【コラム/1月9日】米国地方選から見えるわが国経済政策の死角

2026年1月9日

矢島正之/電力中央研究所名誉シニアアドバイザー

前回のコラム(2025年12月12日)では、2025年11月4日に行われた米国のニュージャージー州とバージニア州の知事選において、電気料金の高騰が争点になったことを述べた。両州はいずれも地域系統運用者PJMの管轄区域に属し、PJM管内で続く電力コスト上昇の影響を大きく受けている地域である。今回新たに取り上げるニューヨーク市も同様に、電気料金をはじめ公共料金などの生活費の上昇が著しく、市長選での主要なテーマとなった。こうした動きは、国民生活に直結するエネルギーコストや生活費が政治的争点となり得ることを示している。本稿では、この米国の事例を手がかりに、日本における経済政策の問題を考えてみたい。

ニュージャージー州では、民主党候補が事前の予測を大きく上回る得票差で勝利した。生活費、とりわけ電気料金の高騰への対応を前面に打ち出したことが、有権者の支持を集めた要因とされている。バージニア州でも同様に、電気料金や生活費の上昇が選挙戦の主要争点となり、これに対する具体的な対策を訴えた民主党候補が勝利を収めた。

ニューヨーク市の市長選は上記2州の知事選と同日に行われ、生活費の凍結を訴えた民主党急進左派のマムダニ氏が圧勝した。彼は最低賃金の引き上げや家賃の凍結に加え、電気料金など公共料金の抑制や再生可能エネルギーの導入促進を掲げ、生活費全体の引き下げを前面に打ち出した。選挙戦で市民に響いたのは、生活に直結する課題への強いメッセージである。住宅問題については「ニューヨークは誰もが住める街でなければならない」と訴え、生活費や物価問題については「働く人々が生活できない街は繁栄しているとは言えない」と批判し、多くの市民の共感を集めた。米国では物価が高騰しているにもかかわらず、賃金の上昇がそれに見合っていない。この乖離が市民の不満を爆発させ、マムダニ氏の勝利につながったといえる。

一方で、日本でも、現政権が積極財政を掲げたことで財政規律の緩みが懸念され、円安が進行しており、インフレがさらに加速する可能性がある。これに加え、日銀が利上げに慎重な姿勢を崩さず、小幅な利上げにとどまっていることが、円安圧力を一段と強める要因となっている。特に最近では、電気料金が高水準で推移しており、補助金による一定の抑制はあるものの、家庭や企業の負担は依然として重い。こうしたエネルギーコストの上昇は、物価全体を押し上げる一因となり、国民生活に直接的な影響を及ぼしている。政府は賃上げによって物価上昇を吸収する方針だが、物価を正確にコントロールすることは難しく、想定を上回る上振れリスクも残る。こうした懸念を裏付けるように、実質賃金は長期にわたりマイナスの伸びが続いている。加えて、わが国の実質経済成長率も長期にわたり極めて低い水準にとどまり、持続的な成長軌道を確保できていない。成長を伴わないインフレは賃金上昇で吸収することが難しく、実質所得の低下を通じて国民生活に負担を強いる構造的な問題を抱えている。

現政権は高い支持率を享受しているが、世論は移ろいやすいものであることを肝に銘じておくべきだ。現政権は物価高対策として、電気・ガス料金の補助や2025年末のガソリン暫定税率の廃止、おこめ券・電子クーポンの配布など、多様な支援策を講じている。こうした施策に加えて恒久的な所得税減税や地方自治体による生活支援も進められているものの、恒久減税の規模は相対的に小さく、全体としては時限的かつ対症療法的な対策が中心であるため、家計負担の構造的な改善には限定的な効果しかもたらさない。物価の抑制が効かず家計の負担が増す一方で、恩恵を感じられない状況が続けば、国民の支持はいつか反転する可能性もある。ニューヨーク市の市長選の事例に見られるように、物価や生活費の高騰は急進的な変革を訴える勢力への支持拡大につながりやすい。日本においても、同様の政治的変化が一気に広がる可能性を否定できない。

生活費の上昇はエネルギーにとどまらず、住宅市場にも深刻な影響を及ぼしている。すでに首都圏、とりわけ都内の住宅価格は、過剰流動性による資金流入と投機的な需要が重なって大きく上昇し、多くの国民にとって手が届かない水準となっている。「住宅は人生で最も大きな買い物」と言われるが、そもそも“買えるかどうか”が大きな壁となりつつあるのが現状だ。こうした事態を政府はより深刻に受け止める必要がある。もはやデフレ期の政策発想では、現在の経済状況には対応しきれない。現在の日本経済はアベノミクス初期のデフレ局面とは大きく異なり、すでにインフレ圧力が高まっている。こうした環境の変化を踏まえれば、当時と同じ発想で財政拡大を進めることには慎重な判断が求められる。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。