シンプルな設計の加湿技術を提案 霜を利用し無給水を実現
【電力中央研究所】
戸建て住宅の全館空調向けに、無給水で加湿可能な技術を提案した。
外気の水分を霜に変え、それを加湿に利用する発想を、HPサイクルを用いて実現した。
大気中の水分を霜に変えて、加湿に利用する―。
そんな新たな発想による加湿技術を電力中央研究所が提案した。主に全館空調を備えた戸建て住宅への実装を想定している。
2003年の建築基準法改正以降、シックハウス対策として常時換気システムの導入が義務化されたこともあり、全館空調の導入が進んできた。
全館空調は、室内の温度を均一に保てる利点がある一方で、室内が乾燥しやすく、冬季には快適とされる湿度40~60%を下回ることがある。加湿機能を備えた全館空調は、提供する住宅メーカーが全体の半数程度にとどまっていることから、十分に普及しているとは言えない。
新たな加湿技術は、こうした課題に目を向け提案された。

二つの熱交換器と圧縮機から成るヒートポンプ(HP)に、空気の流れを切り替えるダンパーなどを組み合わせたシンプルな設計。加湿運転時には、まず外気を取り込み、冷却した熱交換器に着霜させる。次に、室内の還気でその霜を溶かし、「除霜水」と呼ぶ水を生成。その後、この除霜水を気化させ室内に送ることで、加湿する仕組みだ。
加湿のための水を外気から得るため、給水タンクや水道管への接続は不要だ。HPサイクルを用いるため、従来の蒸気加湿方式と比べると、消費電力を約14%削減できる。
着霜対策の研究が生きる 逆転の発想から研究着手
無給水加湿技術については、既に確立された技術がいくつかある。ただ、既存技術はダクトやダンパーの数が多く、構造が複雑で、装置が大型化しやすいという課題があった。こうした課題に対して、新技術では空気系統のダクトやダンパーを最小限に抑え、装置のコンパクト化と構造の単純化を図っている。
また、外気に含まれる水分量は気温が高いほど多く、加湿能力は地域によって差が出やすい。そこで、北海道や東北など気温・湿度ともに低い地域でも十分な加湿性能を得られるよう、乾燥剤であるデシカントを併用したシステムを同時に提案した。外気条件に左右されにくい加湿技術だ。
この研究を進めたグリッドイノベーション研究本部の張莉氏は、「まずシンプルな構造でも加湿が可能だという点に注目してもらうことが狙いの一つ。興味を持ったメーカーなどと共同で改良を重ね、性能向上につなげていきたい」と展望を語る。
提案のベースには、張氏自身が長年取り組んできたHPの着霜対策の研究がある。張氏は10年以上にわたり、空気中の水分を制御するための技術開発に挑み続けてきた。
入所当初には、HP給湯機であるエコキュートの着霜対策に取り組んだ。HPは、空気中の熱を取り込んで温水をつくる仕組み。その過程で熱交換器に霜が付着し、吸熱効率が低下するという課題があった。
これを解決するべく、水分を選択的に吸着する吸着剤(乾燥剤、デシカント)を熱交換器の表面に塗布する研究に着手した。吸着剤が外気中の水分を先に取り込むことで、熱交換器に水分が付着せず、着霜を防ぐ。結果として、吸熱効率の低下を回避する狙いだ。
この技術はその後、冷凍冷蔵ショーケースや電気自動車に搭載する空調システムなどの研究にも応用した。「これまで霜は邪魔な存在として研究していた。それを逆に活用できないか、と考えたのが、加湿技術の出発点だった。水分吸着の研究に携わっていなければ、この発想には至らなかった」と、当時を振り返る。

スピード感を重視 研究競争の激化に危機感
研究を進める上で、張氏が自身に課したテーマは、スピード感だ。
「これまでは、開発提案からプロトタイプ完成までに5年ほどかかっていた。だが、メーカーの実用化への判断はもっと早い。特に家庭用機器や空調分野ではスピードが求められる。昨今の技術開発競争は世界的にも激しく、強い危機感があった」
その反省を踏まえ、今回の無給水加湿技術は、着手からおよそ2年という短期間で形にした。
今後は空調機器メーカーなどと連携し、全館空調向け給水不要な加湿機の商品開発を目指す。
22年に改正された建築物省エネ法や、同年に新設された断熱性能等級6・7を追い風に、高断熱・高気密住宅の普及が進みつつあり、全館空調市場の拡大が期待されている。
「HP関連の研究は、発電や送配電などの領域とは質が異なる。そうした領域だからこそ、生活者の日々の暮らしに役立つ技術を届けたいという気持ちが強い」と、張氏は力を込める。
発想の転換から生まれた無給水加湿技術は、身近な課題に応える新たな選択肢となるかもしれない。これからの住環境づくりに一石を投じたい考えだ。