【コラム/5月19日】IPCC排出シナリオ 「物語に基づいた科学」に過ぎず

2025年5月19日

杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

Evidence-based Policy(証拠に基づいた政策)とか、Science-based Policy(科学に基づいた政策)ということはよく言われるけれども、そんな綺麗ごとよりも、実際に頻発しているのはNarrative-based Evidence-making(物語に基づいた証拠づくり)である、という指摘を読んだ。

https://wattsupwiththat.com/2025/05/04/narrative-based-evidence-making/

https://thebreakthrough.org/issues/energy/the-worst-thing-about-the-climate-crisis-is-what-it-does-to-your-brain

これらの記事は「気候危機説」という物語に沿うような形で自然災害や環境影響評価についての研究成果が量産されることを指して批判していたのだが、実は排出シナリオ研究も同じことなのだ。

このことを、世界規模の温室効果ガス排出量シナリオの中核的役割を担っていたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書の変遷をたどることで示そう。


徐々に増加 2℃、1.5℃シナリオ

IPCCも、かつてはまじめにエネルギーシステム分析をしていた。だから、2007年の第四次評価報告書(AR4)の時には、2℃目標を達成できるというシナリオなどわずか6本しかなかった。当時の研究者たちは、この6本のシナリオに対して、極めて冷ややかだった。そんなものは実現不可能であり、まじめにエネルギー経済のシステムモデル分析をすれば、答えは「実施不可能(インフィージル)」というのが業界での当然の常識だったからだ。

ところがこの2℃シナリオ、この後の第5次、第6次(AR5、 AR6)で急増することになる(表1)

IPCC 世代公表年総シナリオ数≤ 2 °C シナリオ数割合判定根拠の温度/濃度クラス
AR4200717763 %同上カテゴリ I(445–490 ppm)
AR5201496336538 %Table 6.2 430–480 ppm+480–530 ppm(カテゴリ 1+2)
AR620221 20270058 %Table 3.1 C1–C4(< 2 °C を保つ4クラス)
表1 「産業革命前(1850–1900平均)比 +2 ℃を超えない経路」が各世代の IPCC WG III シナリオ全体に占める割合(“≤ 2 ℃シナリオ”=各報告書が採用した温度/濃度分類で 2 ℃を 上回らない と判定された経路。母数はいずれも当該報告書で数量化できた世界シナリオの総数)

それどころか、1.5℃目標さえ達成できるというシナリオまで増殖した(表2)。これは07年にはゼロだったのに、最新の22年の報告書では139本ものシナリオが1.5℃目標を達成できるとしている。

なお1.5℃特別報告書(SR1.5、18年)は提出された414本のすべてが1.5℃または2 ℃未満をターゲットとしており、比率は 100 % だが、定期評価報告ではないため表中には含めていない。

報告書公表年シナリオ総数*1.5 °C ΔT ≤ 1.5 °C に収まるシナリオ数割合補足(判定基準)
AR4200717700 %445-490 ppm(カテゴリ I)は中央値 ≈ 1.7-1.8 °Cで 1.5 °C未達
AR52014963≲ 5≈ 0.5 %当時 “1.5 °C 研究は極めて少数” と SR1.5 第 2章が指摘(IPCC)
AR620223 1311394.4 %C1(1.5 °C 無〜小幅OS)97 本+C2 のうち 2100 年 1.5 °C 収束 42 本(IPCC, IPCC, IPCC)
表2 IPCC WG III シナリオ比較における「産業革命前(1850-1900 平均)からの気温上昇を 1.5 ℃ 以内に抑える経路」の比率の変遷

1 2