物価状況は、経済成長の現実(23年度実質1%程度、名目4.9%)を勘案すれば、インフレ的である。デフレでない。通常は、金融引締めで総需要を縮小し、価格上昇を抑制する。また生産性を考え賃金を抑制する。そうならないことが理解しにくい。
7、簡単に賃上げできるのか
物価上昇は3%でした。それを上回る賃上げは当然と大宗の主張である。そして政府が賃上げを主導する。コストプッシュインフレにならないか。現に賃上げは、サービス業に影響している。過去のインデックス(物価見合い適正賃上げ)導入の経緯を看過している。生産性上昇無く賃金を上げれば問題が生起する。
例えば大学の場合である。私立大学の収入は、授業料引上げが無ければ、一定である。多くの場合、親は、子息のために税引き後所得で授業料を納入する。人的投資である。教育が次の世代を支える人を養成する。授業料は、教育サービスの対価である。現在も輸入物価上昇に伴う物件費(電気代等)増加の吸収に四苦八苦している。それでも親の負担を思えば、授業料の引上げに躊躇する。やり繰りで凌いでいる。政府は、いとも簡単に物価見合い賃上げを打上げる。そして人勧で公務員の給与等を引上げる。その財源はどこから来るのか。税金か国債ではないか。私立大学もそれに合わせて人件費を上げることは当然だろうか。疑問である。返せない借金は無理である。人件費上昇なら授業料アップとなり、学生と親に負担転嫁となる。その連続(コストプッシュ・スパイラル)でいいのか。
8、生産性と賃金の関係
生産性と賃金の関係をもう一度確認したい。経済成長は、民間企業設備投資がポイントで、何故賃上げ可能なのか。繰言である。技術革新(イノベーション)があれば、企業家がその企業化を目指す。設備投資(工場建設)を行い、生産能力を実現する。その際必要な雇用を行う。そして製品等の生産を行う。それが流通し、販売される。企業は、売上を立て、必要経費(含む減価償却)を払い、賃金を支払い、営業利益を獲得する。付加価値は、大まかに減価償却、賃金、営業利益である。一人当たりの生産量が、より低い原価で生産(生産性向上)できれば、単価下げ、利益増、賃金増が可能になる。つまり物価(企業物価)と賃上げの安定が両立する。賃上げは結果である。賃上げが先行することはない。故に賃上げを起点とした所得と生産性の向上の論理が分からない。逆転の発想は、現実には生起しない。
9、今後の期待
物価見合い賃上げ、雇用の流動化、貯蓄から投資、消費増で成長等の合い言葉は、いずれも逆転の発想である。机上の計算式に過ぎない。経済の道筋から見れば奇異である。
直視すれば、現企業活動(設備投資)から見て、成長率0~1%を維持することが精一杯である。その状況で内外均衡を図り。経済の安定を取り戻すことが必要である。経済あっての財政という考えで、財政の垂れ流しで経済水準を維持することにも程度がある。経済の流れは、政治的意図や方策で大きく変わることはない。精々流れの緩和が出来ればという程度である。逆に政治判断が経済の姿を歪めては困る。
現経済の根本は、企業活動である。企業は、自らの創意工夫で事業を進める主体である。経済変動の多くは企業活動に由来する。景気が低下すれば、財政出動・減税等を安易に求め、企業経営の気休めにすることは慎むべきである。自らの努力で生産性向上・賃上げが自然である。企業の自立自営の姿こそ、経済の基本である。その際企業経営の理念として、投資金融に阿ること無く、雇用の維持・拡大を求めたい。その体制作りこそ、日本が守ることであり、日本を守ることである。
【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。
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