【メディア論評/5月22日】キャリア官僚の人材確保と経産省の組織改革・新機軸
◆経産省「組織経営改革」と「経済産業政策の新機軸」
1.「組織経営改革」
かつて通商産業省(現経済産業省)は、海外から「ノートリアス(悪名高い)MITI」と言われるも、国家発展のための産業育成、貿易摩擦への対応にまい進した。 産業界、有識者などからの情報収集・整理は「日本最高のシンクタンク」とも言われるほどであった。近年、自動車など、産業界の自立的発展と成熟により、経産省の存在感は減じている面もある。しかしなお、TPPや経済安全保障などの通商政策に取り組み、半導体産業(←後述参照)や脱炭素化関連の産業再生・育成に努めている。その基盤として組織変革の必要性も強く感じているということであろう、人事行政諮問会議でのヒアリングの際の経産省資料(23年2月28日)は、「国富の増大とエネルギーの安定供給にまい進してきた」誇りは変わらないと謳う。昨年3月には「経産省のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)」を策定し、6月には「METI CAREER GUIDE~経産省でともに成長するために~」を作成して経産省への志望をアピールしている。
◎人事行政諮問会議 各省ヒアリング 経産省資料(23年2月28日)(抜粋)
経産省には、長年の人事改革、働き方改革の努力と実績あり。昨年からは「組織経営改革」として、組織と個人がともに持続的に成長することを目標に掲げ、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の策定、業務効率向上に向けた指針作り、働き方改革の更なる推進、管理職のマネジメント能力向上と「育て方改革」(組織としての人材育成力の強化)などを省を挙げて取組中 ※MVVは3月に策定
〇先駆的に取り組んだ実績例
・360度調査
・新人事制度 コンピテンシーに基づく評価制度導入
・組織エンゲージメント
・一般職職員の抜擢制度
・キャリア採用
〇組織経営改革
・組織のあり方の再定義
組織のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を作成。(3月策定)
将来のメンバーも含め、仕事や行動の理想像の共通認識をつくる。
「ミッション」未来に誇れる日本をつくる。
(その一部)
……私たちには、この国の変革を導いていくという誇り高き想いがある。戦後の経済をけん引し、現在の経済基盤を作り上げることができたのもその誇りがあったからこそ。組織の枠を超え、国境を越え、時代を超えて、国富の増大とエネルギーの安定供給にまい進してきた私たち。求められていたのは、世界の動静を見極め、本質はなにかと問い続けること。そして、理想の経済社会を思い描き、国民の豊かさを真摯に追求すること。これは、この先も決して変わることはない。……新しい価値や新しい産業を創造し、次代の日本を誕生させることができるはず。世界を巻き込む大きなうねりを創ることだってできるに違いない。……
・政策創造の余力確保
組織のミッションを踏まえ、本質的な課題の解決につながる業務に必要十分なリソースがかけられる状況を実現する。
・業務効率化の追求
本質的な課題に取り組む時間を創るため、業務効率化を徹底的に高める。
・人材確保、能力強化
個々の職員の能力を高めるとともに、チームとしての力を高め、多様な人材を惹きつける魅力のある職場、組織を創る。
・各局の自律性向上
きめ細かく柔軟なマネジメントが、局ごとの特性に応じ自発的・自律的に行われるような組織とする。
2.「経済産業政策の新機軸」
政治経済社会が変容していく中での経済産業政策のあり方については、経産省は、21年6月、産業構造審議会総会において「経済産業政策の新機軸~新たな産業政策への挑戦~」を打ち出した。22年6月には「産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 中間整理」をまとめ、以来、「中間整理」はローリングされている。
参考=
22年6月「経済産業政策新機軸部会 中間整理」
23年6月「経済産業政策新機軸部会 第2次中間整理」
24年6月「経済産業政策新機軸部会 第3次中間整理」
25年4月「経済産業政策新機軸部会 第4次中間整理 (案)~成長投資が導く2040年の産業構造~」
◎21年6月4日第28回産業構造審議会総会 資料「経済産業政策の新機軸~新たな産業政策への挑戦~」(抜粋)
問題意識
・コロナ禍など不確実性の高まり、先進国経済の長期停滞、デジタル技術を中心とした革新的な技術の進展、地政学/地経学リスクなど、世界は大きく変化
・こうした中、中国のみならず、欧米においても、国民の生活と安全を確保すべく、大規模な財政支出を伴う強力な産業政策を展開。特に、かつては「産業政策」を強く批判していた米国も大きく転換。アカデミアにおいても、新たな産業政策論が急速に台頭。
・これら新たな産業政策は、伝統的な産業振興・保護とも、相対的に政府の関与を狭める構造改革アプローチとも異なり、気候変動対策、経済安保、格差是正など、将来の社会・経済課題解決に向けて鍵となる技術分野、戦略的な重要物質、規制・制度などに着目し(ミッション志向)、ガバメントリーチを拡張するというもの。
・この機会に、従来の産業政策の検証を行いつつも、時代の大きな変化に合わせて、「産業政策の新機軸」を確立し、実行していくことが求められているのではないか。
具体的政策例:半導体
~国内の半導体製造基盤の確保・強化に向けて~
・半導体は、デジタル社会を支える重要基盤・安全保障に直結する戦略技術として死活的に重要。
・サプライチェーン強靭化のため、わが国に必要な半導体製造基盤の確保に向けて、国家として整備すべき重要半導体の種類を見定めた上で、必要な半導体工場の新設・改修を、政府が国家事業として、主体的に定めることが必要ではないか。参考= 当日の議事より
〇伊藤元重東大名誉教授(抜粋)
産業政策・イズ・バックという形で、こういう議論が正面からされることは非常に歓迎したいと思います。3点申し上げたいと思います。第1点目、ちょっと厳しい言い方ですけれども、経産省はこの20年、何をやってきたのだろうかということをもう一回考えておく必要がある。 半導体はどうなっちゃったのだろうかとか、エネルギーはどうなっちゃったのだろうかとか、そういう本丸の部分が残念ながら……これは経産省が悪いというのではなくて、世の中がそれだけ早く動いたという面の方が大きいのだろうと思いますけれども。 そういう意味では、もう一回、経産省の比較優位は何なのかとか、メインのドメインは何なのかということを議論する。そこから恐らく話が始まるのかなと思います。2番目に、産業政策というのはなぜ必要なのかということをもう少し原点から考えていく必要があると思うのです。古典的な経済理論で言えば、ベンチャーも含めて、多くのことは民間に任せればいいんじゃないかということなのですが、今日出ているようなお話、例えば半導体の分野とか、気候変動も同じなのですけれども、経済学の世界の言葉を使わせていただくと、“市場の失敗”というのは顕著に現れるんですね。半導体の場合で言うと、スケールメリット、それもかなり複雑なスケールメリットが起こっています。気候変動についても申し上げるまでもないことです。社会にとって好ましい方向に行くことが特に必要なのが経済市場の失敗が発生するようなところで、そういうところはかなり戦略的にやらないと困るわけです。先ほどどなたかがグランドデザインという話を仰いましたが、そういう意味で、更に精緻な話が出てくると有難いと思います。3つ目に、さはさりながら、市場が失敗するということは政府も失敗するということですね。バブルが崩壊してから、「失われた20年、30年」に膨大な財政資金をつぎ込んだわけです。にもかかわらず、日本は全然よくならなかったし、逆に言うと非常にまずかった。そういうことがあるものですから、ワイズスペンディングということが今言われているのだと思うのですが、そういう意味では、やはり基本は民間だろうと思うのです。 ただ、そこに政府がどういう形で関わってくるかという、民間と政府のコーディネーションのような話が必要になってくるのだろうと思います。
参考=21年11月11日 METIジャーナルオンライン
平井裕秀経済産業政策局長(当時)インタビュー(抜粋)
〈日本が再び存在感を示すには?「異例の政策方針」を示した経産省の真意〉
Q:新しい産業政策の方向性として「経済産業政策の新機軸」を打ち出したのはなぜですか。
A:米中対立やカーボンニュートラル、デジタル変革など世界が大きく変化し、今は民間企業の努力だけで対処できる環境ではありません。このため政府が先頭に立ち、変革をリードしようとする動きが世界各国で顕在化しています。 欧米諸国も政府主導の産業政策に舵を切りました。日本も新たな経済産業政策の方向性を示さなければならないタイミングを迎えています。
Q:従来の産業政策のあり方とはどう違うのでしょうか。
A:新たな産業政策は規制緩和やルール作りにとどまらず、社会・経済課題の解決に必要な特定産業に政府が大規模な財政資金を投じ、テコ入れする点で従来と大きく異なります。日本は高度経済成長期に特定産業の保護・育成を目的に、直接介入型の産業政策を展開した後、1990年代以降は規制緩和による民間活力の向上を前提した政策を進め、腐心しながらも法人税減税や経済連携協定締結といったアウトプットを出してきました。ただ結果を見ると、ここ30年で他国の成長が日本を凌駕してしまったと言えます。従来の産業政策で成果を出し切れたのかと問われれば、今の状況は決してわれわれが望んでいる姿ではありません。
Q:過去30年を振り返ると特に半導体産業の競争力低下が目立ちます。
A:88年の世界半導体市場のうち、日本の半導体のシェアは5割を超えていましたが、現在は約1割にとどまります。世界の水平分業化の動きや事業分野の入れ替えに対処できず、世界の半導体需要の伸びに全くついていけなかったことが理由としてあげられるのではないでしょうか。日本の産業競争力低下の代表事例になっていることは確かです。
Q:政策の実効性を高めるにはどのような取り組みが必要になりますか。
A:新たな産業政策は、特定分野に対し大規模かつ長期的な支援を提供するという従来と異なるアプローチで展開することになります。これまで日本では、政府による大企業への補助金は観念的に「NO」でしたが、こうした政策の有効性を立証するデータをしっかり示すことで納得が得られれば、今後も日本にとって本当に必要な政策を適切に打ち出せるようになるでしょう。今後は政策立案に値するエビデンスの確保に注力していくことが必要です。