【特集2】激動の歴史をたどった電力政策 戦後80年の変遷を振り返る
急速に進むデジタル社会 40年に過去最大需要を想定
さらに大きな時代変化の原動力は情報技術である。太陽光発電や風力発電のような自然変動電源は、揚水発電や蓄電池など電力貯蔵設備がなければ、瞬時に需給バランスを取る必要がある現在の電力システムでは大規模には活用できない。瞬時の需給調整は、過去数十年で処理速度が100万倍以上に増大した情報技術を活用すれば実現できる。情報技術の進展、それを活用するソフト技術の急速な普及を考慮すれば、電気だけではなくガスや熱などエネルギーサービスの提供を含め、より広い社会インフラサービスとして新しい事業展開も展望できる。
05年頃からわが国の電力需要は低下傾向にあるが、デジタル社会の急速な進展に合わせて、データセンターの増大や半導体製造に伴う電力需要増大が見込まれるようになってきた。脱炭素に向けた産業電化や電動自動車の増加、ヒートポンプによる熱供給も電力需要を増大させる。今年2月に決定された第7次エネルギー基本計画では、安定供給と同時に脱炭素化を目指すとして、水素とCCUS(CO2回収・利用・貯留)の実用化に向けた制度整備などが示されている。注目したいのは、40年に向けて、わが国の電力需要が過去の最大需要を超えて増大すると想定していることである。

電力システムは、需要減少期には運用を中心とする対応で改革を進めることができた。だが、需要増大期に対しては新規電源投資の固定費回収を含めた対応が必要になる。
90年代半ばから始まった電力システム改革は発電部門の自由化から始まり、00年以降は小売り部門の段階的自由化、05年の電力卸(kW時)市場の取引開始と続いた。福島事故後は改革速度が加速して、16年に低圧を含む小売り全面自由化、20年には送配電事業の法的分離(中立化)が行われ、容量(kW)市場(4年先の1年間のkW確保契約)や需給調整(ΔkW)市場も開設された。24年1月には初回となる長期脱炭素電源オークション(温暖化対策に寄与する電源を対象とした原則20年間のkW契約)が行われ、予備電源制度(休止電源を緊急時の供給力として確保する仕組み)も取り組みが進んでいる。また、卸市場と需給調整市場を統合する同時市場の設計検討も始まっている。
法的に分離された送配電事業は規制下の公益事業として残った。送配電事業の収入源である託送料金には、リベニューキャップなどの効率化の仕組みの下で、固定費を含めた原価回収制度が維持されている。再エネ賦課金利用など全国負担も含めた資金調達が整備され、広域系統整備長期方針によって海底直流送電などの地域間連系を強化する制度が構築されている。
また、コネクト&マネージ(電源の系統接続後に系統混雑の状況によって出力制御)によって既存系統容量を効率的に活用する運用が始まっており、今後はさらに高度な系統混雑管理手法を適用する方針である。規制下にある送配電部門のシステムは発電部門と比べて、相対的に分かりやすく整備されつつあるように思う。
制度複雑化で効果に懸念 固定費回収が最重要課題に
現在の電力システムでは需給ひっ迫や料金高騰が繰り返され、課題が浮き彫りになっている。22年3月には福島県沖地震による火力発電所の被災と突然の寒波が重なって、関東地方ではブラックアウト寸前の需給ひっ迫が発生した。降雪で太陽光発電が停止したことも一因となった。また、ロシアのウクライナ侵攻による天然ガスや石炭の価格高騰に伴って卸市場も高騰し、新電力の多くが経営危機にさらされた。現在、電力システム改革の検証が行われているが、最重要課題は電力の需給や価格の安定化である。これには固定費回収の仕組みがカギになる。設備利用率が低く、しかも出力が自然変動する再エネ電源の導入が急速に拡大し、わが国でも1億kWレベルになった。変動性再エネ電源の電力を需要家に届ける送配電設備の利用率も連動して低下し、再エネ電力は優先利用されるので需給調整の役割を担う火力発電設備の利用率も低下する。利用率の低下によって送配電や電源設備の固定費の回収は困難になる。公益規制下の送配電部門での対応は進んでいるが、発電部門にはまだ大きな懸念がある。

稼働率の低下と共に脱炭素化の要請もあり火力発電設備は休廃止が続いている。また、政府は新設を含めた原子力推進の方針を明確にしたが、社会的信頼確保という特殊な難題を抱える原子力投資のリスク対応は十分ではない。制度は複雑化を増すばかりで効果に懸念がある。脱炭素化のほかにもエネルギー安全保障など発電部門の公益的価値は大きい。自由化時代の固定費回収の仕組みの明確化が必要である。
未来の電力システムでは、需要側の役割が大きく変わるだろう。需要側にある発電やエネルギー貯蔵など、さまざまな分散型エネルギー資源が電力システムの運用に動員され、需給調整には需要側のDR(デマンド・レスポンス)も本格的に活用される。スマートメーターを活用したダイナミックに変化する電気料金も、このような需要側の活用を促進するだろう。熱や水供給など電力以外のインフラサービス提供との統合も想定される。今はエネルギービジネスの大きな転換点である。

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