【SNS世論/10月17日】高市総裁支持を巡る過度な期待への懸念
高市早苗氏が10月、自民党総裁に選出された。安倍晋三元首相の継承を掲げ、保守派の政治家だ。SNSでは歓迎の声が目立つ。女性総裁ということで「日本のサッチャー」と、保守政治の象徴となっている英国政治家に例える人も多い。いわゆるリベラル色が強い公明党と、高市新総裁になって連立が解消したことも、保守派は好意的に受け止めた。

日本のSNSは右、つまり政治思想では保守系の影響が強いようだ。日本の既存のオールドメディアが左、つまりリベラルに偏った報道をいまだに続けている。その反動で保守派がSNSで不満をぶちまけるからかもしれない。SNSの中で政治主張の多い「X」を観察すると、左の活動家の人が熱心に書き込んで、投稿の量は多い。しかし投稿する人の数は右の人が多いようだ。もちろん、政治思想を右と左に分けるのは単純すぎる分類であり、あくまで筆者の受けた印象と受け止めてほしい。
そしてSNSを観察していると、高市氏の自民党総裁への選出で好意的な意見が目にとまるため、日本が変わると思い込んでしまいそうだ。それは一種の錯覚だと思う。
◆高市氏の勉強好き、エネルギー業界で好印象
SNSでは問題ごとに、また同じ意見を持つ人ごとに、塊(かたまり、クラスター)ができている。「エネルギークラスター」「再エネクラスター」「原子力クラスター」も、緩やかなまとまりができている。こうしたエネルギー関係の人は、揃って高市氏に期待している。
高市氏はかなりエネルギー問題を勉強している。やや細かいことに関心が向きがちであるが、これまで核融合発電や新型原子炉の支援の発言をしている。さらに総裁選の公約では新型太陽光発電技術「ペロブスカイト太陽電池」に言及し、再エネ関係者も驚いていた。現実でも、筆者の属するエネルギー業界の人々も高市さんに期待する声が大きい。「政治主導で電力会社をいじめてきた。それが変わる」との感想を述べる人もいた。
ところが、そうしたクラスターから外れると、評価は手厳しい。あるリベラル系の評論家が「少数与党で公明党が連立離脱すれば、高市さんが首相になれないのに。なんで喜んでいるのか」と皮肉を込めてXで述べていた。また英国のトラス政権は、減税を政策にしたが、その財源の根拠がなく国債の急落など金融市場が混乱し、政権発足からわずか44日で2022年10月に総辞職した。トラス首相は女性だった。辛口批評で知られるある経済学者は現在、金利が上昇(国債が下落)して動揺をする日本の国債市場を見ながら「高市はサッチャーではなく、トラスになりそうだ」と皮肉を述べていた。
10月15日段階では、野党統一候補として、国民民主党の玉木雄一郎代表が、野党統一の首相候補になる可能性も出ている。誰が首相に選ばれるか情勢は流動的だ。高市氏がそもそも首相になれない可能性もあり、エネルギークラスターでの期待の広がりも、無駄になってしまうかもしれない。
◆「床屋政談」が人間の認知に影響を与える
SNSは、今の社会での人々の声がリアルタイムで見えて面白い。また問題の当事者、渦中の政治家が発言する。前述のように既存メディアが、どうも本当のことを言わない状況では、注目され重視されるのは当然だ。
しかし、巨大なおしゃべりの場であり、そこでの政治や政策談義は、一種の「床屋政談」だ。床屋政談とは、床屋に来た客が散髪をして貰いながら、店主と噂話でもするように無責任な話をすること。それは現実に影響をかすかに与えるかもしれないが、現実そのものではない。SNSは物事そのものではなく、情報を媒介するものにすぎない。
また、情報のクラスターができるのは自然なことだが、同質の意見が集まりすぎると、それがあたかも真実のように思えてしまうことがある。10月の自民党総裁戦では、SNSや事前調査で優勢が伝えられた候補の小泉進次郎衆議院議員の取り巻きが、前日に祝勝会をやったと週刊誌に伝えられている。これはそうした見誤りの一例だろう。現実が、人々の噂、SNSの通りに動くとは限らない。
高市氏が首相になったとしても、彼女がこれまで関心を示してきたエネルギー問題に取り組むか、もしくは取り組んで実現できるかはわからないのだ。もしかしたら、今でも反原発を掲げる、立憲民主党やれいわ新選組の参加する連立政権が、国民民主党の玉木代表を首相として成立してしまうかもしれない。
エネルギー産業の人は、高学歴で賢い人が多い。それでも高市氏の総裁への選出後、過度な期待と、エネルギー問題への政治による支援など、楽観的な好影響の予想を唱える人が増えている。筆者は「何度も政治には裏切られたではないですか」と繰り返し、釘を刺している。
◆認知の歪みを警戒して、情報を集める
そうした外的な要因に期待することなく、左右されることなく、目先の自分ができることをやる。SNSの影響力が増している今こそ、こうした当たり前のことに注力するべきだ。SNSは有効な道具になる一方で、時として人の判断を惑わせてしまう危険さもある。私たちの大半の人間は一般人で政治や政策を動かすことはできない。もしかしたら、高市氏も玉木氏も政治を動かすことはできないかもしれない。
SNSには格言を流すアカウントがたくさんある。その中で次のような言葉が流れてきた。
「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。変えるべきものを変える勇気を。そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください」
アメリカの神学者ラインハルト・ニーバー(1892–1971年)によるものという。私たちは、SNSで流れてくる心惹かれる情報に右往左往するのではなく、政治家のように政治を語るのではなく、目の前の仕事に向き合うべきだろう。エネルギーをめぐる問題に対してもそうあるべきだ。


