【コラム/8月7日】米国政府の挑戦状 気候危機に対峙する報告書が波紋
第7章では、「災害の激甚化」は統計的に何ら確認されないことが示される。すなわち、暴風雨や干ばつなどの長期トレンドに有意な増加はない。既往の米国政府報告では、気温上昇について、都市熱の影響を除いていない、といった問題点があったことも指摘する。
第8章では、海面上昇について述べている。海面水準は19世紀末から直線的に上昇しており、潮位計のデータは「海面上昇の加速」を示していない。また、局所的に海面上昇が速い地点はあるが、それは主に地盤沈下の影響によるもので、CO2に起因する地球規模の海面上昇の影響は小さい。
第9章では、猛暑や大雨などの個々の異常気象を「CO2のせい」と断定する「事象帰属研究(イベント・アトリビューション研究)の誤りについて論じている。米国での熱波を「CO2排出が無ければ起こりえなかった」とした研究発表は、その後完全に誤りだったという事例も紹介されている。
第10章では、CO2濃度上昇が光合成を促す「施肥効果」によって食料増産をもたらしてきた歴史的実績を紹介する。米国主要穀物の収量は1940年代以降、50~80%押し上げられたと推計されている。今後についても、CO2濃度上昇は、それがかなりの気候変動を起こすとしても、食料生産にとって純便益になるとされている。
第11章では、人命や経済の災害リスクは、気候変動で悪化するどころか、時間とともに減少してきたことを紹介している。GDPあたりの災害損失は技術革新とインフラ整備のお陰で大幅に軽減した。暑さによる死亡数も、住宅の改善とエアコンの普及で激減してきた。安価な電気を供給することが、今後、貧困者の暑さによる死亡リスクの軽減に重要であると論じる。
第12章では、炭素の社会的費用(SCC)は、費用と便益の評価や割引率の設定などにおいて、不確実性が高く、政策決定に用いるべきではない指標であることを詳述する。
第13章では、CO2は従来型の大気汚染対策とは本質的に異なる問題であり、米国単独で排出を削減しても全球平均のCO2濃度には測定不能なほどしか影響しない、と結論づける。
最後に、13章のラストのパラグラフを翻訳しておこう。この報告書全体についての、良いまとめになっている。
“この報告書は、不確実性を明示的に認めた、より精緻で証拠に基づいたアプローチで気候政策に対する知見を提供します。自然要因と人間活動の両方による気候変動のリスクと便益は、信頼性が高く手頃な価格のエネルギーの確保と地域汚染の最小化という国家のニーズを考慮した上で、あらゆる「気候行動」の費用、効果、付随的影響と天秤にかける必要があります。地球の気候システムに対して精密で継続的な観測をすることに加えて、将来の排出量に関する現実的な仮定を立て、気候モデルの偏りや不確実性について再評価を行い、極端な気象の帰属研究の限界について明確に公表することが重要です。CO2の潜在的なリスクと便益の両方を認めるアプローチは、欠陥のあるモデルや極端なシナリオに依存するのではなく、情報に基づいた効果的な意思決定に不可欠です。”
【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。近著に『データが語る気候変動問題のホントとウソ』(電気書院)。最近はYouTube「杉山大志_キヤノングローバル戦略研究所」での情報発信にも力を入れる。

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