【論考/11月25日】亡国の「暫定税率」廃止 なぜ日本を弱体化させるのか⁉
日本の自滅を回避せよ
2000年代後半から10年代前半の国際石油価格の高騰は、日本発のハイブリッド自動車普及を促し、また供給側では米国を「シェール革命」へと導いた。ここでも石油高価格は、石油需要・供給双方に於いて、未来を切り拓く変革者達の背中を押していた。
この創造力・対応力は、石油供給安全保障の中核でもある。石油供給安全保障とは、煎じ詰めれば、不測の供給逼迫に際して、市場本位の開かれた国際石油供給体制を守り、市場機能の健全性を保持する努力である。そのひっ迫を最終的に打開するのは、市場を通じた自律的な需給調整、すなわち、無数の経済主体による主体的変革だ。人為的価格操作はこの変革を妨害することによって、自国の石油安全保障を脅かす。
今のところ日本の原油高は円安に起因しているが、不測の供給逼迫でドル建て国際価格が高騰すれば、一層の円安を伴って原油輸入代は一気に上昇する。目先の国際石油市場は弱含みだが、それは石油有事の可能性と隣り合わせだ。ロシアのウクライナ侵略、ガザ人道危機、またイスラエル・米国対イランの敵対関係が続く。ロシアおよびペルシャ湾岸という石油輸出地域の不安定化に加え、南・東シナ海における中国の軍事的・外交的圧迫が海上秩序を脅かしている。
分断の時代の只中にあって、「次の石油危機」への対応力を強化すべき時に、日本は巨額の国費を石油消費の支援に投じて平然としている。既に過去約4年間の長きにわたって日本経済は国内燃料油価格の変動を経験せず、価格上昇を克服する主体的努力を払わずに済んだ。燃料油補助金8兆円に加えて、暫定税率廃止の年間税収減1.5兆円。この10兆円を、例えば公共輸送網の革新・再建、希少金属代替技術の開発、あるいは海上輸送防衛能力の強化などに用い、その一方で燃料油価格を原油代の変動に応じて変動させ、省・脱石油の努力を重ね続けていれば、日本の石油供給危機への耐性は少なくとも今よりも強化されていたはずだ。
しかしこのままでは、次の石油危機が迫ったとき、日本は再び大規模な補助金を投入し、それが一層の円安によって原油代を押し上げる悪循環を、際限なく繰り返すだろう。それは日本を自滅へと導く道だ。
これを回避するために、以下の諸点を考慮すべきである。
第1に、暫定税率廃止後は、補助金を用いた価格操作を行わないこと。政治が恣意的に「基準価格」を決める悪弊を断ち、国内市場価格の変動を復活させ、国民の主体的対応を促す必要がある。ガソリン小売価格が160円まで下がれば、例えば今年10月ドイツの300円強とは比較にもならず、インド大都市圏の175円弱をも顕著に下回る。相当の低水準からの再始動となるが、これを国内価格「自由化」への転機とせねばならない。
第2に、本来あるべき燃料税率・税制を早期に定めること。61年前の道路整備を根拠とするガソリン・軽油の本則税率は、今の日本に何ら妥当性がない。世界の分断が深まり、通商国家・日本の存立基盤が脅かされている今日、石油の確保、石油依存の低減は安全保障上の優先課題の一つだ。適度な燃料課税によって一層の石油消費抑制を促しつつ、一定の税収を省・脱石油に向けた技術革新・インフラ整備、あるいは海上輸送路防衛能力の強化などに充当することは、日本の安全保障に資する。
これが増税となるのは確実だが、石油安全保障は実際上、自動車依存の高い地域により多く貢献するため、この意味で税負担の公平性も保たれよう。いずれにせよ、日本の安全保障の現実に即した、燃料税率・税制の抜本的見直しが急務である。
第3に、原油高対策を、円安の受益者からの所得移転として行うこと。円安が日本の原油高の主因である以上、原油高対策は、概して高所得・資産層に多いであろう円安の受益者が、円安による物価高に苦しむ層を支援する、所得移転として行うのが本来あるべき筋道だ。政治が果たすべきは、市場機能を扼殺する価格操作ではなく、支援を行う側と受ける側とを繋ぎ、議論を通じて節度ある所得移転を実現することにあるはずだ。制度設計には時日を要しようが、だからこそ着手を急ぐべきである。
現今の日本にとって、最大の外的脅威が中国の実力による海洋支配の拡大にあるとすれば、内的脅威の最たるものは自らが招いた財政の疲弊である。財政が破綻すれば、防衛能力も失われる。石油政策もまた、この双方の脅威に処さねばならない。
石油価格を「民意」の名の下の自縛から解き、戦略的に税率・税制を見直し、日本社会が本来有している創造力を発揮させ、自国に迫る脅威に立ち向かうべき時である。
国際石油アナリスト 小山正篤


