【コラム/2月14日】ドイツにおけるパワークラウドの実態と課題
矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
ドイツでは、家庭の太陽光発電(PV)設備への蓄電池の併設が増大している(2023年に設置されたPV設備では併設率77%)。これに伴い、蓄電池の設置台数は、2022年に55万台だったのが、2023年には108万台となり、2024年には200万台になったと推定されている。その背景には、電気料金の上昇傾向が続く中で、蓄電地導入のメリットが向上し、エネルギー自給自足への関心が高まっていることがある。
当然だが、PV設備と併せて蓄電池を設置することで、発電した電気の自家消費を増やすことができる。日中に発電し余った電気を蓄電池に貯蔵し、太陽が出ていない時間に自家消費することができるからだ。しかし、家庭に設置されるローカルな蓄電池では、発電した電気を数か月というような長期間にわたって蓄えることはできず、年間を通じて自家消費を向上させることには限界がある。例えば、日照量の多い夏季には、蓄電池の利用で需要のほぼすべてを賄い、余剰分は系統側に売却できる。しかし、その長期貯蔵はできないため、ドイツのように電力需要が増え日射量が大幅に減少する冬季には、系統側からの大量の電力購入が必要となる。
このため、同国では、年間を通じて自家消費を向上させる目的で、余剰電力を仮想的に保存し、後日(数か月後や半年後などに)引き出すことのできるサービスであるパワークラウド(Stromcloud)が多くの事業者によって提供されている。事業者のタイプとしては、顧客がローカルな蓄電池を運営していることを条件に、その補完としてパワークラウドを位置づけるもの、ローカルな蓄電池をパワークラウドの提供者から購入する場合に、その利用を可能とするもの、さらにローカルな蓄電池を必要とせずパワークラウドの利用を可能にするものなど様々である(ただし、大手のSenec、E.ON、LichtBlick、E3/DC等のパワークラウドでは自社または指定するローカルな蓄電池の設置を求めている)。
注意を要するのは、余剰電力をクラウドに保管するとは、物的な貯蔵を意味しているわけではないということである。実態は、余剰電力は、系統に注入されるだけである。引き出しも物的に保管されていた電力を使うわけではない。系統からの電力を消費するだけである。しかも、多くの事業者は、保管料を徴収する。そのため、PV設備の運営者は、つぎのような疑問に直面する。すなわち、余剰電力を固定価格買取制度の下で電力会社に売却し、その対価を得るとともに、必要な時に電力を購入するほうがパワークラウドを利用するよりも安いのではないのかという疑問である。
実際、パワークラウドの最大手Senec の最新のプロダクトであるSenec Cloud 3.0についてのいくつかの評価を見ると、パワークラウドの利用はより高価であるとの結論が出ている(2024年時点)。パワークラウドの利用者にとってのコストは、事業者に支払う保管料に固定価格買取制度の下で電力会社に売却していたら得られたであろう収益を加えたものである。これに対して、パワークラウドを利用しないPV設備の運用者にとってのコストは、必要な時に電力を購入するコストから固定価格買取制度の下で電力会社に売却した収益を差し引いたものである。年間の引き出し量2,000kWhのケースでコスト比較をすると、前者は726€であるのに対して後者は528€と計算され、後者のコストのほうが低い(Zolar、2024年11月1日)。
パワークラウドの評価でとくに問題視されているのは、契約条件が複雑であるとか、保管料を求める場合、その設定根拠が明らかでないという透明性の欠如である。そのため、消費者のレビューサイト(Ttustpilot)では、Senec社に対しての厳しい評価も多い(2023~2024年)。ドイツにおける消費者団体の全国組織である vzbv(Der Verbraucherzentrale Bundesverband)も、PV設備の運営者にとって、必要な電力を安価なグリーン電力の供給者から購入するほうが安くつくとしてパワークラウドの利用は価値がないと断じている( 2024年10月24日)。ドイツにおけるパワークラウドは未だに発展途上にあるといえるだろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。