【メディア論評/7月24日】霞が関人事に関する報道~経産省編~
日本経済新聞が見る今回の霞が関人事全体
ところで、日本経済新聞は発表の翌日、今回の霞が関の幹部人事全体について、〈“石破色”薄く 少数与党下で安全運転〉と評した記事を掲載した。
◎日本経済新聞6月25日付〈霞が関人事“石破色”薄く 少数与党で安全運転 コメ高騰や財政運営見据え〉〈経済官庁の幹部人事が24日ほぼ出そろった。農林水産省や財務省の事務次官が続投し、コメ高騰対策や少数与党下での財政運営などの懸案に専念する。石破茂政権で初の定期異動は、政権の独自色よりも安全運転を優先する姿勢がにじむ。農水省は渡辺毅次官(1988年入省)が留任し2年目に入る。5月に就任した小泉進次郎農相が自民党農林部会長だった際に政策課長を務め、信任が厚い。コメ価格高騰を巡る省内の対策チームトップも兼ねており、引き続き陣頭指揮をとる。渡辺氏の続投は随意契約による政府備蓄米放出の手を緩めず、農政改革も見据える小泉色の表れとも取れる。小泉氏は6月上旬、日本経済新聞の取材で「農水省の中に(部会長)当時の私を支えてくれたメンバーもいる」と触れ、渡辺氏の名前を挙げていた。財務省は新川浩嗣次官(87年)が続投し2年目に入る。宇波弘貴主計局長(89年)や青木孝徳主税局長(89年)、坂本基官房長(91年)など骨格はほとんど動かさなかった。少数与党下での予算編成や税制改正には野党の協力が欠かせず、現職幹部の経験を重視したと言える。日米の為替協議や関税交渉を担う三村淳財務官(89年)も続投となった。内閣府も井上裕之次官(86年、旧大蔵省入省)が続投し、2年目に入る。経済財政運営などをこなしている点を評価したもようだ。経済産業省は飯田祐二次官(88年)の後任に藤木俊光経済産業政策局長(88年)が就く。2001年の省庁再編後で同期2人が次官になるのは初めて。武藤容治経産相は24日の記者会見で「年次にとらわれない適材適所の人事を行う」と述べた。日米関税交渉に携わる松尾剛彦経済産業審議官(1988年)や荒井勝喜通商政策局長(91年)のほか、資源エネルギー庁の村瀬佳史長官(90年)は続投する。総務省は旧郵政省出身の竹内芳明次官(85年)の後任に旧自治省出身の原邦彰総務審議官(88年)が就く。旧自治省出身の次官は2024年に退任した内藤尚志氏(1984年)以来になる。〉
●メモ
若干の付言になるが、上記のうち農水省について触れると、小泉大臣は、環境相時代、自身2回目の幹部クラス人事となった年、地球環境局の幹部数人を「原発に理解があるから」という理由で替えるようにと、口を出した過去がある。今回のコメ問題は、農水省・農水族を頂点とする既得権益維持構造が窺えた面もあり、同大臣の任期が来年に及んだ場合、人事への関与度が注目される。なお今回、厚生労働省は幹部人事発表が遅れたが、その点につき日本経済新聞は、年金制度改革と高額療養費の負担上限引き上げを巡る国会での混乱とつなげて説明する。
◎日本経済新聞7月2日付〈厚労省、人事発表遅れ〉〈年金法案で国会が混乱〉〈保険局長案、官邸NG〉〈厚生労働省は1日、伊原和人事務次官が留任するなどの幹部人事を発表した。他省庁より公表は遅れ、その背景には年金制度改革と高額療養費の負担上限引き上げを巡る先の国会での混乱があった。医療保険制度を担う保険局長の人事案を首相官邸側が突き返したもようだ。伊原氏のほか、次官級の迫井正深医務技監が続投し、それぞれ2年目、3年目に入る。新任の幹部人事は8日付で発令する。今夏の定期異動では総務省、財務省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、内閣府といった主要官庁が6月24日に横並びで幹部人事を発表した。厚労省は重要政策を担う部局の幹部の人選を巡って調整が難航した。ひとつは6月13日に成立した年金制度改革法だ。政府内ではもともと成立を秋の臨時国会に持ち越すとの見方が多かった。自民党内で就職氷河期世代らの低年金対策に異論が相次ぎ、通常国会への法案提出が予定より2カ月遅れたためだ。サラリーマンらの厚生年金の積立金を原資に基礎年金の給付水準を底上げするといった内容に批判が集中した。厚労省は新任の年金局長について、先の国会で法案が成立した場合としなかった場合の複数案を抱えて官邸と調整した。不成立だった場合は、継続性を重視して現職の間隆一郎氏を留任させる腹づもりだったとみられる。ところが自民、公明、立憲民主の3党が法案の修正で合意し、基礎年金の目減りが見込まれる場合に底上げ策をとる規定を復活させた。法案は5月末に衆院を通過し、成立のメドが立ったことで間氏の続投は消えた。人事公表が遅れたもう一つの要因は保険局長の人選だった。新局長は間氏が年金局長からスライドすることになった。だが、厚労省はもともとは別の幹部を充てる考えだった。複数の政府関係者によると、官邸中枢が差し替えを指示したという。背景には保険局が担当する高額療養費制度の見直しがあり、負担増を求めた政府方針は患者団体などの反発を受けて二転三転した。最終的には3月に石破茂首相が見送りを表明し、国会運営にも響いた。今秋までとする新たな方針の検討プロセスで、再び混乱を招く事態を危惧したとみられる。保険局は年末に控える2026年度予算の編成に向けて効果が似た市販薬がある「OTC類似薬」の保険適用の見直しや2年に1度の診療報酬改定といった難題を抱える。首相は参院選後に社会保障制度改革の与野党協議を呼びかける意向で、打つ手を誤れば政権への打撃となりかねない。〉
●メモ
日本経済新聞は上記のように今回の人事を〈“石破色”薄く〉と評したが、もともと石破氏は、主要官庁の大臣経験もなく、官僚との関係はあまりなかった。ある経産省幹部OBは、石破氏が首相になる以前、「自分は地方創生大臣の際にお仕えをした関係で事務所に出入りするようになったが、経産省で関係の深いのは自分だけ。大臣を務めた防衛省も事務所にほとんど来ない」と述べていた。スタッフを使えていないという意味では、政治家についてもそうなのであろう。経産省のOBや現役から「経産省出身の議員で最も優秀」と言われた齊藤健氏は、かつて自身のセミナーで、石破派に入ったのは「石破派には石破さんをサポートするスタッフがいなかったため」と述べている。その齊藤氏も最後は自身のセミナーで「自分は五稜郭までお支えした」と述べて石破を去っていった。今般の日米関税交渉、通産官僚時代に日米自動車交渉に携わった齋藤氏が担当していれば、もう少し国民への説明などは違っていたのでは、と筆者には思える。ここ最近、経産省は、安倍政権における今井尚哉氏、岸田政権における嶋田隆氏のように、首相秘書官とは別に官邸で重要なポジションを占める実力幹部OBがいたが、石破内閣ではいなかった。別の経産省幹部OBは、短期政権という見込みもあってか、官邸への“刺さり込み”について「今は井上博雄首相秘書官に頑張ってもらう」と述べていた。ただ、最近の「首相の一日」を見ていると、米国の関税問題、コメ問題など、政治課題が噴出する中、中央官庁幹部からの説明は多くなっているようである。経産省も、事務次官を退任した飯田祐二氏が、「通商・産業政策や万博の分野に精通しており、石破総理大臣に対して有益な情報提供やアドバイスを行うことを期待」(青木官房副長官)されて、7月2日付で内閣参与に就任した。国の浮沈のかかった状況下で、各省庁とも首相へのサポートは否が応でも進んでいると言えよう。