電力にとらわれない価値提供を 新規事業を生み出す〝ベンチャー集団〟

2025年11月8日

【中部電力】

情報ネットワークと最新技術を駆使して、地域の社会課題を解決する─。

電力会社の枠を越えた中部電力・事業創造本部の取り組みに注目だ。

一般的に電力会社は、安定供給を使命とすることから、保守的な社風であることが多い。しかし、中部電力には〝ベンチャー集団〟のような組織がある。それが「事業創造本部」だ。電気事業に加えて、会社の柱となるビジネスを生み出すために新たな価値創出に挑んでいる。

同部の歴史は浅い。2018年4月に「コーポレート本部事業戦略室」という名称で立ち上げられ、翌年に現在の名称で正式発足した。ところが、新型コロナウイルス禍やウクライナ危機などで中電を取り巻く経営環境は悪化。本来、中長期的な成果が求められる中で「足元の収支を気にしなければならず、迷走した時期だった」(事業創造本部の沖本匡司・事業戦略ユニット長)という。

事業創造本部の社内向け展示会を初開催

しかし、24年ごろから部署に課せられた役割を見つめ直し、中電のインキュベート機能(新規事業の起点)と再定義した。「スクラップ&ビルド」をキーワードに、これまでに立ち上げた事業の取捨選択を行い、リソースを投入する領域の明確化に取り組んでいる。ミッションは、事業が自律的に運営できる段階まで育て上げ、他事業部への移管、子会社としての独立といった出口につなげることだ。

これまで経験のない事業への挑戦であるため、約160人のメンバーのうち、4割近くをキャリア採用者が占める。近年は全社的にキャリア採用を増やしている中電だが、その中でも突出して多様性のある組織だ。


テレメータリング事業を独立 利用件数は35万件突破

事業創造本部が「本命」として期待するのが、テレメータリングサービスだ。テレメータとは、テレ(遠方)とメータ(測定機)を組み合わせた造語で、ある地点のリアルタイムの様子をオンラインで監視できる遠隔自動データ収集装置。導入した事業者は、検針や警報情報の取得、メータの制御を遠隔で実施できる。中電はメータのデータ取得と遠隔制御の双方向通信を提供し、通信回線サービスと通信端末、メータデータクラウドサービス(中電MDMS)をセットで展開してきた。

最大の特徴は、データ活用が電力だけでなく、水道やガスといったほかのインフラにも拡大している点だ。競合他社が水道やガスで個別のサービスを提供しているのに対し、中電MDMSは共通のクラウドサービスで一元的に扱える。事業者にとっては検針票の紙費や現場出向の燃料費削減というメリットのほか、浸水・断水エリアの推定や高齢者のフレイル(心身状態)検知など、災害に強く暮らしやすい街づくりに寄与する。

18年に実証を開始し、21年に中部エリアのガス・水道事業者向けにサービスの提供をスタート。23年には中電テレメータリング合同会社として独立させ、通信回線サービスの利用件数は35万件を突破した。「新規事業として分離したことで柔軟性を持った運営が可能となり、全国規模で使えるフォーマットを確立する段階にきている」(沖本氏)。収益力も高く、今後はメータのデータから得られる情報に基づいた水道管の更新口径などの最適化や、DX(デジタルトランスフォーメーション)による水道広域化の推進といった新たなサービスへの展開も見込まれる。


稲作由来のメタンを減らせ 水を張らないコメづくり

新規事業を推進する上での課題は、社会課題の解決(ロマン)と経済的利益(そろばん)を両立させることだ。

そこに挑戦する一例として「水を張らないコメづくり」(節水型乾田直播栽培)がある。あまり知られていないが、田んぼからはCO2の25~28倍の温室効果があるメタンガスが放出される。国内では牛のげっぷよりも田んぼからのメタン排出量の方が多く、農業分野の温室効果ガス排出量では稲作が3割近くを占めるほどだ。

節水型乾田直播栽培の実証(愛知県新城市)

こうした課題を解決するのが節水型乾田直播栽培だ。通常の稲作では、育苗箱で苗を育てた後に、水を張った田んぼに田植えを行う。しかし、節水型乾田直播では乾いた田んぼに種もみ(もみ付きのコメ)を直接まき、水管理に手間をかけない。菌根菌やビール酵母資材といったバイオスティミュラント(生物刺激)資材を活用することなどで可能になった。従来の栽培法に比べて、メタンの排出を7割以上削減でき、作業時間も短縮される。

中電は昨年、この栽培方法で稲作も行う農業ベンチャーNEWGREENへ出資。今年度は愛知県、三重県、長野県で実証を進めた。9月に行われた事業創造本部の社内展示会では、実証で栽培されたコメが振る舞われ、参加者からは評判だった。

そろばんの面ではどうか。NEWGREENとドイツの化学大手BASFは、節水型乾田直播栽培におけるメタン削減に対して、国際的に信頼性の高い認証を取得する仕組みを構築し、この取り組みで栽培されたコメの環境価値の創出を目指している。環境価値を付加したコメの流通が中電のコメづくり事業の最終目標だ。

事業創造本部の強みは、スタートアップのような素早い決断や決裁ができることだ。実際にNEWGREENへの出資は、担当者が同社主催のイベントに参加してから約3カ月後に実現したという。同部はほかにも、電力供給や電気工事の知見を基にEV導入をワンストップでサポートするエネマネシステム「OPCAT」、学校や園向けのモバイル連絡網「きずなネット」など電力会社の枠を越えたサービスを提供している。電力の安定供給に加え、社会課題の解決という新たな使命を担う─。事業創造本部は、中電の未来を形づくる原動力となっている。