【特集2】今につながる30年前の経験 関係者が明かす当時の奮闘記

2024年12月3日

地震翌日から現地取材を敢行 ライフラインの重要性を痛感 1995年1月17日(火)。全国を震撼させた阪神・淡路大震災の取材を巡る出来事は、30年近くがたった今でも鮮明に覚えている。 当時、私は25歳で、都市ガス業界紙『ガス事業新聞(現ガスエネルギー新聞)』の編集部に所属する駆け出しの記者だった。17日午後、兼松通彦専務から声が掛かった。「おい井関、私と一緒にすぐ
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